機動駐在コジロウ




三人寄ればネゴシエーション



 曲がりくねった道を抜けると、ログハウス風の別荘が待ち構えていた。
 先日の雪はほとんど溶け、木々の間の影にちらほらと白いものが残っている程度だった。別荘へと続く一本道は 綺麗にアスファルトが敷かれていて、幅もかなりある。屋根に傾斜が付いていて三階建ての雪国仕様で、屋根には 煙突が生えているので暖炉もあるのだろう。遠目からでも充分大きいと感じるので、近付いてみればどこぞの豪邸 にも匹敵する大きさなのだろう。つばめの住む合掌造りの家だって立派な代物だが、北欧風の別荘は洒落ている ので、ちょっとだけ羨ましくなった。だが、これは敵の本拠地なのだ。

「こんなにあっさり見つかっちゃっていいもんなのかなぁー?」

 つばめは軽トラックの助手席から降りると、腕を組んだ。

「なんだよう、見つけてくれって言ってきたのはつばめちゃんじゃんかよ。だから、各方面の情報を元に割り出して、 こうして案内してやったのにさぁ」

 アメリカンバイクに跨っている一乗寺は、フルフェイスのヘルメットを外した。

「でもさー、敵の本拠地っていうと、ラスト手前で見つかるもんじゃん? で、大乱戦の末に爆破されるの」

 その逆も然り、とつばめが付け加えると、軽トラックの運転席から降りてきた美野里が苦笑した。

「特撮じゃないんだから」

「現在位置の座標を捕捉と同時に記憶」

 軽トラックの荷台から降りてきたコジロウは、つばめの背後に立った。

「じゃ、俺はこれからよっちゃんにバイクを返しに行かなきゃならないから、バッハハーイ」

 一乗寺が心底残念そうな顔で手を振ったので、つばめは片眉を曲げた。

「てことは、そのバイクも借りっぱなしだったんですか?」

「そうなんだよう。よっちゃんはバイクも車もたんまり持っているから、一台ぐらい借りパクしても解らないかなーって 思ったんだけど、そうじゃなかったんだよなぁー。ああ痛かった」

 一乗寺はライダースジャケットの下に隠れている首筋をさすりつつ、嘆いた。寺坂に襲撃され、あの奇妙な触手で 締め上げられたに違いない。昨日、街まで買い出しに出かけて散々な目に遭ったつばめが帰宅した後、一乗寺も 分校に戻ったのだが、寺坂の乗る黒いピックアップトラックが船島集落を出ていったのはそれから更に小一時間後 だったので、その間に荒事を起こしていったのだろう。だが、ホームセンターの戦闘で一乗寺の恐ろしさを目にした つばめには、一乗寺が寺坂にあっさりとやり込められるようには思えない。ということは、やはり、ただのじゃれ合い に過ぎないのだろう。幼馴染みでなければ、悪友というべき関係か。
 つばめはコジロウと美野里を見やり、気を引き締めた。こうもあっさりと敵の本陣が見つかったのは拍子抜けでは あったが、見つけられると言うことは、それだけ敵に余裕がある証拠だ。居を構えているのも、つばめを確実に攻略 するためだろう。ならば、こちらも本腰を入れて交戦するべきだ。だから、一乗寺に頼んで吉岡りんねの別荘の住所を 調べてもらい、更に道案内してもらって辿り着いたのである。

「そんじゃ、また後でねー」

 一乗寺は渋々といった仕草でヘルメットを被り直すと、アメリカンバイクを発進させた。そのエンジン音と排気ガスが カーブのきつい林道を走り抜ける気配が遠のいた頃合いに、つばめは吉岡りんねの別荘の敷地に最初の一歩を 踏み入れようとした。行政が作った林道とは明らかに舗装の出来が違う、専用道路につま先を差し込み、ゆっくりと 体重を掛けて上体を入れてみた。特撮や映画などでは、こういった行動を取ると赤外線センサーに感知されて警報 が鳴り響くのだが、警報どころか警備用ロボットも飛んでこなかった。

「なんだぁ、つまんない」

 つばめが残念がりながら足を進めると、美野里は少し笑った。

「だから、さっきから何を期待しているのよ、つばめちゃんは」

「成金にありがちなシチュエーションだよ。他に思い付くのは、ガレージに高級外車がどばーん、とか、黒服のSPが ずらっと、とか、企業の創始者のブロンズ像とか、謎の肖像画とか、無駄に派手なシャンデリアとか?」

「ああ、あるわねぇ。でも、あの手の描写はお金持ちをデフォルメしたものだから、現実にはまずないわよ」

「えぇー、ないの?」

「つばめちゃんだったら、そんなものを家に置きたいと思う?」

「思わないなー。悪趣味すぎだし」

「でしょ? お金のある人達は生活に余裕があるってことだから、余程のドケチ成金でもない限りは、それはそれは 優雅な生活を送るのがステータスなのよ。下々が一生懸命働いている間に、美容師を自宅に呼び付けてヘアメイク をしてもらったり、一流シェフを呼んでお金持ち同士で昼間からパーティをしたり、ふらっと思い付きだけで海外旅行に 出かけてみたり、とかね。だから、洗練されているのよ、色んな意味で」

「ブルジョワジーってやつだね」

 そう言われれば納得出来るが、ちょっと物足りない。そんな愚にも付かない会話をしながら、つばめは別荘の玄関 に到着した。ここに至るまでの専用道路の距離は百メートルを優に超えていて、専用道路に直結しているロータリー には見覚えのあるトレーラーが停まっていた。忘れもしない、ドライブインでの襲撃の際に吉岡りんね一味が乗って いたトレーラーだ。その奥のガレージには、昨日見たジープと銀色のメルセデス・ベンツが駐めてあった。ジープの 方は武蔵野という男が乗っていたので、恐らく、銀色のベンツがりんねの専用車なのだろう。
 幅広で段数が多い階段を昇り、両開きの扉の脇にあるインターホンを美野里が押した。玄関手前には監視カメラが 備えられていて、よく見ると屋根の下やロータリーを照らす照明にも球状の監視カメラが設置されていた。別荘を 取り囲む木々の間には箱状の小型の警備用ロボットが何台も行き交っていて、周囲を警戒している。普通であれば 素通り出来るはずもない環境だが、つばめ達が何事もなく玄関まで至れたのは、吉岡りんねがつばめ達が来ることを 予期していたのだろう。そうでもなければ、今頃はコジロウと警備用ロボットが一戦繰り広げていたはずだ。

「はぁーいんっ、お待たせしましたぁーんっ」

 玄関のドアの右側が開き、メイド服姿の女性が現れた。設楽道子だ。

「突然のご訪問、失礼いたします。吉岡りんねさんはいらっしゃいますでしょうか」

 美野里が一礼すると、道子はにこにこしながら室内に手を差し伸べた。

「はぁーいん、御嬢様でしたらおられますぅーん。そちら様の御用件は何でございましょうかぁーん?」

「佐々木つばめさんとの、話し合いの席を設けて頂きたいのですが」

 美野里がつばめを示したので、つばめはコジロウを背後に控えさせながら言った。

「直談判しに来ました。このままだと、こっちの身が持たないので」

「それでしたらぁーん、少々お待ち下さいーんっ」

 道子は笑顔を保ちながら、一旦扉を閉めた。その途端にビジネスライクな表情を保っていた美野里が唇を曲げ、 ローヒールのパンプスでコンクリートの床を踏み躙った。

「間違いないわ、一昨日私を襲ってきたサイボーグよ。あの変な喋り方は何、キャラ立て?」

「お姉ちゃん、そこで怒っちゃ話し合いに来た意味もへったくれもないんじゃない?」

 今度はつばめが苦笑すると、美野里は拗ねた。

「だって、あのサイボーグ女のせいでケーキが食べられなかったのよ。レモンケーキは寺坂さんに半分あげちゃった し、あの女が手回しして店員もお客さんも追い出したせいで、食べ直そうと思って注文したイチゴのロールケーキが 来なかったし。食べ物の恨みはね、世界で一番怖いのよ」

 それは確かに許し難い。数分後、再び扉が開き、道子が中に入るように促してきた。美野里はすぐに表情を元に 戻し、何事もなかったかのように道子に礼を述べて室内に入っていった。大人である。つばめとコジロウも美野里に 続いて室内に入り、スリッパに履き替えた。外見は洋風でも、その辺の決まり事は日本的である。
 杉の木の香りが僅かに漂う廊下を進み、道子に示されるがままにリビングに入ると、あの煙突が繋がっているで あろう暖炉が目に入ってきた。目線を上げると、三階まで見通せる吹き抜けがあり、仰け反るほど高い天井からは シャンデリアが下がっていた。しかし、つばめが期待していたようなド派手なものではなく、別荘の内装によく似合う ナチュラルなデザインのシャンデリアだった。骨組みは木製で、ホタルブクロの花に似ている磨りガラスの傘が電球に 被さっている。暖炉前には丁寧な編み込みの大判のラグが敷かれ、リビングの広さに見合ったサイズのソファーが 設えられ、キッチンと隣接したダイニングには一枚板のテーブルが置かれていた。品が良く無駄のないインテリア に、つばめは感嘆しきりだった。奇天烈な絵画も彫刻も用途不明の全身鎧もない。金持ちであればあるほど暮らし ぶりは優雅になる、というのは正しかった。

「お待たせいたしました」

 涼やかな声と共に、吉岡りんねは吹き抜けに面した階段を下りてきた。つばめは気を戻して振り向くと、そこには ありとあらゆる美術品を不要物と化すほどの美貌を備えた少女が立っていた。面と向かって会うのはこれで三度目 になるが、その度に美貌に圧倒される。美人は三日で慣れる、という慣用句があるが、それは嘘だ。三度会っても 驚きが薄れるどころか、美しさの完成度に気付かされる。紺色のシンプルなワンピースを着ていて、その襟元には 球状の水晶が付いた銀のネックレスが下がっている。肩にはニットのストールを掛けていて、華奢な足は両サイドに チェック柄が入ったタイツに包まれている。着替えが少ないのと服を考えるのが面倒だということで、自宅に戻れば ジャージに綿入れ半纏で過ごしているつばめとは天と地ほどの差がある。

「御嬢様をお連れいたしましたぁーんっ」

 道子は弾むように階段を下りてくると、りんねを出迎えた。りんねはつばめ達に向き直り、一礼する。

「ようこそいらっしゃいました、皆様方。改めて自己紹介いたします、吉岡グループの社長である吉岡八五郎の娘で あり、佐々木つばめさんの襲撃を業務とするグループのリーダーでもあります、吉岡りんねと申します」

「いえいえこちらこそ。てか、グループ名、ないんだ」

 つばめがおざなりに返事をするついでに突っ込んでみると、りんねは顔を上げた。

「ないわけではございません。ですが、正式名称は長いので……」

「じゃ、その正式名称ってのは?」

「では、御紹介させて頂きます。佐々木つばめさんの保有する遺産を奪取、または佐々木つばめさん本人の略取を 目的とし、吉岡グループ、ハルノネット、新免工業、フジワラ製薬、弐天逸流より派遣された人員によって構成された 特殊業務遂行部隊、でございます。社内では、特務部隊や御嬢様チーム、などと呼称されておりますが」

 りんねが淀みなく言い切ったので、つばめはげんなりした。

「そりゃ長いね」

「ええ。ですので、略称を検討しているのですが、なかなか良い案が浮かばないのです」

「じゃ、提案してもいい?」

 つばめが挙手すると、りんねは頷いた。

「はい、どうぞ」

「吉岡一味」

「単純明快にして簡潔ですね。採用を検討させて頂きます」

「社交辞令をどうもありがとう」

 つばめは愛想笑いを浮かべると、りんねは己の美貌を崩さない程度に口角を上げた微笑みを見せた。目を細めて いるので本物の笑顔には見えるが、その奥の目は笑っていなかった。というより、表情自体が作り物じみている ので目の表情もどことなく嘘臭く見える。口調も必要以上に丁寧で抑揚が平坦なので感情が窺いづらく、相手に 深読みすらも許さない雰囲気がある。つばめが可もなく不可もない位置付けに収まりながら生きていたように、それが りんねの処世術なのだろう。伊達に御嬢様ではない。
 道子とりんねに促され、つばめ達はリビングの最も日当たりと眺めの良い場所にある応接セットに移動した。座り 心地もデザインも一級品のソファーに腰掛け、りんねと向かい合う。銀縁のメガネが上がり、つばめの背後に控える コジロウを捉えた。親しげに細めていた目が徐々に見開かれ、鳶色の澄んだ瞳が警官ロボットを映す。

「間近で拝見いたしますと、コジロウさんの素晴らしさが良く解ります」

「そりゃどうも」

 つばめが気のない返事をすると、りんねはコジロウを舐めるように見回す。

「バランサー一つ取っても、量産機には到底作り出せない精度があります。関節の可動域の幅広さによって生じる、 カウンタートルクも上手く相殺されています。出力時と入力時のパワーゲインにもほとんど差がありませんし、人工 知能の出来も見事の一言です。量産機の自律行動はセキュリティの都合で使用権限保有者の近辺のみに限られて おりますが、昨日の戦闘で、コジロウさんは完全自律行動を取れることが解りました」

「お遣いさせることってそんなに凄いの?」

 今一つ凄さが解らないのでつばめが問うと、りんねは頷く。

「ええ、とても。つばめさんの漠然とした指示と備前さんの個人的な所用を並行処理して判断し、行動に出たばかり か、つばめさんの身の危険を察知して最適な行動を取りましたから。昨日、巌雄さんと一乗寺先生が戦闘を行った ホームセンターは一時的に吉岡グループで借り上げたのですが、買い上げたわけではございませんので、店内の 商品や設備を破壊すれば当然ながら損害賠償が発生します。また、店を閉めていた間の利益損失も補填する必要 がありますので、戦闘が長引けばその分補填額が増えてしまいます。ですので、コジロウさんは巌雄さんに迅速に 退避して頂くように、襲撃はせずに姿だけ現されたのでしょう。巌雄さんは潔い方です、分が悪いと解ったらすぐに 手をお引きになりますからね」

「そうなの?」

 つばめがコジロウに問うと、コジロウは答えた。

「本官の想定と相違ない」

「ですので、コジロウさんはもっと有益に活用すべきです。つばめさんの扱い方では、携帯電話を少し高性能な電卓 として使用しているのとなんら変わりありません」

 りんねは道子が運んできてくれた紅茶に唇を添え、一口だけ含んだ。

「じゃ、あなただったらどういう具合にコジロウを扱うの?」

 つばめが少しむっとすると、りんねは淀みなく返した。

「そうですね。私でしたら、コジロウさんを前線には配置いたしません。身を守るだけでしたらSPを雇えばいいだけの ことですし、敵対する相手が現れたら早々に買収してしまえば戦う前に事は終わりますが、遺産を守ることは常人 にはまず不可能です。目先の現金や土地に大した価値はありませんから」

「なるほど、道理だ。でも、私はその遺産が何なのかは知らないんだもん。そこからしてまず、条件が違いすぎるよ。 コジロウも、遺産が何なのかは教えてくれないしさぁ」

 つばめが不公平感を感じてぼやくと、りんねは受け流した。

「つばめさんが遺産の正体を存じ上げる必要などありません。むしろ、御存知頂けない方が、こちらとしても都合が よろしゅうございます。ですので、こちらも情報を開示いたしません」

「そりゃ確かに。私がそっちの立場でもそうするよ。相手に自分の手の内は明かさないもんだし、ボロを出すとしても そのボロを利用出来るタイミングじゃないと出すつもりもないよ。理に適っているよ」

「お褒め頂き、光栄です」

「で、そろそろ本題に入りたいんだけど、いい?」

「ええ、どうぞ」

 りんねは快諾し、細い指でティーカップをソーサーに戻した。

「平日に襲うの、やめてくれないかな。疲れるんだもん」

「業務とは平日に行うべきものではありませんか」

「だから、その平日に学校があって日常があるんだよ。非日常なの、戦闘も襲撃も。だから、そういうのはある程度 心構えが出来ている土日にしてくれないかなぁーって思って、相談しに来たの」

「先方に心構えが出来ている時に襲撃を行っては、奇襲でもなんでもありません」

「だから、その奇襲が困るの」

「つばめさんを困らせるのが私達の業務です」

「せめて週一かニにしてよ。それだったら、考えてやらないでもないんだけど」

「私が皆さんと取り交わした契約書には、週休二日と書き記してあります」

「だから、それをどうにかしてほしいって思って……」

「契約書に記載した労働条件を変更する予定はありません」

 言葉は通じるのだが、話がまるで噛み合わない。暖簾に腕押し、糠に釘、馬耳東風。かといって、ここで逆上して 話し合いの席を放り出せば、りんねはこれまでと条件を変えずに襲い掛かってくる。こちらの感情を逆撫でするのも また、噛み合わない会話の目的かもしれない。つばめは打開策を思案しつつ、紅茶に口を付けた。
 噴き出すほど不味かった。





 


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