DEAD STOCK




7.Prison Task



 廃墟の街の片隅に、廃油を精製してアルコールを混ぜた合成燃料が少しだけ残っていた。
 出来る限り掻き集めてトレーラーの燃料タンクに継ぎ足して、燃料を無駄にしないためにエンジンを緩やかに回し ながら、三人は進み続けた。結局は、足であると同時に寝床にもなるトレーラーを捨てるのは惜しかったのである。 運転席と助手席の間を定位置にしているプレタポルテは、ゆっくりと流れていく景色を眺めていた。この数日で車の 揺れにも慣れたのか、酔わなくなった。何かを見つけてはデッドストックに報告して感想を求めてくるのだが、どれも これもダウナーにしてみれば目新しくもなんともないので、生返事を返すだけだった。
 汚れた河川を遡ってきたはいいが干涸らびている巨大魚の死骸、能力を持て余した末に悶死した獣人系能力者 の死体、逆さまになって地面にノーズが突き刺さった戦闘機の残骸、突然変異を起こした昆虫の群れが共食いの末に 死に絶えた様、排泄物と廃棄物がごちゃ混ぜになって出来上がった山、死体、死体、死体、死体、死体。
 生きていることが罪だと思えるほど、地下世界には死が蔓延している。デッドストックは妙に詩的な感想を覚えた が、それを口に出すことはせずに胸中に収めた。それはダウナーの常識であり、生まれながらに出来上がっている 感覚であり、死は日常の一部なのだ。そして、死した者達の血を絞り、肉を削ぎ、骨を砕いて食した者達が死せば、 また血肉を喰らい尽くされる。生まれてきた意味や、生きる目的や、人生の何たるかを考えている暇があるぐらい ならば、殺される前に殺して喰うしかない。そこに、理性や理念といったものを加えても無駄なのだ。

「ん」

 運転席でハンドルを握っていたプライスレスが前のめりになり、ひび割れたフロントガラスを覗き込んだ。一拍 の間の後、黒い物体がトレーラーの正面に墜落、炸裂した。爆ぜた泥が飛び散って視界を塞ぎ、プライスレスは 慌てて急ブレーキを掛けた。その衝撃でつんのめったが、デッドストックはプレタポルテを抱えて押さえる。

「どうした」

「あれってさぁ、どう考えたってあいつの仕業だよなぁ」

 プライスレスはワイパーを動かそうとしたが、レバーが外れてしまったので、窓を開けて外を指し示した。デッド ストックは窓の外を窺いながら、慎重に首を出すと、円形に抉れた地面の底には羽根の生えた楕円形の物体 が突き刺さっていた。上下逆さまに突き刺さっているものは尾羽と両翼が付いていたが、鳥そのものではなく、 鳥を模した飾りを付けられた物体だった。が、数秒後に炸裂し、白煙と衝撃波がトレーラーを揺さぶった。

「あのチキン野郎、鳥っぽいものだったらなんだって投げられるのかよ! デタラメじゃねぇか!」

 大きく波打った車内でプライスレスが憤るが、デッドストックはその白々しさに呆れた。

「能力の使い方であれば、お前ほどデタラメでアコギでインチキな奴はいないと思うがな」

「うぃー」

 デッドストックの胸の辺りにしがみつきながら、プレタポルテも同意する。

「わーいストッキーに褒められたーって喜びながらダッシュしてぶん殴りたい心境なんだけど、さっさと外に出た方 がいいよな。でねぇと、トレーラーごと丸焼きにされちゃうだけだし」

「全くだ」

 デッドストックはショルダーバッグを肩に掛けて、プレタポルテを抱えて車外に出ると、即座に駆け出して遮蔽物と なる瓦礫の影に滑り込んだ。プライスレスもいざ逃げるとなると行動は素早く、丸々と膨らんだリュックサックを左右 に揺すりながら、別の瓦礫の影に隠れた。途端に数発の鳥の飾りが付いた楕円形の物体が飛んできて、弾丸の 如くトレーラーの荷台を貫き、炸裂した。実に呆気ない最期を遂げたトレーラーから上がる炎は大きく、黒煙もまた 濃密だった。デッドストックはプライスレスに、この場から離れる、と手で示した。少年は同意し、瓦礫の影から別の 瓦礫の影に駆け出していった。下水道での経験から、遮蔽物があればバードストライクの攻撃は凌げると判断した からである。だが、次弾はプライスレスの背後から二メートル以内に着弾し、炸裂した。

「もしかして、狙って外されている、とか?」

「かもしれんな」

 デッドストックはプレタポルテを担いで駆け出し、別の瓦礫の影に滑り込むと、やはり背後二メートル以内の位置に 正確に着弾した。砂利混じりの泥をトレンチコートの袖に浴びたデッドストックは、轟々と燃え盛るトレーラーの頭上 で漂う複数のメダマを睨んだが、メダマはデッドストックにピントを合わせてきた。銀色の外装に、男と少女が映る。

「イカヅチを通じなければ俺達の位置を知るのは容易ではないはずだが、あの根性の汚さに反比例して自尊心だけは 無駄に高いヴィラン共が、イカヅチの尻を舐めに行くとは思えんのだが」

「舐めてないなら銜えたんじゃねぇの?」

「けしゅ?」

「余計なことに興味を持つな」

 デッドストックはプライスレスの軽口の意味を知りたがったプレタポルテを小突いてから、腰を上げようとした。が、 突如、平べったい物体が高速回転しながら迫ってきた。咄嗟に身を屈めると、デッドストックの頭上に張り出している 鉄骨に激突して砕け散った。それは、皿だった。

「フライングソーサーの野郎もいるのかよ!」

 飛び道具馬鹿ばっか、とプライスレスは嘆いたが彼の元へも皿が飛んできた。それも一枚や二枚ではなかった が、プライスレスは瓦礫が斜めに折り重なった空間に転がり込み、辛うじて難を逃れた。ぱしゃぱしゃぱしゃっ、と 軽いが鋭い破砕音が立て続けに響き、無数の白っぽい破片が棘と化して行く手を塞いだ。

「で、誰だ、そいつは」

 デッドストックはまたも頭上で割れた皿と、肩に降ってきた破片を払ってから、少年に問うた。

「え、あー……説明しなくても解るだろ、能力は。セコくて雑魚なゴロツキだよ」

 うわまた来たっ、とプライスレスは手近なパイプを拾って叩き落とすが、パイプに接触した途端に皿が砕けて破片 が大きく散らばってしまった。前に出ようとすれば皿が、後ろに下がろうとすれば鳥の飾りが付いた爆発物が飛んで くるのでは、逃げようがない。その目的は、十中八九、デッドストックらをこの場に釘付けにすることだろう。
 反重力装置特有の甲高くも腹に響く駆動音が、時間の経過と共に増えていく。メダマが集まり始めているという ことは、つまり、この光景がリアルタイムで中継されているということだろうか。イカヅチがアッパーのような放送設備を 持っているという話を耳にしたことはないが、メダマを扱えるのであれば、メダマを通じて受信した映像を拡散する ことが出来ないわけがない。となれば、イカヅチはデッドストックの死に様を屑共に知らしめたいのだろうが、その 理由が解らなかった。いや、考えるだけ無駄か、とも思い直す。そんなものは、死の前では空虚だ。
 不意に、皿と鳥の飾りが付いた爆発物の投擲が途切れて、不気味な静寂が訪れた。バードストライクもフライング ソーサーも弾切れになったのか。いや違う。別の目論見がある。デッドストックは不安げに裾を掴んでくる人造妖精 の手を振り払ってから、二人を繋いでいる鎖を手に絡め、拳を握った。
 腰を上げようとした時、足元がぐらついた。唐突に思い出したようにやってくる地震かと身構えたが、地震にしては 揺れの規模も小さい。また新たな異物が視界の端を過ぎり、デッドストックがその正体を見極めようと目を凝らして いると、突如足元が傾いた。地面ごと持ち上げられたかのような感覚に、手近な瓦礫を掴んで姿勢を保った。何事 かと目を見張り、息を詰める。身を寄せてくるプレタポルテを支えていると、地面が切られ、回る。

「なにこれ」

 やはり斜めになっているプライスレスが、半笑いになった。目の前の光景が、あまりにも非常識だったからである。 デッドストックらを今し方まで乗せていたが焼け焦げたトレーラーが、溶けたタイヤを引き摺りながら、地面に太い筋を 付けながら滑落していく。さながら、軸を通した板を回転させているかの如く、四角く区切られた地面が、瓦礫の山ごと 未知の力で裏返されていく。斜めになり、直角になり、ついに反転した。
 四角くカットされた地面から落下したデッドストックはプレタポルテを受け止め、プライスレスも転げ落ちた、その場所は やはり四角く区切られた地中だった。測量して刃物で切り取ったかのように四隅が鋭角で、直線で出来ている。頭上 からは瓦礫の細かな破片がぱらぱらと降り注ぎ、ラバーマスクを引っ掻いていく。そこへすかさずメダマが入り込み、 四方八方からデッドストックらを捉えると同時にライトを放ち、闇を取り払った。

「よぉ」

 そのメダマを押し退け、巨漢が立ちはだかった。スマックダウンである。

「イカヅチの尻を舐めたのか」

 デッドストックがメダマの群れを睨め付けると、スマックダウンは哄笑する。

「げははははははははははは、誰があんな汚ぇ尻を舐めるかよぉ! お前でも冗談が言えるたぁなぁ!」

「舐めていないなら、銜えたか、それとも突っ込まれたか」

「生憎、どれも外れだぁなぁ」

 スマックダウンは身を屈め、にたりと好戦的に目を細めた。

「お前が突っ込まれるのさ、ガス野郎ぉ」

 頭上で地面が正方形に割れ、割れ、割れ、十六分割される。瓦礫と土と死体と鉄骨が雑多に混じったブロックが 四角い穴の四方に並べられ、重なり、障壁となる。スマックダウンはその壁の上に乗ると、顎をしゃくる。

「やれや」

 前触れもなく投擲された物体が、デッドストック目掛けて襲い掛かる。反射的に身を引いたが、その勢いのせいで プレタポルテが離れてしまった。すかさず鎖を引いて引き戻そうとするが、一瞬遅かった。直後、太い鉄柱が生えた 箱がプレタポルテの頭上に被さり、即席の牢獄に閉じ込められてしまった。

「みゅっ!?」

 訳も解らずにプレタポルテが目を剥き、檻を揺さぶるが、子供の腕力でどうにかなる代物ではない。よく見ると、 檻の四方には申し訳程度のクチバシと羽が付いていたので、バードストライクが投げ込んできたらしい。能力の括り があまりにも大雑把ではないかと苛立ったが、今はそんなことで気を立てている場合ではない。
 檻の鉄柱の幅は狭く、プレタポルテでも抜け出せない。鎖は挟まれずに済んだが、プレタポルテが檻の中にいる 以上は鎖のリーチは三分の一ほど減ってしまう。デッドストックは鎖を力任せに引っ張ってみたが、プレタポルテ の左足が出たところで大して長さは変わらなかった。これでは、自由に動き回れない。

「よぉくやってくれたなぁ」

 スマックダウンはぐるりと首を回し、能力者達を見やる。

「クローズライン」

 紐とベルトが大量に付いたロングコートを着た女が、一直線の前髪を払う。

「ターンオーバー」

 逆立ちしていた男が上下を反転させ、けたけたと笑い転げた。

「フライングソーサー」

 指先に皿を載せて回していた小柄な男が、その皿を更に投げ付けてきた。

「バードストライク」

 鳥を模した覆面を被った長身の男が、満足げに頷いた。

「さぁてえ。お仕置きの時間と行こうじゃねぇかぁ!」

 メダマから放たれる光が収束し、デッドストックの影を消し去り、ラバースーツを白ませる。圧倒的に不利、勝機は 皆無、だが、逃げ場もない。人造妖精を見捨てれば生き延びられる可能性はないわけではないが、鎖が頼りなく 引っ張られるとその考えも影と共に消え失せた。右手の拳を固め、息を詰め、左手の手袋を噛んで剥がす。
 殺される前に、殺し返すしかない。





 


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