DEAD STOCK




9.Honey Daw



 そこで、ふと気付いた。
 リザレクションの胴体は手に入れたが、他の部品はどこにある。ヴィラン共の間で出回っていた肉片は、何らかの 理由で結晶化が解除されていたが、それを手に入れた者は大体の見当が付いていた。散々痛め付けられても何事 もなかったかのように復活するから、探すまでもないのだ。だから、そういったヴィランを闇に紛れて襲っては内臓に 手を突っ込んで腐らせ、唯一腐らない肉片を引き摺り出して回収していた。スマックダウンもそうだった。だから、 敢えて正面から戦い、肉片を奪い取った。そうやって掻き集めた細かな肉片や、指や、骨などはステンレス製の 容器に入れて保存してある。だが、頭と手足は未だに見つかっていない。クイーンビーがリザレクションの肉体を 大量に保持しているだろうとは予想を立てていたが、まさか胴体丸ごとだとは思ってもみなかった。
 おかげで作業は大幅に進んだ。リザレクションを腐らせる手段は、見当が付いている。クリスタライズを地下世界 に引き摺り下ろして殺せば、その能力の影響も途絶えるだろうから、その後で腐らせてしまえばいい。勝つ手段は、 その時にまた考えればいいだけだ。だが、頭部と手足を見つけなければ、終わるものも終わらない。

「おい」

 爆音が轟くたびに軋むビルをジガバチに乗って降下しながら、デッドストックはプライスレスを小突いた。

「んだよぉー」

「リザレクションの頭と手足はどこにある」

「知るかよ、そんなの。俺が知っていたら、そんな情報なんて天文学的な値段で売ってやるっての」

「持っていそうな奴はイカヅチか」

「まー、そうなんじゃねぇのー? つか、そこまで付き合えってのかよ? マジ無理、無理すぎだしー」

「イカヅチを強請れるか」

「だぁから、無理だっての。いくら俺でも、所構わず電撃ぶち込むクソ野郎が相手じゃなー」

「そうか」

 イカヅチと真正面から戦うほど、愚かなことはないとデッドストックも知っている。だから、無理強いはしなかった。 そうこうしている間にも、女王バチの巣には立て続けに攻撃が加えられて大穴だらけになった。八角形の構造物が 崩れ始めてきたので、このままではビル全体が倒壊してしまいかねない。それに巻き込まれて死ぬのはあまりにも 情けないので、隙を見てビルの外に出ることにした。
 バートストライクの能力で羽根の付いた物体が投擲され続けているが、物体が大きければ大きいほど、投擲する 間隔も大きかった。それは当たり前だろう、スマックダウンとは違って腕力はそれなりでしかないのだから、大物を 引き摺り出すだけでも手間が掛かる。彼の能力が錆び付いた戦闘機を鳥の親戚だと認識するまでにも、タイムラグ があるようだった。このビルには窓がないので外の様子は解りづらいが、攻撃を加えられている方向は正面玄関側 だけなので、後方はがら空きだ。そうやって攻撃の隙間を空けて、そう思わせているだけなのかもしれないが、それ を見逃せるわけがない。瓦礫の破片が突き出したために途切れた水の膜の隙間を抜けて、ビルの裏側に脱出口を 探しながらも降下していくが、そんなに都合の良いものがそうそうあるはずもなかった。
 そんな時でも電源は途切れないのか、ヴィジョン受像機はアッパーの番組を放送していた。飽きもせずにヒーロー であるクリスタライズの話題と映像ばかりで、正直、うんざりしていた。だが、ヴィジョン受像機は至る所に設置されて いるし、そんなものをいちいち壊すほど余裕もなければ余力もない。なかなか退路が見つからない苛立ちと、負傷に よる消耗と、あの女を殺させなくした男に対する憤怒が、デッドストックの腹の底をじわりと煮えさせてきた。
 またもビルに命中した錆びた戦闘機が衝撃を生み、立体映像に荒々しいノイズを走らせた。これまで投擲された ものを含めると、これで五機以上はビルに突き刺さっているはずなのだが、それでも倒壊しないのは、アッパーの 建築技術の凄まじさによるものだろう。妙なことに感心していると、唐突に映像が切り替わった。

『クイーンビーの街に住まう、全ての者達よ!』

 大きく両腕を広げて高らかに宣言した者の姿を見た時、デッドストックの脳裏に薄暗い倉庫に押し込められていた ロボットが過ぎったが、すぐに別物だと思い直した。その者の胸には、NOBODYとは書かれていなかったからだ。 更に言えば、背中から無数のケーブルが生えていて、ガラス製の三重のドームに収まっていたからである。あの街の 支配者はそんな恰好をしているのだと、ヴィラン同士の会話を耳にしたことがある。だから、こいつの正体は。

『私はヴィジランテのリーダー、イカヅチだ』

 機械で出来た手を上向けると、その手中に青白い電流が迸り、球体を作った。

『皆、安心してくれたまえ。私がそちらに差し向けた部下達は、皆に危害を加えるために訪れたのではない。狂った 女王バチの元に囚われて喰い物にされている、哀れなる女達をおぞましき地獄から解放するためにやってきたのだ。 我が領地であるサンダーボルト・シティには、アッパーの技術と文明を用いた住まいと充分な食糧と水、それを報酬 とするための仕事がある。だが、決して強要はしない。皆の判断に委ねよう』

 イカヅチは手を差し伸べ、ゆっくりと頷いてみせた。判断に委ねる、とは言うが、これに靡かない者はそうそう滅多 にいないだろう。大抵のダウナーはアッパーの世界に羨望を抱いているし、天上世界に連なる塔を囲む土地を全て 支配下に収めたイカヅチと、その配下で安定した生活を謳歌しているヴィジランテにも憧れている。イカヅチの放送が 始まった途端に攻撃が収まったので、その隙を見計らい、プライスレスはジガバチをビルの裏側へ進んだ。
 何機目かも解らない鉄の鳥が、ビルの中腹を貫通していた。別方向から突き刺さった戦闘機の残骸が、ビルの 割れ目に挟まっているので、辛うじてバランスを保っていたが、それも長くは保つまい。折れた鉄骨と頭上から時折 降り注いでくるガラスの破片をやり過ごし、ジガバチ一匹が辛うじて通れる三角形の穴を潜り、外に出た。
 途端に視界が白み、ジガバチが怯えた。地鳴りのような大歓声と割れんばかりの拍手、イカヅチの名を繰り返し 叫んでいる、群衆の叫声が怒濤のように押し寄せてきた。地下世界には不釣り合いな光量を急激に浴びて感覚が おかしくなったのか、酔っ払ったように左右にふらつくジガバチを、プライスレスは触角を引っ張りながら怒鳴りつけて 落ち着いて“くれよ”と強要した。その甲斐あってジガバチは安定し、ビルの影となる位置に着地した。
 ジガバチの上に長時間乗り続けたせいで三半規管が掻き回されたような錯覚に陥り、デッドストックは動かない 地面に足を着けたが、足の裏がふわふわするような気がしてよろめいてしまった。プライスレスも似たようなもので、 転んでは起き上がり、また転んでいた。そんな状態ではあったが、地下世界の束の間の朝をもたらした光源が何で あるかは解った。色街全体を覆い尽くす大きさで、先程と同じイカヅチの映像が投影されていた。
 イカヅチが、クイーンビーに勝利した証しだった。




 まともに起き上がれるようになってから、二人は色街に下りた。
 イカヅチの甘言に誘われて、娼婦達もその客達も一人残らず去っていた。後に残されたのは空っぽになった全て の娼館と、死体と、女達が食事にしていた蜜の入った壷ぐらいなものだった。ジガバチも動ける者達はことごとく連行 されていったようで、影も形もない。イカヅチの配下に下らなかったのは、死体ぐらいなものである。
 ということは、イカヅチは人材を求めていたのか。だが、何のために。色街の住人をヴィジランテの労働力にする ためなのだろうか。だとしても、目的が見えない。詮索をしたところで見当も付かないし、そこまで深入りするほどの 理由もないので、デッドストックもプライスレスも自然とイカヅチを話題にすることを止めた。
 ジガバチが抱えていたリザレクションの胴体を入れられるような箱を見つけ、動かせる車を探そうと、プライスレス が頼まれもしないのに駆け出していった。それらは建前で、本音は自分のリュックサックを探しに行くつもりなのだ。 だったら好きにしろ、とデッドストックは体を休めるために手近な娼館に入った。中級娼婦の娼館もまた空っぽで、 娼婦達の見目麗しい立体映像が、誰もいない空間に愛想を振りまいていた。
 娼婦が男を相手にするために作られた部屋に至ると、道中の食糧庫で見つけた蜜壺を開けて、掬い取って舐めて みた。べとつく蜜は甘すぎて喉を焼くほどで、飲み下す際に噎せそうになった。が、程なくして腐ったのでするりと 嚥下出来た。蜜には何らかのドラッグが混ぜてあるのだろう、口にした分だけ、痛みが和らいだ。喉を洗い流す ために存分にボトルに汲んできた水を呷ると、覚えのある味がした。

「おーい、ストッキー」

 どこで調達してきたのかは定かではないが、オレンジ色の作業着を新調したプライスレスが、蜜の匂いが籠もった 部屋に入ってきた。なぜ居場所が解ったのだ、とデッドストックは訝ったが、自分の足元には自身の血による足跡が 付いていた。だから、居場所を突き止めることなど容易だ。自分の浅はかさに舌打ちし、デッドストックは応じる。

「なんだ」

「とにかく来てみろって、面白いから」

 にやけるプライスレスが手招いてきたので、デッドストックは渋々腰を上げた。蜜壷は置いたが水の入ったボトル は左手に提げ、道中で喉を潤しながら、誘われるがままに向かった先では失墜した女王バチが這い蹲っていた。 その傍らには数匹のジガバチが群れていて、一匹の額には赤い印が付いていた。ハニートラップと、それに近しい 地位のジガバチは、クイーンビーの支配が強かったのだろう。だから、イカヅチの誘いに乗らなかったようである。 つい先程まで勝ち誇っていた女王バチは、かつて腐った男の右腕に繋がっていた鎖を握り締めて項垂れている。 だが、肝心の右腕はベルトから抜け落ちていたので、どこかで空しく腐りきっていることだろう。

「うっひゃははははははははははははは、クッソダセェ、つかマジウケるし!」

 堪えきれなくなったのか、プライスレスが仰け反って大笑いする。デッドストックは眉根を顰めるも、プライスレスは 尚も笑い転げて、挙げ句の果てにひっくり返って地面を殴り始めた。その気持ちはデッドストックにも解らないわけでは ないのだが、そこまで笑うほどのことなのだろうか。すぐにジガバチが襲い掛かって首を刎ねるだろうと思い、敢えて 少年を黙らせずにいたが、クイーンビーが動く気配はなかった。微動だにせずに、落ち込んでいる。
 期待が外れてしまったので、デッドストックはすかさずプライスレスの下腹部に靴底を叩き込むと、ようやく耳障りな 笑い声が止まった。その代わりに死にそうな呻きが聞こえてきたが、無視して女王バチを見やると、クイーンビーは 鈍い動作で複眼を上げた。黒い複眼に黒いラバースーツの男が映ると、触角が片方上がった。

「あんたのせいよぉ……」

「お前の財産を奪ったのはイカヅチだ。俺じゃない」

「せっかく手に入れた人造妖精も盗まれてぇ、地面の養分と私の美容食品になる娼婦もお客も、ジガバチに加工した ばかりの子達もぜぇんぶ持っていかれてぇ……! あんたなんかを招き入れた、私が馬鹿だったわぁ!」

 立ち上がり様に激昂したクイーンビーに、デッドストックは手首を失った右腕を挙げる。

「お前とまともに取引をしようと思った俺が馬鹿だったよ」

「返しなさいよ、あの女の胴体。あれがなきゃ、私の若さと美貌は保てないんだからねぇ!?」

「返すものか。俺が買ったものだ。リザレクションの手足と頭の在処は知らないか」

「知るわけがないでしょうがぁ、そんなものぉ! 知っていたら、とっくに喰っていたわよぉ!」

「そうか」

 だったら、用はない。デッドストックは踵を返し、プライスレスを蹴った。

「おい、起きろ。さっさと出ていくぞ」

「ぶふぇっ、えほっ、ってえぇー、どこに行くんだよぉーうストッキィー」

 プライスレスは一度転がってから起き上がり、今一度派手に咳き込んだ。

「待て」

 二人を引き留めたのはハニートラップだった。デッドストックは面倒だったが振り返ると、赤い印が付いたジガバチ は浮かび上がって二人の前に回り込むと、着地してきた。

「分類番号・LDH0316、いや、リザレクションの部品の所在についてだが、私の部下が把握している。直接の記憶 は持っていないが、並列化された意識の隅にリザレクションが結晶化された後に解体された末に輸送されたルート を目視していた者がいる、との情報がある。だが、その記憶を持ったジガバチはイカヅチの元に向かってしまった。 そのジガバチに接近し、意識を再接続出来れば、情報の詳細を確かめられるのだが」

「ハニートラップ。お前がそこまでする理由はなんだ」

「率直に言おう、我らが女王の巣を蹂躙した男を殺す手助けをしてくれないか」

「俺はその辺のゴロツキだ。あんな化け物を倒せるわけがないだろう。当てにするな。俺に利益もない」

「利益はある。イカヅチを屠れば、塔に昇れる。塔に昇れば、天上世界に行ける」

「……そうか。そうだな」

 そうすれば、ヴィジョンを通じてクリスタライズを煽らずとも、相手の方から襲い掛かってきてくれる。デッドストックは ハニートラップが提示した、あまりにも無謀かつ大胆な案に思いの外乗り気になった。それが一番手っ取り早く、 確実だからだ。デッドストックは今度こそ目的を果たせる、クイーンビーと部下達は沽券と食い扶持を取り戻せる、 プライスレスは全財産を取り戻せるかもしれない。イカヅチを失うことで、ヴィジランテとそれを取り巻く連中が被る 損害の大きさなど知ったことではないが、自分が利益が得られるのであれば何も問題はない。
 そう、何も。





 


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