横濱怪獣哀歌




一獣当千



 第一目標、横浜駅を掌握し、バベルの塔の破片を手に入れる。
 第二目標、御名玉璽を用いてバベルの塔の破片を活性化させ、成長させる。
 第三目標、怪獣聖母ティアマトを怒らせ、宇宙怪獣戦艦かそれに準じた怪獣と共に地球から脱する。
 最終目標、火星への到達。そして、ツブラとの再会。


 やるべきことを書き込んだ紙を折り畳み、財布に押し込んだ。
 御名玉璽が入った財布をジーパンのポケットにねじ込んでから、狭間は双眼鏡を目に当てた。国道一号線と国鉄 の東海道本線が隣り合っている場所は、帝国陸軍の戦車やら装甲車で固められていた。九五式重戦車が五両、 四式中戦車チトが五両、それから歩兵を運搬するためのトラックが十台。そして、自動小銃を携えた歩兵の 人数は一個中隊もの人数が動員されている。政府側は、本気で怪獣使いに戦いを挑むつもりでいるようだ。
 呆れるやら戸惑うやらで、狭間はなんともいえない心境になったが、すぐに体を引っ込めて身を隠した。双眼鏡 を本来の持ち主である鮫淵仁平に返してから、倒すべき相手がどれなのかを思案した。桜木町と元町に通じる道路 は、動員された兵士の人数に差はあれども、似たような状態だ。いずれも肉眼で確認してきたので、間違いない。 戦車に搭載されている動力怪獣を脅かして暴れさせるのは簡単だが、その程度で引き下がるような部隊ではない だろう。それに、今回の作戦の要は、怪獣使いによる反撃であるかのように見せかけることにある。
 歩哨がやってくる時間なので、狭間は鮫淵と羽生と共にその場を離れ、下水道に潜り込んだ。マンホールの蓋を 開けさせるたびにライキリはぐちゃぐちゃと文句を言うのだが、それに構っている暇はないので一切合財無視した。 楼閣怪獣シスイが張り巡らしていた根に塞がれているように偽装した配管を通り、隠れ家に至った。それはかつて 羽生が仕込んだ細工であり、彼が身を潜めていた場所でもあるので、有効活用している次第である。

「この作戦は実にややこしいが、ややこしいことほど考え甲斐があるというものだよ」

 羽生鏡護技術少尉は、汚れが目立ってきた軍服の襟元からタバコを出して銜えた。

「怪獣使いの怪獣の使い方のクセというものを今一度思い起こさないといけないなぁ。ううん……」

 下水道の生臭さが染み付いたスチール机に向かっている鮫淵は、大きな背を丸めてノートに書き込んだ。

「君はそうして紙に書き付けなければ頭の整理が出来ないタイプだと重々承知しているが、今回に限っては、あまり 証拠を残さないでほしいんだがね」

 羽生はゆったりと紫煙を漂わせながら、かぐや姫のスカジャンを羽織った青年を見やる。

「それにしても、狭間君。君はどちらかというと怪獣使いの味方かと思っていたけど、そうでもなかったのだね。怪獣 使いを横浜駅から追い出してしまいたいから、手を貸してくれないか、と話を持ち掛けてくるのだから。この僕が言う のもなんだけど、人選は大いに誤ったんではないかな? この僕は軍人ではあるけど戦闘訓練なんて受けていないし、 拳銃を握ったのもついこの前なんだよ。だから、そこのサメ男なんて論外の極みじゃないか。まあ、他に選び ようがなかったということぐらい、この僕は把握しているけどね」

 九頭竜会と渾沌に恩を売ったら後が面倒だし、田室中佐はまずあてに出来ない、と付け加え、羽生はフィルター を浅く噛んだ。そして、元同僚の広い背に目をやる。

「しかし、サメ男。君みたいな良心の固まりみたいな男が謀反に加わるだなんて、なんとも意外だよ。この僕は狭間君 の尻馬に乗っかって火星に行くべきだと判断したから、加勢しているわけだが」

「あ、えと、その、ううんと、なんというか、うう」

 鮫淵は口籠ると、鉛筆をがりごりとノートに擦り付けて太い字を書いた。

「ば、バベルの塔は神話時代の終焉と共に倒されて、その破片が世界中に散らばってから、かなりの時間が経った けど、未だにどの破片も眠り続けている。いかなる怪獣にも魔法使いにも怪獣使いにも、目覚めさせることはおろか 対話することすら出来なかった。真日奔では御名玉璽と呼ばれているバベルの塔のマガタマを触媒に使ったところで、 結果は同じだった。だけど、ええと、なんというか、横浜駅周辺の地盤が微妙に変化しているんだよ。この前の ブリガドーン騒動の直後から、横浜駅の半径五〇メートル以内の道路が陥没したり、隆起したり、亀裂が走ったり、 というように。中に入って調べてみたいけど、でも、枢様は許してはくれないし、何度か交渉してみたけどヒツギ が出てきて物理的に追い出されてしまって。だけど、もしかすると、もしかするかもしれないから、だとしたら、 僕はその一部始終を観測して記録しておく義務があると思うんだよ。か、科学者として」

 とは言いながらも、鮫淵はいつになく高揚していて、声色も若干裏返っていた。要するに、科学者云々というのは 建前でしかなく、未知の怪獣に対して好奇心が抑えられないだけなのだ。使命感に基づいて怪獣の研究者となる 道を志した羽生とは違い、鮫淵は根っからの怪獣好き故に研究者になった。だが、怪獣が好きで好きでたまらない からこそ、節度を守って怪獣に接していた。ツブラに会った時もそうだった。しかし、数々の異変によって怪獣と 光の巨人の均衡が崩れ、政府と怪獣使いの均衡も崩れてしまったから、彼の理性も綻んでしまったらしい。

「それで、いい作戦は思い付きました?」

 生米と水を片手鍋に入れ、ブロックで作ったかまどに載せて火に掛けてから、狭間は二人の科学者を窺った。

「そう簡単に思い付くようなら、この僕はもう少し順調な人生を歩んでいると思うけどね」

 資料が足りない時間が足りない、とぐちぐちと零しながらも、羽生は鮫淵のノートを覗き込んだ。

「兵力を一気に削ぐ作戦ならいくらでも思い付くんだけどね……。平沼橋に誘い込んで橋を落とす、だとかね」

「あ、でも、それは安直すぎて引っ掛からないのでは。今回配備された部隊の隊長は大戦中に実戦経験がある軍人 ばかりなので、僕らの付け焼刃の戦術なんて通用しませんよ。第一、僕らには戦力はあるようでないわけで」

「帝国陸軍に一条御名斗が合流しているとなれば、狭間君の能力は帝国陸軍全体に知れ渡っていると考えていい。 怪獣に少しでも妙な動きをさせてしまえば、すぐに兵士が飛んでくる。だから、これまでのような迂闊なことは 出来ないね。同時多発的に怪獣を暴走させる、というのは悪くないが、確実じゃない。だけど、戦力を分散させて おかないことには上手く事を運べないだろうから、それも作戦に組み込んでおこう」

 だからこれをこう、と羽生は鮫淵の鉛筆を奪い、ノートに書き込んだ。

「あ、えっ、でも、そうなると今度は怪獣の熱量が増えすぎて光の巨人を招きかねないので、えと、この怪獣は 作戦から除外すべきじゃないかな、というか。外気温が低くなっているから、熱量が上がった怪獣の存在は人間にも 感知されやすいわけだから……。となると、暴走させる怪獣達の熱量の上限はこの程度で」

 でも、この怪獣は使いたいし、だけど、あの怪獣は熱量が大きすぎるし、と鮫淵は次第に前のめりになり、ノートに 頭を突っ込みかけた。だったらこれはやっぱりこうする、と羽生が斜線を引くと、鮫淵は鉛筆を奪い返して書き直した。 それから、二人は鉛筆を奪い合っては書き、書いては奪い合い、ページを何枚も消費した。最初は言葉を交わしながら 論じていたが、いつしかどちらも黙り込み、紙の上で激しく鎬を削った。

「狭間君も意見を出しておくれよ。君が要なんだから」

 舌戦ならぬ筆戦を中断し、羽生は狭間を手招いた。狭間は煮えてきた米を掻き回していたので、それをどうするか と少し迷ったが、鍋に蓋をして火から下ろした。

「俺の頭じゃ作戦なんて到底思いつかないから、御二人の力を借りようというんじゃないですか」 

 狭間は米の煮え具合を気にしつつ、苦笑する。だが、羽生の言うことも尤もなので、狭間は考え込んだ。怪獣の群れ を一度に操って兵隊が死なない程度に襲わせ、光の巨人が現れない程度に熱量を押さえ、その上で怪獣使いの仕業に 見せかけられるような手段があっただろうか。唸りに唸った末、狭間は思い付いた。

「……そうだ!」

 狭間はそう言うや否や、鮫淵のノートをひったくって新しいページを開き、雑な字を書き込んでいった。羽生と鮫淵は 狭間が思い付いた作戦を読み、これならいける、と言ってくれた。だが、所々詰めが甘いので、それは羽部と鮫淵に 補填してもらった。ノートの上での作戦会議が収束してから、鍋の蓋を開くと、半端に煮えている米は白飯とも粥とも 言い難い代物に成り果てていた。だが、食べ物は決して無駄に出来ないので、塩で味を付けて食べた。
 粥というよりも、デンプン糊だった。




 従属怪獣ヒツギとその眷属の怪獣電波は、捉えやすく、感じやすい。
 それもこれも、主人である綾繁枢に合わせているからだ。さすがに狭間と言えども下水道の中からでは怪獣電波 のやり取りは出来ないので、地上に出て、寿町の一角にあるバラック小屋に身を潜めた。羽生と鮫淵には見張りに 立ってもらい、狭間は作業に集中した。万が一の時のため、ライキリの柄に手を掛けていた。
 狭間が思い付いた作戦はこうである。怪獣使いの仕業に見せかけたいなら、怪獣使いの代名詞の如き怪獣行列 の者達を操ればいいのではないだろうか、と。特に枢の直属であるヒツギは名も姿も知れ渡っているし、綾繁家の 家紋が入った棺を担いでいる時点で、何の役割を果たす怪獣なのかは一目瞭然である。だから、狭間の怪獣電波で ヒツギを操り、ついでに怪獣行列も操り、桜木町界隈を封鎖している帝国陸軍を襲う。それから、いくつかの部隊を 平沼橋へと誘導し、罠を張っているように見せかける。もちろん、誰も傷付けるつもりはないが、大事なのは怪獣 使いに対する不信感と警戒心を高ぶらせ、綾繁枢に敵意があると思い込ませることだ。
 それが成功すれば、第一目標が達成出来る。枢の身に危険が及ぶ可能性は否めないが、最後の最後でヒツギ の遠隔操作を切り、枢を守らせればなんとかなるだろう。場合によっては、帝国陸軍の武器を遠隔操作して作動 させないようにしてしまえばいいのだから。

「で、狭間君、本当に視えるのかい?」

 羽生は刃物怪獣ヒゴノカミの刃を広げたのか、しゃりんと小気味いい金属音が聞こえた。狭間は薄いベニヤ板の 壁に寄り掛かり、目を閉じていた。自分の怪獣電波の出力を上げれば、怪獣の意識を強引に封じ込めて上位意識を 乗っ取ることが出来るということに気付いたのは、印部島でのことだったが、慣れてしまうとこんなに便利なもの ない。問題があるとすれば、この手段を用いると心身が消耗することだが、それは後でどうにでもなる。

「視えますよ、色々とね」

 考えてみれば、ヒツギの視界を借りるのは初めてだ。狭間は腕を組み、ひたすら集中した。怪獣電波を絡め取る というのは、簡単なようでいて難しい。怪獣によって出力も違えば周波数も違うし、クセも違う。迂闊に相手の感情 に流されてしまったら、こっちが乗っ取られ返されかねない。ヒツギの場合、他の怪獣よりも人格が完成されている ので尚更だ。横浜駅の周囲を固めている怪獣行列の怪獣達を捉え、彼らの怪獣電波を経由し、彼らの周波数を真似て、 仲間であるかのように装った。それから、ヒツギを捉えた。途端に、居住臓器の中の景色が網膜に映る。
 そして、枢の姿も見えた。が、狭間は思わず声を潰した。なぜなら、綾繁枢は風呂から上がってきたばかりで、 濡れた裸身を曝していたからだ。しかも、両腕を上げて突っ立っている。召使が一人もいないので、今はヒツギを 召使代わりにしているのだろう。狭間――否、ヒツギが目を下ろすと、前足にはタオルが握られている。

『どうかしましたか、ヒツギ。さあ、お早く。体が冷えてしまいます』

 ヒツギの聴覚越しに聞こえてくる声は、狭間の耳で感じ取ったものよりも若干音が籠っていた。

〈貴様っ、人の子か!? 人の子以外、こんなことが出来るはずがない!〉

 狭間の怪獣電波を跳ねのけようというのか、ヒツギが怪獣電波を高めると、タオルを握る爪に力が込められた。

〈しかし、なぜ、今、この時なのだ! 枢様の麗しい御体をお清めする湯浴みの時間に、枢様がこの私に全てを 曝け出してくれる瞬間に、枢様と私だけの、私と枢様だけの時間だというのに! 私の目を通じて枢様の肌を目に した罪は重いぞ、人の子! その目玉、抉り出してやる!〉

〈あーそうだな、都合がいいよ。色々と!〉

 ヒツギが怒れば怒るほど、付け込める隙が大きくなる。感情が乱れれば怪獣電波の波も乱れ、意識にも綻びが 出来る。狭間はライキリの柄に爪を立てて腹に力を入れ、怪獣電波の出力を更に引き上げると、視界の端で白い ものがはらりと落ちた。ヒツギが握っていたタオルが床に落ちると、枢は従者を覗き込んできた。

『大丈夫ですか、ヒツギ?』

〈悪いが、枢さん。二度風呂しておいてくれ〉

 怒り狂ったヒツギの意識を奥深くに封じ込め、その肉体を乗っ取った狭間は、枢の細すぎる肩を太い指先でとんと 軽く押した。足場が悪かったこともあり、枢は呆気なくよろけ、ヒノキ造りの湯船に背中から没した。水柱が上がった が、すぐさま顔が浮き出てきた。溺れる心配はなさそうだが、追いかけてこられると面倒だ。なので、狭間は脱衣所に ある浴衣と襦袢と下着を抱え、外に放り出した。枢の絶叫が聞こえてきたが、無視した。ついでにタンスの中身も全部 庭にぶちまけてから、居住臓器の外に出るべく、翼を広げた。が、激痛が背骨を貫いた。
 
「うげぇっ」

 その痛みが狭間の肉体にまで及び、思わず変な声が漏れた。ライキリに切られた傷はまだ癒えていない、という よりも、ヒツギは治す気がないようだ。翼の根元と背中を縫合しているのはワイヤーで、これでは傷が塞がるどころ か翼を動かすたびに激痛が起きる。恐らく、ヒツギは枢を守り切れなかった己を戒めるために、翼を動かすたびに 痛みを感じるようにしたのだ。背中だけでなく腰と腹にも激痛が走り、狭間はライキリに縋って背を丸める。

「ぐげげえええええ」

「ど、どうしたのさ一体」

 すぐ傍にいる鮫淵が心配してくれたが、事の次第を説明するだけでも体力を消耗してしまうので、狭間はヒツギ に集中した。畜生、なんて野郎だ、変態の中の変態怪獣め、と狭間は内心でヒツギを罵倒しながら、居住臓器の外 をひたすらに目指した。主人に刃向った従属怪獣を止めようと、怪獣行列の怪獣達がやってくるが、すかざす彼らの 意識も絡め取った。怪獣行列の怪獣達は、元からヒツギとは意識を繋げているので、こちらは簡単だった。
 粘膜の隔壁を通り抜けていき、横浜駅の上空に至った。だが、問題はこれからだ。怪獣行列の怪獣達が一ヶ所に 集まっている時はまだ操りやすいが、分散させて人が死なない程度に乱戦させるとなると、至難の業だ。狭間一人 の脳では、情報と感情の処理が追い付かずに破裂してしまいかねない。なので、怪獣の力を借りることにした。

〈お、おい!?〉

 ライキリは文句を言おうとしたが、それは聞かなかったことにして、狭間はライキリの鯉口を切って白刃を出した。 こんな時にあると便利なのがカムロの髪の毛かツブラの触手なのだが、生憎、どちらも手元にはないので、粘膜越し に神経を触れさせた。つまり、ライキリの峰を舐めて銜えた。とてつもなく鉄臭い。
 ライキリはぎゃあぎゃあと喚いてがたがたと暴れて、狭間の粘膜から逃れようとした。狭間だって、出来ることなら すぐに吐き出してしまいたい。けれど、他に手段がなかったのだから仕方ない。ライキリが唇の傍に目を開いた ので、すかさずそれを舐めてやると、先程よりも鮮明に、そして多くの怪獣達を支配下に置けるようになった。狭間の 目論見は成功したが、ライキリは完全に戦意喪失して黙り込んだ。申し訳なくなってきたが、謝るのは事を終えた 後だ。再度目を閉じ、狭間はヒツギに成る。横浜駅の上空から辺りを見渡し、国道一号線と東海道本線を封鎖している 帝国陸軍の主力部隊を捉えると、配下の怪獣達を率いて奇襲を仕掛けた。
 奇襲、といっても大したことをするわけではない。戦車をひっくり返し、兵隊を運ぶトラックをひっくり返し、兵隊の 自動小銃を奪ってへし折るだけだ。ライキリの力を借りてヒツギに意識の楔を埋めた状態を保ち、他の怪獣達も操り、 他の道路を塞いでいる帝国陸軍の歩兵部隊を襲っては同じことを繰り返した。けれど、やりすぎてはいけない。 追尾出来るほどの余力を残しておいてやらなければならないので、どの部隊にも一台だけは無傷のトラックと動ける 兵士をいくらか残してやり、それから怪獣達を平沼橋へと向かわせた。反応速度は違えども、皆、怪獣達を追いかけて きてくれた。
 再びヒツギを横浜駅上空に浮かび上がらせ、全ての部隊の動向を見下ろせる高度に留めた。奇襲を仕掛けた 部隊は全部で七、罠に誘い込まれてくれたのはそのうちの三、残りの四つの部隊は隊長の判断でその場に留まって いた。迂闊に持ち場を離れれば、防衛線が内から外から突破されないとも限らないからだ。賢明である。
 だが、防衛線を揺らがすのは、地べたを這いずるならず者達ではない。帝国陸軍自身だ。狭間は怪獣達の群れに 命じ、ひっくり返した戦車を一発殴らせた。無論、砲弾が装填済みであると把握している。
 直後、轟音と共に砲弾が駆け抜け、平沼橋に向かっていった。上下が逆さまになっているせいで砲身に多少なり とも歪みが生じているからか、真っ直ぐに飛ばなかったが、平沼橋の橋桁を掠めて帷子川に着水した。盛大な水柱 が上がり、信管が炸裂して更なる水柱が起きた。平沼橋の上にいた兵士達は、皆、肝を潰している。これで、兵隊 は誰が敵なのか、誰と戦うべきなのか、思い知らされたはずだ。後は、彼らが動くのを待つだけだ。

〈――――読めたぞ、人の子〉

 狭間がほんの少し気を抜いた瞬間、ヒツギの意識が表層に浮き上がってきた。

〈読めたらどうするってんだ?〉

 挑発にしては安っぽく、宣戦布告にしては弱々しいが、狭間は精一杯強がった。

〈私はバベルの塔も火星も光の巨人もイナンナもエレシュキガルもどうでもいい、枢様さえ御無事であればそれで いい! お前が何を仕掛けてこようと、私は全力で枢様を守るだけだ!〉

 ヒツギが叫びを上げて怪獣電波の出力を最大限に高め、狭間の意識を弾き飛ばした。当然ながらヒツギの視界との 接続も切られてしまったので、見慣れた瞼の裏が網膜に映り、鈍い頭痛が生じた。狭間は無意識に噛み締めていた ライキリの峰から口を外し、疲労による吐き気を堪えた。地面に横たわると、背中にかすかに震えが伝わってきた。 横浜駅の方角から、怪獣達のざわめきが聞こえてくる。枢は自力で着物を着られただろうか、と案じながら、狭間は 気を失わないためにタバコを銜えた。但し、火は付けない。フィルターを噛み締め、葉の香りを吸った。
 第二目標を果たすためには、この程度で寝るわけにはいかない。





 


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