ドラゴンは滅びない




流浪する黒き竜




 ファイドは、気を休めていた。


 砲撃が直撃したために大きく抉られたレンガ壁の穴からは、絶え間なく降り続いている濁った雨が見えていた。
空の色はずしりと重たく、色味のない廃墟の世界を更に暗くし、物陰ともなればまるで夜のように薄暗くなっている。
耳に入ってくるのは虫が発する金属的な鳴き声と、壊れた屋根から伝い落ちる水滴が床を叩く音ばかりだった。
 くたびれた白衣の袖から出ている手を、広げた。皮が分厚く大きな手の指先のツメは、少し鋭くなりつつあった。
背中の皮にも張りを感じていて、手で触れてみなくともその下から翼が飛び出そうとしていることは解っていた。
擬態の姿に変化し続けていると、気付かぬうちに過負荷が掛かる。押さえれば押さえた分、後で一気に現れる。
 壁の穴から見えているブリガドーンもまた、雨に濡れている。起伏の大きい岩肌が、しっとりと黒ずんでいた。
しかし、この雨雲は地平線の果てで途切れており、ブリガドーンの上空は雲一つない真っ青な空が広がっていた。
けれど、ブリガドーンを包んでいる雨脚は強く、こちらの雨と全く同じだった。辺りの空間が捻れている証拠である。
湿っぽく重みのある風には、泥の匂いの他にもブリガドーンから流れてくる魔力の匂いが僅かに混じっていた。
竜族でなければ解らないほどのものだが、通常のものとは質が明らかに違っており、魔力の匂いが異常に濃い。
この膨大な魔力が、ブリガドーン周辺の空間を歪めているのだろう。強すぎる力は、空間など容易く曲げてしまう。

「こいつが破れてしまっては困るからな」

 ファイドは白衣を脱ぐと、上半身のシャツも脱いで浅黒い肌を晒した。背中に力を込め、翼を出す。

「い、よっと」

 鋭くも硬い翼の骨が背中の皮膚を突き破った瞬間、背中全体に引きつった痛みが走ったが、すぐに消えた。
めきめきと音を立てながら骨が伸び、その骨の下から細い骨が下へ伸び、薄い皮が現れると、皮の翼を成した。
 両の翼を軽く一振りすると、風が巻き起こった。足下の砂が舞い上がり、翼と共に伸びた二本のツノを掠めた。
数日前に切り落としたはずなのだが、また生えてきてしまった。擬態の姿を保ち続けるのには、手間が掛かる。
だが、擬態でなければ効率良く行動出来ない。竜の姿は目立ちすぎるから、というのもあるが、結構楽なのだ。
 この世界は、人間の大きさに合わせて造られている。住宅や街もさることながら、価値観も人間の尺度だ。
竜の尺度では大きさが違いすぎて、激しいずれが生じてしまう。患者を治療する際にも、ずれはない方が良い。
 ファイド・ドラグリクは、黒竜族の医師である。千年以上前、竜王朝が現存していた頃から医療を行っている。
竜王都が健在で竜族が繁栄していた時代は、もっぱら竜族ばかりが相手だったがたまに魔物も治療していた。
 それは医師としての使命感からだけではなく、様々な生物の構造に関する好奇心が大きかったからである。
あらゆる生命体を徹底的に調べて研究したいと思っていたが、黒竜戦争が始まってしまい、竜王都は滅亡した。
その後は、黒竜戦争の影響で以前にも増して危険視された魔物族は討伐され、ほとんどの種族が滅んでいった。
人に似た姿に擬態出来て知能も高い吸血鬼族は長らえているが、他の魔物族は長らえることが出来なかった。
生き残った竜族達も東方の奥地に造った東竜都で長らえていたが、五十年前にキース・ドラグーンが滅ぼした。
それ以降も生き長らえている古い種族はほんの僅かしかおらず、彼らもまた明日をも知れない身となっている。
 だが、そんな世の中であっても見限ることは出来ない。現世に生きている以上、関わっていかなければならない。
世間から廃絶された存在だからこそ、関わりを絶てない。断ち切ってしまえば、それはすなわち死を意味する。
生物的な死ではなく、社会的な死だ。生きていくことは喰っていれば出来るが、活きていくのは一人では無理だ。
医者としての力を活かすためにも、より発展させるためにも、患者となる人外達や人間達と関わる必要がある。
 ファイドは翼を下げ、力を抜いた。全身を駆け巡っていた野性的で猛々しい竜の力は、次第に落ち着いてきた。

「おや」

 ファイドが振り向くと、いつのまにか背後に白ネコがいた。二股の尾を持ったネコは、頭を下げてきた。

「お久し振りでごぜぇやす、お医者の旦那」

「君はいつも音もなく現れるな。少しは気配を感じさせたまえ」

 ファイドはネコに向き直り、その頭を軽く撫でた。心地良さそうに、白ネコ、ヴィンセントは目を細める。

「音もなく近付くのがネコの本分でさぁ。そいつをとやかく言わねぇでおくんなまし」

「それで、今日は何の用事かね?」

 ファイドはヴィンセントを見下ろし、尋ねた。ヴィンセントは目を上げる。

「へえ。お医者の旦那が、前に治療なさった病人のことでごぜぇやす」

「話したまえ」

「旦那の腕は素晴らしいもんですぜ。悪いところが、段々と治ってきちょりやす」

「経過がいいようで何よりだ。施術は入り用かね?」

「必要だと思いやす。腹の真ん中に悪ぅいのがありやすから、そいつを取ってやらにゃあいけやせん」

「ならば、執刀の予定を決めなくてはな」

「先方にも都合っちゅうもんがありやすからねぇ、あっしからも話を付けておきやしょう」

「ああ、よろしく頼むよ、ヴィンセント」

 ファイドはヴィンセントをもう一度撫でてやった。ヴィンセントは、うにゃあ、と鳴いてから腰を上げ、外へ出た。

「またお会いしやしょう」

 白ネコは音もなく歩いて、降りしきる雨の中に消えた。程なくして足跡は途切れ、二本の尾は掻き消えた。

「ん」

 不意に、魔法が開く気配が感じられた。割れた窓から外を窺ってみると、先程までなかった人影が立っていた。
恐らく、空間転移魔法でも使ったのだろう。二人の人影の周囲には足跡は付いておらず、裾も汚れていない。
 長いマントを被った長身の男の腕に、小柄な女が守られている。男はフードをそっと持ち上げて、目を出した。
それなりに均整の取れた顔立ちをしているが、目が細い男だった。十年分の年齢は重ねているが、彼だった。

「やあ、リチャード」

 ファイドが声を掛けると、男は身を翻して女を背に隠した。だが、相手がファイドだと知ると警戒心を緩めた。

「お久し振りです、先生」

 間を置いてから、男、リチャードは安堵で肩を落とした。その影から、女、キャロルが顔を出す。

「ファイド先生、ですか?」

「どうしたんだい。連合軍から逃げてきたのかね?」

 ファイドは翼を折りたたむと、白衣を羽織った。リチャードは、マントの下に隠しているキャロルの肩を抱く。

「そんなところです。先生は往診の途中ですか」

「まぁ、そんなところだ」

 入りたまえ、とファイドが促すと、リチャードは辺りを見回してから瓦礫へと足を進めた。

「ここは連合軍の通り道から外れているようですね。車輪の跡もありませんし、人の足跡もないですから」

「良かった…」

 マントの下から現れたキャロルは、表情が弱く、顔色も悪かった。リチャードはマントを脱ぎ、彼女に被せる。

「これなら、ゆっくり休めそうだ。少しは調子が戻ると良いね」

「はい」

 キャロルは小さく頷くと、リチャードに肩を支えられながら歩き出した。ファイドは、彼女の表情を眺めていた。
キャロルの顔色は悪く、足取りも重たかった。疲労が原因で病気でも患ったのだろうか、と眉根をひそめた。
ファイドは足元に置いた、くたびれたカバンを見下ろした。その中には、様々な魔法薬が詰め込まれている。
症状によっては、魔法薬でも処方してやろう。相手は戦犯で逃亡犯の夫婦だが、ファイドの友人でもあるのだ。
 そして、時には患者にもなる。


  冷え切った手が、胸から腹を伝う。
 キャロルは服の前をはだけて肌を晒し、全身に広がる具合の悪さと羞恥心を堪えながら触診を受けていた。
リチャードも、不安げな顔をしている。触診されている妻の後ろ姿を見つめているが、時折ファイドも見ている。
 指先を使うと伸びた爪で肌を切り裂いてしまうので、ファイドは太い指を曲げてキャロルの薄い肌をなぞった。
以前は柔らかく膨らんでいた乳房も、長い逃亡生活の負担と満足に食事を取れないせいで小さくなっていた。
滑らかな腹部をなぞり、ファイドは手を止めた。指先に感じていた魔力の流れが、下腹部で少し変化している。
内側へと向かっている。もう一度乳房に触れてみると、心なしか硬かった。となれば、思い当たる節は一つだ。

「今月、月のものは来たかい?」

 ファイドが問うと、キャロルは指折り数えてから首を横に振った。

「いえ、まだ」

「先月は」

「来ていません」

 キャロルはその意味が掴めたのか、頬を染めた。ファイドは、彼女の下腹部に触れる。

「で、リチャード。心当たりはあるかね?」

「ええと」

 リチャードは若干言葉を濁しつつも、答えた。

「あの時…かなぁ」

「元気な子を産ませてやりたいなら、身を落ち着けたまえ」

 ファイドは、にいっと笑って牙を覗かせた。

「ご懐妊だ」

「本当ですか、先生」

 身を乗り出してきたリチャードに、ファイドは頷く。

「ああ、本当だとも。まだ反応は弱いが、魂の気配もちゃんとある。君らの子供だ」

「ちょっと…早かったですね」

 キャロルは服を直し、気恥ずかしげに俯いた。リチャードは苦笑いする。

「だねぇ。僕も気を付けていたつもりだったんだけどね。でも、予定の前倒しってことでいいじゃない」

「はい」

 キャロルは笑顔を浮かべ、頷いた。ファイドは、爪の伸びた手を下げる。

「それじゃ、君らはどこかに行くつもりだったのかね?」

「僕達もさすがに疲れたので、ゼレイブに留まろうと思いまして。あそこには弟もいますしね」

 リチャードはキャロルにマントを掛けてやると、その細い肩を抱いた。

「共和国戦争で僕が犯した罪は本物だ。キースの手の上にいたとはいえ、僕は沢山の人間を殺めたんだ。それも、僕が愛してやまない魔法でね。僕がキースに従わずに自害でもしていれば、死ななかったはずの人間はとても大勢いたんだ。けれど、僕はそうしなかった。僕は弱い人間だよ。キャロルと一緒になって幸せってのがどういうものなのか知ったから、死ぬのが途端に怖くなってしまった。現に今も、罪からは逃れられないのに未練たらしく逃げている。逃げたところで、キャロルを幸せには出来ないのに。キャロルと一緒にいれば心は安らぐし生きるのが楽しいけど、それは僕の傲慢だ。僕だけの幸せなんだ。キャロルの幸せじゃない」

「別に、私は」

 キャロルが言い返そうとすると、リチャードはそれを遮った。

「死ぬときは一緒だ。でも、その前に、少しぐらいは君にまともな幸せを与えてやりたいんだ」

「私は充分幸せです。リチャードさんのお傍にいられて、ずっと一緒にいられるだけで充分なんです」

 縋り付いてきたキャロルを、リチャードは抱き締めた。

「ありがとう、キャロル。でも、それだけじゃいけないんだ。それは、君の幸せじゃないから」

 リチャードの胸に顔を埋めたキャロルは、声を殺して涙を流している。様々な思いが、混じっているのだろう。
リチャードは穏やかな眼差しで、年若い妻を慈しんでいる。彼も彼なりに、罪を償う方法を模索しているのだ。
共和国戦争で、リチャードが犯した罪は重い。戦うことは彼の本意ではなかったとはいえ、罪は罪に違いない。
彼は、それを受け止めようとしている。だが、直視するには重すぎる上に大きすぎるので、罪から逃げてしまった。
その逃亡に妻を付き合わせたことを、後悔しているのだろう。キャロル自身は、一人も殺していないのだから。
 ファイドは固く抱き合う夫婦を見、複雑な心境になった。夫婦としての幸せを求めようにも、障害が大きすぎる。
だが、その障害は並大抵のことで壊せるものでもなければ消せるものでもなければ、逃げ切れるものでもない。
しかしそれでも、二人は人並みの幸せを望んでいる。愛し合う者同士として、当然のものを求めようとしている。
罪の大きさに比べれば、二人の欲求はささやかだ。けれど、ささやかであるからこそ、手に入れるのは難しい。
 キャロルの細い泣き声は、雨音に掻き消されてしまいそうだった。


 夫の膝に縋り、キャロルは寝息を立てていた。
 リチャードのマントだけでなく上着も着たキャロルは身を丸め、リチャードの手をしっかりと握り締めている。
互いに指を絡め合い、腕にもしがみついている。その様子だけで、二人がどれだけ深く愛し合っているか解る。
 リチャードはキャロルを優しく撫でながら、ファイドを見やった。翼とツノの生えた医者は、カバンを探っている。
かなり使い込まれた革のカバンに詰め込まれているのは、薬液の入った茶色の瓶や手術道具ばかりだった。
瓶の中には、連合軍の印が付いているものもある。リチャードが訝っていると、ファイドは顔を上げずに言った。

「強奪品ではないよ。まぁ、真っ当と言うわけでもないがね」

 ファイドは薬瓶を一つ取り出し、掲げてみせた。

「中身はラベル通りではない。効能の良いものは残してあるが、そうでもないものは魔法薬に入れ換えてある」

「フィフィリアンヌさんの薬ですか?」

 リチャードが言うと、ファイドは中身が残り少ない薬瓶を出して傾け、軽く振った。

「それもあるし、そうでもないのもある。彼女の薬は最高だが、何分高くてならんのだよ」

「そういう人ですからねぇ、あの人は」

 リチャードは細い目を更に細め、壁の大穴から外を見つめた。

「あの人にも久々に会いたい気もしますけど、会ったところで何をどうするってわけでもないんですよね」

「違いない」

 ファイドはリチャードの目線の先にある、ブリガドーンを見上げた。

「この十年は、何のための十年だったのかと考えてしまうことがあるよ」

「ええ、僕も。歳を喰ったからかもしれませんけど、色々と考えてしまいますよ」

 リチャードは、キャロルと繋ぎ合わせている手に力を込めた。

「僕達が生き残っていることには何かしらの理由があるはずじゃないか、なんて思わないでもないですけど、本当はそんなものはどこにもないんですよ。ただ、運が良かっただけなんです。理由があるとしても、それは後から付けた都合の良いものでしかない。人間は、自分にとって都合の良いことだけを抜き出して、良くないものは切り捨てる。僕はその良くないものの代表みたいなものです。社会的には、僕は死んでしまった。必死に頑張って魔導師協会の役員になって魔法大学の講師にもなったというのに、何一つ手元に残らなかった。本家の屋敷も壊されたし、両親も死んでしまった。まともに生きている身内はレオぐらいだ。僕の手元にあるのはキャロルと、僕と彼女の子供と、信じられないぐらい大きな罪だけです。僕一人の力で全部がなんとかなるとは思っていませんけど、少しぐらいだったらなんとかなるんじゃないか、とは思いました。でも、魔導師協会役員でもなければ魔法大学講師でもなければ共和国軍中尉でもない僕は、人よりも多少魔法が使えるだけのただの男に過ぎません。戦争犯罪なんてものを、どうこう出来るわけがないんです」

「真実を述べたところで、私達の話を素直に信じてくれる人間はおるまい」

「キースのやらかした一連の出来事は、荒唐無稽にも程がありますからね。作り話だと前置きしてから話せば、少しはまともに受け止めてくれるかもしれませんが」

「魔導師協会が長らえていれば、少しは違ったかもしれんな。魔導師協会は、近代社会の魔法文化の基盤だった。多少強引で無茶苦茶な手法は使ったが、フィフィリアンヌはあれでよくやっていた。魔導師の免許制なんぞ、彼女が会長職に就かなければ作られなかった制度だ。魔導兵器、魔導技師だけでなく、他にもあらゆる方面で近代社会に合わせて魔法を活用させていたのだが、異能部隊とキースの一件によって政府と軍から目を付けられてしまった。魔導師協会が戦争ごときで呆気なく崩壊したのは、その頃の亀裂がそこかしこに残っていたからに違いない。それに、彼女は徹底して協会員に姿を見せなかったからな。悪い方法とは言わないが、逆効果になってしまった。戦争で魔導の信念を揺さぶられた魔導師達は、得体の知れない会長よりも目に見えた報酬をもたらしてくれる連合軍に傾いてしまった。こればかりは、私から見ても失敗だったとしか言いようがない。魔導師協会という組織は、魔導師の社会的な立場だけでなく、魔導師達の魔導への信念、魔導技術への信頼、魔導師の誇りを強固に支えていた。だが、この十年でその全てが失われた。ブリガドーンは現れ、禁書は流れ出し、連合軍が魔導師を殺し回る始末だ。ありふれた言葉だが、世も末だよ」

 ファイドが言葉を切ると、リチャードはブリガドーンを見上げた。あちらも、まだ雨に降られている。

「僕の気のせいかもしれませんけど、ブリガドーンは、去年よりも大きくなっていませんか?」

「最初に現れた時と比較すると、十倍近くの大きさになっている。私の目はとてもよく見えるから、そういうことはすぐに解るのだよ」

「へえ。そうなんですか。随分前にブリガドーンとか他の民間伝承についての授業をやりましたけど、その時の資料の通りですね。高き空に浮かびし岩石、ブリガドーンなる名を持ち天空より我らを見下ろさん。ブリガドーンは天よりの使者、神の御子。故にその身は、土塊でありながらも生命の如く成長す…」

「そいつは、かなり古い伝承だな」

「ええ、そうです。他にも色々な伝承がありましたけど、僕はこういうのが好みでしてね」

 リチャードの口調は、少し楽しげだった。

「ブリガドーンというのは、ある種の自然現象なんですよね。増えすぎた魚が共食いをしたり、山が勝手に燃えて木を減らしたり、無尽蔵に増えていく草食動物を肉食動物が食すのと同じような、いわば調整作業です」

「私もそのような認識だ。言うならば、膿のようなものだな」

 ファイドの言葉に、リチャードは笑んだ。

「やっぱり、最終的にはそういう考えに至りますよね。あれは、ほぼ百年単位で空に現れるガス抜きのガスだと思うんです。地表に埋まっている魔導鉱石の鉱脈には、無限にも近い魔力が満ち、その魔力もまた日々増えつつある。その力はとてつもない量で、人がどれだけ魔法に費やしても使い切れないくらいだ。だから大地は、自力で過剰な魔力を放出する作業を行っているのだと思うんです。ですけど、ブリガドーンをちゃんと調べたわけではないので、断定してしまうのは早急すぎますけどね。これで、戦争が起きていなかったら、調査に行っていたかもしれません。なんだか面白そうなので」

「魔法が好きなのだな、君は」

「それしか能がないですから。僕はレオと違って異能力なんてないですし、要領がいいだけで飛び抜けて頭が良いというわけでもないですけど、魔法だけは好きなんですよ。仕事にしていましたけど、趣味と言ってもいいですね」

 リチャードは笑みを消し、声を沈めた。

「だから、魔法が死んでいくのを見るのは寂しいですよ」

「私にもそれは解る。竜だからな」

 ファイドは、雲の切れ間が出来た鉛色の空を仰いだ。

「雨が止んだら、途中まで送ろう」

「ありがとうございます、先生」

「何、気にするな。君らに子が出来たお祝い代わりだ」

 ファイドは、再び空を仰ぎ見た。ブリガドーン上空の空は先に雨が上がったらしく、日差しを浴びて輝いていた。
雨でしっとりと濡れた地面が艶々としていて、冴えない山肌が眩しく煌めいており、美しさすら感じるほどだった。 
キャロルが可愛らしく唸り、身を捩った。安心しきっていたのだろう、今まで身動き一つせずに眠り込んでいた。
雨脚も次第に弱くなりつつあるので、キャロルが目を覚ます頃にはこちらで降っている雨も上がっているはずだ。
 雲の切れ間から大地に注いだ光が、潤った廃墟を照らしていた。




 古き時代より長らえし、黒き竜。
 あらゆる命を救い癒し生かす傍ら、移りゆく時代を見つめてきた。
 時代は変わる。世界は動く。そして、魔法は死していく。

 どんな医術を用いようとも、滅びは止められないのである。






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