手の中の戦争




第十話 スカイ・フライ・ハイ



それから、一週間と二日後。私は、高宮重工の試験場に呼ばれた。
自衛隊の演習場のように、市街地から遠く離れた場所にある広大な土地で、厳重な警備を施されていた。
重機で均された地面が剥き出しにされていて、キャタピラの跡が残っており、整備し直された感じがした。
その、ただ、だだっ広いだけの土地に、高宮重工のトレーラーが十何台も入って、テントも設営されている。
レーダーと思しき立派なアンテナが立っている、すぐ傍のテントの中には、大量のモニターが置いてある。
その近くのテントには、コンピューターがこれまた山のように置いてあり、ケーブルが地面でうねっている。
研究員と思しき白衣姿の人達は、大量のコンピューターの接続と調整に忙しくしていて、走り回っている。
整備班と思しき作業服姿の人達も同じように忙しなくしていて、しきりに声を張り上げて、準備をしている。
私は、その光景を見ていた。足場の悪い地面に不釣り合いな、ローヒールのパンプスを履いた足を揺らした。

「暇ですねぇ」

私の呟きに、左隣に座っている朱鷺田隊長は吹かしていたタバコを口元から外した。

「ああ、全くだ。こういう仕事はお偉方がするもんであって、俺達みたいな最前線の人間がするもんじゃないな」

私はパイプ椅子に背を預け、ネクタイで苦しくなっている襟元を緩めた。久々に着た礼服に、息が詰まりそうだ。
朱鷺田隊長も私の右隣に座っている神田隊員も、礼服を着込んでいる。戦闘服の方が、この場に似合っている。
目の前にある長机には、来賓、と書かれたA4の紙が貼り付けられている。つまり、今日はお客さんなのだ。
朱鷺田隊長の言うように、普通であればこういった役割は高官達がするものであって、私達の仕事ではない。
私は手に填めていた薄い手袋を外し、ポケットに押し込めた。両足を包んでいるストッキングの、感触が嫌だ。
どうせ当分の間は動かないのだろうから、と思ってパンプスを脱ごうとした時、はしゃいだ声が聞こえてきた。

「Oh!」

顔を上げると、試験場の端でグラント・Gがぐるぐると走り回っている。外に出られたことが、嬉しいのだ。

The world outside being wide, is splendid !外の世界は広い、なんて素晴らしいんだ

はしゃいでいる彼女の様子に、神田隊員が頬を緩めた。

「グラント、すっかり元に戻ったみたいだな」

「相変わらず恐ろしいぜ、高宮重工は。南斗があいつを大破させたのに、半月ぐらいで元通りにしやがった」

朱鷺田隊長はアルミ製の灰皿を引き寄せると、先端の灰を落としてから、フィルターを唇に挟んだ。

「米軍に記憶のほとんどを消されても人格自体は変わってないのが、また恐ろしいな。どんな処理をしたんだか」

緩く煙を吐き出した朱鷺田隊長は、浮かれているグラント・Gを見据えた。その眼差しは、鋭かった。

「高宮重工が本気になれば、自衛隊なんざ目じゃないかもな。やばい相手に取り込まれちまったもんだ」

なんとも、シビアな意見だ。朱鷺田隊長の言葉は、私にとっては思いも寄らない視点からの言葉だった。
だが、確かにそうかもしれない。高宮重工は、最初から私達の味方だが、敵にすれば恐ろしい相手だろう。
莫大な財力もそうだが、技術力も凄まじいし、自衛隊を通じて日本政府に対しても影響力を持っている。
やろうと思えば、どんなことも出来る気がする。考えようによれば、シュヴァルツ工業よりも脅威かもしれない。

「少しは信用して下さいよ、隊長」

神田隊員が苦笑すると、朱鷺田隊長はタバコを灰皿に押し付けて火を消した。

「足元を掬われたくないだけだ」

整備班の中から、一人が駆け出てきた。研究員達を避けながら一直線に走ってくると、長机の前で足を止めた。
高宮重工の紺色の作業服を着た、少年のような青年で、作業帽を逆に被っている。見たところ、二十歳前後か。
首から提げている社員証には、美空涼平、との名があった。それは、神田隊員が恋した相手と同じ名字だった。
私の名字と違って珍しいので、ついじっと見てしまった。もしかすると、由佳さんとやらの血縁なのかもしれない。

「北斗、南斗、両機のセッティングが完了しました。五分後に試験を開始します」

涼平さんは、深々と頭を下げてきた。顔を上げると、神田隊員に向き、にっと笑った。

「神田さん。久し振りっすね!」

「神田さんのお知り合いですか?」

私が神田隊員に尋ねると、神田隊員が答えるよりも先に、涼平さんは私をまじまじと見下ろしてきた。

「へぇー…。鈴音さんから話には聞いてたけど、マジだったんだなぁー…」

「紹介するよ、礼子ちゃん。この間話した美空由佳の弟で、オレの友人だ」

神田隊員が、涼平さんを手で示した。涼平さんは私に向き直り、作業帽を外して頭を下げた。

「どうも、初めまして。美空っす」

私の想像は、見事に当たっていたようだ。私はとりあえず、涼平さんに敬礼した。

「鈴木一等陸士です」

「礼子ちゃん。今日の稼働試験の内容は把握してる?」

涼平さんは、いきなりタメ口になった。年下相手だからだろうな、と思いつつ、私は頷いた。

「事前の資料で、大体のことは」

「そっか。だけど、そう上手く行くとは限らないと思うぜ。何せ、アレをちゃんと使うのは初めてだからなぁ」

涼平さんは、多少不安げな顔をした。私は資料の内容を思い出しながら、言った。

「反重力装置と推進装置と方向指示翼、でしたっけ? でも、本当に反重力装置なんてあるんですか?」

「あるんだよ、それが。つっても、どれもパワーをセーブしてあるから、大したものじゃないけどな」

得意げに、涼平さんはにやりと笑った。私は、反重力装置の存在が未だに信じられず、怪訝な顔をしていた。
SFとかではごろごろ出てくる架空の機械なので、現実に存在していると言われても、逆に現実感がなかった。
反重力、と言ったって、どうやれば重力から脱することが出来るんだ。重力というものは、簡単なものじゃない。
重力とは地球の自転と引力によって物体に生じている力で、地球上にいる限り脱することが出来ない力だ。
それから脱するなんて、何をどうやればそうなるんだ。まぁ、説明されても、私の頭では理解出来ないだろうけど。
そんな、魔法みたいな機械がこの世にあるとは信じがたい。しかもそれが、北斗と南斗の背中にくっついている。
陸戦用の戦闘ロボットである二人が、空を飛ぶ利点なんてあるんだろうかとか思うけど、きっとあるのだろう。

「あの」

私は、あることが気になったので、涼平さんに尋ねた。この手のことは、その道の人に聞くべきだ。

「それって、グラントにも装備されるんですかね?」

「どうだろうなー…」

涼平さんは腕を組み、首を傾げる。

「グラント・Gのボディは、修理の時に破損部分と細部を少しいじっただけで、基本は米軍時代のままになっているんだ。記憶を全部ぶっ飛ばしてから、あまり間を置かないでボディまでいじっちゃうと、グラント・Gのアイデンティティにおかしな影響が出るかもしれないから、って鈴音さんから言われてそうしたんだよ。だから、エンジンとかもシュヴァルツ製品のままで、コンピューターも多少いじったけど基本は同じなんだ。シュヴァルツ製品は高宮製品との互換性が極めて薄いから、それを埋めるための部品を見繕わないと、グラント・Gの改造は出来ないね。両社とも、お互いに模倣されないために色々と手を掛けてあるから互換性がないんだけど、こういう時ばかりは不便だよ。どうしてもグラント・Gに飛行ユニットを搭載させたいのであれば、一度、グラント・Gを完全に分解して、研究する必要があると思うぜ。まぁ、オレは研究チームじゃないからなんとも言えないけどさ。でも、今の段階ではグラント・Gにはそれほど開発資金を注げないから、搭載する計画はないと思うよ」

「そうなんですか」

お互いに互換性がないとは、なんとも面倒なことだ。私は、顔をしかめてしまった。

「物凄く厄介じゃないですか、それ」

「まぁな。どっちもでかい企業で、仇同士みたいなもんだからな。隙を見せないのも、商売の内なんだ」

涼平さんは、話を続けてくれようとしたが、試験場の向こうから涼平さんを呼ぶ声がしてきて、それは遮られた。
整備班の主任らしい中年の男性が、こちらに声を荒げている。涼平さんは主任に返事をしてから、手を振った。

「悪ぃ、もうちょい仕事があったみたいだから。んじゃな、礼子ちゃん」

「あ、はい」

私は涼平さんが言い掛けたことが気になったが、引き留めて仕事に支障を来してはいけないので、頷いた。
またなー、と親しげに手を振りながら駆け出した涼平さんは、作業帽を前後逆に被り、トレーラーに向かった。
その背が遠ざかると、今度は鈴音さんがやってきた。いつもの白衣を着ているが、長い髪を一つに縛っている。

「あらま」

鈴音さんは、私達の恰好に目を丸くした。

「そんなに形式張らなくてもいいのに」

「俺らの意思じゃありませんよ、所長さん。上の方の指示でね」

と、朱鷺田隊長が苦々しげに笑った。鈴音さんは、ふぅん、と気のない返事をしたが、神田隊員に向き直った。

「葵ちゃんのその恰好、初めて見たけど、似合わないわねー」

「うるさい。言われなくても解っているさ、それぐらい」

神田隊員はあからさまに不愉快げに、顔をしかめた。鈴音さんは私の前にやってくると、首をかしげた。

「こっちは婦警コスみたいね」

「それ、前にも言われました。朱鷺田隊長に」

私は、なんともいえない気分になってしまった。誰が見ても、私の礼服姿はコスプレ止まりと言うことなのだろう。
朱鷺田隊長は、何だろう。似合わないわけではないけど、似合うわけでもない。私は、思い付きを口に出した。

「隊長の場合は運転士ですか」

「誰がJR職員だ」

即座に言い返してきた朱鷺田隊長は、新しいタバコを抜いて火を点けた。

「暇だからと言って、上官相手に下らないことを言うな。腕立て伏せでもしたいのか」

「他意はありません」

それはさすがに嫌だ。そう思い、私は素直に引き下がった。戦闘服ならまだしも、礼服で腕立て伏せは格好悪い。
私達のいるテントから遠く離れた整備班のトレーラーが開き、その中から北斗と南斗が出てくるのが見えた。
二人は、すぐに私に気付いた。おお、と変に上擦った声を上げた北斗は、真っ直ぐにこちらに走ってきた。
あっという間に目の前にやってきた北斗は、だん、と長机に両手を付いて顔を突き出し、私を見下ろしてきた。

「麗しいぞ、礼子君!」

「私はそうは思わないけど」

私は身を引き、北斗との距離を開けた。少し遅れてやってきた南斗は、弟の肩に腕を乗せ、にやにやとした。

「えー、いいじゃんよー。礼ちゃんがスカート履いているとこ、あんまり見たことねーから余計にさー」

「うむ。礼子君の足など滅多に見られないのだ、これは存分に見ておくしかないぞ!」

北斗が更に身を乗り出してきたので、私は手元にあった資料を取り、その顔にぱしっと叩き付けてやった。

「そう言われると、見られたくなくなってきた」

「えぇー。減るもんじゃないっしょー」

不満げにむくれた南斗を、私は睨んでやった。こういうことは、そういう問題じゃないのだ。

「減らなくても、嫌なものは嫌。さっさと行ったらどうなの、試験が始まるんでしょ」

「う、うむ…」

資料を退けて体を起こした北斗は、残念そうにしていたが、鈴音さんから急かされたので試験場に向かった。
南斗も、渋々といった様子で歩き出した。私は、二人のせいで変に気になって、タイトスカートの裾を押さえた。
タイトだし丈が長いので下が見えることはないとは思うのだが、ああもあからさまに言われると意識してしまう。
ええい、一体なんなんだ。もしかすると、二人の精神年齢が小学生低学年から小学生中学年にでもなったのか。
それぐらいの微々たる変化でしかないが、色気付かれると困ってしまう。スカートとか、めくったりしないだろうな。
私が身を固くしていると、鈴音さんが嬉しいのと困ったのを混ぜたような、かなり複雑な表情を浮かべていた。
生みの親としては、子供も同然の二人の成長を喜びたいのだろうけど、その方向性に戸惑っているようである。
私も、北斗と南斗が私のことを所有物ではなくて一人の人間として認識してくれれば、ありがたいことこの上ない。
だけど、そっちの方面で認識されるのは嫌だ。そうならないで欲しい、と願いつつ、私は試験場に目を向けた。
北斗と南斗は、いつもの戦闘服姿だったが上半身を全て脱いでいて、軍用ズボンとジャングルブーツだけだった。
大きな肩と厚い胸板、筋肉の張り詰めた逞しい腕が露わになっている。見れば見るほど、良い体をしている。
二人の背には、見慣れないものが付いていた。円筒型の筒が左右に一つずつ付いたバックパックと、短い翼だ。
以前に二人が言っていた通りのものだ。銀色の筒は恐らく、小型のジェットポッド、推進装置なのだろう。
本当に、あんなもので空を飛べるのだろうか。素人目に見たら、おもちゃみたいな装置にしか見えなかった。
私は少し不安になりながら、飛行試験が始まるのを待った。


五分後。試験開始を知らせるサイレンが、試験場全体に響き渡った。
北斗と南斗の最終チェックを行っていた整備士や技術者が離れ、北斗と南斗はお互いに離れて間隔を開けた。
およそ五メートルほど離れて立ち止まった二人は、いつになく真剣な顔をしていて、両の拳を固めている。
サイレンの鳴り響いていたスピーカーから、今度は研究員のものと思しき、緊張気味の号令が響いてきた。

『六号機、七号機! 両機、アンチグラビトンジェネレーター、動作開始用意! 動作開始!』

北斗と南斗は、ぐっと拳を握り締めた。私は二人の姿を凝視してみたが、これといって変化は見られない。
だが、しばらくすると、二人の足元の空気が揺らいだ。剥き出しにされた地面に転がっている、石が動いた。
二人の足元にあるいくつかの小石が、まるで超能力か何かで操られているかのように、ゆっくりと浮いた。
見えない手によって持ち上げられていくかのように、徐々に地面との距離を開けて、数センチほど上昇する。
私の背後に座っていた鈴音さんが、いよっしゃ、と小さく歓声を上げた。その声は、凄く嬉しそうだった。
朱鷺田隊長を横目に見ると、さすがに驚いているようだった。私も、これにはかなり驚いてしまっている。
まさか、本当に反重力装置なんてものがこの世にあるとは思わなかったのだ。だが、現に石が浮いている。
北斗と南斗はまだ浮いていないが、土に埋まっていたジャングルブーツの底が、ほんの僅かだが見えている。
ということは、二人も同じように重力を脱しているのだ。高宮重工の技術力と科学力って、本当に恐ろしい。

『アンチグラビトンレベル、0.2、0.5、0.8、1.0、1.2、1.5、1.8、2.0!』

スピーカーから聞こえてくる数字が大きくなるに連れて、北斗と南斗の靴底が、地面から離れていく。

『2.2、2.5、2.8、3.0! 両機、比重半減! 飛行可能領域、到達! 方向指示翼、展開用意! 展開!』

「両翼展開っ!」

北斗と南斗が声を揃え、叫んだ。それと同時に、二人の背に付いていた翼が長さを増し、二倍以上となった。
二人はごくごく軽い動きで、つま先で地面を蹴った。すると、風に舞い挙げられた羽の如く、ふわりと浮いた。
蹴った時の反動だけで、地面から容易く離れていく。土とつま先との間隔は、既に十五センチを越えている。
私は、その光景に見入っていた。魔法みたいで、現実味なんて欠片もないけど、目の前で起きていることだ。

This is beautiful!これは凄いぜ

来賓席のテントの傍で、グラント・Gが両腕を振り上げた。試験が始まる前に、こちらに来たのである。

「very very イカシテルゼ、兄貴共! They are cool !」

「うん。凄い」

私がぽつりと感想を漏らすと、宙に浮いている北斗がにやけた。なんだ、そのだらしない顔は。

「そうだろう、そうだろうとも、礼子君! 自分達は素晴らしいのだ!」

「よーし、礼ちゃん、G子、しっかり見てろよー! お兄ちゃん達の激マジにイケてるヒーローっぷりを!」

南斗も、かなり浮かれた様子で笑っている。北斗はやたらと嬉しそうに、笑い声を上げた。

「ははははははははは! 南斗、これこそ舞空術だ! 鶴仙流の奥義であるぞ!」

「だよなだよなー! もしかすっと、かめはめ波が撃てちゃったりしてな! 元気玉もやれちゃったりしてな!」

「ああ、撃てそうな気がしてきたぞ! いや、きっと撃てる!」

はしゃいでいる北斗に、南斗はうんうんと頷いた。

「界王拳とか発動する、マジ発動しちゃう? じゃん拳とか太陽拳とか気功砲とか魔貫光殺砲とかビッグバンアタックとかデスビームとか最終形態とかしよーぜ!」

「おお、いいな! では自分は悟空を!」

「じゃ、じゃ、オレはフリーザ様な! ナメック星編やろーぜ!」

「それでは、サイヤ星の王子も必要になるな。礼子君!」

と、北斗が振り向いたので、私はきっぱりと言い捨てた。

「誰もベジータなんてやらないから。どうせならピッコロさんがいいし」

「頭、痛くなってきた」

鈴音さんがこめかみを押さえ、眉根を歪めていた。神田隊員は恥ずかしくなってきたのか、顔を伏せている。

「最新技術の新兵器も、あの二人にとってはドラゴンボールごっこでしかないのか…」

「ピッコロか。なかなかいいところを突くなぁ、鈴木」

朱鷺田隊長は、心なしか楽しげだった。私は、朱鷺田隊長に顔を向ける。

「ピッコロさんはいいですよね、色々と。ていうか、隊長もドラゴンボールを知っているんですか?」

「知るも何も。ドラゴンボールは俺の青春だ」

「はぁ…」

私は、朱鷺田隊長の思いも寄らない言葉にリアクション出来なかった。隊長も好きなのだなぁ、少年漫画。
二人の会話が理解出来ないのか、グラント・Gは首をかしげていた。ごとごとと動き、私の前にやってくる。

「礼子。Dragon ball ッテ、一体何ノ単語ダ? 隠語カ暗号カ?」

「今度、じっくり教えてあげる。あれも、面白い漫画だから」

私が返すと、グラント・Gはきょとんとしていたが、急に笑い出した。

「Hahahahahahahaha! ナンダ、Cartoon カヨ! North star モ South star モ Child ダナ!」

「なにおう! グラント・Gよ、お前には少年漫画の素晴らしさが解らんのかー!」

北斗はグラント・Gを指し、喚いた。グラント・Gは両手を上向け、肩を竦めてみせる。

「ソンナニムキニナルナヨ、brothers 。ダガ、Cartoon ハ Cartoon ジャネェカ」

「そこまで言うんだったら、今度、お兄ちゃんがヒーローものの素晴らしさを教えてやろーじゃねーか!」

と、南斗は意気込んだ。このままではどうしようもないと思ったのか、鈴音さんが立ち上がり、二人を指した。

「北斗も南斗もG子もそこまで。さっさと、試験の続きをやりなさい。あんたらが下らないことをダベってるせいで、色々と押しちゃってるんだからね? さくさく進めさい!」

「Oh.....sorry....」

グラント・Gは両手を振り、身を引いた。北斗と南斗も、鈴音さんから言われては逆らいがたいと思ったようだ。
二人ともばつが悪そうな顔をして、ようやく黙った。最初からそうしていればいいのに、調子に乗るから。
だけど、気持ちは解らないでもない。ドラゴンボールを読んだ人間なら、一度は舞空術に憧れを抱くものだ。
私は、地面から足が離れることが嫌なので少しだけだったが、弟の健吾はそれはもう飛びたがっていたものだ。
空を飛ぶことは、人間にとって、いや、少年にとっては大いなる夢なのだろう。私には、あまりよく解らないが。

「上昇したんなら、次の段階に進みなさい! はい、解ったなら返事!」

鈴音さんが急かすと、北斗と南斗は少し慌てながら敬礼した。

「アイサー!」

『え、っと。左右ジェットポッド、点火用意! 出力開始! 点火!』

スピーカーから、多少戸惑ったような声が聞こえた。ドラゴンボールごっこなんて始められたら、当然のことだ。
北斗と南斗はお互いに身を引いて、間隔を空けた。長く伸ばした翼も離してから、二人は同時に声を張った。

「点火!」

その、直後。二人の背に付けられた二つの円筒から青い炎が走り、推進力が発生し、二人の体を動かし始めた。
と、そこまでは良かったのだが、次の瞬間には二人の姿勢が傾いでいた。前のめりになって、下半身が上がった。
がっ、とか、うげっ、とか、妙な悲鳴が聞こえたかと思うと、北斗と南斗は、頭から見事に地面に突っ込んだ。
顔面を土に埋めた二人は、一点倒立のような姿だった。その間にも、背中のジェットポッドは火を噴いている。
このままではまずい、と二人とも判断したのか、がすん、と火は止まった。辺りには、排気の熱い空気が漂う。
それは、恐ろしく間抜けな光景だった。顔面を地面に突っ込ませている二体の戦闘ロボットは、身動きしない。
きっと、あまりの情けなさに動くに動けないのだろう。私がそう思っていると、手前から馬鹿笑いが聞こえた。
Hahahahahahahahahaha、とグラント・Gがここぞとばかりに笑っていて、ドリルをぎゅいぎゅい回転させている。
だが、私を始めとした他の皆は押し黙っていた。というより、リアクションのしようがなかったのかもしれない。
あまりにも、目の前の光景が馬鹿げていたから。





 


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