手の中の戦争




第十四話 スクール・ウォーズ 後



私は、戦う。


この手の中に弾丸の入った銃があり、この手にナイフが握られていて、この体が動き、手足が付いていて。
目の前に倒さねばらならない敵がいて、そして、任務を命じられたならば。
迷わずに、戦いに身を投じよう。




戦闘服を着て、ようやく落ち着いた。
ジャングルブーツの履き心地を確かめ、戦闘服に付いたホルスターに拳銃を差し、マガジンもいくつか装備する。
最近では使い慣れてきたMP5Kに、9パラの詰まったマガジンを差し込んでから、その銃口を足元に向けた。
中学校の周辺は、すっかり騒がしくなっていた。後続の自衛隊が駆け付けたからと、報道陣が押し寄せたからだ。
自衛隊のものではない、報道のヘリが頭上を飛び交い、素早くやってきた取材スタッフが撮影場所を探している。
私はヘルメットに付けてあるゴーグルを付けて目元を隠し、特殊機動部隊のトレーラーの影からそれを窺った。
テレビカメラやリポーター、新聞記者と思しきカメラマンやらが大量にいる。初めて見るので、物珍しかった。
ミリタリーグリーンに塗られたトレーラーの影には、私の他に、北斗と南斗もおり、現在は待機しているのだ。
自衛隊によって救出された全校生徒や教師達が出ていくたびに、フラッシュが焚かれ、シャッター音が響く。
北斗も南斗も、渋い顔をしていた。私もそんな気持ちだ。皆は被害者なのだから、丁重に扱ってほしいと思う。
トレーラーの中から、武装した朱鷺田隊長と神田隊員が出てきた。朱鷺田隊長は、トレーラーの陰に入ってきた。

「明日の一面は決まりだな」

「ですけど、報道規制を敷いた方が良くないですか」

神田隊員は自動小銃を担ぎ直し、報道陣を指した。朱鷺田隊長は苛立っているのか、タバコを出そうとした。

「そうするべきだと思うが、不可抗力だ。まさか、敵がここまで大っぴらに来るとは思っていなかったからな」

だが、戦闘服にはタバコを入れていなかったらしく、朱鷺田隊長は眉をしかめた。今は、吸うべきじゃないと思う。
神田隊員は中学校の校舎を見上げ、睨むように目元を強めた。今回は、神田隊員も戦うことになるようだった。

「学校か、なかなか厄介な場所だなぁ」

「だが、こういう場面こそ、自分達の出番なのだ!」

北斗が胸を張ると、南斗は拳を突き上げる。

「おうよっ!」

「だからといって、闇雲に突っ込むのは馬鹿のやることだ。二人揃って先走りやがって。始末書と懲罰だな」

朱鷺田隊長は、北斗と南斗を睨んだ。北斗は一瞬たじろいだが、すぐに言い返した。

「ですが隊長、自分達が突入しなければ、礼子君の救出は遅れ、人質の身の安全も確保出来ませんでした!」

「そうそうそう! 李太陽リ タイヤンをまた逃がしちゃったことはドジったかなって思うけど、それ以外は模範的だっただろ、なぁカンダタ! そう思うだろ、な!?」

南斗に詰め寄られ、神田隊員は額に手を当て、渋い顔をした。

「…まぁな。だが、人質から敵を引き離さないうちにむやみやたらに撃つんじゃない。敵が全員防弾装備をしていたから、弾丸が貫通しなくて良かったものの、そうじゃなかったら何人か流れ弾に当たっていたぞ。お前達は銃を使わない方が強いんだから、いちいち銃に頼るな。何のための近接戦闘型だと思っているんだ」

「早速ダメ出しかよぅ。やる気失せるぜー、マジで」

南斗がむくれると、北斗は私を見下ろしてきた。

「礼子君もカンダタに何か言ってやってくれ。普通、手柄を立てたら褒めるのが上官の役目ではないのか?」

「私は神田さんが正しいと思う」

私は、自分の意見を述べた。私の背後にいた敵を倒すには銃が必要だったけど、それ以外では不要に感じた。
確かに、神田隊員の言う通りである。北斗と南斗には銃なんて通用しないんだから、撃たれてもいいのだ。
だから、撃たれることを厭わずに突っ込める、というわけであって、武装した敵との肉弾戦が可能なわけだ。
そうした方が、人質に危険が及ぶ可能性が激減する。人質が盾にされる可能性だって、ないわけではない。
まだまだ、この二人には訓練が必要だ。私は、助けに来てくれた時の嬉しさなどが、一度に引っ込んでしまった。

「一瞬でも、あんたらのことが頼もしいって思った私が馬鹿だった」

私がぽつりと呟くと、北斗と南斗は途端に泣きそうな顔をした。余計に頼りなくなってしまった。

「礼子君…」

「礼ちゃん…」

「鈴木。そういうことは、作戦が終了した後にでもやれ。今は、こっちが優先だ」

朱鷺田隊長は中学校の校舎を仰ぐと、にやりとした。

「これから先は、敵しかいない。だから、遠慮なんて必要ない。ぶっ飛ばしていこうじゃないか」

「隊長、もしかして怒ってます?」

神田隊員が問うと、朱鷺田隊長は不機嫌そうに眉根を寄せた。

「当たり前だ。徹夜の任務が開けたばかりだってのに呼び出されて戦闘に駆り出されちまうし、挙げ句に馬鹿共はまた馬鹿をやらかすし、大事な部下が殺され掛けていたんだ。これが、怒らずにいられるか。だが、怒っている暇はない。さっさとシュヴァルツの連中を制圧しなきゃならんからな」

「あの」

私が手を挙げると、朱鷺田隊長が振り向いた。

「なんだ、鈴木」

「すばるさんも来ているはずですよね? でも、交信が一度もないんですけど」

私の問いに、朱鷺田隊長はちょっと訝しげにした。

「当然来ているさ。だが、敵の情報を探るとかなんとか言って、さっきからずっとコンピューターに貼り付いてやがるんだ。俺はそういうのには明るくないからよく解らんが、あいつが何かをしようとしているのは確かだ」

「それと、もう一ついいですか」

「なんだ、まだあるのか。早くしろ」

「今回もまた、私は引っ込んでいなきゃならないんでしょうか?」

「人道的見地から行けば、そうするのが正しいだろうな。だが、それじゃつまらん」

朱鷺田隊長は、僅かながら邪心の垣間見える笑みを見せた。

「鈴木一士! 自身のドッグタッグと、偽物だが機密情報入りのドッグタッグを敵に奪われた責任を問い、それらの奪還任務を命ずる! その援護機として、北斗の使用を許可する! 以上だ!」

「…アイサー!」

いきなり、とんでもない命令をしてくる。私は反射的に敬礼してから、ちょっと思った。つまらないって、なんだよ。
朱鷺田隊長、実のところはこの状況を楽しんでいないか。怒っているようだけど、それ以上に面白そうでもある。
普段は表情なんてほとんど変えないくせに、さっきから笑っているみたいだし、この人、絶対に楽しんでいる。
部隊の中では一番常識的だと思っていたが、実は一番とんでもないんじゃないだろうか、朱鷺田隊長って人は。

「ついでに」

朱鷺田隊長は、こん、と背後のトレーラーを小突いた。

「グラント・Gも実地研修に向かわせる」

「あの、それ、軍規違反じゃ。ていうか、実戦配備されていない兵器を使っていいんですか?」

なんだか怖くなりながら、私は朱鷺田隊長を見上げた。朱鷺田隊長は、私のヘルメットを押さえ付けた。

「一士が一尉に口答えするな。どうせ始末書を書くのは俺なんだ、子供が余計な気を回すんじゃない」

「本当に、ぶっ飛ばしているなぁ…」

呆れたのか、神田隊員が苦笑いした。朱鷺田隊長の手が外されたので、私はずり下がったヘルメットを上げた。

「ですねぇ」

「Oh,Yeah!」

不意に、あの英語が聞こえた。顔を上げてみると、このトレーラーの右隣にある、四番トレーラーに彼女がいた。
ごとごとと屈強なキャタピラを軋ませながら、平面のタラップを降りてくると、私達の元に近寄ってきた。
グラント・Gだった。彼女は、Hey、と左手の巨大なドリルを振って挨拶すると、大袈裟な仕草で肩を竦める。

「Captain、you ノ作戦ハ very very Radical ダゼ! マァ、オレハソウイウ Soldier ハ好キダケドナ!」

「お前にもてても嬉しくないがな」

朱鷺田隊長が言うと、Oh,no 、とグラント・Gはやけに残念がってから、私にペンチの右手を伸ばしてきた。

「ヨロシクナ、礼子! オ前ニ与エラレタ Duty 、チャント果タサセテヤルゼ!」

「うん、よろしくね、グラント」

私は、彼女のいかつい右手に触れた。南斗は私とグラント・Gを見ていたが、朱鷺田隊長に向く。

「てーことは、オレとカンダタは礼ちゃん達とは別方向からの突撃っすか?」

「そういうことになる。南斗と神田は専門棟、北斗と礼子とグラント・Gは教育棟だ」

朱鷺田隊長は、校舎の壁に付いている大きな時計を見上げた。現在時刻は一二○五、真っ昼間である。

「作戦開始時刻は一二一五、敵戦闘員は出来るだけ生け捕りにしたいが、場合によっては殺しても構わん」

「上から許可が下りたんですね。ようやく、テロ対策に本腰を上げたって気がしますよ」

神田隊員の言葉に、朱鷺田隊長は返した。

「みたいだな。だが、遅すぎる。相変わらず、後手後手なんだよ、この国は」

「礼ちゃん、胸や腹じゃなくて顔を狙えば一発だからな。どんな人間だって、脳髄を撃たれりゃ即死すっから」

南斗は、自分の側頭部を指した。私はとりあえず頷いておいた。でも、出来れば、人間は殺したくない。

「うん…」

「不自然に転がっている死体があったら、決して触れてはならんぞ。ブービートラップが仕掛けてあるからな」

北斗が言うと、グラント・Gが続けた。

「Yes! Battlefield デノ油断ハ命取リダ、不審ダト思ッタラ、トリアエズ一発ブッ放シテオキャ間違イネェゼ!」

誰も彼も、物騒なことばかり言ってくる。皆、それぞれに実戦経験があるので、そのどれもに信憑性があった。
これから、私もそういうことをすることになるんだ。慣れるまで時間が掛かりそうだけど、慣れるしかない。
私は腕から力を抜き、MP5Kの重みを確かめた。戦闘服の中と外に付けた防具の硬さが、体に伝わってくる。
すると、自衛官が誰かを窘める声が聞こえてきた。そちらに目をやると、毛布を被せられた奈々が立っていた。

「礼ちゃん!」

こちらに近付こうとしているが、他の部隊の自衛官によって行く手を阻まれ、追い返されそうになっている。
私は小走りに、奈々の元に駆け寄った。自衛官が、クラスメイトの方ですか、と尋ねてきたので、私は答えた。

「私の友達です」

「作戦開始まで時間がありません。すぐに済ませて下さい」

自衛官は身を引いて、奈々を離した。奈々はすぐさま私に飛び付こうとしたが、MP5Kを見て躊躇した。

「礼ちゃん、それ…。あの、カバンに入ってた銃よりも、でっかいね…」

「うん。サブマシンガンだから。それで、何か用?」

私は、ゴーグル越しに奈々を見た。奈々は何を言おうかと迷っていたようだったが、口を開いた。

「さ、沢口君って、私達の友達じゃなかったの?」

「うん。色々と面倒な背景があるんだけど、簡潔に言い表せば、テロリスト。だから、友達じゃないね」

「礼ちゃん、沢口君と、戦うの?」

奈々の声は、怯えで震えていた。私は、自分に対する決意も込めて、頷いた。

「うん、戦う。場合によっては殺すよ。それが任務だから」

奈々の喉の奥で、言葉が飲み込まれた。引きつった声を僅かに漏らして身を縮め、奈々は目線を落とした。

「そんなのって」

ないよ、と奈々は言ったようだったが、弱々しすぎて良く聞こえなかった。私も、そう言えるならば言いたい。
でも、それとこれとは別なんだ。沢口陽介と名乗っていた李太陽を含めたテロリストは、間違いなく危険なのだ。
私はMP5Kを背中に回すと、奈々の肩に手を触れた。奈々はびくっとしたが、抵抗せず、そっと目を上げた。

「死んじゃ、嫌だよ」

「大丈夫。死なないよ。北斗とグラントが一緒だから」

私は、奈々を安心させるために笑った。奈々は私の肩越しに、トレーラーの後ろにいるロボット達を見やった。

「北斗って、礼ちゃんがくっついてた方のロボットだよね? グラントって、あの赤いやつ? 米軍のだよね?」

「ちょっと前までは米軍にいたんだけど、今は自衛隊にいるの。心配しないで、すぐに帰ってくるから」

私は手袋を外し、奈々の両手を掴んだ。奈々は、目元を潤ませる。

「本当に、本当だよ?」

「鈴木! 配置に付け!」

時間が押してきたらしく、朱鷺田隊長が声を荒げた。奈々はそれに驚いてしまったのか、首を縮めた。
私は奈々の手を離すのが名残惜しかったが、離して手袋を両手に付け直した。一歩身を引き、後ろを指す。

「じゃ、行くね。なっちんも、早く避難しておいた方がいいよ。戦闘が始まっちゃうから」

「うん」

奈々も名残惜しそうだったが、後退した。私が駆け出そうとすると、奈々は敬礼のような恰好をした。

「頑張ってね、礼ちゃん!」

「行ってきます」

私も、奈々に敬礼を返した。奈々は自衛官に引っ張られるようにして、中学校の敷地内から外に出されていった。
トレーラーなどに隠れてこちらが見えなくなるまで、奈々は私の方を見ていた。私も、奈々の姿を目で追っていた。
ちゃんと帰るよ、と口の中で言ってから、私は隊長達の元に戻った。北斗とグラント・Gは、既に準備を終えている。
グラント・Gは巨大で仰々しい重機関銃を肩に乗せていて、その弾薬が詰まった四角い箱を、後部に付けている。
その機関銃は、いつかの日、私達を苦しめたものと同じものだった。弾切れにさえならなければ、頼りになる。
北斗は、いつもの銃だけでなく、新たに二つのマガジンを装備していた。でも、どの銃にも合わない大きさだ。
戦闘服は着替えていなかったが、背中が破かれていて、方向指示翼が伸びており、ジェットポッドが出ている。

「それ、邪魔じゃない?」

私が北斗の背の方向指示翼を指すと、それが引っ込められた。ジェットポッドも収納してから、北斗は歩き出した。

「出し入れ出来るから良いのだ。さあ行くぞ、礼子君、グラント・G!」

「Oh Yes,brother! It is start of war!さあ、戦争の始まりだぜ Hahahahahahahahahaha!」

グラント・Gはいつになく上機嫌な笑い声を上げ、北斗に続いた。私も二人に続き、教育棟の裏口へと向かった。
一番先を行く北斗の足取りは、早い。グラント・Gも、下半身が戦車といえど車両なので、これが結構早かった。
私は二人に追い付くのに苦労しながらも、時折校舎の窓を見上げたが、敵は隠れているようで姿は見えなかった。
外から狙撃されないためか、行動を把握されないためか、作戦を練っているのか、逃亡を図るつもりなのか。
いずれにせよ、制圧してしまえばいいことだ。敵に逃亡する余地などないし、兵力も火力もが圧倒的に優勢だ。
だが、ここは戦場なんだ。一切、油断してはいけない。少しでも気を抜けば、あっという間にやられてしまう。
そうならないためにも、死力を尽くそう。教官や皆から教え込まれた戦術を、出せるだけ出して、戦うんだ。
与えられた任務を、全うするためにも。





 


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