手の中の戦争




第十四話 スクール・ウォーズ 後



飛龍フェイロン。彼は、巨大だった。
身長は北斗と南斗の倍近くもあり、それに比例して体格も大きい。こんなロボット、一体どこにあったんだ。
背部にはジェットポッドが付いていて、そこから炎が吐き出され、無機質な赤い瞳はきつく吊り上がっている。
両腕の装甲からは太いソードのようなものが伸びていて、真昼の日差しを受け、ぎらりと眩しく輝いていた。
細身の腰に長い足を持っているが、その間に何かが見える。太くて先細りの、そう、トカゲの尾に似ている。
見たところ、銃は付いていない。装備からして格闘戦用なのだろうけど、尾の存在が気になって仕方なかった。
その、太い尾がゆらりと揺れた。飛龍は軽く腰を捻ると尾を振り上げ、屋上に向かって、勢い良く振り下ろした。
私が慌てて身を下げた直後、しなやかに振られた尾がコンクリートを簡単に砕き、屋上が二つに分断された。
コンクリートの破片が飛び散り、砂埃が舞い上がる。私は咳き込みながらも、屋上を見、ぎょっとしてしまった。

「マジ…?」

飛龍の尾によって作られた屋上のヒビは、私がいるところと北斗と南斗のいるところを、見事に切り分けていた。
そのヒビは結構深い上に幅があり、一メートルと少し、間隔がある。砕けたコンクリートが、鋭利に尖っている。
飛び越えるには、ちょっとどころかかなり危険だ。北斗と南斗は私の方を見たが、すぐに飛龍へと向き直った。

「そうか、シュヴァルツが造っておったのはこのロボットだったのか!」

「しかもなんだよ、空まで飛びやがって!」

北斗が叫ぶと、南斗も腹立たしげに叫んだ。太陽は澄ました顔で私達を眺めていたが、呟いた。

「飛龍。目標捕捉、六号機、七号機。攻撃開始」

飛龍の首が動き、北斗と南斗を見下ろした。赤い瞳の輝きが強まったかと思うと、長い腕がこちらに伸ばされた。
屋上を囲んでいるフェンスを破りながら振り下ろされた腕は、肘が曲げられ、長いソードが屋上にめり込んだ。
どぉん、と激しい衝撃で足元が揺らぎ、砕かれたコンクリートが崩れる。北斗と南斗は、同時に飛び上がった。
背部から方向指示翼とジェットポッドを出し、急上昇する。飛龍はそれを追うために、自身も翼を展開させた。
その速度は、北斗と南斗となんら遜色のないものだった。あっという間に間を詰められ、二人は追い付かれた。
空に向かった北斗と南斗の影に、飛龍の影が重なったかと思った瞬間、飛龍の長い足と尾が二人を薙ぎ払った。
風を切る音と、二人の絶叫が聞こえた。私がグラウンドへと振り返った頃には、北斗と南斗の姿はなかった。
グラウンド側のフェンスまで駆け寄ってグラウンドを見下ろすと、地面には大きな抉れが二つ、出来ていた。
人型の抉れの底には、迷彩柄の戦闘服が見えている。砂と土にまみれたそれは動いたが、起き上がらなかった。

「北斗! 南斗!」

私は、思わず二人の名を叫んだ。へこみの中から上半身を起こした北斗が、唸りながら後頭部を押さえた。

「…案ずるな。だが」

「叩き落とされるのって、マジ痛ぇ…」

砕けた土の中から起き上がった南斗は、首を左右に振った。私が二人に声を掛けようとすると、太陽が笑った。

「飛龍、踏み潰せ!」

その声に、飛龍は両足を揃えて降下を始めた。一直線に、グラウンドに埋まっている二人の元に向かっていく。
私が身動ぐよりも先に、その長い足が、北斗と南斗の真上に地面に叩き込まれた。ゆらり、と長い尾が揺れる。
飛龍の背が、私の視界に広がっていた。戦闘機のそれに似た翼を二枚持ち、ジェットポッドを背負っている。
その背が曲げられ、重心が前に傾く。飛龍の足は更に地面を抉り、北斗と南斗のいる場所にめり込んでいった。
私は、悲鳴を上げそうになって飲み込んだ。二人はどうなったんだ、あんなことをされて無事でいるわけがない。
フェンスからずり下がり、気持ちを落ち着けるために奥歯を噛み締めた。太陽の、上機嫌な声が聞こえてくる。

「他愛もないな!」

私は、フェンスを思い切り殴った。ばしゃん、と網が揺れる。

「北斗、南斗! さっさと立て!」

「立てるわけがねぇさ。飛龍の総重量は、あの二体の十倍近くはある。それをモロに受けたら、関節は壊れる」

太陽は勝利を確信しているのか、悠然としていた。私はフェンスを殴り付けた拳を、きつく握った。

「やかましい!」

「パワーも出力も、グラントシリーズなんて比較にもならねぇ。試作段階だから重火器は付いてねぇが、充分だな」

満足げに、太陽は飛龍の後ろ姿を見上げる。私は太陽に振り返ると、力一杯声を張った。

「壊れたなら壊れたって、無線に入るはず! それに、壊れたなら、破壊音がするはずだ!」

「地面に埋まっちまったんだろ。無線も壊れたんだろ。それでいいじゃねぇか」

へっ、と太陽は鼻で笑う。私はその言葉を受け入れてしまいそうになったが、そうじゃない、と強く思い直した。
北斗も南斗も、あれぐらいで壊れるはずがない。きっと大丈夫だ、二人のことを私が信じなくてどうするんだ。
太陽は、屋上に走ったヒビと亀裂の傍に寄ってきた。私との距離を詰めると、実弾入りの拳銃を拾い、構えた。

「降伏しろ、ってのはオレのセリフだな。降伏しろ、鈴木礼子」

「…誰が」

私がMP5Kを構えると、太陽は、きちっ、と軽く引き金に指を掛けた。銃口と銃口が、睨み合う。

「オレとしては、お前はここで殺してやりたいけどな。でも、どういうわけだか、上はお前を欲しがっているのさ。理由なんて解らないが、大方、お前をシュヴァルツに引き入れて、日本政府と高宮重工の機密を全部吐かせるつもりなんじゃねぇかな。お前みたいな凡人には価値なんてねぇし、戦闘能力も大したことねぇし、人質にしても日本政府と高宮重工を揺さぶれるとは限らないからな。利用出来るのは、それぐらいしかねぇだろう」

「機密、ねぇ」

残念だが、それは期待しすぎだ。私が知っている双方の機密なんてどれも大したことないし、それほど量もない。
だが、捕らえられて拷問やら自白剤やらをやられてしまうのは嫌だ。それに、こいつらには手を貸したくない。
グラント・Gの一件もそうだが、自衛隊を装って中学校の襲撃なんて仕掛けてきた連中とは、仲間にはなれない。
どれだけお金を積まれたとしても、どんなに良い条件を与えられたとしても、なりたくないものはなりたくない。
決めた。太陽、或いは他のシュヴァルツ工業の手先に捕まってしまうようなことがあったら、死ぬ気で逃げてやる。
場合によっては、その相手を殺してしまうことになってしまうかもしれないが、そうなったらその時はその時だ。
太陽の眼差しは、無機質だ。顔は笑っているが、目元には表情が一切なく、まるでガラス玉のような目だった。

「お前、そのまま自衛隊になんかいるつもりか? 死ぬまでこき使われるだけだぜ?」

私は、照準器の先に太陽の顔面を捉えた。

「だから?」

「シュヴァルツの方が、まだマシだっつってんだ。高校だって、受験しなくても良くなるんだぜ? シュヴァルツが経営している学校は腐るほどあるからな、その中のどれかに入れてもらえばいいさ。その方が、いちいち勉強して受験なんかするよりも余程楽だろ?」

「それで」

「戦闘訓練だって、自衛隊のオママゴトなんかよりも最高に楽しいんだぜ。何せ、生身の人間が相手だからな」

太陽の笑みが、歪んでいく。

「シュヴァルツが処分に困った人間とか、そこら辺の犯罪者とかを連行してきて、そいつらとやり合うんだよ。奴ら、オレらと違ってまともな訓練を受けちゃいねぇもんだから、気持ちいいぐらいに、簡単に殺せちまうんだ。マーカー弾なんか撃つよりも、実弾の方が絶対に面白いぜ?」

「何人?」

「十は越えたんじゃねぇか?」

「狂ってる」

「オレからしてみれば、お前らの方が充分に狂ってるさ。人と機械の共存がどうとか言うわりには戦闘ロボットなんか造って、共存どころか反発し合うだけじゃねぇかよ。現に、お前らとオレらが戦い合っているじゃねぇか。日本政府がお前らの存在を表に出さないのも、その辺の理由からだろうぜ。政治家の先生方は、対面が大事だからな」

私が黙っていると、太陽は続けた。

「シュヴァルツも高宮も、コインの裏表だ。正義なんてねぇ。あるのは欲望と下らない理想と、どうでもいい意地だけだ。オレもお前もそんなもんに振り回されちまっているが、どうせなら楽しい方がいいって思わねぇか?」

「別に」

「つくづくつまんねぇ女だな、お前は。そんなことじゃ、一生処女だぜ?」

更に間を狭めてきた太陽は、私のすぐ目の前に銃口を突き付けた。私も銃口を上げ、太陽の額に据える。

「そうかもね。まぁ、どうでもいいんだけど」

「ああ、どうでもいいな」

太陽は砕けたコンクリートに足を載せて、私との間隔を詰めた。私はずり下がろうとしたが、動けなかった。
口は動く、頭は回る、でも、体が動かない。理性では恐怖を感じていなくても、本能では感じているらしい。
こんな時に、とは思うが、どうにもならなかった。殺されないとは言っているが、殺される可能性は充分にある。
北斗、南斗、と二人の名を呼ぼうと思ったが堪えた。ここで二人に頼ってはいけない、二人も戦っているんだ。
私も、戦わなければならない。私はMP5Kの引き金に掛けていた指を曲げると、腰を落とし、半歩下がった。

「投降しろ、李太陽!」

がががががっ、と銃声と共に十数発の弾丸が放たれた。私が撃つとは思っていなかったのか、太陽は身動いだ。

「うっ!」

軸足をずらして銃口の直線上から外れたが、間に合わなかった。私の放った弾が、太陽の足と腕を掠めた。
紺色のスラックスが裂け、血が飛び散った。同じく、白いカッターシャツの上腕部も切れて、血が滲み出た。
だが、弾丸は辛うじて当たらなかったらしく、太陽はよろけながらも姿勢を正した。忌々しげに、顔を歪めた。

「てめぇ…」

「話が、くどいから」

MP5Kの銃口から立ち上る硝煙が、私の鼻を突いた。

「あんたの主観なんて、聞きたくない。興味ないし」

「お前って女は…」

太陽は私を殺したくてたまらないらしく、手が震えるほど力を込めて、拳銃のグリップを握り締めている。
私は、逃げたかった。本当のことを言えば、太陽の言葉も表情も態度も何もかも、怖くて怖くて仕方なかった。
でも、逃げてはいけない。ドッグタッグの回収もそうだけど、李太陽の確保も、私達の任務の内に入っている。
今動けるのは、私だけだ。そして、太陽を倒せる立場にいるのも私だけだ。勝ち目なんて、ありはしないけど。
視界の隅で、ダークグレーの装甲が動いた。太陽から目を離さないようにしながら、横目にグラウンドを見た。
徐々に、灰色の翼が傾いでいく。太陽は携帯電話を取り出してフリップを開き、液晶モニターを凝視した。

「出力低下、第二エンジン停止…? どうしてだ!」

太陽は携帯電話を耳に当てると、喚いた。

「おい、管制! 飛龍のエンジンをなんで止めた! 答えろ!」

『プログラムエラーです。リスタートまでしばらくお待ち下さい』

いきなり、耳に入れたイヤホンから無線が聞こえてきた。いやに平坦な声だけど、聞き覚えがあるような。

「エラーだと! なんでこんなときに、そんなものが起きるんだ!」

太陽の言葉に、私は驚いた。もしかして、同じ内容を聞いているのか。いや、でも、まさかそんなことは。

『申し訳ありません、李工作員。現在、早急に復旧を行っています』

「いいから早くしろ、この役立たずが!」

太陽が携帯電話に叫ぶと、私の耳に聞こえる言葉はそれに言い返した。やっぱり、同じものを聞いているんだ。

『申し訳ありません』

何が、どうなっているんだろう。私が戸惑っていると、無線の声の調子が急に柔らかくなった。

『こちら先頭車両、現場、どうでっか?』

「あ、すばるさん。今までどうしてたんですか?」

私が言うと、無線の向こうですばる隊員はちょっと笑った。

『うちの出来る仕事をしとったんよ。大したことやあらへんけどね』

「神田さんは? そっちに向かったんじゃないですか?」

『神田はんも隊長はんも、こっちにおるよ。うちが勝手なことしてしもうたから、ごっつ怒ってはるけどね』

そうは言いながらも、すばる隊員の口調は得意げだった。

『ほな、気張ってや、礼子ちゃん! うちも気張るさかいにな!』

何がどうなっているんですか、と私が聞き返そうとすると、太陽が携帯電話を握り締め、肩を怒らせていた。

「この、裏切り者が!」

『えろう久しいなぁ、太陽。お姉ちゃんやで。もう、あんさんに勝ち目はあらへん。さっさと投降しいや?』

すばる隊員が言うと、太陽は携帯電話を壊さんばかりの勢いで叫んだ。

「お前、飛龍に何をした!」

『何って、別になんでもあらへんよ? ただ、外部から侵入して、ちょいと中を掻き回してやっただけやよ。プロテクトもパスワードもちゃちなもんやったし、解除に五分も掛からへんかったわ。戦闘中にハッキングされることを想定してへんかったみたいやな? 太陽、あんまり調子に乗るとえらい目ぇ見るで? なんや粋がっとるみたいやけど、あんさんはただの鉄砲玉や。ロボットを持たされてええ気分になっとるみたいやけど、それもそろそろ終いやで』

すばる隊員の声色が、若干低くなった。

『覚悟しいや』

無線越しでも、彼女の殺気が伝わってきた。すばる隊員も、底が知れない人だ。この部隊って、皆がそうなのか。
太陽は、苛立ちと怒りで携帯電話を睨み付けている。グラウンドの飛龍は、傾いでいた姿勢が更に傾いでいく。
前のめり気味だったのが、今度は後ろに傾いた。地面にめり込ませていた足が持ち上げられ、背が迫ってきた。
飛龍の翼の付いた背が、校舎に埋まった。ガラスの割れる激しい音と共に震動が起き、私はちょっとよろけた。
姿勢を戻してから、顔を上げた。飛龍の足は両方とも真下から持ち上がっていて、飛龍は既に立っていなかった。
これはまさか。いや、絶対に、そうだ。私は、自分の顔が勝手に綻んでいくのを感じながら、二人の名を呼んだ。

「北斗! 南斗!」

飛龍の両足が放り投げられ、飛龍は後頭部から校舎に倒れ込んだ。立ち上がろうとしたが、なかなか動けない。
身を乗り出して下を見てみると、飛龍の背に付いた立派な翼が、見事にガラスの割れた窓に引っ掛かっている。
その先に、目をやった。飛龍の足跡の付いたグラウンドには、多少戦闘服が破れているが、二人が立っていた。
土まみれの顔を拭い、南斗は口に入った土の欠片を吐き捨てた。北斗は飛龍を睨んでいたが、私を見上げた。

「今、そちらに戻る」

北斗が飛び上がると同時に、南斗も飛んだ。二人は飛龍を飛び越えてこちらまでやってくると、屋上に降りた。
私は太陽に背を向けないようにしながら、二人の元に駆け寄った。良かった、北斗も南斗もちゃんと無事だ。
二人が無事でいたことが嬉しくて、私は北斗の腕の中に飛び込んだ。思い切りしがみ付くと、北斗も腕を回す。

「礼子君」

「あんなのに踏み潰されるほど、オレ達は柔じゃねぇけど、さすがにちょっと焦ったぜ」

南斗は手袋で顔を拭ってから、私を見下ろしてきた。北斗は私を離すと、私の頬に付いた土を手で拭った。

「すまん。心配を掛けて。自分も南斗もバッテリーを消耗しておったせいで、パワーが少し出しづらかったのだ」

「でも、もう心配いらないぜ、礼ちゃん! パワーリミッターはレベル五まで解除したから、今のオレ達なら戦車だって持ち上げられるんだぜ! すぐにカタを付けてやるからな!」

南斗はにっと笑って、拳を掲げた。北斗は、私のヘルメットに大きな手を置いた。

「ああ。電圧は少々不充分だが、自分達は奴に劣っておるとは微塵も思っておらん。負ける気はせん」

再び、ガラスの割れる音や金属のひしゃげる音がした。ダークグレーの巨体が、校舎から離れていくのが見える。
飛龍は、めり込んでいた翼を引き抜いて立ち上がった。どお、と背部に付いたジェットポッドから青い炎を放った。
コンクリートに軽いものを叩き付ける音と、銃声がした。振り向くと、太陽は自身の携帯電話を、撃ち抜いていた。

「確かに、ちょっとは油断したかもしれねぇ。だが、これで負けたわけじゃねぇ!」

太陽は、飛龍の背に叫んだ。

「飛龍! 目標変更、オレ以外の全てだ!」

だが、飛龍は反応しなかった。俯いていて、太陽の命令を聞いていないようだ。これも、すばる隊員の仕業か。
そう思った途端、すばる隊員の無線から声がした。どうやら、こちらの会話を全て聞いているようだった。

『北斗、南斗。飛龍が太陽の命令を受け付けるまでのタイムラグは、せいぜい五分や。うちがプログラムをいじったゆうても、短時間やから大したことは出来ひんかったんよ。ホンマは命令系統のプログラムを全部削除しときたかったんやけど、さすがにあの辺はガードがきつうてな、そこまでやれへんかったんよ。五分以内にカタを付けへんと、面倒なことになるで。今の飛龍の目標は、あんさんら二人だけやけど、太陽の命令が受け付けられてしもうたら』

「無差別に殺戮を繰り返す、か」

北斗は、表情を硬くした。南斗は、ぐいっと口元を上向ける。

「ぶっ飛ばしたことしやがって。だが、五分もあれば充分だ。なぁ、北斗?」

「うむ。それだけの時間があれば、破壊することなど造作もないことだ」

北斗は反重力装置を作動させ、コンクリートを蹴って浮かび上がる。南斗も足元を蹴り上げ、浮かび上がる。
私の頭上に身を屈めてきた北斗は、敬礼してきた。私も、半ば条件反射で、北斗と南斗に敬礼を返した。

「では、行ってくる」

「あ、待って」

私は北斗の胸元を掴み、引き留めた。北斗の首に腕を回して近寄せると、その唇に私のものを重ねた。
初めてした時とは違って、金属らしい冷たさの中に土の匂いがした。軽く触れ合わせるだけの、軽いキスだ。
あっ、と南斗が慌てた。私は北斗を離すと、南斗を手招いた。南斗は、意外そうにしながら、自分を指した。

「え? オレも?」

「うん、南斗も」

私が頷くと、南斗に近付いて背を伸ばした。身を屈めてきた南斗の、銀色の頬に唇を触れさせてから、離した。
二人は何があったのか理解出来ていないようだったが、それぞれで照れているらしく、私から目を逸らした。
私は照れくさくて、二人から目を逸らしたかったが、我慢した。私に出来ることと言ったら、これぐらいだ。

「負けたりしたら、承知しないから」

北斗と南斗は、お互いの顔を見合わせていたが、私に向いた。北斗はだらしなく表情を崩し、意気込んだ。

「当たり前だっ! 負けるわけがなかろう!」

南斗は、ばしんと拳に手のひらを打ち付けた。

「いよっしゃあ! 礼ちゃんのチューで十万馬力、いや、百万馬力だぜぇ!」

ははははははは、と北斗は嬉しそうに笑いながら屋上から飛び去った。それに続いて、南斗も飛び出した。
二人のやたらとテンションの高い笑い声が聞こえてきて、私は、ちょっと失敗したかな、と思ってしまった。
キスをするのは、二人の士気を確実に上げてやるためには有効だけど、恥ずかしすぎることをしてしまった。
だが、今は照れている場合ではない。私は太陽に向き直ると、太陽が投げて寄越したドッグタッグを、放った。

「ただで返すなんてこと、あるわけがないよね」

コンクリートに落ちた二枚のドッグタッグは、外見こそ似ていたが、私と北斗の名前は刻まれていなかった。
ただの、平たい金属板だった。こんなものまで用意しているなんて、あちらもあちらで、用意周到なことだ。
太陽は、偽物の偽物を渡してきた。となれば、偽物のドッグタッグはまだ太陽の手の中にある、ということだ。
まだ、何も終わっちゃいない。私の任務は、これからが本番だ。熱を持ったMP5Kを持ち直し、構える。
ちぃ、と舌打ちした太陽は、徐々に後退して自動小銃を取った。私は息を荒げていたが、整えて唇を締めた。
戦いは、もうしばらく続きそうだ。





 


06 8/12