手の中の戦争




第四話 コンバット・ブルース



冷たい雨が降っている。
私は、傘を差して走っていた。鉛色の空を映した水溜まりを蹴飛ばしながら、やけに急いで向かっていた。
視点が低かった。だから、子供の頃の記憶だ。なので、きっと、こうして見ている景色は夢の中なのだろう。
だけど、夢と言うには現実感がありすぎた。肩に落ちる雨の感触も、長靴に入った水の冷たさも生々しかった。
私は急いでいる。とても、急いでいる。何をそこまで急いでいるのかは解らないけど、とにかく急いでいた。
心ばかりが急いて、だけど子供だから足は遅くて、距離は縮まらない。息を荒げて、必死に走っていった。
どうやら、逃げているらしい。つい先程も逃げ回っていたのに、こんなところまで逃げなければならないとは。
私って、大変だなぁ。幼い頃の私を傍観している私は、いやに冷静で、そんなことを思いながら自分を見ていた。
灰色の世界に目立つオレンジ色の傘と、ピンクの長靴を履いた、赤いコートを着た子供は、走り続けている。
だが、転んだ。水溜まりの中に顔から突っ込んだ私は、泣き出すよりも前に振り返り、何かを見て目を見開いた。
冷静な私の視界も動いて、幼い私の見たものを見た。それは、空を覆わんばかりの大きさの、戦車だった。
赤い戦車。空を駆ける戦車。巨大な戦車。それが、キャタピラを足に変形させ、砲台を腕に変形させている。
それが、近付いてくる。だけど、動けない。水溜まりの水が冷たくて、体に降り注ぐ雨が強くて、痛かった。
赤い戦車のロボットが、私を見つけた。砲台の付いた腕が幼い私を捉えようとした、その時、頭上が陰った。
だけど、それが何であったのかは、覚えていない。なぜなら、私は、その時も気を失ってしまったからだ。
横向きに倒れ込んだ水溜まりが、氷みたいに冷たくて、苦かった。




目が覚めても、口の中は苦かった。
私は、ぼやけた世界を見つめていた。天井の蛍光灯が眩しくて、それが目に痛く、何度か瞬きを繰り返した。
夢の余韻がまだ残っていて、体は冷たかった。左腕にちくっとした痛みと違和感があり、消毒薬の匂いがする。
動きの鈍い目を動かして左腕を見ると、ガーゼがテープで貼られていて、細い管が繋げられ、伸びていた。
目線を上げると、点滴の台があり、そこに下げられているパックが私の腕から伸びている管と繋がっていた。
そういえば、夢で見た雨の日の後、私はひどい風邪を引いて入院した。そんなことまで、思い出していた。
なんで、私は点滴なんて投与されているのだろう。戦っていたのではなかったのか、北斗を守るために。
体を起こそうとすると、関節が軋みそうなくらい痛んだ。その痛みで呻いていると、足音が近付いてきた。

「気が付いたかい、礼子ちゃん?」

優しく穏やかな、神田隊員の声が聞こえた。私が返事をしようとすると、神田隊員はベッドの傍にやってきた。

「無理はしないで。しばらくは、動けないだろうからね」

神田隊員の手が、私の額に触れた。その手の大きさに戸惑ってしまったけど、反応を返せなかった。

「熱もあるし、大人しくしていた方がいい」

ここはどこだろう、と尋ねようとすると、私の疑問を察したらしい神田隊員は言った。

「自衛隊の病院だよ」

「病院…」

私は乾き切った唇を動かして、掠れた声を漏らした。結局、あの後、何がどうなってしまったのだろうか。
南斗は。北斗は。そして、グラント・Gは。戦争の勝敗は。それらを尋ねようとしたけど、上手くまとまらない。
私は目線を左右に動かした。この病室は個室らしく、あまり広くはない。神田隊員は、ベッドの右、窓側にいる。
部屋の隅には、特殊演習にやってきた際に持ってきた私の私物と、汚れ切った戦闘服などが固めて置いてある。
左側には扉がある。すると、その扉が開けられ、すばる隊員が入ってきた。彼女は私を見、安堵した顔になる。

「礼子ちゃん。目ぇ、覚めたんやな」

「すばるさん。礼子ちゃんの親御さんとは、連絡が付きましたか」

神田隊員に問われたすばる隊員は、ベッド脇に椅子を持ってくると、座った。

「今さっきな。明日にでも、こっちに来るゆうてはったで。お父はんもお母はんも、えらい心配してはったわ」

「それは当然でしょう。本当に、悪いことをしました。礼子ちゃんにも、北斗にも南斗にも」

神田隊員は、沈んでいる。すばる隊員も顔を曇らせていて、肩を縮めている。

「ホンマやよ。実弾なんて、機関銃なんて使こうて、礼子ちゃんが死にでもしはったらどないすんねんな」

珍しく、すばる隊員の語気は強かった。怒っているのだろう。私は何か言おうと思ったけど、何も言えなかった。
左腕に刺さっている点滴の針の痛みが、至るところに巻かれた包帯が、関節の軋む体が、現実を知らしめる。
私は、死にそうな目に遭っていたのだ。戦っている最中に実感していた恐怖が蘇って、息が詰まりそうになる。
南斗がやられた姿が、北斗が殴り倒された姿が、脳裏を過ぎる。私はぞくりとした悪寒を感じ、歯を食い縛った。
だが、涙だけはどうにも出来なかった。堪えようと思っても嗚咽が出て、枕に顔を埋めて、震えてしまった。
すると、すばる隊員が私の肩に手を添えた。私の肩から腕をゆっくりとさすり、高ぶった神経を宥めてくれた。

「大丈夫やよ、礼子ちゃん。北斗も南斗も回収して、人型兵器研究所の方に運んどいたで。大丈夫、二人とも、すぐに直って戻って来はる。グラント・Gは、敵は、もうここにはおらへん。せやから、安心したってや? 何かあったら、神田はんがちゃあんと守ってくれはるしな」

「そうだ。だから、ゆっくり眠るといい。点滴には鎮静剤が投与されてあるから、よく眠れると思うよ」

神田隊員は、私の右手を両手で包んだ。その手の温かさと、二人の言葉の優しさに、私はもっと泣きたくなった。
情けなくて、苦しくて、でも、怖くてどうしようもなかった。ただ震えているばかりで、何も言葉を返せなかった。
神田隊員の手を握り返そうとしたが、肘と肩に痛みが走って力が入らない。撃ちすぎて、痛めたのかもしれない。
そうだ。北斗も、そう言っていた。コアブロックさえ無事なら、すぐに元通りになれる、同じ体で復活出来るのだと。
だから、不安になる必要はない。それに、あの二人が死ぬもんか。北斗と南斗が、死んだりするはずがない。
私は、やっと少しだけ安心した。体に起きていた震えが収まり、寒気がなくなってきて、気分も安らいできた。
体が治ったら、すぐにでも会いに行こう。負けてしまったことは責めないで、無事でいたことを、喜び合おう。
すると、病室の扉が開いた。いつになく不機嫌そうな朱鷺田隊長が入ってくると、二人ともそちらに向き直った。
朱鷺田隊長は、目を覚ましている私を見、少しだけ表情を緩めたが目付きは険しいままで、雰囲気も鋭かった。

「神田、間宮。外へ出てろ」

「ですが、隊長」

神田隊員が戸惑ったが、朱鷺田隊長は顎で廊下を示した。

「いいから出ていろ」

「ほな、行こか、神田はん」

すばる隊員は不安げだったが、神田隊員と連れ立って出ていった。ぱたん、と扉が閉まり、病室の中は静まった。
聞こえてくるのは、私の落ち着きのない呼吸と、窓の外からの小さな音だった。雨でも、降っているのだろうか。
朱鷺田隊長は私のベッドの脇を通り過ぎて、カーテンと窓を開けた。思った通り、空は薄暗く、雨が降っている。
少しひんやりした空気が、滑り込んできた。朱鷺田隊長はポケットを探ってタバコを出すと、銜えて火を点けた。

「禁煙だと解ってはいるが、こうでもしないと気が晴れなくてな」

朱鷺田隊長はセブンスターの煙を深く吸い込んでから、窓の外へ向けて吐き出した。

「だがまぁ、鈴木が死なずに済んで良かったよ。それだけが、救いだ」

「北斗と、南斗は?」

私は落ち着きを取り戻したので、ようやくそれを訊くことが出来た。朱鷺田隊長は、私を見下ろしてくる。

「無事だ。今のところはな。ボディの破損に伴う衝撃のせいで、二人とも、コアブロックに若干の影響は出ているが、エモーショナルにもメモリーにも損傷もエラーもない。だから、あの馬鹿共が戦線復帰する日は近いだろう。鈴木も、養生しておけ。疲れも溜まっているだろうからな」

「ちゃんと、生きているんですね」

私は息を吐きながら、呟いた。朱鷺田隊長は携帯灰皿を取り出すと、その中にタバコの灰を落とした。

「まぁ、そういうことだ」

「二人は、なんか、言ってました?」

私は、それも気になっていた。きっと、あの二人は、私がこんな状態になっていることも知っているはずだ。
朱鷺田隊長は、二本目のタバコを吸い終えて三本目のタバコに火を付けてから、ようやく答えた。



「二度と関わるな。北斗も南斗も、そう言っていた」



朱鷺田隊長の言葉には、抑揚がなかった。私は何を言われたのかよく解らなくて、隊長を凝視していた。
二度と関わるな。何に関わるなと言うのだろう。私は動きの悪い頭を巡らせて、やっとその言葉の意味を掴んだ。
自衛隊にも、特殊機動部隊にも、人型自律実戦兵器にも、何にも関わらないでくれ、ということなのだろう。
つまり、それは、二度と会うなという意味でもある。私は、言葉の内容からの衝撃を、次第に感じ始めた。
全然、らしくない。北斗と南斗であれば、絶対にこんなことは言わない。私の経験からして、言うわけがない。
それが、どうしてそんなことを言うのだ。私は、二人に会いたい。すぐにでも会って、無事を確かめたくて仕方ない。
北斗も南斗も、そうであるはずだ。そうでないはずがない。なのに、なぜ、そんなことを言ったりするのだ。
三本目のタバコが半分ほど燃えたので、手元の携帯灰皿に灰を落としてから、朱鷺田隊長は言葉を続けた。

「鈴木。引くなら今だ。今しかない」

「何がですか?」

呆気に取られたまま私が問い返すと、朱鷺田隊長は渋面を作る。

「自衛隊からも、特殊機動部隊からも、人型自律実戦兵器からもだ。中学を出たら、二度と戻れはしないぞ」

朱鷺田隊長は眉を吊り上げ、眉間を歪めている。

「鈴木。お前は、色々と知りすぎている。北南のこともそうだが、任務のたびに余計な情報を得ている。それが、お前の身にとってどれだけ危険か自覚していないだろう。諸外国からお前の元に放たれている産業スパイ共がどれだけやばいかも、知らないだろう」

「そうなんですか?」

いきなりまくし立てられて、私はきょとんとした。そうだ、と朱鷺田隊長は頷く。

「だが、今はまだいい方だ。だが、義務教育を終えちまったら、そうはいかない。陸自も政府も、お前を今まで以上にこき使うはずだ。これといった文句も言わずに、変なロボットに付き合ってくれて、素直に危険な目に遭ってくれる人身御供なんて、そうそういるものじゃないからな。それに、今更別の人材を持って来たところで、お前ほどの活躍は望めないだろう。だから、陸自も政府も高宮も、お前を何がなんでも離さないはずだ」

だが、と朱鷺田隊長は一度言葉を切った。

「今なら、いや、この機会を逃したら、お前は元の日常には戻れなくなる。今だったら、戦闘疲弊症でもなんでも発症したことにすれば陸自から手を引けるし、北南の性能が不充分だったと言えば高宮は手放してくれるだろうし、政府も高宮を通してから文句を言えばそれほど悪いようにはしないだろう。護衛は長いこと付くかもしれないが、それでも以前のような日常が戻ってくることには変わりないんだからな」

朱鷺田隊長は三本目のタバコを携帯灰皿に押し当て、火を消した。

「決断するなら早い方がいい。元の一般市民に戻るか、それとも、最前線で死にかける日々を続けるか、だ」

私は、朱鷺田隊長の話を反芻していた。つまり、ここで私が身を引けば、この生活から逸脱出来るということだ。
元の生活、と言われて、私は枕元に置いてある携帯電話に気付いた。そういえば、奈々との約束があったっけ。
来週の土曜日に一緒に遊びに出て、奈々との約束を一回飛ばしてしまった穴埋めに、アイスを奢らなくては。
そういえば、テニス部の最後の試合も残っていた。夏休み明けには引退してしまうから、悔いは残したくない。
期末テストだって近いから、ちゃんと勉強をしなくては。受験の準備だって、始めなくてはそろそろやばい。
どこの高校へ行こう。進路は決まっていないから、その進路をきちんと定めるためにも、志望校を決めなくては。
公立も良いけど、私立も捨てがたい。普通校に行くのも悪くないけど、専門的な授業のある学校は魅力的だ。
高校を出たら、大学にも行かなくては。その後に、就職もして、結婚もして、子供も産んで育てなくては。
私には、やることがいくらでもある。やりたいことだってある。しなければならないことだって、沢山ある。
だけど。北斗と南斗にも、会いたい。会って、話したい。何を話したいかは解らないけど、とにかく話したい。
私が迷っていると、朱鷺田隊長は多少ぎこちないが笑顔を見せた。父親が、子供を見るかのような眼差しだった。

「結論はすぐに出さなくてもいい。今は、体を休める方が先だ」

「アイサー」

私が力なく返事をすると、朱鷺田隊長は窓を閉め、うっすらと煙が残っている窓際から離れた。

「俺がいたんじゃ寝づらいだろうから、出ていくとするよ」

私が寝ているベッドの足元を過ぎていく朱鷺田隊長を、私は見送っていたが、ふと、ある疑問が過ぎった。
朱鷺田隊長は、北斗と南斗を心配するようなことを言っていない。神田隊員とすばる隊員は言っていたのに。

「あの」

それが引っ掛かって、私は扉に手を掛けた朱鷺田隊長に声を掛けた。朱鷺田隊長は、ドアノブから手を離す。

「どうした。どこか苦しいのか」

「隊長は、北斗と南斗が心配じゃないんですか?」

私の問い掛けに、朱鷺田隊長は実にあっさりと返した。

「別に気にはならん。そりゃ、鈴木の身は心配だがな」

「どうしてなんです?」

思ってもみなかった答えに、私は困惑してしまった。すると、朱鷺田隊長の方も変な顔をした。

「お前の方も、どうしてなんだ。神田はまぁ理由があるから解るし、間宮も研究対象としての執着があるから解らないでもないが、お前が一番不思議だぞ、鈴木。なぜそこまで、ただの戦闘兵器に入れ込めるんだ」

そう言われて、私は言葉に詰まった。当然じゃないですか、あんな奴らでも友達なんですから、と言おうとした。
だが、口から出なかった。確かに隊長の言う通り、北斗も南斗も、自我はあるけど戦闘兵器の一つに過ぎない。
言うならば、日常的に使わないけどたまには使うことがあるかもしれない、物珍しい機械でしかないのだ。
人格を持っていて、心もあって、人間くさすぎるほど人間くさいけど、でも、結局は単なるロボットなのだ。
しかも、私はそれに物凄く迷惑を被っている。いつもいつも振り回されて、今回だって相当ひどい目に遭った。
そんな二人を、ただのロボットだとは思えない。だけど、朱鷺田隊長の感覚も、全く解らないわけでもない。
ちっとも考えがまとまってくれず、いつまでも答えられないでいると、朱鷺田隊長は私を見下ろした。

「鈴木。頭を冷やせ。お前は頭は良い、何が正しくて何が異常なのかぐらい、区別が付くはずだ」

じゃあまた後でな、と言い残し、朱鷺田隊長は病室を後にした。隊長の足音が遠ざかると、部屋の中は静まった。
窓の外からは、穏やかな雨音が聞こえる。見るからに重たく分厚い雲が、空を全て覆い、青空を隠している。
朱鷺田隊長の言葉が、雨音と共に耳に染み入ってきた。北斗と南斗を人間扱いするのは、異常なのだろうか。
私が異常とは思っていないだけで、本当は異常なのだろう。だけどあの二人の中身は、本当に人間なのだ。
ただのロボットだったら、恐怖なんて感じないだろうし、弱音なんて吐かないし、仲間のために怒ったりはしない。
だけど、二人が人間でないことも本当だ。私の背と触れ合っていた北斗の背は熱かったけど、硬かったのだから。
天井を見上げ、私はぐるぐると考え込んでいた。二人の言葉の真意や、今後の進退や、自分の感情のことを。
けれど、何一つとしてまとまらなかった。鎮静剤が回ってきたのか、頭がさっぱり働かなくて、ぼんやりしている。
壁には、真新しい礼服が掛かっている。そういえば、北斗と南斗に、ろくにこの恰好を見せなかった気がする。
礼服を着ていた時は、北斗も南斗もグラント・Gに煽られて怒っていたし、見られていたような気はしなかった。
きっと、二人も怒りに気を取られてみていなかったのだろう。見ていたら、べたべたに甘く褒めてくるはずだ。
私は、ちょっとだけだけど、全然似合わない礼服姿を、二人に褒めてもらうことを期待していたかもしれない。
やっぱり、褒めてもらうのは悪い気がしないのだ。好きだと言ってもらえることも、大事にされるのも、同じだ。
どこを取っても長所なんてなくて、大したことのない人間に過ぎない私に、価値を与えてくれる気がするのだ。
だからきっと、私は二人を嫌いになれないのだ。考えてみたら、家族以外でそんなに思ってくれる人は初めてだ。
そう思うと、先程の言葉が更に深く突き刺さってくる。あんなにきつい言葉は、全く持ってあの二人らしくない。
私は、包帯まみれの右手に残っているMP5Kの重みを感じながら、背中に感じた北斗の熱さも思い出していた。
その温度を、忘れてしまいたくないと思った。




それから、二週間程度。私は、入院していた。
私は順調に体が治ったので、ベッドから出て病院内を歩き回ってみたり、読みたかった本を読んでいたりした。
久々の休みらしい休みだったので、充分に体と心を休めたけど、時折あの時の凄まじい情景が蘇ってしまう。
その度にパニックを起こし掛けたりしたけど、薬や治療のおかげで、なんとか押さえることが出来ている。
戦闘に対する恐怖も、決して消えない。私の心の中に一生残るほどの、大きな傷となってしまったのだ。
見慣れたはずの私の拳銃、グロック26にも触れる際には躊躇いが生じるし、戦闘機の爆音にも反応する。
病室の隅に掛けられている礼服だって、あの日のことを思い出してしまうから、正直あまり見たくはない。
けれど、そのままにしておいた。お父さんとお母さんは転院を薦めてくれたが、私は遠慮しておいた。
今、この傷に立ち向かわなければ、私は一生戦いが怖いままだ。そんなことでは、二度と二人には会えない。
病室のベッドの上や、病院の屋上や庭で時間を持て余していると、二人に会いたい気持ちが強くなっていく。
神田隊員やすばる隊員は、最初のうちは北斗と南斗の修理状況を教えてくれたけど、そのうち言わなくなった。
どうやら、朱鷺田隊長からの命令らしい。隊長はあくまでも、私を元の世界に戻したい方向でいるようだ。
それが朱鷺田隊長の優しさであることは重々承知しているし、そうした方が私にとっても楽なのだとは解る。
でも、どうしても、何がなんでも、北斗と南斗に会いたい。押さえ切れない、衝動に似た気持ちが燻っている。
自分でも、どうしてここまで二人に会いたいのか、よく解らない。だけど、そうなんだから仕方ないのだ。

理由なんか、さっぱり解らないけど。





 


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