手の中の戦争




第六話 鋼鉄の心



人型兵器開発研究室の扉の傍に、電子ロックが付いていた。
小型のモニターとコンソールの付いたカードリーダーにカードを滑り込ませ、認識するまで少し待った。
数秒後、小型のモニターに、認識完了、という文字が現れてパスワードを入力する画面に切り替わった。
私はコンソールを操作して、すばる隊員から教えてもらったパスワードを入力すると、数秒後に認証された。
がしゃっ、と扉の内側から錠の外れる音がした。ドアノブに手を掛けて回してみると、難なく動いてくれた、
慎重に、扉を開けて中に入る。かかとから足を付けてそっとつまさきを下ろし、なるべく足音を殺そうとした。
だが、靴がローファーなので、どうしても硬い足音が出てしまった。こういう時は、革靴って困りものだ。
部屋の中は、研究室だけあって、書類やディスクの散らばった机がずらりと並び、パソコンも大量にあった。
壁だと思っていたら、壁の手前に並べられた巨大なコンピューターで、小さなモニターがほのかに光っていた。
私には何が何だか解らない機械だらけで、足元もコードが何本も走っていて、下を見ていなければ転びそうだ。
天井から注ぐ、非常灯の弱い明かりを頼りに進む。机が途切れたかと思うと、目の前にガラスの箱が現れた。
壁の四方を分厚い強化ガラスに覆われた、部屋の中心にある部屋だった。箱の中の箱、といった感じだった。
その内側には、これまた大量の機械とケーブルがある。その周辺から、コンピューターの唸りが聞こえてくる。
私は、そっとガラスの箱に近付いた。目を凝らして中を見ると、天井から吊されている影が、目に入った。
両腕を持ち上げられ、首をもたげている。膝を付いて前のめりになっている二つの影の輪郭が、見えてきた。
屈強な筋肉の形をした装甲が全て開かれ、内部のメカニズムが露わにされ、そこにケーブルが繋がっている。
腕だけではない。首の後ろにも、背中からも、胸からも、腹からも、太いケーブルが何本も何本も伸びている。
左側の影の、首の後ろに差し込んである一際太いケーブルには、No.7 HOKUTO と文字が書かれてあった。
生々しい、ロボットの内部構造が晒されている。これが、北斗と南斗の本当の姿なのだと、私は確信した。
怖いなんて、思わなかった。人によってはこの光景は怖いかもしれないけど、私は嬉しいとすら感じていた。
生きていた、ちゃんと無事でいた、また会えた。私は込み上げてくるものがあり、胸の奥が締め付けられた。



『…礼子君か』



その声は、ガラスの箱の内側から聞こえたわけではなかった。私の頭上、天井のスピーカーから出てきた。

『なぜここへ来た! 答えろ、上官命令だ!』

私が黙っていると、その声は続ける。

『自分は確かに命令した! 二度と関わるなと! それを違反しおって、上官侮辱の罪は重いのだぞ!』

ああ。あいつの声だ。

『何をぼけっと突っ立っておるのだ! さっさと答えぬか、礼子君!』

すると、声が止まった。間を置いてから、不思議そうに呟いた。

『なぜ、泣くのだ』

そう言われて、私は頬を拭ってみた。手には熱い水の感触があり、視界は歪んでいて、ぼたぼたと出てくる。

「本当だ。なんでだろ」

『怖いのか?』

声が、北斗の声が、不安げになる。

『自分のメモリーにあるデータでは、人間は恐怖や痛みなどの苦痛を感じることで涙を生じるとある。とすれば、礼子君はまたぞや恐怖を感じたか、或いは負傷しているか、そのどちらかに違いない』

「怖いなんて、そんな」

薄暗い研究室に広がった私の声は、少し震えていた。北斗の声も、弱くなる。

『…その原因は、我らにあるのやもしれん』

「なんでそう思うの?」

私の問いに、北斗は言葉を選ぶようにしながら答えた。

『この姿を晒してしまった。一生の不覚だ。出来ることなら、見せたくはなかった』

『マジ同感ー。ていうか、超情けねー』

北斗に続いて、南斗の声もした。右側の影の首の後ろに差してあるケーブルには、No.06 NANTO とある。

『動けもしねーし、なーんにも出来ねぇ。出来るのは喋ることぐらいだけど、そいつもメンテ中は制限されちまってる。当然だけどな。それに、オレらの中身、結構グロいっしょ? 見て、面白いもんじゃねぇ…』

南斗の声も、落ちてしまう。

『それにさぁ…。腕、見てみ。なんか、付いてるだろ?』

「うん」

私は、北斗と南斗の腕を見た。装甲が全て開かれている腕の中には、真新しい大振りな銃が埋め込まれている。

『速連射銃。一秒間にマグナム弾を十五発も撃てちまう、超優れもの』

南斗は、自虐的に笑う。

『オレらって接近戦用の兵器でさ、対人型ロボット戦を目的にして造られたわけで、素手で戦うことを想定されて設計されたわけよ。だから、オレは関節がデリケートなぐらいにマジ滑らかで、北斗の奴は破壊力抜群。だから、どっちも銃なんて腕に仕込んじまうと無駄にウェイトが増えて、関節の運動性能の妨げになるって言われて、仕込まれたことなんてなかったわけよ? …あのアメリカ野郎に、負けちまうまではな』

『不覚、その二だ』

南斗の言葉を遮り、北斗が言った。

『こんなものを仕込まれては、自分達の売りであった反応速度が低下してしまう。そんなことでは、以前のような動きでは礼子君を守れない。そして、不覚その三だ。自分達の承諾を得ないうちに、背面部に更なる装備が追加されたのだ。超小型ジェットポッド二基、アンチグラビトンジェネレーター、方向指示翼一対。いわゆる、飛行装備だ』

『地上はアメリカ野郎のものだから、オレらは空からやれってことか? 冗談じゃねぇ、お断りだ!』

南斗の語気が荒くなり、スピーカーを揺さぶった。

『オレらが所属してんのは陸自なの、り、く、じ! そんなことするぐらいだったら、飛行重視型の人型兵器でも造って空自に売りゃいいじゃんかよ! そっちの方がよっぽど効率が良いぜ! 国からの援助も馬鹿みたいに増えるし、高宮重工の売り上げも伸びるし、それに合わせてシュヴァルツ工業の兵器開発がもっと進んで、超絶強いグラントが造られちゃったりしてな! で、オレらは研究開発中止とかなっちゃったりしてな! うわこれ超有り得る、マジありそうだぜ! ていうかありじゃねー?』

聞いていて、だんだん苦しくなってきた。二人は私が思っていた通り、いや、それ以上荒れていたようだった。
そう思ったら、ますます涙が出てきた。手で拭ってもどうしようもないので、私はそのまま流すことにした。

『やはり、怖いのか、礼子君』

北斗の呟きに、私は首を横に振った。

「そうじゃない、そうじゃない、だけど、なんか、止まんなくて」

『怖いんなら怖いって言ってもいいんだぜ、礼ちゃん。オレらみたいなダメロボットと付き合っているよりも、カンダタとでもいい感じになってりゃそれでいいんだよ。カンダタは口うるさいけどいい奴だし、いっそのこと乗り換えちまえよ。ああ、それがいい、そうしろよ礼ちゃん!』

南斗の口調には、明らかに無理があった。私は泣きじゃくりながら、ここまで追い詰められた二人が哀れになった。
どうしてもっと、決められなかったんだろう。どうして、大したケガでもないのに入院なんてしちゃったんだろう。
もっと、早くここに来てやりたかった。傍にいてやりたかった。私って、本当に、何の役にも立てない人間だ。
もしかしたら、本当に嫌われてしまったのか。弱くてダメな私に、二人は見切りを付けたのかもしれない。
私は、急にそれが怖くなった。だが、そうではないかもしれない。それを知るために、私は二人の真意を尋ねた。

「北斗、南斗。どうして、あんなこと言ったの? 二度と関わるな、って」

北斗と南斗の言葉が、途端に止んだ。ぎち、と北斗を吊している鎖が僅かに軋み、闇の中で影が揺れた。

『それは…その方が、礼子君のためなのだ。もう、自分達には礼子君を守る資格などないのだ』

『超ダメだよな、オレら。二人もいるくせに、どっちもメッタメタにやられちまったんだからよ』

南斗の声が、震える。彼も、泣いているのだろうか。

『撃たれて、装甲破られて、意識飛んだの、初めてだった。視覚センサーが切れちまって、聴覚センサーもダメで、痛覚がないはずなのにそこら中が痛くて痛くて、オレ、マジで死ぬかと思った。それも初めてだった。死ぬなんてこと一度も考えたこともなかったのに、死ぬんじゃないかーって思ったら、怖くて怖くてどうしようもなくなっちまってさぁ。本当はな、やろうと思えばちょっとは動けたんだ。左腕は肩のシャフトがなんとか生きていたから、頑張って動けばサイクロン号が吹っ飛ぶ場所から離れられたんだけど、怖い怖いばっかりで、体が言うことを効かなくなっちまって、それで…。馬鹿だよな、オレ、マジで馬鹿だよなぁ…』

『肝心な時に役に立てない兵器など、何の意味も成さん』

北斗の声には、強い悔しさが込められていた。

『だから、もう、礼子君は自分達の傍におらぬ方が良いのだ。礼子君にまたぞや危機が訪れたとしても、守れないかもしれないからだ。無論、守れるものなら守りたい。また以前のように、礼子君と共に、演習や訓練を行いたい。だが、自分達は負けてしまった』

『負け、ってことはよ、役立たずってことなわけよ? 兵器っつーか、道具としての価値がないわけよ?』

南斗の口調は、不自然に明るい。

『礼ちゃんもさ。オレらみたいな不良品なんかに、守って欲しくはねーだろ?』

『だが、礼子君。自分達に会いに来てくれて、嬉しいぞ。もう、見限ったものだとばかり思っていた』

北斗の声が、震えている。だがそれは、恐怖でも悲しみでもなく、嬉しさからだった。

『おかしなものだな。礼子君を突き放してしまうべきだと判断を下しているのに、手酷いことを言って礼子君を敢えてはね除けたのに、礼子君に会いたくてたまらなかった。本当に、会いたかった』

私は言葉らしい言葉を出せずに、ただ、何度も何度も頷いた。それは私もだ、ずっと北斗と南斗に会いたかった。
だけど、二度と関わるな、なんて言われたせいで、自分の気持ちを押し通す勇気が足りなかっただけなんだ。
私もいけなかったんだ。すぐに動いていれば、北斗と南斗はここまで傷を深めることはなかったのかもしれない。

「…ごめん」

私は膝に力が入らなくなって、目の前のガラスに縋り付いた。二人に少しでも近付けるように、額を当てる。

「ちょっと、迷っちゃったの」

言いたいことをまとめてから言おうしたけど、ちっとも上手くまとまらなかった。

「北斗と南斗と一緒にいたいけど、退院してから学校に行ったりテストしたり友達と遊んだりしてたら、このまま元の暮らしに戻るも悪くないかなぁとか思っちゃって、自衛隊なんて辞めちゃうべきかなぁとか、思ったんだけど、そっちの方が楽だって解ってたんだけど、隊長もそうしろって言ってくれたんだけど、だけど、北斗と南斗のことが、ずっと気掛かりで…」

泣いているせいで、私は発音が怪しくなってしまった。

「気になって気になって、どうしようもなくって。謝りたくって。話したくって、仕方なくなったの。やっぱり私はあんた達に会いたいんだなぁって解ったの、今日で、だから、こんなに遅くなっちゃって、だから、ごめん。本当に、ごめんね。もっと、早くこっちに来たら良かったんだよね」

私は、ただ、夢中で叫んだ。

「そうしたら、北斗も南斗も、そんなに苦しまなくて済んだんだよねぇ!」

叫び終えた私は、へたり込んだ。冷たい床に座り込んで、ガラスに頬を当てた。冷たいけど、内側は温かかった。

「弱くなんかないよ、ダメなんかじゃないよ、不覚なんか取ってない。ただ、私がダメなんだ。私が迷っちゃったりしたから、私が、弱いから、いけないんだ」

泣き喚いたからか、普段は喉の奥で詰まってしまうような言葉が出てくれる。

「もっと、強くなるから。私が強くなれば、二人とも私のせいで負傷しなくて済むようになるもんね。私が、あんた達を守れるくらい、強くなれば、それでいいんだもんね」

『礼子君…』

『礼ちゃん』

二人の声が、頭上から聞こえる。私はガラスの向こうにいる二人を、見つめた。

「いいじゃない。一度ぐらい、負けたって。次にまた勝てば良いんだよ。新しくなった体でさ、グラントシリーズなんかガンガンぶっ飛ばして、日本どころか、世界最強ロボになればいいじゃん。絶対になれるよ。だって、北斗と南斗は凄く強いんだから。もっともっと強くなれるよ」

私は一瞬恥ずかしくなったけど、それを堪えて言った。



「だから、私も強くなる。そうじゃなきゃ、あんた達の友達なんてやってられないよ」



私の言葉が止むと、研究室全体からコンピューターが動いている唸りが聞こえ、ガラスの箱の中からも聞こえる。

「本当はさぁ、結構、嬉しいんだよね」

高ぶった感情に任せて、私は続ける。

「あんた達に好かれて、構われるの。ほら、私、こんな性格でしょ? だから、あんまりそういう相手がいないの」

『礼子君は』

北斗は少し言葉に詰まったが、すぐに語気を強めた。

『礼子君は素晴らしい人間だ! それは礼子君の周囲の人間が礼子君の素晴らしさに気付いていないだけなのであって、決して礼子君自身に問題があるわけではない! 確かに、礼子君は愛想がなくて口が達者で人付き合いはあまりよろしくないかもしれないが、礼子君は強い、優しい、可愛らしい、そして美しいのだ!』

「美しいは、余計かも」

私は無性に照れくさくなって、ガラスから体を離した。すると、北斗は不思議そうにする。

『なんだ、喜ばんのか? 自分のデータによれば、女性とは美しいと形容されれば歓喜するのだとあるのだが』

「人による。ていうか、さあ」

私は、ガラスに映る自分の顔を見た。疲れているのと泣いたのとで、ひどいことになっている。

「こんな顔の時に、美しいはないでしょ、普通。そういう言葉は、時と場合によりけりなの。使いどころを間違えれば、ただの皮肉にしかならないんだから」

『じっ、自分は別に、礼子君を貶めようなどと思って言ったわけでは!』

本気で慌てている北斗に、私は少し呆れた。

「そういうのが一番タチが悪いんだよねぇ。無神経っていうか、女性心理が解ってないっていうか」

『要は馬鹿ってことじゃね? カンダタの方が、北斗よりもよっぽどそういうの解ってるよなー』

南斗のにやけた口振りに、北斗は言い返した。

『南斗、お前の方こそ馬鹿だ! この自分がおるのだ、礼子君がカンダタなどに惹かれるわけがない!』

「なにその無限大の自信」

私が変な顔をすると、吊り下げられたままの北斗がぎしっと動いた。胸を張ったつもりなのだろうか。

『礼子君を守るに相応しいのは、自分に決まっておるだろう! 確かに自分と南斗はグラント・Gに惜敗してしまったが、カンダタになど負けた覚えはないのだ!』

『でも勝ったこともねーじゃんよー』

南斗がにやにやした声を出すと、北斗は喚いた。

『これから勝てば良いのだ! 手伝え、南斗! 同じマシンソルジャーを元にして生まれ出た兄弟ではないか!』

『やなこったーい。オレも確かに礼ちゃんは好きだけど、お前みたいなのじゃねーもーん。ラブコメしたいんなら一人でやってくんね? そういうのに付き合わされんのって、マジ疲れんだよなー』

「私にも絡まないでくれる? あんた達のことはほどほどに好きだけど、振り回されるのは勘弁願いたいから」

私が言うと、北斗の声量は増した。

『そっ、それではラブがなくてコメだけになってしまうではないか! それはいかん、それだけはいかんのだ!』

「そうかなぁ」

私がにやっとすると、北斗はやけになった。

『そうなのだ! そうだったらそうなのだ!』

ああ、いつものこいつらだ。私は安堵しながら、ガラスの壁に寄り掛かった。

「でも、なんか、安心した」

『何がだね! 自分は落ち着いてなどいられるものか、すぐにでも戦線復帰してカンダタを阻止せねばならん!』

北斗の声が出てくるスピーカーを見上げた私は、いつのまにか笑っていた。あれだけ泣いていたのに。

「北斗も南斗も、元に戻ったみたいで」

『そういえば、そうだな』

北斗の呟きに、南斗が笑った。

『あーホントだー、エモーショナルバランス値もリミッターレベルも通常に戻ってらー。うわこれ超楽ー!』

「てことは、私が来るまでの間、ずっと変な状態だったわけ?」

私が尋ねると、北斗が答えた。

『うむ。エモーショナルバランス値は、通常ならばアベレージラインの+1から5の間を揺れておるのだが、この十九日半はアベレージラインの−9.054まで降下してしまったのだ。そして、エモーショナルリミッターも過剰に稼働してしまって、その結果コアブロック全体に過負荷が掛かり、エモーショナルバランス値は降下する一方だったのだ』

「つまり、落ち込んでた、ってわけね」

平たく言えば、そうなるのだろう。私の言葉に、南斗が返した。

『研究員が言ってたけど、解りやすく表現すればそうらしいぜ。人間みたいだ、って随分言われたぜ、オレら』

『ん?』

ふと、北斗が反応した。すると、研究室の蛍光灯が一斉に瞬き、暗かった室内があっという間に明るくなった。
私は何かしてしまったのかと思って狼狽えると、騒がしい足音が廊下を走ってきて、研究室に駆け込んできた。
ばん、と盛大に扉が開かれ、白衣を羽織った人々が入ってきた。私が驚いていると、先頭の女性が声を上げた。

「早く、二人のシステム全部チェックして!」

髪の長い、すらりとした女性だった。凛とした雰囲気を纏っていて、目鼻立ちの整った、隙のない美人だった。
彼女の指示の通りに、研究員と思しき人間達が散っていく。それぞれにパソコンを起動させ、動かし始める。
私は、何が起きたのか解らずに呆然としていた。北斗と南斗の入ったガラスの箱に、入っていく人達もいる。
真っ暗だったのに昼間のように明るくなってしまったので、私は何度か瞬きして、少し痛む目を慣らさせた。

「本当に良かった。二人が元に戻ってくれて」

髪の長い女性は表情を綻ばせた。彼女は私に気付くと、歩み寄ってきた。

「あなたが葵ちゃんの、神田三曹の仲間の子ね?」

「ちゃん…?」

私は、目の前に迫った白衣姿の美人にも戸惑っていたが、神田隊員がちゃん付けで呼ばれたことに驚いた。
髪の長い女性は屈んで私と目線を合わせ、タイトスカートから出た白い太股を床に付け、胸に手を当てた。

「私は高宮鈴音、ここの所長で北南兄弟の親みたいなものよ。で、葵ちゃんとは高校の同級生なのよ」

「はぁ」

事態が上手く飲み込めず、私は変な声を漏らした。鈴音さんはしなやかな指で、滑らかな黒髪を掻き上げる。

「ありがとう、うちの子達を立ち直らせてくれて。あのままエモーショナルバランス値が下がりっ放しだったら、過負荷が強すぎて回路が自壊してしまう可能性もあったのよ。もちろん、私達もなんとかして二人を立ち直らせようとしたんだけど、エモーショナルバランス値は本人の気持ちだから、私達がどうにか出来るものじゃないの」

「それを、私がどうにかしちゃったんですか?」

「というか、こいつらの悩みの原因があなた、礼子ちゃんだったのよねぇ」

鈴音さんは、天井から吊り下げられている北斗と南斗を見やった。

「嫌われたくないだとか守りたいけど守れないかもとか、そんなんばっかりだったわ。それを、礼子ちゃんがいいこと言ってくれたものだから、こいつらの悩みは根本から吹っ飛んだってわけよ」

「え、あ、う…」

ということは、鈴音さんを始めとした他の研究員にも、私の恥ずかしい告白やら泣き顔やら見られていたのか。
考えてみたら、そうだ。ここに来る前に、すばる隊員が、この部屋に監視カメラやらがあると言っていた。
となれば、それが使われていないわけがない。そして、当然ながら撮られた映像は別室で見られるはずだ。
改めて辺りを見回すと、すぐ背後の天井近くや、ガラスの箱の中にカメラがある。抜かった、気付かなかった。
前と後ろのアングルにカメラがある、ということは、最初から最後まで何から何まで見られたというわけだ。
死にたい。今、猛烈に死んでしまいたい。私は恥ずかしさのあまりに赤面していると、頭上から北斗が言った。

『うむ! 礼子君の演説は実に素晴らしいものであったぞ! 自分は永久保存した!』

『んーじゃオレもー。忘れたくねぇしなー』

と、南斗まで言ってきたので、私は居たたまれなくなった。穴があったら入りたい、この場に塹壕を掘りたい。

「やめてそんな羞恥プレイ」

「仲良いわねぇ、あんた達」

鈴音さんは嬉しそうに笑み、立ち上がった。ハイヒールのかかとを鳴らし、二人の入ったガラスの箱に寄る。

「駆動系統のチェックは既に完了しているから、残すはプログラムとシステムのチェックだけよ。それが終わったら、元に戻してあげる。ずっと装甲開きっ放しなんて、さすがに恥ずかしいでしょうからね」

『それは本当なのかね!』

北斗が歓喜すると、鈴音さんは頷いた。

「そう。だから、もうちょーっと我慢してちょうだい。いい子だから」

鈴音さんは私に振り向くと、にっと笑った。

「礼子ちゃんも、もう少しの辛抱だから。すぐにまた、こいつらと一緒にいられるようになるんだから」

じゃあ私は仕事があるから、と、鈴音さんは軽く手を振ってから、研究室の奧へと向かっていった。
北斗と南斗と、また一緒にいられる。そうだと解ると、先程散々流したはずの涙がまた出てきてしまった。
それを北斗と南斗に感付かれたくなくて、私は鈴音さんの去った方向を見ていた。部屋の中は、慌ただしい。
あの写真に映っていた赤いロボットのこととか、聞いておくべきだったかもしれないと思ったがもう遅い。
白衣姿なのは鈴音さんだけではないし、研究室に入ってきた人数が多いので、見分けが付かなかった。
それに、今は鈴音さんを追いかけて事の真相を言及するよりも、北斗と南斗の傍にいてやらねばならない。
私は、ガラスの箱の中にいる二人に振り向いた。そして、改めて決意を据えて、ぐっと唇を引き締めた。
もっと、強くなるから。言葉には出さずに口だけで言ってから、私はガラスの箱に背を預けて天井を仰いだ。
上を見ていなければ、もっと涙が出てきそうだった。





 


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