手の中の戦争




第七話 ビター・チョコレート



それから、更に七日後。今日もまた、訓練だった。
朝っぱらの、まだ空気がひんやりしている頃から始めたのだが、少し動いただけでも、汗だくになってしまった。
走り込みの段階に入っていたが、私はかなり遅れて走っていた。随分前を、北斗と南斗と神田隊員が走っている。
北斗と南斗の走りは、歩幅が大きいせいもあるのだが、相当速い。私が並走するのは、何がなんでも無理だろう。
その二人に付いていける神田隊員は、中学高校と陸上部にいたそうで、走ることは今でも得意なのだそうだ。
私は肺も心臓も苦しくなりながらも、必死に走って、既に走り終えている三人の元へ出来るだけ急いでいった。
だがその途中で教官から、遅い、と怒鳴られた。私達の先頭を走っていた教官が、怖い顔をして待っている。
仕方ないじゃないか、あの三人に付いていくのは無理なんだ。そう言い訳したかったが、言ってはいけない。
教官は私達をしごくのが仕事なのだから、口答えするべきではない。そう思い、私は文句をぐっと飲み下した。
なんとかゴール地点に着いたが、すぐに止まらずにしばらく歩いてから、教官の前にいる三人の元に向かった。
教官は私達をぐるりと見回したが、私を睨むように見下ろしてきた。私は呼吸を整えながら、姿勢も整えた。

「北斗、南斗!」

教官は私に叫ばずに、北斗と南斗に声を荒げた。

「鈴木に調子を合わせるな! 遅れた者は置いていけ!」

そんなこと、気付かなかった。というか、あんなに離れて走っていたのに、何をどう合わせていたのだろう。
スピードを緩める気配もなかったし、ペースも変わらなかった。だけど、教官には違いが解っているらしい。
教官は、私達の問題点を次々に指摘している。というか、問題点の大部分は、足手纏いである私なのだ。
どんな訓練をしていても後れを取ってしまうし、結果としてそのせいで、チーム全体の成績が落ちている。

「鈴木、返事はどうした!」

ぼんやりしていたらしく、教官が私に怒鳴った。私は背筋を正し、反射的に答える。

「アイサー!」

「基礎訓練はここまで! 午後から専門訓練に入れ!」

教官の言葉に、今度は四人で答えた。

「アイサー!」

教官が去っていくのを見てから、私達は休みを取るべく営舎に向かって歩き出した。だけど、これがまた遠い。
壁登りやら障害越えやらで酷使した腕が、既に痛い。こんな調子では、これからの専門訓練も辛いだろう。
今日は吐き戻すことはなかったけど、始めたばかりの頃は、そりゃあもう苦しくて何度も吐き戻してしまった。
息苦しさからだったり、今までに経験したことのない疲労だったりが主な原因で、その度に大変だった。
戻したからと言って訓練が終わるわけではないし、調子が元に戻れば、また訓練を続行しなければならない。
この次にやるのは、射撃訓練だった。ナイフ術と交互にやっているのだが、どちらもなかなか上達しない。
私が歩いていると、南斗が私の隣にやってきて、歩調を合わせてきた。いいなぁ、体力に限りがなくて。

「礼ちゃん、なかなか頑張ってんじゃん。最初の頃に比べたら、ちょっとは持久力付いてきたぜ?」

「そう?」

私が南斗を見上げると、南斗はにやける。

「そうそうそう。ていうかまず、オレらに付いてくるのが無茶なんだよなー。カンダタは超例外だけど」

「うん、例外だよね。神田さんの体力、凄すぎるし」

私は、少し前を行く神田隊員の後ろ姿を見やった。あの温厚な性格からは想像出来ないほど、タフだった。

「カンダタがオレらの傍にいる理由ってさ、カンダタがあの件の関係者だからーってだけじゃねーんだよな。オレらにちゃんと付いてこられるような人間だから、オレらと一緒になって戦ってんだよなー」

南斗は頭の後ろで両手を組み、遠くを見るようにした。私は、彼の言葉が少し引っ掛かった。

「あの件? って、何の件よ」

「礼ちゃん、知らねぇかな? 十年ぐらい前に、日本中で無差別テロみたいな爆発と破壊が相次いだ事件だよ」

南斗は、いつもの軽い口調で話した。

「オレらはまぁ、その原因は知っているんだけど箝口令済みっつーわけだから、世間一般で言われている方の視点で話すかな。今から十年前の一月四日に、最初の事件が起こったのさ。東京都南西部の住宅街に流れる川の土手に、深夜、突然の爆発と破壊音がした。爆発の根源であるものは、ある種の機械だと思われたが完全に破壊されていたので、それが何であるか調べることは困難を極めた。警察と政府が警戒を始めた矢先に、二回目は都内南部の海沿い、三回目は神奈川県北部、四回目は千葉県東北部、五回目は東京湾内で、最初の事件と同じような痕跡を残す爆発が相次いだ。ここまで言えば、思い出さね?」

「あ、うん」

私は、報告書を丸々読み上げているような南斗の言葉に戸惑いつつも、頷いた。南斗は続ける。

「そのまま、事件は続く。一月から二月の始めまで続いたが、ある時を境に爆発は止んだ」

「ある時って?」

私の問いに、南斗はしばらく言い渋っていたが、言った。

「最初の事件が起きた地域に、だなぁ。全長七メートル近くのロボットが、三機現れたんだよ」

「へ?」

「んで、それを倒したのが、同じ大きさの黒いロボット、通称ナイトレイヴン、闇夜のカラス。で、闇夜のカラスがそのロボット数機を倒した直後に、爆発事件は収束したわけよ」

「だから、なんでそこでそうなるわけ?」

南斗の言っていることの意味が、まるで解らない。私が困惑していると、南斗も困った顔をする。

「んーなこと言われてもしゃーねーじゃん、マジなんだから。で、そのカラスの乗り手がカンダタなのー」

「いや、だから、どうしてそこで神田さんの名前が出てくるわけ?」

あまりにも話がぶっ飛びすぎていて、私は訳が解らなくなった。確かに、十年前にそんな事件があった気がする。
だけど、警察も政府も詳細は不明だとしか発表しなかったので、国民は戦々恐々としながら過ごしていたのだ。
十年前と言えば私は五歳なので、割とはっきりした記憶がある。その一ヶ月間は、恐ろしくて仕方なかった。
外へ出てはいけない、と言われて家の中に閉じ籠もり、幼稚園に行くのだって制限されたような記憶がある。
三月ぐらいになって、ようやく警察が安全だと発表したので、私は以前のように幼稚園に通えるようになった。
だが、その後にすぐに引っ越した。私の住んでいた家の傍でも、その爆発事件が、何回かあったからだ。
そのうちの一つが、私や近所の子供達がいつも遊んでいた児童公園で、かなりひどいことになってしまった。
だから、お父さんとお母さんは私の身の安全と、新たに生まれてくる家族のために、都内に越してきたのだ。
弟の健吾は、前の家のことを知らない。お母さんのお腹の中にはいたけど、まだ生まれていなかったからだ。
しかし、十年前か。となれば、神田隊員は十七歳の現役高校生で、今以上に若々しく爽やかだったのだろう。
考えてみれば、私は神田隊員のことは何も知らない。優しくて強いお兄さん、ということしか解っていない。
彼の恋の話もちらりと聞いたけど、細かい部分はぼかして喋っていたし、私も突き詰めて聞かなかった。
南斗の話したことは、触りだけでも衝撃的なので、その全てはどれほどのものなのか想像も付かなかった。
だけど、南斗の口振りからすると、神田隊員が事件解決の功労者ではないのだろうか。そう思い、私は尋ねた。

「じゃあ南斗、神田さんが解決したの? その、事件を」

「違う違う。カンダタも解決のために貢献したけど、しただけで最初から最後までやってたわけじゃねーよ」

南斗は首を横に振った。訓練に次ぐ訓練で少し汚れた、ワインレッドのバイザーが光を撥ねた。

「でも、その事件と、あんた達にどういう関連性があるの? 繋がりが全然見えてこないんだけど」

私が訝しむと、南斗は苦笑いした。

「あー、ごめん、マジごめん。ちょいと喋りすぎたかも」

悪ぃ、と南斗は謝る仕草をしてから、私から離れていった。私は、やけに悔しい気持ちになってしまった。
私も彼らと共に戦うと決めたのだから、ちゃんとした仲間になったはずなのに。そう、思ってしまった。
連日の厳しい訓練と、未だ残っているホームシックと、南斗の態度の冷ややかさが胸中を重たくしていた。
本当に、私は何をやっているのだろう。疎外感を感じて悔しくなるよりも先に、強くなる方が先だというのに。
苦い気持ちが、起きていた。




その気持ちは、射撃訓練をしても晴れなかった。
それどころか、逆に強くなってしまった。私は硝煙の昇る拳銃を下げて、弾の当たっていない標的を睨んだ。
十メートル先の標的は無傷だったが、私の腕は連射したために痺れている。足元には、薬莢が転がっている。
次こそ、当ててやらなければ。私は空っぽになったマガジンを出して新しいマガジンを入れ、リロードした。
両腕を真っ直ぐに伸ばして足を広げて構え、撃とうとした時、左隣から荒々しい銃声が連続して轟いた。
一発、二発、三発。その全てが標的の中心を貫いていて、弾痕が重なり合うほど、正確な射撃だった。

「少々、誤差があるな」

一言、静かに呟いた北斗は、じゃきりとソーコムの銃身をスライドさせてから構え、すぐさま射撃を続行した。
腹に響く銃声が、繰り返される。ソーコムが弾丸を吐き出すたびに銃身は揺れるが、北斗の腕は揺れない。
標的に出来る弾痕も、片手で撃っているのにちっともぶれない。伊達にロボットではない、ということだ。

「オレもー。右に0.03、弾の発射角度がずれてるぜ。やっぱ、腕の速連射銃が重いんだよなー」

そう言いながら、南斗も標的に撃っていく。北斗と全く同じ構えで、全く同じ位置に、合計で五発発射した。
恐ろしいぐらい、正確だった。この二人の射撃を見るのはこれでもう十数度目だが、未だに見入ってしまう。
私は、自分の射撃の下手さを恨みながらSIG・P220を構えて、照準を合わせて引き金を一気に絞った。
破裂音と同時に、グロック26のそれよりも強い反動が腕を揺さぶった。重心がぶれてしまい、弾丸も逸れた。
私の放った9パラは、あらぬ方向に飛んでいき、標的の紙が貼ってある板からも逸れた場所に着弾した。

「あーらら」

南斗が、少し呆れたような声を出した。私はむっとしたが、言い返すのも癪だったので、更に射撃を続けた。
私は何度も引き金を引いて、残りの弾を全て撃ち尽くした。辺りには、熱の籠もった硝煙の匂いが広がる。
だが、標的には傷一つ付いていない。北斗は私と標的を見比べていたが、手を上げて、標的の方を示した。

「礼子君の場合、構えの時点で発射角度が下にずれる傾向にある。もう少し上に向けてみたまえ」

「SIGはガバよりも軽いから、やりやすいはずなんだけどね」

私の右隣で射撃を行っていた神田隊員はその手を止め、空になったマガジンを取り出して、リロードした。

「そうですかね。充分重いんですけど」

私は空になったマガジンを外し、引き抜いた。先程から撃ちまくっているせいで、銃身はかなり熱している。
少し冷まさなければ、故障を起こしてしまう。私はSIG・P220を提げると、反動で痺れている肩に触れた。
肩も、銃と同じく熱を持っていた。基礎訓練での疲労も溜まっているので、腕は重たくなってしまっている。
肩から二の腕に触れてみるも、筋肉は薄いままだった。さすがに、こんな短い期間では体は出来上がらない。
私の真正面にある標的は、傷一つ付いていない。私としては頑張っているつもりなのだが、成果は上がらない。
もう少し短い距離での射撃だったら当たるのだけど、距離のある標的を狙う訓練でなければ、意味がないのだ。
私達が銃を使う理由は、威嚇のために銃を使う警察とは訳が違う。確実に敵を仕留めて、動きを止めるためだ。
格闘術もそうで、急所を狙った確殺が可能な技ばかりを教えられている。だが、それも上手く出来なかった。
ナイフ術だって、体格に比例して腕の長さがあまりないのでリーチが少なく、敵の懐に突っ込ませられない。
そのため、逆に反撃を喰らってしまうことが多い。おかげで、訓練では北斗と南斗に何度も切られてしまった。
どうしてこう、上手く行かないのだ。すぐに出来るとは思っていないが、一つくらい出来たって良いじゃないか。
私がぼんやりしている間にも、北斗と南斗は射撃を続けている。機械的に、正確に、標的を撃ち抜いていく。
神田隊員からの情報によれば、北斗と南斗が製造されて自衛隊に実戦配備されたのは、五年前なのだそうだ。
つまり、私の三分の一の年月しか生きていない。それなのに、北斗と南斗の戦闘能力は桁違いに大きい。
年下のくせに、というわけではないが、少し面白くなかった。普段は馬鹿なのに、戦闘となると別人だ。
神田隊員もそうだ。たまに情けなく思えるくらい優しいのに、戦う時だけは冷徹な軍人の顔になっている。
朱鷺田隊長とも、何度か訓練を共にした。その戦闘能力を初めて目にしたが、経験を感じさせる強さだった。
神田隊員と違って、戦闘訓練時も普段と同じ態度を取っていたが、変えないというより変わらないのだろう。
落ち着いていて、感情を波立てないで、任務を全うする。その落ち着きぶりが、ちょっと恐ろしく感じた。
きっと、朱鷺田隊長も、神田隊員と同じく凄まじい過去があるのだ。私の想像なんて越えた、物凄いものが。
だから、何があっても冷静でいられるんだ。朱鷺田隊長の方こそ、私が殺されても、平気な顔でいるだろう。
また、銃声が響く。屋外の射撃訓練場なので、時折、駐屯地から飛び立っていくヘリの音が混じっている。
ふと空を見上げると、冴え冴えとした快晴だった。こういう日は、プールで遊ぶのはさぞ気持ちいいだろう。

「礼子君」

急に北斗に声を掛けられたので、私ははっとした。

「え、何」

「射撃訓練の時間は限られておるのだ、存分に訓練しておきたまえ」

北斗はソーコムの銃口を上げていて、そこから硝煙が立ち上っていた。私は、曖昧な返事をした。

「まぁ、うん」

「それでなくても、礼子君は動きが鈍いのだ。射撃ぐらいこなせないと、戦場から生きて帰ることは出来んぞ」

じゃきり、と北斗は銃身を動かして新たに弾を装填させた。今日だけで、北斗は何十発も撃っている。

「敵を発見した際の反射速度にも間があるし、持久力もないし、体格もないから打撃力もない。だから現時点では、礼子君が身を守るため、或いは敵を打ち倒すために最も有効な手段は、銃器を用いた攻撃に限られておるのだ。だが、そのために使用するガンも弾も、礼子君が使うものはいずれも小型だ。我らのように確殺を目的とした部隊では、もう少し強力な火器を使うべきだとは思うのだが、それは仕方ないことであるな。あまり強い武器を持たせると、礼子君の体が壊れてしまうからな。今、あまり無理をさせて将来的に役に立たなくなってしまうと、元も子もないのだから」

改めて言われると、きつかった。それも北斗からだと尚のことで、私はSIG・P220のグリップを握り締めた。
言われなくても解っている。私は強くない。だからこうして、あんた達に付き合って訓練をしているんじゃないか。
強い武器を使いたいと思うのは、私も同じだ。だけど、武器だけ強くしたってどうしようもないから鍛えているんだ。
けれど、全然強くならない。目に見えた強さが得られない。仕方ない、当たり前だ、と思っても、やっぱり悔しい。

「おい。言い過ぎだ、北斗」

神田隊員が、北斗を諫めた。北斗の口調は、悪気の欠片もない。

「だが、事実なのだから仕方あるまい。礼子君と正式にチームとなるのであれば、礼子君が我らに見合った実力を得なければならないのも事実だ。人質ではなく戦闘員として動くためには、不可欠なのだ」

「そーりゃそうだけどさぁー…」

南斗は、空になったマガジンに新しい弾丸を込めている。北斗は、私を見下ろしてきた。

「教官の話では、あと三四年で実力が付くと言われたようだが、自分にはそうは思えん」

そんなこと、自分が一番よく解っている。私は、目を伏せた。

「せめて、もう少し身長があれば良かったのだがな」

それも、解っている。戦うに当たっては、体格はあった方が良い。

「ハイポートも出来るようにならなくては困る。自衛隊の標準装備は、サブマシンガンでなくて自動小銃なのだから」

もう、これ以上は言わないで欲しい。でも私は、自動小銃を持って走ることなんて出来ないのも、事実なのだ。
普通の自衛官の訓練に付いていくことなんて出来ないし、特殊機動部隊の訓練には全部は付いていけていない。
教官にも多少手加減してもらっているし、北斗と南斗には気を遣わせてしまうし、でも私はちっとも上達しない。
北斗の言葉の数々が、突き刺さってくる。その痛みは重たいが鋭くて、胸の奥がずきずきするようだった。

「馬鹿言うなっつーの。ハイポートなんてやったら、礼ちゃんの肩が抜けっちまうっつの。教官もそこまでさせねーよ、ていうか出来ねぇって言われたの忘れたのかよ」

自動小銃は重いんだからよ、と南斗がフォローしてくれたが、北斗は譲らなかった。

「だが、ちゃんとした装備をして訓練してこそ実力は付くというものだ!」

「それは違いないけどさぁ…」

神田隊員は苦笑いしている。私も、北斗の言っていることは間違っていないし、正しいことだとは認識している。
そもそも、色々な部分が足りなさすぎるのだ。せめて高校生であったなら、まだ体力が付いていただろう。
だが、私は二次性徴も完全に終わりきっていない、十五歳の子供に過ぎない。そんな子供が、戦えるはずがない。
やっぱり、朱鷺田隊長の言うことを聞いていた方が、元の日常に戻っていた方が良かったのかもしれない。
不釣り合いな場所に無理に馴染もうとしても、釣り合っていない部分ばかりが、表に見えてきてしまう。
ダメだ、強くなんてなれていない。逆に自分の弱さばかりが晒し出されてしまって、情けなくなってくる。

「礼子君?」

北斗が声を掛けてきたが、私はそれを振り切って標的に向き直った。

「なんでもない」

手の中のSIG・P220は銃身から熱が引いていたけど、私の内の痛みと熱は、冷えるどころか増している。
怒りとも焦燥とも付かない感情ばかりが渦巻いて、照準なんて定まらず、このまま撃っても外れるだけだ。
撃たなきゃ。当てなきゃ。だけど、手に力が入らない。私は悔しさで震えてしまう唇を噛み、体に力を入れた。
撃とうとしたが、中に弾丸が入っていないことを思い出し、マガジンをグリップに突っ込んで銃身を動かした。
チェンバーに弾が入ったのを確認してから、引き金に指を掛けた。でも、撃ったところで、また外れるのだ。
弾の無駄だ。いや、何もかも、無駄なんだ。夏休みを潰してこんなことをしていても、意味がないのではないか。
私は頭を過ぎったその考えを払拭しようと思ったが、一向に出来ず、結局これ以上の射撃は出来なかった。
涙が出てきたのは、硝煙のせいだけではないだろう。





 


06 7/14