手の中の戦争




第八話 夏祭りの夜に



沢口君の荒い呼吸がうるさく、その足から流れ出る鮮血の匂いが強かった。
花火の光と神社の提灯の明かりで、辛うじてその出血量が解る程度だが、相当な量の血が流れているようだ。
太股なのだから、動脈も近いはずだ。このまま止血をせずにいれば、致命傷となってしまう可能性もある。
私は、そのことを冷静に考えている自分と、動揺と混乱で高ぶっている自分が内にいて、落ち着かなかった。
目の前に倒れているのは、クラスメイトの沢口陽介君。だけど、中国系武装組織の工作員、李太陽でもある。
いや、逆だ。李太陽が、沢口君となっていた。考えてみれば、彼が転校してきた時期は三日間の演習の後だ。
何かある、と考えるのが自然だろう。そして、自衛隊と高宮重工はその身元を洗って、正体を暴き出したのだ。
そして、中国系武装組織側も自衛隊と高宮重工の動きに気付いていて、私を利用しようと考えていたのだ。
朱鷺田隊長は、血に汚れたコンバットナイフを脛に巻いた鞘に戻した。膝を付き、私に手を差し伸べてくる。

「立てるか」

「あ、はい」

私は朱鷺田隊長の手を取り、立ち上がったが、下腹部の鈍痛で呻いてしまった。

「うぐっ」

朱鷺田隊長は腹立たしげに口元を曲げ、沢口君を睨んだ。

「嫁入り前の女の腹なんざ殴るなよ」

私は朱鷺田隊長に支えられながら姿勢を直し、地面に倒れたままの沢口君、いや、李太陽を見下ろした。
顔色は青ざめていて、脂汗をだらだら流している。あれだけ血が出てしまえば、かなり痛いはずだろう。
朱鷺田隊長は私から離れると、李太陽の肩を蹴ってごろりと転がらせ、その服を探って武器を取り出した。
暗殺用のナイフだけでなく、足首には小型の拳銃までちゃんと装備してあり、戦う準備は万全だったようだ。
朱鷺田隊長はそれらの武器を、私に放り投げた。私は躊躇しながらも、その武器をポシェットに詰め込んだ。
全部入れると、ずしりと重みが増した。ポシェットの細い肩掛け紐が、肩に食い込んできて少し痛かった。

「デートの相手を確保した、回収だ。車を出せ」

朱鷺田隊長は耳の中に入れていた無線を軽く叩き、言った。数秒後に、私の耳のイヤホンにも応答が入った。

『了解。李太陽一人ですか?』

神田隊員の声は平坦で、感情が窺えなかった。朱鷺田隊長は周囲を見回してから、返した。

「そのようだ。だが、気を抜くな。まだいる可能性がある」

『神田はん、五分でそっちに付けるそうですー。北斗と南斗はどないします?』

今度は、すばる隊員の声がした。朱鷺田隊長は顎をさすって、少し唸る。

「待機させておけ。まだ何かあるかもしれん」

『了解しました。ほんで、礼子ちゃんは無事でっか?』

「無事だ。腹を殴られたぐらいだが、立てるから大丈夫だろう。が、念のために後で精密検査はさせる」

朱鷺田隊長が言うと、私の耳に入れているイヤホンから北斗の声が響いた。

『それは一大事ではないかっ! 礼子君、本当に大丈夫なのかね!』

「あー、うん。平気。隊長が来てくれるのが早かったしね」

私が返すと、今度は南斗が喋った。

『んじゃ、礼ちゃんの浴衣姿、見られるのマジ楽しみにしてっぜー。早く来てくれよぅ』

『うむ! 一刻も早く、礼子君の麗しき姿を拝見するのだ!』

北斗の力の入った叫びに、私はげんなりした。そんなことぐらいで、なんで気合いが入るんだ。

「別に麗しくはないって。それに、転ばされたから背中とかちょっと汚れちゃったし」

「そうだなぁ。なかなか悪くないぞ、鈴木の浴衣は。後できっちり見ておけ」

朱鷺田隊長が、珍しく明るい口調で言った。途端に、イヤホンの向こうにいる北斗と南斗は騒ぎ立て始めた。
隊長らしくない。だけど、あまり悪い気はしない。私がそんな気分でいると、朱鷺田隊長は私を見下ろした。
その眼差しは鋭利で、戦闘の直後だからか、気迫があった。私が一瞬ぎくりとすると、朱鷺田隊長は呟いた。

「お前ってやつは。相変わらず、顔色一つ変えないんだな」

「グラント・Gに殺され掛けることの方が、余程怖いですから。それに」

私は、苦しげに喘いでいる李太陽を見下ろした。彼は敵だ、だから、感情を寄せる必要はない。

「…任務ですから」

「お前はいい軍人になるよ、鈴木」

朱鷺田隊長は、皮肉混じりに漏らした。私も、気持ちの切り替えの早くなった自分が、信じられなかった。
七夕の一件で付いた踏ん切りは、私の内に様々な変化をもたらしていたようだ。これも、その中の一つだった。
北斗と南斗と一緒に戦う、と決めたからには、二人に負けないくらい強い兵士になろうと、心に誓ったのだ。
そして、昨日の朱鷺田隊長の言葉である。任務と名が付けば殺しもしなければならない、で覚悟が決まった。
任務の最中には、余計なことはなるべく考えないことにした。それは、相手に対する感情であったり色々だ。
切り替えることが出来るようになった、というより、切り替えなければやっていけない、と認識したのだ。
訓練で感じる様々な痛みや苦しみを堪えるのと同じように、任務に関わる感情は、全て殺しておくべきだ。
不意に、朱鷺田隊長が顔を上げた。私が朱鷺田隊長の視線の先を辿ると、木の影に人間と思しき影が消えた。

「先頭車両、そっちで何か感知していないか」

朱鷺田隊長が無線に声を張ると、すぐにすばる隊員からの応答があった。

『あっ、ありましたぁ! 通信電波と見られる電波が、隊長はんのいる場所から送信されとります!』

「どこにだ」

『そこから南に八百五十メートルの地点、土手沿いの駐車場です!』

「自動車爆弾か、或いは援軍だな。二機ともそっちに回せ、至急だ」

『アイサー!』

すばる隊員の声が止むと、朱鷺田隊長は私に向いた。顎をしゃくり、土手の方を指す。

「行くぞ」

「あ、でも」

私は、倒れたままの李太陽を見下ろした。朱鷺田隊長は、悔しげにする。

「このままお前をここに残しておいたら、略取されるだけだ。神田が来るのが早いか、敵が李太陽の回収に来るのが早いかのどちらかだ。まぁ、後者だとは思うがな」

朱鷺田隊長はもう一度、行くぞ、と声を上げて駆け出した。その際に、浴衣の裾を戻すことは忘れなかった。
私は浴衣の裾を乱さないように、下駄を引っ掛けて転ばないように気を付けながら、朱鷺田隊長に続いた。
森を抜けて雑踏の中を通り抜けながら、李太陽のことは気になっていたが、一度も振り返りはしなかった。
いや。振り返りたくは、なかった。




時折無線で連絡を取りながら、朱鷺田隊長と私は特殊機動部隊の元に戻った。
案の定、それは高宮重工の系列会社のトレーラーを装っていて、その手前には神田隊員が待っていた。
神田隊員は私服姿で、夜に馴染む黒のジープラングラーに寄り掛かっていた。その手には、ガバメントがある。
ヘッドライトは切られていて、ハザードランプが点滅している。その度に、神田隊員の影が出たり消えたりした。
ほとんど息を切らさずに走ってきた朱鷺田隊長は、ジープラングラーの傍で止まると、神田隊員に声を上げた。

「確保したか!」

「すいません、一歩遅かったです。オレが現場に着いた頃には、血痕だけで姿はありませんでした」

申し訳ありません、と神田隊員は悔しげにする。朱鷺田隊長はジープラングラーに手を付き、深く息を吐いた。

「逃走車は」

「それも見掛けませんでした。というより、この状況では…。地元警察に要請して、非常線でも張りますか」

神田隊員が言うと、朱鷺田隊長は首を横に振った。

「するだけ無駄だ。警察なんざ、当てにはならん。だが逃がしたとなると、こりゃ面倒なことになるな…」

朱鷺田隊長から少し遅れて、私はようやくトレーラーの元にやってきた。体を折り曲げて、荒い息を繰り返す。
殴り付けられた下腹部がずきずき痛むし、浴衣と下駄で走りにくいしで、あまりスピードが出せなかった。
なんとか呼吸を落ち着けてから、私は神田隊員と朱鷺田隊長の元に近付き、力が入らない手で敬礼をした。

「すいません、遅れました」

「それで、そっちはどうだった」

朱鷺田隊長はトレーラーに近付いてタラップを登り、後部のドアを片方だけ開けた。すばる隊員が、顔を出す。

「あ、お帰りなさい。どうもこうも、ごっつい状況でしたよ」

朱鷺田隊長がトレーラーの中に入ったので、私もそれに続いた。ドアの隙間に滑り込むと、がしゃっと閉める。
トレーラーの中は、様々なコンピューターがずらりと並んでいて、冷房は入っているのだけど暑かった。
その中のモニターの前には、すばる隊員がいた。そして、多少汚れた戦闘服姿の北斗と南斗も立っていた。
すばる隊員は朱鷺田隊長に向き直ると、ふにゃりと表情を崩した。余程、こっちも大変だったらしかった。

「隊長はんの近くから発信された通信電波を受信したんは、ここらにおった別の工作員やったんです。その工作員は、花火大会のために造られた特設駐車場に止めた車におったってことまでは解ったんで、北斗と南斗を乗っけたトレーラーをそっちに向かわせたんです。そしたら、工作員はおらんようになってて、あったんは時限爆弾積んだ車だけやったんです。もう、そいつの解除できりきり舞いでしたわ」

「トランクと車体下部の二カ所に積んでありやがって、しかも、車体下部の方が制限時間が短かったんすよ」

南斗は、さも嫌そうに肩を竦めた。北斗は顔の下半分を覆っていた覆面を下げ、泥の付いたゴーグルを拭う。

「礼子君の略取と無差別殺戮のどちらが目的であったのかは、判断を付けかねるのであります」

「合同特殊演習といい、今回といい、うちの隊は失態続きだな。いい加減に活躍しないと、放逐されちまうぞ」

ちぃ、と朱鷺田隊長は小さく舌打ちした。私は何も言えず、朱鷺田隊長の隣で肩を縮めているしかなかった。
私は役に立っていないどころか、呆気なくやられてしまった。殺されなかっただけ、まだいいと思うべきか。

「敵の目的が読めん。鈴木の持つメモリー・デルタのコピーを得るだけだったら、こんな面倒はしないはずだ」

朱鷺田隊長はタバコを出そうとしたが、トレーラーの中は禁煙だと言うことを思い出したのか、手を止めた。

「わざわざ自動車爆弾まで仕掛けるってことは、多少なりとも大衆を巻き込む気でいるんだな。となれば、俺達だけでどうにか出来る範疇ではなくなってきている、シュヴァルツが本腰を上げた、ということか。だが、李太陽を連れて帰ったところを見ると、まだ何かを仕掛けてくるつもりだな。当分、鈴木の学校を張っておいた方が良さそうだな」

「隊長、なんで、李太陽にトドメ刺さなかったんすか? 腹でも撃ち抜けば良かったんじゃないんすかね?」

南斗が不思議そうにすると、朱鷺田隊長はセブンスターのケースを懐に戻した。

「俺もそう思うよ。ここが日本でなきゃ、間違いなく撃っていたんだろうがな」

「それでなくても、日本という国は被疑者を生かしておきたがる国家であります。それでは、撃つに撃てません」

北斗も朱鷺田隊長に同調し、頷いている。朱鷺田隊長は、うんざりしたように首を横に振った。

「犯罪者なんか生かしておいて、何がどうなるってんだ。いつまでもそんなんだから、色んな国に付け込まれるんだ」

すると、ざっ、と無線に雑音が入った。すばる隊員は素早くオペレーター席に着くと、インカムを押さえる。

「はい、こちら先頭車両。どないしましたー?」

私の耳に入っているイヤホンから、別働隊の自衛隊員の声が聞こえた。どうやら、敵の足取りを掴んだようだ。
はい、はい、と手際良く情報を整理したすばる隊員は朱鷺田隊長に振り返り、レーダーのモニターを指した。

「国道沿いを這っとった第十八小隊が、不審車両を発見したそうです。既に、追跡開始しとるそうです」

「神田。追うぞ、車を出せ。南斗、出られるか」

朱鷺田隊長が南斗を見やると、南斗は狭いトレーラーの中を器用に通り抜けて、後部ドアに向かった。

「故障箇所はないっす。バッテリーの電圧も充分すから、行けます。オレもカンダタのラングラーに乗るんすか?」

「いや、別のトレーラーを出せ。お前みたいな鉄塊がラングラーに乗ったんじゃ、速度が出ない」

行くぞ、と朱鷺田隊長はさっさとトレーラーを出ていった。南斗もそれに続いたが、ひらひらと手を振った。

「んじゃなー礼ちゃん、もうちょい仕事してくるぜ。あー、そうそう。浴衣、マジ可愛いぜ?」

南斗は朱鷺田隊長に急かされ、足早に出ていった。外側から後部ドアが閉められ、がしゃん、と車体が揺れた。
私の背後で北斗が、あっ、と変に上擦った声を上げた。何事かと思っていると、北斗は本気で悔しがった。

「おのれ南斗め、自分よりも先に言いおって!」

何も、そんなことで悔しがらなくても。というか、先に言っても後に言っても、別にどうでもいいと思うのだが。
まだ悔しがっている北斗を横目に見つつ、手近にあった椅子に腰を下ろした。下駄を脱いで、指の間に触れた。
両足の親指と人差し指の間は、皮が剥けて痛くなっていた。下駄なんか履いて、走ったりするものではない。
北斗は、私の恰好をまじまじと眺めてきた。多少乱れたり汚れたりしているので、あまり見ないでほしかった。

「美しいぞ、礼子君!」

満面の笑みで褒めてきた北斗に、私はやりづらくなって顔を逸らした。

「私は、そうは思わないけど」

不意に、先程の出来事が蘇り、押し寄せてきた。沢口君が敵であったことに、困惑していないわけがない。
昨日見せられた身辺調査書に書かれていた彼の経歴は、私の知っている、沢口陽介からは懸け離れていた。
李太陽。中国生まれの十五歳で、幼少期に日本に密入国している。沢口陽介という名前も、でっちあげだ。
戸籍も造られたもので、彼の過去は何もかもが偽物だった。私の知る沢口君は、どこにもいなかった。
だが、身辺調査書に貼り付けられていた写真は間違いなく沢口君で、クラスメイトと一緒になって笑っていた。
彼が私を狙っていた、もしくは見張っていたのだとしたら、私と仲良くしてくれたことも偽物だったのだろう。
図書室で隣の席に座って、今までに読んだ本のタイトルと内容を言い合って、次に何を読むべきか話し合う。
途中までだけど、一緒に帰ったことだってあった。遊びに行ったことだってあった。本の貸し借りもした。
沢口君。沢口陽介。三年A組の出席番号二十二番で、私の一つ前で、席もそんなに遠くない場所に座っていた。
笑った顔が優しくて、声変わりしても少年っぽい声が綺麗で、運動神経も良くて背が高いからなんでも出来た。
中国人だなんて、考えるはずもない。私にとって、沢口君は沢口君であって、李太陽なんかじゃないからだ。
だけど、李太陽は敵だ、戦う相手だ。中国系武装組織の背後にいる、シュヴァルツ工業が差し向けてきたのだ。
沢口君が沢口君であることは、忘れてしまうべきだ。これからは李太陽として、考えてしまうべきなのだ。
さっきはそれが出来ていたのに、切り替えることが出来ていたのに、考え始めると出来なくなってしまった。
私はそれがどうしようもなく悔しくなって、奥歯を噛み締め、俯いた。私は、なんて弱い人間なのだろう。
そうしていると、肩に大きくて冷たい手が置かれた。見上げると、すぐ前にいる北斗が私を見下ろしていた。

「礼子君」

「ごめん」

私は、様々な感情が胸の内に渦巻いて、どうにもならなくなって、目の前にある北斗の胸に頭を預けた。

「ちょっと、胸貸して」

沢口陽介。李太陽。その二つが、どうしても結び付かない。沢口君が敵だなんて、簡単には思えなかった。
北斗は私の肩を引き寄せるでもなく、壊れ物でも触るかのような手付きで触れたまま、穏やかな声を出した。

「あの工作員は、礼子君の級友であったと聞く。とすれば、礼子君の友人でもあったのだろう」

「うん。一応ね」

「礼子君は、李太陽を撃ったのか?」

「ううん。隊長が、全部やった。私は、何も出来なかった。ていうか、したくなかったかも」

私はが力なく呟くと、北斗の手に力が込められ、戦闘服を着た胸に押さえ込まれた。

「自分は、礼子君の感じている感情を理解出来ているとは思えない。礼子君が李太陽に対して、どのような感情を抱いて、どのような状態でいるのかも、完全に把握出来ん。それ故、具体的な対処法が検索出来ない。だが、礼子君がそうしていたいのであれば、それが一番なのだろう。現在の自分の任務は、トレーラー隊の援護と後方支援員の安全確保、そして、礼子君の支えとなることだ。礼子君が自分達を立ち直らせてくれたのだから、自分にも礼子君を支える義務があるのだ」

私は、北斗の戦闘服を握り締めた。自動車爆弾を解体する際に付いたらしい砂と泥が、私の手にも付いた。
こういう時だけちゃんとしているなんて、ちょっと卑怯だ。いつもの馬鹿さ加減は、どこに行ったのだろう。
こんなに優しくされると、困ってしまう。好きだ好きだと喚かれるのには慣れているけど、これは初めてだった。
だから、私は沢口君と李太陽に対する複雑な感情を持て余している傍ら、北斗の手の大きさに戸惑ってもいた。
戦闘服越しに感じられる厚い胸と装甲の硬さ、ヒートアップしたエンジンの熱、土と機械油の混ざった匂い。
奈々にメールしておかなきゃ、家にも電話しなきゃ、浴衣が汚れちゃったな、などと頭の片隅では考えていた。
でも、すぐには体を動かせなかった。北斗の厚い胸に縋って目を閉じていると、不思議と心地良くなっていた。
だけど、苦しくもなっていた。心臓の辺りがぎゅっと締め付けられるような、息が詰まりそうな感覚があった。
けれど。悪い気は、しなかった。




結局、李太陽は確保出来なかった。
その後の足取りも不明で、自衛隊が目を付けていた不審車両は乗り捨てられ、搭乗者は全て消え失せていた。
車内のシートには、李太陽のものと思われる血液が大量に付着していたが、致死量ではないとのことだった。
その後、私には情報が与えられた。李太陽の所属する組織名は王龍だとか、その辺りのことだけだけど。
メモリー・デルタの正体だけはさすがに教えられなかったけど、いつか必ず、知る日が来るような気がしている。
そして。現実に打ちのめされそうだった私は、北斗に頼ることでなんとかなったけど、その後が問題だった。
私が離れた後、北斗は私のことを意識してしまったのか、妙に言動がぎくしゃくしていておかしかった。
私も私で、北斗に縋って甘えてしまったことが無性に恥ずかしくなってしまって、逃げ出したい気分だった。

私は、一体、何をやっているんだ。





 


06 7/18