非武装田園地帯




サイボーグ同窓会



 変わるもの、変わらないもの。


 七年振りに目にした景色は、昔となんら変わっていなかった。
 家屋や店舗の増減、道路の拡幅や整備といった些細な部分は変わっていたが、全体的な印象は同じだった。
正弘が鮎野駅まで乗ってきた電車も車両が旧式のままで、未だに線路に車輪を接触させて移動させている。
リニア式になっているのは、最早新幹線だけではない。首都圏を駆け巡る私鉄も、その大多数がリニア式だ。
中には文化的価値を重んじて線路式のままにしている私鉄もあるが、ここの場合はそういったものではない。
単純に、リニア式にするほどの利点も資金もないのだろう。だが、逆にそれが貴重に思えるのが不思議だった。
あまり便利になり過ぎたから、一昔前の不便さが面白いのかもしれない。そう思いながら、ホームを下りた。
ホームの舗装は新しくなっており、狭く急だった階段も造り直され、大柄なフルサイボーグにはありがたかった。
 改札を出ると、左側にある待合室に見覚えのある人影がいた。正弘が振り向くと、彼女もすぐに顔を上げた。
液晶モニター式のデジタルブックを閉じてから立ち上がった彼女は、嬉しそうに顔を綻ばせて頭を下げてきた。
正弘は待合室の扉を開け、中に入った。体表面温度が急激に下がったことで、冷房が効いているのだと知った。
見ると、彼女は紺色のカーディガンを着込み、膝には薄い膝掛けを掛けていた。正弘は荷物を置き、挨拶する。

「久し振りだな、透」

「こちらこそ、お久し振りです。ムラマサ先輩」

 透は柔らかな笑みを浮かべ、正弘を見上げた。学生時代はショートカットにしていた髪を、少し伸ばしていた。
肩に掛かる程度までの柔らかな髪には、かなり緩いがパーマが掛けられていて、派手さのない化粧に合っていた。
元々白い肌に映える薄い口紅を付けた唇が、年相応の表情を作っていた。彼女も、今年で二十四歳になるのだ。
爽やかなブルーの半袖ブラウスの襟元には細い金のチェーンのネックレスを下げ、ロングスカートを履いている。
カーディガンの左袖から出ている義腕は生身の右手と全く同じで、どこからどう見ても生身の腕にしか見えない。
高校を卒業してからも多少身長が伸びたのか、正弘の記憶している透よりも、少しばかり背が高くなっていた。
その際に、腕の長さを合わせるために換装したはずだ。正弘は透の頭上に手を差し出し、己の身長と比較した。

「百七十とちょい、ぐらいか?」

「丁度、百七十、です。もうちょっと、低くても、良かったんですけど」

 透は気恥ずかしげに頬を染め、目線を逸らす。野暮ったく大きかったメガネも、楕円形のものに変えていた。
意外だったのは、ピアス穴を空けていることだった。透の両耳からは、金色の小さなチャームが下がっていた。
チェーンの長いネックレスと揃いのアクセサリーで、どちらのチャームも丸みを帯びた可愛らしい十字架だった。
それを注視しすぎたらしく、透は正弘を見上げてきた。長めの髪を掻き上げて耳に掛け、耳たぶを露わにする。

「そんなに、意外でしたか?」

「ああ、まぁ」

 正弘が素直に答えると、透は髪を戻して左手でメガネを直した。

「そんなに、驚くほどのことじゃ、ないと思いますけど」

「すまん。ついな」

 正弘は、透の隣の椅子に腰掛けた。体重を掛けると、強化プラスチック製の背もたれが鈍く軋んだ。

「また、武装を増強、したんですか?」

 正弘の体を見回した透が尋ねると、正弘は口元のマスクを小突いた。

「重要機密だから、いつもと同じで口外厳禁だ。全く、戦闘部隊ってのは楽じゃない」

「体重、どのくらい、増やされましたか?」

「それも言えないのがまた歯痒い。総重量と基本重量を差し引きすれば、どんな武装なのかが割り出せるからな」

「面倒ですね」

「面倒だが、仕事だからな」

 正弘は体を起こすと背を丸め、頬杖を付いた。その動作をしただけでも、十年前より重たいモーター音がした。
装甲の全重量が上がっているので、当然ながら全身のモーターも増強され、腕と足の中の武装も増えつつある。
体の中に次々に武器が仕込まれていくのは、サイボーグ部隊の自衛官と言えど決して気分のいい話ではない。
そのどれもが機密扱いだが、使用権限は個人に委ねられている部分もあり、非常時の発砲許可が下りている。
なので、今も左腕には弾丸の入ったマガジンが詰め込まれており、両足にはミリタリーナイフを仕込んでいる。
正直、邪魔である。どれもこれも旧知の友人に会う時にはいらないと思うのだが、部隊の規定で外せなかった。
サイボーグ部隊は本当の意味での即戦力であり、場合によっては地元警察よりも遙かに早い行動が可能だった。
そのためにも最低限の武装を外すことは出来ず、うんざりする。だが、この現状は自分自身が決めたことなのだ。

「この間の、スペースシップ襲撃未遂事件、って、出撃、したんですか?」

 透は正弘を見やり、少し首をかしげた。正弘は、あしらうように軽く手を振る。

「あれはオレ達じゃない、SATの仕事だよ。犯人も少数だったし、背後関係も見えなかったし、SATだけでなんとかなるレベルだったからな。だが、あの襲撃で、東京宇宙港の警備の穴もシステムの穴も丸解りになっちまったから、これからが本番だよ。この休暇が終わったら、また訓練漬けだな」

「本当に、ご苦労様です」

「ありがとう、透。そう言われるだけで、大分報われた気がするよ」

 正弘は内心で目を細めていたが、顔を上げた。透も立ち上がり、待合室の窓から駅前に伸びる道路を見た。
車の行き交う国道から細い道に入った一台の車が、駅に向かってくる。それは、黒いワンボックスカーだった。
駅前に横付けしたワンボックスカーの助手席が先に開き、その次に運転席が開き、二人が下りてやってきた。
先に待合室に入ってきたのは、繋ぎの作業着を着込んで長い髪をポニーテールにしている女性、百合子だった。

「やっはー! お久し振りっすー、ムラマサ先輩、透君!」

 百合子は満面の笑みを浮かべ、声を上げた。農作業の途中だったのか、作業着の上半身を腰で結んでいる。
その背後に立っている鋼太郎も、似たような格好をしていた。ベルトに軍手を挟み、装甲も少々汚れている。
鋼太郎の外見は、十年前と変わっていない。自衛隊から払い下げたサイボーグボディを使い続けているのだ。
百合子は身長と顔付きこそ二十代前半に変わっていたものの、雰囲気は一切変わらず、表情も相変わらずだ。
こちらは精神年齢と外見年齢を相応にするために、十代後半のボディから二十代前半のボディに換装したのだ。

「すんません、なんか小汚くて。草刈りしなきゃならなかったんすよ」

 鋼太郎が苦笑すると、正弘は立ち上がり、首を横に振る。

「気にするほどのことじゃないさ、鋼。それぐらいなら、汚れのうちに入らないからな」

「そうですよ。それに、そういうのって、素敵ですから」

 透が微笑むと、百合子はにんまりした。

「さすが透君、解ってるう」

「じゃ、車出しますから」

 鋼太郎はワンボックスカーを指し、示した。百合子は透と正弘の荷物を手早く取ると、担いでしまった。

「とりあえず、うちに来て下さいな。まずはそれからっすよ」

「別に、ゆっこに持ってもらわなくてもいいんだがなぁ」

 正弘が笑うと、百合子は二人分の荷物を担いだままくるりと回った。

「いいっすよいいっすよ、ムラマサ先輩と透君が来てくれたのが嬉しいんですから!」

「昨日からはしゃぎっぱなしなんすよ、ゆっこは。小学生かっつーんだよ」

 鋼太郎はぼやきながら駅から出ると、運転席に乗り込んだ。百合子は二人の荷物を後部に入れ、ドアを閉める。

「鋼ちゃんもあんなに嬉しがってたじゃんよー、人のこと言えないでしょうが」

「まだ実家暮らしなのか?」

 後部座席に乗り込んだ正弘が運転席の鋼太郎に問うと、鋼太郎は肩を竦めた。

「いくら兼業ったって、実際の手取りは少ないっすからね。オレの医療費も馬鹿にならないんで、なかなか」

「独立するにしても、問題山積っすよ」

 助手席に乗り込んだ百合子は、シートベルトを締めた。

「別の土地で今みたいな農業を始めるにしても、土地を買うところから始めなきゃならないんで、そういうことを考えちゃうと今一つ決心が付かなくて。うちの親も鋼ちゃんの親御さんもいい歳だから放っておくわけにもいかない、ってのもあるし。色々と難しいっすよ、本当に」

「生々しい、話題ですね」

 正弘の隣に座ってシートベルトを締めた透が、呟いた。百合子は振り返り、苦笑いする。

「何かやるんだったら二十代のうちにするべきだってのは解っているんだけど、現実ってのは世知辛いよお」

「透はどうだ、最近」

 エンジンを掛けながら鋼太郎が尋ねると、透は返した。

「あ、はい。なんとか、やっています」

「透君もムラマサ先輩も、詳しい話はうちに着いてからじっくり聞かせてね」

 百合子は笑んでから、前に向いた。正弘は後部座席のシートに身を預け、頷いた。

「話せる範囲で話させてもらうよ」

 鋼太郎がハンドルを回すと四人の乗ったワンボックスカーはゆっくりと動き出し、道路に入り、慎重に加速した。
フルサイボーグが三人もいるせいで加速は鈍く、動きも少々遅かったが、一度スピードを出してしまえば平気だ。
市街地の細い道を通り抜けて国道に出てしばらく進み、古びた歩道橋の下を通り抜けてから右折し、橋を渡った。
橋を渡っていると、その左手には校舎が見えてきた。といっても、それは中学校ではなく、小学校の校舎だった。
中学校の校舎は少々奥まった場所にあるので、橋からは見えない。鋼太郎はバックミラー越しに、二人に尋ねた。

「なんだったら、鮎中まで回ります?」

「だったら、メーターは倒しとけよ」

 正弘の軽口に、鋼太郎は笑った。

「天下の特殊国家公務員を相手に、そんなせこい真似はしないっすよ」

 鋼太郎は橋の出口にある交差点で速度を緩めるとハンドルを切り、左折し、小学校に続く道へと入っていった。
傾斜の少しきつい坂を下りると、その先は直線になっている。夏休みの最中なので、小学校は静まり返っていた。
日差しも強いので子供の姿もなく、擦れ違うのは農作業用の軽トラックかトラクター、或いはダンプカーぐらいだ。
小学校を過ぎてしばらく進むと、四人の母校である鮎野中学校が現れた。校舎の姿は、十年前と変わっていない。
 鋼太郎は校門の傍で、車を止めた。駐輪場には生徒のものと思しき自転車が並び、グラウンドは騒がしかった。
どうやら、どこかの運動部が練習をしているらしい。四人は車から出ると、開け放たれている校門の中に入った。
そもそも、この学校の校門には柵が付いていない。校門と言っても門柱が立っているだけで、塀も何もないのだ。
どんな時代になろうとも、不用心さは変わらない。そのことに正弘は戸惑いつつも、安堵している部分もあった。
少し離れた位置から、四人はグラウンドを見下ろした。練習に励む生徒達が着るジャージも、昔のままだった。

「変わらないよねー、なあんにも」

 百合子は振り返り、校舎を見上げた。

「この辺だけ時空がずれてるって感じがするなぁ」

「言えてるな」

 正弘が返すと、透は地面から照り返す鋭い日差しに目を細めた。

「ここで、皆さんと出会ったのが、十年も前のことだなんて、なんだか、信じられません」

「あの頃のことは忘れられないよ、本当に」

 百合子は三人の前に出ると、くるりと身を翻して向き直った。

「ね、校舎裏、行ってみようか!」

「どうせタバコの吸い殻だらけだろ。行ったところで、別に面白くもなんともないと思うぜ?」

 鋼太郎の呟きに、百合子はむくれた。

「そういう夢のないこと言わないでよお、鋼ちゃん。そりゃ、溜まり場になってそうだけどさぁ」

「なんだ、最近はそんなに治安が悪いのか?」

 正弘に訊かれ、鋼太郎は首を竦めた。

「去年の夏だったかに、男子連中が色々やらかして補導されたんすよ。最近のガキってのは、どうも即物的で」

「いくら政府が規制しても、手に入るものは、入りますからね。タバコとか、お酒とか、クスリとか」

「ああやだやだ。せっかくの生身の体を痛め付けて、何が楽しいんだか」

 とにかく行こう、と百合子は鋼太郎の手を引っ張って歩き出した。鋼太郎は、つんのめってしまう。

「結局行くのかよ!」

「校舎裏に行かなきゃ来た意味がないじゃんよ」

 百合子は鋼太郎を引きずりながら、校舎裏に向かった。正弘と透は顔を見合わせたが、二人の後に続いた。
校舎裏は、相変わらず薄暗かった。北側なので真っ昼間でもあまり日が当たらず、夏なのに空気が重たかった。
鋼太郎の言っていた通り、青々と生い茂った雑草の間には、ふやけたタバコの吸い殻がいくつか落ちていた。
正弘は妙に情けなくなって、変な声を漏らした。透も似たような心境なのか、かなり不快げに唇を曲げている。

「ほら、言った通りじゃねぇか」

 あーあ、とぼやきながら鋼太郎は吸い殻を見下ろした。 

「思い出ってのは蹂躙されるねぇ」

 百合子は相当落胆したのか、大きくため息を吐いた。透は、グラウンドの方を見やる。

「だったら、後で、職員室にでも行って、報告しましょうか」

「それがいいな。何も言わないよりはマシだ」

 正弘は、やれやれ、と零しながら、ひんやりしたコンクリートの壁に背を預けてポケットに両手を突っ込んだ。

「ちょっと、寂しいですね」

 透はグラウンド側に立ち、両手を体の前で組んだ。鋼太郎は正弘の近くで、壁に寄り掛かって足を組んだ。

「ま、こればっかりはな」

「だよねぇ」

 百合子は鋼太郎の前に立ち、腕を組む。

「この場所にとっては、オレ達はもう過去の存在なんだな」

 正弘は肩の力を抜き、呟いた。それを最後に他の三人も黙ったので、グラウンドの声しか聞こえてこなかった。
生徒達の掛け声と教師の声、グラウンドを駆ける足音、たまに通り過ぎる車の走行音、遠くを飛ぶ飛行機の音。
薄暗い校舎裏から見ると、何もかもが眩しい。鮮やかな夏の日差しに焼かれたアスファルトには、陽炎が浮かぶ。
青々とした山脈や、絶え間ないアブラゼミの鳴き声、太陽の熱と地面の熱を含んだ重たい風、青い空、白い雲。
 その空の遙か先には、天へと繋がる糸が伸びていた。それは、何百キロも先にある軌道エレベーターだった。
本州の太平洋側に建設されている軌道エレベーターは、宇宙空間へ向けて、その身を着々と伸ばしつつあった。
建設が始まったのは七年前だが、未だに完成していない。だが、軌道エレベーターとしての機能は充分だった。
今はまだ国際宇宙連盟や関係者しか使用することは出来ないが、完成すれば、民間人も使用出来るようになる。

「蜘蛛の糸」

 不意に、透が口を開いた。

「軌道エレベーターって、なんだか、蜘蛛の糸、みたいですね。遠くから見ると、とても細くて、簡単に千切れてしまいそうです。でも、だとしたら、人類は、何に、釣り上げられて、いるのでしょうね。どこかの誰かが、宇宙進出を餌にして、人類で遊んでいるか、試しているか…。どちらにせよ、人類の、転換期、ではありますよね」

「最近じゃ、渡航してくる異星体も増えたしな。地球に興味を持つのは、ペレネシリーズだけだと思っていたんだが」

 正弘は、宇宙と地球を繋げている細い糸、軌道エレベーターを見上げた。

「これから、ますます忙しくなりそうだ」

「月面基地とか火星植民地とかコロニー衛星とか、ちょっとの間に凄いことになってきちゃったよねぇ」

 百合子は身を傾げ、鋼太郎の太い腕に寄り掛かった。

「ああ、全くだ」

 鋼太郎は百合子の頭を押さえ、ぽんぽんと軽く叩いた。

「そのうち、追い付けなくなっちまいそうだよ」

「十年ってのは、意外にでかいよ」

 正弘は軌道エレベーターを見つめながら、内心で目を細めた。

「昔は、軌道エレベーターなんて、見えなかったのに。そう思うと、なんだか、変な感じがします」

 透はヒールのないベタ底の靴のかかとを上げ、軌道エレベーターを見上げた。

「そろそろ行こうか。スイカが冷えた頃だと思うから」

 百合子は鋼太郎から離れ、歩き出した。鋼太郎はその後に続き、正弘と透も百合子の後を追って歩き出した。
ポニーテールを揺らして駆ける百合子の後ろ姿を眺めていたが、鋼太郎はなんとなく正弘と顔を見合わせた。
お互いにマスクフェイスなので、表情も解らなければ感情も掴めないはずなのだが、感じ取れるものはあった。
鋼太郎のブルーのゴーグルに映る正弘のマスクフェイスからは、かすかな寂しさのようなものが読み取れた。
時間が過ぎるのは、誰にとっても寂しいことだ。輝いていた時間が、過去になったことを知らしめられるのだから。
それは、鋼太郎にとっても正弘にとっても百合子にとっても透にとっても例外ではなく、皆、口数は減っていた。
 アブラゼミの声が、四人の静寂を掻き乱していた。







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