翌朝。四人は、一ヶ谷駅前で待ち合わせた。 正弘と透のホテルが違っていたこともあり、鋼太郎と百合子がワンボックスカーで駅前まで迎えに来たのだ。 一番先に待っていたのは、案の定透だった。約束の時間よりも十五分以上早くやってきており、本を読んでいた。 次に待ち合わせ場所に来たのは正弘で、最後に来たのは鮎野町から車を回してきた鋼太郎と百合子だった。 鋼太郎の運転するワンボックスカーは、一ヶ谷市内を横断するような形で日本海側に向かって走っていった。 夏場と言うこともあり、同じ方面に向かう車は多かった。海水浴が目当てらしく、皆、様々な道具を積んでいた。 こちらの方が近いし国道よりも混まない、ということで、鋼太郎の車は曲がりくねった山中の県道を通っていた。 車酔いがひどい透を助手席に乗せたため、百合子は後部座席に座っていた。その隣は、当然ながら正弘だった。 百合子は話題が尽きないのか、途切れることなく話していた。正弘はそれに合わせ、時には声を上げて笑った。 透は酔い止めを飲んでいても辛いのか、黙っていた。鋼太郎は運転に集中しながらも、会話には加わっていた。 そして、一時間程度で日本海に到着した。海水浴客の溢れる砂浜から離れた場所まで、車を進めていった。 休憩を取るために海岸沿いの道の駅に駐車し、四人は車を降りた。真っ先に車を降りたのは、無論、透だった。 血の気の引いた顔をした透は、乗り物酔いで痛む頭と胃を気にしながら、潮風の吹き付ける展望台に向かった。 ベンチに腰を下ろして、透は深呼吸する。透の隣に腰掛けた百合子は、彼女の丸まった背をさすってやった。 「鋼ちゃんの運転、下手だもんねぇ。仕方ないよ、透君」 「あんなに強くブレーキもアクセルも踏み込んじまうんじゃ、せっかくの慣性制御機能も台無しだな」 やれやれ、と呆れ混じりの正弘に、鋼太郎は少しむっとした。 「だったら、一度、ゆっこの運転する車に乗ってみて下さいよ。オレの運転なんてまだマシなんすからね」 「そんなにひどいのか、ゆっこの運転は?」 「ひどいも何も、車ってもんをよく解ってないんすよ。よくもまぁ免許が取れたもんだぜ」 肩を竦める鋼太郎に、百合子は言い返す。 「鋼ちゃんは筆記試験を五回も落ちたくせに!」 「ありゃあ高校の卒業試験も被ってたからだっつってんだろうが! ゆっこなんて実技で十回も落ちたくせしてよ!」 人のことを言えるか、と声を上げている鋼太郎と言い合う百合子を見、青ざめた透は呟いた。 「五十歩百歩、ですね」 「相変わらず仲が良いな、お前らは」 正弘は呆れと感心を混ぜ、呟いた。言い合う二人を押しやってから、透の傍に立った。 「そういう透はどうなんだ?」 「私は、どっちも、一回で受かりましたけど」 「オレもそうだ。大して難しい試験じゃないのになぁ」 正弘は笑いながら、ベンチの前にある防護策に背を預けて腕を組んだ。 「そういえば、昨日聞きそびれたが、透の仕事の方はどうなんだ?」 「ああ、そうそう! 結局、昨日は私と鋼ちゃんの結婚式の話だけで終わっちゃったんだよね」 百合子は興味津々で、透へと詰め寄った。 「ね、どうなの? 絵本作家ってどういう仕事なの?」 「作家、って言っても、まだ、一冊しか、出てませんから」 透は多少落ち着いてきたのか、弱々しいながらも笑顔を浮かべた。 「それに、まだ、それだけで、食べていけるほどじゃないんです。当分の間は、会社員との、兼業、ですから」 「でも、あの本、透らしくて良かったぜ。絵も綺麗だしよ」 鋼太郎が言うと、透は途端に頬を染めてしまった。 「えっと、でも、後から、考えたら、修正したい箇所が、いくらでも、出てきちゃって、その…」 「だったら、それを次に生かせばいいだけだ」 正弘の言葉に、透はおずおずと目を上げた。 「次の本の、打ち合わせも、始まった、ばかりですけど、今度も、そんなに、自信はないんです…」 透の眼差しは不安と照れで揺れ、かすかに潤んでいた。透が絵本作家を目指したのは、高校時代からだった。 高校卒業後は都内の美術大学に進学し、絵画の技術や知識を学び、得意な水彩画を一層磨き上げていった。 そして、大学在学中にいくつもの出版社に持ち込んだ。父親は写真家だが、その繋がりを使うことはなかった。 それでは何か公平ではないし、父親には負担を掛けてきたのだから、夢の実現ぐらいは自力で果たしたかった。 いくつもの出版社に断られたが、透は諦めなかった。絵画の技術だけでなく、文章や構成の表現も高めていった。 そして、大学の卒業を控えた頃、過去に断られた出版社から連絡が来て、透の絵本は出版されることになった。 その出版社から出版したのは大学時代に持ち込んだ荒削りの作品ではなく、一から新しく描き上げた作品だった。 柔らかな色合いと優しい語り口の絵本は、透がセミサイボーグと化した経験を元にして描いたストーリーだ。 腕の千切れたクマのぬいぐるみは、新しく縫い直された腕が気に入らず、友人のおもちゃ達に様々な文句を言う。 この布の色は嫌いだ、綿が変、大きさが違う、こんなものは付けてくれない方が良かった、と子供の言葉で語る。 だが、最後には持ち主の女の子に気に入られて褒められたことで、クマのぬいぐるみは新しい腕を気に入るのだ。 生身の体と機械の体の間に違和感や恐怖を感じているサイボーグの心境を、痛々しいほど生々しく描いている。 透はペンネームは使わず、本名の山下透として出版しているのだが、下の名前で男だと間違われることが多い。 背も高く、顔付きも中性的な雰囲気で、体型も起伏が少なくてスレンダーなので、遠目では男に見えてしまう。 なので、これ以上男に間違われてしまわないために、出版社の人間に会う時はスカートを履くようになっていた。 だが、ミニスカートを履くことは出来ない。頑張っても、中学高校の制服のような膝丈のスカートが限界だった。 幼い頃の性的虐待の記憶は薄れてきたが、心の傷が綺麗に癒えたわけではない。けれど、随分進歩した方だ。 透の産みの母親、香苗の生存を確認するために連絡を取っているのは、山下家が雇っている弁護士だけだ。 中学校の文化祭以降はこちらからは連絡を一切取っておらず、山下家とは完全に縁が切れている状態である。 香苗の近況は弁護士から又聞きしている程度だったが、これまで散々遊び呆けたツケが回ってきているらしい。 爛れた生活を続けていたせいで体も壊し、金が切れると男も切れてしまい、孤独な日々を過ごしているそうだ。 だが、会う気はなかった。香苗は透に会おうと画策しているようだが、会ったら金をむしり取られてしまうだけだ。 もしも会う時が来るとしたら、それは香苗が死んだ時だけだ。それ以外では、顔も見たくないし見せたくもない。 死んだとしても、骨は山下家の墓には入れない。香苗の実家に送り、それから先は関与しないと決めている。 これまでの所業を悔いていたとしても、もう遅すぎる。香苗がもっと早くに謝れば、許していたかもしれないが。 母親に甘えたい気持ちは、まだ胸中に残っている。愛してもらいたい気持ちも、心のどこかに引っ掛かっている。 しかし、透はそれらを封じ込めることに決めた。香苗を僅かでも愛していたから、あんなにも苦しんでしまった。 だから、もう愛さないと決めた。そして、子供も作らないと決めた。子供を上手く愛せるとは思えないからだ。 義理の兄、亘との関係を進めない理由には、兄との子供が出来てしまうことを恐れている、ということもある。 兄と体を重ねてしまえば、いつか子供が出来る。その子供が生まれてきたら、透が虐げてしまう可能性もある。 子供は好きだし、いずれ腕に抱きたいと思う。だがそれ以上に、香苗を同じことをしてしまいそうで怖いのだ。 母親からまともに愛されたことがないから愛情表現を誤っているかもしれないし、その延長で手を挙げかねない。 「どうした、そんなに怖い顔をして」 正弘に訝られて、透は慌てて取り繕った。気付かないうちに、顔に出ていたらしい。 「いえ、別に、なんでも、ありません」 「透君、もう大丈夫?」 百合子の少しひんやりとした手が、透の額に触れた。透は驚いて固まり、ぎこちなく頷いた。 「あ、はい、なんとか」 「じゃ、その辺散歩しようか!」 百合子は透の左手を取り、立ち上がった。 「はい」 透は戸惑いながらも、百合子の明るい言葉に頬を緩めた。百合子の笑顔を見ていると、気分も良くなってくる。 様々な不安と恐怖が、少しだけ和らいだ気がした。百合子は砂の散らばる階段を下りて、砂浜に向かっていく。 元気一杯の百合子と腰が引けている透の姿を、鋼太郎は正弘と共に見下ろしていたが、二人に続いていった。 砂浜から吹き上がった砂が溜まってじゃりじゃりする階段を下りながら、鋼太郎は百合子の姿を見つめていた。 あの時、透を選ばなくて良かった。もしも、百合子ではなく透を選んでいたならば、この光景はなかっただろう。 鋼太郎への思いを胸中に押し殺したまま、病床で息を引き取っていたかもしれないと思うと、居たたまれなくなる。 今になって考えれば、百合子が最新型のサイボーグボディを入手するためには、かなりの犠牲を払ったはずだ。 百合子はサイボーグボディの被験者になったからだ、と言ったが、それだけではあれほどのものは手に入らない。 それに、百合子の骨箱がないのも気になっていた。鋼太郎は、死した生身の体を荼毘に付して家の墓に入れた。 だが、百合子はそれをしなかった。なぜ骨箱がないのか、と問い質しても、彼女は曖昧な笑顔を作るだけだった。 きっと、末期ガンに冒されていた体を実験材料としてどこかの医療機関に売り渡し、新たな体を得たのだろう。 そうでもなければ、百合子があれほど高性能なサイボーグボディを呆気なく手に入れられるとは思えないのだ。 百合子やその家族の話も、聞けば聞くほど辻褄が合わない。しかし、言及しようとすると必ずはぐらかされる。 やはり、百合子がフルサイボーグ化した経緯には何かしらの秘密がある。それも、大っぴらに出来ない類の。 大人になるに連れて、子供の頃には解らなかった、宇宙開発連盟や医療器具会社の黒い噂も解るようになった。 フルサイボーグが普及する前にフルサイボーグと化した者達は、ペレネシリーズと関わりがあるという話がある。 ペレネシリーズは、当初は地球人類にオーバーテクノロジーを授けてくれた素晴らしい宇宙人だと認識されていた。 全てのペレネが同一規格だったペレネシリーズが、何かしらの変化で自我を得た個体になると、それは変わった。 個々の思うがままに活動するようになったペレネシリーズは、人類に過干渉するようになり、態度も変わった。 それまでは人類に対して従順とも言える姿勢を取っていたが、自我を持つようになると、欲望を露わにしてきた。 過剰繁殖を防ぐためにメスで統一されていたペレネシリーズは、繁殖を望むようになり、男に手を出してきた。 そして、ペレネシリーズと地球人類の間に混血児が生まれ落ちているのだが、彼らは一年と経たずに死んでいく。 だが、その寿命はペレネシリーズが子を産み落とすに連れて徐々に伸びており、彼女達は適応し始めている。 このペースで行けば、いずれ人類はペレネシリーズに凌駕され、いずれは人類にとって変わるかもしれない。 百合子は明るく笑っているが、時折暗い顔をする。それは決まって、ペレネシリーズの話題を出した時だった。 百合子は彼女らと関係があるのかもしれないが、口を割らない。だが、話すべき時が来たら、話してくれるだろう。 鋼太郎は、その時を待つしか出来ない。フルサイボーグと化す時に百合子に何があったのか、未だに解らない。 だが、いずれ知らなければならない。砂浜で透とはしゃぐ百合子の笑顔は眩しく、鋼太郎は内心で頬を緩めた。 何があろうとも、百合子の傍にいると決めたのだから。 夕日に染まった陸橋が、広大な田んぼの上を伸びている。 今し方、陸橋の上をリニア新幹線が走り抜けた。その余波で吹き上がった風が、生温い夏の空気を掻き乱す。 正弘と透は、午後六時のリニア新幹線で東京に帰ってしまった。二人とも、また明日から仕事があるからだ。 防衛の最前線の自衛官として働く正弘も当然だが、会社員の傍ら、駆け出しの絵本作家でもある透も忙しい。 一ヶ谷駅でのホームの別れ際で、透は寂しいのか泣いていた。それに釣られて、百合子も思わず泣いていた。 次は、またいつ会えるか解らない。電話やメールで連絡を取り合っていても、やはり直接会った方が良かった。 十年前は、学校に行きさえすれば会えていた。だが、今は、皆が社会人としての生活を持ち、忙しくしている。 リニア新幹線の線路が伸びる陸橋は巨大で、威圧感さえある。その傍に伸びるのは、バイパスの道路だった。 輸送トラックや帰宅を急ぐ車が行き交い、メタノールの排気が吹き上がる。百合子は、長い髪を押さえていた。 鋼太郎のワンボックスカーは、リニア新幹線の陸橋が見渡せる場所である比較的幅が広い農道に留まっていた。 どこからか、ヒグラシの鳴き声が聞こえてくる。砂利道の農道には、トラクターのタイヤから落ちた土が続いていた。 「ゆっこ、気が済んだか?」 ボンネットに寄り掛かってぼんやりしている百合子に、その傍に寄り掛かっている鋼太郎は声を掛けた。 「まだ」 百合子は目元を拭ってから、鋼太郎を見上げた。 「変だね。皆が頑張っているのが嬉しいはずなのに、なんか、凄く寂しいんだ」 「オレもだ。ムラマサ先輩も透も、いつのまにか随分遠くに行っちまったぜ」 鋼太郎は上体を反らし、後頭部をフロントガラスにぶつけた。 「対テロ戦闘のスペシャリストに、絵本作家か。どっちも目指す方向が高すぎて、オレにはピンと来ねぇや」 「羨ましいな。ムラマサ先輩も透君も、やりたいことが見つかって」 百合子は鋼太郎の腕に縋り、肩を震わせる。 「なのに、私なんて、鋼ちゃんと一緒になれただけで満足しちゃってる。色んな人のおかげで生かされたっていうのに、何の役にも立ってない」 「泣くな、そんなことで」 鋼太郎が百合子の頭を押さえると、百合子は鋼太郎の胸元に顔を埋めた。 「だって…」 「オレだって泣きたくなる。こんなにでかい図体してんのに、出来ることと言ったら畑仕事と下手くそな野球ぐらいで、他のことはろくに出来やしねぇし。高校卒業した後も、専門学校なりなんなりに進学しておけば良かったって思うぜ。この体に慣れて生活するのに精一杯だったせいで、そこから先のことはなんにも考えてなかったからな」 「うん。私もそうだよ。鋼ちゃんと一緒にいることだけしか考えてなかったんだもん」 百合子は涙を滲ませながら、顔を上げた。 「ごめんね、鋼ちゃん」 「馬鹿」 鋼太郎は百合子の肩を抱き、銀色のマスクフェイスを寄せる。 「オレらは、生きているだけで充分なんだ。それを忘れるな」 「うん」 百合子は鋼太郎の肩に頭を預け、頷いた。 「もう一度死ぬ前に、何か出来たらいいなぁ。少しでもいいから、残せたらいいなぁ」 「それはこれから考えればいい。今のオレらには、時間だけはいくらでもあるからな」 「そうだね。まずは、稲刈りしなきゃならないもんね」 百合子は表情を戻すと、鋼太郎を見上げた。 「稲刈りが終わったら脱穀して乾燥させて出荷しなきゃならねぇし、冬になれば雪下ろしもしなきゃならねぇし、雪が解けたらまた苗床を作らなきゃならねぇし、そのためにはハウスを建てなきゃならねぇし、他にもいくらでもやることはある。まずは、それをどうにかしてから、考えることにしようや」 「うん」 百合子は鋼太郎に身を預けながら、夕暮れの空を見上げた。東の空からは、欠けた月が昇りつつあった。 「とりあえず、宇宙には行きたいかも。手始めに月に行こうよ、鋼ちゃん」 「いや、火星だろ」 「えー、月がいいー! 火星なんか行っちゃったら、地球がよく見えないじゃんよー!」 むくれる百合子に、鋼太郎は笑った。 「そいつを決めるのは、今年の稼ぎ次第だけどな」 頑張ろうぜ、との鋼太郎に、百合子は頷いた。月の方が渡航費は安いが、火星の方が宇宙旅行の気分は出る。 実のところ、百合子も火星に興味がないわけではない。だが、月面基地は百合子の父親の職場だった場所だ。 父親が見ていた景色や暮らしていた基地を、見て回りたい。けれど、どちらにも行くのは金銭的に厳しかった。 百合子はどちらがいいのか頭を悩ませながらも、鋼太郎に寄り掛かった。いつのまにか、寂しさは紛れていた。 正弘と透は、掛け替えのない友人だ。その二人が己の定めた道を進んでいくことを、妬んではいけないのだ。 それを喜ぶことこそが友人の努めなのだから、妙な感情を抱くべきではないし、下手に羨んでも何も始まらない。 十年で、色々なことが変わった。サイボーグ同好会の四人は、中学生の頃とは懸け離れた日々を過ごしている。 百合子もまた、変わってきた。鋼太郎との幸せな日々を送るために失ったもののことを、考えるようになっていた。 あの頃は、ただ生きることに夢中だった。だから、末期ガンに冒された生身の体を異星人に差し出してしまった。 百合子と契約したペレネは、百合子の体は地球人類の医学を発展させるための研究材料に使う、と言っていた。 だが、それがどこまで本当だったのかは解らない。百合子の体を得てしばらくしてから、彼女達に変化が起きた。 高校時代の友人であるペレイナに、ペレネシリーズが個々の自我を得た理由と真相を聞いてもはぐらかされた。 しかし、時系列的に考えて、百合子の肉体とペレネシリーズの変化には何かしらの関連があるとしか思えない。 けれど、百合子は一介の地球人だ。それを彼女達の変化と結び付けることは、あまりにも乱暴で突飛すぎる。 だが、一度浮かんだ考えは振り払えなかった。彼女達が人類を浸食している原因の一端かもしれない、とも。 それこそ乱暴だが、有り得ない線ではない。もしも、本当に百合子が原因だとしたら、考えるだけで恐ろしくなる。 けれど、そんなことはないだろう。大体、ただの病人だった百合子がペレネシリーズを動かせるわけがない。 鋼太郎の言うように、今、生きているだけでも素晴らしいのだ。子供を産めなくても、精一杯生きていけばいい。 自由に体を動かせて、外を出歩けて、鋼太郎と一緒に毎日仕事が出来ていることだけでも奇跡のようなものだ。 だから、思い悩むことはない。百合子はにんまりと笑って鋼太郎を引き寄せると、かかとを上げてキスをした。 なんて、幸せなんだろうか。 08 2/10 |