アステロイド家族




オーバー・ロード



 何時間寝たのか、解らないほど寝た。
 我を忘れて怒り狂ったせいなのか、ここ数日間の気疲れが一気に溢れ出したらしく、かなり深く眠ってしまった。
家の中、というか、管理室の中は気味が悪いほど静まり返っている。自分以外の誰もいないのだから、当然だ。
 マサヨシは雑然とした寝室を見渡していたが、体を起こした。寝不足の頭痛とは違った頭痛が、こめかみに走る。
怒りに任せて怒鳴り散らした通りになっているのは解ったが、熟睡出来た嬉しさよりも空虚さが込み上がってきた。
子供か、と自嘲しながら、マサヨシはベッドから降りた。ヤブキと二人で寝ると狭いが、一人で寝ると充分広かった。
寝室の奥に設置されているもう一台のベッドは、ハルとミイムが使っているので、二人の服やおもちゃがあった。
髪を整えながら寝室を出ると、喉の渇きを感じた。キッチンへ向かおうとすると、目の前にボトルが突き出された。

「なーにやってんのよ、中佐」

 女の声がしたので、マサヨシは目を上げ、ボトルを持つ手の主を視界に入れた。

「高速通信の緊急回線で呼び出されたから来てやったのに、何なのよ、その体たらくは」

 ほい、と女はマサヨシにスポーツドリンクの入ったボトルを押し付けてから、腕を組んだ。

「イグニスとサチコから大体のことは聞いたわ。あんたのそういうところ、昔からちっとも変わらないわね」

「それぐらい、言われなくても解っている」

 マサヨシは眉根を歪めながら、女を見据えた。彼女は、ボディラインが露わなパイロットスーツを着込んでいた。
その体は女性らしい丸みを帯びているが、筋肉が付いており、身長が高いので骨格も相応にしっかりしている。
長いブロンドは後頭部で結び、背中に垂らしている。肌の色は白く、吊り目がちの青い瞳は気の強さを感じさせる。
 ジェニファー・ジェファーソン。マサヨシらが傭兵稼業を始めた頃から付き合いのある、運び屋を営む女性である。
外見は二十代前半に見えるが、老化防止処理を行っているので、実年齢はマサヨシよりも一回りは年上だろう。
運び屋は堅気の運送業者とは違い、法外な運送料金を取る代わりに、どんなに怪しい積み荷でも運んでしまう。
 マサヨシが彼女と知り合ったのも仕事の最中で、マサヨシらは彼女の積み荷を奪還する仕事を請け負っていた。
その時はマサヨシらが勝利し、ジェニファーの積み荷を奪還したが、二回目に交戦した時は手酷くやり返された。
ジェニファーの操る輸送船は、輸送船と言いながらも軍の戦艦に引けを取らないほどの重武装で機動力も高い。
そして、ジェニファーの忠実な部下である自立型機動歩兵兼ナビゲートコンピューター、セバスチャンが手強い。
彼もまたジェニファーによって大幅な改造を施され、接近戦ではイグニスに引けを取らないほどの破壊力を持つ。
しかし、話してみればマサヨシもジェニファーも気が合い、どちらも仕事が絡まない時は普通に話す仲になった。
だが、近頃はミイムやヤブキの件で忙しかったので、マサヨシはジェニファーに会う機会をなかなか作れなかった。

「で、あの異星人とサイボーグは何なの?」

 狭いリビングのソファーに腰を下ろし、ジェニファーは悠然と足を組んだ。マサヨシは喉を潤してから、答える。

「俺の新しい家族だ。二人とも、イグニスに負けず劣らず問題ばかり起こすがな」

「ハルちゃんだけでも持て余してたっていうのに、なんてことしてんのよ」

 あっきれた、とジェニファーは肩を竦める。マサヨシは飲み干したボトルを下ろし、息を吐いた。

「成り行きだ」

「成り行きだけであんな変な奴らと同居するなんて、あんた、どれだけ人がいいのよ」

「だからといって、生きた人間を見捨てられるか」

「まあ、そりゃあね」

 ジェニファーは左手首に装着していた情報端末を操作し、ホログラフィーを出した。

「イグニスからのご注文通り、スペースデブリ五十トンを買い取るわ。値段はこれくらいでどう?」

「何だと?」

 思い掛けない言葉に、マサヨシは目を丸めた。ジェニファーは左手を挙げ、査定額のホログラフィーを掲げる。

「あんたの相棒の趣味ってなかなか有益ねー。一つ一つじゃ大した額にはならないけど、五十トンもあればちょっとした金額になるわよ。今、セバスチャンがスペースデブリの山を船に運び込みながら査定しているけど、レアメタルが使用された部品や装甲板も多いから、もうちょっと色を付けてやれるかもしれないわ」

「それは嘘だろう」

 マサヨシが口元を歪めると、ジェニファーは上体を反らしてマサヨシを見上げる。

「嘘だったら、私がここにいるもんですか。それに、これだけの量があれば私だって充分儲かるのよ。そうじゃなかったら、こんな辺鄙なコロニーまで船を飛ばさないわよ。相棒を信用しなさいよ」

「だが、あのイグニスだぞ?」

「それについては私も驚いているけどね。でも、売ってくれるっていうんなら買ってやるのが道理ってもんよ」

 ジェニファーはホログラフィーを消し、ソファーから立ち上がった。

「私はこれから皆のところに行くけど、あんたはその前に顔ぐらい洗いなさいよ。ひっどいから」

「まあ、そうだろうな」

 マサヨシが生返事をすると、ジェニファーはマサヨシに詰め寄ってきた。

「マサヨシ。あんたって男は真面目だけど難儀ね。自分だけの力でどうにか出来ないって解ったら、私なり何なりに相談するかしなさいよ。それとも何よ、他に友達がいないの?」

「後半は否定出来ないな」

「ま、解る気はするけどね」

 あんた暗いから、とジェニファーは付け加えると、くるりと身を翻した。

「それで、あの連中は俺に対して何か言っていたか?」

 マサヨシは、ジェニファーの背に声を掛けた。ジェニファーは振り返ることもせず、エレベーターへと向かった。

「それは自分で聞きなさいよ、パパさん」

 中で待っているわ、とジェニファーはひらひらと手を振ってから、コロニー内部に直通するエレベーターに乗った。
マサヨシはボトルの中に残っていたスポーツドリンクを全て飲み干してから、寝乱れている髪を更に掻き乱した。
ジェニファーの存在を忘れていたわけではない。だが、父親役としての意地が邪魔をして意固地になってしまった。
ミイムもヤブキも性格は強烈だが年下なのだから、と思っていた節もある。しかし、そう上手く行くものでもない。
 あちらを立てればこちらが傾き、こちらを立てればあちらが傾く。どちらに味方しても、いい結果にならないのだ。
増して、イグニスとサチコのこともある。そして、無邪気で純真だが時として厄介な我が侭お姫様、ハルがいる。
その全てを管理し、秩序をもたらすのは難しい。いっそのこと戦闘部隊なら楽か、とも思うがそれはそれで嫌だ。
父親役であるだけでも頭の痛い思いをしているのだから、こんなメンバーの戦闘部隊だったら心底うんざりする。
 家族だっただけ、まだマシだと思うべきか。マサヨシはシャワールームに向かいながら、変な笑いを浮かべた。
軍隊時代は束縛のない世界に羨望を抱き、孤独な日々では人の在る世界を求めた。だが、それが現実となると。
 騒がしすぎて、気が休まる暇もない。




 マサヨシは身支度を整えてから、コロニー内部へ降りた。
 家族全員とジェニファーは、イグニスのガレージの傍にいた。車座になって、何かを話し込んでいるようだった。
マサヨシは先程のことがあるので少々躊躇したが、今更何を、とその感情を振り払って皆の元へ近付いていった。
最初にマサヨシに気付いたのは、サチコだった。サチコは家族の輪から離れると、するりとマサヨシの元に寄った。

〈三時間二十六分五十三秒、眠っていたわ。少しは疲れが取れた?〉

「まぁな」

 マサヨシは、サチコのスパイマシンに軽く触れた。

「それで、お前達は何をしているんだ?」

「新居の相談に決まってんだろうが」

 胡座を掻いて座っていたイグニスは、顔を上げた。

「おかげで俺の愛しのキャサリンが犠牲になっちまったじゃねぇか。売るのは今回だけだからな、次はねぇぞ」

「イグ兄貴はツンデレっすねー」

 イグニスの隣に座っているヤブキは、にたにた笑いながらマサヨシに向いた。

「イグ兄貴、こんなこと言ってるっすけど、ただの意地っ張りっすから。マサ兄貴がぶっち切れてからすぐにジェニー姉さんを呼び出して、査定額の底値をガッツンガツンに引き上げてくれたんすから。おかげで、最終的な額は相場の二割増しになったんすよ。そりゃもう凄かったっすよー、気迫だけでオイラは殺されるんじゃないかと」

「よっ、余計なことを喋るな!」

 イグニスは急に声を上擦らせてヤブキを遮ったが、ヤブキは怯まない。

「いやぁいいもん見たっすー、イグ兄貴ってばなんだかんだ言ってマサ兄貴のことが」

「うっせぇ黙れこの野郎!」

 気恥ずかしさのあまりにイグニスが立ち上がるも、ヤブキはにやけるだけだった。

「いいっすよいいっすよ、ツンデレは宇宙の財産っすよ。これでイグ兄貴が女だったらシチュエーションとしては完璧っつーか、見てる方が砂糖を吐くぐらい甘ったるうい展開になったに違いないっすよ」

「悪乗りもいい加減にしねぇと叩き潰すぞコノヤロウですぅ。その発想はウザいを通り越してキモいですぅ」

 ミイムは呆れ果てたと言わんばかりの冷めた目で、ヤブキを見据えた。ヤブキは、けっ、と顔を逸らす。

「ツンデレの良さが解らないのは致命的っすねー、致命的」

「まあ、それはそれとして、話し合いの結論は出たのか?」

 この二人の相手をするだけ体力の無駄だ、と判断したマサヨシはサチコに尋ねた。

〈いいえ、まだよ。だって、一家の主であるマサヨシの意見が出ていないもの。結論の下しようがないわ〉

 サチコは首を振るように、スパイマシンを横に回転させた。マサヨシに駆け寄ったハルは、心配げに見上げる。

「パパ、もうしんどいの治った? もう怒ってない?」

「ああ」

 マサヨシが笑うと、ハルはにんまりした。

「良かった! じゃあ、パパのお部屋はどこがいい? 私のお部屋はね、ぽかぽかする方向がいい!」

「南側ってことか」

「うん、たぶんそれ!」

 早く早く、とハルに引っ張られて、マサヨシは輪の中に入った。その中心には、ホログラフィーが浮かんでいた。
情報端末から投影したホログラフィーは家を形作っていて、以前の家よりも一回りほど大きく、部屋数も多かった。
横には二階と一階の平面図もある。サチコが図面を引いてくれたらしく、0.1ミリの誤差もない完璧な設計図だ。
 一階には広いリビングにキッチン、バス、トイレとあり、家の奥にはマサヨシの部屋とハルの部屋が並んでいた。
二階は、ミイムとヤブキで真っ二つになっていた。階段も家の真ん中を貫いていて、あまり便利そうではなかった。
眠っている間に、二人の仲は悪化したらしい。この部分には手を加える必要がありそうだな、とマサヨシは思った。
他は、それほど問題は見当たらない。建築に関しては全くの素人なので、解らない、と言った方が正しいのだが。

「それで、建造するにはどれくらいの時間が必要だ?」

 マサヨシはイグニスに問うたが、イグニスはまだ照れくさいのか目を合わせようとしなかった。

「まあ…二週間ってところだな」

「私の可愛いセバスチャンの手を借りたら、一週間も掛からないわよ。別料金だけどね」

 男のように片膝を立てて座っているジェニファーは、サチコのスパイマシンをつんと小突いた。

「にしても、この子もあんたに似て真面目すぎるのよねぇ。建材が新品なのは当たり前にしても、その他の機材までが全部新品じゃ値段が高く付いて当たり前よ。私に言ってくれれば、三分の一ぐらいで同じ性能の中古品を流してあげるのに」

〈どんな機械だって、新品の方がいいに決まっているじゃないの。それに、その方が気持ちいいわ〉

 多少プライドが傷付けられたのか、サチコはジェニファーににじり寄る。ジェニファーは、再度サチコをつつく。

「家の中の機械を使うのはあんたじゃなくて、そこの女装少年でしょ? その辺もきっちり考えないとね」

「ボクはぁ、ちゃんと使えればなんだっていいですぅ。ついでに冷蔵庫が大きければもっといいですぅ」

 ミイムは、笑顔で頷いた。それを見たヤブキは、毒突いた。

「全部ぶっ壊した張本人っすからねー、そもそも文句を言える立場じゃないっすよ」

「それはお前も同じですぅ。ヤブキなんて文句どころか言葉を発することすらおこがましいんですぅ」

 ミイムはにっこり笑いながら、毒々しい言葉を並べた。

「やれやれ」

 マサヨシは地面に座り、胡座を掻いた。家の問題は片付きそうだが、この二人の問題はまだ片付きそうにない。
ハルはマサヨシの足の上にちょこんと座り、マサヨシの腕に抱き付いてきたので、マサヨシは娘を抱きかかえた。

「パパ」

 ハルに呼ばれ、マサヨシは視線を下げた。

「なんだ、ハル」

「新しいおうちが出来たら、ママとお兄ちゃんは仲良しになる?」

「そうだな。なってくれなければ困る」

「じゃあ、おじちゃんとお姉ちゃんも仲良しになるよね?」

「それは…まだ時間が掛かるかもしれないな」

「でも、パパはずっとパパだよね?」

 ハルは澄んだ青い瞳で、マサヨシを見つめてきた。

「おうちがあれば、パパもママもいなくなったりしないよね? パパはハルのパパだよね? そうだよね?」

「俺はいつまでもハルの父親だ。家があろうがなかろうが、それだけは変わらない。だから、そう不安がるな」

「本当だよね? 嘘じゃないよね?」

「ああ」

「じゃ、約束!」

 ハルはマサヨシに飛び付くと、頬にキスをしてきた。不意打ちを食らったマサヨシは、意味もなく照れてしまった。
他の面々の視線が痛かったが、逃げるに逃げられない。マサヨシは、だらしなく笑うハルを見やり、また照れた。
 子供じゃないか。娘じゃないか。そうは思うものの、一度照れてしまうとなかなか収まらず、仕方なく顔を伏せた。
するとハルはまたもやキスをしてきたので、マサヨシは心底困った。嬉しいのだが、嬉しすぎるからこそ困るのだ。
ヤブキに囃され、ミイムに茶化され、イグニスに妬かれ、サチコに微笑ましがられ、ジェニファーからは笑われた。
だが、嫌ではない。マサヨシはべったりと抱き付いてくるハルを撫でるうちに、不安も懸念も溶けていくのを感じた。
 父親役は大変だ。だが、それ以上に素晴らしい。







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