アステロイド家族




友情合体大作戦



 どうせやるなら、徹底的に。


 頭痛の種は、増える一方だった。
 マサヨシは新築されたばかりの我が家を見上げながら、リビングから漏れ聞こえてくる言い争いに辟易していた。
紆余曲折の末に出来上がった新居は二階建てで部屋数も増え、ハルの強い要望で赤い屋根に白い壁になった。
 大きな窓は日当たりが良く、真新しい壁は美しい。やはり、家があるとないとでは精神面の余裕が段違いである。
ヤブキも二階の一室が割り当てられたので、マサヨシは以前のような一人部屋となり、色々な意味で楽になった。
ハルの部屋は希望通りの一階南側で、ミイムの部屋は二階東側で、西側のヤブキの部屋とは構造が鏡写しだ。
但し、ヤブキの側には納戸が作られ、ミイムの側には物干し用のベランダが作られたので、若干の誤差はある。
それでも、どちらも洋間の八畳なので広さは充分だ。これで二人も余裕が出る、と思ったが甘かったようである。
 度重なる嫌がらせと罵倒に耐えかねたヤブキが言い返すようになったので、ミイムも更にヒートアップしている。
二人のケンカが凄まじすぎて、今となってはイグニスとサチコの言い争いが可愛いものだと思えてしまうほどだ。
だが、二人が仲違いすることで本当に困っているのはマサヨシではなく、二人のことが好きでたまらないハルだ。

「パパー…」

 玄関のドアが開き、ハルがべそべそと泣きながら出てきた。二人の言い争いが、余程怖かったらしい。

「ママがね、お兄ちゃんをいじめてね、そしたらね、お兄ちゃんがね…」

 しゃくり上げながら近付いてきたハルを、マサヨシは抱き上げた。

「ああ、解っている。一部始終は聞こえているからな」

 マサヨシはハルを撫で、宥めた。マサヨシの背後にやってきたイグニスは、辟易して肩を竦めた。

「毎日毎日、よく飽きねぇな」

「それはそっくりお前に返す。お前もサチコと言い合うのを止めたらどうだ」

 マサヨシの皮肉に、イグニスは一笑する。

「生憎だが、俺と電卓女が仲良くしたら宇宙の法則が乱れちまうんだよ。だから、馴れ合いたくもねぇ」

〈下らなさすぎて突っ込む気も起きないわね〉

 マサヨシの傍に浮かんでいたサチコは、スパイマシンのレンズをリビングへと向けた。

〈ミイムちゃんもヤブキ君も日に日に言葉が悪くなってくるわね…〉

「どっちもどっちだな」

 マサヨシは泣きじゃくるハルをぽんぽんと叩いて落ち着かせながら、リビングから聞こえる罵倒に耳を傾けた。
最初はとても些細なことからケンカが始まったらしいのだが、言い合ううちにどちらもテンションが上がってきた。
お互いの容姿についての罵倒に始まり、性格、性癖、食べ物の好みなど、手当たり次第に揚げ足を取っている。
今のところ、どちらも実力行使には及んでいないようだが、ミイムのサイコキネシスが発達してきたら話は変わる。
手首に付けたブレスレット状のサイキックリミッターでセーブしてあるが、いずれ、力自体がリミットを超えるだろう。
ミイムの超能力は発展途上なので、何がどうなるか全く解らないのである。急激に発達することも充分考えられる。
 そうなれば、再び戦闘能力を得たミイムはヤブキへと手を下すようになり、ヤブキも男なのでやり返すことだろう。
と、なってしまえば、またも我が家が危機に陥る。せっかく新築したのに、また壊されたらたまったものではない。
その前に、手を打たなくては。マサヨシはすんすんと鼻を啜りながら泣くハルを抱きながら、しばらく考え込んだ。

「そうだな…」

「なんだ、何かいい考えでも思い付いたか?」

「荒療治も荒療治だが、これ以外に方法が思い当たらない」

 マサヨシはハルを下ろすと、涙と鼻水で汚れた顔を拭いてやってからイグニスを示した。

「ハルはイグニスと遊んでいてくれ。俺はあの二人を懲らしめてくる」

「パパ、ママとお兄ちゃんをいじめるの?」

 不安げに見上げてきたハルに、マサヨシは笑んだ。

「いや、平和的な手段を使うだけだ」

「それじゃあハル、俺と何して遊ぼうか! なんだってしてやるぜ!」

 途端に張り切ったイグニスは、ハルに詰め寄った。ハルは涙を拭ってから、イグニスに駆け寄る。

「うんとね、えっとね」

 マサヨシはイグニスにまとわりつくハルを見ていたが、背を向けて歩き出した。それに伴い、サチコも付いてくる。

〈ねえ、いい考えって何なの?〉

 サチコはマサヨシの傍に寄り、囁いた。マサヨシは、にたりと口元を広げる。

「あの二人に対する俺なりの報復だ」

 その横顔には、珍しく悪意が滲んでいた。マサヨシにも積もり積もったものがあるのだろう、とサチコは察した。
家を建てるための資金を作るためにイグニスのスペースデブリを売らせようとしたが失敗した時は、凄かった。
普段真面目で大人しい人間は、その分感情を溜め込みがちだ。だからこそ、爆発した時の威力は強烈である。
前回はマサヨシ自身が自爆したようなものだが、次はどうなるか解らない。彼自身も、そう思っているのだろう。
だから、報復に出るのだ。サチコはマサヨシの新たな一面を見つけたことで、主に対する知識欲が少し埋まった。
 真面目だからといって、何もしないとは限らない。




 本日の第二回戦は、クールダウンに突入していた。
 ミイムは散々怒鳴り散らしたために干上がった喉を潤すため、コップに水を注ぎ、それを一気に飲み干した。
対するヤブキは、大分興奮したせいか熱気を纏っている。感情が高揚すると、機関部にも影響が出るらしい。
ケンカの切っ掛け自体は、思い出すのも嫌になるほど些細だ。白飯を食べるのは箸かスプーンか、であった。
だが、本当は切っ掛けなどどうでもいい。目の前の相手に対する不満と鬱憤を、ぶつけたくてたまらないのだ。
しかし、ストレスの発散が目的ではない。敵意を持って武器を振り上げてくる相手に、殺意を抱くにも等しかった。
要するに、これは戦いだ。互いの存在が許せないと互いに思っている以上、敵対するのは自然の摂理なのだ。

「お前がいるだけで、居心地が悪いんですぅ!」

 ミイムは、どん、と空になったコップをテーブルに叩き付ける。ヤブキは両の拳を固め、言い返す。

「そりゃオイラもっすよ! 女装だけでも許せないのに、三次元でその口調はマジ有り得ないっすよ!」

「ボクは四次元の存在だからいいんですぅ!」

「電波発言が許されるのも不思議系少女だけであって女装野郎じゃないっすよ!」

「ああもうキモいキモいキモすぎなんですぅ! その変にオタク臭い言動が一番気持ち悪いんですぅ!」

「失敬な! オタクこそが文化の発展に貢献してきたんじゃないっすか! 人の趣味を否定しないでほしいっす!」

「そうやって開き直るところがまたキモいんですぅ!」

「オイラはオタクの部類でもまだライトな方っすよ! 本物には程遠いっす!」

「そんなことを言う奴に限ってディープなんですぅ! オタクなんてただの害悪ですぅ、死にやがれですぅ!」

「死ねと言われて死ぬようなオイラじゃないっすよ!」

 そう言い放ち、ヤブキは身構えた。ミイムは怒りと苛立ちで目を吊り上げ、ヤブキを射抜かんばかりに睨んだ。
すると、マサヨシがリビングに入ってきた。言い争いに夢中になりすぎて、彼が家に戻ったことに気付けなかった。
ミイムは表情を取り繕おうとし、ヤブキも身構えた姿勢を戻そうとしたが、マサヨシは無言でミイムの左腕を掴んだ。
がしゃん、との金属音の後、鎖が鳴った。続いてヤブキも右腕を掴まれて引っ張られ、手首に何かを填められた。
 手錠だった。マサヨシは二人から離れると、リビングから出て行こうとしたので、二人は慌てて彼に追い縋った。

「ちょっ、まっ、待って下さいっすよマサ兄貴!」

 ヤブキが駆け出そうとするとミイムが引っ張られ、転んだ。

「みゅぎゃっ!」

「なんだ」

 廊下で足を止めたマサヨシは、少々面倒そうだった。

「ていうか、これって何なんすかぁ!」

 ヤブキが手錠を填められた右腕を振り上げると、ミイムの左腕が引っ張られ、ぐいっと持ち上げられた。

「みぎゃっ!」

 ごき、と嫌な音がして、ミイムは顔を歪めた。ヤブキの力が強すぎたので、左肩の関節がずれたようだった。

「何って、見ての通りの手錠だが」

 マサヨシはミイムを立ち上がらせると、その左肩を押して関節を元に戻した。

「みゃぐっ! パパさぁん、痛いですぅ!」

「文句ならヤブキに言え。サイボーグの腕力で引っ張れば関節が外れることぐらい、知っているはずだからな」 

 冷静を通り越して冷たささえ感じるマサヨシの態度に、ヤブキは空寒くなりながらも再度尋ねた。

「いえ、ですから、なんでオイラとミイムを逮捕しちゃったんすか?」

「そりゃ決まっている。お前達が仲違いしすぎているからだ」

「だからってぇ…」

 ミイムは痛みで涙を浮かべながら、唇をひん曲げた。だが、マサヨシは眉一つ動かさない。

「規律を守らない者は監房に入れられる。それと同じことだ」

「いや、それとこれとは大いに違うんじゃないっすか?」

「いいや違わない」

 マサヨシは語気を強めると、にいっと口元を持ち上げた。

「その手錠は特別製でな、熱線銃でもレーザーブレードでも鎖は断ち切れないし、手錠自体も並みの力では壊せない。イグニスほどのパワーがあれば出来ないこともないかもしれないがな。俺の音声認識コード以外では、ロックを解除することは出来ない。だからといって、水で濡らしたり火で炙ったりしても無駄だ。その手錠の耐久性能は宇宙船並みだからな。当然だが、サチコに頼んでも無駄だぞ。そして、その音声認識コードは俺が日常生活では絶対に言わないであろう言葉だから、言わせようとしても無駄だ。つまりお前達二人は、俺の許可がない限り、一生繋がれているしかないというわけだ」

「へぁ」

 マサヨシの目は微塵も笑っていなかった。ヤブキは臆し、ミイムも目を剥いている。

「えっと、パパさん、本気ですか…?」

「冗談でこんなことをする男に見えるか?」

 マサヨシの言葉には、若干悪意が滲んでいた。

「頭を冷やせ、ミイム、ヤブキ」

 マサヨシはそれだけ言い残すと、家から出ていった。リビングに取り残されたミイムとヤブキは、呆然としていた。
お互いにお互いから離れようと手錠を引っ張ってみるも、手首に頑丈な錠が食い込んでくるだけで変わらない。
今になって、二人はマサヨシを本気で怒らせたのだと自覚した。彼の怒りは、まだ心中に燻っていたようだった。
だが、まさかこんな手段を使ってくるとは。ヤブキは手錠を填められた右手を挙げると、ミイムの左手が挙がった。

「…うぇ」

 ヤブキが嫌悪感で声を潰すと、ミイムは、けっ、と吐き捨てた。

「パパさんも強引ですぅ」

「ていうか、デタラメっすよこんなの」

「とりあえず、右腕を自切しやがれですぅ。それをぶっ壊せばボクは自由の身ですぅ」

「何を馬鹿なことを言うんすか、オイラの右腕には色々と武器が仕込んであるっすから、軽く四十キロはあるっすよ。ついでに外装は積層装甲っすから、頑丈も頑丈っすよ。それを素手で壊そうったって、無理っすよ無理。至近距離で砲撃でも当てられない限り、オイラの腕も体も吹っ飛ばないっすよー」

 へらへらと笑うヤブキを、ミイムは蹴り飛ばした。だが、その積層装甲に阻まれ、もろに衝撃が骨に戻ってきた。

「…みぎゅう」

「サイコキネシスが使えないんじゃ、ミイムはただの女装野郎っすからねー。何をされようが、オイラにゃ痛くも痒くもないんすよってぐおぁっ!」

 唐突に、ヤブキの後頭部に硬い物体が衝突した。ヤブキが前のめりになると、足元に歪んだ鍋が転がった。

「みゃはははははははは、ボクのサイコキネシスは健在ですぅ。出力自体は下がっても性能は充分なんですぅ!」

 ミイムは側面がへこんだ鍋を浮かび上がらせ、平らな胸を張る。

「こーわしたぁこーわしたぁー! マサ兄貴にぃ言ーってやろぉー!」

 ヤブキは途端に勝ち誇り、妙な調子を付けて囃し立ててきた。ミイムは慌てふためき、へこんだ鍋を背後に隠す。

「ちっ、違いますぅ、不可抗力ですぅ! ボクの攻撃を避けられなかったヤブキが悪いんですぅ!」

「先生に報告っすー、これで放課後も居残りで反省文決定っすー、帰りの会でばっちり吊し上げてやるっすー!」

「訳の解らないことを言うんじゃないですぅ! ホウカゴとかカエリノカイとか、一体何の話なんですかぁ!」

「マサ兄貴におーこられるぅ、知ぃーらないっすよー知ぃーらないっすよー」

「だからその歌を止めるですぅ! よく解らないけど滅茶苦茶ムカつきますぅ!」

「止めてほしかったら、オイラの農作業に付き合うっすよ」

 ヤブキは両手を上げた変な恰好のまま、至極真面目に言った。ミイムは、顔をしかめる。

「だからなんでそうなるんですかぁ」

「こーわしたぁこーわしたぁー、マサ兄貴に」

「黙れコノヤロウですぅ! 解りましたよ行けばいいんでしょ行けば!」

 ミイムは本当に嫌だったが、従った。ヤブキはミイムをやり込めたことが嬉しいのか、嬉しそうに頷いている。
それがまた、嫌だった。子供っぽすぎる方法でやり込められてしまった自分が情けなく、悔しさばかりが起こる。
ヤブキによって玄関先まで引き摺り出されそうになったので、ミイムはサイコキネシスを使い、壊した鍋を隠した。
前よりも広めに作られたキッチンの戸棚の仲に押し込み、ぱっと見ただけでは解らないように他の鍋に重ねた。
ヤブキを黙らせたいがあまりに焦りすぎて、墓穴を掘ってしまった。次からは気を付けよう、とミイムは自戒した。
 畑仕事に行けるからか、ヤブキは浮かれている。軍用ブーツから長靴に履き替え、軍手をベルトに押し込んだ。
その姿を間近で見ながら、ミイムはにたりと頬を引きつらせた。調子に乗っていられるのは、せいぜい今のうちだ。
 すぐにやり返してやる。







08 4/12