アステロイド家族




ライフ・イズ・ドッグ



 イグニスの墜落現場は、悲惨極まる状況だった。
 ヤブキが丹誠込めて耕して育てた野菜が並んでいた畑の東側には、四メートル大の人型の穴が出来ていた。
その周囲には吹き飛んだ土や無惨に潰されてしまった野菜が大量に散らばっており、ヤブキでなくても悲しくなる。
散らばった野菜の中には、ようやく赤く熟し始めたトマトやこれからの成長が期待されるキュウリが混じっていた。
小さな実を付けるようになったカボチャも台無しになったが、イグニス落下の被害を受けたのはこの部分だけだ。
他の夏野菜、トウモロコシやスイカやメロンといった作物は無事だが、ヤブキにとっては何の救いにもならない。
 サチコの報告の深度十メートルというのは嘘でも冗談でもなんでもなく、少し覗いただけでは底は見えなかった。
湿った土壁の奥深くに、一際目立つファイヤーペイントが施された腕と足に、分厚い装甲の背中が埋まっている。
こんな状況でもイグニスから救難信号が発進されなかった理由も、なんとなく解った。頭が埋まり込んでいるのだ。
イグニスが落下の勢いで生み出した巨大な穴は、ぱっと見ただけでは解りづらいがよく見ると傾斜が付いている。
傾斜は頭部側から脚部側に傾いているので、トニルトスに投げ飛ばされた速度は、余程凄まじかったのだろう。
故に、イグニスは投擲された槍の如く頭部から地面に突っ込んでしまい、頭が完全に土に埋もれてしまったのだ。
 相棒に同情すべき状況だが、笑いが込み上げてくるのはなぜだろう。冗談そのものの光景だからかもしれない。
マサヨシは相棒の沽券を守るために懸命に笑いを堪えていたが、自暴自棄になったヤブキが笑い転げていた。

「ひどいっすね、マジひどいっすね! つうかいつのギャグ漫画っすかこれー! ベタにも程があるっすー!」

 だが、ヤブキの笑い声は乾き切っている。ミイムも頬を歪めているが、ヤブキの痛々しさに笑うに笑えなかった。
マサヨシはぐっと笑いを飲み下し、どんな顔をするべきか少々迷ったが、冷静さを保つことに尽力することにした。
ハルはイグニスの落ちた穴を覗き込んだが、深さが十メートルもあると怖いのかすぐに皆の傍に引き返してきた。

「さて、トニルトス」

 マサヨシは一番後方に立っている青い装甲の機械生命体、トニルトスを見上げた。

「お前の出番だ」

「貴様に命令される筋合いもなければ権限もない」

 予想通りの言葉だったので、マサヨシは落胆することもなく平静に言い返した。

「確かに、お前の首にレーザーバインドの首輪とレーザーロープのリードを付けたイグニスは調子に乗りすぎていたかもしれないが、何も投げ飛ばすことはないだろう。しかも、ヤブキの造った畑にだ。おかげで、俺達は甚大な被害を受けている。埋まったままになっているイグニスもそうだが、ヤブキの農作物が喰えないとなると、ただでさえ困窮している家計が圧迫されてしまう。実際、俺達はヤブキの生産能力を当てにしているんでな。家計が圧迫されるとなると、お前に割り当てられる分のエネルギーも当然ながら減少する。本調子でない上にエネルギー代を稼ぐ当てもないんじゃ、機能を維持するためには俺達に頼るしかないからな」

「レベルの低い炭素生物に頼ってまで長らえるほど、私は落ちぶれてはおらん」

「そう言うわりには出ていかないじゃないか。お前をコロニーに連れてきてから、もう二週間は過ぎているんだが」

「穢らわしきルブルミオンを宇宙の塵へと還すまでの間に過ぎん。それが終わり次第、貴様らも処分してくれる」

「そう言うくせして、本気でイグニスを殺しに掛からないじゃないか」

「ルブルミオンの断罪には我が全力を尽くす。そのためにはまず、体を治さねばならん」

「まあ、そういうことにしておこう」

 マサヨシの妙に柔らかな物腰に、トニルトスは苛立ちを掻き立てられた。まるで、嘘だと言われているかのようだ。
そんなこと、あるはずがない。ルブルミオンの残党であるイグニスを殺すことこそが、トニルトスの存在意義なのだ。
だが、両腕は完全に回復しておらず、エネルギーも足りない。だから、仕方なく、この空間に居続けているだけだ。
それさえなかったら、下等なルブルミオンだけでなく、低俗な炭素生物の暮らす閉鎖空間など一秒も耐えられない。
先程の言葉は、全て本心なのだ。嘘だと思われているのなら、それは一方的に思い込まれているだけのことだ。

「だが、トニルトス。この空間で居住している限り、お前は俺達の家族なんだ」

 マサヨシは、トニルトスを見据える。

「俺達は運命共同体であるが、それ以前に共存関係にあるんだよ。ということは、必要最低限の規律を守ってもらわなければならない。規律と言っても、一般常識の範疇だから軍規よりは大分緩いがな」

「朝は一人で起きるとかぁ、自分で使った食器は自分でお片付けするとかぁ、自分のお部屋は自分でお掃除するとかぁ、お風呂は順番を守って入るとかぁ、おやつは一人一個とかぁ、そういう感じのことですぅ。みゅう」

 ミイムはスカートの下でふさふさの尾を振りながら、微笑んだ。

「下らん」

 トニルトスが即座に跳ね付けると、サチコはトニルトスの背後に近付く。

〈だけど、イグニスからあなたは軍隊時代は将校だったって聞いたわよ? 将校にまで登り詰めたほどの戦士が、たったそれだけのルールも守れないなんてことはないわよね? だって将校よ? 将校は少尉から大佐までの士官を指す言葉だから、あなたはどこの地位に就いていたかまでは知らないけど、将校が子供も守れるくらいのルールも守れないなんてはずがないわ。ねえハルちゃん?〉

 と、サチコはハルに話を振った。ハルは、こくんと頷いた。

「うん。私も、ちゃんと自分のお皿はキッチンまで持っていくよ? パパとママの言いつけだもん」

「うみゅん。そうですよぉ、トニーさぁん。自分のことは自分で出来なきゃ、将校どころか大人じゃないですぅ」

 ミイムは笑顔こそ柔らかいが、言葉は徐々に厳しくなってくる。

「まだまだこの家に慣れていないのは解りますけどぉ、イギーさんはともかくとしてハルちゃんと遊んであげないほど度量が狭いなんて将校どころか大人失格ですぅ。ていうか、図体がでかいってだけで偉ぶるのもいい加減にしやがれですぅ。大体、軍隊時代の地位なんて軍隊から一歩外に出ちゃったら何の意味も成さないんですぅ。それなのに、単なる肩書きにしがみついて威張り散らして暴れ回って、挙げ句の果てにはイギーさんを投げ飛ばしてヤブキの畑に埋めるなんておこがましいにも程がありますぅ。ヤブキは痛め付けていいけどヤブキの畑はダメなんですぅ。それもこの家のルールの一つなんですぅ。ていうか、ちったぁ自分の行動を顧みやがれこの野郎ですぅ。恰好付けてるで何もしないくせに態度がでかいなんて、最低も最低のクソ野郎ですぅ。お前こそが真の穀潰しなんですぅ。バラバラに分解して廃品回収に出してやりますぅ。その方がほんのちょっぴりは有益ですぅ」

「貴様、口が過ぎるにも程があるぞ!」

 ミイムから投げ付けられた侮辱の数々にトニルトスがいきり立つが、ミイムはにやけるだけだった。

「怒るってことはぁ、自分でも心当たりがあるぅってことじゃないですかぁ? みゅふふふふーん」

「ぐ…」

 トニルトスは思わず言葉に詰まり、唸った。ないことはないのだが、だからといって認めるわけにはいかない。
大体、ここに連れてきたのはマサヨシで、トニルトスの意志ではない。連れ込まれたのに責められるのはおかしい。
トニルトスはそれを言い返すべくマサヨシを見据えたが、その視線を遮るようにサチコのスパイマシが滑り込んだ。

〈そうねぇ、ミイムちゃんの言うことにも一理あるわねぇ。あなたはイグニスを突然襲撃して戦闘を行ったけど、双方戦闘不能状態に陥っちゃったもんだから、とってもとおっても優しいマサヨシが回収してくれたのよね。普通の感覚だったら軍に突き出してテロリストとして処分してもらうところを、マサヨシは引き取ってくれたのよね。その上、破損部分の治療もしてくれてエネルギーも分けてくれて、言うことなしじゃないの。それなのに、あなたって男はマサヨシに感謝もしないなんて。イグニスもそうだけど、機械生命体って自分のことしか考えられないのね。見た目はなかなか素敵だけど、頭の方は案外単純に出来ているのね。それでよく今まで生き延びてこられたわね、信じられないわ〉

「黙れ!」

 トニルトスはサチコのスパイマシンに拳を突き出すが、サチコは素早く回避した。

〈でも、マサヨシはあなたを家族の一員として受け入れてくれたし、ハルちゃんはあなたをペットとして認識してくれたわ。つまり、最低も最低のクソ野郎で真の穀潰しで大人失格なあなたに、居場所を作ってくれたのよ。もう少し態度ってものがあるんじゃないのかしら?〉

「そうですそうですぅ。可愛い可愛いハルちゃんの愛玩動物になれるなんて、素晴らしいことじゃないですかぁ」

 ねー、とミイムはハルを抱き締め、頬摺りする。

「ハルちゃんはとっても良い子なのに、そのペットが悪い子だなんて、ママは悲しいですぅ。自分でぶん投げたイギーさんを掘り出しもせずに放置しちゃうなんて、ワンコ失格ですぅ。サチコさんの資料によると、ワンコは地面を掘って財宝を見つけ出す能力があるらしいですぅ。たとえ性悪の隣人に殺されても死体の上に桜の木を植えれば見事に咲きますし、伐採して灰にしても枯れ木に撒き散らせばまた桜の花が咲くんですぅ。他にも、見ず知らずの子供からもらった怪しげな団子一つで鬼退治に付き合ってくれますしぃ、飼い主が死んでも駅前まで迎えに来てくれますしぃ、匂いだけで爆弾だって麻薬だって何だって探知しちゃいますぅ。それなのに、うちのワンコと来たら威張り散らすだけで芸の一つも出来ないなんて、駄犬の中の駄犬ですぅ。ちょっとは役に立ちやがれですぅ。無能野郎はとっとと死にやがれですぅ」

「その辺にしてやれ、二人共」

 マサヨシは他人事ながら耳が痛くなったので、二人を制した。ミイムはハルを抱いたまま、不満げに頬を張る。

「みゅんみゅん、まだまだこれからですよぉ、パパさん」

〈そうよ、マサヨシ。こういうタイプは徹底的にやらないとダメなんだから。何事も最初が肝心なのよ〉

 サチコも、物足りなさそうにスパイマシンを揺する。マサヨシは二人の口の悪さに辟易しつつ、視線を上げた。
トニルトスは、全身に怒りを漲らせていた。侮辱に次ぐ侮辱に耐えかねたのか、両の拳を握って振るわせている。

「この私が…無能だと…?」

「無能だから無能って言われるんすよー、トニーちゃーん」

 ヤブキはけたけたと危うげな笑い声を零しながら、トニルトスを見上げる。

「悔しかったら、ちょっとでもまともなことをしてみるっすよぉー。じゃないと無能のシュプレヒコールしてやるっすー」

「あー、それいいですぅ、やっちまうですぅ」

 ミイムはぴょんと立ち上がると、テンポ良く手を叩いた。

「無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! ですぅ!」

「無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! 無能! っすよ!」

 ミイムの後に続いたヤブキは、明らかに恨みを込めて叫んでいる。その後も、二人の無能コールは続けられた。
ここまで来ると、マサヨシは胸が痛んできた。トニルトスもさすがにプライドが傷付けられたのか、顔を背けている。

「う、ぐぅ…」

「トニーちゃん、ムノーなの?」

 ハルはトニルトスに近付き、首を捻った。

「断じて違うっ! 私は無能などではない!」

 と、トニルトスは力一杯喚くが、無能コールは未だに収まらない。

「ムノーじゃないんだったら、ここ掘れワンワン出来るよね? ね?」

 ハルは期待を込めた目で、トニルトスを見つめる。トニルトスは無能コールとハルの視線に煽られ、叫んだ。

「当たり前だ! 私は誉れ高きカエルレウミオンの戦士、トニルトスだ! その程度のこと、出来んわけがない!」

 すると、無能コールが消えた。トニルトスは自分の発言を思い返し、若干の後悔を感じたが訂正は不可能だ。
事の次第を見守っていたマサヨシはトニルトスの前に立ちはだかると、してやったりと言わんばかりに笑んだ。

「じゃ、イグニスを掘り起こして助けることだ。自分でしたことは自分で片付けないとな、トニルトス」

「…無論だ」

 こうなると、引き下がることも出来なくなった。トニルトスは渋々頷くと、イグニスに埋まっている穴に向き直った。
横目で振り返ると、ハルがにこにこしていた。トニルトスが言うことを聞いてくれた、とでも思っているに違いない。
それがまた腹立たしかったが、これ以上無能呼ばわりされたくなかった。穴掘り程度、出来ないわけがないのだ。

「あ、発砲して地面を吹っ飛ばすのは無しっすよ。せっかく被害を免れたオイラの作物がまたダメになるっす」

 ヤブキが釘を刺してきたので、トニルトスは左腕から出しかけていたパルスビームガンの銃身を引っ込めた。

「…ふん」

 下手を打って、また無能呼ばわりされるのは嫌だった。これまで長く生きてきたが、あれほどの屈辱は初めてだ。
ここに住む者達からは、これまでも様々な屈辱的な行為を受けてきたが、無能コールには最も自尊心を抉られた。
鈍く痛む心中を抱えながら、トニルトスはイグニスの形に開いている深度十メートルの穴に近付いて、身を投じた。

「余計なダメージを受けたくなければ、回避していろ」

 トニルトスはイグニスの形に開いた穴の中程で浮かぶと、顔を出して皆に言った。すると、皆は素直に移動した。
ヤブキはかなり不安げだったが、マサヨシに引っ張られながら穴から離れ、怖々とトニルトスの動向を見守った。
 トニルトスは視界の明度を調節し、穴の底に向いた。まだ昼間なので、サーチライトで照らさなくとも充分だった。
イグニスの背は、トニルトスの足の真下にある。首はすっぽりと土の中に埋もれ、簡単には引き抜けそうにない。
試しにイグニスの背をつま先で突いてみると、腰が軋んで上下した。どうやら、腹部の下には空間があるらしい。
念のためにスキャニングを掛けて調べてみたが、落下の反動で出来たものらしく、配管の類ではなさそうだった。
ここは上に引き上げて首を抜くのが筋だが、イグニスに対する恨みが込み上がり、邪心が思考回路を掠めた。

「起きんか馬鹿者!」

 トニルトスは急加速してイグニスの背中に両足を落とし、ドロップキックを叩き込んだ。

「ぐぼあっ!」

 背中を抉られたイグニスは海老反りになり、その勢いで頭が抜けることには抜けたが、物凄く痛かった。

「何しやがんだてめぇ!」

 イグニスは泥だらけの首を曲げてトニルトスに叫ぶが、トニルトスはその頭を思い切り踏み付けた。

「それは私が言うべき言葉だ! さあ早く出ろ、そして私に殺されろ!」

「無茶苦茶言いやがって…」

 イグニスは踏み付けられた頭を振って土を払っていたが、トニルトスに腕を掴まれ、またもや放り投げられた。

「早く出んか!」

「うおわっ!」

 急に外に放り出されたが、二度目とあっては対処することも出来るので、イグニスは姿勢を制御して着地した。
続いて、トニルトスも外に出た。すかさずハルが褒めてきたが、もう相手をするのも嫌だったので全て無視した。
イグニスから文句が、マサヨシから賞賛にも取れる言葉が、サチコとミイムとヤブキからは皮肉が聞こえてきた。
だが、何一つ聞きたくなかった。あれほど馬鹿にしておいて利用するとは、態度が大きいのはそちらではないか。
乱暴に歩いて皆から遠ざかっていったが、逃げる気はなかった。ここで逃げ出しては、本当の無能になってしまう。
あそこまで言われては、逆にやる気が湧いてくる。なんとかしてあの連中を見返してやらなければ、収まらない。
 カエルレウミオンの戦士として。そして、一人の男として。




 その夜。マサヨシは大いに悩んでいた。
 本当に、あれで良かったのか。トニルトスの自尊心を粉々に砕いてしまったのは、良くなかったのではないか。
確かに彼は自尊心の高さ故に扱いづらいが、だからといって、無能コールまではやりすぎだったと思っていた。
今回はそれなりに良い結果が出たが、次回はどうなることやら。マサヨシはコーヒーを啜り、深くため息を吐いた。
 ハルが寝付いた後のリビングは、空しいほど静かだ。いつもは最後まで起きているヤブキも、今日は早く寝た。
畑が潰されてしまったのは想像以上に彼の心を痛め付けたらしく、トニルトスを蹂躙した後も口数が少なかった。
だが、明日には不死鳥の如く復活していることだろう。ヤブキの最大の美点は、気持ちの切り替えが早いことだ。

「パーパさんっ」

 弾んだ声に呼ばれて目を上げると、フリルの付いたネグリジェ姿のミイムが立っていた。

「なんだ、お前も起きていたのか」

「みぃ」

 ミイムはマサヨシの隣に座ると、ピンク色の長い髪の間から甘いリンスの匂いが淡く立ち上った。

「これで、もうちょっとはトニーさんと付き合いやすくなるといいですねぇ」

「そうなればいいんだが…。結局、お前の言った通りの方法でやっちまったしなぁ」

 マサヨシは、苦笑いを零した。

「ああは言いましたけどぉ、本当のところはトニーさんのこと、頼りにしているんですよぉ」

 ミイムの微笑みから色が失せ、金色の瞳が冷たい光を帯びた。

「レギーナ様をお守りするための、盾ぐらいには使えると思いますから」

「あの二人は兵器じゃない、俺の家族だ」

 マサヨシはミイムを見返し、語気を強めた。

「だって、いつ何があるか解らないじゃないですかぁ。その時のために策を練るのも大事なことなんですよぉ」

 ミイムはすぐに表情を戻すと、胸の前で両手を組んだ。

「もう寝ろ、ミイム。明日も早いんだ」

 マサヨシが促すと、ミイムは立ち上がり、リビングから出ていった。

「みぃ。パパさん、お休みなさい」

 ミイムはぱたぱたとスリッパを軽く鳴らしながら、階段を上っていった。マサヨシは、冷めたコーヒーを啜り上げた。
ミイム、もとい、ルルススはフォルテと戦うことを諦めていない。彼の素顔である側近は、冷静に物事を見ている。
母親役として明るく振る舞う一方で、家族を戦力として値踏みしている。彼としては、そのどちらも本心なのだろう。
 いずれ、ルルススには戦いが訪れる。皇帝暗殺の容疑を掛けられ、処刑を免れたが、戦いは終わっていない。
その時が訪れれば、この危うい家族関係も一変する。マサヨシには、その時が訪れないことを祈る他はなかった。
ルルススは愛玩犬ではなく、主に命を捧げる忠犬だ。忠義を果たすためになら、何事も辞さない覚悟に違いない。
 騒がしくも暖かな日常の裏側で、密やかに戦いは続いている。







08 5/23