アステロイド家族




芋掘りホリディ



 一日掛かりで掘り出した大量のサツマイモは、リヤカーに積み込まれた。
 荷台に山積みにされたサツマイモは壮観だった。その頃になると日も暮れかけていて、日差しも柔らかくなった。
サツマイモが眠っていた畝もほとんど掘り返されて、畑は乱れている。そのせいか、土の匂いも強さを増していた。
芋掘りを始める前に言った通り、ヤブキは山の麓から枯れ葉を集めてきて焚き火を起こし、焼き芋を作り始めた。
ヤブキは最初からそのつもりだったらしく、用意周到にアルミホイルを持ってきていて、それでサツマイモを包んだ。
 焚き火から昇る煙は白っぽく、火の勢いは弱い。日が陰ってきたために肌寒くなってきたので、丁度良かった。
落ち葉の中に放り込まれたサツマイモが気になるのか、アウトゥムヌスは膝を抱えて焚き火をじっと見つめていた。
ハルは一日中はしゃいで疲れたらしく、眠たげに目を伏せている。ミイムは、最早眠る寸前のハルを支えていた。
ヤブキは焚き火の様子を見ていたが、時折振り返って、リヤカーに出来たサツマイモの山を満足げに眺めていた。

「いやー、良い感じっすよー」

 ヤブキは作業着の袖を捲り上げ、素手で焚き火に手を入れてサツマイモをひっくり返した。

「あれだけありゃあ、冬も越せるってもんっすよ」

「熱くねぇのかコノヤロウですぅ」

 ミイムが訝ると、ヤブキは灰にまみれた手を作業着の裾で拭った。

「オイラの積層装甲の耐熱性能は高いっすから、ちょっとぐらいなら火に触れても平気なんすよ。つっても、長時間触れてたら、色んなセンサーやらデリケートなギミックやらが溶けちゃうんで、出来ればお勧めしないっすけどね」

「じゃ、なんで手ぇ突っ込むんですかぁ」

「火バサミ忘れたんすよ、火バサミ」

 トングのでかいやつっす、とヤブキは両手を広げて大きさを示した。

「だったらボクに言えばいいんですぅ、ボクは触らなくても動かせるんですからぁ」

 ミイムが炭と化した枝を浮かばせると、ヤブキはぽんと手を打った。

「ああ、そう言われてみりゃそうっすね! 普段の行いが行いだから、真っ当な使い道を忘れちゃってたっすよ!」

「メタクソに失礼だなドチクショウですぅ」

「いやあ、だってそうじゃないっすか。ミイムが超能力を使う目的って、大体がオイラへのDVなんすから」

「他にもちゃんと使ってますぅ! お皿洗いとかお洗濯とかお掃除とかですぅ!」

「でも、オイラへの主な使い道は、サイコキネシスで打撃力を数倍にアップさせたパンチとか、落下の加速で威力を増したキックとか、サイコキネシスそのものでの攻撃とかっすよね?」

「まあ…それもそうなんですけどぉ」

 今までの蛮行を思い出し、ミイムは思わず目を逸らした。アウトゥムヌスは瞬きし、ミイムに目線を向けた。

「けれど、本気ではない」

「みょっ」

 アウトゥムヌスが急に発言したので、ミイムはやや驚いた。

「サイコキネシスは超能力の中ではオーソドックスな能力だが、基本に忠実であるが故にその威力は高く、精神力に伴って破壊力は飛躍的に向上する。手を使わずに物質に作用を与えられるため、高度な精密作業も可能。あなたのサイエネルギーから判断すると、あなたが全力を出せばジョニー君の積層装甲など一秒で圧砕出来る。或いは、脳に直接ダメージを与え、死に至らしめることも出来る。もしくは、生体維持機能を遠隔操作して誤作動させることが出来る。けれど、あなたは何一つしていない」

 アウトゥムヌスの銀色の瞳が、ミイムを覗き込んできた。その瞳に映り込んだ焚き火の炎が、ちらちらと瞬く。

「その理由は、解っている」

「だからなんだってんですかぁ、うみゅう」

 言い返せずにミイムが言葉を濁すと、ヤブキが笑った。

「オイラはこんなんっすから、ミイムにちょっと引っぱたかれたぐらいじゃ痛くも痒くもないんすよ。そりゃ、全力で攻撃されればヤバいっすけど、ミイムはそんなことはしないって解っているっすから。ミイムがオイラに攻撃してくるのは、動物の甘噛みみたいなもんっすから、別に止めなくたって構わないっすよ」

「なんですかそのドM発言の数々は」

「ま、そういうことっすよ」

 ヤブキはアウトゥムヌスの華奢な肩を抱き寄せつつ、ミイムに向き直った。

「ここんとこ、ミイムは大人しすぎて逆に気持ち悪いんすよね。あの泥酔事件のせいなんだろうけど、そんなに気にすることもないっすよ。むしろ、なくなるとなんか寂しいっていうかで」

「あれを気にしない方がどうかしてますぅ」

 ミイムが顔を背けると、ヤブキの膝の上に乗ったアウトゥムヌスが呟いた。

「なぜ」

「そりゃ決まってますぅ、恥ずかしいからですぅ」

「なぜ」

「そりゃあ…」

 そこから先は、さすがに言えない。ミイムは口籠もったが、アウトゥムヌスの問いは続いた。

「なぜ」

「うみゅう…」

「なぜ」

「ふみぃ…」

「なぜ」

「うみゃあぁーん」

 ミイムは両方の耳を押さえ、顔を伏せた。照れ臭くて、恥ずかしくて、頬の温度が上がるのが自分でも解った。
素直になるのは難しい。強く出ていなければ不安だ。弱みを見せたらつけ込まれる、と教え込まれていたからだ。
皇族である以上、政治の道具に過ぎないのだ。だから、本音を言えるのは、昔から側近のルルススだけだった。
妹であるフォルテのことは心から愛しているが、皇位継承権を争う相手だったのでいつもどこかで気を張っていた。
 こんなに好きなのに、どうしても気を許せない。ヤブキは政敵でもなんでもなく、初めて出来た友人だというのに。
だが、だからこそ、素直になれなかった。殴ろうと思えばいくらでも殴れるし、蹴ろうと思えばいくらでも蹴られる。
けれど、笑顔を向けられない。親しい言葉を掛けられない。手や足は出るのに、肝心な言葉が喉の奥で詰まる。

「みぃ」

 ミイムはヤブキから顔を背けたまま、サイコキネシスで焼き芋を一つ浮かび上がらせた。

「あんたのことなんか、ボクは、別に」

 生まれて初めての友達だから。 

「趣味は最低だし言動はキモいしあらゆる意味で底辺だしぃ」

 もっと近付きたい、もっと優しくしたい。

「そりゃ、ちったぁ手先が器用で農作業も出来て料理もまともで子守も上手だってのは認めますけどぉ」

 彼女に妬けてしまうほど。

「でも、やっぱりあんたは底辺だから、底辺オブ底辺だからぁ」

 彼が、好きでたまらない。

「ぼっ、ボクが!」

 焼け焦げたアルミホイルが裂けてサツマイモが真っ二つに割れ、断面から甘い匂いの湯気が立ち上った。

「ヤブキの友達になってやってもいいかもしれないんですぅ!」

 芯まで火が通り、食べ頃である焼き芋の半分をヤブキの目の前に浮かばせながら、ミイムは顔を伏せた。

「嫌」

 その言葉にミイムが顔を上げると、アウトゥムヌスがヤブキの腕を掴んでいた。

「夫」

「ボクの一大決心を台無しにしちゃわないで下さいよぉ、むーちゃあん」

 決意を折られたミイムはちょっと泣きそうになったが、アウトゥムヌスは拒絶を緩めなかった。

「嫌」

「大丈夫っすよ、むーちゃん。この前も言ったっすけど、オイラは男には一切興味ないっすから。特に三次元は」

 ヤブキはにやけながら、アウトゥムヌスに顔を寄せた。アウトゥムヌスは、上目にヤブキを見上げる。

「本当?」

「オイラが愛してんのはむーちゃんだけっすから」

「…同上」

 アウトゥムヌスは頬を染めながら、俯いた。ヤブキは愛妻を抱き締めながら、心なしか涙目の少年に向いた。

「だから浮気は勘弁っすよ」

「誰がてめぇなんかと浮気するかよスカタンですぅ」

 すっかり話を逸らされ、ミイムはむくれた。ヤブキは目の前に浮かぶ半分の焼き芋を取り、マスクを開いて囓る。

「それに、今更言われなくたって、オイラ達は友達じゃないっすか。家族じゃないっすか」

「ボク的にはそうじゃなかったっていうか、そうかもしれないけど、踏ん切りを付けておくべきだと思ったんですぅ!」

「なんでなんすか?」

「そりゃ…まあ…」

 ミイムが言葉を濁していると、ヤブキは焼き芋を食べ終えた。

「ミイムが何をどう思ったのかは解らないっすけど、今まで通りでいいじゃないっすか。むーちゃんとオイラが結婚したって、何が変わったわけでもないんすから。友達だとか友達じゃないとか、そういうのもないんすから。オイラ達は家族、それでいいじゃないっすか」

「ヤブキにしてはまともな物言いですぅ」

 ミイムは半分にして手元に浮かばせていた焼き芋を口元に運び、頬張った。

「んじゃ、また明日からはサイキックでドメスティックなバイオレンスの始まりですぅ。そこまで言うんだったら、ボクの攻撃から逃げるんじゃねぇぞスットコドッコイですぅ。覚悟しやがれタクランケですぅ」

「嫌」

 アウトゥムヌスはヤブキの胸元に縋り、僅かながら敵対心を込めた視線でミイムを見据えた。

「これはまた変な三角関係っすねー。ていうか、ミイムって、本当にオイラに恋愛感情は抱いていないんすか? ここまで来ると、バッチリあるようにしか思えないんすけど」

 ヤブキが二本目の焼き芋を取りながら言うと、ミイムは唇を歪めた。

「んなことあるわきゃねぇですぅ、ボクは可愛い男の子は別だけどてめぇみてぇなガチムチキモオタ野郎は願い下げなんだよアホンダラですぅ。ちょっとボクがデレたからって図に乗ってんじゃねぇぞ底辺オブ底辺!」

「だ、そうっすよ。良かったっすね、むーちゃん」

 二本目の焼き芋を二つに割ったヤブキは、その半分をアウトゥムヌスに差し出した。

「安堵」

 アウトゥムヌスはジャージの袖を伸ばし、袖で覆った手で焼き芋を受け取り、息を吹いて冷ましてから囓った。

「うー…」

 すると、ミイムの膝で眠っていたハルが呻き、身を捩った。頭上が騒がしかったせいで、目を覚ましたようだった。

「みゅう、ハルちゃん、起きちゃいましたかぁ?」

 途端にミイムは声色を変え、ハルを抱き起こした。ハルは目を擦っていたが、ミイムを見上げた。

「ママぁ、おイモ焼けた?」

「もっちろんですぅ。ハルちゃんが掘ったサツマイモも、ちゃーんと焼けてますぅ」

 ミイムは焚き火の中からハルの掘り出したサツマイモを浮かばせると、ハルの前まで運んできた。

「とおっても熱いから、気を付けて食べて下さいねぇ。みゅみゅうん」

「うん!」

 ハルは大きく頷き、焼きたてのサツマイモに手を伸ばしたが、強烈な熱を感じてすぐに手を引っ込めてしまった。
無理もない、今まで火の中に入っていたのだから。ミイムはサイコキネシスで、丁寧にアルミホイルを剥がした。
 ハルは黒く煤けたアルミホイルの中から現れたサツマイモに触れようとしているが、熱すぎて指も付けられない。
冷めるまでは生殺しだな、と微笑ましく思いながら、ミイムはアウトゥムヌスを膝に乗せているヤブキを見やった。
あちらも似たような構図になっているが、アウトゥムヌスはそれほど熱さは気にならないのか、黙々と食べていた。
 ヤブキはミイムから注がれている視線に気付くと、焚き火から新たなサツマイモを拾い、ミイムに放り投げた。
サイコキネシスを用いてその焼き芋を受け取ったミイムは、多少ぎこちなさはあったが、ヤブキに笑顔を返した。
 簡単なことほど、難しく思えるものだ。







08 9/3