アステロイド家族




次元を超えし者



 天使の放つ輝きは、命そのものだ。
 イグニスは感じる。今までにないほど高まったエネルギーと、今までにないほど活性化した金属細胞の力を。
トニルトスは感じる。何千億もの機械生命体を生み出してきたエネルギーの凄まじさと、底知れない生命力を。
同じ金属細胞で出来ている武器も力を得た。有り余るエネルギーを全身に満たした、戦士に扱われるために。
 二人の戦士に慈愛に満ちた微笑みを向けたアウルム・マーテルは、六枚の翼を、ゆったりと羽ばたかせた。
純白の羽根が膨らみ、揺れる。宇宙空間では起きないはずの風が、エネルギーの粒子によって巻き起こった。
起きるはずのない風に煽られた次元艦隊は、予想外の衝撃を受け止めることが出来ずに呆気なく飛ばされた。
中にはマサヨシのHAL号が含まれていたが、アウルム・マーテルが出現した今、二人の興味からは消えていた。
全身に漲る暖かくも激しいエネルギーに浮かされた二人は、アウルム・マーテルの左右に控え、身構えていた。
母を守るのは子の仕事であり、母を守り通すことが全ての機械生命体に与えられた使命であり、戦争の理由だ。
 アウルム・マーテルは歌う。超高出力の電磁波と磁力が込められた子守歌を紡ぎ、微笑みながら宇宙を行く。
イグニスとトニルトスは、慈母の傍で飛行していた。百万メートルの巨体は、動くだけで衝撃波を生み出していた。
だが、二人はアウルム・マーテルが放った金色の力を帯び、エネルギーが同調しているので衝撃を感じなかった。
アウルム・マーテルは金髪をゆらゆらと靡かせ、微笑みを絶やさずに飛んでいたが、早々に火星が見えてきた。
百万メートルもの巨体だと、その体を僅かに移動させただけで膨大な距離を移動出来るので、当然のことだった。
 火星に接近するに連れて、新たな敵の影が見えた。火星に駐留している宇宙軍の艦隊が、砲口を向けていた。
イグニスとトニルトスが飛び出すよりも早く、弾幕が作られた。慈母たる天使を殺すため、閃光の砲弾が降り注ぐ。

「人間如きが!」

 トニルトスは加速して発進したが、白い翼に遮られた。アウルム・マーテルは首を動かし、我が子を見つめた。
停止したトニルトスが見上げると、アウルム・マーテルは鈍い震動と共に右腕を挙げて、ゆらりと横へ動かした。
人間と同等の大きさであれば細い指だと称されているであろう五本の指先から、青白い閃光の奔流が溢れ出す。
 遮るもののない空間を貫いた雷光は火星の艦隊に着弾し、弾幕を乱し、ノイズに混じって断末魔が聞こえる。
人間同士の通信回線に混じった死の絶叫は、機械生命体が放つそれに比べて生臭く、音自体が粘ついていた。
運良く雷撃を逃れた戦艦が死傷者数を火星基地に報告しており、数千人が死んだらしいが軽微としか思えない。
イグニスとトニルトスは、目の前で数十万もの仲間が死ぬ様を何度となく見てきた。だから、この程度は日常だ。
誰かが死なない日はなく、戦火の消える日もなかった。センサーを掠める断末魔に、二人は懐かしさすら感じた。

「なんと麗しい…」

 爆砕して宇宙空間に漂っている戦艦の残骸を見つめ、トニルトスは感嘆した。

「凄ぇな」

 イグニスはレーザーブレードを肩に担ぎ、笑いを零した。

「相手が人間だからちょっと物足りねぇが、こうもザクザク死んでくれると気分がいいぜ」

「さすがは我らが母だ。我らの力など、足元にも及ばぬ」

 トニルトスも長剣を下げ、笑う。アウルム・マーテルは火星の衛星軌道上にばらまかれた残骸に、目を向ける。
辛うじて生き残っていた一隻の戦艦がリニアカタパルトを展開し、スペースファイターを次々に宇宙へ射出した。
戦艦の航行速度の数百倍の速度で接近してきたスペースファイターは、アウルム・マーテルに照準を合わせた。
スペースファイターの吐き出す光弾がアウルム・マーテルの白磁の肌に触れ、弾けるが、傷一つ付かなかった。
アウルム・マーテルの後方へ回り、離脱姿勢を取ったスペースファイターに、巨大な天使は左手を差し伸べた。
 柔らかな手のひらで収束した金色の光は膨大な破壊力を秘めた、朱色のフレアを纏っている火球へと変化した。
その火球の直径は、五千メートルを超えていた。赤みを帯びた鮮烈な輝きを放つ、生まれたばかりの星だった。
指先に軽く押された火球はスペースファイターの一団を追い詰め、最後尾の機体に触れた瞬間に弾け飛んだ。
炎のように過熱したエネルギーの飛沫が暗黒の空間に飛び散り、消えていく様は、流星が落ちる様に似ていた。

「うっはああああ!」

 鮮烈な炎の輝きに浮かされたイグニスは、少年のように歓喜した。

「すっげぇ、凄ぇ! あんなのを撃てるのは、ルベウス司令官だけだとばかり思っていたぜ!」

「先程の雷撃は、サピュルス司令官のそれに似通っていた」

 トニルトスも感嘆し、イグニスは得意げににやけた。

「なんたって俺達全員の母だからな、誰の能力が使えたって不思議じゃねぇさ」

「では、次は…」

 トニルトスは、アウルム・マーテルの進行方向を凝視した。ワープ空間を超越した、新手の艦隊が出現していた。
数万キロメートル先の宙域だが、二人の目には見えた。木星からの援軍らしく、そのエンブレムが印されていた。
 ユピテル艦隊。太陽系の軍隊が有する艦隊でも最も規模が大きく、また高出力の武器を備えている艦隊だった。
艦隊のしんがりを勤める超大型宇宙戦艦の全長はリリアンヌ号に匹敵し、船体の中央部分はレールガンだった。
レールガンが重すぎるせいで航行速度が落ち、防御が疎かになるからだろう、スペースファイターに囲まれている。

「どうする、トニルトス?」

 にやけているイグニスに、トニルトスは返した。

「生温く粘ついた蛋白質共に、我らが母の美しさを見せてやらねばならんな」

 二人は身を下げ、アウルム・マーテルから距離を置いた。母から零れるパルスで、次の攻撃が何か知っていた。
巨大な天使の体内で金属細胞が変質し、変形し、電子の言霊が駆け巡り、超高圧のエネルギーが変化していく。
アウルム・マーテルは両腕をしなやかに広げ、開いていた瞼を伏せ、微笑みを湛えていた口元を柔らかく締めた。
六枚の翼が最大展開され、羽根という羽根がほのかな黄色の電磁シールドを帯び、金色の光に包まれていた。
 ユピテル艦隊の前方を守っていた戦艦が移動し、扇形の陣形を取り、しんがりから宇宙砲撃戦艦が進出した。
船尾にまで及ぶ長さの砲口から溢れるエネルギーの出力が増大し、宇宙砲撃戦艦以外の艦はシールドを纏った。
宇宙砲撃戦艦の砲口から超々々々々大口径のビームが放たれ、アウルム・マーテルを目指して飛び込んできた。
 だが、新人類の渾身の一撃は、空しく砕け散った。アウルム・マーテルは、その砲撃を受け止めていたからだ。
ほのかな黄色のシールドに防がれたビームエネルギーは空虚な宇宙に拡散して、羽根を揺らすことすらなかった。
アウルム・マーテルは己を抱き締めるように両腕を抱くと、シールドの範囲が拡大し、ユピテル艦隊にまで及んだ。
応戦する間もなく全ての戦艦が黄色のシールドに圧砕されて爆発し、宇宙砲撃戦艦も折れ曲がった末に爆砕した。
新人類の持つシールドでは、アウルム・マーテルのシールドの出力に敵うどころか、触れることすら出来なかった。

「いい加減に諦めたらどうだ、人間?」

 笑いを堪えもしないイグニスに、トニルトスも肩を震わす。

「全くだ」

 二人は愉悦の笑いを上げていたが、センサーの端に違和感が掠めた。アウルム・マーテルも、眼球を動かした。
彼方から注ぐ星々の光がぐにゃりと湾曲し、空間に別の空間が接触、拡大する。紛れもなくワープドライブだった。
ワープドライブを終えて通常空間に出現した機体の尾翼には、HALとある。ほぼ無傷のマサヨシの機体だった。
彼に続いて次々にワープドライブが開き、先程アウルム・マーテルがエネルギーの風で飛ばした機体が生還した。

『また会ったな、イグニス、トニルトス』

 マサヨシの通信が、二人に届いた。HAL号の左翼には、破損した機動歩兵が二機座っていた。

『私達は次元との付き合いは長いんだ。あの程度のことで死ぬと思うな!』

 大型機動歩兵、レイラが声を張ると、その腕に抱えられた自律型機動歩兵が二人分の声を発した。

『あんたらがマジ凄いロボットだってのは解ったけど、俺らはまだ負けてねぇし?』

『新人類を脅かす悪しき異星体め、我ら次元艦隊とベルナール小隊の実力を思い知るがいい!』

 死にかけた割に軽薄なサザンクロスに続いて、ポーラーベアが猛々しく叫ぶ。彼らは、対の機体だったらしい。
二機にはそれぞれ二人分のAIが搭載してあったため、片方が破損しても片方が無事ならバックアップも無事だ。
恐らくそれは、サザンクロスとポーラーベアのコンビネーションを高めるためのレイラとやらの小細工なのだろう。

「さっさと死んどきゃ楽だったのによ」

 イグニスはレーザーバルカンを上げ、HAL号に照準を合わせた。トニルトスも左腕を挙げ、銃身を露わにする。

「貴様の運の良さも、これまでだ」

『俺を殺したかったら、まずは俺に勝つことだ!』

 ポーラーベアとレイラを翼から降ろしたマサヨシは、HAL号の機首を上げてほぼ垂直に上昇した。

『付いてこい、イグニス、トニルトス!』

「馬鹿にしやがって!」

 イグニスは舌打ちし、急加速してHAL号を追尾した。トニルトスは、遠ざかるイグニスに声を上げる。

「追うな、愚か者が!」

「あいつは俺の相棒だぜ、俺じゃなきゃ殺せねぇに決まってんだろ!」

 イグニスの子供じみた主張に、トニルトスは首を横に振った。

「下らん」

 トニルトスの軽蔑した言葉を無視し、イグニスは加速した。HAL号は更に加速を繰り返し、身軽に飛行していた。
アウルム・マーテルの肌のすれすれを飛んでいるが、間違って衝突することはなく、むしろ危うさを楽しんでいた。
腹部から背に回る際にはアクロバティックに機体を回転させ、金髪の間を抜ける時には踊り、時には反転させた。
 イグニスも加速を繰り返してHAL号を追ったが、イグニスの飛行技術よりもマサヨシの飛行技術が勝っていた。
悔しいが、こればかりは才能の差だった。トニルトスなら別かもしれないが、イグニスでは追いつけそうになかった。
右脇腹から腕を伝い、肩口から首筋に向かうHAL号の尾翼は遙か遠くにあり、イグニスとの間隔は開き続ける。
豊かな金髪と首の隙間を滑り抜けたHAL号は再度急上昇し、イグニスが追いついた頃には顔へと向かっていた。
 HAL号の加速が緩むと、両翼の下から主砲が伸び、HAL号の照準はアウルム・マーテルの左目に定まった。
イグニスが阻む前に、HAL号は発砲した。アウルム・マーテルの巨大な眼球へと、エネルギーが吸い込まれる。
エメラルドグリーンの瞳孔が開き、金色の睫が震える。HAL号が退避した直後、アウルム・マーテルは絶叫した。
無差別に放たれた超高出力衝撃波は次元艦隊やHAL号だけでなく、イグニスはトニルトスすらも吹き飛ばした。
今度ばかりは、エネルギーを同調させている暇もなかった。イグニスは宇宙空間に飛ばされながら、声を聞いた。

「俺達は、何を殺したんだ?」

「人間ですよ」

「ああ、人間だ」

「人間、とな」

「人間…だったの?」

 イグニスとトニルトスのセンサーに滑り込んできた通信電波が届けた音声は、忘れもしない、彼らの声だった。
アウルム・マーテルは左目を押さえ、背を曲げる。六枚の翼をしなやかに曲げて、胎児のように身を丸めていく。

「俺達は、なんてことをしちまったんだ」

「僕達の罪は、増えるばかりです」

「やっとここまで来たってのに、なんでこうなっちまうんだよ!」

「天は、我らに罪を償う機会すら与えてくれぬのか」

「もう、こんなの嫌なのに! 戦いなんて、だいっきらい!」

 最も幼い少女の声は、涙に詰まっていた。アウルム・マーテルは左目から手を外し、涙に似た液体を零した。

「あなたが、いけないんだ」

 アウルム・マーテルの潤んだ左目が動き、イグニスを捉える。

「ねえ、どうして戦いを忘れられないの? どうして優しくなれないの? どうして他人を傷付けるの? どうして誰かが死んで喜べるの? どうして?」

 イグニスの目の前に、アウルム・マーテルの巨大すぎる手が伸びてくる。

「悪い子。お仕置きしなきゃ」

「オニキス…」

 イグニスは硬直し、回避行動が取れなかった。忘れもしない声がイグニスの記憶回路を抉り、心を痛め付ける。
アウルム・マーテルの指先がイグニスに触れるかと思われた時、方向転換したHAL号が両者の間に突っ込んだ。
HAL号は左翼にイグニスを引っ掛けて荒く加速したが、アウルム・マーテルの手は、イグニスを追い続けていた。
腹部にめり込んだHAL号の左翼の痛みに戸惑うよりも、アウルム・マーテルから聞こえた声への畏怖が大きい。

「やめなさい、オニキス。彼もまた僕達と同じなのです、殺してはいけません」

 別の声を発したアウルム・マーテルは、伸ばしていた手を止めた。トニルトスは、呆然と天使を仰ぎ見た。

「サピュルス司令官…?」

「お久し振りですね、トニルトス。元気そうで何よりです」

 アウルム・マーテルの視線が動き、トニルトスを捉えた。トニルトスは途端に狂喜し、叫んだ。

「ご無事だったのですか、サピュルス司令官!」

「そいつぁ違うぜ。俺達五人は間違いなく死んだ。こいつの本体に飛び込んで、どろどろに溶けてな」

 野太く力強い、炎の戦士の声。イグニスはHAL号の左翼に昇り、天使に呼び掛けた。

「ルベウス司令官でありますか!」

「他にもいるぜ」

「我らは五人で一つの兄妹であり、家族なのでござる。忘れてもらっては困るのでござる」

「そうだよ、思い出すのは兄さん達だけなの?」

 トパジウス。アメテュトス。オニキス。三人の発言に、イグニスは畏怖を感じつつも答えた。

「忘れたわけではありませんが…」

「ま、無理もねぇけどな。俺達は散々お前らを痛め付けたんだからよ」

 トパジウスの言葉に、アメテュトスが同意する。

「数千万年に及ぶ戦争で、我らは同族を殺しすぎたのでござる。今更、同胞と思えるわけもないでござろう」

「では、司令官方はなぜこのような辺境の星系にいらしたのですか?」

 トニルトスが問い掛けると、アウルム・マーテルは火星の先に浮かぶ赤く焼けた星に視線を据えた。

「僕達は、死んでやっと思い出すことが出来たんです。遠い遠い昔に交わした、約束を」

『約束だと?』

 HAL号の速度を緩めながら航行させているマサヨシが訝ると、アウルム・マーテルは言った。

「はい。あなた方と同じ、いえ、少し違いますね。あなた方が旧人類と呼んでいる人類の女性と交わした、とても大切な約束なんです。僕達は遙か昔に地球に訪れ、ある人と出会ったんです。僕達は機械の体で、その人は生身の体でしたけど、僕達と対等に接してくれただけでなく、僕達を愛してくれたんです。色々なことが起きて、僕達は地球を離れなければならなくなったのですが、その時に約束したんです。必ずまた、地球へ戻ると」

 アウルム・マーテルは、放射能に焼き尽くされた地球を望む。

「あなたが眼球に撃ち込んでくれた砲撃のおかげで、大脳中枢へと別のエネルギーが侵入し、アウルム・マーテルの意識レベルが低下しました。そのおかげで、こうして僕達は一時的に意識を取り戻すことが出来ました。けれど、その時間は僅かです。またすぐにアウルム・マーテルに意識を飲み込まれ、制御を奪われてしまうことでしょう。ですから、その前に、あなた方にお願いをさせて頂きたいんです」

 アウルム・マーテルは、祈りを捧げるかのように両手を組んだ。

「どうか、僕達を地球までワープさせて下さい」

『だが、あなた方にとって、そのようなことは簡単なはずではないのか?』

 次元探査船の船上からポーラーベアが言うと、アウルム・マーテルは僅かに瞼を伏せた。

「それでは時間が掛かりすぎて、またアウルム・マーテルの意識が力を取り戻してしまいます。僕達自身が次元超越能力を制御出来れば良いのですが、体を失った僕達にはそこまでの力はないんです。今まではアウルム・マーテルが無作為に開いた次元の歪みを通じて彷徨っていただけなので…」

『だが、我々はお前達を信用しない。その願いとやらを聞き届ける義理もない』

 レイラが刺々しく言うと、サピュルスは答えた。

「それは当然でしょう。僕達は、あなた方の同族を大量に殺してしまいましたからね」

「だがな、嬢ちゃん。今、俺達を地球に飛ばしておかねぇと、もっと人間が死ぬことになっちまうんだよ」

 ルベウスの声に続き、トパジウスが言う。

「下手をしたら、この星系の全部が蒸発しちまうかもしれねぇんだよ」

『けどさ、地球に何があるってんだよ? 千年前に種族間戦争で滅亡しちまった、マジつまんねー星だし?』

 不思議そうなサザンクロスに、アメテュトスが返す。

「拙者達は貴殿らのように、元々戦闘用として生み出されたロボットだったのでござる。無論、思考回路など無きに等しく、命ぜられたことを愚直に行うだけの機械でござった。そして、ある惑星との戦争に敗北した我らは地球へと舞い降りたのでござる。そして、地球で暮らし始めた我ら兄妹は人間に等しい自我を持つようになり、戦闘に対する本能じみた欲求も抑圧することが出来たのでござる。永きに渡る放浪の間、拙者は計算とシミュレーションを重ね、その理由を突き止めたのでござる」

「地球の磁場が、私達の頭脳回路を構成する金属に微細な変化を与えていたの! そのおかげで、私達はただの戦闘ロボットからちょっとだけ進化したロボットになれたってわけ!」

 やけに張り切ったオニキスに、サピュルスが続ける。

「その金属は僕達の体を成していた金属細胞と分子構造が酷似していますので、同じ効果が出るはずなんです」

『しかし、それはただの推論だ。お前達が言う効果がある保証はない。それに、その理屈で行けば、お前達は地球を離れることが出来なくなり、遠からず地球の支配者となる。滅んだ星とはいえ、我らの故郷だ。そうなると解っていて、お前達を送り出せるとでも思うのか』

 レイラの意見に、マサヨシも同意せざるを得なかった。

『そうだな。いくら俺達と同じ言葉を操っているとしても、異星体は異星体だ』

『我ら次元艦隊は、統一政府下の一艦隊に過ぎない。太陽系の惑星一つ犠牲に出来るほどの権限は…』

 不意に、レイラが言葉を切った。ポーラーベアとサザンクロスも顔を上げ、HAL号にも緊急通信が入ってきた。
太陽系全体を統治する統一政府の中でも最も地位が高く、あらゆる権限を有する、最高評議会からの通信だ。
それは、たった今より次元艦隊とその協力者らに全ての権限を預けるという内容で、マサヨシも含まれていた。
そして、イグニスとトニルトスも入っていた。つまり、統一政府はイグニスとトニルトスを人類側に加えているのだ。
 統一政府の意図が全く読めず、マサヨシだけでなく次元艦隊の搭乗員もイグニスとトニルトスも困惑してしまった。
つまり、統一政府は地球の存亡を異星体に一存してしまったのだ。太陽系を守ることを放棄した、とも思えるが。
 五人の意識ともう一つの意識を秘めた百万メートルの天使は、薄く微笑んだが、真意の読めない表情だった。
地球を喰われるか、滅ぼされるか、或いは五人の意識が明確な自我を取り戻し、天使とその力を制御するのか。
どれもまともな展開ではない。マサヨシはHAL号の左翼に立つ十年来の相棒の横顔を見、操縦桿を握り締めた。
 だが、結末は、生きるか死ぬかのどちらかしかない。





 


08 9/17