アステロイド家族




次元を超えし者



 ステラからの通信を切ったマサヨシは、考えを巡らせた。
 彼女の判断は正しい。アウルム・マーテルの体積を減らせば、エネルギー含有量も必然的に低下するはずだ。
兄妹と思しき五体の機械生命体の言い分は筋が通っているようで通っておらず、今一つ確証が得られないのだ。
だから、こちらとしても早々に手を打つ必要があるのだ。だが、二人の戦士はこの作戦に納得してくれないだろう。
イグニスとトニルトスはアウルム・マーテルを地球に導こうとしているようだが、その真意を察することは出来ない。
だが、近衛兵のようにアウルム・マーテルの両脇を固めていたことから考えると、二人は天使を守ろうとしていた。
 ステラの話を統合すれば、アウルム・マーテルは機械生命体を生み出すために欠かせないエネルギーだそうだ。
機械生命体という種の母胎であるならば、その使用目的は限られてくる。だが、そのためには場所が必要なのだ。
どんな生命体であろうとも、生まれ、育てるための環境は欠かせない。それに選ばれたのが、死した星、地球だ。
しかし、彼らにどんな経緯と理由があれ、選ばれた場所が死した星であれ、太陽系への侵略には変わりなかった。
 キーパーソンは、間違いなくイグニスとトニルトスだ。彼らがこちら側に戻ってくれば、対処出来るかもしれない。
けれど、二人は機械生命体であり、ルブルミオンとカエルレウミオンの戦士だ。二人の心は、未だに戦場に在る。
二人の現実は戦争だ。廃棄コロニーの穏やかな日々も、次なる戦いのために力を温存する期間に過ぎなかった。
鋼のように硬い二人の価値観を、マサヨシの言葉如きで揺るがすのは不可能だ。それ以前に、舐められている。

「中佐」

 余程怖い顔をしていたのか、レイラがおずおずと声を掛けてきた。マサヨシは、詰めていた息を緩めた。

「レイラ。お前ならどういう判断を付ける」

「説得が不可能だと判断した時点で、攻撃に移ります。それが最良かと」

 いかにも軍人らしいレイラの答えに、マサヨシは口元を歪めた。

「そうだな。俺も軍人だったらそうしていたが、今は民間人だ。今度のことは任務でも何でもないし、ステラから手を貸してくれと頼まれただけだ。そもそも、この件に俺が関係しているのはイグニスとトニルトスと交友があった程度で、それから先は何もない。言ってしまえば、逃げ出しても誰も俺を責められないんだ」

「ですが、中佐は逃げるような方ではありません」

「逃げ出したら、一生後悔すると解っているからな」

 マサヨシは操縦桿から右手を離してホログラフィーキーボードを軽く叩き、イグニスとトニルトスに通信を繋いだ。
いくら悩んだところで、二人と話さなければ何も始まらない。事態は一刻を争う、悩んでいるだけ時間の無駄だ。
程なくして、二人のぞんざいな返事があった。マサヨシはヘルメット型全面モニターの隅に見える、二人に言った。

「イグニス、トニルトス」

 マサヨシは浅く息を吸い、言葉と共に吐いた。

「お前達機械生命体が俺達人間を理解出来ていないように、俺もお前達を理解出来ていない。だから、今更お前達に人間に理解を示せとも命じないし、味方に付けとも言わない。だが、俺からは一つだけ頼みがある」

 マサヨシは、敢えて静かに述べた。

「俺も、お前達と一緒に戦わせてくれ」

『…てめぇ馬鹿か?』

 半笑いのイグニスに、トニルトスの嘲笑が重なる。

『貴様のような軟弱な蛋白質が、我らと共に戦えるとでも思っているのか? それ以前に、貴様は新人類ではないか。我らと共に戦うということは、それすなわち新人類全てに反旗を翻すという意味になるのだぞ?』

「そうだな」

『そうだなって、本当にそれでいいのかよ!?』

『理性回路でも飛んだのか?』

「珍しいな。お前らが俺を心配してくれるなんて」

 マサヨシが小さく笑うと、二人は僅かに口籠もったが、すぐさまイグニスが言い返してきた。

『俺はな、人間ってぇのが嫌いなんだよ! そりゃ、ハルは可愛くて好きだけど、それ以外は全部嫌いなんだよ! ちっちぇし、うざってぇし、いちいち面倒だし、弱っちいし、水っぽくて生臭いし、本当なら付き合うどころか近付くのだって嫌なんだよ! だから、俺はお前を裏切ってこっちにいるんじゃねぇか! まだ解らねぇのか、鈍感野郎!』

『故郷を失い、完全なる敗北を経験したあの日から、我らは孤独の海へと身を投じた。死する勇気もなく、滅する力もなく、無限の宇宙を彷徨うだけの日々が幾千億と続いた。その中で私が求めたのは、そしてこの男が求めたのも、戦いなのだ。我らは戦うために生まれ、戦うことしか知らず、戦うことでしか生きられなかった。故に、戦うことでしか果てることが出来ない。だからこそ、我らは最後の戦いを求めているのだ。アウルム・マーテルを守り、新たな惑星フラーテルを生み出すための、機械生命体の未来と栄光を掛けた最終決戦なのだ。ただ一人生き残ったとはいえ、私はカエルレウミオンであり、この男はルブルミオンだ。どうか、手を出さないでくれまいか。それこそが、我らに対する優しさとなる』

 感情を剥き出しにしたイグニスとは対照的に、トニルトスは終始冷静だった。

「だが、それ以前に俺達は家族だ。違うか?」

 マサヨシの言葉に、イグニスは声を裏返した。

『何、寝言抜かしてんだよ』

『貴様、本当に脳が損傷したのか?』

「そうかもしれない。だが、やっぱりそう思っちまうんだ。ミイムとヤブキを見限れなかったように、お前達を見限ることが出来ないんだ。お前達がどれだけ人間を疎もうと、俺はお前達を疎めなかった。だから、俺はお前達の味方をする。家族だからだ」

 マサヨシはヘルメットを外し、背後で目を丸めていたレイラに指示を出した。

「というわけだから、すまんがレイラ、迎えのスペースファイターでも寄越してもらってくれ。うちの馬鹿野郎共と、地球でデートをしなきゃならんからな」

「中佐、熱、ありません?」

 レイラは手袋を外し、マサヨシの額に手を当てた。その冷ややかな感触に、マサヨシは苦笑いする。

「それはもう三度目だ」

「そりゃ確かに、中佐は中佐って通称だけどリアルに中佐ってわけじゃないし、そういう無茶苦茶な行動が出来るのはフリーダムにも程がある民間人だからですけど、バッドエンドまっしぐらな選択肢はどうかと思いますが」

 顔色が戻ったレイラは、調子も戻っていた。

「だから、そういう言い回しはどうにかならないのか」

 マサヨシが渋い顔をすると、レイラは小さく肩を竦めた。

「これでも努力している方なんですけどね」

「さすがにワープドライブだけは別に行うつもりさ。ステラの寄越したプランを見たが、とんでもない出力だった。超高圧のワープエネルギーが注ぎ込まれたワープゲートに入ったら、こんな船じゃ入った瞬間にばらばらになっちまう。だが、ワープドライブは俺一人じゃ難しいんでな、サチコの手助けが必要だ」

 サチコのAIを起動させるパスワードを入力するマサヨシに、レイラは頬を緩めた。

「それがいいです。では、私は任務に戻ります。御武運を」

「お前こそ死ぬなよ、レイラ」

 マサヨシが笑いかけると、コクピットから出たレイラは一旦立ち止まり、振り返った。

「御安心を。私には頼れるナイトが二人もいますので」

 モニターでは船腹のハッチが開いたことを示すアラートが点滅し、レイラが宇宙空間に出たことを知らせてきた。
数分後、レイラは大型機動歩兵のコクピットに戻ったと伝えてきたので、マサヨシはレーザーバインドを解除した。
レイラとサザンクロスの機体を抱えているポーラーベアは、地球へと向かうHAL号に向かって最敬礼していた。
次元艦隊の船団から離脱したHAL号はイグニスとトニルトスと擦れ違ったが、彼らは加速し、HAL号と併走した。

『おい、マサヨシ』

 HAL号の左翼のハンドルを出して掴まったイグニスは、通信越しに話しかけてきた。

『お前がそこまで言うってんなら、仕方ねぇ。せいぜいお前を利用してやるぜ』

『人間如きが』

 右翼のハンドルに掴まったトニルトスは、侮蔑混じりに言い捨てた。

『気高きカエルレウミオンである私と戦列を共に出来ることを、生涯の光栄とするがいい』

 マサヨシは二人の軽口を聞き流しながら、HAL号のモニターに浮かび上がる SACHICO の名を見やった。

「起きたか、サチコ」

〈全システムオールグリーン、今日も私は絶好調よ! で、なんでまたマサヨシは地球に向かっているの?〉

 不思議そうなサチコに、マサヨシは返した。

「そいつを説明するのは、全部終わった後だ。生きていれば、の話だがな」

 途端にサチコの悲鳴に似た絶叫が聞こえたが、マサヨシは笑っていた。もっとも、死ぬつもりは欠片もなかった。
必ず生きて帰る。先のことは全く解らなかったが、不思議と恐怖は感じずに、むしろ晴れ晴れとした気持ちだった。
ほんの一時だったが、イグニスとトニルトスと敵対していたことが思った以上に辛かったのだと改めて思い知った。
子供みたいだな、と自嘲したが、悪い気分ではない。感情だけで下した判断だから、どう考えても最悪の判断だ。
皆が言ったように、きっとおかしくなっているのだ。嘘を吐きすぎたから、自分自身が嘘に耐えられなくなったのだ。
 だとしたら、良い傾向だ。




 地球へ向かうHAL号を見つめるステラは、唖然としていた。
 なぜ、このタイミングで地球に向かうのだ。良いことなど何一つもなく、命を落とす危険だけが訪れる星なのに。
マサヨシの操る機体の両翼には、イグニスとトニルトスも掴まっていたようだが、ますます訳が解らなくなってくる。
三人の男の間に何が起きたのかを知るためにも、HAL号から帰還したレイラら三人から話を聞き出すべきだろう。
だが、それはまた後だ。今は、百万メートルの天使を地球付近の宙域に送るためのワープドライブを行わねば。
 ステラはオペレーターの一人に命令し、アウルム・マーテルと交信するための高出力通信電波を発信させた。
アウルム・マーテルの放つエネルギーに負けたのか、ノイズが混じっていたが、五人の応答が順番に返ってきた。

『んで、準備は整ったみてぇだな?』

『僕達には時間がありませんので、どうかお早く』

『ドカンと一発頼むぜ!』

『我らが本懐、今こそ果たす時でござる』

『私達のお願い、聞いてくれてありがとう』

 五人の言葉を聞き終えたステラは、手近なインカムを取り、マイクを口元に寄せた。

「船やら何やらを見て解るとは思うけど、うちら新人類の科学技術は大したことあれへんねん。せやから、あんさんらの体をワープさせるためのワープ空間を造り出せたとしても、その中で何が起こるのかはうちらにも予想が付かへんのや。せやから、何が起きても怒らんどいてや」

『つまり、何かが起きる、かもしれねぇんだな?』

「そらそやろ。仮にも別の空間に侵入して空間を超越するんやから、何も起きへん保証なんてあれへん」

 ルベウスの探るような言葉を、ステラは切り捨てた。

『うん。解ってるよ、全部。艦載コンピューターのパルスを傍受することなんて、私達には簡単なことだから』

 オニキスの切なげな呟きに、サピュルスが続く。

『ですが、僕達はあなた方に抗いません。当然の報いですから』

『むしろ、拙者達はおぬしらに感謝しておる。我ら兄妹の話を聞いてくれただけでなく、地球への道を造って下さるのだからな。それだけでも、充分なのでござる』

 穏やかなアメテュトスの後に、トパジウスが締める。

『じゃあな、次元艦隊とそのリーダー。数千万年振りの地球でバカンスを楽しんでくるぜ』

 五人の声がフェードアウトし、通信が切れた。ステラはぐっと唇を噛み締めていたが、顔を上げた。

「次元艦隊全艦に告ぐ! これより、アウルム・マーテル輸送作戦を開始する!」

「パッシオ号、全速反転!」

 シーザーは力強い声を張り、ブリッジ全体に命令を響き渡らせた。そして、拳を固めているステラを見やった。
幼さの残る顔立ちは険しさを湛え、怒りにも似た眼差しをアウルム・マーテルへ注ぎ、唇を真一文字に締めていた。

「どうした、ステラ。お前の思惑通りになったじゃないか、もう少し喜んだらどうだ」

 シーザーが声を掛けると、ステラは目を伏せた。

「うちの判断、ホンマにこれで良かったんやろか」

「実行した後で迷う奴があるか。この作戦を考えたのも、決行したのもお前自身だろうが」

「…そやね」

 身を反転させたステラは、ヒールを高く鳴らしながら艦長席から降りると、チーフオペレーターに話しかけていた。
先程とはまた違った真剣さで、超広範囲のワープドライブを行うためのフォーメーションや出力をチェックしている。
ステラの手が入ったのなら、この作戦は成功したと思っていい。シーザーは、艦長席の後ろに立つ男を見やった。

「それで、あんたはどうするんだ、グレン・ルー。俺達の見せ場はそろそろ終わるぞ」

「放射能まみれの地球に行くのはめんどいし、アウルム・マーテルに近付きすぎるとベッキーちゃんにどんな悪影響が出るか解らないから、俺はここでじっとしてるさ。特等席だし?」

 にやにやと笑うグレンに、シーザーは舌打ちした。

「鬱陶しい野郎だ」

「安心しなって。俺の今日の目的は馬鹿でかいパーティーの見物であって、人間の殺戮じゃねぇよ」

「どっちにしろ悪趣味じゃねぇか」

「いんやあ、健全なもんだぜ?」

 なー、と笑いながらグレンはベッキーを撫でると、ベッキーも主に笑みを返した。

「そうですねー。御主人様にしてはー、大分まともですー」

 シーザーはグレンの締まりのない笑みに胸が悪くなったが、今ばかりは気晴らしにタバコを吸うことは出来ない。
グレンが何もしない保証はないが、指示を下さなければ部下を死なせてしまうので、シーザーは艦長席に座った。
 次元艦隊は全ての次元探査船を円形に並べ、その中の直径百万メートルを超える空間にエネルギーを放った。
全てのワープエネルギーが同出力であり、最高出力でなければならず、なかなかエネルギー値は安定しなかった。
 ワープエネルギーが安定してからも問題は多かった。ワープ空間と通常空間を繋ぐ裂け目が、拡大しないのだ。
最大でも半径五十万メートルしか開かず、このままではアウルム・マーテルを地球へと運ぶことは不可能だった。
アウルム・マーテルが放つエネルギーの影響だと思われたが、その裂け目に入らなければ、目的は達成されない。
なので、アウルム・マーテルの意識を支配している五人の兄妹は余力を使って、エネルギーの出力を低下させた。
アウルム・マーテルのエネルギー値が半分以下に低下したおかげで、空間の裂け目が百万メートルに拡大した。
金色の光を纏った天使は六枚の翼を広げ、空間の裂け目に身を投じる寸前に、この上なく幸福な笑みを見せた。
 ワープ空間に接触した部分からエネルギーが相殺され、アウルム・マーテルの分子は崩壊し、指先が落ちた。
肩が崩れて粉々に砕け、腕が割れて粒子となり、艶やかな太股が千切れて大腿骨が露わになり、羽根が折れる。
胴体も破れ、人間の臓物にも似た内部器官や骨格をぼろぼろと落とし、最終的に残ったのは心臓と頭部だけだ。
それでも、天使の笑顔は変わらなかった。優しさも愛情も慈悲も詰め込んだ笑みは陰ることなく、異空間に没した。
 暗黒の宇宙に、純白の羽根を残して。







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