アステロイド家族




赤き誇り、青き猛り



 かつては母と呼んでいた、機械生命体の捕食者は笑う。
 一万メートルの体躯を反らし、下卑た笑いを放ちながら、クレーターの側面に埋まった二人へと近付いてくる。
背中に震動を感じるが、それ以上に痛みが激しい。なんとか軸をずらして直撃は回避したが、ダメージは甚大だ。
 イグニスは右脇腹を抉られて、外装だけでなく内部機関もごっそり奪われてしまい、オイルが流れ出していた。
トニルトスも左脇腹を抉られ、こちらは背部のスラスターにまで傷が及んでしまい、飛行能力に支障が出ている。
 初っ端から最悪だ。イグニスは砕けたレーザーブレードを投げ捨てて、激痛の走る背中を曲げて体を起こした。
トニルトスも真っ二つに折れた長剣を支えにして立ち上がり、身構えたが、タルタロスから逃げる余力もなかった。

「太古の昔より、私は存在していた」

 タルタロスは屈強な深紅の右腕を上げ、肩装甲に装備された六弾倉のリボルバーを回転させた。

「無限なる命を持つ私は悠久の時を漂い、宇宙の片隅の矮小な惑星にこの身を宿し、目覚めの時を待っていた」

 弾倉の一つが戦艦並みの太さを持つ銃身の上で止まり、弾丸状のシリンダーが装填される。

「五体の機械人形が私の力を見つけ出し、命を求めてきた時、私は絶好の機会だと悟った。奴らに命を与えた代価として、奴らの持っていた記憶や情報を元にして明確な意志を形作ったのだ。奴らは私の意志のままに同族を生み出し、戦い合い、私の与えたエネルギー分子同士を衝突させ、新たなエネルギーを生み出してくれた。私は彼らに感謝している。彼らもまた、私に感謝していることだろう!」

 タルタロスの右腕が二人を捉え、巨大な銃身の奥で閃光が収束する。

「単調な思考パターンを繰り返すだけの機械の身では感じられぬ、生の喜びを得ることが出来たのだからな!」

「逃げるぞ、トニルトス!」

 イグニスが出せる限りの力で飛び上がると、トニルトスも追った。

「貴様如きに言われずとも!」

 タルタロスの銃口から直径二百メートルの光線が放たれ、今し方まで二人が埋まっていた地面が吹き飛んだ。
閃光が着弾した瞬間に焦げた砂は溶け、沸騰し、消滅した。二人は辛うじて回避したが、爆風はもろに浴びた。
 恒星のフレアにも似た膨大な熱量を持つ爆風に煽られた二人は、ほんの数秒でクレーターの外に飛ばされた。
スラスターの方向を切り替えて下方に修正したトニルトスが降下を始めたので、イグニスも急降下し、着陸した。
 灼熱の砂を巻き上げながら減速した二人は、クレーターの底から浮かび上がる一万メートルの悪魔を見上げた。
アウルム・マーテルの翼とも、サピュルスの翼とも違う、細い骨に薄い皮を張ったような銀色の翼を広げていた。
 イグニスは素早く足元を見回したが、核戦争後の地球上では、ろくに武器になりそうなものは残っていなかった。
砂の間から突き出ている錆び付いた青い看板には、東京都町田、と地名らしき文字が書かれていたが使えない。
腹部を抉られたせいで内蔵されている武器に回せるエネルギーも少なく、かといって肉弾戦は通用しないだろう。
だが、殺されるために地球に来たのではない。長すぎた戦争に終止符を打つために、己を満たすために訪れた。
むしろ、追い詰められた方が燃えてくる。イグニスは破損した腹部のケーブルを強引に繋ぎ、応急処置を施した。
パイプがいくつか折れているのでオイルの流出は止まらず、シリンダーの動きも鈍いが、動けないことはなかった。

「なあ、トニルトス。俺に良い考えがあるんだが」

「貴様の考えなどタカが知れている」

「そう言うなよ。どうせ、てめぇもこれしか思い付かねぇはずだ」

「貴様と話し合う時間が勿体ない。私は出る」

 トニルトスはスラスターから炎を噴出し、飛行した。熱い砂を巻き上げて、地面すれすれを高速で駆け抜けた。
イグニスもスラスターに点火し、飛行した。だが、こちらはトニルトスとは反対方向に向かい、高度を上げていた。
飛行している合間に圧縮を掛けた信号で通信電波を交わし合い、即興の対タルタロス作戦を組み立てていった。
 勝てる保証はなかったが、それはいつものことだ。勝ち目のない作戦に投入されたのは一度や二度ではない。
ただ、今回は上官からの命令ではなく、二人の意志だ。自分自身を生かす方法は、自分が一番良く知っている。
味方の手が少ないのが不満だったが、頭を上手く使って立ち回れば、兵力差はカバー出来ることを知っていた。
 加速するに連れてオイルの漏洩が増える空虚な右脇腹を押さえ、飛びながら、イグニスは西側の空を見やった。
鮮烈な太陽光を浴びた銀色の翼が煌めき、太平洋上で機体が翻る。HAL号は大きく上昇し、空中で一回転した。
応援の代わりに青白いアフターバーナーを噴出したHAL号は関東平野から離れ、千葉県沖へと向かっていった。
イグニスは言葉を返す余裕がなかったため、敬礼した。彼への感情は複雑だが、今は同じ戦線に立つ戦士だ。
 彼の戦意に応えるためにも、死力を尽くすだけだ。


 翼が思うように持ち上がらず、機体全体が重たかった。
 宇宙空間とは違って粘ついた風が絡み付いてくる機体を操るのは、マサヨシにとっては予想以上の負担だった。
イグニスとトニルトスの戦況を確認するために、彼らにせめてもの応援を送るために、アクロバット飛行を行った。
だが、地球が生み出した重力に阻まれて思うような動きが取れず、操縦桿を操る両手首が少し痛くなってきた。
機内の重力調整装置で全身に打ち付ける猛烈なGは中和しているが、機体にのしかかる重力は中和出来ない。
何もかも勝手が違いすぎて宇宙での常識がまるで通用しないことを痛感しながら、マサヨシは機首を持ち上げた。
 レーダーに捉えていた金色の心臓が、マサヨシの被っているヘルメット型全面モニターに映り、視界に入ってくる。
房総半島の沖合二百キロ地点に、アウルム・マーテルの命である心臓が落下し、クレーターの底に埋没していた。
直径三万五千メートルもの巨大クレーターは房総半島を消滅させたばかりか、東京湾と伊豆半島に及んでいた。

「こりゃひどい」

 マサヨシが率直な感想を述べると、サチコが返した。

〈どうするのよ、マサヨシ? 私のメモリーには、こんな非常識な事態への対応策はプログラムされていないわ〉

「だから、俺が考えるんだ」

 マサヨシはクレーターの右端から侵入すると、超高温の上昇気流を受け流しながら高度を下げていった。

「心臓に接近したら、全センサーで心臓を調べてくれ。何か弱点が見つかるかもしれん」

〈付け入る隙があることを願うしかないわね〉

 サチコは冷静に返し、各種センサーを起動させた。マサヨシも心臓との距離を測りながら、慎重に旋回を始めた。
ステラからの情報でアウルム・マーテルなる物体の正体は解ったが、それを打ち倒すための策は見出せていない。
 エネルギーそのものの分子を凝結させて固体化した物体ならば、光学兵器で破壊することはまず不可能だろう。
光学兵器は光線なので、撃ち込んだところで反対に吸収される。となれば、質量のある兵器で攻撃する他はない。
だが、HAL号に搭載している武器はその全てが光学兵器であり、質量兵器はただの一つも搭載していなかった。
しかし、それは無理からぬことだ。昨今の兵器のほとんどは光学兵器であり、質量兵器は開発すらされていない。
 どうすれば勝てる。マサヨシは思案を巡らせながら、サチコが恐ろしい速度で計測していく様々な数値を見た。
すると、左舷に熱源を感知した。マサヨシが条件反射で急上昇すると、今し方までいた空間に光線が飛び抜けた。
空中に放たれた金色の光線は風に混じる砂粒を焼け焦がしながら、赤い空へと突き抜けて、宇宙空間で消えた。
 心臓がどくりと波打ち、筋肉組織に酷似した表面が震えた。上部から伸びる大動脈が動いて、HAL号を捉える。
大動脈が収縮すると、再び光線を放った。マサヨシは重力と戦いながら光線を回避して、心臓との距離を開けた。

「ただの臓器だと思っていたが、意志があるのか」

 予想はしていたが、目の当たりにするとおぞましい。マサヨシの苦々しげな言葉に、サチコが応えた。

〈頭部に比べれば自我は薄弱だけど、明確な意志はあるわ〉

「それで、弱点は見つかったのか?」

〈あまり言いたくはないけど、弱点と言えるべき箇所はないわ。エネルギーの分子を凝結させて構成している組織は、見た目は筋肉みたいに見えるけど、エネルギー分子が物凄く密集しているから強度も半端じゃないのよ〉

「だったら、どれぐらいの威力があればダメージを与えられる?」

〈今、計算するわ〉

 サチコの答えを待つ間にも、心臓からの迎撃は続いた。HAL号の行動を予測し、的確に光線を発射してくる。
銀色の機体を何度となく金色の閃光に染めた光線を避けることで精一杯で、反撃する隙は見つからなかった。
エネルギーの固まりだからだろう、HAL号よりも遙かに迅速にエネルギーを充填して、特大の光線を撃ってくる。

〈マサヨシ、いいものを見つけたわ!〉

 サチコは全面モニターの隅に日本地図を表示し、本州の先にある陸地を示した。

〈日本列島に関するデータを平行して調べていたら、北海道に不発の水素爆弾があることが解ったの! これなら、次元艦隊のワープゲートとまでは行かなくても、衝撃を与えて分子構造を乱すことが出来るわ!〉

「不発の?」

 マサヨシは訝ったが、すぐさま急降下して光線を回避した。

「だが、その手の大量破壊兵器は種族間戦争でほとんど使い切ったんじゃなかったのか? それに、千年前の兵器なんて使えるとは思えないぞ?」

〈ええ。私もそう思ったんだけど、函館の地下五百メートルにあるシェルター内のコンピューターが生きていたのよ〉

「それこそ有り得なくないか?」

〈私だってそう思うわよ! でも、本当に動いたんだから! 私のアクセスに応えたし、笑っちゃうほど原始的だけどセキュリティも張ってあったし、水素爆弾の状態だって調べられたんだから!〉

「解った。それで、その水素爆弾の状態と威力は?」

〈五十キロトン級だから、完全な状態で爆発させたら北海道だけじゃなくて本州の先端も消えちゃうわね。それだけあれば、行けるかもしれないわ。種族間戦争に勝利した新人類が地球を脱出してからずっと放置されていたから、推進装置の部分は腐食して使い物にならないわ。でも、肝心要の水素爆弾の部分は生きているわ。今、外部からのコントロールを受け付けるようにプログラムを書き換えているから、十五分もすれば起爆出来るようになるわ!〉

「十五分か」

 マサヨシは緊張で乾き切った唇を舐め、操縦桿を手前に引いた。

「だったら、急いだ方がいいな」

〈HAL号の速度だったら、普通に飛んでも充分間に合うわよ?〉

 そんなに急ぐ必要は、とサチコは言いかけたが口を噤んだ。レーダーで熱源反応が増大し、警戒警報が鳴った。
金色の心臓は再度脈打ち、体液に似た液状化したエネルギーをクレーターの底に垂れ流しながら、身動きした。
分厚い筋肉組織が虫の繭のように割れ、金色の体液を全身に浴びた人型のものが立ち上がると、こちらを見た。
 純白の翼を持つ天使ともタルタロスとも違う、全く新しい形状の分身であり、金色の甲冑を纏った戦士だった。
背中には翼に似た一対のスラスターを持ち、バイザーとマスクに覆われた顔は無表情で、手足はすらりと長い。
その全長は五千メートル近くあり、タルタロスや天使と比べれば遙かに小さいが、充分巨大と言える大きさだった。
機械生命体と似た部分も端々に見られたが、決定的に違う部分があった。それは、バイザーの奥の眼球だった。
 天使と同じエメラルドグリーンの瞳孔を持つ金色の戦士は、HAL号に視線を据えると、がぱりとマスクを開けた。
マスクの内側にはぞろりと牙が生え揃っており、涎を汚らしく落としていたが、ぎゅうっと巨大な瞳孔を収縮させた。
マサヨシは、動物的な恐怖を感じた。捕食者としての本能は、頭部だけでなく心臓そのものにも宿っているのだ。

「行くぞ、サチコ!」

 マサヨシはエンジン出力を上げ、機体を加速させた。大気との摩擦が増し、激しい震動が機体を揺さぶった。

〈OK!〉

 サチコは軽快な返事をし、マサヨシの操縦をサポートした。金色の戦士はHAL号を追い、クレーターから出た。
翼から炎に似たエネルギーを噴出した金色の戦士はあっという間にHAL号に追い付き、徐々に距離が狭まった。
金色の戦士は細長い手を伸ばしてHAL号の翼を掴もうとしたが、マサヨシは右のエルロンを広げて急旋回した。
HAL号は金色の戦士の腕の下を通り抜け、背部に回り、一度敵の死角に入ってから再度加速して北を目指した。

「サチコ、あいつの名前はなんだと思う?」

〈どんなデータバンクにも、あんな形状の物体や生命体の情報は入っていないわよ?〉

「だったら、俺が名付け親になってやる」

 マサヨシはクレーターと化した関東平野に立つ異形を見据え、その姿に似合う名を口にした。

「ケイオスだ。あいつが深淵の神だと言うのなら、その兄弟の名は混沌の神が相応しい」

〈神話の世界ね〉

「悪くないだろう?」

 マサヨシは有りもしない余裕を作るため、頬を歪めた。ケイオスと名付けられた金色の戦士は、虚空に吼えた。
声と言うには醜悪な電磁波と衝撃波の混在した咆哮は、ケイオスを中心にして発生し、HAL号も揺さぶられた。
マサヨシは機体のバランスを修正して再浮上し、北に向かう航路に戻ると、ケイオスを振り切るべく最加速した。
ケイオスはぎしりと翼をはためかせると、ぎちぎちぎちぎちぎち、と奇怪な音を発しながらHAL号に追い縋った。

「ハイスクール以来だが」

 マサヨシは僅かに速度を緩めてケイオスと平行になると、垂直に上昇した。

「お前にダンスを申し込む!」

 ぎりぎりぎりぎりぎりぎり、とどことなく楽しげな騒音を漏らしたケイオスは、一直線に空に向かうHAL号を追った。
ケイオスもまた垂直に上昇し、HAL号に手を伸ばした。生物的な形状の装甲が開き、金色の体液が溢れ出した。
ずるりと滑り出てきた銃口はHAL号を捉え、金色の光線を放ったが、マサヨシは機体を反転させてそれを避けた。
 機体の上下を戻す前にマサヨシは威力は低いが充填速度は速いパルスビームを撃ち、ケイオスの目に当てた。
だが、予想通りダメージを与えることは出来ず、ケイオスは皮膚のように変質したバイザーで瞬きしただけだった。
だったら方法を変えるまでだ、とマサヨシはケイオスの周囲をぐるぐると巡っていたが、手が及ぶ前に急上昇した。
操縦桿のトリガーを押し込んでパルスビームを撃ちっ放しにした状態でケイオスの背後に回り、ぐるりと前転した。
パルスビームはケイオスの二枚の翼の中程を両断し、金色の体液が飛び散ったが、シールドでそれを防御した。
 マサヨシはケイオスから距離を開けて、北へと向かった。翼を切られたケイオスは怒ったらしく、低く唸っている。
マサヨシに断ち切られた翼は地面へと落下し、赤い砂に埋もれた。ケイオスは咆哮し、切られた翼を再生させた。
両腕を広げると断ち切られた翼が両手に戻り、変形した。二本の金色の剣を握ったケイオスは、マスクを開いた。
その一本が、マサヨシ目掛けて投げられた。マサヨシは光線と同じく回避行動を取ったが、今度ばかりは違った。
 ケイオスが遠隔操作しているのかマサヨシの操縦に合わせて追尾を行い、どれほど速度を上げようと追ってくる。
HAL号を追ううちに、剣はぐにゃりとねじ曲がった。柄が広がり、鍔が歪み、刀身が割れ、牙を持つ異形に変わる。
鳥のようで鳥でない異形は牙の並ぶ口を開き、光線を放った。マサヨシは歯を食い縛りながら、それを回避した。
 一撃でも喰らえば終わりだ。サチコのハッキングで水素爆弾が起動可能になるまで、残り時間は十分以上ある。
この速度なら北海道に行くことは簡単だが、異形のエネルギー生命体、ケイオスが連れ合いでは格段に難しい。
タルタロスとは違い自我は薄弱だが、その分凶暴性が増している。彼にとってはただの生存本能かもしれないが。
 これからが、本番だ。





 


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