アステロイド家族




終末序曲



 いずれ、その時は訪れる。


 レオンハルト・ヴァーグナーは、不機嫌だった。
 その原因は、向かい側に座る実兄、チャールズの存在だった。彼の隣では、可愛らしい少女が身を縮めている。
数年振りに再会した兄は相変わらず真意の読めない笑顔を作り、キャロライナという名の少女は恥じらっている。
そして、兄の手は無遠慮に少女の肩に回されている。それを見ただけで、二人がどういう関係かは察しが付いた。
だが、納得出来るわけがなかった。どう見積もっても、キャロライナ・サンダーはチャールズの半分程度の年齢だ。
 法的には許されても、個人的には許せない。レオンハルトは苛立つあまり、パイロキネシスが高まってしまった。
無意識に力を注いでしまったのか、目の前に置いたカップの中ではコーヒーが煮え滾り、ごぼごぼと沸いていた。

「今日はまたいつになく機嫌が悪いねぇ、レオ」

 だが、当のチャールズは悠長にコーヒーを傾けていた。

「年がら年中怒ってると、脳細胞が煮えちゃうよ?」

「煮えてんのは兄貴の頭だ」

 レオンハルトは煮え立ったコーヒーを飲むことを諦め、この上なく凶悪な目で兄を睨んだ。

「年明け早々リリアンヌ号に来たと思ったら、成人したての小娘なんか連れ込みやがって。おまけにあの変な会社を倒産させたと思ったら、牛耳ってた宇宙海賊を切り捨ててこんな辺境まで逃亡してきやがって。俺が捜査官だったら真っ先に逮捕して重力刑務所に叩き込んでやるところだ」

「いいじゃないの、これも僕の人生なんだから。どうしようと僕の勝手でしょ?」

 他人事のように笑うチャールズに、レオンハルトは毒突いた。

「だったら他人を巻き込むんじゃねぇよ、特に俺はな!」

「すみません、急に押しかけちゃって」

 チャールズの隣に座る少女、キャロライナ・サンダーは眉を下げた。

「いえいえ、キャロルさんは別に構いませんよ。純然たる被害者ですから」

 レオンハルトの背後にやってきたフィオーネ・ドラグリオンは、キャロライナの前に紅茶の入ったカップを置いた。
キャロライナは丁寧に礼を述べてからその紅茶に口を付け、フィオーネもレオンハルトの隣の席に腰を下ろした。
 チャールズ・ヴァーグナーがキャロライナ・サンダーと共に救護戦艦リリアンヌ号へ搭乗したのは、昨日のことだ。
太陽系からワープドライブを繰り返して航行していたが、スペースファイターのエネルギーが尽きてしまったのだ。
 二人の搭乗していたスペースファイターは本来長距離航行には向いていないので、無理を重ねて航行していた。
丁度、航路に通りかかった輸送戦艦ダンディライオン号に回収してもらったが、船体に過負荷が掛かっていた。
簡易修理だけでは危険だ、とのことで、ダンディライオン号は近隣宙域を航行中のリリアンヌ号とランデブーした。
そして、二人はスペースファイターの修理が完了するまでの数日間、リリアンヌ号に滞在することになったのだ。
 チャールズはリリアンヌ号の操舵士であるレオンハルトの実兄なので、当然ながら兄弟は面会することになった。
都合良く非番だったフィオーネと、その従兄弟のケーシー・ドラグリオンも同席していた。というか、同席させられた。
 それというのも、二人がリリアンヌ号に至るまでの事情を聞いたレオンハルトは兄に対して強烈な怒りを感じた。
レオンハルト自身も、己の能力の危険性は自覚している。感情が高ぶれば、それに応じて炎の温度も増してくる。
万が一、パイロキネシスが暴走したらレオンハルトにも押さえきれないと思ったので、二人を引っ張ってきたのだ。
年末年始と仕事が立て込んでいたので疲労が溜まっているらしく、ケーシーは最初からやる気のない顔だった。
 レオンハルトらがチャールズらと対面しているのは広大な職員食堂の一角で、他の職員達も休息を取っていた。
円形の白いテーブルの上には人数分のカップが並んでいたが、竜人族である二人だけはコーヒーではなかった。
体質上、カフェインがアルコールと同じ役割を果たしてしまうので、カフェインの入っていない飲み物を飲んでいた。
テーブルの中心にはフィオーネが勤務の片手間に作ったパウンドケーキが置かれ、ケーシーが一番良く食べた。

「ギルさんもだけど、ヴァーグナー家ってのは変わってるんですね。僕んとこも人のことは言えないけどさ」

 疲労のあまりに脱力しているケーシーは、甘ったるいチョコレートケーキを頬張っていた。

「でも、犯罪者ってのはさすがに嘘ですよね?」

「それが嘘じゃないんだよねぇ」

 チャールズは情報端末を取り出し、テーブルに置いてホログラフィーを展開させた。

「ほら、指名手配されてる」

 四人は身を乗り出し、ホログラフィーを覗き込んだ。宇宙連邦政府が交付する、星間犯罪者の指名手配映像だ。
指名手配の常連というよりも殿堂入りであるグレン・ルーを始めとした凶悪犯罪者の名の下に、彼の名があった。
 ヴァーグナー・エレクトロニクスの社長時代の画像が使われたらしく、胡散臭いが親しげな笑顔の手配写真だ。
チャールズ・ヴァーグナーの名の下には報奨金と彼の罪状が書き連ねられ、紛れもなく星間犯罪者になっていた。
 最も大きな罪状は詐欺だ。彼の会社に投資していた資産家や社員達から訴えられ、賠償請求も出ているようだ。
エウロパステーションからの逃亡劇の直前に、チャールズは自社の資産を全て売却して現金化し、私財に変えた。
無論、その資産の中には株主への配当金や社員の給料なども含まれていたので、訴えられるのは当然のことだ。
 レオンハルトは本気で頭痛を感じたが、キャロライナは得意げなチャールズの横顔を恍惚として見つめていた。
不安に駆られてフィオーネを見やると、フィオーネはレオンハルトに同情の眼差しを注いでいた。こちらは正常だ。

「で、これから僕はどうしたらいいと思う?」

 悪気の欠片もないチャールズに、レオンハルトはテーブルを殴った。

「出頭しろ!」

「詐欺罪も最近では罪状が重たくなってきましたから、自首は早い方がいいと思います」

 いきり立っているレオンハルトの影から、フィオーネが控えめに発言した。

「解りやすいくらいの吊り橋効果だけど、引き返すんだったら今のうちですよ、キャロライナさん?」

 ケーシーは三切れ目のチョコレートケーキを取り、囓った。

「いえ、ここまで来たからには最後までチャールズさんのお供をします」

 キャロライナはケーシーを見返し、力強く述べた。

「チャールズさんの隣では、私はアイドルでも何でもない、一人の人間でいられるんです。確かにチャールズさんは、私から見ても充分すぎるくらい胡散臭いですし、犯罪を犯したことは許せませんし、いつか必ず償うべきだと思っています。けれど、それでもいいから傍にいたいんです。三年前にデビューして以来、私はずっと芸能活動をしていました。ステージで歌うことも楽しいし、演技は凄く難しかったけど遣り甲斐があったし、色んな方から応援されるのも嬉しかったです。ですけど、気付いたら、私は私ではなくなっていたんです。仕事を終えて家に帰っても、素の自分が思い出せなくなったんです。お休みの日に好きなことをしていても、プロダクションが作ったイメージ通りでなければならないって思ってしまって、心から休めた日はありませんでした。イベントだって、ライブだって、夢中になっている時はいいんですけど、終わった後が空しくて、凄く苦しかったんです。でも、誰に話せばいいのかも解らなくて、何を話せば解ってくれるかも解らなくて、けれど仕事が途切れることはなくて…」

 スカートを握り締めて俯くキャロライナの肩を、チャールズは優しい手付きで叩いた。

「そこに現れたのが、この僕ってわけ。ああ、でもまだ本格的に手は出してないよ。至ってプラトニックだ」

「下世話なことを言うな。まあ、仕事とプライベートの境界が曖昧になるってのは解るがな」

 切なげなキャロライナの手前、レオンハルトは怒りを押し込めて座り直した。

「アイドルって大変なんですねぇ。アンジェリカ叔母様はそうでもなさそうなんですけど」

 と、フィオーネがケーシーに向くと、ケーシーはココアでチョコレートケーキを流し込んだ。

「母さんは女優だけど、本能でやっているようなものだからね。姉さんが言うには、何も考えていないだけだってさ」

「チャールズさんがいてくれたから、私は自分を見失わずに済んだんです。だから、今度は、私がチャールズさんの傍にいるんです。それぐらいしか、返せるものがありませんから」

 キャロライナは白い頬を赤らめ、気恥ずかしげに目を伏せた。

「そうそう、それだけでいいの。僕もそれ以外は望まないから」

 チャールズは満足げにキャロライナを撫でていたが、弟の隣に座る少女に目を向けた。

「ところでレオ、そこの竜人の子は彼女なのかい?」

「えっと、まあ、その、そんなところです」

 急に話を振られたため、フィオーネは口籠もった。ケーシーは途端に顔をしかめ、レオンハルトを睨んだ。

「でも、僕も姉さんもまだ認めたわけじゃないんだからね? そりゃ、レオさんはギル小父さんの血縁だけど、性格も態度も悪すぎるんだもん。認めろって言う方が無理な話だよ」

「お前は何様だ」

 レオンハルトが頬を引きつらせて詰め寄ると、ケーシーはつんと顔を背けた。

「レオさんこそ何だよ。ちょっと強いからってさ、色々と調子に乗り過ぎなんだよね」

「言いたいことがあるなら、具体的に言いやがれ」

 レオンハルトはケーシーを見据え、手のひらに炎の固まりを生み出した。ケーシーは、臆さずに言い返す。

「僕がフィオの部屋に遊びに行こうとすると必ずいるし、どっちも勤務中だってのにやたらと近いし、昔は僕と姉さんだけしか食べられなかったフィオのお菓子もほとんどがレオさんの方に行くし、フィオと話すとどんな話題でも最終的にはレオさんの話になるし! これが面白いわけないじゃない!」

「間接的な惚気だねぇ」

 にたにたしているチャールズに、炎を握り潰したレオンハルトは声を上げた。

「全部が全部そうだと思うな! 半分以上はこいつの思い込みだ!」

 子供のようにむくれているケーシーを一瞥し、レオンハルトはテーブルを乗り越える勢いで兄に迫った。

「確かに、まあ、フィオーネとはそういう関係には違いないが、そこまで高密度じゃない! こいつの部屋に行くのも週二か三で、どっちもブリッジ勤務なんだから接触するのは当然で、菓子だって腐ると困るから喰ってるだけだ!」

「…え?」

 フィオーネは目を丸めたが、徐々に瞳を潤ませた。

「私のお菓子、迷惑でしたか?」

「いや、だから、その」

 泣き出しそうなフィオーネにレオンハルトが戸惑っていると、ケーシーが嫌みったらしく笑った。

「そうだよねぇ、嫌なら嫌って言えばいいのにねぇ。無理して食べることないんじゃないの、レオさん」

「そう、だったんですか?」

 俯いていくフィオーネに、レオンハルトは慌てて取り繕おうとしたが上手く言葉が出てこなかった。

「だから、それはだな…」

 そして、フィオーネは肩を震わせ始めた。レオンハルトは泣かせまいと思うが、相反する言葉しか出てこない。
言い過ぎたとは思うが、訂正も出来ない。ケーシーは、自分から煽ったくせにレオンハルトに敵意を向けていた。
ケーシーの態度と言動にまた苛立ちが戻ってきかけたが、今はフィオーネの誤解を解く方が先だと思い直した。
 ケーシーは、己の意地と戦いながら気弱な少女を慰めようと奮戦する彼を横目に、チャールズに向き直った。
連日連夜の激務による疲労と眠気は全身に濃く残っていたものの、チャールズに対する警戒心は緩まなかった。
少し接しただけで、ろくでもない輩だと解る。キャロライナがどれだけ慕っていようとも、犯罪者は犯罪者なのだ。
 だが、リリアンヌ号から叩き出すのは難しい。救護戦艦である以上、犯罪者でも受け入れなければならない。
チャールズもキャロライナも、太陽系からの逃亡で疲労が溜まっているだろうし、スペースファイターも修理中だ。
宇宙連邦政府の捜査官もリリアンヌ号を訪れるが、そんなに頻度は高くなく、職員や患者には通報義務はない。
だから、下手をすれば長々と居座られてしまう。間口が広い分、政官犯罪者の温床になっているのも確かだった。
以前からそうだったが、それが一層顕著になったのは、艦長がゲルシュタイン・ヘドリッヒに変わってからだそうだ。
 色々と勘ぐれないこともなかったが、一人の医師に過ぎないケーシーには、あまり深く考えたくない話題だった。
むしろ、それを考えるのはゲルシュタインと親密な姉の役割だ。僕の仕事じゃないよ、とケーシーは内心で思った。
 自分の仕事は、患者の治療と回復の手助けなのだ。




 これは、自分の仕事ではない。
 ジェニファーは居心地の悪さを感じながら、佇まいを整えた。リリアンヌ号の艦長室は、段違いに質が良かった。
絨毯の材質一つ取っても、家具一つ取っても、ジェニファーのダンディライオン号のそれとは比べ物にならない。
パイロットスーツのブーツの底に感じる絨毯の弾力と吸い込んだ空気の清浄さは、落ち着くどころか緊張を生む。
立派な机の上には赤紫色の粘液が入ったグラスが置いてあり、女性看護士がそのグラスにワインを傾けていた。
赤紫色の滴が爆ぜると、粘液に吸収される。不気味に蠢いていた粘液は、しっとりと潤った触手を伸ばしてきた。

「それで、私に何の御用です? 仕事の途中なのですが」

 ジェニファーが不審な眼差しを粘液に向けると、粘液の傍らで看護士は微笑んだ。その笑みは、不愉快だった。
最初に見た時から、あの女に似ていると思っていた。表情が現れると、ますますあの疎ましい女に似通ってくる。
顔立ちも、体格も、体型も、声も、何もかもがあの女だ。一度も会ったこともないのに、宿敵のように憎らしかった。
 別の個体だと解っているはずなのに、心は受け付けない。ジェニファーは、サチコに良く似た女を見据えていた。
だが、ヒエムスという名の看護士は動じなかった。それどころか、母が子に向けるような慈愛に満ちた笑みを返す。
それが、負の感情を増大させる。育ての親が見せていた笑みを思い出してしまい、嫌悪が憎悪を煽り立てていた。

「あなたは私を知らないでしょうけど、私はあなたを存じておりますわ」

 ヒエムスはゆったりと歩み、ジェニファーに顔を近寄せた。あの女に酷似した顔を。

「私も知っているわ。あんたみたいな顔をした、無様に死んだ女をね」

 ジェニファーが嫌悪感のままに吐き捨てると、ごぼり、と粘液が泡を吐いた。

「貴君は何を望んでいるのか、我が輩とその娘は知り得ているのである」

「あなた方と私は初対面ですけど?」

 ジェニファーが訝ると、ヒエムスは優しく微笑んだ。

「この時代、初対面であろうがなかろうが関係ありませんわ。情報さえあれば、なんだって解りますもの」

「嫌な時代になったもんね」

 口元を歪めたジェニファーに、ヒエムスはナース服のポケットから小さなシリンダーを取り出した。

「あなたは望みを叶えるだけで良いんですのよ。私達は、何も関与しませんわ」

「それは何? 薬?」

 ジェニファーが問うと、ヒエムスは無色透明の液体が入った五センチ程度のシリンダーを突き付けてきた。

「そうですわ。これを投与された方は、記憶と現実が混同してしまいますの。現実感を薄らがせ、最も濃密な記憶を呼び出し、過去と現在をすり替えてしまいますの。依存性はありませんし、毒性もありませんわ」

「過去が、現在に…」

 ジェニファーが目の前のシリンダーを見つめていると、薬液の向こう側でヒエムスの微笑みが冷え込んだ。

「あなたが恋い焦がれている方の心は、十年前で凍り付いたままですわ。それを溶かすためにも、この薬は必要だと思いますわよ? もちろん、お金は頂きませんわ」

「あんた達、私に何をさせたいのよ」

 後退ったジェニファーに、ヒエムスは詰め寄ってきた。

「大したことではありませんわ。あなたはあなたの望みを叶えればいい、それだけのことですわ」

 粘液の触手の先が、ジェニファーを示した。

「それがどのような結果であれ、我が輩達は関与しないのである」

 ジェニファーは期待と困惑に震える手で小さなシリンダーを取ると、冷え切った液体が揺らいで気泡を潰した。
過去を現在を混同させることが出来るのであれば、もしかしたら。いや、これさえあれば、彼の心は奪い取れる。
 ジェニファーはサチコにはなれず、サチコはジェニファーになどならない。だから、存在を重ねてしまえばいい。
二人の目的も正体も解らない。だが、どんな疑問も躊躇を生み出さないほど、ジェニファーの恋心は混迷していた。
 サチコは、再び死んだ。だが、マサヨシの心は未だにサチコに取り憑かれ、過去の亡霊に縛り付けられている。
二人目のサチコが死んでも、マサヨシの心は変わらない。どれほど近付いても、彼の目はジェニファーを映さない。
 マサヨシは家族を愛している。サチコを愛している。だが、ジェニファーは愛されない。紛うことなき他人だからだ。
あの偽りの両親でさえも、ジェニファーを本当に愛さなかった。過去の男達も、ジェニファーの体だけを求めてきた。
ジェニファー自身が求められたことは、ただの一度もない。きっと、生まれてきた時も祝福されなかったのだろう。
真っ当に攻めたところで、マサヨシの視線は奪えない。面と向かって好きだと言っても、絶対に気持ちは届かない。
 届かないと思えば思うほど、欲しくなる。彼の愛を受けている家族すらも妬ましく、破壊衝動に駆られる時もある。
だから、もう残された手段はこれしかない。ジェニファーは恋心に浮かされるまま、そのシリンダーを握り締めた。

「マサヨシ…」

 虚ろな目でシリンダーに縋り付いたジェニファーを眺めながら、ヒエムスはゲルシュタインの傍らに戻っていた。
母はこれを望んでいた。母が求める行動だ。母が示した未来だ。そうは思っていても、心中に違和感が広がった。
今までは、そんなことを感じたことすらなかった。だが、結末に近付くに連れて、言い表しようのない不安が生じる。
 結末は解っている。母から知ったからだ。未来も解っている。母が伝えてくれたからだ。母の言葉は全て正しい。
母は絶対であり、唯一無二の存在だ。母こそがヒエムスの価値観の全てであり、疑ったことなど一度もなかった。
 恐れることなど何もない。迷うことなど何もない。躊躇うことなど何もない。何もないはずなのに、胸中がざわめく。
これで本当に良いのだろうか。派手な出来事を期待していたが、派手であればあるほど影響も規模が大きくなる。
母の望みが解らなくなる。だが、問うても母は答えない。情報を乞えば返してくれるが、それ以外は返してくれない。
考えてみれば、母と言葉を交わしたことはない。思念を交わしたことはあるが、言葉を掛け合ったことはなかった。
 一度感じた違和感は、なかなか消えなかった。







08 10/9