アステロイド家族




春色ピクニック



 そして、翌日。
 マサヨシがハルの提案を快諾したため、五人揃ってコロニーの中にある山にピクニックに出掛けることになった。
朝からミイムが張り切って作った弁当を持ち、家の北東側にそびえている新緑に包まれた頂を目指して出発した。
山、と言っても、その中身は土や岩ではない。その正体は、廃棄コロニーの自然環境を整える植物プラントだ。
地表には土や砂利が敷き詰められ、草木が生い茂っているが、五メートルほど掘り返せば合金プレートが現れる。
だが、合金プレートの表面は平らではなく凹凸が付いているので、木々の根が絡み、土が滑り落ちることはない。
山の内部には水を濾過する循環装置や大規模な空調装置が備えられており、それは日々休みなく稼働している。
山を覆い尽くしている草木は、かつて地球に存在していたものだが、温暖な空調に合わせて広葉樹が多かった。
ハルが長らく眠っていたコールドスリープのポッドは、この山のふもとにあった。そこで、マサヨシらと出会ったのだ。
 随分前にイグニスが整地した歩道には、新たな木々が張り出していた。この木々は遺伝子操作で成長が早い。
その代わり、枯れるのも早い。擬似的に季節を造り出して循環させるためには、枯らすこともまた必要なのだ。
一家の先頭を行くのは、イグニスだった。歩くのに邪魔な木の枝や枯れ木を取り払いながら、大股に進んでいく。

「昨日のうちに刈っとくんだったな…」

 戦闘時よりも低出力のレーザーブレードを振り回して、伸び放題の木々やツタを払いながらイグニスは呟いた。

「ハルが急に言い出したことだからな。まあ、仕方ないさ」

 弁当や水筒を詰めたリュックサックを背負ったマサヨシは、忙しく立ち回るイグニスの背に言葉を掛けた。

「うみゅうん…。なんだか、植物が可哀相な気もしますぅ」

 イグニスの豪快な伐採を見つめながら、ミイムは細い眉を下げた。マサヨシは、後方のミイムに向く。

「ここの植物は、切り倒したところで一週間もすれば再生するものばかりなんだ。だから、こうして多少切ったところで、なんてことはないんだ」

「そういうこった。だから、気にする必要もねぇよ」

 イグニスは歩道に根を張った木の幹に狙いを定め、腰を落とした。その先にも、まだ何本も木が生えている。

「さあて、一気に片付けるとするか」

「下がっていろ、ハル」

 マサヨシが言うと、その傍にサチコが漂った。

〈衝撃波を受けたくなかったら、私の後ろにいなさい。イグニスって、いつもいつも乱暴なのよ〉

「衝撃波ってなんですかぁ?」

 不思議そうなミイムに、ハルはその手を取って引き寄せた。

「おじちゃんってね、凄いんだよ。でもね、だからちょっと危ないの」

「みぃ?」

 ミイムは訝りながらも、前を向いた。すると、サチコは内蔵されているシールドジェネレーターを作動させた。
サチコを中心にして半径三メートル程度の半球状のシールドが生成されると、取り巻く空気が軽く電気を帯びた。

〈ケガをしたくなかったら、大人しく見ていることね〉

 サチコの感情の籠らぬ物言いに、ミイムは耳を下げた。少なくとも、サチコからは好かれてはいないようだった。
それがありありと解って、ミイムは悲しくなってきた。こちらは仲良くしたいのに、歩み寄りづらいのは切なかった。
ハルは悲しげな母親とつんとした態度の姉を見比べていたが、頷いた。今日は、二人のためのピクニックなのだ。
だから頑張って仲良くさせよう、とハルは意気込みながらも、イグニスの放つ攻撃が怖いので父親に駆け寄った。
ハルが手を握ると、マサヨシは顔を緩めた。ハルの柔らかくも小さな手は、マサヨシの頼れる大きな手に包まれた。

「よおし、じゃあ行くぜ!」

 イグニスは横たえたレーザーブレードにエネルギーを込めると、地面を踏み切って飛び出した。

「一刀両断っ!」

 イグニスが背部のスラスターを作動させると、強烈な熱が噴出したが、シールドのおかげで四人は無傷だった。
煙と粉塵に覆われ、一瞬視界が失せた。その中を、両手両足にファイヤーペイントを施した巨体が駆け抜けた。
イグニスは横たえたレーザーブレードをそのままに、地面に膝が擦れるすれすれの高度を最加速して移動した。
地面と接する寸前まで下げたレーザーブレードの超高温の光の刃は、呆気ないほど簡単に木々を切り倒した。
その木々に絡むツタや歩道を埋め尽くしていた雑草も切られ、巻き上げられ、細かな砂利と共に舞い上がった。
 イグニスが膝を付けたのは、山頂だった。膝を擦りながら速度を落とし、振り返ると、歩道は一掃されていた。
そして、隠れていた歩道が露わになった。綺麗な傾斜が付いた斜面を這うようにして、道が山頂まで続いている。
だが、乱暴に一掃されたために、歩道の両脇には切り捨てた木々や雑草が散らばり、山の景観は台無しだった。

「うはははははははっ、どうだ、手っ取り早いだろう!」

 自慢げにレーザーブレードを掲げるイグニスに、シールドを解除したサチコは言い放った。

〈仕事が済んだなら、さっさとそこから降りてきなさい。今日はピクニックなんだから、一緒に登らなきゃ意味がないのよ。ねえマサヨシ?〉

「まあな。しかし、相変わらずだな」

 マサヨシはまだ落ち着いていない粉塵を払いながら、ハルの手を引いて歩き出した。

「おじちゃん、早くおいでよー!」

 ハルはマサヨシと繋いでいる手とは逆の手を挙げ、イグニスに向けて振った。

「今行くぜ、ハルぅー!」

 レーザーブレードの刃を消してから装甲に格納したイグニスは、スラスターを作動させて高く飛び上がった。
そして徐々に高度を下げながらふもとまでやってくると、今度は列の一番後ろに着地して、軽く地面を揺らした。

「みゃうっ」

 その衝撃と木々の残骸に足を取られたミイムは、よろけてしまった。

「あ、悪い」

 イグニスは手を差し出してミイムを支えるが、ミイムはイグニスの巨大な手の中に突っ込んでしまった。

「うみゅっ!」

 イグニスの指先に引っ掛かったミイムは、勢い余って前のめりになってしまい、下半身が大きく浮き上がった。
驚いた拍子に白い尻尾がぴんと立ち、ただでさえ短いスカートが全部めくれあがって、白い素肌が露わになった。
愛らしい尻尾の生えているすぐ下には程良く肉付きの良い尻があり、マサヨシは反射的に目を逸らしてしまった。

「みぃー…」

 イグニスの指に縋りながら体を起こしたミイムは、照れくさそうに長い耳を下げた。

「みゃふう」

 ミイムは照れ笑いをしながら、マサヨシらの元に戻ってきた。

「ふみゅうん。ボクってば、格好悪いですぅ」

「おじちゃんってでっかいから、よくあることだよ。一緒に行こう、ママ」

 ハルは空いている左手を、ミイムに差し出した。ミイムは、その手を握る。

「みゅんみゅーん」

 マサヨシはミイムに対して言いたいことが色々と思い付いたが、ハルの前なので、今は飲み込むことにした。
履かないのなら履かないで、もう少し長いスカートにすればいいのではないのか。というか、履いてほしかった。
そうしてくれなければ、目の毒であり、ハルの教育にも良くない。だが、ミイムは絶対に下着を履こうとしない。
ハルと言葉を交わしながら、ミイムはぱたぱたと尾を振っている。そのせいで、短いスカートが揺れ動いている。
マサヨシは先程の光景が目に焼き付いているため、それが気になって仕方なかったが、なんとか気を逸らした。
それが無意識に顔に出ていたのか、サチコの視線がいつになく冷ややかで、マサヨシは居たたまれなかった。
 だが、気になるものは仕方ない。




 サチコの視線が冷たい以外は、順調なピクニックだった。
 イグニスが力任せに薙ぎ払ったおかげで歩道は一応綺麗になり、景観はぐちゃぐちゃだが歩きやすかった。
近頃はマサヨシとイグニスの仕事が忙しく、一緒に遊べる時間が少なくなっていたので、ハルは大喜びだった。
緑地の多い惑星の出身であるミイムは植物が近くにあることが嬉しいのか、ハルと同じようにはしゃいでいた。
イグニスもイグニスで、ミイムに先程の攻撃の威力を褒められたのが嬉しいのか、それなりに浮かれていた。
だが、マサヨシだけは気まずかった。サチコの鋭い視線が背中に突き刺さり、素直に状況を楽しめなかった。
相手はコンピューターなので、マサヨシの思い込みと言えばそれまでなのだが、今日の彼女は口数も少ない。
それ故、サチコからは無言のプレッシャーのようなものを感じてしまい、マサヨシは苦笑いするしかなかった。
 振り返ってみると、サチコは珍しくイグニスに近付いていた。というよりも、マサヨシから離れているのである。
後退に後退を重ねた末、イグニスに接近しただけだ。サチコのスパイマシンとの間には、距離が出来ていた。
その距離が、やけに深く、広く思えた。マサヨシは浮気が見つかった夫の心境を味わいながらも、前に向いた。
そもそもサチコとは婚姻関係ではないし、相手はコンピューターなのだから、別に気を遣う必要もないのだが。
イグニスと同様、サチコがあまりにも人間臭すぎるために、本来抱くはずのない感情を抱いてしまったのだろう。

「んで?」

 イグニスに声を掛けられ、サチコはきょとんとした。

〈で、って、何よ〉

「ミイムが気に食わないのは仕方ないとしても、それはマサヨシに冷たくする理由にはならないと思うぜ?」

 イグニスの言葉に、サチコは素っ気なく返した。

〈別に冷たくしていないわよ〉

「強がるなよ。いつもマサヨシにべったべたしてる女がそんなことを言ったって、説得力の欠片もねぇよ」

〈何よ、気色悪いわね。あなたに気遣われたって、嬉しくもなんともないんだから〉

「まあな。俺もお前なんかに気遣われたら、気色悪くてどうしようもねぇ」

〈だったら、話しかけないでくれる?〉

「だが今は、俺もお前もハブられてんだ、そういうわけにはいかねぇだろうが」

〈ハブ…って、まあ、そりゃあねえ〉

「だからといって、マサヨシにつんけんするのはお門違いだぜ」

〈解っているわよ、それぐらい〉

「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなんだ」

〈私に命令しないでくれる?〉

「今更、お前はマサヨシに気を遣うこともないと思うんだがね」

〈指示のない時は待機しているのが私の役割なんだから、それが当たり前なのよ〉

「だからって、お前は言いたいことも言わないのか?」

〈だから何よ、くどいわね!〉

「電卓女は電卓女らしくしとけってんだよ」

 イグニスは指先でサチコのスパイマシンを突こうとしたが、その前にサチコは飛び退いた。

〈私に触らないでよ!〉

「…結構傷付くぜ、そういうの」

 イグニスは手を下げると、歩調を緩めた。最初から好かれていない女でも、激しく嫌悪されると少々心が痛む。
ナビゲートコンピューターが人間臭いというのは便利ではあるのだが、負の感情も覚えてしまうのは厄介だった。
パイロットや仲間に対しての好意や愛情を覚えさせるためには、対極である感情もプログラムする必要がある。
色彩の白を知るためには黒を並べなければ見えないように、感情というものは上下させなくては理解出来ない。
 それ自体はイグニスも覚えがある。生まれたばかりで経験の浅かった頃は、感情も希薄で戦闘能力も甘かった。
だが、年月を重ねて精神的にも肉体的にも成長するに連れて物事が理解出来るようになり、感情も豊かになった。
それはハルもまた同じで、この廃棄コロニーでマサヨシらと暮らし始めたばかりの頃は、彼女も表情が少なかった。
しかし、今ではどうだ。愛らしい笑顔と可愛らしい仕草で皆の心を和ませて、拙い愛情を家族に振りまいている。
けれど、サチコはそうではない。付き合いが深まれば深まるほどイグニスに冷たくなり、罵り合いの頻度も増えた。

「ああ、やれやれ」

 イグニスは嘆息し、頭の後ろで手を組んで上体を反らした。

「これだから女ってのは面倒だぜ」

〈ねえ、イグニス〉

「んだよ」

 イグニスがやる気なく返すと、サチコはイグニスに向き直り、コンピューター言語を含ませた電波を送信してきた。
人間的な表現で現せば、耳打ちのようなものだ。イグニスはその内容を読み取ったが、げんなりしつつも返した。
サチコの言うような懸念は、イグニスも抱いている。だが、それが真実である確証は、今のところ得ていなかった。
しかし、それを裏付ける材料も少なくない。イグニスが電波にノイズを混ぜて言葉を濁していると、サチコは言った。

〈イグニス。私、どうしたらいいのか、よく解らないのよ〉

「まあ、俺もだ」

 イグニスはマサヨシの後ろ姿を見つめながら、肩を竦めた。

「だが、俺からはどうも切り出しづらくてな。付き合いが長いと、長いなりに気が引けてくるもんでな」

〈このコロニーでハルちゃんを見つけ出した時は、身元不明の子供を保護した際の対処法をデータベースからダウンロードすることで対処出来たけど、今回はどのデータベースを検索しても有効な情報が得られないの。マサヨシに対する態度もどうすればいいのか判断が付けられなくて…〉

「俺の知る最も有効な作戦を教えてやろう」

〈嫌よ。どうせ知能レベルの低いアイディアでしょ?〉

「そう言うな。行き詰まった時は、当たって砕けてみるのが一番簡単なんだぜ」

〈やっぱり低レベルじゃないの〉

「うっせぇ黙れ!」

 イグニスは無性に気恥ずかしくなって、声を荒げた。サチコに気を遣ってしまったことが、自分でも嫌になった。
しおらしいサチコのことを女らしいと思ってしまったことも屈辱だと感じてしまって、尚のこと頭に熱が昇ってきた。
怒声に気付いたハルにイグニスは怒られてしまい、余計に情けなくなってきてイグニスは段々歩調が弱まった。
すると、サチコはイグニスを完全に無視してさっさと先に行ってしまった。サチコもサチコで、嫌になったのだろう。
 やはり、二人は水と油なのである。





 


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