迷える少女と、迷える軍人。 ブライアン・ブラッドリーは、浮かれていた。 足取りも軽く、心も軽い。はしゃぎ回りたいほど気分が高揚しており、少しでも気を抜けば顔が勝手に緩んだ。 表情筋を強張らせて自制するも、すぐにまた緩んでしまう。街中でなければ、叫び回って飛び回っていただろう。 ありとあらゆるエネルギーが体中で滾り、噴出してしまいそうだ。大人げない、とは思うが、気持ちが収まらない。 ブライアンはそわそわしながら、辺りを見回した。だが、目当ての彼女の姿はなく、安堵と落胆が入り混じった。 待ち合わせの内容は、エウロパステーションのセンターブロックの中央公園に午後四時、今はその三十分前だ。 早く来て欲しいと思う反面、二人きりになるのが少し怖い。会話が途切れたらどうしよう、などと考えてしまった。 事前に彼女が興味を持ちそうな事柄の情報を頭に詰め込んできたが、それが役に立つとは到底思えなかった。 けれど、そうせずにはいられなかった。軍の研修や試験では、ぎりぎりまでろくに勉強したことがないというのに。 彼女がデートすることを了承してくれたのが未だに信じられず、今も夢でなければいいと心の底から願っていた。 ルシール・ヴィルヌーヴ少尉。それがブライアンのデートの相手であり、従軍当初からの憧れの女性であった。 昇進試験に無事に合格し、宇宙空挺団に配属されたその日に見せられた演習がフェアリー小隊のものだった。 宇宙空間では一際目を引く真紅の機体は並外れたテクニックで操られ、訓練用無人機を次々に撃墜していった。 妖精の羽のようなレーザーフィンを広げながら舞う様は艶やかで、撒き散らされる弾幕は宝石の粒のようだった。 その日から、彼女のことが忘れられなくなった。だが、ブライアンの所属するダンピール小隊とは接点がない。 訓練にしても、フェアリー小隊と演習を行う機会がない。根本的なレベルが違いすぎて、相手にならないからだ。 教官であるマサヨシ・ムラタ中佐とその部下達のおかげで、確実に腕は上がっているが、ルシールには程遠い。 だから、基地内で顔を合わせた際に半ば強引に接点を持つようにし、鬱陶しがられながらも友人にはなった。 おかげで、フェアリー小隊のパイロット、クレール・ゴルドーニ少尉とエミーリヤ・ザイツェフ少尉からは嫌われたが。 クレールとエミーリヤは、ルシールをいわゆるお姉様として尊敬しているので、男の気配が許せなかったらしい。 そのため、擦れ違うたびに毒を吐かれたり嫌な顔をされたが、ルシールの態度が和らいでくるとそれも軽減した。 そして、遂にブライアンはルシールとデートの約束を取り付けた。数ヶ月に渡る恋の執念が実った結果である。 約束の時間までは三十分も残っている。その間、適当に暇を潰しておこう、とブライアンは情報端末を出した。 イヤホンを耳に入れ、銀河系全体で流行しているロックバンドの新曲を再生しようとホログラフィーを操作した。 「つかぬことをお伺いしますけれど」 乳臭い声を掛けられ、ブライアンはイヤホンを外し、その声の主を見やった。 「あなた、ここがどこだか御存知ですの?」 ブライアンの視線の先には、少女趣味を立体化したような少女が、平たい胸を張ってこちらを見上げていた。 ピンクのワンピースはドレスのようにフリルとレースがたっぷりで、両肩はパフスリーブで柔らかく膨らんでいる。 背中の中程まで伸ばされた金に近い茶髪はくるくるの巻き髪で、西洋人形のような格好と顔立ちに良く似合う。 「どこって、そりゃ、センターブロックの中央公園だろ?」 凄い格好の娘もいたものだ、と半笑いのブライアンが返すと、フリフリの少女は細い眉根を曲げた。 「センターブロック、ですの?」 「それがどうかしたのか?」 「私としたことが、随分と遠くに来てしまったものですわね」 フリフリの少女は頬に手を添え、長い睫に縁取られた瞼を瞬かせた。 「んじゃ、最初はどこにいたんだよ?」 「エウロパステーションに入ったのは第三ブロックで、そこから第五ブロックのショッピングモールに移動しましたのよ。そこから出たことまでは覚えているけれど、どこをどうやってここまで来たのかは解らないんですのよ」 「第五、って」 ブライアンは、思わず頬を引きつらせた。エウロパステーションのセンターブロックとは、三ブロックも離れている。 相当距離もあり、交通機関を乗り継がなければ来られない。子供が徒歩で来られるほど、単純な構造ではない。 「あらまあ」 フリフリの少女は目を丸め、辺りを見回した。 「それでは、私は迷子なのですの?」 「どう見たってな。悪いけど、俺はこれから用事があるから、交番にでも行ってくれないか」 ブライアンが公園に隣接した交番を示すと、フリフリの少女は顔をしかめた。 「まあ、幼気な少女が迷子だというのに冷たい方ですわね」 「つか、そういうのはあっちが本職だろうが。俺に頼られたって、どうにも出来ねぇよ」 ブライアンが再びイヤホンを先の尖った耳に差し込むと、フリフリの少女は両手を組んだ。 「そうですわ、そういうことでしたらガンマお姉様に頼めば一発ですわ! 嫌ですわねぇ、私としたことが。そんなことにも気付かないで、見ず知らずの顔は良いけど子供のあしらいは下手なお兄さんに声を掛けてしまうなんて」 初対面の相手にそれはないだろう、と言いかけたが、これ以上は関わりたくないのでブライアンは押し殺した。 フリフリの少女は肩から提げていたフワフワしているウサギのポシェットを開き、その中を探ったが、手を止めた。 「あら…変ですわね?」 お菓子の包み紙や小さなぬいぐるみやビーズで出来たブレスレットなどを出してから、首を捻った。 「私の情報端末がありませんわ。もしかして、どこかで落としたのかもしれないですわ」 ポシェットを引っ繰り返すようにして探っていたが、やはり見つからなかったのか、少女は表情が沈んでいった。 「なんてこと…。市民IDカードもありませんわ。これでは、お巡りさんに助けを求める以前の問題ですわ」 何やら雲行きが怪しくなってきたが、ルシールとのデートを天秤に掛けたブライアンは、少女に背を向けた。 「うぇ」 途端に、少女が声を潰した。青く澄んだ瞳が涙で歪み、瞼の端には雫が溜まっていく。 「嫌ですわー! このままじゃ、おうちに帰れませんわー!」 両手で顔を覆って座り込んだ少女は、盛大に泣き出した。ブライアンだけでなく、周辺の人々の目も向いた。 放っておくのは心苦しいが、ルシールが。ブライアンは咎める良心を誤魔化しながら、立ち去ろうと腰を上げた。 「うぁあああん、お父様ぁ、お姉様方ぁ、どこにいらっしゃいますのー!」 少女は演技じみた動作で巻き髪を振り乱し、背を丸めた。 「一生の不覚ですわー! このヒエムス、お母様に顔向け出来ませんわー!」 「…ヒエムス?」 どこかで聞いたことのある名に、ブライアンはしばらく考え込んでから、思い出した。 「教官の子供の名前も、そんなんだったかな」 マサヨシのムラタという渋めのファミリーネームとは懸け離れた風変わりな名前だったので、覚えていたのだ。 ならば、このフリフリの少女はマサヨシの四人いる娘の一人か。となれば、放っておけば良くないかもしれない。 本音を言えば、放っておきたい。ルシールとのデートがフイになるかもしれない。だが、相手は教官の娘なのだ。 だとすれば、やはり少女を助けた方が良い。不本意だったが、ブライアンは泣きじゃくる少女の前に膝を付いた。 「お嬢ちゃん、もしかして親父さんはマサヨシ・ムラタ中佐なのか?」 「そうですわ。けれど、どうしてあなたがお父様の名を御存知ですの?」 少女、ヒエムスはレース地のハンカチで顔を拭いながら、ブライアンを見やった。 「中佐は俺の教官なんだ。ブライアン・ブラッドリー准尉だ」 ブライアンは襟元からドッグタッグを取り出し、ヒエムスに見せた。 「まあ」 少しだけ泣き止んだヒエムスは、ブライアンを見上げてきた。 「あなたのことなら、お父様から聞いたことがありますわ。血の気が多すぎる訓練生、って」 「事実だけどさ」 ブライアンが苦笑いすると、ヒエムスは不安げに眉を下げた。 「でも、あなたになんとか出来ますの?」 「しなきゃならねぇだろ。教官の娘さんじゃ、放っておいたら懲罰モンだ」 ブライアンが手を差し伸べると、ヒエムスはむくれた。 「まあ、不純ですわね。天下の宇宙空挺団なら、一般市民の身の安全を守ることを重視してほしいですわ」 「軍人と警察は違うんだよ。とりあえず、教官のアドレスを教えてくれよ。俺から掛けるから」 「あら、あなたはお父様のアドレスを御存知ありませんの? 訓練生なのに?」 「訓練生だから、だろ。教官には俺ら以外にも生徒はいるし、個人的な付き合いをすることもねぇし」 ほら、とブライアンが情報端末をヒエムスに差し出すと、ヒエムスは少し表情を明るくしたが、落胆した。 「考えてみれば、私、お父様のアドレスを覚えておりませんわ。アドレス帳に登録してありますけれど、どういう番号でしたかは良く覚えておりませんわ」 「ありがちだなぁ…」 だが、目の当たりにすると少々腹が立つ。ブライアンは仕方なく情報端末を下げ、ポケットに押し込んだ。 「じゃ、第五ブロックまで戻るぞ。そうしなきゃどうにもならねぇや」 ブライアンはヒエムスを立たせ、フリルとレースで膨らんだスカートの埃を払ってやった。 「まあ、よろしいんですの?」 ヒエムスに覗き込まれ、ブライアンはルシールのことが口から出かかったが飲み込んだ。 「…まぁな」 「では、お父様の元までよろしくお願いいたしますわ、ブライアンお兄様」 スカートを広げて礼をしたヒエムスに、ブライアンは曖昧に笑った。お兄様、と呼ばれる筋合いはないと思うが。 ブライアンは一人っ子なので、兄弟は上も下もいない。だから、兄と呼ばれる機会自体がないので妙な気分だ。 ヒエムスは涙をきちんと拭い、鼻も拭き、乱れた巻き髪とワンピースを整えてから、ブライアンの元に駆け寄った。 そして、自然な動作でブライアンの手を取ろうとしたが、躊躇って下げた。ブライアンも、取ろうとは思わなかった。 相手は上官の娘だが、所詮他人だ。そして、ようやく取り付けたルシールとのデートがダメになるかもしれない。 そう思うと、馴れ合う気にはなれなかった。子供は嫌いではないが、今ばかりはヒエムスを好きになれなかった。 苛立つまいと思うのに、腹の底に募っていった。 子供からは、目を離してはいけない。 常日頃からそう思っていても、思い掛けない隙が出来てしまう。そして、その隙にはぐれてしまうものなのだ。 慌てまいと自分に言い聞かせるが、不安ばかりが膨らんでいく。嫌な想像をしてしまうと、次々に連鎖していく。 はぐれただけならまだいいが、誘拐されていたら。振り払おうとしても振り払えず、マサヨシは気落ちしていった。 珍しく連休を取れたマサヨシは、家族全員を連れて第五ブロックのショッピングモールで買い出しをしていた。 いつもはマサヨシらが必要物資を買い集めて届けるだけだが、たまには家族揃って出掛けるのも良いと思った。 久々にコロニーから出られた四姉妹は、表現方法に差はあるがはしゃぎ回り、家族を引っ張り回すほどだった。 ショッピングモールはとにかく広いので、買い出すものを振り分け、家族も三つのチームに分かれて行動した。 はぐれてしまったヒエムスは、マサヨシとガンマと共に行動していて、店内に溢れる物資に目を輝かせていた。 マサヨシはその様を微笑ましく思いながら、ガンマに手伝ってもらいながら生活に必要物資を買い集めていった。 そして、一通り買い集め、ヒエムスに集合場所に戻ろうと声を掛けようとすると、ヒエムスの姿は消え失せていた。 マサヨシがいた近辺を探しても見当たらず、迷子センターに問い合わせてみても四女は保護されていなかった。 それからマサヨシはひたすら探し回ったが、集合時間になってしまったので、状況を整理するために集合した。 ショッピングモールのセンターホールの噴水前に集まった家族達は、マサヨシとガンマから状況説明を受けた。 「しっかりして下さいですぅ、パパさぁん」 ウェールと共に食料品を買い出ししてきたミイムは、沈み込んだマサヨシの肩を支えた。 「とりあえず、端末に連絡してみるっすか」 アウトゥムヌスと共に消耗品を買い出ししてきたヤブキは、情報端末を出し、ヒエムスのアドレスと接続した。 一秒と立たずに可愛らしい着信音が鳴り響いたが、その音源はアエスタスのショルダーバッグの中からだった。 「…そういえば」 アエスタスはスポーツブランドのショルダーバッグを開き、自身の情報端末と繋がった四女の情報端末を出した。 「エウロパステーションに至る前に、バッテリーが切れたから分けてくれ、と…」 「にしたって、ヒエムスも市民IDカードぐらいは持ってるはずだろ?」 アエスタスと共に行動していたイグニスが片手を上げると、アウトゥムヌスはポシェットを探り、カードを出した。 「所有」 アウトゥムヌスはヒエムスの市民IDカードを見つめながら、呟いた。 「前回、このポシェットを使用したのはヒエムス。恐らく、その時に入れたまま、出し忘れたと考えるべき」 「厄介な」 アエスタスとイグニスと共に機械部品を買い出ししてきたトニルトスは、顔を背けた。 「ヒエムスが機械生命体であれば識別信号を受信出来るのだが、炭素生物ではどうにもならん」 「手詰まりだな」 イグニスが肩を竦めると、ヤブキは情報端末をポケットにねじ込んだ。 「そうっすねー。カードか端末のどっちかがあれば、すぐに見つけられたんすけどねー…」 「心配」 アウトゥムヌスが眉を下げると、アエスタスは口元を歪めた。 「ヒエムスはただでさえ危なっかしいのに、通信手段を持っていなかったとは。いや、ヒエムスがどちらも忘れていることを思い出さなかった私達も悪いのだろうが」 「ひーちゃん、不安だろうなぁ…」 ウェールは妹の心境を思うと、切なくなった。家族の中で一番甘えたがりで、一人になっている時は少ない。 何かにつけてまとわりついてきて、鬱陶しい時もあるがそれ以上に可愛い。掛け値なしに、慕ってくれるからだ。 寝て起きて一人だとぐずり出すほど寂しがりのヒエムスが、他人ばかりの世界に放り出されたらどうなることか。 今頃、泣いているに違いない。そう思ってしまうとウェールもなんだか悲しくなってきてしまい、涙が滲んできた。 「ひーちゃんに二度と会えなかったら、どうしよう」 ウェールが涙で声を詰まらせると、イグニスが慌てた。 「そっ、そんなこたぁねぇ! すぐにでも探し出してやる、機械生命体の誇りに掛けて!」 「そうですぅ! まだはぐれて一時間も経っていないんですからぁ、ひーちゃんはエウロパステーション内にいるはずですぅ! 万が一人身売買されていたとしてもぉ、まず査定に一時間ぐらい掛かりますしぃ、同業者の商品じゃないか調べるための照会にも最低でも十五分は掛かりますしぃ、コールドスリープされて輸出するにしてもぉ、そのための冷凍処理に二時間は掛かりますぅ!」 と、己の経験を踏まえてミイムがウェールを励まそうとすると、アエスタスが青ざめた。 「それは…一大事だ…」 「戦慄」 かたかたと震え出したアウトゥムヌスは、瞬きもせずに涙を零した。 「あ、ああ、だからそうじゃなくってぇ、そういうことになったとしてもまだ間に合うって言いたいんですぅ!」 ミイムは今にも泣き出しそうな次女と三女を慰めようとするが、今度はマサヨシが頭を抱えてしまった。 「俺のせいだ…。俺がヒエムスから目を離したせいだ…」 「だ、だからぁ…」 一度に三人も落ち込ませてしまった自分に気が滅入ってきたのか、ミイムも泣きそうになって尻尾を下げた。 ヤブキは何を言うべきか迷ったが、一度に皆を励ませるような言葉が出てこず、語彙の少なさに落ち込んだ。 イグニスも意気込むことで不安を誤魔化していたらしく、皆に引き摺られる形でどんどんテンションが低落した。 最後に残ったのはガンマとトニルトスで、トニルトスは彼らを横目にガンマを経由してデータベースに侵入した。 感情を持たないガンマは動揺することもなく、至極冷静に受け答えて、トニルトスにされるがままになっていた。 エウロパステーション中の監視カメラのデータベースに接続し、映像を検索しながら、トニルトスは思っていた。 少し前なら皆の混乱ぶりが鼻に突いて我慢出来なかっただろうが、ヒエムスへの愛情だと思うと許せてしまう。 トニルトスもまた、ヒエムスの身を案じていた。だが、自分までもが取り乱してしまうと収拾が付けられなくなる。 手始めにショッピングモール周辺の監視カメラ全機の映像を検索し、ヒエムスの姿を探し出すことに専念した。 見ると言っても、直接視認するわけではない。思考回路に映像のデータを流し、情報の羅列を認識していた。 そして、ヒエムスが姿を消した直後から十数分間の映像を調べ、ヒエムスらしきフリフリな少女の姿を見つけた。 トニルトスは映像を止め、ヒエムスの姿と背景を拡大した。ヒエムスはマサヨシの傍を離れ、屋外に出ていた。 何かに興味を引かれたのだろう、一直線に駆けている。そして、今度はヒエムスの進行方向の映像を辿った。 ショッピングモールの十八番ゲートから外へ出たヒエムスは、興味の赴くままに歩いて大通りを進んでいった。 この辺りは、以前に家族で訪れたことがあるので土地勘があるからだろう、ヒエムスは不安げな表情ではない。 大通りを抜けたヒエムスは立ち止まり、そして、何を思ったのかリニアラインのメインステーションに向かった。 立ち止まった際に辺りを見回していて、この時点ではぐれたことに気付いたらしく、一気に表情が曇っていった。 そして、数分間立ち尽くしていたが、メインステーションに入った。トニルトスは少し考えてから、理由を悟った。 「解ったぞ」 「何がだ、トニルトス」 ひどく情けない顔のマサヨシに問われ、トニルトスは頷いた。 「うむ。ショッピングモール近辺の監視カメラの映像を辿り、ヒエムスの姿を追っていたのだが、あの娘は貴様とはぐれた後にメインステーションに向かってしまっていたのだ。このショッピングモールは、店内移動用のトラムが七路線走っているだろう。考え得るに、ヒエムスはリニアラインがトラムに通じているのだと思い込み、メインステーションに入り、リニアラインに乗車してしまったのではないのか?」 「今まで黙ってたと思ったら、監視カメラの映像なんか見てたのかよ。変態だな」 イグニスの不躾な言葉に、トニルトスはすかさず言い返した。 「何もせずに喚くだけの貴様には言われたくない! 少しは建設的な行動を起こさぬか!」 「じゃ、リニアラインに乗った後はどうなったんすか? それが解れば探しようがあるっす!」 ヤブキがにじり寄ってきたので、トニルトスは手を翳して彼を制した。 「少し待て。調べる」 数秒間黙して映像の検索を終えた後、トニルトスは言った。 「ヒエムスは、リニアラインを三路線乗り継いだ末にセンターブロックに辿り着いたようだ。そこで降車し、外へ出たはいいが、また迷っている。余程心細いのだろう、どんどん人の多い場所に向かっている。最終的に辿り着いたのは中央公園のようだが…」 そこで、急にトニルトスは言葉を切り、間を置いてから呟いた。 「若い男に拐かされている」 途端に、水を打ったように一同は静まった。言語表現を誤ったか、とトニルトスは皆を見渡した。 「…だったら尚更助けに行こうじゃねぇかぁああっ!」 いきり立ったイグニスが猛ると、ヤブキが拳を突き上げた。 「オイラも久々にサイボーグらしいことをするっすよ! ひーちゃんのためっすからね!」 「よおし、行ってこい! 一刻も早く、うちの末っ子を捜し出してくるんだ!」 マサヨシは動揺に任せて荒っぽく命令を下してから、トニルトスも指した。 「お前もだ、トニルトス! 俺とミイムは現場待機を続行する、お前達三人はヒエムスを奪取してくるんだ!」 「…あ、ああ」 マサヨシらしからぬ語気の荒さに戸惑いながらも、トニルトスは答えた。 「では、私はヒエムスの行動のトレースを続行しながら、ヒエムスの捜索も行おう。若干処理能力に負荷が掛かるが、特に支障はない。強いて言うならば、エネルギーの消耗が速まる程度だ」 「いよっしゃあ! 待ってろヒエムス、おじちゃんがすぐに連れ戻してやるからなぁああっ!」 トニルトスが言い終えるよりも早く、イグニスが発進した。 「んじゃ、皆、良い子にしてるっすよ! オイラも頑張ってくるっす!」 両足のズボンを膝上まで捲り上げたヤブキは、外装を開いてイオンスラスターを展開させ、青い炎を噴出した。 床を蹴り付けて上昇したが、勢いが良すぎたために前のめりになり、前転してからイグニスとは逆方向に飛んだ。 姿勢も安定せず、ふらふらしながらも飛んでいった。その様に、マサヨシのみならず全員が不安を覚えてしまった。 最後にトニルトスが発進し、青い機影が作り物の空に消えていった。三手に別れれば、必ず見つけられるはずだ。 マサヨシは三人の背中が見えなくなるまで見つめていたが、振り返り、三人の娘と母親役の少年に向き直った。 皆が皆、不安げな顔をしていた。マサヨシも似たような顔をしているだろうが、作り笑いを見せる余裕はなかった。 無事に帰ってくれるだけでいい。はぐれてしまったことは、目を離してしまったマサヨシにも責任があるのだから。 親として、恥ずべき失態だ。 09 5/3 |