酸の雨は星の落涙



第一話 堕落への墜落



 軟着陸に成功したことが、不可解だった。
 それほどまでに、自機は破損していたからだ。ゲオルグはボンベの栓を抜くためのピンを引き抜き、冷却剤と消火剤の混合溶液を 噴出させてコクピットを白く冷えた泡で汚した。キャノピーは細かなひび割れが出来すぎていて外は見えず、差し込む光も細切れだった。 セラミックアーマーに蓄積していた過熱が吸収され、混合剤でコクピットの過熱が収まったことを確かめてから、ゲオルグはキャノピーを 外すため、機械の左腕を伸ばした。四本指の手袋に包まれた指が触れた部分からひび割れが拡大し、破片がばらばらと降り注いできた。 仕方ないのでキャノピーのフレームを強引に押し上げると、凄まじい過熱を浴び続けていたシリンダーが破損してフレームが歪み、 ついには外れたので、ゲオルグはキャノピーを引き剥がして背後に放り投げた。そして、ようやく状況が認識出来た。
 ゲオルグの機体は、落下の際の進行方向に見えていた都市に突っ込んでいたようだった。建物の構造物に引っ掛かって 穴の空いた両翼は外れ、尾翼も外れ、最後に残された胴体だけがビルの一階にめり込んでいた。ゲオルグが突っ込んだのは その建物の一階部分であり、自機がぶち抜いた穴から外が見えていた。時折頭上から破片が落ち、白っぽい砂埃が舞い上がっている。

「お目覚めか、新入り」

 穴の外側から、声が聞こえた。ゲオルグは反射的にプラズマライフルを構えると、小さな生物が歩いてきた。

「そういきり立つな、取って食いやしねぇよ」

 瓦礫をものともせずに四足歩行で近付いてきた生物は、背中に生えた翼を動かして体を浮かび上がらせた。

「もっとも、俺にはお前みたいなトカゲを喰う趣味はねぇけどな」

「誰だ、お前は」

 プラズマライフルの照準を据えたままゲオルグが呟くと、その奇妙な生物は破損した機首に降りた。

「おお、なんだこりゃ。すっげぇな、本当にセラミックだ。イカれてんなー、おい」

「質問に答えろ。繰り返す、お前は誰だ」

 ゲオルグが平たく言うと、奇妙な生物は三角形の尖った耳を立て、細長い尻尾を緩やかに振った。

「長い付き合いになるんだ、ちったぁ仲良くしようぜ。俺はエーディ・マクガイヴァー。エドでも構わんぜ」

「アイデクセ帝国軍、ゲオルグ・ラ・ケル・タ一等宙尉」

「そりゃまた、面倒なところから引っ張ってきたもんだな。あの帝国の軍人かよ」

 うわー、とエーディは小さな口を開けて牙を見せつつ、目を丸めた。

「まずはそこを出ろよ、ゲオルグ。そんなにぶっ壊れてちゃ、ガラクタ以下だしな」

「妥当な意見だ」

 ゲオルグはプラズマライフルを下げることはせず、冷却剤と消火剤が溶け落ちたことを確かめてからコクピットから身を乗り出し、 飛び降りた。運の良いことに前両足も後ろ足も傷付いておらず、関節も上手く曲がった。プラズマライフルを肩に掛けてからハンドガンを抜き、 動作を確かめていると、ゲオルグを見上げたエーディは舌を出した。

「またエグいのを選ぶんだな、あのお姫様は」

「母星の地形に合わせて進化した形態だ。四足歩行型脊椎動物とは比較対象にすらならない」

 ハンドガンにバッテリーマガジンを差し込んだゲオルグが返すと、エーディはひょいと二本足で立ち上がった。

「馬鹿言うな、これもあのお姫様の趣味なんだよ。俺は本来二足歩行の種族なんだぞ、四つ足で歩くわけねぇだろ。 時代遅れも甚だしいんだよ」

「そのオヒメサマとはなんだ。支配者か」

「お姫様はお姫様だ。いいか、これだけは気を付けろよ」

 瓦礫だらけの建物から外に出たエーディは、片耳を曲げて口元を歪めた。

「何が何でも機嫌を取れ。でないと、俺もお前も終わりだ」

「意味が解らない」

「解らねぇんだったら、それでもいい。いや、解らない方がいいかもしれねぇなぁ」

「その発言は矛盾している」

「俺だってそう思うよ。でもな、そうなんだから仕方ねぇじゃねぇか」

 エーディは肉球の付いた足でぺたぺたと歩きながら、翼の生えた背を伸ばした。胴体は縦に長く、後ろ足は短めで、尻尾は長く、 二足歩行に向いた体型の生命体には見えなかったが、苦もなく歩いていた。むしろ、先程の四足歩行の時よりも歩調が早かった。 しかし、体長二メートル以上のゲオルグとは歩幅が違いすぎるので、おのずとゲオルグがエーディの前に出て歩く形になった。

「俺の前を歩くなよ、新入り」

 エーディが不満げに尻尾を揺すると、ゲオルグは返した。

「ゲオルグ・ラ・ケル・タ一等宙尉だ」

「二度も言わなくても解るさ、俺だって馬鹿じゃねぇ。だが、お前はこの街の地理は知らねぇだろ?」

「問題はない。俺は道に迷わない。磁場を感知し、方角を認識している」

「そりゃそうかもしれねぇが、お前を連れて帰らないとお姫様がごねるんだよ。そうなっちまったら、俺やヒルダがとばっちりを食う。 そうなったら、お前、責任取れるかよ?」

「何の責任だ」

 ゲオルグは三本足を器用に曲げて歩きながら、違和感を感じていなかった自分に気付き、言った。

「なぜ、俺はお前と会話が成立している?」

「愚問だな」

「ならば、お前はアイデクセ語を習得しているのか?」

「まさか。それじゃ、ゲオルグは俺の星の言葉を知っているってのか? 惑星イリシュの公用語をよ」

「俺の記憶には惑星イリシュに関する情報はない」

「だろ? 俺はアイデクセ帝国の存在は知っているが、言葉にはまるで興味がないのさ。だが、通じるものは通じるんだ。 深く考えるな、ドツボに填るだけだぜ」

「思考を放棄するのは知的生命体としての尊厳を失うことと同意義だ」

「つまんねー男だなぁ、おい…」

 エーディは大袈裟な動作で首を横に振ってから、目を上げた。

「ほれ、お姫様のお城に御到着だ」

「無意味極まる建造物だ」

 彼の視線を辿ったゲオルグが素直に感想を述べると、エーディは吹き出した。

「ごもっとも」

 二人の進行方向には、いくつもの塔を組み合わせて造られた白亜の城がそびえていた。槍のように尖った屋根は鮮やかな赤で、 縦長の窓は色ガラスを填めて複雑な絵が作られ、鉄柱を組み合わせて造られた見るからに頑丈な半円状の門には花模様の細工が施され、 その先には広大な庭園があり、無数の花々が咲き乱れていた。柔らかな風が吹いて甘ったるい匂いが漂い、鼻腔を満たしていく。

「さあて、行こうじゃねぇか」

 エーディは上半身を倒して四つ足になると、ゲオルグを先導した。彼が近付くと独りでに門が開き、蝶番が軋みを立てた。 ゲオルグは釈然としなかったが、エーディの真っ直ぐに伸びた尻尾を追った。庭園に一歩踏み入ると、一層厚みを増した花の匂いが やってきた。冷却剤と消火剤の独特の匂いが全身にまとわりついているはずなのに、植物の匂いが勝っているのは不可解だ。 その疑問を口にしようとしたが、エーディが相手ではまともな答えが期待出来ないと判断したので、ゲオルグは疑問を胸に収めた。 透き通った水が溢れ出す噴水や花のアーチを通り過ぎると、門と同じような細工が施された両開きの扉が現れた。それもまた、 独りでに開いて全開になった。扉の先には二本足で直立する影が立っていて、二人が入ると丁寧に礼をした。

「お待ちしておりました」

 穏やかな女性の声を発したのは、曲線で形作られたロボットだった。外装は優しい印象を与える淡いピンクと白に塗られ、 頭部はゴーグルとマスクではあるが面差しは柔らかく、手足はすらりと長く、胸には膨らみもあった。

「御嬢様の御世話をさせて頂いております、ヒルダと申します」

 ヒルダと名乗った女性型ロボットは、暗く長い回廊の先を示した。

「オジョウサマとはオヒメサマとは同一個体なのか」

 ゲオルグが問うと、ヒルダは答えた。

「その認識で構いません。エーディさんがお姫様と呼ぶ方も、私が御嬢様と呼ぶ方も同一人物ですので」

「ならば、それがお前達の指揮官なのか」

「指揮官じゃねぇよ。そろそろ状況に馴染めよ、サイボーグトカゲ」

 エーディはゲオルグの前に回り、柔らかな肉球の付いた前足でゲオルグを指した。

「俺達はお姫様のものだ。そして、この星に落ちた瞬間から、お前もお姫様のものなんだ」

「違う。俺の所属はアイデクセ帝国軍宇宙大連隊航宙部隊ラーゲン小隊だ」

「だから、あー、もう、じれってぇー」

 エーディは面倒そうに顔を背けると、ヒルダが歩み出した。

「では、私が御案内します。どうぞこちらへ、ゲオルグさん」

「お前達とその輩の関係性が読めないが、俺は前線に戻るために進言しなければならない」

 ヒルダの歩みは外見に応じた柔らかさだが、ゲオルグに歩調を合わせていた。エーディは少し遅れて後に続き、 一っ飛びしてヒルダの肩に飛び付いた。彼女の滑らかな外装に爪を引っ掛けたエーディは、ゲオルグに向いた。

「進言って、何を進言するんだ? 宇宙船の提供か、無線の借用か?」

「どちらもだ」

 ゲオルグが切り返すと、エーディは尻尾を横に振った。

「やめとけやめとけ。時間の無駄だ」

 ゲオルグがその意味を問う前に、ヒルダの足が止まった。三人の前には、城の扉に似てはいるが別物の扉が現れた。 艶を帯びた金属製のフレームにはやはり花模様の細工が施されているが、扉の本体は繊細なカッティングが施された分厚いガラス製だった。 いや、ガラスに見えるだけで別の鉱物かもしれない。扉の内側から光が差し込むたびに虹色の光が零れ、きらきらと輝いているからだ。

「御嬢様、お連れしました」

 ヒルダは扉のノッカーを打ち付けて鳴らすが、返事はない。ヒルダはそれを気にせずにドアノブを回すと、開けた。 ゲオルグの頭上に流れ出した湿り気を帯びた生温い空気は、庭園の数倍の濃度を持った花の匂いに満ちていて、思わず顔をしかめた。 感情は上手く認識出来なくても、生理的な嫌悪感は充分認識出来る。元々、ゲオルグは甘ったるい食品や匂いが得意ではないからだ。 細腕で難なく扉を開ききったヒルダは、やはり透き通った半球状の屋根に覆われた空間、温室の中心を手で示した。
 そこには、少女が死んでいた。顔の正面に付いた二つの目は薄い瞼に閉ざされ、平べったい胸の上で小さな両手が組まれ、 黒い革靴を履いたつま先がぴったりと揃えられ、純白のドレスの裾が扇状に広がっていた。その周囲には匂いの発生源である花が 溢れ返り、緩く波打った長い金髪に彩りを添えている。薄い肌は白く、花びらのような唇は閉じている。胸は浅く上下していて、 風音に混じって呼吸音が聞こえているが、ゲオルグには生気を捉えられなかった。むしろ、生きているわけがない、と思ってしまった。 見たことのない外見の生物、オヒメサマでありオジョウサマである者は、重たげに瞼を開いてから花びらにまみれた身を起こした。

「あら…」

 吐息と共に声を発したオヒメサマでありオジョウサマである者は、小首を傾げ、青い瞳でゲオルグを見つめた。

「あなたが、私の王子様なのね?」

「オウジサマ?」

 理解しかねる単語の数々にゲオルグが訝ると、オヒメサマでありオジョウサマである者は微笑んだ。

「名前はゲオルグね。言わなくても、知っているわ」

 オヒメサマでありオジョウサマである者は、小さな手を伸ばしてきた。

「私はアリス。さあ、お手を」

 ゲオルグは何一つ理解出来なかった。アリスと名乗ったオヒメサマでありオジョウサマである者の意図も、エーディの言動も、 ヒルダのことも、自分自身のことも。それでも、理解しようと努めて、機械の脳の珪素回路を働かせようとした。しかし、珪素回路に電流を 巡らせると、戦闘中に生じた衝撃と痛みに酷似した電流が生身の脳を貫き、ゲオルグは思考力を失った。意志に反し、足が前に進む。 発言すべき言語を組み上げているなのに、喉が詰まって声帯が僅かばかりも震えない。無数の花を三本足で蹴散らしながら歩み出した ゲオルグは、頬を染めながら待ち侘びているアリスの元に到着すると、前両足の膝を曲げて頭を垂れた。
 そして、彼女の手を取った。






 


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