純情戦士ミラキュルン




第十三話 人類滅亡!? 地球最後の日!



 注文してから三十数分後、昼食が到着した。
 悪の秘密結社ジャールに出前を運んできたのは、王虎飯店の女性従業員、白竜里沙だった。竜の獣人である。 店名の入ったエプロン姿の里沙は、細い腕に似つかわしくない重たい岡持を軽々と持ち上げて運び入れてきた。 銀髪の間からは長いツノが伸び、背中からは薄い皮膚の翼が生え、スカートの下からは太い尻尾が伸びている。 それ以外は普通の人間に似た外見なので、竜人であることを示す部品がアンバランスではあったが愛嬌がある。

「御注文頂いた品は、こちらで全部ですねー」

 料理をテーブルに並べ終えた里沙は、給湯室で人数分の緑茶を淹れているミラキュルンに気付いた。

「ああ、この子ですか。ジャールさんが戦ってるヒーローってのは」

「あ、はい、そうです。純情戦士ミラキュルンです」

 ミラキュルンが頭を下げると、里沙は笑った。

「あんまり痛め付けないで下さいねー。ジャールさん、うちの常連なんですから」

「あ、はい、頑張ります」

「それで、あなたが注文したのはどれです?」

「えっと、天津飯です」

「うちの料理は外れがありませんから、期待して食べて下さいね!」

 里沙は岡持を持ち上げると、尻尾を靡かせながらジャールの本社を後にした。

「それじゃ、失礼しまーす。毎度ありがとうございましたぁー」

「どうもありがとうございました」

 ミラキュルンは里沙を見送ってから、緑茶の入った湯飲みをテーブルに並べていった。

「ちょっと早いが、昼休みにするか。冷めたら勿体ないしな」

 ヴェアヴォルフが腰を上げると、レピデュルスはボールペンを止めた。

「そうですな、若旦那。ミラキュルンがお茶を淹れて下さいましたし」

「セイントセイバーとかいうあんちゃんの戦いはどうなりやしたかねぇ。さっさと終わってくれねぇと、甲子園の 中継が始まらねぇんでさぁ」

 ファルコが応接セットの奥にあるテレビを見やると、パンツァーは首の凝りを解すように首を回した。

「そうそう。見る前から結果が解っちまう戦いよりも、高校野球の方が何倍も面白ぇや」

「そうねぇ、若い子って必死なところが可愛いのよねぇん」

 アラーニャはパソコンをシャットダウンした後、応接セットに向かい、自分のマグカップが置かれた位置に座った。 ミラキュルンはアラーニャに手招かれて彼女の隣に座ると、他の四人もそれぞれの湯飲みがある位置に座った。

「さあ、喰おうか」

 応接セットの上座に座ったヴェアヴォルフが言うと四天王は手を合わせたので、ミラキュルンも手を合わせた。 そして、六人全員で声を揃えていただきますと言ってから、割り箸を割り、それぞれの中華料理を食べ始めた。
 ヴェアヴォルフが担々麺とチャーハンのセット、レピデュルスが海鮮ラーメン、パンツァーが中華丼の大盛り。 ファルコが麻婆丼と半ラーメン、アラーニャが餃子とライスとスープのセット、そしてミラキュルンが天津飯である。 ミラキュルンは天津飯を食べながら、テレビを窺った。神聖騎士セイントセイバーの戦いは、今も尚続いていた。 宇宙生物を倒して巨大隕石に斬りかかったまでは良かったが、割れた破片が大きすぎて新たな落下物となった。 セイントセイバーの放つ斬撃はとてつもない威力があるようだが、広範囲に渡る攻撃は得意ではないようだった。

「上手ですけど、下手ですね」

 ミラキュルンはマスクの下でもぐもぐと咀嚼してから、飲み込んだ。

「えっと、私なんかが言えた義理じゃないんですけど、なんていうか、その、テンポがイマイチです」

「やっぱりそう思うか?」

 担々麺を啜ってからヴェアヴォルフが言うと、ミラキュルンはレンゲで天津飯を掬った。

「技の一つ一つは綺麗ですし、大きいんですけど、見せ場に拘りすぎているような……」

「ふむ。確かに、それでは効率は落ちてしまうな」

 レピデュルスは膝の上に海鮮ラーメンの器を置き、腹部に開いた口の中に入れていた。

「あ、レピデュルスさんって、口はそこにあるんですか?」

 ミラキュルンが少し驚くと、レピデュルスは顔から生えた細長い口を動かした。

「こちらにも消化器官に直結した気管はあるのだが、見ての通り、水分程度しか摂取出来ぬのでな」

「凄いですねー」

 ミラキュルンは素直に感心してから、天津飯とセットになっていたスープを飲んだ。

「そういえば、ミラキュルン」

 早々に担々麺を食べ終えたヴェアヴォルフは、チャーハンに取り掛かりながらミラキュルンに尋ねた。

「はい?」

「貴様の御両親は、主にアメリカで絶賛大活躍中のパワーイーグルとピジョンレディだそうじゃないか」

「あ、はい、そうです」

「二人の超人的な強さについては悪の組織だから把握しているんだが、人となりまでは知らないんだ。貴様と戦っている 以上、付き合うことになるかもしれないから、一応聞いておこうと思ってな」

「別に、お父さんもお母さんも普通ですよ?」

 ミラキュルンはスープの手前にレンゲを置き、少し冷めた緑茶を啜った。

「お父さんはちょっと荒っぽいけどお兄ちゃんも私も良く可愛がってくれるし、お母さんはたまにきつい時があるけど優しいし、 他の家族とそんなに変わらないと思います。あ、でも、少し違うところもあるかな?」

「例えば?」

「お父さんもお母さんも、自動車の運転免許を持っていないんですよ。だから、帰省や家族旅行の時は自力で空を飛ぶんです。 私は空を飛べるようになるまで時間が掛かりましたから、小学校高学年まではお父さんに担いでもらいましたけど」

「それじゃ、電車も新幹線も飛行機も使わないわけか」

「あ、はい、そうなんです。だから、私、小学校の修学旅行で京都に行った時は楽しかったですね。新幹線に乗ったのは 初めてだったし、電車にも滅多に乗ったことがありませんでしたから。あ、今は違いますけど」

「それのどこが少しの違いだ。大いに常識外れじゃないか」

「そうですか?」

「それが普通だとしたら、この世界に怪人が生まれる余地はない」

 ヴェアヴォルフが苦笑混じりに返すと、四天王はそれぞれの仕草で同意を示した。

「そんなことないですよ。ん、だけど、これはさすがに普通じゃないかな?」

 ミラキュルンは湯飲みに緑茶を注いで足してから、残り少なくなった天津飯の器を取った。

「お父さんもお母さんも、大学を卒業してからは一度も働いたことがないんですよ」

「だが、貴様もお兄さんも学生だから働いていないんだろう? どうやって生計を立てているんだ?」

 ヴェアヴォルフが片耳を伏せると、ミラキュルンはテレビを指した。

「版権料です」

「何の?」

「御存知ないですか? CSのアニメチャンネルで放映されている、実在のヒーローを元にしたアニメシリーズ」

「あー……そういえば……」

 ヴェアヴォルフは記憶を掘り返し、思い出した。欧米諸国は日本に比べて実在のヒーローに対する扱いが良い。 日本に負けず劣らずヒーロー人気が高いが、人間味溢れるヒーローよりスーパーヒーローが好かれる傾向にある。 もちろん、地に足が着いた性格と行動を取るヒーローもいるが、派手なアクションとスーパーパワーには敵わない。 パワーイーグルとピジョンレディは並のヒーローの十倍以上のパワーを持つので、その点については申し分ない。 そして、二人はやたらと大規模な破壊活動や侵略を行う悪の組織やミュータントと敵対しては打ち負かしている。 エピソード自体も大袈裟だが二人の戦い方もまた大袈裟なので、カートゥーンアニメーションの絵柄には丁度良い。
 実在のヒーローをアニメヒーローに仕立て上げる、というのは日本にはない文化だが、欧米では一般的だ。 それだけヒーロー達が愛されているということだが、現実と虚構の境界線が消えるのでは、と危ぶまれてもいる。 それに、実在の人物を絵に描き起こしてシナリオを組み立ててよく似た声の声優を当てても、違うものは違うのだ。 実在のヒーローが現実で強ければ強いほど、アニメーションになったヒーローとの言動の違いが鼻に突いてくる。 その違いがたまらない、というヒーローマニアも多くいるが、実在のヒーローだけで充分だ、との意見もまた多い。

「関連商品の売れ行きも良いらしいですけど、日本では発売しないんだそうです。まあ、お父さんもお母さんも 日本での知名度は低いですからね。赤字になっちゃいます」

 ちなみにフィギュアが売れ筋ナンバーワンです、と補足したミラキュルンに、ヴェアヴォルフは顎をさすった。

「そういうのって、敵側も商品化されるんだろう?」

「あ、はい。そっちも人気が高くて、お父さんの次に敵のリーダー格のフィギュアが売れているそうです」

「羨ましい限りだが、それはまず知名度ありきだからなぁ」

「そうなんですよね。大型量販店に置かれたからって、売れるとは限りませんし」

「しかし、版権料か……。商品化されれば円滑に資金調達が出来るんだろうが、俺達じゃなぁ……」

 ヴェアヴォルフが悔しげに唸ると、ミラキュルンは申し訳なくなった。

「あ、あの、ごめんなさい」

「なんで貴様が謝るんだ」

「だ、だって、ド新人の私なんかと敵対しているから、ジャールの皆さんの知名度は」

「それもそうかもしれないが、ジャールの名が世界に知れ渡らない要因は俺達の実力不足にある。貴様がそこまで 気にする必要はない」

「で、でも……」

 ミラキュルンはレンゲを握り締めていたが、ふとあることに気付き、顔を上げた。

「そ、そうですよね! ジャールの皆さんが全世界的に有名になったら、私もそうなっちゃいますよね! そんなことに なったら、私もお父さんとお母さんみたいにアニメ化されて商品化されちゃいますよね! そんなことになったら、私、 恥ずかしくて死んじゃいます!」

「羞恥心如きで貴様を倒せるようなら、俺達は苦労しないんだがな」

 ミラキュルンに返しながらヴェアヴォルフがテレビを見やると、セイントセイバーが勝利を収めていた。

「ああ、やっと終わった。所要時間二時間か。よくやるなぁ」

「そうですね。大抵のヒーローは、どんなに状況が悪くても二十分以内でなんとかしちゃうんですけど」

 ミラキュルンは半分ほど残していたスープを飲み終え、両手を合わせた。

「ごちそうさまでした! おいしかったです!」

「それじゃあ、本題に入ろうかしらぁん」

 アラーニャは立ち上がると、給湯室の冷蔵庫からミラキュルン手製の杏仁豆腐入りタッパーを取り出した。

「おお、待ってやしたぜ!」

 ファルコが翼の先をばさばさと叩き合わせると、ミラキュルンは慌てた。

「あ、あの、全然大したことないですから! ちょっと緩いかもしれないし!」

「喰えりゃなんだっていいんだよ」

 パンツァーが笑い声を漏らすと、レピデュルスは腹部の口元を拭った。

「そうとも。気を遣うのは良いことではあるが、卑屈になりすぎるのはよろしくない」

「で、でも……」

 ミラキュルンが肩を縮めると、ヴェアヴォルフはアラーニャが運んできた杏仁豆腐の皿を並べた。

「だが、食べなければ評価のしようがないんだ。食べる前からゴチャゴチャ言うものじゃない」

 ほら、とヴェアヴォルフがミラキュルンにスプーンを渡すと、ミラキュルンは頷いた。

「はい……」

「では、頂こう」

 レピデュルスは腹部の口を開き、杏仁豆腐を入れた。

「そうねぇん。ちょおっと柔らかめかもしれないけどぉ、充分おいしいわぁん」

 一口食べたアラーニャが身をくねらせると、パンツァーはマスクの隙間から杏仁豆腐を吸い込んだ。

「ほう、杏仁豆腐ってぇのはこういう噛み心地の食い物なのか」

「洒落たモンを作りやすねぇ、ミラキュルンは」

 ファルコはクチバシを開いて杏仁豆腐を入れ、ヴェアヴォルフも自分の分を食べてみた。

「うん。杏仁豆腐だ」

「それで、その……」

 ミラキュルンが恐る恐る問い掛けると、ヴェアヴォルフは片耳を曲げた。

「旨いと言えば旨いんだろうが、普通すぎて評価のしようがないんだ」

「若旦那、何もそこまで言い切らずとも」

 レピデュルスが苦笑気味に呟くと、ヴェアヴォルフは尻尾を大きく揺すった。

「本当のことなんだから仕方ないじゃないか」

「そうですか、私の御菓子はそんなに普通ですか……」

 ミラキュルンは少し落胆したが、それもまた良いことでは、と思い直した。

「でも、可もなく不可もないのも悪くないですよね。だって、普通に食べられるんですから!」

「そうよぉん。それが一番なのよぉ」

 アラーニャは杏仁豆腐をスプーンで掬い、口に入れた。

「普通のことが普通に出来るなんてぇ、立派なことじゃないのぉ」

「ですね」

 ミラキュルンは、自分の分の杏仁豆腐を食べ始めた。家を出る前に味見した時と変わらず、柔らかかった。 水気が多すぎたせいか思っていたよりも味は薄かったが、喉が乾いてしまうほど甘すぎるよりは良いと思った。
 セイントセイバーが勝利を収めたため、テレビ中継も切り替わり、普段通りの番組編成の放送を再開させた。 ファルコはすぐさまチャンネルを変えると、炎天下の中で白球を追って戦っている高校球児達の姿に見入った。 ミラキュルンはそれほど野球に興味はないがルールは解るので、ジャールの昼休みが終わるまで付き合った。
 パンツァーの言うように、甲子園の戦いは正義と悪の戦いよりも面白かった。





 


09 8/11