純情戦士ミラキュルン




第十六話 超スケールの戦い! 純情昇華ミラキュイーン!



 児童公園は賑やかだった。
 午後五時手前なので空はまだ明るく、人影も多く、遊具の周辺では小学生の一団が歓声を上げていた。 携帯ゲーム機を持って座り込んでいる子供達の姿も目に付き、皆、思い思いの手段で夕暮れ時を楽しんでいた。 西日に照らされた遊具からは長い影が落ち、夏休み中に比べればぐんと涼しくなった風が時折吹き抜けていた。
 夕焼け空、濃さを増した影、夏の終わりの匂い、と二人は何かしらの追憶を掻き立てる光景をただ眺めていた。 児童公園の片隅のベンチに並んで座ったはいいが、どうやって話を切り出せばいいか解らなかったからである。 話がしたい、と誘ったわりに行動に移せていない自分を不甲斐なく思いながら、大神は必死に話題を探っていた。 対する美花は、初恋乙女の胸キュンエナジーのエネルギー源として妄想した相手なので少々居心地が悪かった。 もちろん、大神に会えてとても嬉しい。夏休みの間はコンビニに顔を出せなかったので、いつも以上にそう思う。 けれど、羞恥心に負けて話を切り出せない。聞いてもらいたいこと、聞きたいこと、言いたいことは山ほどあった。 だが、どうしても胸でつっかえてしまう。美花は意味もなく足元を見つめながら、やはり意味もなく唾を飲み下した。

「おっ」

 美花は意を決して話を切り出そうとしたが、上擦りすぎて変な声が出た。

「大神君!」

「あ、うん、何?」

 大神はなるべく自然なリアクションを作ろうとしたが、こちらもまた声が上擦り気味だった。

「あ、えっと、その、うんと、だから、その……」

 美花は意識するまいと頑張ったが、そう考えれば考えるほど意識してしまい、スカートの裾を握り締めた。

「もう、やだぁ……」

 大神を自宅に誘った時は普通に話せたのに、またこの調子に戻ってしまった。やっと友達になれたのに。 そんな自分が不甲斐なく、胸の痛みがますますひどくなる。あんなに嬉しかったのに、先程以上に気が滅入った。 美花が泣きそうになっていると、何をどうしたものかと迷った大神はこの間を凌ぐためにベンチから立ち上がった。

「野々宮さん、ちょっと待ってて! 本当にすぐだから!」

 逃げるように立ち去った大神に、美花は尚更泣きたくなった。きっと、大神にも鬱陶しがられたのだ。 そう思うと悲しさは二乗にも三乗にもなって、辛うじて堪えていた涙が滲み出してきたのでハンカチで拭い取った。 早く泣き止もう、と美花が必死に涙を拭っていると、少々息の上がった大神が美花の座るベンチへと戻ってきた。

「野々宮さん」

 大神は呼吸を整えてから、美花の前にミルクティーの缶を差し出した。

「これ、良かったら。ピーチティーじゃないけど、紅茶だから」

「……ふあい」

 涙で詰まった声を出した美花は、良く冷えた缶を受け取ったが、大神の心遣いが嬉しくてもっと泣きたくなった。

「ありがとうございます。でも、なんか、ごめんなさい」

「いや、いいんだよ。俺も飲みたかったし」

 大神は美花の隣に座ると、自分のために買ってきた缶コーヒーを開けた。

「それで、何かあったのか?」

「何か、ってほどでもないんですけど、自分が情けなくなっちゃって」

 美花はミルクティーを開けたが、すぐに飲んでしまうのは勿体なかったので少しずつ飲んだ。

「頑張ろうって思えば思うほど空回りしちゃうし、そのせいで学校でも失敗しちゃうしで、もう散々です。だから、 さっきまで生活指導室で御説教を受けてたんですけど、私よりも出来の良い人と比較されちゃって……」

「それは確かに泣きたくなるな」

 大神は微糖のコーヒーを傾けつつ、苦笑した。

「俺も身に覚えはあるよ。自分が思い描くほど、現実は上手く運ばないもんだ」

「大神君もそうなんですか?」

「もちろん。俺はそんなに要領が良くないからな」

 大神は背を丸め、足の間に両腕を垂らした。ミラキュルンとの戦いで、理想と現実の違いを思い知らされている。

「自分では確実に勝てると思って行動しても、実際にやり合ってみるといつもの調子で負けちまうんだ。そればかりか、 良かれと思ってやったことが裏目に出ることもある。堂々巡りを繰り返してばかりの自分が嫌になる瞬間もあるけど、止める つもりはない。次こそは勝てるはずだ、って思っているからだ」

「そうなんですよね……」

 美花はミルクティーに口を付け、一口含んでまろやかな甘みを味わった。

「でも、たまに上手くいくと、今度は次が怖くなるんですよ。まぐれだったんじゃないか、って」

「そうそう。自分の方に運が傾くことなんて滅多にないから、尚更信じられなくなっちまうんだ」

 頷いてから、大神は缶コーヒーをぐいっと呷った。いつもいつも勝てないので、たまに勝てると恐ろしくなる。 といっても、正面からミラキュルンを倒せるわけもなく、ミラキュルンが逃げてしまったことを勝ちとしているだけだ。 正々堂々と戦った末の結果ではないので気が咎めるが、世界の覇権を掛けた戦いを放棄した彼女に非がある。 だが、ミラキュルンは根性がないようでいてあるので、逃げ帰った決闘の次の決闘は気合いを入れて戦ってくる。 しかし、力加減が不確かなミラキュルンなので、結局やりすぎてしまって自己嫌悪に陥っては逃げ帰ってしまう。 そして、また次回の決闘ではミラキュルンが及び腰になる。正義と悪は、そんなことを繰り返している。

「私、やっと、頑張れるようになったと思ったのに」

 美花は飲みかけのミルクティーを握り締め、俯いた。

「ちょっとは強くなれたと思ったのに、やっぱり何も変わってない。それどころか、もっとひどくなってる」

「一人で全部抱え込むんじゃ、余計に辛いよ。天童さんにでも相談したらどうだ?」

「七瀬にはいつも迷惑掛けているから、愚痴なんて零したらもっと迷惑掛けちゃいます。だから、自分でなんとか しなきゃいけないんです。そうしなきゃ、成長出来ないから」

「野々宮さん。俺は構わないから、話すだけ話してくれないかな」

「だけど」

 美花が肩を縮めると、大神は尻尾を緩やかに振った。

「友達ってのは、そういうもんじゃないかな」

 本当なら、この場で言えるだけ言ってしまいたい。友達などでは終わりたくない、心から君のことが好きだ、と。 だが、それでは美花の生活を狂わせることになる。大神と付き合うようになれば、おのずと怪人の世界に触れる。 そうなれば、必ず美花に迷惑を掛ける。大神は美花の肩に伸ばしたい手を押さえるために、拳を固く握り締めた。

「そうですよね」

 美花は顔を上げてからまた滲んできた涙を拭い、ミルクティーで喉を潤してから、大神に向いた。

「友達、ですもんね」

 彼が友達だと言ったのだから、友達で終わるべきだ。そこから先に進めたら、きっと世界が救えるほど幸せだ。 けれど、美花は戦わねばならない身だ。相手が零細企業の悪の秘密結社であろうと、命を懸けた戦いなのだ。 ミラキュルンとしてジャールと戦っていることを知られたら、心優しい大神には無用な心配を掛けてしまうだろう。 ミラキュルンといえば、大神に聞こうと思っていたが顔を合わせる機会がなかったので聞けなかったことがある。

「あの」

 美花はなるべく声色を落ち着けてから、大神を見つめた。

「大神君は、どうしてミラキュルンを庇ってくれたんですか?」

「え?」

 暗黒総統である俺がそんなことを言っただろうか、と大神は少し考えて、夏祭りの時の発言だと思い当たった。

「ああ、あれか」

「えっと、その、なんだか気になっちゃってて」

 美花が視線を彷徨わせると、大神は口元を綻ばせて牙を覗かせた。

「大したことじゃないよ。ただ、そう思ったってだけだ」

「じゃあ、大神君は、ミラキュルンは正義の味方だと思いますか?」

「ああ。だって、彼女は野々宮さんを守ってくれているんだろう? 友達なんだし」

「え、あ、はい」

 そういえば、そんな設定になっていた。美花が頷くと、大神は空になった缶コーヒーを揺らした。

「だから、彼女は正義の味方だ」

 そう呟いた大神の横顔はどことなく悔しげに見えたが、目元も口元も表情は柔らかく、耳もぴんと立っていた。 美花は嬉しくてたまらなかったが、顔が勝手に緩んでくるだけでなく頬までも紅潮してきたので俯いてしまった。 自分のことじゃない、ミラキュルンだ、大神はミラキュルンを褒めたんだ、と自制してもなかなか収まらなかった。
 赤面して俯いた美花の横顔を窺い、大神は恥じ入った。自分でも格好を付けすぎたと思ったが、ここまでとは。 隣で聞いていた美花が赤面してしまうほどなのだから、決めすぎたらしい。そこまでやるつもりはなかったのだが。 だが、紛れもなく本心だ。ミラキュルンはジャールと敵対しているヒーローだが、彼女は美花の日常を守ってくれる。 怪人が壊すべきものを守り、滅ぼすものを救い、及び腰で泣きながらではあるが毎週のように懸命に戦っている。 その実力を正当に評価しなければ、勝ち目はない。だから、どれほどヘタレでも真っ向から戦いを挑まなければ。

「……はい」

 蚊の羽音よりも細い声で答えた美花は、赤面しすぎて潤んだ目を上げた。

「大神君がそう言ってくれるなら、頑張れます。あ、えと、もちろんミラキュルンが」

「そうか? だったら嬉しいな」

 大神は迷いなく笑みを返した。ミラキュルンが強くなれば、悪の秘密結社ジャールが倒産に追い込まれる。 だが、ミラキュルンが強くならなければ、美花の日常は守れない。美花に比重を置いて考えれば、喜ぶべきだ。 暗黒総統ヴェアヴォルフとしては、ジャールに対する裏切りになりかねない考えだが、今はただの大神剣司だ。 だから、素直に笑ってもいい。大神は本心からの笑みを浮かべていると、美花は慌ててミルクティーを飲んだ。 今度は明らかに恥じらっていて、頬の血の気も増している。大神はそんな美花が愛しくて、声を出さずに笑った。

「あ、あの」

 ミルクティーを飲み終えてしまい、間が保てなくなった美花は、上目に大神を見やった。

「また、お話ししませんか? その、大神君が暇だったら、でいいんですけど」

「野々宮さんのためだったら、いつだって」

「うあ」

 硬直した美花が空き缶を取り落としたので、大神は慌てた。

「あ、ああ他意はない他意はない! 仕事がなくて予定のない時だったらってことだから! そういうことだから!」

「で、ですよねぇ! そうですよねぇそうですよねー!」

 美花は大神に釣られて乾いた笑いを上げたが、他意はないと言われなければ本気にしてしまうところだった。 そうだったらいいのに、と思ったが、それを口にしてしまうのは品がないと思ったので、美花は言うに言えなかった。
 大神はなんとか誤魔化せたことに安堵したが、本音がボロボロと出てしまう自分が心底情けなくなってしまった。 自戒に自戒を重ねても、つい口が滑ってしまう。こんなことでは、いずれ美花が好きだと言ってしまいかねない。 なんとかしなければ、と大神は自責しながら、自分でも不自然だと思うほどぎこちない作り笑いを浮かべていた。

「あ、じゃあ、私、これで!」

 美花は空き缶を握って通学カバンを肩に提げ、立ち上がった。

「どうもありがとうございました!」

 長い髪を振り乱すほど勢いよく頭を下げた美花は、児童公園から飛び出していった。

「さよなら、野々宮さん」

 見送りたかったな、と少し残念に思いながら、大神は毛先を跳ねながら駆けていく美花の背中に手を振った。 児童公園の前に伸びる道路を駆けていった美花の背は遠ざかり、夕暮れの道を行き交う雑踏に紛れてしまった。 手を下ろした大神は美花が座っていた空間を見、猛烈に寂しくなったが、それを紛らわすためにタバコを抜いた。
 美花を笑顔にしてやりたい。些細なことで泣かずに済むように、困らずに済むように、その肩を支えてあげたい。 他愛もない会話を繰り返して距離が狭まったと思ったが、心の距離が近付くに連れて現実が容赦なく責め立てる。 怪人は怪人故に許されることも多いが、許されないことも多い。姉と義兄の実家との関係が最も解りやすい例だ。 だから、大神が獣人ではなく怪人だと知れたら、美花は大神を疎むかもしれない。考えたくないが、有り得る話だ。 義兄の実家も弓子が怪人だというだけで弓子だけでなく大神家自体も嫌っていて、両者の溝は未だ埋まらない。 そういった下らない諍いをなくすためにも、ミラキュルンを倒し、悪の秘密結社ジャールが世界征服を果たすのだ。
 これ以上、美花を泣かせないためにも。




 そして、土曜日。
 空が見えなくなっていた。ヴェアヴォルフは首を上げて後退ったが、空を覆う物体の先までは窺えなかった。 今回、ミラキュルンと決闘する怪人、輪投げ怪人のフーパーもカラフルな輪が重なった頭を限界まで反らしていた。 フーパーは棒状の体に無数の輪が合体している無機物ベースの怪人で、どの輪も自由自在に操ることが出来る。 全ての輪は伸縮自在で、拘束には打って付けで、輪の中に爆薬や劇薬を仕込んで投げ付けることが得意技だ。 だが、いくらフーパーの輪でも、この規模の相手は拘束出来ない。どう見積もっても、全長五百メートルはあった。
 駅前広場を含めた近隣地域に巨大な影を落としている主は、眩い逆光の中、必死に巨体を縮めようとしていた。 見慣れたピンクの外装にハート型のゴーグル、頭部の両脇に装着されたハートを縦長に伸ばしたツインテール。 白い両腕に巨体を支えにくそうなハイヒール、スカートの内側から飛び出したブースター、リボン状のバックパック。 それは、ミラキュルンの外見をロボットに変換して装飾を加えて造り上げられた巨大戦士、ミラキュイーンだった。

「あ、あの……」

 空中に俯せに浮かんでいるミラキュイーンは駅前広場に手を伸ばそうとしたが、下げた。

「どうしましょう、これ……」

「俺が聞きたい!」

 戦う前から敗北が決定してしまったので、ヴェアヴォルフはいきり立った。

「貴様、巨大化するにしても程がある! 大体だな、怪人は巨大化出来ると言ってもせいぜい全長二十メートル から三十メートルが限界だ! その時食べた芋羊羹のパワーにもよるが! だから、そこまで圧倒的なスケールに 巨大化されると戦おうにも戦えないじゃないか!」

「わっ、私だってここまで巨大化するつもりはなかったんですよ! 全長十七メートルぐらいのロボットになる つもりで考えていたんですけど、サポートアイテムが爆発してダメになっちゃったので、初恋乙女の胸キュンエナジーの 制御が上手くいかなかったんですよ! これでも練習して小さくなったんですよ!」

「じゃあ聞くが、練習し始めの時はどのぐらいのスケールになったんだ!」

「ええと、単純計算で全長一万五千メートルに……。だから、大気圏からちょっとはみでちゃいました……」

 今にも泣きそうなミラキュイーンに、ヴェアヴォルフは頭を抱えた。

「なんでそんなに青天井なんだぁあああっ!」

「えっと、でも、戦いに来たので、戦わなきゃ拙いですよね?」

 ミラキュイーンは緩やかに浮上すると、巨体ながらしなやかな足を伸ばし、駅前広場につま先を差し入れた。

「手を下げると頭部パーツの先っぽで駅ビルを壊しちゃいそうなので、失礼ですが足で……」

「よおしフーパー、全力で攻撃しろ! 出来れば小指の先辺りを狙え!」

 自棄になったヴェアヴォルフがマントを翻して白く滑らかなつま先を指すと、フーパーもまた自棄になった。

「総統の仰せのままに! 覚悟しろ、ミラキュル……じゃなくてミラキュイーン!」

 じゃらり、とフーパーは自身の両腕に填っていた大量の輪を滑り出させると、それらを全てつま先にぶつけた。 爆薬を仕込んだものなので次々に爆発したが、最後の一発が吹っ飛んだ後もミラキュイーンに変化はなかった。 白く艶やかなハイヒールのつま先に汚れすら付かず、硝煙臭い煙が晴れてもその純白は少しも濁っていなかった。 元より通じるわけがないと思っていたが、掠り傷一つ付かないとなると、ヴェアヴォルフは最早笑うしかなかった。

「ふははははははははははははは」

「お気を確かに、若旦那! 気持ちはよおく解るがよ!」

 今回の補佐役であるパンツァーに両肩を掴まれて揺さぶられ、ヴェアヴォルフはやや正気に戻った。

「ミラキュイーン! 貴様は正義の味方失格だ、そこまでスケールがでかいとジャンルが違うだろうが!」

「えっ、うっ、あう!?」

 唐突に罵倒されて驚いたミラキュイーンが身を引くと、ヴェアヴォルフは苛立ちと勢いに任せて捲し立てた。

「いかなる場合にも、適正というものがある! 怪人との戦いで巨大化しようなどと考えたことからして、 そもそもの間違いだぁ! 大体、うちの組織に巨大化戦を繰り広げられる余裕があると思うのかぁ! 貴様はヒーロー だからいくら物を壊してもお咎めはないだろうが、俺達は違う! それどころか、ヒーローが壊した物も俺達が弁償 させられるんだぞ! そのまま一歩でも踏み込んでみろ、駅前のビルが倒壊して電車のダイヤが乱れて道路が 通行止めになってビル内の各テナントからビルのオーナーからとあらゆる方面から弁護士を通して損害賠償請求書が届く!  そうなれば、我が悪の秘密結社は一瞬で破産し、世界征服の野望も潰え、部下も離散し、残るは数十億の借金だけとなる!  だが、そうはさせない! この場で貴様を追い返し、俺は街と会社とその他諸々を守ってみせる!」

「解りましたごめんなさいすみませんもうしません許してぇええっ!」

 ヴェアヴォルフの鬼気迫る剣幕に負けたミラキュイーンは、空中で身を反転させ、あらぬ方向へと飛び去った。 ブースターから放たれた熱風と排気ガス混じりの突風を浴びたヴェアヴォルフは、マントを靡かせながら感嘆した。

「勝った……」

「さすがは若旦那、正論で打ち負かすたぁ御立派だぁな」

 パンツァーが満足げに頷くと、フーパーは棒状の手を叩き合わせてかちかちと鳴らした。

「素晴らしいです、我らが暗黒総統! 輪を掛けて尊敬しちゃいますよこれは!」

「さあ、帰るぞ! 久々の勝利をとくと味わおうではないか!」

 ヴェアヴォルフはマントを翻して大股に歩き出したが、風に乗ってミラキュイーンの泣き声が流れてきた。 途端に先日の美花の姿を連想してしまい、ヴェアヴォルフは良心の呵責に駆られて胸の奥がちくりと痛んだ。 パンツァーもフーパーも気が咎めるのか、途中で立ち止まって、ミラキュイーンが飛び去った方向を見上げた。 ヴェアヴォルフも足を止め、西日に端を染められた薄い雲に隠れたミラキュイーンの影を見上げ、耳を伏せた。

「少し言い過ぎたかな」

「でしたら、俺も謝りますよ、総統」

 フーパーが輪が重なった頭を押さえると、パンツァーがぎしりと顎を引っ掻いた。

「それがいいぜ。いくら敵だって、女を泣かせちまうと後味が悪ぃからなぁ」

「ですけど、総統はミラキュルンの連絡先って知ってましたっけ?」

 フーパーに問われ、ヴェアヴォルフは返した。

「ミラキュルンのは知らないが、その友達のアドレスなら知ってるから連絡は付けられるだろう」

「機嫌を直してくれねぇと、戦いが続けられねぇからな」

 パンツァーが両手を上向けたので、ヴェアヴォルフは少し笑った。

「俺達怪人は、ヒーローありきだもんな」

 清々しくない勝利を得たヴェアヴォルフは、二人を連れてジャール本社に向かいながら謝る言葉を考えた。 だが、あまり考えすぎると却って事態が混迷してしまう。ここはストレートに言い過ぎたことを謝るしかないだろう。 正論を言ったのに謝るのは筋違いでは、とも思わないでもなかったが、拗ねられて戦いを拒否される方が困る。 この戦いはミラキュルンを倒し、世界征服への足掛かりとするための戦いだから、彼女がいなければ始まらない。 そして、敵対するヒーローがいなければ、ただでさえ弱小な悪の秘密結社ジャールの存在意義が薄れてしまう。
 憎むべき宿敵も時として愛せる寛容さが、リーダーには必要だ。





 


09 8/28