純情戦士ミラキュルン




第十八話 悪魔の所業! 恐怖の人間改造計画!



 更に翌日。市立総合病院。
 緊急役員会議での決定により、ヴェアヴォルフは改造人間にするべく中村了介を連れて病院を訪れた。 と、同時に、先日の巨大化騒動後に巨大化因子を封印するべく通院中であるツヴァイヴォルフも同行していた。
 改造手術は、何も特別なものではない。現代社会では一般的な医療行為であり、各種保険も適応されている。 人間から怪人に改造する手術だけでなく、怪人から人間に、怪人から人外に、と様々な改造手術が存在する。 また、一口に改造と言っても種類があり、大まかに分けただけでも生体改造、遺伝子改造、機械化改造とある。
 先週の診療後に予約していたツヴァイヴォルフとは別に、中村は総合受付で改造外科の初診受付を行った。 この病院はジャールには近いが中村のアパートからは遠く離れているので、一度も来たことがなかったからだ。 午前九時三十分頃に到着して、受付を済ませたが、ロビーを兼ねた待合室には既に多くの患者が待っていた。 ツヴァイヴォルフは長椅子の傍に備えられた本棚から読み古されたジャンプを出して、ぱらぱらとめくっていた。 先に予約を入れてあるので、ツヴァイヴォルフの診察は早々に済むだろうが、初診である中村はそうもいかない。 暇潰しに文庫本でも持ってくれば良かったかな、と後悔しつつ、ヴェアヴォルフは携帯電話の電源を落とした。 隣に座る中村は病院内の規則など関係ないと言わんばかりに携帯電話を操作していたので、無理矢理切らせた。 一晩時間を置いたので、怪人への改造手術を断るかと思いきや、ヴェアヴォルフよりも早くジャールに来ていた。 すっかりアルコールが抜けた中村は彼なりにきちんとした格好をしていて、やはり彼なりに真剣な顔をしていた。 だが、理由も聞かずに改造手術を受けさせるのはあまり良い気分がしないので、ヴェアヴォルフは中村に問うた。

「中村。なんで怪人になりたいんだ?」

「そんなん、昨日話したじゃん。俺は、今の自分が嫌なんだよ」

 中村は身を乗り出して読み古しのジャンプを取り出し、適当なページを開いた。

「だからって、安易に改造するのは良くない。怪人化した後も再手術すれば元に戻れるとはいえ、負担が掛かる」

 ヴェアヴォルフが片耳を曲げると、中村は可笑しげに笑った。

「なんで悪の総統が改造される人間の心配すんだよ。マジおかしくね?」

「おかしくはない。改造人間になれば、中村は俺の会社の社員になるわけだから」

「ま、バイトも辞め時だって思ってたし、派遣でも仕事があるだけマシだもんな」

 中村は少年漫画から目を上げ、ヴェアヴォルフに向いた。

「でも、お前さ、取締役ってことは社長なんだろ? なんで社長がバイトなんかしてんだよ」

「前にも言っただろう。社会勉強だ。それと、自分の生活費を稼ぐためだ」

「なんでだよ。社長だから一番給料いいんだろ? だったら、コンビニでバイトなんかする必要ねーじゃん」

「そりゃまあ、もらってはいるが、懐に入れていない。全部貯金に回してあるんだ」

「なんだよ、その金で遊ばねーの?」

「気が引けるんだよ。取締役とはいえ、俺の勤務時間は他の社員に比べれば遙かに少ないし、仕事と言っても 書類仕事ばかりで実働はほとんどない。だから、給料も四天王よりは低いし、手当なんかは差っ引いて会社全体の 積み立て金に回してある。どうせなら、社員達の福利厚生に回した方が実用的だからな」

「慰安旅行でもすんのかよ」

「それもあるし、社宅にしているアパートの改築費用も作っておきたいんだよ。築三十五年の木造建築で風呂トイレ 共同だから、家賃は安いがそれ以外の利点はないんだ。現状を知るために俺も住んでいるんだが、他の社員達から 文句が出ないのが不思議なくらいだよ」

「ふーん。でも、それがなんか意味あんの?」

「意味はある。俺は現場を知らずに上に立つのは嫌なんだ」

「けど、そうしてるからっつって、その、ミラキュルン? とかいうやつを倒せるわけじゃねーんだろ? てか、お前さ、 バイト続けてんのは会社にいたくねーだけなんじゃね?」

「そういうわけじゃないんだが……」

 ヴェアヴォルフが若干言葉に詰まっていると、大神さん、大神鋭太さん、とアナウンスがあった。

「あ、俺だ」

 ツヴァイヴォルフは読みかけのジャンプを閉じて本棚に突っ込むと、改造外科の診察室に向かっていった。

「あのクソ生意気な駄犬さ、あいつもミラキュルンと戦ってんの?」

 ツヴァイヴォルフの背を目で追った中村に、ヴェアヴォルフは答えた。

「いや。ツヴァイヴォルフは見た目は俺に似ているが、怪人としての能力はほとんどないんだ。だから、戦わせようにも 戦えるような怪人じゃない。だが、本人がやりたがっているのに無下にするのは悪い気がしてな」

「甘っちょろー」

「誰も彼もがミラキュルンに負けて戦える奴がいなくなったら、もちろんツヴァイヴォルフにも戦ってもらうさ」

「さっきから聞いてると、なんか苛々してくんなー、お前のやり方」

 中村は足を組み、腰をずり下げた。

「俺が言うのもなんだけどさ、理想ばっかりで現実が伴ってない感じ?」

「だが、理想がなきゃ何も出来ないだろう」

「んじゃ、世界征服したら何がしたい、ってのがあるわけ?」 

「ああ、まぁ、な」

 ヴェアヴォルフは自分の行動理念の中心を思い出し、口元を緩めた。美花に告白し、いずれは娶るためだ。 世界征服した暁には怪人による怪人のための怪人による世界を成して、暗黒総統の権力で美花を手に入れる。 真っ向から告白しても、怪人であることが知れたら美花は大神を避けるかもしれない。だから、世界を新しく作るのだ。

「そういう中村は、怪人になってまでやりたいことがあるのか?」

 ヴェアヴォルフが聞き返すと、中村は少し言い淀んだ。

「やりたいこと、っつーか」

 曲げていた背筋を正した中村は、過剰に塗ったワックスでべたべたの髪を乱した。

「なんか、悔しくてさ」

「何が」

「俺さ、一昨日の夜、高校ん時の友達と会って飲んでたんだよ。そいつ、クラスでも目立たない奴でさ、根暗じゃない んだけど誰にも馴染めない奴で、性格も変だったんだ。だから、俺もそんなに話したことなかったんだけど、話すと割と 面白いから嫌いじゃなかったんだよ。んで、一昨日の夜、そいつと偶然会って、飲みに誘われたんだよ。俺も暇だったから 付き合うことにして、近場の安い居酒屋に行ったんだ。最初のうちは普通に飲んでて、高校ん頃の話とかしてたんだけど、 途中からあいつが今の仕事の話を始めてさ。なんかよく解らねーけど、自営業らしいんだ。んで、結婚したい女がいる、 とか言い出して、どうやったらその女がその気になるか、って相談してきやがったんだ」

 中村は顔をしかめ、大神に同意を求めた。

「な? 面白くねーだろ?」

「俺に聞くなよ。お前とクラスメイトってことは、俺とも同い年か?」

「よく解んね。そいつ、人間じゃねーし」

「ああ、怪人か人外か」

「んで、大神はそいつのことどう思うよ。やっぱり面白くねーだろ?」

 余程同意してほしいのか、中村は食い下がってきた。

「だが、それは他人の人生だろう? 外野が僻んでもどうにもならないんじゃないのか?」

 ヴェアヴォルフは率直に思ったことを述べたが、中村は満足しなかったらしく、急に口数が減った。中村の 気持ちは解らないでもない。この世の中を生きる者達は、何かしらの優越感と劣等感を持ち合わせている。 それはヴェアヴォルフとて例外ではなく、弟の情けない部分を目にしては自分の真面目さを密かに誇ったりする。 その反面、自由奔放なツヴァイヴォルフと家と会社に心身を捧げた自分を比較して、息苦しさを感じたりもする。 中村もまた、変わり者のクラスメイトを下に見ていたのだろう。だから、そんな彼の人生の充実ぶりが鼻に突いた。 そして、現状の自分と比較して、焦燥に駆られてしまった。良くある話だが、それだけで怪人になるものだろうか。 しかし、怪人化を望んだのは中村本人だ。ここまで来て諦めないのなら、引き留めるだけ無駄か。

「兄貴、終わったー」

 廊下の角を曲がり、ツヴァイヴォルフが二人の元に戻ってきた。

「んじゃ、俺、会計して薬局で薬もらってから帰るから」

「高校に行け。今日はド平日だろうが」

「そんなん解ってるし。いちいち言うなよ、マジウゼェ」

 ツヴァイヴォルフは兄に言い返してから、診察券の入ったカルテを総合受付に提出した。数分後に ツヴァイヴォルフは本名を呼ばれ、診察費を会計して院外処方箋をもらい、市立総合病院を後にした。 ヴェアヴォルフは不安混じりの眼差しで弟の背を見送っていたが、程なくして見えなくなったので姿勢を戻した。 今回の投薬が終わればツヴァイヴォルフの巨大化因子は全て封印され、芋羊羹を食べても巨大化しなくなる。
 それから、ヴェアヴォルフと中村は三時間も待った。先に名を呼ばれるのは、もちろん予約した患者達だ。 中村の改造願望の動機の話題が終わると、二人は世間話などを始めたが、交流が薄いので長く持たなかった。 政治、経済、芸能、スポーツ、その他諸々を取り留めもなく話したが、話題が繋がるどころかぶつ切りになった。 おかげで、最初から微妙だった空気が次第に険悪になっていき、最終的にはどちらも自然と黙り込んでしまった。 揃って空腹になったことも手伝って、ヴェアヴォルフも中村も話題を探ることを諦めて、呼び出されるのを待った。 ヴェアヴォルフは自分だけでも食堂に食べに行こうか、などと思い始めた頃、やっと中村の名が呼び出された。
 散々待たされて疲れていた二人は言葉を掛け合うこともなく、少し奥にある改造外科の診察室に向かった。 改造外科には二つの診察室があり、手前の診察室にお入り下さい、とネコ耳と尻尾の生えた女性看護士に指示された。 手前の診察室には担当医の名札が掛けられ、黒川究明、との名があった。先程の女性看護士から呼ばれた中村に 続いてヴェアヴォルフも入ると、その名の通りに黒いウロコを持つ人型竜族の医師が待ち構えていた。

「中村さん、今日はどうされましたか」

 黒川究明医師は中村に尋ねた後、ヴェアヴォルフを見て事の次第を察した。

「ああ、そうですか、怪人に改造されたいのですな」

「はい、そうです」

 中村が答えると、黒川は老眼鏡越しにヴェアヴォルフを見上げた。

「ヴェアヴォルフさん、誓約書は全てお書きになりましたかな」

「はい。ですが、社員を改造人間にするのは初めてなので、書き漏らしがないかどうか確かめて下さい」

 ヴェアヴォルフが書類を取り出して渡すと、黒川は瞳孔が縦長の赤い瞳を動かして眺め回した。

「ほとんどは問題ありませんが、この、改造する怪人体がまだお決まりになっていませんな」

「それは先生と相談してから、中村に決めてもらおうと思いまして」

 ヴェアヴォルフは中村の後ろにあるパイプ椅子に座った。黒川は書類を中村のカルテに挟み、二人に向いた。

「それがよろしいでしょうな。いかなる改造手術を受けても再手術は可能ですが、再手術を行うと心身に掛かる 負担は大きいです。だから、納得した上で改造しませんとな」

「で、その、具体的にどういう怪人に改造出来るんすか?」

 中村が尋ねると、黒川は分厚い瞼を細めた。

「そうですな。中村さんのように若い人間であれば、いかなる生体改造にも耐えられるでしょう。ですが、総統である ヴェアヴォルフさんのような強力なパワーを持つ怪人には改造出来ませんな。生まれついての幹部クラスの怪人と 人間から改造された怪人では、能力に大きく差が出ます。しかし、過剰な力はなくとも、秀でた能力を持っていれば ヒーローと存分に渡り合えることでしょう」

 ええと、と黒川は机に重ねてあったファイルの一つを開くと、ページを広げた。

「これなんかどうでしょうかな」

 黒川が爪先で示した怪人体は、ナメクジだった。ヴェアヴォルフは、ぐえ、と喉の奥で声を潰して耳を伏せた。

「あ、あの、それはさすがにちょっとダメじゃないでしょうか。だって、ナメクジですよ?」

「ナメクジを侮ってはなりませんなぁ。体のほとんどが水分ですから打撃には強いですし、表面がぬめっとしているので 掴まれづらいですし、這いずり回って壁だろうが柱だろうがどこだって登れます。消化器官をいじれば、特殊効果を持った 体液を合成して放出する能力も作れるでしょう。それどころか、単体繁殖も……」

 どことなく楽しげな黒川に、ヴェアヴォルフは渋い顔をした。

「本当は先生がナメクジ怪人を作りたいだけなんじゃないですか?」

「何を仰いますか。そりゃ、近頃は機械系怪人の手術ばかりで生体改造の腕が鈍りそうだと思ってはいるが、まさか 大事な患者を実験台代わりにしようなどとは思ってはおらんよ。若い頃じゃあるまいに」

 優しげではあるがどこか底意地の悪い笑顔を浮かべる黒川に、ヴェアヴォルフは尻尾をだらんと垂らした。

「そうですか……」

 中村はどう思っているのだろう、と中村を窺うと、中村は至極真剣な顔をしていた。

「俺、それになります!」

「え?」

 ヴェアヴォルフが目を剥くと、黒川もまた意外だったのか目を丸めた。

「おや」

「俺、モロ怪人っ! って怪人になりたいんすよ! だから、ナメクジでいいっすよ!」

 何かのスイッチが入ってしまったらしく、中村は腰を浮かせた。

「で、でも、ナメクジはナメクジだぞ? 梅雨時に風呂場で出会うと十割の確率で悲鳴を上げる相手だぞ?」

 やめとけ、とヴェアヴォルフが諌めるが、中村の意志は固かった。

「だからこそナメクジなんだよ、大神! お前だって、怪人なら解るだろ! 一般人にビビられたいだろ!」

「う、うーん……」

 それはどうだろう。ヴェアヴォルフが答えに詰まると、中村は黒川に捲し立てた。

「俺がいいっつってんですから、お願いしますよ先生! ナメクジ怪人に改造して下さい!」

「そこまで仰るのなら、良いでしょう」

 黒川はずらりと牙が生えた口を薄く開き、先端が割れた毒々しく赤い舌をちろりと覗かせた。

「美しいほどおぞましい、ナメクジに仕立て上げようではないか」

「俺、知らないからな」

 どうやら、黒川も何かのスイッチが入ったようで、ヴェアヴォルフはこの状況を変えることを早々に諦めた。 そういえば、ナメクジのような軟体系の怪人は少ない。触手満載のイソギンチャク怪人、テンタクラーぐらいだ。 先日の決闘では、そのテンタクラーの触手でさえもミラキュルンには通用せずに一撃で殴り倒されてしまった。 だが、ナメクジならどうだろう。這いずり回ることしか出来ないので素早さは望めないが、その分防御力があれば。 しかし、ミラキュルンはムカデ怪人のムカデッドが平気だったので、もしかしてナメクジも平気なのではなかろうか。 もし、そうだとしたら、中村が改造される意味がない。けれど、心配に負けて戦いを滞らせてしまうのは良くない。 中村と黒川の問診を眺める傍ら、ヴェアヴォルフは改造後の中村をメインに据えた対ミラキュルン作戦を考えた。 そして、ナメクジ怪人となった中村の名も考えることにした。ナメクジってドイツ語ではナクトシュネッケだよな、と 思ったが最後、それ以外は考えられなくなった。ただの直訳なので単純ではあるが、怪人名は解りやすさが第一だ。 下手に捻った名前にしては仲間内でも呼びづらいし、戦闘時に噛んだら暗黒総統の名が廃る。
 中村了介の怪人名は、ナメクジ怪人ナクトシュネッケで決定だ。





 


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