純情戦士ミラキュルン




第十九話 世界最強! パワーイーグル&ピジョンレディ!



 パワーイーグルは強い。
 その名の通りのパワーファイターで、並外れた腕力と驚異的に発達した筋力と底なしの体力の持ち主だ。 パワーイーグルと真正面からやり合って最後まで戦い抜けるような相手は、ヒーローも怪人も片手で足りる数だ。 巨体なのに動きも素早く、攻撃も鋭く重たい。世界を守れる拳と、世界を背負えるほどの背中を持った男だ。 若い頃は光線技や必殺技と言った小手先の技も使っていたが、今では己の肉体だけを武器に戦い続けている。
 その武器を目の前にすると、畏怖が湧く。自分自身がヒーローであるからこそ解る、明確な力の差によるものだ。 深夜になっても光の絶えない街の上に浮かんだマッハマンは、同じ高度に浮かんでいる父親と向き合った。 家を出てすぐに変身し、同時に街の上空一千メートルまで飛んできたが、その短い競争でも僅差だが差が付いた。 飛行能力に重点を置いて攻撃出力を削ったマッハマンに引けを取らないどころか、加速力に粘りとパワーがある。 短距離飛行であればフルパワーで振り切れるかもしれないが、長距離飛行に持ち込まれたら負けてしまうだろう。

「お前に勝負を挑まれるとはな、マッハマンっ!」

 鷹男、もとい、パワーイーグルはタカを模したバトルマスクを街明かりで光らせ、翼を模したマントを翻した。 バトルスーツを纏った父親は生身でも充分強かった威圧感を更に強めて、無敵に相応しい存在感を出していた。 正義の味方らしすぎる鮮烈な赤と金のバトルスーツは、全身の筋肉にぴったりと貼り付いているが防御力は高い。 胸にはタカの横顔にデフォルメされた E が大きく印され、星条旗を背負っていないのが不思議に思えるくらいだ。

「だが、本気を出せば街が吹っ飛ぶっ! 家も巻き添えを食っちまうっ! だから、押さえていこうっ!」

「当たり前だろ」

 マッハマンは右の拳を固め、左手に叩き付けた。

「でも、手加減しねぇぞ」

「全力で来いっ! 受け止めてやろうっ!」

 パワーイーグルは組んでいた腕を解き、大きく広げた。

「マッハブースト、ファイア!」

 空中を蹴るように飛び出したマッハマンは、背部の四基のジェットブースターから一斉に炎を走らせた。 バトルスーツよりも若干明るい青い炎に銀色の装甲が照らされ、炎の細い尾を引きながら弾丸のように拳を放った。 第一撃はパワーイーグルの腹部にめり込んだが、ダメージはなく、それどころか弾力のある筋肉に弾かれた。 第二撃として放ったキックもかかとのブースターに火を入れて加速させていたが、上腕二頭筋に跳ね返された。 パワーイーグルは防御姿勢どころか攻撃姿勢も取っていないのに、マッハマンの通常攻撃が通用しなかった。

「くそっ!」

 くるりと反転して姿勢を戻したマッハマンに、パワーイーグルはマスクに隠れた口元を緩めた。

「どうした、もっと来ないのか!」

「ブーストアーム、セットオン!」

 マッハマンは右の拳を突き上げて生み出した機械の拳を右腕に装着し、モーターを唸らせながら握り固めた。

「これで、ちったぁ痛いだろ!」

 ブーストアームはマッハマンが唯一装着する強化装備だが、その重さ故にスピードを犠牲にする装備だ。 腕力増強用モーター、超加速用ブースター、内臓ガトリングガン、と、本来の用途は一対多数の戦いの武器だ。 だが、邪眼教団ミッドナイトとの戦いを最後に引退したため、実戦で使うこともなく、なんとなく封印されていた。
 慣れない装備を身に付けたマッハマンは、姿勢制御力を上げるためにジェットブースターの両脇に翼を展開した。 戦闘機のそれに酷似した銀色の翼で風を切り裂き、金属塊であるブーストアームを父親へと繰り出した。すると、 今までは動かしもしなかった右手を挙げてブーストアームの拳を掴み、左の拳でマッハマンを殴打した。

「ふんっ!」

 顎の下にもろに拳が入ってマッハマンは仰け反ったが、ブーストアームを分離させることを忘れなかった。 左のアッパーを放ったために懐が空いたパワーイーグルの腹部目掛け、主を失った機械の腕は直進した。 顎の痛みと視界の揺らぎの中、マッハマンは無線でブーストアームに指示を送って自爆機能にスイッチを入れた。 直後、パワーイーグルの割れた腹筋に渾身の力で突進していたブーストアームから閃光が走り、爆発が起きた。

「うおおおっ!?」

 少しは驚いたらしく、パワーイーグルは爆心地で裏返った声を上げた。

「えーと、こういう時は、なんだっけ」

 黒煙と火の粉を見下ろしながら、マッハマンが手の甲で顎をさすると、お約束のセリフが全力で返ってきた。

「やったか、だっ!」

 硝煙臭い黒煙を振り払ったパワーイーグルは、バトルスーツが少し煤けたぐらいでダメージは皆無だった。

「敵だろうが味方だろうが、やったか、と言われればやってないんだっ! だから俺もやられちゃいないっ!」

「あー、うん、そうだった。思い出した。それで、父さん、ちょっとは被ダメある?」

「ないなっ! 爆薬の仕込みが甘いぞっ! ついでに言えば、ブーストアームの機能をもう少し削るべきだなっ!」

 E の文字が入った胸を払い、煤を落としたパワーイーグルは腕を組んだ。

「ガジェット的な面白さを追求するなら機能を増やすべきだが、お前のことだ、純粋なパワーアップツールと してしか使用しないはずだっ! だから、加速力と破壊力のどちらかを取るべきだろうっ! だが、自爆装置だけは 絶対に削るなよっ! 自爆はロマンだ、そして美学だっ!」

「……はいはい」

 マッハマンは父親の言い分に呆れ、少々やる気を失った。自爆に美学を見いだすのは怪人の方では。 だが、強敵を追い詰めたが力尽きたヒーローが自爆して華々しく散るのは、ちょっとだけ格好良いかも、と思った。 パワーイーグルがヒーローのなんたるかを話し始めそうになったので、それを封じるためにマッハマンは追撃した。 その話になると、一時間や二時間では済まない。そういったしつこさが、両親が疎ましくなった一因でもあるのだ。
 急に殴りかかられたパワーイーグルは話の腰を折られたのが不満げだったが、すぐさま戦闘態勢になった。 マッハマンが手数を多く出すのに対し、パワーイーグルはそれを受け止め、凌ぎ、一瞬の隙を付いて拳を放った。 一撃でも受ければ先程のヘビーを通り越してダイナマイトな夕食が戻りそうだったので、マッハマンは必死だった。 量の凄まじさと塩と油の固まりであることを除けば、数年振りに食べる母親の料理は子供心に嬉しいことだった。 だから、出来れば戻したくなかったので、マッハマンはいつになく機敏な動作でパワーイーグルの攻撃を回避した。 バトルスーツの下では汗が滴り、バトルマスクの内側には汗の粒が貼り付き、湿った呼気とは対照的に喉が渇く。 無心に体を動かしているうちに、次第に高揚感が滾ってくる。忘れかけていた戦闘の興奮が、全身を浸食していく。
 ヒーローになるのが嫌だったわけではない。スーパーヒーローである両親を誇りに思っていないわけではない。 だが、戦い続けることで自分を見失ってしまうことが恐かった。無い物ねだりで、普通に対する憧れが強かった。 正義の味方と名乗るために不可欠な芯を見定められず、小手先の強さにも縋れないから、普通の人生を望んだ。 だから、速人は、マッハマンは、本当の意味でのヒーローになれなかった。けれど、今、ようやく正義を見出せた。
 マッハマンは戦った。出せる限りの技と力でパワーイーグルを追い詰めようとしたが、出来なかった。 結局、先に体力が尽きたのはマッハマンの方で、パワーイーグルは疲労困憊の息子を連れて地上に降下した。 変身を解除することすら面倒だったマッハマンは、パワーイーグルの手でどこかの公園のベンチに座らされた。 街灯にぼんやりと照らされている遊具からして、児童公園らしかったが、今のマッハマンにはどうでもよかった。

「あっちー……」

 マッハマンはバトルマスクの口元の部分だけ解除し、手で扇いで風を送った。

「いい汗掻いたなぁっ!」

 満足げに頷くパワーイーグルは、バトルスーツを緩めるどころかベルトを締め直していた。

「相変わらず通気性悪すぎだよ、このスーツ。アーマーの冷却装置も改善しないと」

 マッハマンは襟元を広げて胸部装甲のロックを緩め、高熱を帯びたブースターを外して足下に置いた。

「今度は母さんも一緒にやろうかっ! きっと楽しいぞ、ソニックブーム出しまくりのデッドヒートになるぞっ!」

 テンションが上がったパワーイーグルに迫られ、マッハマンは腰を引いた。

「そんなことしたら、地上が壊滅しちまうからやらねぇよ」

「ソニックブームをばんばん出しても近隣住民どころか政府からも文句を言われない空軍基地を知っているぞっ!」

「エリア51?」 

「おや、よく解ったな。さすがは我が息子だっ!」

「解るっての」

 マッハマンは顎を伝って落ちてきた汗を拭ってから、戦闘によって筋肉が熱を持った両足を投げ出した。

「結構本気でやっちまったなー……。これじゃ、明日は筋肉痛だ」

「はははははははは、鍛え方が甘いぞマッハマンっ!」

「だって、俺、普通の大学生だし」

 マッハマンはすっかりヒーローモードの父親に辟易し、公園の前の道路を行き交う車を眺めた。

「そうか」

 パワーイーグルは口調を改め、息子と同じ方向に目線を向けた。

「しかし、ちょっと見ない間に強くなったなぁ、マッハマン。体も大きくなって、見違えたぞ」

「放っておいても子供は育つってことだよ」

「すまん」

 パワーイーグルは再び語気を弱め、大きく開いた足の間で太い指を組んだ。

「今更何を言ったところで、お前も美花も許してはくれないだろうが、少しぐらいは言わせてくれ」

「別にいいよ」

 マッハマンは妙にやりづらくなったが、パワーイーグルはそれ以上にやりづらそうだった。

「引っ越しを手伝ってくれたナイトドレインと出会って、俺も鳩子もそれまでのことを色々と考えてみたんだ。ナイトドレインも、 あれでかなり後悔しているんだ。お前は芽依子さんと付き合いがあるようだから知っているだろうが、ナイトドレインは昔は 悪の組織の首領だった。世界征服さえ出来ればどんなことをしてもいいと思っていたから、娘さんが小さい頃から悪事を教えて、 人間体でいるのが平常な娘さんを怪人体で学校に通わせたり、怪人の能力を鍛えるためだと言って同級生を襲わせたりと、まあ、 とにかく徹底的にやっちまったんだ。だから、ナイトドレインは芽依子さんには会わずにアメリカに帰ったそうだ。合わせる顔がない、とさ」

 パワーイーグルはマッハマンの肩に腕を回し、軽く叩いた。

「正義と悪という違いはあるが、ナイトドレインの所業は俺と鳩子がお前にしたことと同じだったんだ。だが、客観的に見てみると、 こんなにひどいことはないよな」

「いいよ、もう」

 マッハマンは肩に載った父親の手の厚さがむず痒かったが、高めの体温がどうしようもなく懐かしかった。 子供らしい遊びをさせずにヒーローになるための特訓ばかりをさせる両親が嫌になったことは、何度となくあった。 だが、その特訓を本気で嫌だと言えなかったのは自分が弱かったからだ。流されるがままに甘んじていたからだ。 ヒーローが嫌だ嫌だと言うくせにヒーロー体質を封じるどころか持て余していたのは、マッハマン自身なのだから。

「俺、さ」

 マッハマンはバトルマスクの口元の部分を戻し、表情を隠した。

「大学出て、就職して、区切りが付いたらまたヒーローに戻るよ。守りたい奴がいるんだ」

「そうかぁっ、頑張れよっ!」

 パワーイーグルがぐっと親指を立てたので、マッハマンは照れ混じりに同じ格好をした。

「……おう」

「となれば、家も増築出来るようにしておかんとなぁっ! いやいや、その前に結婚資金を天引きしておかなければっ!  正義も悪も世界中から掻き集めたド派手で超スケールな結婚式を三日三晩行おうじゃないかっ!」

「え、あっ、違う違う! まだそんなんじゃねぇ!」

 パワーイーグルの飛躍した言葉の数々にマッハマンが動揺すると、パワーイーグルはマスクの下でにやけた。

「それはどうかなっ! お前の場合、女を取っ替え引っ替え出来るような度胸も甲斐性もなかろうっ!」

「恋愛イコール結婚って短絡的すぎだろ!」

「ふはははははは、この俺がそうだっ! だから息子のお前もそうに違いないぞマッハマンっ!」

「だから、あーもう、うるせぇ……」

 上体を反らして楽しげに高笑いするパワーイーグルに、マッハマンはバトルマスクの下で赤面して俯いた。 そうでないと完全に言い切れない自分が悔しい。頭の片隅で、芽依子と結婚したらどうなるかと考えてしまった。 少なくとも、悪いことにはならないだろう。その前に告白するのが先だが、そう簡単に言えるようなことではない。 しかし、何も言わずに黙り込んでいるのも、先輩後輩という半端な関係でいるのも、座りが悪くて落ち着かない。 パワーイーグルの岩をも砕く平手を背中に何度も受けながら、マッハマンは芽依子の腕を掴んだ左手を固めた。 そして、思った。マッハマンは音速の名を冠した戦士だ、だから事を起こすのも早くあるべきだ、と、己を奮った。
 我ながら、ひどい屁理屈だと思ったが。




 落ち着こうにも、落ち着けなかった。
 芽依子とは最初に再会した時にアドレスを交換しているが、彼女宛てにメールを出すのは初めてだった。 ちゃんと届いているのか確かめたくなったが、電話を掛けるほどの余裕はなく、気構えするだけで精一杯だった。 速人は携帯電話を開き、新着メールがないか確かめたが、芽依子からは届いていなかったのですぐに閉じた。 何度目か数えるのが嫌になるほど開閉を繰り返しては、それと同じ回数、周囲を見渡して彼女を探してしまった。 だが、芽依子が来ればすぐに解るはずだ。速人は、ハイキングで登った山の山頂にある鉄塔の下で待っていた。 午後六時前と時間が中途半端であり、山頂にある芝生の広場とアスレチックゾーンからは遠いので人影はない。 もちろん、山頂までは変身して飛んできたが、変身したままでは気持ちが揺らぎそうだったので早々に解除した。 先日のパワーイーグルとの手合わせの余韻が残り、肩や腕が重たかったが、翌朝に比べれば大分まともだった。
 速人が鉄塔に寄り掛かっていると、頭上に影が過ぎり、鉄塔を取り囲んでいる木々から何羽も鳥が飛び立った。 ばさばさと慌ただしい羽音が遠ざかると、それと入れ違うようにして羽音が近付き、鉄骨の間を擦り抜けてきた。 彼女のしなやかな姿を網膜に捉えた瞬間、速人の心臓は痛み、彼女に対する感情が錯覚でないことを確認した。

「お呼びでございましょうか、野々宮先輩」

 ナイトメアは羽ばたきを緩め、速人の前に柔らかく舞い降りた。

「ですが、怪人体で来いとは、今度こそ私めを倒して下さるのでございますか?」

「ある意味じゃな」

 速人はナイトメアに近付くと、獣じみた形相の顔を見つめながら肩に触れた。体毛に覆われた肌は柔らかい。 ナイトメアは戸惑い、緊張に負けて身を縮めたので、速人はその肩を力任せに引いてナイトメアを抱き寄せた。

「うあぁっ」

 途端にナイトメアは脱力し、比較的体毛の薄い耳の色を紅潮させ、膝を折り曲げた。

「自分からキスしてきたくせに、なんでそんなに照れるんだよ」

 ナイトメアを支えながら速人が呟くと、ナイトメアは上擦りすぎて掠れた声を零した。

「だ、だって、あ、あれは、ああでもしないと、全部若旦那様に捧げてしまう、って、思ったからで……」

 今にも泣きそうなナイトメアは、赤い瞳を潤ませていた。牙の生えた口元は情けなく下がって、羽も震えている。 人の柔らかさと怪人の力強さを併せ持った体は限界まで強張り、速人に体重を掛けまいと踏ん張るが力がない。 芽依子のままでは決して見せないであろう表情だが、速人に見せたくないらしく、懸命に顔を背けようとしている。 髪を梳くようにして頭部の体毛をそっと撫でてやると、ナイトメアは先程よりも高い声を発し、気絶しそうになった。

「ひぇあぅっ」

「俺のこと、そんなに嫌か?」

 なんだか面白くなってきた速人が笑うと、ナイトメアは弱々しく首を横に振った。

「ち、違います、違うんです、で、でも、あんまり触られると、その、うぅ、嬉しすぎて」

「そんなに?」

「ひぁ、は、はい」

 ナイトメアが渾身の力で頷くと、速人はナイトメアを抱き締める腕に力を込め、羞恥と戦いながら言った。

「あのさ、俺、内藤のことが好きだ。だから、俺で良かったら」

「ふぇあいっ!」

 発音出来ていない言葉で答えたナイトメアは、遂に崩れてしまい、速人の腕の中から滑り落ちて座り込んだ。

「でも、私、こんな格好で……。嫌、恥ずかしい……」

「俺もさ、最後の最後で自分を試してみたんだ。内藤が怪人体でも、本当にそう思うのかって。でも、野暮だった」

 速人は気恥ずかしさを誤魔化すために笑み、ナイトメアの前で膝を付いた。

「怪人体でも、やっぱり好きだった」

「う、ぁ……」

 ナイトメアは赤い瞳を瞬かせ、俯いたので、速人はその肩を支えてやった。

「顔、上げろよ。何も泣くことはないだろう」

「だって、私……」

 ナイトメアが俯きそうになったので、速人はナイトメアを抱き寄せて顔を近付けた。躊躇いつつも目を閉じたナイトメアに、 速人は唇を重ねた。最初の時とは感触が違い、牙の硬さが伝わってきた。だが、鼻を掠める匂いは同じで、 抱き締めた感触も同じだ。内藤芽依子は、ナイトメアだからこそ内藤芽依子だ。唇を離すとナイトメアは速人に縋り、 鋭い爪の生えた手を遠慮がちに背に回し、涙混じりの声で好きだと言った。半年しかなかった高校時代の頃の 憧れや、再会してからのことや、拳を交えた後のことを、詰まりながら話した。そこにいたのは、怪人のナイトメア でもなく、メイドの芽依子でもなく、速人への恋に身を焦がした芽依子だった。好かれたいが近付くのが恐く、嫌われたく ないが強く出る勇気もなかったから、会えた時にはふざけてみせた、と。
 それから、二人は暗くなるまで傍にいた。取り留めもないことを話し、笑い合いもしたが、離れることはなかった。 だが、今はそれだけで充分だった。守りたいものが腕の中に在るというだけで、速人は無限の力が湧いてきた。
 この力があれば、世界どころか宇宙さえも救えそうだ。





 


09 9/10