純情戦士ミラキュルン




第一話 純情戦士ミラキュルン、誕生!



 決闘開始時間までは、十分少々の余裕があった。
 駅前広場で待機しているヴェアヴォルフは、噴水前のベンチに腰掛けて缶コーヒーを傾けていた。 レンガに似せた舗装が敷かれ、こじんまりとした噴水が設置され、自治体の名が入った花壇が並ぶ多目的広場だ。 町内の催し物や祭りなどで使用されることが多く、純情戦士ミラキュルンとの決闘も事前に役所に申請し、 警察からも許可を得たが、許可をもらわなければ活動出来ない悪の秘密結社に若干疑問を感じる。
 ヴェアヴォルフが到着する前後にやってきた怪人達は、口々に純情戦士ミラキュルンに対する期待を 語っていた。ヒーローの中でも女性戦士は珍しく、十七歳とあっては男だらけの怪人達が色めき立たないわけがない。 ヴェアヴォルフにもその気持ちは解らないでもなかったが、これから戦う相手に持つべき興味としては誤りだ。 下手に甘い考えを持てば尚更負けやすくなってしまうのだから、張り詰めた緊張感を持って立ち向かうべきだ。 けれど、それを言い出せるほどの勇気もなく、ヴェアヴォルフは空になった缶コーヒーの缶をゴミ箱に投げた。

「若旦那、そろそろ始めましょうや」

 ベンチに近付いてきたのは、ハヤブサ怪人、ファルコだった。人材派遣のマネージメント担当である。

「そうだな」

 ヴェアヴォルフは立ち上がり、一度咳払いをしてから、怪人達を見渡した。

「親愛なる怪人達よ!」

 声を張り上げると、怪人達はお喋りを止めてヴェアヴォルフに向き直った。

「これより、我らは純情戦士ミラキュルンを迎え撃つ! 狂える猛牛、ブルドーズの勇姿をその眼に焼き付けよ!」

「では皆さぁん、こちらに整列して下さぁい。順序良く並んでねぇ」

 しなやかに歩み出してきたアラーニャは、怪人達を誘導して広場の一角に集め、三列に分けて並ばせた。 体格の小さな怪人は前列に、平均的な怪人は中列に、大柄な怪人は後列に並べ、戦いを見えやすくさせていた。 修学旅行の記念撮影準備のようだったので、ヴェアヴォルフはなんとなく部下達の写真を撮りたくなってしまった。 営業パンフレットに使えるかもな、と考えていたが、ヴェアヴォルフもアラーニャに促されたので列の前に立った。

「よろしく頼むぞ、ブルドーズ」

 列から外れた位置で控えていたブルドーズに、ヴェアヴォルフは声を掛けた。

「このブルドーズ、総統のご期待に添えてみせます!」

 ブルドーズは荒々しい鼻息を噴出し、意気込んだ。

「若旦那、お忘れ物です。大事な得物なのですから、これからは御留意なさいませ」

 レピデュルスが軍用サーベルを差し出してきたので、ヴェアヴォルフは苦笑した。

「すまん。さっきは急いでいたから、差し忘れたんだ」

 ヴェアヴォルフはマントを払ってから、ベルトに軍用サーベルの鞘を差し込んで位置を整えた。 祖父の代からのものだが、まともに武器として使ったことはなく、専ら総統の格好を引き締めるアクセサリーだ。 手入れのために鞘から刀身を抜くことはあるが、基本的には入れたままで敵どころか紙を切った経験もない。 怪人達が全て倒された末にヒーローに襲いかかれたら使うかもしれないが、そんな展開になるとは思いがたい。

「若旦那、敵影だぜ」

 ミラキュルンの出現を見張っていたパンツァーが、暗視スコープに良く似たレンズの目を向けてきた。

「空か、地上か?」

 ヴェアヴォルフが聞き返すと、パンツァーはどるんと背中の排気筒から黒煙を噴き出した。

「空だが、なんだぁこの飛び方は? ふらふらして危なっかしいったらないぜ」

 角張った顔の中心に埋まる単眼を調節してピントを合わせ、パンツァーは敵の姿を追った。

「ああ、やっとこっちに気付いてくれやがった」

「来たか、純情戦士ミラキュルンよ!」

 暗黒総統らしい態度で、ヴェアヴォルフは駅ビルを仰ぎ見た。が、しばらく待ってもそれらしき姿が下りてこない。 それから数分の間の後、駅ビルの屋上から降下してきたのはピンクのバトルスーツに身を包んだ少女だった。 その手には、駅から少し離れたスーパーのレジ袋が提げられていて、醤油のペットボトルが一本入っていた。 怪人達が整列している駅前広場に着地したピンクのヒーローは、手近なベンチに醤油を置いてから怪人達に向き直った。

「は、初めまして!」

 緊張で声を裏返しながら、ピンクでハートのヒーローは前のめりに礼をした。

「あの、私、じゅ、純情戦士ミラキュルンと申します! こっ、こ、これからよろしくお願いします!」

 アーマーの付いた肩を細かく震わせながらハート型のゴーグルを上げたミラキュルンは、ぎこちなく身構えた。

「で、では、早速!」

「ちょっと待ってくれ」

 ヴェアヴォルフが一歩前に出ると、ミラキュルンは構えた手を下げた。

「あ、はい、なんでしょう」

「一応、俺達にも段取りってのがあるから、やり直してもいいか?」

「あ、はい、すみません!」

「じゃ、行くぞ」

 ヴェアヴォルフは部下達を見渡してから、マントの端を掴んで威勢良く広げた。

「我が名は暗黒総統ヴェアヴォルフ! 遠からず、我が手はこの世の全てを掴み取るであろう!」

「四天王が一人、甲殻のレピデュルス!」

 ヴェアヴォルフの左脇に立ったレピデュルスは、自身の外骨格で成されたレイピアを掲げた。

「同じく、蠱惑のアラーニャ!」

 ヴェアヴォルフの右脇に立ったアラーニャは、長い足を広げてしなやかに上体を反らした。

「同じく、突撃のパンツァー!」

 レピデュルスの左脇に立ったパンツァーは、両手両足のキャタピラを回転させて唸りを上げた。

「同じく、猛襲のファルコ!」

 アラーニャの右脇に立ったファルコは、両翼を広げて威嚇する姿勢を取った。

「そして、忠実なる怪人達だ!」

 ヴェアヴォルフはマントを下げて三列に並ぶ怪人達を示してから、ミラキュルンを見据えた。

「我ら悪の秘密結社ジャールの目的はただ一つ、混沌に満たされた世界を支配し、悪の楽園を造り上げることだ!  だが、この世界には、我らの繁栄を阻む者がある! それは貴様だ、純情戦士ミラキュルン!」

 一歩踏み出したヴェアヴォルフは、力強く右手を突き出してミラキュルンを指した。

「故に、我らは貴様を全力で排除する! この世界に正義など不要、悪の色に染め上げてくれる!」

「……えー、と」

 ミラキュルンは演説を聴き終わってから、ヴェアヴォルフの左右に控える四天王を確認した。

「あの人がレピデュルスさんで、この人がアラーニャさんで、その人がパンツァーさんで、隣がファルコさん…」

 そして、ヴェアヴォルフに向き、ミラキュルンは言葉に詰まった。

「えっ、と……?」

「ヴェアヴォルフだ! 意味もなくドイツ語だ! ちなみに直訳すると人狼だ! 格好付けすぎた名前だから 言いづらいかも知れないが、それは俺も同じことだ!」

 ヴェアヴォルフが気恥ずかしさと苛立ちを交えて叫ぶと、ミラキュルンはびくっと引きつった。

「あ、はい、すみません、覚えました! ヴェアヴォルフさんですね! 解りましたぁ!」

「解ればいいんだ」

 ヴェアヴォルフは叫んだ勢いでずれた軍帽を直してから、ミラキュルンを指した。

「行け、ブルドーズよ! 生意気な小娘など一撃で潰してしまうのだ!」

「総統の御意志のままに!」

 分厚いひづめが備わった両足で舗装を蹴り上げたブルドーズは、背を曲げて腰を落とし、頭部を突き出した。 逞しいツノが生えた頭を向けられてミラキュルンは身を縮めたが、ブルドーズは躊躇わずに足元を踏み切った。
 舗装の上で鈍い衝撃音が弾け、重たい巨体が飛び出した。巨体に見合わぬ速度がブルドーズの持ち味だ。 乗用車を軽々と投げ飛ばせるほどの怪力もさることながら、その巨体を軽々と操ってしまう脚力もまた凄まじい。 及び腰で立ち尽くしているミラキュルン目掛け、茶色い体毛に覆われた筋肉の固まりが砲弾のように迫っていく。 そして、ピンクの姿に雄々しい巨体が衝突し、砂埃がうっすらと舞い上がったがビル風がそれを掻き乱した。 砂埃が晴れると、ブルドーズはひづめで舗装を何度も蹴り付けているが、固定されたかのように動かなかった。

「うぇえええ……」

 泣き声を漏らしたミラキュルンは、ブルドーズを小さな両手で押し返していた。

「どうしよ、どうしよ、どうしよ」

 受け止めたはいいが、そこから先は考えていなかったらしく、ミラキュルンはブルドーズと睨み合っていた。

「えっと、こういう時は、どうするんだっけ」

 動転しながら考えたミラキュルンは武器を取り出せることを思い出したが、それは左手からしか出せないのだ。 ブレスレットを着けているのは左手首なので、想像で成した物質を凝結させる作用が最も強いのが左手だった。 左手を外し、右手だけでブルドーズの猛進を押し返しながら、ミラキュルンは上擦った声で取り乱しながら叫んだ。

「ええと、名前、なんだっけ、ああ、そうだ!」

 左手首から放たれた白い光が細長く伸び、ミラキュルンの左手に収まり、ハートの鍔のフルーレが現れた。

「純情聖剣ミラキュルーレ!」

 純情聖剣ミラキュルーレを握り締め、ミラキュルンはブルドーズを突き飛ばした。

「えいっ!」

「ぐおっ!?」

 少女らしからぬ重みの打撃を受けたブルドーズが仰け反ると、ミラキュルンは刀身で引っぱたいてきた。

「えい、えい、えい、えいっ!」

「痛っ、てか、それ、なんか、違うっすよ!」

 ミラキュルーレで滅多打ちにされたブルドーズは頭を覆ってうずくまるが、ミラキュルンは攻撃を緩めない。 フルーレで打たれ続けたブルドーズが痛みのあまりに戦意を失って縮こまると、ミラキュルンは大きく振りかぶった。

「えぇいっ!」

 ミラキュルンはミラキュルーレのハートの鍔でブルドーズの頭を殴り付け、ごぢっ、と骨と金属を激突させた。 その衝撃で脳震盪を起こしたのか、ブルドーズはぐらりと揺らいで倒れ込み、それきり動かなくなってしまった。 ミラキュルンはミラキュルーレを下ろし、肩で呼吸していたが、ハートのゴーグルにヴェアヴォルフらを映した。
 ふざけたデザインのハートのゴーグル越しでも解るほど冷たい眼差しを浴び、ヴェアヴォルフは尻尾が 膨らみかけた。背は怪人の誰よりも低く、腕も足も細く、構えも戦い方も下手くそだったがブルドーズが昏倒している。 ブルドーズは打たれ弱いどころか防御力と攻撃力を兼ね備えた怪人であり、滅多なことでは気絶などしない。 実際、派遣先の工事現場で鉄骨が頭上に振ってきても、気絶するどころかツノで跳ね返してしまったのだから。 だが、そのブルドーズが完敗した。見た目がどれほど可愛らしくても、やはりその中身はヒーローに違いない。 ミラキュルンが握り締めるミラキュルーレの柄には、ブルドーズの割れた額から散った血飛沫が付いていた。

「……次、誰ですか?」

 ミラキュルンが呼吸を整えながら低く呟いたので、ヴェアヴォルフは腰を引きながらお約束を守った。

「きょおっ、今日のところはこれで勘弁してやる! だが、次に会う時は貴様の命はないと思え!」

「次、あるんですかぁ?」

 勝ったのに泣き出しそうになったミラキュルンに、ヴェアヴォルフは頷いた。

「あるに決まっているだろうが。貴様との戦いは始まったばかりなのだからな」

「じゃ、日程を教えて下さい」

「そちらの都合から聞こうか」

「私、帰宅部なので、放課後はいつも空いていますよ。木曜と金曜は塾がありますけど、土日は自由ですし」

「ならば、毎週土曜の午後五時半に駅前広場に集合、ということでどうだ」

「解りました、土曜日の午後五時半ですね」

 ミラキュルンは携帯電話を取り出すと、グローブを填めたまま操作した。

「あの、アドレス交換しなくて平気ですか?」

「そうだな」

 ヴェアヴォルフは少し迷ったが、軍服の内ポケットから手帳を取り出し、一枚千切って電話番号を書いた。

「本社の電話番号を教えてやろう。貴様の都合が悪い時、連絡が付かないと困るからな」

「ありがとうございます」

 ヴェアヴォルフからメモを受け取ったミラキュルンは、一礼した。

「あの、私、もう帰っていいですか?」

「お願いだから即刻にそうしてくれ。また来週会おう、純情戦士ミラキュルンよ」

「それじゃ、失礼します」

 ミラキュルンは再度礼をしてから、ベンチに転がしていた醤油の入ったレジ袋を手にしてふわりと飛んだ。 だが、不慣れなのか重心が定まらないらしく、左右にふらふらと揺れながら高度を上げて飛び去っていった。 その背を見送ってから、ヴェアヴォルフは昏倒しているブルドーズを見下ろすと、彼は呻きながら瞼を開けた。

「大丈夫か、ブルドーズ?」

「これぐらい、なんてことないっすから。もう少し休めば、動けますんで」

 明らかに辛そうなブルドーズに、ヴェアヴォルフは胸が痛んだ。

「無理をするな。頭をやられたんだ、後で病院に行った方がいいぞ。医療費はこっちで持ってやるから」

「すみません、総統」

「いいんだ、何も言うな……」

 ヴェアヴォルフはマントを外してブルドーズの頭の下に敷いてやりながら、居たたまれない気分だった。 先陣を切った同胞が為す術もなく負けた様を見たせいか、怪人達の視線が痛く、背中に突き刺さるようだった。 負けるであろうとは想像していたが実際に負ける様を見てしまうと挫けてしまうのか、下を向いている者もいた。 四天王も、ヴェアヴォルフや怪人達にどんな言葉を掛けたものかと考えているらしく、微妙な空気が流れていた。
 純情戦士ミラキュルンを舐めていた。それはヴェアヴォルフだけでなく、他の怪人達も思い知ったようだった。 頼りない言動とピンクでハートのバトルスーツに誤魔化されていたが、彼女はヒーローに相応しい力の持ち主だ。 本人も持て余し気味だったが、それが余計にタチが悪い。制御されていないパワーほど恐ろしいものはないからだ。 早急にミラキュルンに対する認識を改めて今後の作戦を練らなければ、大事な社員が一人残らず倒されてしまう。 そうなれば、副業の人材派遣業に支障を来してしまうことになり、本業の世界征服も今以上に遠のいてしまう。 だが、その前に、敗北に打ちのめされて地下に没してしまいそうな部下達の士気をなんとかする方が先決だ。
 金もなく人員も不足しているのだから、戦意だけは万全でなければ。




 少しだけ、自信が持てたかもしれない。
 いつもの電車に乗り、いつもの通学路を歩いていたが、昨日見た景色よりも明るくなったような気がした。 美花は昨日の出来事を思い出し、僅かに口元を緩めた。初めての戦いだったが、勝つことが出来て良かった。 内容は戦いと言えるものではなく、兄からは散々なじられたが、それでも美花にとっては勝ちに違いなかった。 生まれ持ったヒーロー体質以外には秀でた部分がなく、いつもクラスの平均値の少し下を彷徨うばかりだった。 正体を知られるのが恥ずかしいし、自分でもひどい内容だったと思うので、誰にも自慢はしないが嬉しかった。 だから、今日こそは頑張れるかもしれない。片思いで終わる恋だろうが、何もしないままでは終わりたくない。
 いつものコンビニの前で立ち止まった美花は昨日よりはすんなりとドアの取っ手を握り、ドアを押し開けた。 二人の店員からマニュアル通りの声を掛けられ、見慣れた顔触れの客の擦り抜けて、ピーチティーを手にした。 そして、憧れの店員、大神剣司が担当しているレジに並び、財布を取り出して代金ぴったりの小銭を用意した。 先に並んでいた客が捌けると、美花の順番がやってきたので、美花はレジ台にピーチティーのパックを置いた。

「百五円になります」

 昨日と変わらずに値段を読み上げた大神は、やはり昨日と同じ言葉を述べた。

「袋はご利用に」

「おはようございます! お仕事、頑張って下さいね!」

 大神は一瞬面食らったが、茶褐色の毛に覆われた口元を緩めた。

「ありがとうございます」

「あ、それと、袋はいいです……ストローはいりますけど……」

 言い終えてから恥ずかしくなった美花が俯くと、大神は答えた。

「承知いたしました」

 美花が代金を渡すと大神はピーチティーにストローとレシートを添えたので、美花はそれを受け取り、 通学カバンに押し込んでコンビニから颯爽と出ようとしたが、勢い余ってドアにぶつかりかけた。それが余計に 恥ずかしかったので、スカートが翻るのも構わずに駆け出してコンビニが見えなくなるまで走った。
 高校の校舎が見えてきたので美花は歩調を緩め、呼吸を整えながら、乱れてしまったスカートの裾も整えた。 何度も深呼吸するが、鼓動は落ち着かなかった。客と店員の関係を越えてはいないが、彼と言葉を交わせた。 初めての戦いで勝利したことよりも何十倍も嬉しく、人目がなかったらはしゃぎ回ってしまっていただろう。 独りでに緩んでくる頬を気にしつつ、美花はいつもと変わらぬ顔触れが歩く通学路を歩いて市立高校へと向かった。
 今日は、いい一日になりそうだ。





 


09 5/24