純情戦士ミラキュルン




第二十話 奇跡の共闘!? 正義と悪の合同作戦!



 翌、日曜日。
 大神は駅前広場のベンチに腰掛け、上手く寝付けなかったせいで落ち着きを失った頭を押さえていた。 いい歳をして、楽しみすぎて寝付けなくなるとは。おまけに変にテンションが高く、眠っても寝た気がしなかった。 昨日は帰宅してすぐに掃除に取り掛かり、それなりに納得出来る状態にしてから、いつもより早めに床に就いた。 だが、それから三時間近く寝付けなかった。眠ろうとしても頭が冴えてしまい、瞼を閉じても一向に眠気が来ない。 体は昼間の仕事で疲れているのだが頭が休まらず、せめて格好だけでも寝ようと横になっていたがうんざりした。 なんとか寝入ったと思っても些細なことでまた目が覚めてしまい、一度はとうとう布団から起き上がってしまった。 けれど、やはり眠らなければ、と使命感にも似た気持ちに駆られ、大神は幾度となく寝返りを打ってやっと眠った。 しかし、寝入った時間が遅すぎたのであっという間に朝が来てしまい、体も頭も前日の疲労が残ったままだった。
 間抜けすぎて笑えもしない。大神は眠気覚ましになればとタバコを蒸かしながら、美花が現れるのを待っていた。 数日前に美花とメール交換して決めた待ち合わせ時間は、駅前広場に午前十時、だが、まだ三十分以上もある。 アパートで時間潰しをしていれば良かったのだろうが、居ても立ってもいられなくて一時間も早く来てしまったのだ。 美花がいるはずもなく、かといって行き違いになるのが恐いので店にも入れず、ベンチに座り込んでいた。
 それから十五分が経過し、まだだよなぁ、と大神が時計塔を見上げていると忙しない足音がした。音源に 目をやると、大神以上に落ち着きのない顔で横断歩道を渡ってきた美花が、小走りに大神に近付いてきていた。 待ち合わせの時間にはまだ充分余裕があるにも関わらず、美花は焦っているらしく、けつまずいて転び掛けた。 大神が思わず腰を浮かせると、美花はよろけて踏み止まり、運動による体温上昇とは違った意味で頬を染めた。

「野々宮さん」

 灰皿スタンドでタバコを消してから、大神が美花に近付くと、美花は情けなく眉を下げた。

「大神君……」

「気にしないでいいよ、俺の方が早すぎたんだから」

「で、でも……」

 美花が気まずげに口籠もったので、大神はわざとらしく明るく言った。

「早く来るのは、遅刻するよりは余程いいじゃないか、なあ!」

「そう、ですね、そうですよねぇ!」

 美花は少しだけ気力が戻ったが、眉尻はまだ下がり気味だった。

「えー、と、その、おはよう」

 仕切り直すために大神が挨拶すると、美花は一礼した。

「おっ、おはようございます!」

 顔を上げた美花は、零れた髪を掻き上げた。襟元にフリルが付いた半袖のニットに薄手のパーカーを羽織り、 ピンクでチェック柄のミニスカートの下には黒のレギンスを履き、足下はムートンのショートブーツだった。 長い髪には緩やかなウェーブが掛かっていて、心なしか、普段目にしている時よりも色艶が良いような気がした。 着ている服は新しく、肩から提げているトートバッグも使い古しではない。気合いを入れて身支度をしたのだろう。 大神から長々と視線を注がれたからか、美花は気恥ずかしげに目線を落とし、緩く巻かれた毛先を指でいじった。

「あ、あの、やっぱり、やりすぎましたか? なんか、色々と」

「いや全然!」

 大神が即座に否定すると、美花はおずおずと見上げてきた。

「そうですか?」

「とにかく行こうか。あ、でも、すぐに俺の部屋に来るんじゃ面白くないか?」

 大神は美花を促そうとしたが、躊躇した。美花は少し迷っていたが、パーカーの裾をぎゅっと握った。

「あ、あの!」

「なんだ?」

 大神が聞き返すと、美花は叫ぶように言った。

「おっ、お昼を作りたいのですがっ!」

「昼って、昼飯のことか?」

「はいっ! ぜっ、前回のリベンジというか再挑戦というかなんというかそのアレで!」

 美花は気力を振り絞ながら、大神を見上げた。

「えっと、その方が経済的だし、その、なんていうか、えっと、大したものは作れませんけど、なんか、こ、こう!」

 必死すぎて小刻みに震える美花に、大神は悶えそうになった。身長を合わせるためか、背伸びまでしている。 つまり、大神のために昼食を作りたいのだろう。気持ちだけでも嬉しすぎて、大神は見えない位置で拳を固めた。 前回、というのは大神が美花の住まうマンションを訪問した時のことだろうが、袋ラーメンでも充分おいしかった。 大神としては全く不満はなかったのだが、美花としては大神にきちんと作った料理を振る舞いたかったのだろう。 いじらしいというか、健気というか、女の子らしいというか。大神は尻尾をばっさばさと派手に振りながら快諾した。

「喜んで! 俺の方こそ、なんか悪いなぁ!」

「い、いいえっ!」

 美花は最後の気力で言い切ると、浮かせていたかかとを下ろした。

「それじゃ、まずは買い物に行こうか。俺のアパートの近くにもスーパーはあるし」

 大神がアパートの方向を指すと、美花はその先に向いた。

「あ、あれ……?」

 大神の指した方向には覚えがあった。忘れもしない、悪の秘密結社ジャールの本社が入った雑居ビルの方角だ。 だが、それはただの偶然だろう。大神が指した方角は住宅街なので、単身者向けのアパートなどいくらでもある。 大神は美花の反応を少し訝ったので美花はなんでもないと言い、大神に続いて人々が行き交う駅前広場を出た。 駅前広場に繋がる商店街を抜け、少し奥に進むと、今度はやはり見覚えのある看板が並んだ歓楽街が現れた。 バーやパブの看板に混じってジャールの社名が見えてくると、美花は既視感どころではなくなり、やりづらくなった。 素顔の時に、芋羊羹の一件でジャールの面々には迷惑を掛けてしまったので、鉢合わせしたら心苦しいからだ。 変身していれば少しだけ強気に出られるのだが、今は無理だ。大神の背中越しに、辺りの様子を窺ってしまった。

「あ」

 すると、急に大神が立ち止まったので美花も立ち止まると、大神は美花を制した。

「ちょっと待っててくれないか、野々宮さん。すぐに戻るから」

「あ、はい」

 訳も解らずに美花が頷くと大神は駆け出し、反対側からやってきた人影の首を掴んで路地裏に引きずり込んだ。 遠目からでは解らないが、彼の様子が気になる。だが、待っていてくれ、と言われたので美花はじっと待っていた。
 一方、路地裏では、大神はユナイタスを引き摺り倒していた。分断された半身は完治し、今では傷跡も見えない。 砂埃と排気が吹き溜まったビルとビルの間の空間に放り込まれたユナイタスは、訳も解らずに後頭部をさすった。

「いきなり何すか、総統。家賃だったらちゃんと払いますってば」

「今日一日は俺を総統と呼ぶな!」

 短時間で済ませるため、大神はユナイタスの目前に顔を突き出して捲し立てた。

「百歩譲って若旦那、最適なのは大神君、色んな意味でギリギリなのは剣司君だ! いいかユナイタス、間違っても 俺を総統と呼ぶな、もしもそう呼んだら今後一切家賃の延滞は認めないからな! 他の怪人に会ったら、このことをきっちり 伝えるんだ! 社宅住まいの奴には特に念を押しておけ! いいかユナイタス、もう一度言うぞ、今日だけは俺を総統と呼ぶな!」

「あ、はぁ……」

 混乱したユナイタスが曖昧に答えたが、半笑いになった。

「もしかして、それって一緒にいた野々宮さんって子に仕事をばらしたくないからっすか?」

「……な!?」

 美花のことは伏せていたはずなのに。大神が両耳を立てると、ユナイタスは身を揺すった。

「そのリアクションだとマジ図星っすか、マジで」

「どこの誰からいつ知ったぁっ!」

 動転した大神がユナイタスの頭部を両手で力一杯掴むと、ユナイタスは下半身をくねらせて暴れた。

「止めて止してマジ止めてぇええっ! そこには俺の本体が、コアユニットがあるんですってばー!」

「あ、すまん」

 大神が両手を外すと、ユナイタスは変形した頭部を元の形に戻し、痛みを紛らわすために擦った。

「ああ痛かった。えっと、野々宮さんのことなら、ジャールの怪人なら大体知ってるっすよ、野々宮さんのこと。九月の始めに、 坊っちゃまが本社に攫ってきたことがあったじゃないっすか。んで、野々宮さんって、総統の、じゃなくて、若旦那の御実家にも 出入りしてるじゃないっすか。坊っちゃまの御友達だから。だから、芽依子さんと四天王からは、街で見かけたら特に丁重に 扱うようにって指導されてて。女子高生の野々宮さんと俺達怪人が親しくしときゃ、組織のイメージアップにも繋がるんじゃないか っていう腹らしいんすけどね」

「それで?」

「で、って、まあそれだけっすよ。まだ何かあるんすか、若旦那?」

「いや、いいんだ。それだけなら」

「あ、でも、ファルコさんが何か言ってたかな? なんだっけ、記憶回路には入っているはずなんすけど」

「思い出すな! 記憶していたとしても再生するな、サーキットに電磁パルスを走らせるな! 総統命令だ!」

 大神が全力で命令すると、ユナイタスは俊敏に敬礼した。

「ヤヴォール!」

「ゲート」

 大神もユナイタスに釣られてドイツ語で返したが、日常生活では滅多に使わないので発音が変だった。 ユナイタスはナノマシンによる融合能力を持つ怪人だけあって物事の吸収が良いらしく、発音だけは綺麗だった。 大神はもう一度、総統と呼ぶな、と念を押してから、路地裏を出ると、美花が歩道でぽつんと一人で待っていた。 大神を認めた途端、段ボール箱に詰め込まれた捨てネコのように寂しげだった顔が明るくなり、手を振ってきた。 手を振り返しながら美花と合流した大神は、何をしていたのかと聞かれて、家業の会社の社員と会ったと言った。 決して間違いではないが、焦点をぼかした答えだ。美花は少しばかり引っ掛かったようだったが、納得してくれた。 歓楽街を通り過ぎて住宅街に入ると、美花はジャールの怪人に鉢合わせしなくて済んだことを安堵した。
 アパートの建ち並ぶ住宅街に入った大神は、美花を連れてスーパーマーケットに向かった。以前、芽依子と 訪れた店とは別の店である。午前十時過ぎで開店して間もないからか、客の姿はまばらで品出しをしている従業員の 方が多かった。自動ドアから入ってすぐに置かれていたカゴを美花が取ったので、大神は持つと言って美花から受け取った。 美花は大神に荷物持ちをお願いしてから、野菜売り場に向かった。美花の後に続きながら、大神は再度悶えた。 たったこれだけのことなのに、恋人だいやこれは夫婦だろう、などと脳裏を駆け巡った。

「大神君、大神君」

 美花に手招かれたので、大神は忠犬のように駆け寄った。

「今行くよ」

「お昼、その、何がいいですか?」

 美花は特売のジャガイモの山を前にして、大神を見上げてきた。

「私はカレーにしようかなあって思っているんですけど」

「カレー?」

 芽依子さんの時もそうだったなぁ、と大神が苦くて甘酸っぱい記憶を呼び起こしていると、美花は手を重ねた。

「ダメ……ですか?」

「カレーは好きだよ。あ、でも、それならちょっと失敗したかな」

「え?」

 失敗、との言葉に美花がびくりとすると、大神は苦笑した。

「そうだと知っていたら、先にアパートに行って炊飯器をセットしてきたのにな」

「あ、大丈夫ですよ、時間を掛けて作ればいいんです。むしろ、その方がおいしくなります」

 ほっとしたのか、美花は口調からぎこちなさが抜けた。

「それで、カレーの具は何にする?」

 大神が尋ねると、美花はぐるりと野菜売り場を見渡した。

「んー、そうだなぁ……」

 美花は特売の野菜とそうでない野菜を見比べていたが、大神に振り向いた。

「大神君、一つ聞いてもいいですか?」

「何を?」

「大神君は、カレーに御味噌汁って付けます?」

「ああ、うん。実家でも普通に一緒に出てきたけど」

「じゃ、御味噌汁も一緒に作りますね。私、カレーだけよりもその方が好きなんですよ」

「だったら、その味噌汁の具も決めないとな」

 大神が笑うと、美花は安心したように頬を緩めた。

「お兄ちゃんは邪道だって言うんですけど、おいしいんだから仕方ないですよね」

「だよなぁ」

 大神が返すと、美花は山積みになっているカラフルなパプリカに目を留めた。

「あ、これがいいかも」

「パプリカがカレーになるのか?」

「なりますよー。じゃあ、肉は鶏肉がいいかなぁ」

 美花は赤や黄色のパプリカを取ると、品定めを始めた。大神には、今一つ使いどころの解らない野菜だ。 実家で芽依子が作ってくれる料理はどちらかというと和食が多いので、食卓にもあまり上ってこない野菜だった。 大神も料理をしないわけではないが、手の込んだことは出来ないので、変わった野菜には手を出したことはない。 美花はパプリカのカレーに入れる他の野菜も選ぶために、大神の傍から離れて野菜の陳列棚を巡っていった。 その頼りない後ろ姿を見つめていた大神は、背中にばちばち当たるほど激しく動く尻尾に気付き、押さえてみた。
 だが、何の効果もなかった。





 


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