純情戦士ミラキュルン




第二十七話 宿命の対決! ミラキュルンVSヴェアヴォルフ!



 まさか、彼にまで手を出すとは。
 街外れの廃倉庫に身を隠したミラキュルンは、腕に抱き留めたツヴァイヴォルフの重みを味わっていた。 背中には十字架の火傷があり、後頭部にも切り傷が出来ていた。間違いなくセイントセイバーの仕業だ。だが、 ジャールが危険だ、と叫んだのは鋭太だったはずだ。しかし、攻撃を受けていたのはツヴァイヴォルフだ。ミラキュルンは バトルスーツの下から携帯電話を取り出して履歴を確かめるが、電話をしてきた相手はやはり鋭太だ。

「これ、一体……」

 今は余計なことを考えるな、とミラキュルンは雑念を振り払い、バトルマスクの下で唇を噛んだ。

「ごめんなさい。もっと早く気付いていれば……」

 大神とのデートの待ち合わせ場所である駅前広場に向かう途中、連絡事項を思い出して鋭太に電話を掛けたが、 電話から返ってきたのは悲痛な叫び声と破壊音で、異変を感じ取った美花はすぐさま変身して駆け付けた。 しかし、ジャールに辿り着いた時には既に遅く、ツヴァイヴォルフが攻撃されて空中に投げ出されていた時だった。 頭上ではトタンに雨が弾かれ、うるさく鳴っている。思い付きで廃倉庫に隠れてはみたものの、長くは持たないだろう。 相手もヒーローでは、見つかるのは時間の問題だ。ミラキュルンは病院に向かおうと、ツヴァイヴォルフを背負った。

「うぐぇ」

 ツヴァイヴォルフが呻きを漏らしたので、ミラキュルンは彼を支え直した。

「ごめんなさい、傷に障りましたか?」

「まだ、あいつはぁっ!」

 ツヴァイヴォルフは起き上がろうとしたが、呻いて崩れ落ちた。

「しばらくは動かない方が良いですよ。私が病院まで送りますから」

 ミラキュルンが肩越しにツヴァイヴォルフを見上げると、ツヴァイヴォルフは息を荒げた。

「お前、さ」

「はい」

「野々宮から、俺のこと聞いたん?」

「……はい」

 躊躇いながらミラキュルンが頷くと、ツヴァイヴォルフは乾いた血に塞がれた右目を擦った。

「ついでにさ、頼みがあんだけど。俺の兄貴のヴェアヴォルフ、守ってやってくんね。四天王は全員やられちまったし、 俺は戦えねぇし、本社を潰しに来たんだから、今更他の怪人を狙うとは思えねぇし。マジハズいし、情けねぇけど、 もうあんたしか頼れねぇんだ」

 ミラキュルンに寄り掛かるように、ツヴァイヴォルフは軍服が焼き切れた背を丸めた。

「じゃねえと、マジでジャールは終わっちまう。それだけは、すっげぇ嫌なんだ」

「解りました」

 ミラキュルンは頷き、周囲を窺って飛び立った。セイントセイバーに見つかる前に病院に行かなければ。 ツヴァイヴォルフの傷は、必殺技の入りが浅かったので命に関わる負傷ではないが放っておくわけにはいかない。 血と埃に汚れた彼の軍服を握り締めて加速したミラキュルンは、擦れ違ったマンションの非常階段に目を向けた。 黒煙を噴き上げるジャール本社を見下ろせる角度と位置に、七瀬とカメリーが座り、ミラキュルンを見上げてきた。 七瀬に聞きたいことが出来たが今はそれどころではない、とミラキュルンは思い直し、市立総合病院を目指した。
 市立総合病院に到着したミラキュルンは、救急外来から入ってツヴァイヴォルフを看護師に預けると飛び出した。 ヴェアヴォルフの姿を探しながら、雨の降りしきる街の上を飛び、大神に対する未練と気持ちを懸命に振り払った。
 今日は、大神からデートに誘われた日だ。バトルスーツの下は、散々悩み抜いて選んだ服と髪型で決めてきた。 だが、それを見せる機会はないだろう。大神に会いたくて、声を聞きたくて、顔を見たくて、昨夜は寝付けなかった。 近頃は大神も忙しそうで、コンビニのバイトも辞めていたから、通学途中に顔を合わせる機会すらなくなっていた。 約束をした一昨日から、嬉しくて嬉しくてどうにかなりそうだった。だから、今日こそは思いを伝えようと胸に誓った。 恥ずかしいからと言って、何も言わないまま終わりたくはない。曖昧な関係を続けるよりも、踏ん切りを付けたい。 だが、今日は諦めるべきだろう。ジャールを守ることはヒーローとして矛盾しているが、彼らのことは大好きだ。 四天王、怪人達、ツヴァイヴォルフ、そして、ヴェアヴォルフ。彼らがいなければ、ミラキュルンは強くなれなかった。 誰かを守れるほどのヒーロー体質を生まれ持ったのに、何もせずに自分を押し込めて生き続けていたことだろう。
 悪の秘密結社ジャールを守ろう。そして、大神の日常も守るのだ。




 恋は逃げ道にならない。
 逃げようとしたから、罰が当たった。ガラスが割れて雨に濡れたフォトフレームを拾い、大神は耳を伏せた。 ジャケットで覆った背中が痛み、縫われた部分が引きつる。気温が低いからだろう、いつもより痛みが重苦しい。 袖口で汚れを拭うと、ヒビの走ったガラスの下から祖父の笑顔が現れた。レピデュルスが神棚に供えた写真だ。 見上げると、本社は跡形もなく破壊されていた。警察と消防が来たら面倒だ、と大神は瓦礫の散る階段を上った。 通行人から入らない方が良いと制止されたが、聞かなかったふりをしてフォトフレームをポケットにねじ込んだ。
 三階のジャール本社のドアを開けると、既に鍵が開いていた。中に入ると、物という物が散乱していた。 それだけで居たたまれなくなったが、外側から壊されたガラスに付いた血飛沫に気付くと心臓が縮み上がった。

「……もしかして!」

 大神はすぐさま更衣室を開け放ち、弟のロッカーを開けた。案の定、中には弟の私物が入っていた。

「あの馬鹿、なんでこんな時に来るんだよ!」

 ロッカーを殴り付けたが、大神は背を引きつらせた。自分が何もしていないせいで、皆が次々にやられていく。 そして、遂に鋭太までもが。大神はずるずるとへたり込むと、無力感と絶望に負けてロッカーをひたすら殴った。 こんなことなら、真正面から戦えば良かった。自分が敗北に怯えてしまったから、一方的にやられることになった。 それさえなければ、少しぐらいまともな展開になっていたのでは。負けることが解っていても、やり返せたのでは。 だが、もう手遅れだ。セイントセイバーによってレピデュルスまでもが倒され、胴体を真っ二つにされてしまった。

「俺の方が、もっと馬鹿だ」

 大神は嗚咽を殺し、更衣室を出た。ガラスが砕けてファイルが零れた書類棚の前に、部品が転がっていた。 見覚えのあるストラップの付いた、鋭太の携帯電話だ。これでは、鋭太がどこに行ってしまったのかも解らない。 きっと無事だ、とは思うが、嫌な想像ばかりが頭を過ぎる。美花との約束の時間も近付き、それが更に焦りを呼ぶ。 こんな状況なのに、まだ美花に未練を抱いている自分が疎ましい。鋭太の携帯電話の破片を拾い、握り締めた。

「ああぁっ、くそおっ!」

 その拳を書類棚に叩き付け、スチール製の側板を拳で貫いた大神は、激情に駆られて吼えた。

「なんで俺はいつもいつもこうなんだ! 結局、俺は何もしてこなかったじゃないかぁああっ!」

 祖父と父親からジャールを継ぎ、野望を継ぎ、ミラキュルンと戦いを始めた。だが、その先はない。

「なのに、戦いに勝つどころか負けてばかりだ!」

 美花と出会い、恋をして、コンビニの店員と客以上の関係になった。だが、その先はない。

「怪人だとか人間だとか、そういうことで自分を誤魔化してきただけじゃないか!」

 壊れた壁に全力で拳を抉り込み、コンクリートを粉砕した大神は、軽く痺れる拳を緩めた。

「逃げることばっかり考えて、ちっとも前を見ようとしないで、その場凌ぎでなんとかなると思って……」

 だから、こうなってしまった。大事なものを何一つ守れず、挙げ句の果てに弟までもが傷付けられた。

「……戦おう」

 大神は拳に付いたコンクリートの破片を払い、手の甲で目元を拭った。

「我が名は暗黒総統ヴェアヴォルフ、今こそ世界征服を果たすべき時が来たのだ!」

 潰えそうな心を奮い立てた大神は大股に歩き出し、床に散乱した書類を雨除けのために机に入れた。 切断されたファイルは一つだけで、雨が吹き込んでいないのでインクも滲んでおらず、充分に内容が読み取れた。 社員達の契約書や会社の存亡の関わる書類を丁重に片付け、金庫も確認してから、大神は更衣室に向かった。 一週間振りに自分のロッカーを開いてクリーニング済みのスペアの軍服を取り出し、白いワイシャツに腕を通した。

「うげぇっ」

 腕を伸ばした途端に鋭い痛みが背を貫き、大神は呻いたが、歯を食い縛ってワイシャツを着た。

「俺はこんなところで挫けるわけにはいかない! なぜなら、俺は!」

 ズボンを履き、軍靴を履き、ネクタイを締め、軍服を羽織り、手袋を填め、軍用サーベルを下げ、マントを纏った。

「怪人による怪人のための怪人の世界を造り上げんがために選ばれた男、暗黒総統ヴェアヴォルフだからだぁ!」

 盛大にマントを広げた大神、もとい、ヴェアヴォルフは軍帽を被り、それらしい表情を作った。 

「いざ行かん、世界征服への王道を!」

 ヴェアヴォルフは派手に身を翻し、十字架の大穴から飛び降りた。

「とあっ!」

 何事が起きたのかと雑居ビルの前に集まっている通行人達の前に着地し、ヴェアヴォルフは高笑いした。

「この程度のことで、我らジャールが倒せると思うか! ふはははははははは、甘い、甘いぞセイントセイバー!」

 思わぬことにどよめいた通行人を掻き分け、ヴェアヴォルフは駆けた。それらしく振る舞えば格好も付く。 行くべき場所は決まっている、駅前広場だ。目立つ場所に立っていれば、セイントセイバーも気付いてくれる。
 駅前広場に到着したヴェアヴォルフは、雨の滴るマントを払い、軍帽の鍔に付いた水滴を拭って取り去った。 久々に酷使した心臓が熱し、肺が苦しい。鼓動に合わせて背中の傷が脈打ち、不調であることを知らしめていた。 だが、引き返せるわけがない。ヴェアヴォルフは傘を差した人々が行き交う駅前広場の中心に立ち、腕を組んだ。 秋口の生温い雨に打たれ続けていると、熱していた体から体温が奪われ、体毛が逆立つほどの寒気に襲われた。 噴水の傍に設置された時計を見上げると、美花との約束の時間になったので、ヴェアヴォルフは周囲を見回した。
 傘の並ぶ雑踏の中に、マントを広げながら小柄な影が舞い降りた。それは純情戦士ミラキュルンだった。 日常の一部と化すほど見慣れたヒーローを見たヴェアヴォルフは、彼女に頼りたい気持ちを押し殺した。

「ヴェアヴォルフさん」

 小走りに駆けたミラキュルンはヴェアヴォルフに歩み寄り、見上げてきた。

「あの、お体に障りますよ」

「俺に構うな。俺はこれからセイントセイバーと戦わねばならない、貴様とやり合っている暇などあるものか」

「でも、ツヴァイヴォルフさんから頼まれたんです。守ってやってくれ、って」

「ツヴァイヴォルフが?」

 ヴェアヴォルフは目を剥き、ミラキュルンに詰め寄った。

「あいつはどこにいる! 無事なのか!?」

「あ、え、はい。傷は浅めでしたが、大事を取って市立病院に連れて行きました」

「そうか、無事なら良いんだ」

 ヴェアヴォルフは安堵のあまりに素に戻りそうになったが、態度を戻した。

「だが、それはそれだ。ツヴァイヴォルフの頼みとはいえ、丁重に断らせてもらおう。俺は暗黒総統たる男、ヒーローなどに 守られては怪人の名が廃る!」

「え、でも……」

 ミラキュルンはミニ丈のスカートを握り締め、俯いた。

「そんなに、私は頼りになりませんか?」

「ああ、そうだ! パンチはへろへろ、キックはへなへな、ビームは的外れ、すぐに泣いて逃げ出して、巨大化しても サイズの加減が解らないと来ている! そんな無能な輩に守れる世界など、どこにも存在しない!」

 ヴェアヴォルフは一息で言い切り、ミラキュルンににじり寄った。

「自分の戦いすらも、セイントセイバーなる余所者のヒーローに邪魔されている始末だからな!」

 ひゃく、とミラキュルンは小さく息を飲み込んだが、言い返した。

「でも、だからって、何も出来ないなんて決め付けないで下さい。私にも守れるものはあると思います」

 ミラキュルンはヴェアヴォルフに迫り、小さな拳を固めた。

「守ることを許してもらえないのなら、せめて一緒に戦わせて下さい!」

「セイントセイバーを倒すのは、怪人でなければ意味がない! ヒーローに援護されて得た勝利など、本当の勝利と 言えるものか! いいから帰れ、邪魔なんだよ!」

 美花に会えない苛立ちも手伝い、ヴェアヴォルフは怒気を放ってミラキュルンを突き飛ばした。

「意地っ張り!」

 ミラキュルンは気圧されかけたが、大神に会えない寂しさと切なさを誤魔化すために声を荒げた。

「ヒーローが怪人を助けたっていいじゃないですか! ツヴァイヴォルフさんが私に助けを求めてきたのだって、ヴェアヴォルフさんと ジャールを守りたいからですよ! なんでそれが解らないんですか、総統なのに!」

「ヒーローだからって、なんでもかんでも許されると思うな!」

 ミラキュルンの襟首を掴み、ヴェアヴォルフは力一杯叫んだ。これまで感じた、様々な感情を吐き出すように。

「貴様らヒーローには明日はあるかもしれないが、俺達にはそれがない! 顧みるものがあっても、守るべきものがあっても、 正義という名の下に全て破壊される! たとえ貴様が、今、俺達ジャールを守ったとしても、その次は貴様自身が俺達を倒しに 来るじゃないか! その行動に何の意味があるんだ! ただの自己満足のために、俺達怪人のプライドを傷付けるな!」

「プライドなんて、そんなもので部下の皆さんを守れますか!」

「ああ守れるね、少なくとも俺が守ってきたものは守り通せる!」

 世界征服に不可欠な、揺るぎない心だけは。ヴェアヴォルフは呼吸を荒げ、ミラキュルンの胸倉を離した。

「一つ、聞いてもいいですか?」

 俯いたミラキュルンに、ヴェアヴォルフは濡れた耳を曲げた。

「なんだ」

「えっと、その、今日、野々宮美花という子がここで待ち合わせしていたんです」

 ミラキュルンは雨筋が付いたゴーグルを上げ、ヴェアヴォルフを映した。

「待ち合わせの相手は大神剣司といって、ヴェアヴォルフさんに似た感じのオオカミ獣人の方なんです。ヴェアヴォルフさんは、 見ていませんか?」

「なぜ、それを俺に聞く」

 振り切れない未練が心を抉り、ヴェアヴォルフは自嘲するために頬を歪めた。

「待ち合わせの時間から少ししか過ぎていないから、もしかしたら会えるかなって」

 ミラキュルンが羞恥混じりに呟いたので、ヴェアヴォルフは美花への未練を切り捨てるために言い切った。

「死んだ」

「……ぇ?」

 声にすらならない掠れた吐息を零したミラキュルンが顔を上げると、ヴェアヴォルフは冷たく言葉を連ねた。

「奴は俺が殺した。最早、この世に大神剣司なる男は存在しない」

 雨粒に叩かれる華奢な肩が怒る様を見据えながら、ヴェアヴォルフは軍用サーベルに手を掛けた。

「奴は俺に似すぎていた。そして、俺は奴に似すぎていた。いずれ、奴は俺の野望の妨げとなるだろう」

「嘘ですよね? 大神君に、ヴェアヴォルフさんはそんなことをしませんよね? だって、ヴェアヴォルフさんは」

「勘違いするな、ミラキュルン。俺は暗黒総統、いかなる悪事にも手を染められる男!」

 初めて抜いた軍用サーベルをミラキュルンに突き付け、ヴェアヴォルフは腹の底から声を張った。

「どうしても俺を阻むつもりならば、剣を取れ、ミラキュルン! そして、俺を倒してみせろぉおおおおっ!」

 ミラキュルンの優しさは、痛いほど伝わってくる。彼女は、関わってきた怪人達を友人のように思っている。 拳を交えた相手に謝り、傷付けた相手を心配して、倒すべき敵を労るのは、ヒーローに徹しきれていないからだ。 それが彼女の持つ力であるが、弱さでもある。だから、冷酷極まるセイントセイバーと戦っても勝機はないだろう。 大神剣司は死んだ。ここにいるのは、暗黒総統ヴェアヴォルフだ。ヴェアヴォルフは、冷え切った柄を握り締めた。 ミラキュルンは細かく震える二の腕をグローブに包まれた指で掴み、浅い呼吸を繰り返していたが顔を上げた。
 そして、ミラキュルーレを生み出した。





 


09 10/15