純情戦士ミラキュルン




第四話 正義と悪! 地獄のダブルデート!



 だが、すぐに別の後悔に襲われた。
 一瞬でもしんみりした自分が馬鹿だった。大神は格闘ゲームの筐体に向かったまま、歯を食い縛っていた。 このシリーズのゲームは必ずプレイしてきた。システムもグラフィックも新しくなったが、プレイし続けていた。 もちろん通信対戦用のカードも作ってあるし、CPU対戦だったらボスキャラも倒せるほどにやり込んできた。 それなのに、なぜワンラウンドすら弟に勝てない。筐体を殴りたい衝動に駆られたが、大人の理性で堪えた。 向かい側の筐体では、鋭太がげらげらと笑っている。当然だろう、三度も連コインをして全て勝ったのだから。
 ゲームセンターに入ったのが、そもそもの間違いなのかもしれない。大神は自分の判断を大いに悔やんだ。 美花は乗り気ではなかったが、七瀬と鋭太が行きたがったので手近なゲームセンターに入って鋭太と対戦した。 そこで、大神は面白いように負けた。学生時代は友人達とスコアを競ったものだが、腕が鈍ってしまったようだ。 出来ることなら美花の前で負けたくなかったが、三ラウンド戦って全ラウンド全敗とあっては覆せない敗北だ。

「あ、あの」

 大神の背に、美花が怖々と声を掛けてきた。

「そろそろ開けた方がいいんじゃね? 独占は良くないし」

 少し離れた位置から対戦を傍観していた七瀬の言葉に、大神は低く答えた。

「……そうだな」

「俺に勝てないからって逃げるんじゃねーよ、馬鹿兄貴ー」

 筐体から顔を出した鋭太は、嫌みったらしくにやけている。

「そうじゃない。同じ台でずっとプレイしていたら他の客に悪いだろうが!」

 大神は足元に置いていたショルダーバッグを持って立ち上がるが、鋭太は姿勢悪く座ったままだ。

「つか、負け惜しみってんじゃねーし」

「プレイ時間の差だろうが。俺が勉強してる間、お前はずっとゲームしてたからだ」

 大神はなるべく語気を荒げないように声を押さえたが、若干苛立ちが滲み出た。

「てか、マジ才能の差じゃね?」

 だが、鋭太は怯むどころか調子付いている。大神は喉の奥で唸りかけたが、これも堪えた。

「とにかく、次行くぞ」

「んだよ、ノリ悪ぃなー」

 鋭太は不満げに尻尾を振り回しながら、ようやく筐体の前から立ち上がった。

「んで、次何? 戦場の絆はやらねーよ、メンバーいねーし」

「ワンクレ五百円もするゲームなんて誰がやるか!」

 本音を言えばやりたいが、悪の秘密結社の懐事情は厳しい。大神は鋭太に言い返し、少女達に向いた。

「野々宮さんと天童さんも、見てるだけじゃ暇だろうから、何かプレイしてきたらどうです?」

「え、で、でも」

 一度もやったことないし、と美花が俯くと、七瀬はきちりと顎を擦り合わせた。

「だったら、プリでも撮る? このメンツで出来ることって、それぐらいしかないでしょ」

「馬鹿兄貴も?」

 俺マジ嫌なんだけど、と鋭太が舌を出したので、大神も片耳を曲げた。

「俺も嫌だ。だが、それぐらいしかやることがないのなら仕方ないだろう」

「でも、このままじゃ美花がハブられまくりだし。ねえ?」

 七瀬が美花に向くと、美花はぎこちなく笑ったが不自然極まりなかった。

「え、あ、いいよ、別に私に気を遣わなくたって」

 愛想笑いを作ろうとしたが、美花の頬はひきつって薄くグロスを塗った唇も歪み、笑みにはならなかった。 自分でもどうにかしたかったが、出来なかった。三人の視線に耐えかね、美花はそろりと七瀬の背後に隠れた。 今日のことを言い出したのは他でもない美花なのに、何も出来ない。それどころか、気を遣われてしまうとは。
 まだ早すぎたのかもしれない。大神と会話するだけでもあがってしまうのに、一緒に遊ぶのは無謀だったか。 ただのメル友で終わるのだけは嫌だから発案したことだが、大神と会話するどころか場の空気から浮いている。 七瀬と鋭太は以前から仲が良いし、大神と鋭太は険悪だが兄弟なので、三人だけでも充分会話が弾むだろう。 だが、美花は違う。仲が良いのは七瀬だけで、大神とは交流を始めたばかりで、鋭太とは話したことすらない。 だから、美花が馴染めないのは至極当然なのだ。消えてしまいたい気持ちになり、美花は精一杯肩を縮めた。

「んー、と」

 美花と大神兄弟を見比べ、七瀬は爪を上げた。

「とりあえず、ファミレス行っとく?」

 視界の隅で鋭太が変な顔をしたが、その口が開く前に大神は答えた。

「ああ、そうですね、それがいいでしょう!」

「え、でも、まだお昼には……」

 美花が怪訝な顔をすると、七瀬は爪先で美花の額を小突いた。

「ダベるにはそれっきゃないでしょ。何でも良いから、共通の話題でも見つけないと始まらないだろうが」

「あ、うん、そうだね、ありがとう」

「じゃ、その礼にパフェでも奢ってもらおうじゃないの。朝、ろくに食べてこなかったから胃が空なのよ」

「解ったよ、七瀬。じゃあ、私も一緒に食べようかな」

 美花はパフェの話題で機嫌が戻ったので、七瀬と言葉を交わすうちに自然な笑みを零せるようになった。 ゲームセンターの近所にあるどのファミリーレストランに行くか、と七瀬と協議しつつ、美花は大神兄弟を窺った。 大神は安堵しているのかぱたぱたと尻尾の先を振っているが、鋭太は尻尾を低く揺らしながら耳を曲げていた。 突っかかられたら嫌だな、と懸念した美花は、鋭太とあまり視線を合わせないようにするために七瀬を見上げた。 話したことがなくてもクラスメイトなのだから、それは良くないと思ったものの、やはり苦手なものは苦手なのだ。
 仮にもヒーローの端くれだというのに。




 しかし、場所を移しても状況は変わらなかった。
 ゲームセンターから数分歩いた先のファミリーレストランに入った四人は、男女で向かい合って座っていた。 手前に大神兄弟、奥に美花と七瀬が座り、七瀬は早々に注文した背の高いストロベリーパフェを攻略していた。 美花もそれを最初は食べようとは思ったが大神の前では喉を通りそうになかったので、ケーキセットを注文した。 大神はドリンクバーのホットコーヒーを啜り、鋭太も同じくドリンクバーのコーラをストローでずるずると啜っていた。
 席に着いてからかれこれ十五分は過ぎただろうが、会話が始まる気配はなく、重苦しい空気だけが流れていた。 美花はブルーベリーソースの掛かったレアチーズケーキを食べていたが、緊張しすぎているせいか喉越しが悪い。 紅茶で流し込もうとしても、紅茶のポットは当の昔に空っぽだ。店員にお代わりを頼みたかったが、手を挙げられる 空気ではない。それ以前に、会話をしなくては。だが、七瀬は美花の手助けをする気はないらしく、パフェを食べている。 七瀬の態度は尤もだし、そもそもこれは美花自身の問題なのだから、美花がこの場を打開するのが道理だ。しかし、 何も思い付かない。美花はブルーベリーソースをフォークの先で擦っていたが、フォークを横たえた。

「あ、あの」

 美花は店内の雑踏に紛れそうなほど弱々しく声を発すると、大神が即座に反応した。

「なんでしょう、野々宮さん」

「あ、えっと」

 話し掛けたはいいが続きを考えていなかった美花は視線を彷徨わせたが、大神を見上げた。

「な、なの、な、う、なんで、大神君は敬語なんですか?」

「なんでって、そりゃ……」

 大神は理由を答えようとしたが、思い付かなかった。そういえば、美花に対して敬語を使う理由がない。 強いて言えば店員と客だから、であるが、コンビニを出ているし勤務中ではないのだから、そんな関係ではない。 だが、友人関係と言うには日が浅いし、付き合いも深くない。だから、なんとなく敬語のままで通していたのだ。 けれど、美花は五歳も年下だ。美花が大神に敬語を使うとしても、大神が美花に敬語を使う必要性はなかった。

「で、あ、えっと、出来れば普通に喋ってくれたらいいなぁ、なんて」

 美花は恥ずかしさのあまりに大神を正視出来ず、テーブルの下に沈んだが、七瀬の爪で引っ張り上げられた。

「潜るな。テーブルの下は狭いんだから」

 七瀬は細長いスプーンに載せたクリームを舌で舐め取ってから、大神に向いた。

「んで、大神君はどうなんです?」

「野々宮さんがそう言うなら、そうするけど」

 そこまで照れられると嬉しすぎて困る。大神が半笑いで返すと、鋭太が鬱陶しげに舌打ちした。

「ガキかっつーの」

「ご、ごめんなさい、大神君」

 美花は鋭太に平謝りしたが、大神を見やり、あ、と口元を押さえた。

「じゃなくて、えっと、その」

 美花は一度息を吸い込んでから、小声で呟いた。

「……鋭太君」

 途端に鋭太の耳がぴんと立ち、背中に隠れている尻尾も激しく揺さぶられたことを大神は見逃さなかった。 なんでこいつ喜んでんだ、と大神は弟の横顔を睨み付けたが、下の名前で呼ばれたのが心底羨ましかった。 名字でも良いのだが、下の名前はもっと良い。距離が近いからだ。だが、これは大神と鋭太を区別するためだ。 出来れば俺も下の名前で、と言いたいところをコーヒーで飲み下し、大神は心中を落ち着けてから行動に出た。

「野々宮さん!」

 大神はコーヒーカップをテーブルに叩き付けてから、弟の頭をぐいっと押し下げた。

「鋭太は俺から見ても随分な愚弟だけど、これから仲良くしてやってくれ!」

 出来れば俺と仲良くしてくれ。そう言いたかったが、自分を押し出しすぎるのはいやらしいと思ったからだ。

「なっ、何しやがんだ馬鹿兄貴!」

 鋭太は大神の手をはねつけようとするが、怪人としての能力が劣る鋭太では大神の腕力に敵わなかった。

「え、あ、はい」

 美花は呆気に取られながらも、頷いた。

「何、私はスルーってわけ?」

 七瀬がスプーンを揺らすと、大神は七瀬に向いて鋭太の頭をテーブルに押さえ付けた。

「天童さんも、どうかよろしく頼む。このままじゃ、チャラいだけで終わってしまいそうだからな!」

「んー、別にいいっすよ。大神、じゃなくて鋭太、頭空っぽだけど、話してて面白いし」

 七瀬はパフェグラスを傾け、底のコーンフレークを掻き出した。

「天童、てめぇっ!」

 鋭太は兄の手をはね除けて起き上がろうとするが、やはり敵わなかった。

「美花ってさぁ、イヌに好かれやすかったりする?」

 七瀬は鋭太を無視して美花に話し掛けたので、鋭太は唸った。

「てんどおおおっ!」

「え、ああ、うん、そうかもしれないな。親戚の家で飼っているイヌとか、公園とかで散歩しているイヌに 懐かれたことは多いよ。じゃれつかれたり、擦り寄られたり。でも、なんで七瀬はそれが解ったの?」

 素直に感心した美花を横目に、七瀬は大神兄弟を一瞥した。

「誰でも解ると思うけど」

 大神兄弟の太くてふさふさした茶色の尻尾は、どちらも風を起こしそうなほど揺れていた。だが、美花には 意味が解らないらしく、二人が盛大に動かす尻尾を見ても不思議そうに首を傾げるだけだった。大神は慌てて鋭太を 離して席に腰掛け、鋭太も素早く起き上がって深く腰掛けた。尻尾の動きを押さえるためだ。

「しっかし、あんたがねぇ。マジ意外なんだけど」

 七瀬がきちきちと顎を擦らせると、鋭太は顔を背けた。

「ウゼェな黙れよ! つかマジ違ぇし!」

「うひゃひゃひゃひゃひゃ、鋭太のくせして超青春してるぅー」

「マジウゼェな、お前」

 七瀬の態度に辟易し、鋭太は口元を歪めて牙を覗かせた。

「それで、次はどこに行こうか」

 話題を変えるべく大神が発言すると、美花は躊躇いがちに挙手した。

「次、私が行きたいところでいいですか?」

「何、どこどこ?」

 七瀬に問われ、美花は自信なさげに笑った。

「バッティングセンターとか、どうかなって」

「それならお前も構わないだろう、なあ鋭太?」

 大神が弟に向くと、鋭太はさも面倒そうに答えた。

「別に。つか、野々宮、打てんのか?」

「お兄ちゃんに教えてもらったから、少しは」

 まさか、ヒーローの特訓とは言えまい。美花が返すと、七瀬が爪を弾いた。

「じゃ、昼飯の後に腹ごなしに行きますか」

「つか、お前まだ喰うのかよ!」

 空になったパフェグラスを見た鋭太が声を潰すと、七瀬は胃の部分を叩いた。

「肉食昆虫の消化能力を舐めてもらっちゃ困るなぁ」

「デザートが先になっちゃったけど、まあ、いいか」

 美花は紙ナプキンの後ろのスタンドからメニューを抜き、テーブルに広げた。

「大神君は何にします?」

「野々宮さんが先に決めていいよ。俺はそんなに腹減ってるわけじゃないし」

 大神が返すと、美花ははにかんだ。

「ありがとうございます」

 大神の目の端で、鋭太が思い切り不愉快げな顔をしたのが解った。人間には解りづらいが、同族なら解る。 先程の喜びようといい、七瀬にからかわれた時の態度といい、鋭太も美花のことを憎からず思っているのだろうか。 高校生のくせに生意気じゃないか、と大神は実弟に対してヒーローと敵対した時のような憎しみが湧きかけた。 だが、普通に考えれば、鋭太の気持ちは健全だ。むしろ、年下相手に本気になっている大神の方が不健全だ。 だったら応援するべきは鋭太なのか、確かに俺は暗黒総統だけど、いやいやでもやっぱり、などと思い悩んだ。
 悩みすぎたせいで、昼食の選択を大いに失敗した。





 


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