純情戦士ミラキュルン




闇をも喰らう影の牙! ナイトドレインの陰謀!



 それから、二人はそれぞれの未来のために戦った。
 ドミニクは世界征服のためにヒーローと戦い、愛は夢を叶えるために次から次へとオーディションを受け続けた。 けれど、どちらも結果は出なかった。ドミニクは己の能力を多少磨けたが、愛は全て落選してしまった。一次予選、 二次予選と突破して三次予選まで進んだこともあったが、最後の最後で結局は落とされた。その時、愛は泣くだけ でなく暴れもした。プロになれる人間となれない人間の差を嫌というほど見せつけられたからだった。悔しくて悔しくて 収まりが付かずにドミニクを殴り付けてくることもあったが、ドミニクはその苦しみを受け止めた。
 勝てない悔しさは、ドミニクも痛いほど解った。世界征服を目指しているのに、ヒーローに一度も勝てないからだ。 不甲斐なさのあまりに酒を浴びるように飲んだ日もあれば、愛に八つ当たりしてしまい、ケンカになったこともある。 そんな時、愛はドミニクを責めることはなかった。呆れているのかもしれないが、気の良いことに付き合ってくれた。 一緒になって酒を飲もうとしたのは止めたが、それ以外は素直に受け止めて彼女の思い遣りに心身を浸した。
 愛がいたから、ドミニクは今まで挫けることはなかった。愛もまた、ドミニクがいたから夢を諦めずに踏ん張った。 いつの頃からか二人は互いを支えに生きるようになっていたが、二人は敢えてそれを意識しなかった。男女の関係 ではない気楽さを失うのが惜しかったのと、最後の一線を越えてしまうのが怖いと思ったからだった。
 ドミニクは怪人であって、愛は人間だ。普段は全く意識しないことでも、異性として考えるようになれば意識する。 互いに欠かせない存在になっていても、取り払えない種族の壁が立ちはだかって気持ちに歯止めを掛けていた。
 その日もまた、愛はオーディションに落選した。いつものようにアパートの和室に籠もって、泣いていた。すっかり 慣れてきたドミニクは、愛の肩を抱いて慰めていた。だが、それ以上はせずに力を抜いていた。月日が過ぎるうちに 背伸びをしたパーマも取れ、化粧をしなくても大人びた顔付きになったが、泣き顔は幼かった。それを見ると、尚更 気持ちが押し止められる。ドミニクは当に成人しているが愛は成人して間もない。だから、触れているだけで罪悪感 が沸いた。祖国の女性達のように豊満で体格が良かったら、違ったのだろうが。

「あー、もう、やんなっちゃう……」

 愛はドミニクの首周りの金色の体毛に顔を埋め、嘆息した。

「なんで、あたしは才能がないんだろ」

「愛は充分頑張ったよ」

「気休めをどうも。でも、合格した人達って、きっとその頑張りが違うんだよね」

 ドミニクの灰色の体毛に覆われた胸に体重を預けながら、愛は西日に焼かれた板張りの天井を仰いだ。

「だから、あたしはプロになれないんだ」

「だとしたら、もっと頑張ればいいよ」

 愛の体重と体温に内心でどぎまぎしながら、ドミニクが返すと、愛は目元を擦った。

「うん。でも、もう、いいや」

「君らしくもない」

 いつもは負けず嫌いなのに、とドミニクが訝ると、愛はドミニクの滑らかな体毛を味わうように頬を当てた。

「たぶん、あたし、人と違うことをしたかったんだと思う。家出をしたのも、そういうことなんだと思う。だけど、あたしは 特別でもなんでもなかったんだ。オーディションに行けば、あたしなんかよりもずっと可愛くてスタイルも良くてダンスの 上手い子がごろごろしてた。そういう子のダンスって、本気でプロになるんだ、っていう気迫があってとにかく凄い んだ。格好良いし、綺麗だし、力強くってさ。あたしには、到底追いつけない世界だった」

「それは、俺も解るよ」

「だろうね。あたしはヒーローを見たことはないけど、ドミニクが負けるんだから余程なんだよね」

「買い被りすぎだよ」

「でも、世界征服しようとしてるんでしょ? ドミニクがそこまで凄いことを考えているのに、負けちゃうんだから」

 愛は上目にドミニクを見上げてきたので、ドミニクはその視線から逃れるように顔を背けた。

「考えているってだけだよ。それに、組織力と戦力で攻める悪の組織に比べれば……」

「でも、諦めないんでしょ?」

「そりゃあね。怪人だから」

 ドミニクが愛に視線を戻すと、愛は肩に載ったドミニクの手に自分の手を重ねた。

「羨ましいな」

「怪人が?」

「それもだけど、あんた自身が」

 ドミニクが愛の肩から手を外そうとすると、愛は力を込めて手を押さえ付けてきたので、ドミニクは内心戸惑った。 普段は、意識して触れないようにしているのに。だが、愛の手を振り払うのは良くない。これでは逃げるに逃げられ ない、とドミニクが狼狽えていると、愛は頬を染めて言葉を薄暗い部屋に溶かした。

「だって、最初から、あたしには手が届かない世界にいるんだもん」

 アパートに面した線路から、電車の汽笛が甲高く響いた。線路を踏む軋みと共に、夕日が千切られて点滅した。 電車が過ぎると、毛羽立った畳が麦畑のように金色に輝いた。今、二人の視線は、全く同じ景色を見ているのだ。 視界の高さこそ違うが、目に映るものは古びた木造アパートの和室と窓の外に広がる燃えるような夕暮れの空だ。 けれど、感じているものは全く違っているのだ。愛から羨望を抱かれても、ドミニクとしては複雑なだけでしかない。 それ以前に、羨望を抱かれる要素などないと思っている。ドミニクからしてみれば、愛の方が余程凄いと思うのだ。 ダンスも出来れば料理も出来てちょっと不器用だが掃除も洗濯も出来て、家出してまで自分の夢を追い掛ける情熱 がある。それなのに、何が不満なのだ。野望が大きすぎて全体像すら掴めないドミニクに比べれば、具体的だ。

「だからさ、ドミニク」

 愛はドミニクの手を握り締めたまま、俯いた。

「あたしにも手伝わせてよ。世界征服」

「どうして?」

 思い掛けない言葉にドミニクが聞き返すと、愛は一層赤面した。

「どうしてって、そりゃ、こんなこと言わせないでよ!」

「言ってくれなきゃ、何も解らないんだけど」

 境界を越える躊躇いと同時に生じる背徳感にぞくぞくしながら、ドミニクは愛を見下ろした。

「言えるかぁ……」

 愛はドミニクの胸に顔を伏せ、肩を縮めた。

「言ってよ、愛」

 ドミニクは愛の顔を上げさせ、牙を見せつけるように口元を開いた。

「俺の耳はどんなに小さな音でも低い音でも高い音でも聞き取れるけど、言ってくれなきゃ聞き取れないんだよ」

「こんな時だけ饒舌にならないでよ。いつもはあんまり喋らないくせにさぁ」

 愛は目線を彷徨わせたが、おずおずとドミニクを見上げてきた。

「一度しか、言わないからね」

「一度で充分だよ」

「ん、っと、その……」

 愛は言葉を探るように口籠もっていたが、意を決し、いつになく細い声を緊張で震わせた。

「あんたと、一緒になりたい」

「うん。俺も」

 ドミニクは赤い目を細め、愛に顔を寄せた。

「そ……それ、だけ?」

 ドミニクのあっさりした返事に愛が落胆すると、ドミニクはにんまりと耳元まで裂けた口角を上向けた。

「これから、色々するから」

「色々ってぇあっ!」

 愛が逃げ出すよりも早く、ドミニクは愛を抱き締めた。触れたくても触れられなかったから、この上なく嬉しかった。 うぅ、と愛が腕の中で唸ったが、嫌がっている声ではない。大きな翼も広げて愛の体を覆って、自分の影に収める。 窓から差し込む日差しは弱まって、空は東から藍色に染まりつつあり、街もまた影に覆い尽くされようとしていた。
 影が広がれば広がるほど、ドミニクは満ち足りる。影を操る能力を備えているからだろう、親近感が持てるのだ。 愛を抱いていると、それ以上の充足感が起きる。ドミニクに足りないもの、欠けているもの、手の届かないものを、 愛は兼ね備えている。だからこそ、好きになる。己の影に没した愛を貪りながら、ドミニクは切望した。
 彼女と共に、世界を求めたい。




 娘からの手紙を読み終えたドミニクは、同封されていた写真を出した。
 周囲には光源は一切なく、眼下の道路でひしめき合う無数のタクシーやビルの灯りも遠かったが難なく見られる。 赤い瞳を細め、牙の生えた口元を僅かに緩めた。メイド服姿で写真に収まった愛娘は、若き日の愛妻に似ていた。 目元の吊り上がり方や身長の高さはドミニクの血が強いが、それ以外は愛が夢を追っていた頃の姿だ。強張った 面持ちでファインダーを見つめる瞳は不安と躊躇が垣間見え、体の前で組んだ手は力が籠もっていた。写真を送るか 否かを悩みながら撮ったのだろう。だが、こうして、愛娘、芽依子の写真はドミニクの手元に届いた。
 少しは許されたのだろうか。いや、まだだろう。そんなことを思いながら、ドミニクは己の影に娘の手紙を収めた。 一人娘である芽依子とは三年半と少し前に別れて以来会っていない。そして、会わないまま渡米してしまった。妻と 共に立ち上げた悪の組織、邪眼教団ミッドナイトを潰された後に、怪人の情報筋を通じて娘の行方を知った。古参 の悪の組織、悪の秘密結社ジャールの前社長ヴォルフガング・ヴォルケンシュタインに拾われたのだそうだ。それ を聞いた時、迎えに行こうかと思った。だが、娘が連絡を寄越さないことを考慮し、敢えて行かないことにした。
 今にして思えば、芽依子にはひどいことをしたものだと思う。愛と結婚してから、ドミニクは急激に力が向上した。 それまでは一定の容量しか吸収出来なかった影の異空間が、無限にも近い容量を吸収出来るようになったのだ。 同時に影自体を操れるほど能力の幅が生まれ、幻惑能力もが飛躍的に向上した。ドミニクも素直に嬉しかったし、 愛も喜んでくれたが、つい調子に乗ってしまって邪眼教団ミッドナイトを立ち上げた。そして、生まれたばかりの娘を 悪の中の悪に仕立て上げようと思い、娘に怪人でいることを強要してしまったのだ。
 幼い頃から、芽依子は素直で従順な娘だった。聞き分けの良い子供で、一度叱ったら失敗は繰り返さなかった。 利発ながら活発で、好奇心旺盛で、ドミニクも愛も可愛がった。だが、可愛がりすぎて彼女の人生を歪めた。怪人 であることを誇りに思うドミニクと、怪人の夫に憧れている愛は、人間体と怪人体の両方に変化出来る芽依子を怪人 として育てた。二人共、それが正しいと思っていたし、よもやそれが芽依子を苦しめているとは思わず、娘には怪人 らしさだけを求めた。幼さ故に両親を無条件に信頼していた芽依子は逆らうこともなく、言われるがままに怪人らしく 振る舞った。けれど、当の芽依子は、怪人になりたいとは思っていなかった。内心では、人間らしく生きることを渇望 していた。しかし、ドミニクも愛もそれに気付かずに、いや、気付こうとせずに芽依子には怪人であることを強いた。 その結果、音速戦士マッハマンが邪眼教団ミッドナイトを壊滅させた夜に、芽依子は両親からも悪からも逃げた。
 それから、ドミニクと愛はアメリカに渡った。自分達の人生を見つめ直して、もう一度やり直すための旅行だった。 旅をしている間に現地のヒーローや怪人やミュータントと親しくなって、戦いにも巻き込まれるようになった。正義に 傾いたかと思えば悪に引き摺り込まれ、また正義に戻ったりしていると、色々なことが見えるようになった。ドミニクと 愛は一緒に悩み、迷い、時に戦って結論を出した。世界を制するのは悪ではなく正義ではないか、と。けれど、それ はただの正義ではない。闇を喰らい、影を知り、悪を理解している正義、いわゆるダークヒーローだ。
 そして、今、ドミニクと愛はナイトドレインとナイトアイズとして活躍している。戦う相手は、道を踏み外した怪人だ。 もしくは、歪んだ野望に溺れたミュータントだ。或いは、力に惑ったヒーローだ。この世の全てが敵であり、同胞だ。

「……ん」

 嗅ぎ慣れた匂いを感じ取ったドミニクは鼻先をひくつかせると、目の前のビルの影が抓まれたように伸びた。目に 見えない手に引き上げられるかのように伸びた影が千切れると、影の飛沫を飛び散らせながら、コウモリのような 翼が広がった。影より濃い闇の翼と闇色のバトルスーツで全身を覆った女性で、その右手には紙袋がある。

「お待たせ、ドム!」

 コウモリの形の仮面で目元を隠した女性、ナイトアイズは、ドミニクの傍に舞い降りて翼を背中に引っ込めた。

「はい! いつものサルサたっぷりのチーズバーガーとポテト、買ってきたよ! それとエールも!」

「ありがとう、愛」

 ドミニクは紙袋を受け取って開けると、バンズを包む紙から零れたサルサソースの匂いに頬を緩めた。

「君の分は?」

「あるよ。ピクルスとザワークラウトのホットドッグとコーラ」

 仮面を外してバトルスーツに押し込んだナイトアイズ、もとい、内藤愛は夫に預けた紙袋に手を入れて自分の分を 取り出した。一緒に冷えた缶コーラも取り出し、夫には冷えたジンジャーエールを渡した。

「あの子のからの手紙、読んだの?」

「読んだよ。この中にあるから、帰ったら愛にも見せるよ。今、出すと、汚れるから」

 サルサソースを零さないように気を付けながらチーズバーガーを頬張ったドミニクは、足の間の影の中を指した。 チーズバーガーに乱暴に塗り付けられたサルサソースは、トマトとビネガーの酸味にハラペーニョの鮮やかな辛み が絶妙だ。堅めのバンズと少しへたれたレタス、輪切りのオニオン、焼きすぎて硬めのビーフパテを囓り、太い牙で 噛み砕く。一緒に熟したフルーツでも囓りたかったところだが、こんな深夜に贅沢は言えまい。

「そうだね」

 愛はグローブを外してコーラを開けて喉を鳴らして飲み、ぷはぁ、と息を吐いてから両足を投げ出した。

「あー、ビールにすれば良かったかなー。コーラじゃ物足りないよ」

「これから戦おうって言うのに、酔っ払っちゃダメだよ」

「解ってるよ。戦って勝った後の方が、段違いに旨いしね」

 愛はコーラを飲んでから、ホットドッグを食べた。歯応えの良いピクルスと爽やかなザワークラウトに、滴り落ちそうな ほどにたっぷりとケチャップとマスタードを掛けてきた。それらに覆われているソーセージは太い上に長く、パンから はみ出している。皮がぱりっと焼けていて、噛み千切ると肉汁が口に広がった。

「芽依子、なんて言ってた? あたし達のこと、まだ恨んでるって言ってた?」

 愛はホットドッグを食べ終えると、包み紙を丸めた。

「ううん」

 ドミニクはチーズバーガーを食べ終えると、口元に付いたサルサソースを舐め取り、ポテトを頬張った。

「神聖騎士セイントセイバーに変身してジャールの怪人達と戦ったり、マッハマンと再会したりして、色々と変わって きたから、昔ほど恨んでいないって。でも、まだ全てを許せるような余裕はないし、顔を合わせたら文句を言っちゃいそう だから、当分は会わない方がいいってさ」

「そう」

 愛は夫の手元からポテトを抜き、食べた。

「会いたいなぁ、芽依子に」

「うん、会いたいね」

 ドミニクは口を開けて待っている妻にポテトを一本与えてから、自分も一本食べた。

「ねえ、愛。後で、芽依子に手紙を書いてみようか」

「ん……」

 愛は指に付いたケチャップとマスタードを舐め、目を伏せた。

「でも、あたし、芽依子になんて書いたらいいのか……」

「それは俺も同じ。でも、文字にしたり、言ったりしないと、伝わるものも伝わらないから」

 ドミニクは右手を広げて、二十年前を思い起こした。芽依子が生まれた日のことは今でも鮮明に覚えている。愛は 結婚する前に妊娠したので、芽依子が生まれたのは結婚して間もない頃で、月も見えない深い夜のことだ。その日 に限ってドミニクは夜勤だったので、出産予定日なのにやきもきしながら仕事をしていると連絡が入った。愛の実姉 から、愛が産気付いたからすぐ帰ってこい、と。ドミニクは、上司や同僚に囃されながら病院に向かった。全速力で 飛んで病院に駆け込むと、産まれた直後だった。疲れ果てた愛の傍らには、翼の生えた赤子がいた。悪魔のような 姿の赤子だったが、見た途端に強烈な愛情が湧いた。手に抱くと燃えるように熱く、命を振り絞って泣き叫んだ。ドミニク と愛は試行錯誤した末、人としても怪人としても立派に芽吹いて欲しいと願い、娘に芽依子と名付けた。だが、 芽依子本人は名前の意味を違えて捉えているようだった。いずれ、それを説明してやる必要もあるだろう。

「だね」

 愛は紙ナプキンで手を拭ってから、残ったコーラを飲み干した。

「せめて、芽依子の結婚式には出席したいもん」

「うん。でも、それはそんなに遠い話じゃないかもしれないよ」

「そうなの?」

 意外そうな愛に、ドミニクは笑んだ。

「うん。手紙の最後の最後に、追伸で書いてあったんだ。鷹男さんとこの長男の速人君と付き合っているって」

「ああ、マッハマンね。鷹男さんとこの息子さんなら大丈夫だわ。ヒーローだし、性格も良さそうだし」

「うん。速人君が相手なら、きっと大丈夫だよ。芽依子のことも、大事にしてくれるはずだ」

「妬ける?」 

「少しは。だって、父親だから」

「芽依子は一人でちゃんと大人になったけど、子供でいさせなかったのはあたし達なんだよね」

 愛が切なげに目を伏せたので、ドミニクはその肩に腕を回して抱き寄せた。

「だから、これからやり直そうよ」

「ん」

 愛はドミニクを引き寄せると、夫の鋭い牙の生えた口にキスをし、存分に舌を絡めてから離れた。

「サルサの味」

「そっちはコーラだ」

 愛の口元から舌を引き抜いたドミニクが笑うと、愛はにんまりし、両手にグローブを填め直した。

「明日の晩ご飯、何がいい?」

「キャベツが出てこないやつ」

「んじゃ、おでんにしようかな。ロールキャベツ抜きの。ニューヨークも結構冷えてきたから」

「ああ、いいね。おでん。だったら、日本食料品店で日本酒も買ってこようか」

「決まり」

 愛はウィンクすると、襟元から仮面を取り出して付けた。ドミニクの力の産物、シャドウマスクである。ドミニク自身 の影を切り取って練り上げた力の結晶で、ヒーローが能力を付加させて作る変身アイテムと同等だ。シャドウマスク を被ると、全身にぴったりと貼り付いて抜群のプロポーションを強調しているスーツに翼が生える。両手のグローブ には爪が生え、愛自身にも牙が生え、髪の色も夫の体毛に近い灰色に変化して長く波打つ。瞳も赤くなり、人間の それからは遠ざかった。従者のように影が足元に収まると、愛は、ナイトアイズに変身した。

「決まりだ」

 ドミニクもまた、力を高ぶらせた。元々生えている翼に影を纏わせて拡張させ、身の丈を凌ぐ長さの翼に変える。 頭部を影で覆ってバトルマスクのような仮面を兼ねた兜を生み出し、両手足に装甲を備え、筋肉の量も増やした。 影が影を吸い寄せて大きく膨らんでから収縮すると、ドミニクの体格は一回り大きくなり、影の凝結した闇となった。 液体のように影を滴らせながら大きな翼を羽ばたかせると、ドミニクは、ダークヒーロー・ナイトドレインに変身した。

「行くぞ、ナイトアイズ! 今宵もまた、悪しき者共に素晴らしき悪夢を見せてやろうではないか!」

「ええ、ナイトドレイン! 今宵もまた、素敵なダンスを踊らせてあげましょう!」

 ナイトドレインの言葉にナイトアイズは鮮血のようなルージュを引いた唇を広げ、二人は街に身を投じた。影の翼を 広げて風を切り、重力に身を委ねていると、黄色のタクシーの列が乱れて異形の者が飛び掛かった。二人は即座 にミュータントを迎撃し、影の中に引き摺り込むと、周辺の被害を防ぐために上空に投げ飛ばした。ナイトドレインが 攻撃し、ナイトアイズが翻弄し、二人は一対のように立ち回ってミュータントにダメージを与える。だが、敵も一筋縄 ではいかない。ダメージを与えたと思ってもすぐに回復し、それどころか空中でも戦えていた。しかし、それぐらい強く なければ歯応えがない。ナイトドレインとナイトアイズは目を合わせて、笑みを向け合った。
 摩天楼のひしめく大都会。ヒーローとミュータントが、人間と怪人が、人種と人種が混ざり合う、混沌の都市。光が 眩ければ影も深く、闇もまた濃さを増す。その闇に喰われた者を、闇を喰らう者を、影を纏った牙が打ち砕く。
 二人が求める、未来がために。







09 11/26