南海インベーダーズ




ディスポーザブル・ヒーロー



 フェルナンデスのZO−3。
 以前に一度だけ触れたことはあったが、まともに弾いたことはなかった。スピーカーと一体型のエレキギターだが、 そのスピーカーのパワーが足りなさすぎるからだ。電源も電池なので呂号の音波操作能力に出力が追い付かず、 演奏どころかろくな攻撃も出来ないギターだ。そんなものが手に入ったところで、きっと何の役にも立たないだろう。 だが、なんでもいいから演奏出来るものがほしい、とも思っていた。耳を塞いでいる防音用ヘッドフォンからは何の 音楽も流れず、CH−47チヌークのローター音ばかりが聞こえる。そうでなければ、操縦士と管制塔が交わす会話 ぐらいだ。呂号の両脇は自動小銃を持った自衛官に固められ、広い機内でありながら狭苦しい思いをしていた。
 ローターが千切る日光からして、今は昼下がりといったところだろう。あの白い部屋に閉じ込められたのが昨夜、 虎鉄と芙蓉が面会してきたのが今朝だった。検査を終えてからは事の進みが異様に早く、身支度をさせてもらえる 猶与なんてなかった。チヌークの内部で暴れているローター音の反射で機内の状況を調べると、搭乗員は恐ろしく 少なく、呂号の護衛兼監視役の自衛官が二人に操縦士と整備士だけだ。甲型生体兵器も舐められたものだ。

「しっかし、俺達も焼きが回ったな」

 右側に座る自衛官がぼやくと、左側に座る自衛官が苦笑した。

「全くだ。こんな子供の厄介払いに付き合わされるなんてなぁ」

「だが、実入りは悪くないんだよなぁ、生体兵器絡みの任務は。それだけヤバいってことだけどさ」

 右側の自衛官が言うと、左側の自衛官が返す。

「まあ、この世の中、楽な仕事なんて有りはしないってことだな。俺達だって特別訓練を受けた上で選抜されてから 変異体管理局に回されてきたわけだし、考えようによっちゃ選ばれしエリートってやつだな」

「ばっか言え、雑用だよ、雑用。お偉い生体兵器様のな」

 右側の自衛官が呂号の頭を小突くと、左側の自衛官は慌てた。

「おい、右田、下手に触るなよ。こいつ、音が武器なんだから、何をしでかすか解らねぇぞ」

「大丈夫大丈夫。猿轡噛ませてあるし、拘束衣着せてあるし、ギターもない。だから、こいつはただの子供だよ」

「子供……だよなぁ、改めて見てみると」

「おいおい、何だよ。お前、兵器なんかに情を抱くのか? 阿左見、お前はロリコンか?」

「違う、そんなんじゃない。人としての倫理観ってのが」

「倫理観?」

 右田と呼ばれた右側の自衛官は笑い出し、またも呂号の頭を小突いた。

「兵器相手に倫理観なんてあるもんか。大体、こいつらの存在は国が定めた憲法で道具扱いしてもいいってことに なってんだから、人間扱いするのは違法なんだよ。その辺のこと、忘れちまったのかよ?」

「いや、それは拡大解釈じゃないのか? その憲法にしたって、生体兵器は通常兵器と同等の国防活動を行っても 法律違反にならない、って内容であって、人権まで奪うようなことは書いてなかったぞ」

 阿左見と呼ばれた左側の自衛官が言い返すが、右田はまだ笑っている。

「そりゃ憲法じゃな。でもな、都の条例が加わるとまた別なんだ。変異体管理局の本拠地は東京湾であって、忌部島の 位置も小笠原諸島の延長線上だから、一応、あの島も都有地ってやつなんだ。変異体隔離特区、っていうしな。 で、都の条例によると、変異体管理局が所有する生体兵器は国防に勤しんでいる間は税金も保険料も医療費も 何もかも免除されるが、代わりに国民の義務である教育を受ける権利も文化的な活動を行う権利も剥奪されちまう っていう寸法だ。都区内から出ても、都内の管理区域で所有と管理を行っている場合はその条例が適応されるように なっているから、他県の上空であろうともこいつはモノに過ぎないってことだ」

「だが、こいつはこれからコードネームも剥奪されて保護施設に移送されるんだろう? 一ノ瀬主任は廃棄処分って 言っていたが、保護施設に廃棄処分ってのは何かおかしくないか?」

「それもおかしくないんだよ。阿左見、お前って奴は本当に物を知らないな。ちったぁ勉強しとけよ」

 右田は呂号の頭越しに阿左見に近付き、説明した。

「保護施設って言っても、本当に保護する場所じゃないからだよ。保健所と同じなんだ。保健所は増えすぎたペットの 屠殺場だろ? つまりはそういうことだよ」

「保健所? ……だが、おい、人間だぞ? いくらなんでもそりゃ拙すぎないか?」

 思わず声を低めた阿左見に、右田は平然と話した。

「拙いから、政府のお偉方が色々と画策してんじゃないか。知らないのかよ、竜ヶ崎全司郎の話」

「そりゃあ、俺も変異体管理局勤めになってから長いから、何も知らないわけじゃないが。だが、あの話はほとんど 噂みたいなもんだろ? 都市伝説臭いし」

「ほとんどってことは、ちったぁ本当だと思ってるな? 思ってるだろ?」

「本当だったら面白いなー、とは思うけど」

「だろ? だろ? なあ呂号?」

 右田は呂号の頭を押さえ付けたが、呂号は無反応だった。なんだよ、と右田は残念がりつつ、話を続けた。

「竜ヶ崎全司郎は金と権力をあの世に持っていきたい政財界の大物に取り入っているから、そういうデタラメなことが 出来るんだよ。ここ何十年も、政権は嫌な意味で安定しているだろう? 与野党のどっちも親類縁者ばっかりで、 なあなあでぐだぐだで諸外国にこき使われまくってる。その原因は言わずもがな、永田町に住み着いた古ダヌキに 全然お迎えが来ないからだ。だから、どこの派閥も何十年もずるずる続いているんだよ」

「で、その古ダヌキを生かし続けているのが竜ヶ崎全司郎って話だったな。権力者が不老不死の秘薬を求めるのは 大昔から変わらないが、現代日本だからなぁ。信じたくても信じられないというか」

「まあ、話半分だからな。俺も全部信じちゃいない。だとしても、竜ヶ崎は何を喰わせて生かしているんだろうな」

「それはちょっと気になるよな」

 阿左見は自動小銃を持つ手はそのままに、首を逸らして窓の外を見たらしく、光が陰った。

「そういえば、この前の作戦で田村部隊が出撃して大敗したよな。福井の小浜市で」

「あー、そうそう。俺も参加したやつ。だけど、田村はダメだよなー。電影とガニガニを手懐けられたのは凄いけど、 戦闘となるとからっきしでさぁ。船の使い方が全然解ってないの。で、あっさり逆転されて負けちまった」

 右田が肩を竦めると、阿左見は首を戻した。

「おう、御愁傷様。これまで俺達が出撃して勝てた作戦ってほとんどないよなー。あれもさ、結構辛くない?」

「辛い辛い。何が一番きついって、報道されている内容と実戦の内容が大違いってことだよ。プロパガンダのおかげで 俺達はいかにインベーダーより強いか、って感じに脚色されているけど、実際はメッタクソだしな。だから、嫁さんと 子供から褒められると超心苦しいの。あれだ、渋谷の戦闘なんか、俺達なんか毛の先ほど役に立たなかったのに 自衛隊が頑張ったからインベーダーは帰りましたーっとか報道されていたし。白々しすぎて寒気がしたよ」

「で、そのインベーダーってさ、どんな感じなんだよ。俺はリアルで見たことないんだが」

 阿左見が尋ねると、右田は呂号の頭に肘を置き、身を乗り出した。

「この前の戦闘で俺が見たのは、乙型一号と変異体三十九号と忌部の野郎だな。まあ、あの透明男はフンドシだけ と言った正しいけど。マジに透明だから、体なんて全然見えねーし」

「おお、そりゃ凄ぇ。で、どうだった?」

「乙型一号のパンツ見た」

「うっそマジで!? てか、見えんの!」

 急に阿左見が声を張り上げたので、右田は鬱陶しげに身を引いた。そのおかげで、呂号の頭から肘が外れた。

「見えるんだよ。俺、田村監督官補佐の警護部隊だったから甲板にいたし。目は悪くないし」

「で、で、何色?」

「中学生みてぇな反応してんじゃねーよ。そんなんだから、お前には嫁が来ないんだよ」

「うるせぇ黙れリア充。で、パンツは何色!?」

 しつこく食い下がってきた阿左見を、右田は自動小銃を持っていない方の手で押し退けた。

「あー、それは確か……」

 と、右田が紀乃のパンツの色を答えようとした瞬間、チヌークのローター音が一瞬鈍った。途端に機体が前のめりに なり、右田が機首側に滑り落ちかけ、阿左見が呂号の真上にのし掛かってきた。操縦士と整備士が殺気立った 言葉を交わし合い、管制塔と連絡を取りながら、原因を究明しようとしている。その間にもチヌークの姿勢は傾き、 遠心力が発生して機内は派手に掻き混ぜられた。操縦席側に突っ込みそうになった右田は、機内のバーを掴んで 激突を免れ、阿左見は体の下敷きにしたついでに呂号を支えて自分の体を支えたが、呂号を支えたせいで右手が 緩み、自動小銃が滑り落ちていった。操縦席の背もたれに衝突した自動小銃は跳ね返り、大きく一回転してから、 フロントガラスに突き刺さった。途端にフロントガラスの左半分は真っ白く染まり、破片が飛び散って、弾丸のように 機内を飛び交った。幸か不幸か、操縦席側のガラスにはヒビが走っただけで済んだようだが、操縦がままならない ことには変わりない。これが虎鉄と芙蓉のした細工か、と呂号は察したが、やりすぎではないだろうか。

「ローターがこれ以上回らない、海に墜落する前に近くの島に不時着する!」

 操縦士の鬼気迫る声が聞こえ、前のめりになっていたチヌークの姿勢が持ち直し始めたが、徐々に巨大な機体は 高度が下がりつつあった。フロントガラスの穴から吹き込む潮風は温かく、休暇の思い出が呂号の頭を過ぎった。 自動小銃は突き刺さったままになっているらしく、砕けたガラスの穴に撥ねている日光の光量が途切れている部分が ある。回転しながらも減速して高度を下げたチヌークは砂浜に突っ込んだのか、白い飛沫が飛び散り、覚えのある 砂の匂いが流れ込んできた。機体の腹部が地面に接して発生した凄まじい摩擦音が機体を鳴らし、男達の悲鳴が 上がった。呂号は金属製の猿轡をきつく噛み締めて衝撃を堪えたが、強かに後頭部を内壁にぶつけてしまった。 ひゅんひゅんひゅんと空回りするローター音が甲高く、波音が近い。辛うじて墜落は免れたようだ。
 落下の衝撃が抜けきらないうちに、呂号は阿左見の腕の下から這い出した。阿左見から引き留める声が聞こえて きたが、彼は落下の際に腰を打ったらしく、呻き声の方が大きかった。右田は自動小銃を握ったまま気絶していて、 操縦士と整備士も起き上がる気配はない。今を逃せば逃げる機会はないが、虎鉄の言葉を信じていいのだろうか。 しかし、他に信じる当てもない。それに、芙蓉は呂号の本名を知っていた。信じたくないが、それがあるから信じたい 気持ちが起きてくる。呂号は両腕を突っ張ると、拘束衣のベルトが紙のように軽く千切れ、両手を戒めていた手錠も 間の鎖が容易く断ち切れた。猿轡も同様で、ベルトを千切って口から引き抜くと、不快な金属の味からようやく解放 された。機内に無数に飛び散ったガラスの破片で拘束衣の手の部分を切り裂き、手探りでギターの在処を探ると、 座席の下に括り付けられたギターケースを見つけ出した。何かの布に覆われているが、間違いない。粘着テープを 千切って布を剥がし、虎鉄が隠したエレキギターを取り出して立ち上がると、銃口が上がる金属音がした。

「……お前が落としたのか、ヘリを」

 いつのまにか目を覚ました右田が、ハンドガンを抜いていた。

「お前の耳に僕の歌は聞こえていないはずだ。何を馬鹿なことを」

 呂号は右田から注がれる視線を感じながら、エレキギターを抱えた。すると、血に濡れた手で腕を掴まれた。

「動いちゃダメだ、呂号。そこら中が壊れているんだから、危ない。まずは状況を確認してから……」

 呂号の代わりに衝撃を受けた阿左見は、時折咳き込みながら、呂号を引き寄せようとする。

「僕に触るな! 二度と触るな! 触ると殺す!」

 衝動的に阿左見の手を振り払った呂号は傾斜の付いた床を後退り、ギターの弦に指を掛けた。

「ほれ見ろ、言わんこっちゃない。だから、ミュータントなんて信用出来ないんだよ」

 呻きと細い呼吸の合間に言葉を吐き出しながら、自動小銃を支えにして右田が身を起こす。

「でも、子供じゃないかよ。放っておけないだろ。呂号、俺は敵じゃない。だから、こっちに」

 阿左見は喘ぎながらも懸命に手を伸ばしてくるが、呂号は阿左見の血が染み付いた袖が素肌に貼り付く感触に 途方もない嫌悪感が込み上がり、素足で床の繋ぎ目を探りながらハッチを目指した。エレキギターを抱えたままで 斜めになった座席や手すりに掴まるのは容易ではなかったが、また阿左見に触れられるぐらいなら、多少の苦労を してでも一人で脱出した方がいい。何度か滑り落ちかけたが、なんとかハッチの位置までよじ登った呂号はハンドルを 曲げて開けようとするが、びくともしなかった。押しても引いても同じことで、蝶番すら軋まなかった。どうやら、落下の 衝撃を受けたせいでひしゃげてしまったらしい。だったら音で吹き飛ばすまでだ、と、エレキギターの弦を弾こうとした 時、波の音でもなければ機体の悲鳴でもない異音が鼓膜に届いた。
 砂を踏む足音が、墜落した機体の周りを巡る。珊瑚礁の砂粒が擦れ合ってかすかに軋むと、回転エネルギーが 抜け切れていないローターが零す呻きと重なる。足音は鈍重で、何かを引き摺っているような音もする。チヌークが 突っ込んだのは波打ち際だったようで、足音が右半分を過ぎると水音が生じ、細かな波が踏み潰される音もする。 ぐるりと一巡して元の場所に戻ってくると、ハッチが外側から叩かれた。機体が歪んだせいでハッチも折れ曲がり、 尖った隙間から光の筋が入り込んでくる。その筋が途切れると、隙間に指がねじ込まれ、分厚い鋼鉄製のハッチを 捉えた。ぎち、ぎち、ぎり、とビスが飛んだ蝶番が三回鳴り、手の主はハッチの壊れ具合を確かめているらしく光が 途切れる位置が上下した。それが中程で定まると、一息にハッチが毟り取られ、数十倍もの光条が壊れた機内を 貫いた。突然、半身に熱と光が襲い掛かり、呂号は目眩を覚えながらも振り返った。

「……あ、えと」

 図らずも後光を背負っている怪力の主は、聞き覚えのある声を発した。

「その、とりあえず、外に出た方がいいっていうか、このままじゃ機体が炎上するかもしれないっていうか」

「なんだ。お前か」

 声の主を察して呂号が呟くと、鮫島甚平は中を一瞥した。

「あ、うん。そう、僕。でも、何がどうなってこうなったのか、僕にはさっぱり解らないっていうか」

「僕にはお前がどうしてこの場にいるのかが解らない。なんでもいいから手を貸せ。僕は自由になる」

 呂号は場違いな安堵感を覚えてしまった自分を嫌悪しながら、床の隅に転げ落ちているフェルナンデスのZO−3と いう名のエレキギターを拾った。甚平は呂号に手を貸そうと、右側に傾いている機内に踏み込んできた。呂号は 足を滑らせかけながら、ギターケースも拾って甚平の元に向かっていった。機械熱が染み込んだ床は素足には 少々熱いが、外の砂浜に比べればまだマシな方だろう。だが、なぜ、虎鉄と芙蓉は甚平が現れると予想出来て いただろうか。本名のことも相まって更に不可解だが、悩むだけ無駄だ。どうせ、生き延びれやしないのだから。
 一発、乾いた銃声が鳴った。





 


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