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悪役親睦会



「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます!」

 ビールのジョッキを手に中腰に立ち上がったグレイスは、上機嫌だった。

「というより、僕達は強制的にこの世界に介入させられただけなんだけどね」

 頬杖を付いたキースが呟くと、グレイスは唇を尖らせる。

「いいじゃねぇか、集まってもらったのは確かなんだから。じゃ、続きな。日頃、悪役として活躍するのは大変なことでございます。陰謀を企て、策略を練り、他人を陥れ、裏切り、略奪し、殺害し、そして己の悪事の隠蔽工作に奔走し、休む暇などありません」

「それはお前だけのことだろう。少なくとも、私は当て嵌まらない」

 イノセンタスが指摘すると、グレイスはむっとしたが続けた。

「あんまり茶々を入れると呪っちゃうぞ、この馬鹿兄貴。じゃ、続きな。悪役には悪役の苦労があるのでございますが、他の連中はそれをちっとも理解してくれません。それどころか、オレ達の文字通り血の滲むような執念で企てた悪事をことごとく掻き乱し、粉砕し、その挙げ句に我々は主人公連中に呆気なく倒されてしまうのであります。本日は、そういった悪役の水面下の苦労を分かち合おうと言うことで親睦会を開いた次第であります」

 グレイスはビールのジョッキを、高々と突き上げた。

「それでは、皆様のこれからのご健康と繁栄を祝しまして!」

「死人に健康も繁栄もないと思うが」

 マスターコマンダーがキースとイノセンタスを指すと、グレイスは不機嫌そうに口元を曲げる。

「いちいち理屈っぽいな、お前らは! だから理系って嫌い! とにかく乾杯!」

 グレイス以外の誰も言わなかった。太陽は義理としてウーロン茶のグラスを掲げたが、他は動きもしなかった。
太陽は向かいに座るマスターコマンダーと、目が合った。太陽は反応に困ったが、とりあえず話し掛けてみた。

「あんた、理系なのか?」

「学生時代には機械工学を専攻していた」

 マスターコマンダーはそれだけ言うと、ビールに手を付けた。だがすぐにグラスを下ろし、押しやった。

「面白い酒だとは思うけど、苦いね。良い味じゃない」

 キースも、眉をひそめている。マスターコマンダーは自分の氷水のグラスを荒い手付きで掴むと、流し込んだ。
だん、と氷が揺れるほどの勢いでテーブルに叩き付けて下を向いた。大柄なサイボーグが、いきなり弱っている。
酒に弱いのか、と太陽が訝っていると、グレイスがにやにやしていた。グレイスは、彼の背後に擦り寄っていく。

「レイヴンちゃんって、苦いのがダメだったもんねぇ」

「私を、ちゃん付けするな…」

 口中の苦みと嫌悪感で、マスターコマンダーの声は軽く震えていた。グレイスは、彼の肩に腕を乗せる。

「かぁわいいなぁー、もう。寡黙な男ってのも悪くねぇよなー」

「お前には妻子がいるだろうが」

 マスターコマンダーがグレイスを強引に押し退けると、グレイスは頬を染めて照れた。

「それとこれとは別なんだよう。それに、ロザリアも男相手の浮気だったら平気だって言ってくれてるしぃ」

「撃つぞ」

 マスターコマンダーはマントの下から片腕を出し、装甲を開いて銃口を出した。グレイスは、不気味に身を捩る。

「つれねぇなぁ、もう」

「…両刀?」

 あまりの光景に、太陽は唖然とした。テンションは高いが少しはまともだと思っていたグレイスも、かなり変だ。
彼の口振りを信じるならば、妻子がいるのに男色の気があるということだ。全くもって、理解出来ない世界である。
 太陽の隣に座っているキースは、ため息を零した。横長のメガネの下にある睫毛は長く、眼差しも涼しい。

「本当に、よく姉さんはあんなのと付き合っていられるよ。僕はもう、二度とごめんだね。裏切られたくないし」

 太陽は、キースに目を向けた。彼のツノのことが、気になって仕方ない。

「あの」

「何」

 キースは面倒そうに、太陽を見下ろした。太陽は、キースを指す。

「ツノ、本物なのか?」

「そんなの、当たり前だろ。僕は青竜族の長と西の守護魔導師の血を継ぐ優れたる血統の竜族だ、君のような劣等種族の傍にいたくはないけど、この場から逃げ出したらグレイスに呪われそうだからね」

 キースは女のように整った顔で、挑発的に笑んだ。太陽は、言い返さずにはいられなくなった。

「このオレが劣等だと?」

「そう、劣等。本来、世界を統治するのは秀でた叡智と高度な魔導技術を持つ竜族、その中でも最も優れた存在である僕こそ相応しいんだ。それに、僕は美しいしね」

 キースの微笑みは甘いが、言葉は毒々しい。太陽は、煽られるままにいきり立った。

「ドラゴンつったってただのトカゲだろ! 爬虫類に偉ぶられる筋合いはねぇな!」

「何を言い出したかと思ったら、なんて愚かでつまらない罵倒だろう。本当に優れたものを見分けられないなんて、君の目は曇っているんじゃないのか?」

「なんだとこの野郎!」

 太陽が立ち上がって拳銃を抜きかけると、眉間に銃口が押し付けられた。それは、ペレネの銃だった。

「戦闘行為を禁じマス。アナタ達はこの次元空間にとっての異物でアリ、反物質も同然の存在デス。反物質同士が衝突すれば次元空間内の物質と時間のバランスが乱れ、崩壊する危険性がアリマス。場合によっては、この次元空間ごと宇宙が消滅する危険性もアリマス。計算上、戦闘行為を行った場合に崩壊現象が発生する確率は98.40568%デス。崩壊後、生存して元の次元空間と時間に戻れる確率は0.00105%デス」

 ペレネは、無表情に拳銃の引き金を絞った。ぎち、と軽く金属が擦れる。

「戦闘行為の中断を要請シマス」

「…解ったよ。やめりゃいいんだろ、やめりゃ」

 太陽は拳銃を腰の後ろに戻し、座り直した。キースも、不満そうだったが引き下がった。

「女性に窘められるなんて情けないけど、それなら仕方ないね」

 つまり、この居酒屋の中にいる面々は相当微妙なバランスの中で存在しているようだ。なんとも面倒なことだ。
 レイヴンというのが本名らしいマスターコマンダーは、先程運ばれてきた大量のデザートを黙々と食べている。
本当に、苦いものがダメらしい。キースは太陽を愚弄出来ないと知ってつまらなくなったのか、酒飲みに戻った。
ペレネは眉一つ動かさず、拳銃をテーブルに置いて自分が注文したものを食べ始めた。機械的な宇宙人である。
 太陽は水餃子を口に押し込み、苛立ちと共に飲み下した。キースは気に食わないが、消滅してしまいたくはない。
思いの外味の良い水餃子を食べ終えて春巻きに手を付けようとすると、ロボットのような外見の店員が来た。
高宮重工の人型自律実戦兵器と近い体格だが、規格は多少違うようだ。頭部デザインもマスクフェイスだった。
エプロンには、黒鉄鋼太郎、との名札が付いている。鋼太郎は片手に載せていた盆を、乱暴にテーブルに置いた。

「ドラゴン殺し、お持ちしやしたー」

「何だい、それは」

 キースが不思議がると、鋼太郎は厨房の奧を指した。

「店長からのもんっす。だからお代もいらないっすよ」

 盆の上には立派な一升瓶がそびえており、ご丁寧に人数分の冷酒用の御猪口が添えてある。銘酒ドラゴン殺し。
荒々しさすらある筆書きの字の横に、製造元が書いてあった。株式会社高宮重工。太陽は、仰け反ってしまった。

「なに作ってんだよ高宮重工ー! つうか店長は高宮の関係者なのか、そうなのか!?」

「あ、違うっすよ。まあ、うちの親会社は高宮重工さんの系列会社っすけどね」

「あ、そう」

 鋼太郎に説明され、太陽は少し安堵した。鋼太郎は空になったジョッキや皿を重ね、軽々と持ち上げた。

「こちら、お下げしやーす」

 鋼太郎が厨房に戻ってから、キースはドラゴン殺しを手にした。蓋を開けて中身を御猪口に注ぎ、じっと睨んだ。

「魔法薬の類ではなさそうだけど」

「私は飲まんぞ」

 イノセンタスは拒絶の意思を示したが、グレイスはそれぞれの手元に御猪口を配った。

「いいじゃねぇか、いいじゃねぇか!」

 ほれほれ、とグレイスは既に酔っているのか陽気だ。手早く、それぞれの御猪口の中に日本酒を注いでいく。
太陽の分もあり、太陽は躊躇いつつも舐めた。米の甘さがあるが、酒精の鋭さがある。なかなか高そうな酒だ。
マスターコマンダーも日本酒は苦くないので大丈夫らしく、飲んでいる。イノセンタスも、渋々ながら口にしている。
キースは一気に口に含むことはなく、味を確かめながらだった。ペレネも、興味深そうに日本酒を飲んでいる。
 そして、銘酒ドラゴン殺しは、全員に行き渡った。


 十五分後。宴席は、えらいことになっていた。
 先程まで酔いもしなかった連中が、でろんでろんに酔っている。太陽はそうでもないのだが、他が物凄かった。
どうやら、ドラゴン殺しは相当強い酒らしい。太陽は彼らの様子に身の危険を感じたので、半分も飲まなかった。

「妹なんてダメなんだよ、姉さんだよ姉さん!」

 頬を染めながら浮かれる竜の美青年、キースはイノセンタスに詰め寄った。

「大体、妹なんてつまらないじゃないか! 姉さんがいいの姉さんが! 僕の姉さんは最高なんだから!」

「ドラゴン風情が、私の嗜好に口を挟むな! 元の世界に戻ったら狩ってやるぞ、凍らせてやるとも!」

 イノセンタスはほとんど変えなかった表情を激しく歪め、キースに迫り返す。だが、キースも負けない。

「五百年も前に死んだ人間が、僕に敵うはずがないじゃないか! それにあんたの妹は僕の姉さんの足元にも及ばない! 僕の姉さんは凄いんだ、女王様なんだ、ドツンデレなんだ、ツン九割でデレ一割なんだ!」

「ツンデレなど下らん! 妹こそ至上だ! 妹こそ王道だ! 姉なんかよりも妹を好く方が余程崇高だ!」

「あはははははははははははははは」

 キースは突然、タガの外れた笑い声を上げた。しかし、イノセンタスも怯まない。

「姉は理想の女に教育出来ないが、妹は理想の女に再教育出来るじゃないか! なぜそこに気付かない!」

「あはははははははははははは」

「あれ、大丈夫かなぁ…」

 太陽は、キースのあまりの壊れぶりが恐ろしくなった。ペレネは、既に潰れている。

「大丈夫ではアリマセンガ、行動が出来マセン…。動けば、出マス…。消化器官から内容物が逆流シマス…」

「私の嫁は宇宙一だぁー!」

 マスターコマンダーが、虚空に喚いている。こちらもこちらで壊れている。グレイスは、笑いっぱなしだ。

「うひゃひゃひゃひゃひゃ! 愛してるぞぅー、ギルディオス・ヴァトラスぅー! もう大好き、だあいすきい!」

 何が可笑しいのかはよく解らないが、ひたすら笑い転げている。キースとは違った意味で、不気味だった。

「私の愚弟を勝手に愛するな!」

 壊れた笑いを放ち続けるキースを放置し、イノセンタスは立ち上がってグレイスの首元を掴んで持ち上げた。

「私の愚弟は私が愛するんだ!」

「あははははははははははははははははは」

「滅びろ、銀河連邦政府ー! 愛しているぞ、我が子達よ! マリー、好きだ、この宇宙の誰よりも!」

「誰を愛そうがオレ様の勝手じゃねぇか、オレ様は世界一の呪術師様なんだよ! 魔術師程度が逆らうな!」

「出ル…」

「愚弟め、どこまでも私を愚弄する気か! 愚弟は私の片割れだ、だから愚弟は私のものなんだあ!」

「あはははははははははははは! 姉さん、姉さあん! 人の世界を滅ぼすのはこの僕だ!」

 誰も彼も、荒れている。太陽は自分だけ全く酔っていないので、この状況に付いていけず、席を立つことにした。
トイレにでも行って、時間を潰そう。客の入った椅子席の間を擦り抜けていくと、小柄な店員が急に振り返った。
その顔を見た途端、太陽は固まった。それは紛うことなき、鈴木礼子だった。名札にも、そう名前が書いてある。
なぜ、ここに彼女がいるのだ。礼子は動揺した太陽をまじまじと見ていたが、興味のなさそうな態度を取った。

「あ、元沢口君だ。なんだ、死んでなかったの」

「変な呼び方するんじゃねぇよ」

 太陽が言い返すと、礼子は盆を脇に抱えた。

「で、あんたは何をしに来たの?」

「お前こそ、何してんだよ」

「見て解らない? 時給八百三十円で給仕の労働に勤しんでいるんだよ。それと、店内清掃とレジ打ちも含む」

「だから、なんでこの変な場所にいるんだよ」

「さあ?」

 礼子は太陽と目も合わせたくないのか、目を逸らしている。

「いるからいるんでしょ。大体、こういう変なシチュエーションで深刻に考えたってダメなんだって」

 礼子の態度は気に食わなかったが、知った人間がいたので太陽はほっとした。だが、その気持ちを払拭した。
自分を陥れて刑務所の中に追いやった女に対して、安堵などしたくない。すぐに気を張り、太陽は表情を作った。

「お前の下僕共はいねぇのか?」

「厨房だよ。インパルサーとイレイザーに顎で使われながら、必死に注文をこなしてる。ちなみに時給は同じ」

「だから、あのデザートの山が結構早く来たのか」

 ロボットが作り手なら、あのスピードは納得出来る。デザートの山は、どの料理よりも早く運ばれてきたのだ。
太陽の言葉に、礼子は思い切り嫌そうに顔をしかめた。注文する方は楽だが、作る方は面倒な思いをするのだ。

「ああ、あれね。インパルサーがなんか知らないけどビビっちゃって、お父さんの命令は絶対なんです、とかなんとか言ってイレイザーと北南を急かして作ったんだよ。だから早かったの」

「お父さん?」

「細かいことを説明していると時間がなくなるから、疑問を持ってもスルーしてくれる?」

 礼子はステンレス製の盆で、太陽の顔を指した。太陽は、変な顔をする。

「ま、いいけどさ。深く聞く義理もねぇし。でも、あのドラゴン殺しは何なのかぐらいは聞かせてもらうぜ」

 礼子は盆を下ろすと、淡々と説明した。

「ドラゴン殺しは高揚剤、いわば自白剤だけど、配合を変えてあるから一時間程度で抜けるよ。後遺症もないよ」

「自白剤かよ!」

 太陽がぎょっとすると、礼子は苦笑いした。

「そう、自白剤。その方が宴が盛り上がるからってことで店長が出したんだけど、効き過ぎたみたいだね」

「その、店長ってのは一体誰なんだよ」

「異常事態につき特例措置として教えてあげる。店長はゲルシュタイン・スライマス。本人は伯爵と呼べとうるさいんだけど、癪に障るから呼ばないの」

「それって、あれか、まさかスライムか」

「そのスライムだよ。ワイングラス一杯分の。あんなのに顎で使われていると思うとクーデターを起こしたくなるね」

「凄ぇ非常識な店だな」

「そういう店だもの。だから、理屈で考えたらダメなの。深みに填る」

 礼子は太陽の顔を覗き込み、不満げに眉を曲げた。

「でも、なんであんたには自白剤が効いてないの? ちゃんと飲んだ? あの自白剤は、胃の中でアルコールと反応して効力を発するんだよ。アルコールが多ければ多いほど効力が強くなるっていう算段なの。その様子だと、あんたは酒は飲んでないんだね?」

「未成年だからだ」

「へえ。銃刀法違反と暴行とテロ行為をしたくせに、今更何をしおらしいこと言ってるんだか」

 礼子は、太陽の隣を擦り抜けていく。

「じゃ、私は仕事があるから。お客は席に戻りなよ」

「止めろよ、あいつらを。それも店員の仕事だろうが」

「サービス業の範疇を越えてるし、そこまでする義理はないし、被害被りたくないし、店長命令だし」

「手を出すなって言われたのか? その、スライムに?」

「そうだよ。だから、私の仕事じゃないの。どうしても止めたかったら自分でやれば? 無理だろうけどね」

 振り返った礼子は、かなり冷めた目をしていた。太陽が反論するよりも先に、礼子は次のテーブルに向かった。
 工作員の訓練を受けていたとしても、とてもじゃないが手に負えない。確かに、礼子の言うことには一理ある。
とりあえず、トイレには行くことにした。事を終えて手を洗ったが、座敷席からは彼らの乱れた様子が伝わってくる。
出来れば、戻りたくない。太陽はげんなりしたが、このままここにいてもどうしようもないので戻ることにした。
 戻ってみても、現状は変わらなかった。ペレネがいなかったが、恐らく本格的に具合が悪くなったのだろう。
この場から逃げ出したかったが、逃げ出せば元の世界に帰れなくなる可能性があるので我慢するしかなかった。
 太陽は気を静めるため、ウーロン茶を飲んだ。





 



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