Event




父親達の挽歌



 家族の数だけ、大黒柱が立っている。


 西日に染まる海に向かって伸びる桟橋に、宴席が設けられていた。
 板張りのテーブルには大皿に山盛りの沖縄料理が並べられ、泡盛の瓶とオリオンビールのケースも足元に控えて いる。大量の料理を作った張本人であるゾゾ・ゼゼは上機嫌に尻尾を揺すりながら、人数分のコップや猪口を用意 している。この場に招かれた経緯は解せないが、存分に飲み食いしろと言われれば悪い気はしない。だが、しかし。 虎鉄は桟橋に入るか否かを迷っていると、背後から声を掛けられた。

「ここは一体どこなんだ。そして、あれは何なんだ」

 虎鉄よりも頭一つほど身長が高い褐色の肌の男は、潮風に乱された短い黒髪を後頭部へ撫で付けた。見るからに 屈強な体を包んでいるのは西欧系の軍服だが、いやに古風だった。両足を守っている軍用ブーツは革製だが、 靴底がゴムではなく、胸元には見たこともないワッペンが付いている。顔付きからしてアフリカ系黒人なのだろうが、 彼がこの場にいる理由がさっぱり掴めない。それは彼自身も同じらしく、困惑気味に虎鉄を見下ろしてきた。

「お前は何か知っているのか?」

「俺に解るのは、あいつが……立場の上では敵だと言うことだ」

「ふむ」

 虎鉄がゾゾを指すと、黒人の男は納得したようだった。色の深い瞳が上がり、ゾゾを捉えたかと思うと、嬉々として 宴席を整えているゾゾがいきなり宙に浮き上がった。そして、桟橋から海中に放り込まれた。盛大な水柱が上がり、 ゾゾが付けていたエプロンが外れて海面に漂った。少々の間の後、そのエプロンの下から浮き上がってきたゾゾは よろめきながら砂浜に戻ってきた。げほげほと咳き込んで海水を吐き出してから、ゾゾは単眼を上げた。

「なんで私を攻撃するんですか、ダニエルさん」

「なぜ私の名を知っている」

 黒人の男、ダニエル・ファイガーが訝ると、ゾゾは顔に滴ってきた海水を拭った。

「そりゃあ知っていますよ、私が皆さんをご招待したんですから」

「理由を聞こう。事と次第によっては、お前の首は空を飛ぶ」

 ダニエルが念動力でゾゾを引き寄せ、首を浅く絞めると、ゾゾは尻尾でばんばんと砂浜をタップした。

「たっ、ただの宴会ですよ、宴会! それ以外の理由がどこにありますかぁっ!」

「その辺にしといてやれや、ダニー」

 海に面した森から現れたのは、これもまた古めかしい全身鎧だった。赤い頭飾りと短いマントと背中のバスタード ソードが目を惹き、使い込まれた外装が西日を跳ねて荒く煌めいた。ダニエルは彼とゾゾを見比べ、若干迷った末に 念動力を解除した。砂浜に転がされたゾゾはまたも咳き込んでから、海水をたっぷり吸ったエプロンを絞った。

「どうもありがとうございます、ギルディオスさん。ああ苦しかった……」

「海洋惑星か? いや、アーティフィカル・リゾート、でもないな。重力と大気組成が自然だ。ガンマでもいれば、ここが どの惑星かはすぐに判断が付けられるんだが、連絡を取ろうにも情報端末が見当たらないんじゃな」

 縫い目のないツナギを着ている東洋系の顔立ちの男は、茶色の髪を乱しながら暮れた空を仰いだ。独りでに動く 全身鎧、ギルディオス・ヴァトラスはその男に歩み寄ると、馴れ馴れしい仕草で肩に腕を回した。

「おう、マサヨシじゃねぇか! また会ったな!」

「ああ、どうも、ギルディオス。しかし、この手のおかしな場所では良く会いますね」

 東洋系の青年、マサヨシ・ムラタは苦笑した。

「俺らはそういう星の元に生まれたんだろうさ。んで、さっきから何をぶつくさ言ってんだ?」

「俺達の現在位置にどうも納得が行かないんです。この位置から月が見えるような惑星なんて、あったとしてもまず 生身で地表に下りられない環境下にあるんですから。ですが、あれは月なんです。海の潮力から判断しても、本物の 月と見て間違いないんです。だから、余計に混乱してしまいまして」

「本物なら本物でそれでいいだろ。ていうか、月に本物も偽物もあるのか? お月さんはお月さんだろ?」

「ないこともないんです。ですが、月型衛星のある惑星に、こんなに環境の良い惑星があったんだろうか、って思って しまいましてね。俺が知る限り、月型衛星を持っている惑星は天の川銀河の中だけでも十二万個程度ありますが、 そのほとんどが生命体の居住に適さない惑星なんですよ。統一政府はおろか宇宙連邦政府も手を付けてないもの が大半で、植民地化もテラフォーミングもしていません。ですが、コロニーならコロニーで解るんですよ。感覚的に。 かといって、惑星の地表上に作った大型居住区でもなさそうなんですよ。海の向こうに、本物の水平線が見えます からね。本物の地球という可能性は捨て切れませんが、数万年先まで居住は不可能な環境なんですよね」

「地球は地球だろうに。というか、地球以外の惑星に人間が住めるわけがないだろ?」

 虎鉄が異星人のようなマサヨシの発言に失笑すると、マサヨシはやけに驚いた。

「……嘘だろ?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。ここは太陽系第三惑星、地球に他なりません。もっと言ってしまえば、日本 列島から一千五百キロ南下した太平洋上に浮かぶ火山島でして、名を忌部島と言います」

 乾いたエプロンを付け直したゾゾが両腕を広げて笑うと、マサヨシは更に困惑した。

「だが、俺の知る地球には海などない。あったとしても、それは熱砂の海だ」

「相変わらず真面目な野郎だぜ。そういうことをいちいち気にしてちゃ、埒が開かねぇぞ」

 ギルディオスはマサヨシの背を乱暴に叩くと、マサヨシは前のめりになって転びかけた。

「気にしますよ! ていうか、何も気にしないあなたの方が変ですよ!」

「いやな、ぶっちゃけた話、俺はこの手の展開に慣れちまってよ。驚くのが面倒臭いんだ」

 ギルディオスが肩を竦めると、マサヨシは少し考えた後、薄ら笑いで納得した。

「ああ……それもそうかもしれませんね」

「ふははははははははははははははっ! 我らが地球、母なる海の星、宇宙のありとあらゆる悪から狙われ続けて いるわりには現存し続けている驚異の惑星っ! そしてぇっ、それを守る正義の使者がぁああああっ!」

 唐突に高笑いが聞こえたので一同が振り返ると、一際大きい椰子の木の頂点から何者かが飛び降りた。砂浜に 両足を突っ込んで派手に砂飛沫を上げながら着地した巨漢は、猛禽類を模したマスクを逸らして筋肉が張り詰めた 胸を張り、翼を模したマントを翻し、勇ましいポーズを付けて名乗った。

「パワー・オブ・ジャスティスゥウウウウウウッ! パゥワァアアアアアッイィーグルゥウウウウウッ!」

「お、新顔だな」

 ギルディオスが平べったい反応を示すと、ダニエルが眉を下げた。

「少佐、本当に慣れきっていますね。私にはもう、何が何だか」

「ふはははははははははははっ! どこの馬の骨だか解らんがそこの諸君っ、この俺が来たからには地球の一つ や二つ二十分弱で守ってみせるともっ! さあっ、戦おうではないかぁあああああっ!」

 白いグローブを填めた拳を怒らせながら喚くパワーイーグルに、ゾゾは恐る恐る近付いた。

「鷹男さん、ではなくて、パワーイーグルさん? あのですね、御電話した時にお話ししたと思いましたけど、今日の 集まりは世界の覇権を掛けて戦うものではないんですよ。皆さんの日頃の苦労を労うためでして」

「日頃の苦労とはなんだっ、俺の正義を阻むつもりかぁ異星人っ!」

 パワーイーグルが大股に詰め寄ると、ゾゾはあっという間に波打ち際に追い詰められた。

「ですから、今日はただ皆さんにお休みして頂こうと思って御招待したんですよ!」

「要するに、そのトカゲ野郎は酒盛りの用意をしてくれたってことだ。いちいちいきり立つな、暑苦しい」

 ギルディオスがパワーイーグルの腕を取ると、パワーイーグルは数秒間考えた後、手を打った。

「おおっ、そうかっ! ならばっ、全力でそれを楽しむべきだなっ! それもまた正義というものだっ!」

 パワーイーグルはようやく納得し、ギルディオスに促されるままに桟橋に向かっていった。生きた心地がしなかった ゾゾは何度も深呼吸してから、エプロンの裾を直し、桟橋に戻っていった。その場に取り残された形になった虎鉄と ダニエルは、一応宴席に向かうべきだと判断して桟橋に向かった。だが、どちらも納得するどころか混乱が深まった だけで、虎鉄もダニエルも頭の中には疑問符が散乱していた。短い道中、虎鉄とダニエルはお互いの素性を短い 言葉で明かし合った。虎鉄が政府下の組織に属している生体兵器だと言うと、ダニエルは自分も似たようなものだと 返し、若い頃は異能者ばかりを集めた異能部隊で戦っていた兵士だったと言った。戦争が起きて自国が大敗したと 同時に異能部隊も解散したので、今は愚連隊のようなことをしているのだそうだ。軍服はその頃の名残であって、 自戒のためだと話してくれた。褐色の横顔には険が深く刻まれ、苦悩を抱える男に相応しい重みがあった。
 虎鉄らが桟橋に着くと、既に他の面々は宴席を囲んでいた。自己紹介した後、オリオンビールをジョッキに注いで 乾杯した。中身が空っぽの全身鎧であるギルディオスは飲み食い出来ないそうだが、気分が味わえるだけでも充分 だと明るく笑っていた。虎鉄はヘルメットを押し上げてその隙間からオリオンビールを味わいながら、彼の身の上に 同情した。マサヨシは感覚的に状況が理解しきれないらしく、気もそぞろな様子でオリオンビールのジョッキを傾けて いた。パワーイーグルは一気に飲み干してしまうと、空になったジョッキを盛大にテーブルに叩き付けた。

「さあてっ、まずは何から話そうかぁっ! せっかくの機会だっ、臓物が飛び散るほど腹を割ろうではないかっ!」

「俺達の共通する話題ってぇと、まあ、アレだわな。嫁さんっつーか、家族じゃねぇの?」

 だろ、とギルディオスが男達を見渡すと、お代わりのビールジョッキを抱えたゾゾがうんうんと嬉しそうに頷いた。

「そうです、そうです、そうなんですよ! 私達は長らくイカレポンチでファッキンでシットなクソ野郎を相手にしてきた もので、久しくまともな世界からは離れていたのです! ですので、今日は皆さんに思い切りまともな家族の話をして 頂こうと思いまして! 今後のためにも!」

「今後って何の今後だよ、あぁ?」

 虎鉄がヘルメットの下で目を据わらせると、ゾゾはビールジョッキをテーブルに置いたが若干目を逸らした。

「お解りになっていらっしゃるのでしたら、いちいちお尋ねにならなくても」

「家族か」

 マサヨシは半分ほど飲んだビールジョッキを置き、見知らぬ料理に手を伸ばすまいか迷った末、比較的無難そうな 炒め物をスプーンで皿に取った。食べ慣れない苦みのある野菜を囓った瞬間、眉を寄せたが飲み下した。

「生憎、俺には家族を語る資格はないな。別のことであれば話せるが」

「同上だ」

 箸の使い方を知らないダニエルは、マサヨシに倣ってスプーンで青菜とコンビーフの炒め物を取って食べた。

「俺もだ。全部片付いてからであれば、問題はないんだが」

 虎鉄は取り箸でそうめんチャンプルーを皿に盛り、掻き込んだ。

「パゥワァァアアアアアアアッボンバァアアアアアアアアッ!」

 突如、パワーイーグルは海に向かってエネルギー弾を発射し、大爆発を起こした。それを背にしたパワーイーグルは 皿が飛び跳ねるほどの勢いでテーブルに両手を付き、分厚い上半身を乗り出して全員を見据えた。

「お前達はそれでも股間に最終兵器をぶら下げているのかぁっ! 俺は正義を行使するために息子と娘を日本に 置いて地球どころか宇宙を駆け巡ってっ、悪という悪を倒してそこら中に平和を成し遂げてきたがぁっ、俺の家族を 放り出したという気持ちは欠片もないっ! 思春期真っ直中の速人と美花を二人きりにしてしまったのは申し訳なく 思うがっ、それについては速人には謝ったがっ、引け目を感じたことはないっ! なぜなら俺はっ、宇宙と共に家族を 守っているからだぁああああああっ!」

 叫びながら右腕を突き上げたパワーイーグルは、衝撃破が起きるほど激しく振り下ろして三人を指した。

「ならばっ、お前達は家族の一つも守れずに父親面をしているというのかぁあああああっ!」

「守れなかったから、引け目を感じているんじゃないか」

 マサヨシはパワーイーグルから顔を背け、オリオンビールを傾けた。

「あんたには物凄いパワーがあるようだが、俺にはそんなものはないんだ。今も昔も、好きな女の一人も守れずに いる情けない男でしかないんだ」

「この程度の力で守れるものは、何一つない」

 目の前の皿を念動力で浮かばせながら、ダニエルは表情を消す。

「全くだ」

 虎鉄は鋼鉄化させている手で、容易く割り箸を握り潰した。

「何があったか知らねぇが、どいつもこいつも陰気なこった」

 ほれ飲め飲め、と、ギルディオスはオリオンビールの瓶を差し出して三人のジョッキに注いだ。

「そうなのだ」

 と、急にテンションを落としたパワーイーグルは、二杯目のジョッキにちびりと口を付けた。

「この身にどれほどのスーパーパワーが宿っていようとも、いかんともしがたいことがあってだな。だが、俺は宇宙を 背負うパワー・オブ・ジャスティスたるパワーイーグルだ、おいそれと他人に相談出来ないんだ。だから、今日は 腹をかっさばいて臓物を引き摺り出すような覚悟で相談したいんだが」

「で、何をだよ」

 ギルディオスがパワーイーグルに問うと、パワーイーグルはスパムの入ったおにぎりを貪り食った。

「うむ。うちの娘は今年で十七歳になるんだが、好きな男が出来たらしくてな。だが、そいつは俺達ヒーローの永遠の 宿敵であり商売道具である怪人で、しかも悪の組織の総統と来たもんだ。娘の成長を祝福してやりたいのも山々 ではあるんだが、どうにも戦闘意欲が湧いて湧いて湧いて湧いて湧いて湧いて湧いてっ!」

 語尾を高ぶらせたパワーイーグルは弾かれるように立ち上がり、振りかぶると、海目掛けて拳を突き出した。

「パゥワァアアアアアアアアアッ、ナァックルゥウウウウウウウウウッ!」

 光を放つ拳から放出された指向性の衝撃破が海を抉り、直径数十メートルはあろうかという穴が生まれた。衝撃に 見合った爆風と瀑布が発生し、スコールのように桟橋に降り注いできた。ダニエルが反射的に展開した念動力の 防護壁のおかげで、料理も酒も無事だったが、それがなければ宴席は台無しになっていただろう。パワーイーグルは 肩で息をしていたが、ぐぐっとグローブが軋むほど強く拳を固めた。

「と、いうわけであるからして、このままでは暗黒総統ヴェアヴォルフを、いや、大神君を爆死させてしまいかねない。 そんなことになったら、俺は未来永劫美花から嫌われてしまう。そうなったら、俺は地球を守る力を失うだろう。鳩子 から嫌われるのも物凄く辛いが、速人から愛想を尽かされるのも胃と腸がきりきりするが、美花のあの可愛い声で お父さん嫌いっ、と言われる瞬間を考えるだけで考えるだけで考えるだけで考えるだけでぇっ!」

 いきり立ったパワーイーグルが三度必殺技を発射しそうになったので、ギルディオスは慌てて止めた。

「解った解った、だから無駄な力を使うんじゃねぇよ! いつか俺達が巻き込まれる!」 

「難儀な体質の野郎だな」

 人のことは言えんが、と、同情混じりに虎鉄が漏らすと、マサヨシが大波が荒れ狂う海を見つめて呟いた。

「何千キロジュール、いや、二三メガジュールか? 中型戦闘艇の主砲並みのエネルギー量があったぞ……」

「で、何か具体的な解決策はないか? あれば教えろ、即刻に」

 パワーイーグルは椅子を引いて座り直し、男達を見渡した。

「そんなもん、あるかよ。波風立てたくなかったら、手ぇ出さないのが一番だ。俺にも二人娘がいてな、どっちもまた 男の趣味が最悪なんだ。下の子の相手は元々人間だったから許せないでもないんだが、上の子のがなぁ」

 虎鉄の険悪な視線がゾゾに向くと、ゾゾは尻尾をゆったりと振った。

「うふふふふ」

「う、ううむ……」

 パワーイーグルは呻いていたが、喉を鳴らしてオリオンビールを飲み干した。

「だが、美花はまだまだ子供なんだ。色々と危なっかしくてなぁ、目を離すのが怖いんだ。鳩子は距離を置いてやれと 言うし、速人もそうした方が美花のためになると言うんだが、美花は本当に小さくて柔らかくてなぁ……」

 タカを模したバトルマスクを押さえたパワーイーグルは、苦悩に満ちたため息を零した。

「あの子が俺と鳩子の体質を受け継いでヒーローになった時も、不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安で、 見知らぬ惑星をブラックホールに投げ込んじまったぐらいなんだ。だから、美花が大神君と何をどうこうするのかと 思うと、また居たたまれなくってなぁ……。正直、泣きたい」

「じゃあ、泣いたらいいじゃねぇかよ。嫁さんの胸でも借りて」

 ギルディオスがパワーイーグルの肩を叩くと、パワーイーグルはゴーグルの目元を手の甲で擦った。 

「う、うむ。鳩子の胸はそれはもうたゆんたゆんでな、あれは本当に素晴らしいのだ」

「反対しないのが一番の得策だろう。居たたまれなくなる気持ちは痛いほどに解るが」

 ダニエルは箸を握ってラフテーに突き刺し、頬張った。甘辛い味に慣れていないので、一瞬不可解な顔をしたが、 柔らかく煮込まれた豚肉を充分に咀嚼して嚥下した。マサヨシはオリオンビールの残りを啜り、嘆息する。

「解る解る。ヤブキは良い奴だと解っちゃいるが、アウトゥムヌスを大事にしてくれると解っちゃいるが、多少の不安 が過ぎらんでもないんだ。この期に及んで女々しいことを言うわけにもいかないしなぁ」

「そういやマサヨシ、お前んちって子供は何人いるんだ?」

 ギルディオスが問うと、マサヨシは照れ笑いしつつ答えた。

「娘が四人。元々は一人だったんだが諸事情があって四つ子になってな、皆、今年で十歳になる計算なんだ。性格 も好みもばらばらだが、四人とも可愛くてどうしようもないよ。上から順番に、ウェール、アエスタス、アウトゥムヌス、 ヒエムスって名前なんだ」

「だが、その娘達もいずれ大人になって男を連れ込み、お父さん、この人と結婚するつもりなの、と一人前の女の顔 をして言ってくるに違いないんだ。ああそうだ、絶対にそうだ、そうに決まっている、そんな光景を想像しただけで体の 底から宇宙すらひっくり返せそうなエネルギーがっ!」

 またも激昂しそうになったパワーイーグルに、ギルディオスはバスタードソードを抜いて斬り付けた。

「じゃかあしいっ!」

「おうっ!?」

 パワーイーグルは思い切り背中を斬られ、マントは両断されたがその下の地肌は無傷で、平然と振り向いた。

「う、うむ、すまん。俺とあろう者が、またも取り乱してしまった」

「お前さぁ、ちょっとでいいから黙っていてくれよ。な?」

 ギルディオスはバスタードソードを鞘に収めてから、パワーイーグルを強引に椅子に座らせた。

「最も穏便な解決方法がありますよ、パワーイーグルさん」

 ゾゾはパワーイーグルの後ろに回り、猪口に注いだ泡盛を勧めながら、にんまりと目を細めた。

「娘さんの御相手と、仲良しになってしまえばよろしいのです。やりすぎると、娘さんから嫉妬されかねませんがね」

「そうか、拳と拳で語り合えば良いのだなっ! さすれば角も立たんっ! 良い考えだっ、異星人っ!」

 パワーイーグルが勇ましく親指を立てると、虎鉄は首を横に振った。

「何の解決にもなっちゃいねぇよ……」

「むしろ、事態が悪化するのではないのか?」

 ダニエルが同意すると、マサヨシは顔を背けた。

「本人が納得しているのなら、それでいいじゃないか。あんまり突くと、またややこしいことになるしな」

 それでいいような、良くないような。虎鉄は曖昧な気分を誤魔化すため、ラフテーをつまみながらオリオンビールを 呷った。ゾゾの料理はどれもこれも味が絶妙で、これがまた酒に良く合う。あまり飲み過ぎては明日の任務に支障 が出る、とは頭の片隅で思ったが、これは現実とは思いがたい出来事だ。忌部島に来たのは一度だけである上、 忌部島にいる人員にはこんな者達はいない。だが、舌に残る脂の甘さとオリオンビールの喉越しの爽やかさは本物 にしか思えず、鋼鉄製の血管を巡る血液に馴染むアルコールの感覚も生々しい。夢だとしたら、不可解ではあるが 心地良い夢だ。本懐を果たすために生涯の宿敵である竜ヶ崎全司郎の元に下り、本当の名を捨ててコードネーム を名乗り、血族達を相手に戦いを繰り広げる日々の辛さが、ほんの少しだけ和らいだ。
 次は、どの料理に手を付けようか。








11 3/1



Photo by (c)Tomo.Yun




Copyright(c)2004-2011 artemis All rights reserved.