「そういえばよ、ゾゾ」 ギルディオスは太い足を組み、首を逸らしてゾゾを見やった。 「この場に招かれたのは、俺達だけなのか?」 「ええ。御連絡が付いたのと、御都合のよろしい御方だけにお集まり頂きましたら、こうなりましてね」 ゾゾは料理が綺麗に片付いた大皿を重ね、両手で抱えた。 「皆さんの共通項は一家の主であるということは、皆さんも既に御承知のことでしょう。ですので、亜空間通信と次元 超越通信で連絡を取ってみたのですが、応答して下さったのが皆さんだけだったのです。マスターコマンダーさんは 七百年間に及ぶ冷凍刑の真っ最中でしたので無理に起こしては悪いですし、あの方は随分な甘党らしいですから、 酒の席にお呼びするべきではないなとも思いましたし。レオナルドさんは精神が尖りまくっていたので、私なんぞが 下手に接触したら焼き尽くされそうでしたので、早々に撤退してきました。ラミアンさんは掴み所がありませんでした ので、レオナルドさんとは正反対の理由で諦めました。ペレネさんというお名前の惑星型生体演算装置が存在する 次元には私が接触出来る方はいらっしゃいませんでしたので、これもまた早々に引き上げてまいりました。この次元 と非常に良く似た次元には、カンタロスさんと仰る生体突然変異強化戦闘体がおられましたが、話し掛けただけで 喰い殺されてしまいそうなので、これもまた引き上げました。私の存在する宇宙の並列次元と思しき次元には、惑星 規模の珪素回路であるヴァルハラさんとその中に精神体を宿したお二方がおられましたが、ゲオルグさんとアリシア さんはあんまりにもラブラブでイッチャイッチャなので、声を掛けることすら憚られまして」 「で、集まったのがこのメンツってわけか」 虎鉄が皆を見渡すと、ゾゾは切り分けたフルーツを盛った皿を運んできた。 「そういうことになりますね。接触方法は様々でしたが、応答して下さって嬉しいです」 「要するに、登場人物が多すぎると捌ききれないから、あしらいやすい人員を選別しただけだよな」 マサヨシの発言に、ゾゾは単眼を丸めた。 「いえいえ、私にそのような意図はございませんが? ここぞとばかりにメタ的な発言をなさいますね」 「正直、時間の無駄だ。私は戦いに戻らねばならない、魔導兵器三人衆に奪取された息子を取り戻さなければ」 ダニエルは泡盛を飲み干した猪口を置いて腰を上げたが、見渡す限りの太平洋に顔をしかめ、ゾゾに問うた。 「この島はニホンレットウの南洋だと言ったが、ニホンレットウとは共和国からはどれほど離れているのだ。そして、 共和国本島への方角は北西か。だとすれば、私はここを出る。消耗は激しいが、高度を上げて全力で飛行すれば 海峡まで辿り着けるはずだ。私が先手を打てば、魔導兵器三人衆も連合軍も態勢が乱れるかもしれんからな」 「ええと、海峡というのは山ほどありますが、どこの海峡で?」 「まず、大陸がある。共和国領土が西側の大部分を占め、大国領土が東側の北部に横たわっている。その大陸と 合衆国の間に横たわる海に浮かぶ島が、共和国の首都がある本島だ。私と隊長を含めたヴァトラス小隊は、その 本島と大陸の狭間の海峡上に浮遊する魔導鉱石の結晶体、通称ブリガドーンに誘拐された三人の子供を救うために 連合軍がうろつく国土を横切って海峡に向かう道中だったのだ。その海峡に向かいたいのだが」 「地図でもあればよろしいのですが。マサヨシさん、何か端末はございませんか?」 ゾゾに乞われ、マサヨシはパイロットスーツを探った。 「ちょっと待て。常用のも軍用のも手元にはないが、恐らく、非常用の簡易端末であれば」 マサヨシはパイロットスーツの上半身を脱いでベルトを緩めると、腰の裏側から、指一本よりも細く短い電子機器を 取り出した。その横のボタンを押してホログラフィーを展開すると、それを操作し、データベースから地球に関する 情報をダウンロードした。程なくして球状の地球が浮かび上がったが、その地表はマサヨシの言葉通りに赤茶けた 砂に覆われていた。ゾゾはマサヨシの背後に回り、非常用簡易情報端末のホログラフィーに指を伸ばす。 「電子機器の操作はあまり得意ではないのですが……。どこを操作すれば、この映像の時間を巻き戻せますか?」 「新暦か、それとも西暦か?」 「西暦でよろしくお願いします。二千年代初頭ですね」 「二千年代初頭とはまたえらく古いな。となるとアクセス先を変えた方が良い、ここのデータベースには旧人類時代の 情報は乏しいんだ。だったら、火星だな。ヤブキのせいで削除された情報も多いが、これでも多い方だ」 マサヨシはアクセス先を変更してデータを落とし、地球のホログラフィーを水と緑の時代まで巻き戻した。 「これでいいか?」 「ええ、ありがとうございます」 ゾゾはマサヨシから非常用簡易情報端末を丁重に受け取ると、それをダニエルに差し出し、説明した。 「今、私達がいる島がここで、これが日本列島です。ダニエルさんの仰る海峡とは、この辺ですか?」 「ああ、そうだ。私が知る地形とは若干異なるが、共和国本島と大陸の海峡はここだな」 と、ダニエルはドーバー海峡を指した。ゾゾは顎に手を添え、唸る。 「となると、ちょっと厳しいですねぇ。ヴィ・ジュルを備えた紀乃さんでも、マッハ単位で加速しながらユーラシア大陸を 横断するのは辛いですよ。ダニエルさんは、そちらの世界では魔力と称される精神力を物理的に作用させる能力を お使いになりますが、生体電流を放出して物体を動かしている紀乃さんに比べると遙かに効率が悪いんです。です ので、ダニエルさんの異能力だけでドーバー海峡まで向かうのは無茶ですよ。移動中に脳内出血を起こしてしまい かねませんし、脳が無事でも生体組織に過負荷が掛かって命に関わりますので、御再考なさった方が」 「……え? 紀乃の能力って、そういう仕組みだったのか!?」 虎鉄が驚くと、ゾゾはきょとんとした。 「御存知なかったのですか? 空気に振動を与えて音波を操作している呂号さんもそんな具合ですが」 「い、いや、ちょっと待て、待てよ。俺達の能力に関して掘り下げた描写がなかったのは事実だが、生体電流如きで マッハ単位の速度を出して飛行出来るもんなのか? ていうか、大抵の能力が生体電流が大本なのか?」 虎鉄が身を乗り出すと、ゾゾは淡々と説明した。 「希代のファッキンシットなクソ野郎こと竜ヶ崎全司郎ことゼン・ゼゼは、本を正せばワンの生体組織で出来ていますし、 それが原因で皆さんは突然変異なさったのですから、生体電流ありきなのは至極当然ですよ。虎鉄さんの能力 にしても、芙蓉さんの能力にしても、生体電流で分子を繋ぎ合わせている電子を変換したことによって分子構造 を変換させ、鋼鉄化、或いは液状化させているのです」 「知らなかった……」 虎鉄が唖然とすると、ゾゾは尻尾でざらりと桟橋の板を擦った。 「皆さん、お尋ねになりませんでしたからね」 「話題を戻すが、要するにダニエルはドーバー海峡とやらに行きたいわけか。俺の自機を呼び出せれば、その程度の 距離は大気圏外を経由すれば三十分もしないで飛べるんだが、ガンマもイグニスもトニルトスも応答がないんだ。 だから、飛ぼうにも飛べないんだ。パイロットのくせに役に立てなくてすまんな」 ゾゾから非常用簡易情報端末を返してもらったマサヨシは、ホログラフィーを閉じ、謝った。 「その気持ちだけでも充分だ。ありがとう」 ダニエルが薄く笑みを浮かべると、椅子を蹴り倒してパワーイーグルが立ち上がった。 「おおっ、そうだぁっ! この俺がお前を抱えて飛べばっ、ほんの一瞬ではないかっ!」 「やめとけやめとけ。ミサイルに括り付けられるようなもんだ、まず体が保たん」 虎鉄が手を横に振ると、ダニエルは喉の奥で笑みを殺した。 「だろうな。ミサイルが何かは知らんが、凄まじい攻撃力を宿した男だ、私の異能力では凌ぎ切れんだろう」 「それは残念だっ! 良い感じに出来上がってきたんだがなぁっ!」 ふんっ、とパワーイーグルは片足で椅子を立て直し、立ち上がった時以上に勢い良く椅子に座った。 「歯痒いが、移動する手段がないのであれば仕方ない」 ダニエルが座り直すと、その猪口にマサヨシが泡盛を注いだ。 「今は落ち着くことだ。大変な時だからこそ、余計にな。無茶をすると、無茶をしただけ事態は悪化するからな」 ダニエルは自分の猪口を掲げてから、泡盛に口を付けた。 「フローレンス、妻が死んでからというもの、私は息子とはどう接して良いかが解らなくなってな。戦後の動乱の中を 強く生き延びてほしいと願うあまりに厳しく接してきたが、おかげで息子から大いに嫌われてしまった。難しいものだ、 我が子というものは。産まれたばかりの頃は、抱くことさえも怖かった。いや……それは今も変わらんな。せめて 抱き締めてやれれば、もう少し柔らかく接してやれただろうが、腕を伸ばすだけの勇気が湧かなかったのだ。私が 知る愛というものは、薄暗く生臭い娼館で男と汗の匂いにまみれた母親が私を寝かし付けた時の弱い歌声と、少佐に よる荒っぽくも痛烈な訓練ぐらいなものだった。フローレンスとの間に生じた愛も男女の愛とは言い難いもので、 上官と部下の関係を越えきれずにいた。だから、私は人間の首を折る時の力加減や心臓を撃ち抜く角度は知って いても、子供の抱き方は知らんのだ。あの子を守ろうと思えば思うほど、あの子は私から距離を置いていく。それが どれほど悔しいことか、情けないことか」 太い骨格と筋肉が張った肩を上下させて嘆息したダニエルは、猪口を置いた。 「つまらん話を聞かせたな」 「いや、そうでもないとも」 パワーイーグルは喉を鳴らして泡盛を飲み干すと、手酌で猪口に並々と注いだ。 「己の能力に見合った場で生きようとすれば、信念を貫いた分だけ、得られないものも多々あるのだよ。俺の場合は 当たり前の青春というやつだな。物心付いた頃からヒーロー体質に目覚めていたから、運動の類では俺に適う奴は 誰一人いなくってなぁ。そりゃ、俺だって弁えているから、学校なり何なりでは力をセーブしていたとも。幸い、頭の 方はからっきしだったからバランスは取れていたが、それでも浮きに浮きまくっていた。体も無駄にでかかったしな。 親父や爺さんの代からヒーローだったもんで、怪人に命を狙われるのは俺にとっては日常茶飯事であったが、俺の 近辺の人間はそうではなかった。多少気の合うクラスメイトがいても、気になる女子生徒がいても、関わらないように していた。あの頃の怪人は最近の怪人連中よりも殺気立っていてなぁ、ヒーローと怪人の戦いとは関係のない人間に 危害が加えられるのも珍しいことではなかったのだ。辛いことではあったが、俺が盾となり、矛となり、悪を挫いて いれば苦しむ人間が減るのだと信じていた。……若かったからな」 どちらも身につまされる話で、虎鉄はヘルメットの下で顔を強張らせた。それを感じ取ったのか、パワーイーグルの マスクが向いた。クチバシを模したフェイスガードに陰ったゴーグルの奥で、パワーイーグルは目を細める。 「虎鉄よ。見たところ、お前も俺と似たようなことをしているようだが」 「いや……俺は」 虎鉄が言葉を濁すと、パワーイーグルは太い腕で徳利を突き出し、虎鉄の猪口に泡盛が溢れるほど注いだ。 「顔を隠して名前も変えた状態でやるようなことと言ったら、正義の戦いと相場は決まっているだろう。もっとも、その 正義が誰のためであり何のためであるか、で大いに変わってくるがな」 「俺も、あんたみたいに解りやすくて物凄い能力があれば良かったよ。こんな、使いづらいのじゃなくてよ」 虎鉄は猪口を揺らし、とぷんと波打った泡盛を猪口ごと鋼鉄化させた。 「大義名分だってそうだ。俺達には信念はあるが、絶対的な正義なんてものはない。竜ヶ崎のクソ野郎は悪の中の 悪だと信じられるが、その周りにいるのはそうじゃない。いづるは俺の腹違いの妹で、露乃は下の娘で、波号…… はまだ本名を知らんが、あの子も被害者だ。主任、というか、一ノ瀬真波も嫌な女だが被害者には違いない。山吹も 田村も、竜ヶ崎の正体を知らずに使役されている自衛隊も、詭弁に乗せられて資金をじゃぶじゃぶ注ぎ込んでくる 政府も政治家共も、誰も彼もがそうだ。俺と溶子が黙ってさえいれば、上手くいくことだってあるだろう。インベーダー という目に見えた敵が存在していることで、ここ五六十年近く、国家は今までにないほどまとまっている。外交だって 割と調子良くやれている。だが、それは紀乃や次郎や皆が犠牲になっているから出来たことであって、本当の利益 なんかじゃない。そう思うからこそ、俺と溶子は戦うと決めた。それなのに、俺は心の端っこでビビってやがる。国と 世界を敵に回して、家族を守るだけの根性が自分にあるのかどうか、ってな」 「虎鉄よ。それこそが正義なのだ。己の覚悟を疑うな、力はあるものだと信じれば自然と生まれてくる!」 パワーイーグルは虎鉄の傷だらけのヘルメットを小突き、バトルマスクの下でにっと笑った。 「他の誰がどう言おうと、俺はお前の正義を認めよう。酒を酌み交わした仲だからな。なんだったら、お前の世界 とやらもこの俺が救ってやろうではないか。何、ものの五分も掛からんぞ、カット数も最低限で済む!」 「最後の意味はまるで解らんが、その気持ちだけはありがたく頂くよ。クソ野郎は、俺達の手で倒すべきだ」 虎鉄がパワーイーグルに手を差し伸べると、パワーイーグルは虎鉄の手を掴んだ。 「うむ! それは大いに残念だ!」 パワーイーグルの握力は鋼鉄化させた手をものともせず、虎鉄は痛みのあまりに仰け反った。パワーイーグルは すぐに手を離して椅子に座り直したが、虎鉄は悶え苦しむ羽目になった。よろけつつ椅子に座り直したが、酒を飲む 気などまるで起きず、今にも砕け散りそうな右手を下げているだけで精一杯だった。ようやく痛みが落ち着いた頃、 虎鉄は飲みかけのオリオンビールの入ったジョッキに手を伸ばすと、ジョッキに映り込んだ景色が歪んだ。何事かと 振り向くと、虎鉄の影が膨れ上がって見知らぬ男が這いずり出してきた。酒を飲み過ぎたから幻覚でも見たのかと 目を瞬かせるが、確かにそれは存在している。時代掛かった軍服を着ている二十代後半程度の男で、長い黒髪を 太い三つ編みにして肩から垂らしている。桟橋の板に爪を引っ掛け、階級章の付いた袖を擦り、黒い革のブーツで どっかりと桟橋を踏み締めて立ち上がると、虎鉄以外の者もその男を認識した。一番驚いたのがギルディオスで、 その次がダニエルで、サイコロ状に切られたマンゴーを口に入れようとしていたマサヨシも硬直した。だが、虎鉄と パワーイーグルとゾゾにはこの男が誰なのかは一切解らなかったのできょとんとしていた。古めかしい丸メガネの奥で 澄んだ灰色の瞳が動き、ダニエルを捉えると、男はテーブルを乗り越えてダニエルに殴りかかった。 「てんめぇこの野郎ぉおおおおっ!」 「うおっ!?」 思い掛けないことにダニエルは心底驚き、反射的に念動力で男を阻むが、男はそれを容易く打ち破った。勢いを 余さず乗せた拳がダニエルに向かい、その横っ面に真っ直ぐ打ち込まれる。当然、ダニエルは吹っ飛んだが、男も 勢いを殺しきれずに桟橋から落下した。横転しながら桟橋に倒れたダニエルは、頬を押さえて混乱しながら海面 を窺うと、泡立った海面から不機嫌極まる形相の男が浮かび上がり、テーブルの傍に足を下ろした。 「おやおや、これはこれは」 ゾゾがきょとんとすると、虎鉄は恐る恐る尋ねた。 「あいつ、誰だ? 招待客の一人か?」 「いえいえ、そんなことはありませんよ。私がお呼び立てしたのは、あなた方だけなのですから。それに、この次元は 皆さんが存在している次元に接触していますし、本来あるべき次元に酷似したものではありますが、並列空間にも 等しい世界ですので、観測することすら難しいんですよ。ですので、最低限でもワンに等しい演算能力と多次元宇宙 空間観測能力も必要ですし、物理的な肉体を構成するための生体情報を転送するだけでも大変なはずなのですが、 おかしいですねぇ……」 ゾゾが単眼を丸めていると、黒髪の男は存分に水を吸った三つ編みを払って海水を飛ばし、胸を張った。 「おかしくもなんともねぇの! だって、俺は俺だから! いちいち説明するのも面倒臭いけど、説明しなきゃしないで アレだから今回だけは特別に説明してやる! 俺は死んだ時に魂も肉体もダメになっちまったけど、ブリガドーンが 吹っ飛んだ時に発生した膨大な魔力波のおかげで意識が外宇宙に飛び出して、別次元の俺に接触したんだよ! そっちの俺の名前はグレン・ルーね! で、そのグレン・ルーが、お前らが楽しく宴会している並列空間を観測して 教えてくれた挙げ句、そこの鉄塊男の存在している次元を経由させて俺を転送してくれたんだ! どうだ凄いだろ、 凄いと言えよ、言わなかったら全員の魂を引き摺り出して面白可笑しい呪いを掛けてやるからな!」 誇らしげに高笑いする黒髪の男に、ギルディオスはやる気なく拍手した。 「あー凄い凄い。で、何しに来たんだ、グレイス。いきなりダニーを殴るんじゃねぇよ」 「全くだ」 ダニエルは強かに殴り付けられた頬を手の甲で拭うと、男、グレイス・ルーはむくれた。 「だって、嫌なんだもん。こんな根暗で脳筋な軍隊野郎と親戚になるなんてさぁ」 「……はぁ?」 ダニエルが面食らうと、グレイスは指を弾いて海水を服から分離させて乾かした後、ダニエルに詰め寄る。 「あのね、俺はちょっとだけ未来の俺から色んなことを教えてもらったの。あんたがこれからどうなるか、ってことには 別に面白味もなんとも感じないから話さないけど、腹の底から面白くねぇことを知っちまったんだよ! 残留思念 の俺からも逐一教えてもらっちゃったんだよ! お前の馬鹿息子なんか、俺とロザリアのお姫様に釣り合うわけが ねぇだろうがぁーっ!」 グレイスはおもむろにダニエルの胸倉を掴むと、綺麗に背負い投げをして海に放り込んだ。ダニエルは反射的に 念動力を張って落下速度を軽減させたが浮上までは出来ず、海中に没した。彼の体格に見合った水柱が上がり、 落ち着くと、全身に海水を滴らせたダニエルは怒りと戸惑いを混在させながら、浅瀬を歩いて砂浜まで戻ってきた。 一気に酔いが吹き飛んでしまったらしく、ダニエルは険しい眼差しで桟橋に立つグレイスを見上げた。 「何を言っているのか、まるで解らんのだが」 「ええと、つまり、だな」 事の次第を傍観していたマサヨシは、殺気立ったグレイスとずぶ濡れのダニエルを見比べた。 「そこの星間犯罪者の娘さんと、ダニエルの息子さんが、結婚するってことじゃないのか?」 「え、え、えええええー……?」 ギルディオスが首が転げ落ちそうなほど捻ると、ダニエルは目を剥いた。 「有り得ない……」 「俺だってそう思うし、そうであってほしいなーって願って止まないんだけどさぁ、別次元の俺が言うにはどの次元の 宇宙を観測してもそんな結果にしかならないんだってさぁ。マジで腹立つぅ」 子供のように唇を尖らせるグレイスに、ダニエルはよろめきながら駆け寄ってくる。 「頼む、嘘だと言ってくれ! 私もお前なんかと親戚になりたいとは思わん!」 「生憎嘘じゃねぇ! フィフィリアンヌの末裔の小娘とくっつけばよかったのに、あの小娘ってば先祖に似てゲテモノ 趣味だから頭の足りない鳥野郎なんかとくっついちゃうしよ! ああ嫌だったら嫌だ、ダニエルなんかと収穫祭やら 聖誕祭やら年始を祝わなきゃならないなんて、考えただけで寒気がするぅ!」 「それは私が言うべきことだ! お前のような穢らわしい呪術師の娘など、私の家族に加えたくもない!」 ダニエルがグレイスの胸倉を掴んで揺さぶると、グレイスは負けじとダニエルの襟首を握り締める。 「ああ言ったなぁ!? 俺はともかくとして、ロザリアとヴィクトリアを悪く言うのだけは許さねぇんだからなぁ!」 「まあ待て、御両人」 グレイスとダニエルを力任せに引き離したパワーイーグルは、げんなりしているギルディオスに向いた。 「ギルディオスよ。とりあえず、争いを諌めるために大気圏まで放り上げてしまうかね?」 「そこまでする必要はねぇよ。だが、どっちも筋違いなことばっかり言いやがって。自分の子供が誰と結婚しようと、 子供の自由じゃねぇかよ。親がしゃしゃり出ていいのは、子供がちっこい時だけだ。むしろ、立派に成長してくれた ことを素直に祝ってやれよ。でねぇと、ロイズもだがヴィクトリアはお前を心底恨むぞ、グレイス?」 ギルディオスはグレイスに近付くと、にやにやした。グレイスはパワーイーグルの腕から逃れ、言い返す。 「そんなことねぇよ! 可愛い可愛い可愛いヴィクトリアちゃんは未来永劫御父様が大好きなんだから!」 「あー……そんなことはないぞ、うん」 マサヨシは苦笑しながら腰を上げ、オリオンビールが満ちたジョッキをグレイスに差し伸べた。 「何を根拠にそんなことを言いやがる、青二才の特異点が」 そう言いつつも、グレイスはジョッキを受け取って呷った。半分ほどを一息に飲んでから、更に捲し立てる。 「いいか、俺とロザリアの娘は正真正銘の美少女なの! マジでガチな超美少女! 親に似て趣味はアレだけど、 それも含めて超可愛いの! あの小さくて柔らかい手で拳銃とか扱っちゃうし、バルディッシュも魔法さえあれば 軽々と振り回せるし、斧の扱いなんてもう最高なの! しかも葬式装束で戦っちゃうんだぞ、葬式装束! 三つ編みと メガネでさ! その可愛さってば物凄ぇ破壊力なんだぜ!」 「それでも、娘は嫁に行くんだ」 マサヨシはしみじみと語り、グレイスの肩を叩いた。 「俺には娘が四人いて、そのうちの二番目の子と三番目の子は既に売約済みなんだ。二番目の子は機械生命体、 というか、俺の親友の意志のある巨大ロボと相思相愛で、三番目の子はオタクで旧人類なフルサイボーグと結婚 の約束を取り交わしているほどなんだ。実際、一度は結婚してやることをきっちりやったしな。一番上の子と末っ子は まだ解らんが、いずれどこぞの誰かと一緒になるだろう。その時は、子供の選択を信じてやるしかない。いくら親だ といっても、子供は別の人格を持っていて、全く別の人生を歩んでいる、一人の人間なんだ。それを邪魔するのは 親心でもなんでもない、ただの」 と、そこで不意にマサヨシの言葉が途切れた。次の瞬間、半泣きのグレイスはマサヨシを魔法で吹き飛ばして海に 放り投げ、桟橋から飛び降りると、聞くに堪えない文句を並べながら砂浜を駆けていった。そんなことない、うちの 娘に限って、などと繰り返しながら逃げていくグレイスの後ろ姿は恐ろしく情けなかった。海に浮かびながら呆然と しているマサヨシをギルディオスが助け出し、桟橋に引っ張り上げると、マサヨシは心底げんなりしていた。 パワーイーグルはグレイスを連れ戻そうか、と言ってくれたが、ギルディオスは宴会を中断させたくないのでそれを 丁重に断った。グレイスのせいでずぶ濡れになったダニエルとマサヨシのために、ゾゾは一旦集落に戻って、鮫島 甚平の着替えとして用意してある作業着とアダンの葉で編んだ草履を二足持ってきた。ダニエルとマサヨシはそれに 着替えてから、一度冷めてしまった酔いを取り戻すために飲み直すことにした。それから小一時間後、泣き喚きながら 走るうちに忌部島を一周したらしく、ぐずりながらグレイスが戻ってきた。無駄な感情と体力を発散したおかげで多少は 気持ちが落ち着いたのか、すっきりした面持ちのグレイスは宴席に割り込んで酒を要求してきた。 図らずも人数が増えてしまった。 11 3/5 |