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父親達の挽歌



「第一回! チキチキ俺の嫁自慢選手権ー! ドンドンパフパフー!」

 散々走り回ったせいですぐ酔いが回ったグレイスは、ジョッキを突き上げて奇声を発した。唐突な上に古臭い言い 回しにぎょっとした虎鉄がビールを飲み損ねてひとしきり噎せると、他の面々も変な反応を示した。ギルディオスは 肩を怒らせて笑いを堪え、パワーイーグルはやや間を置いてから噴き出し、マサヨシとダニエルは冷めた顔になり、 ゾゾはにこにこしていた。ギルディオスとダニエルから自己紹介の際に受けた説明に寄れば、ギルディオスらの住む 世界は地球で言うところの中世から産業革命時代であり、彼らが生まれ育った共和国はイギリスとフランスと若干の ドイツの国土を混ぜたような国で、文化もそれほど遠いものではないらしい。だが、グレイスの言動はそんな時代を 生き延びてきた人間らしからぬものであり、恐るべき能力の呪術師という肩書きからも懸け離れていて、見た目と 言動の軽さでただの若者にしか見えなかった。もっとも、その語彙は昭和の匂いがするのだが。

「てぇわけで、まず最初に自慢するのはお前だ!」

 と、グレイスがジョッキで示したのは、なぜか虎鉄だった。虎鉄は更に咳き込んでから、戸惑う。

「な、なんで俺なんだ?」

「見たことねぇ野郎だし、能力も面白そうだし、だから嫁の話も面白いんじゃねぇかなーって。それだけ!」

 けらけらと笑いながら椅子に座り直したグレイスは、ゾゾから渡された新しいジョッキに口を付けた。

「ちゃんと嫁自慢してくれなかったら、そこら辺の虫と魂を入れ替えちゃうからな!」

「嘘だろ?」

 虎鉄が半笑いになってギルディオスに向くと、ギルディオスは首を竦めた。

「あいつに限って、それはねぇよ。だから、今のところは素直に言うことを聞いてやれ。まあ、俺もあんたの嫁さんが どういう女なのかを知りてぇってのもあるがよ」

「どうせ夜は長いんだ」

 作業着の余った袖を肘まで捲り上げているマサヨシは、混乱が一巡りしたせいでやけに落ち着いていた。虎鉄は 愛妻のことを見知らぬ男達に話すべきか否かをしばらく迷ったが、腹を括った。どうせ、話したところで大した問題にも なるまい。ジョッキに残っていたビールを全て呷ってから、ヘルメットを押し上げて口元を拭い、一息吐いた。

「俺の嫁さんは、俺と似たような境遇の生まれでな。だから、変な能力があるんだ。俺の場合は触った物体を鋼鉄に 変化させるものだが、溶子はその逆でどろどろに溶かしちまうんだ。それがあるから溶子は溶子なんだが、それさえ なければ、って思うことはいくらでもあってなぁ……」

 若かりし頃の記憶を掘り起こした虎鉄は、愛妻の顔を思い浮かべた、

「溶子は可愛い。もうすんごい可愛い。顔はちょっと丸顔だけど、目はくりっとしているし、口元なんか蕾みたいだし、 背は割と高いがそこかしこがむっちりしているもんだから、どこも骨っぽくはなくて色っぽいんだよ。今の溶子は 俺と同じくクソ野郎と戦う道を選んでくれて、俺みたいに顔を隠して戦闘用のスーツを着ているんだが、それがまた 最高にエロいんだ。バイオスーツっていう溶子の能力をフル活用出来るシロモノなんだが、白くて艶々でな、溶子の体に ぴったり貼り付くんだ。いいか、胸も尻も太股もたっぷんな女の体にだ、透けそうなぐらい薄い布地が貼り付くん だぞ、胸にも尻にも太股にも。もちろん、股間にもだぞ。ラインの出ない下着を付けているんだが、そのラインがたまに うっすらと浮かび上がる時もあってな、それはそれで最高だ。訳あって溶子もヘルメットで素顔を隠しているんだが、 いつもより化粧が濃いもんだから口紅の色もどぎつくて、真っ白なスーツを着ているから口元が目立つ目立つ。 お前らにも溶子の実物を見せたいような気もするが、いや、やめとこう。本気で勿体ない」

 自分の話で弛緩した虎鉄に、マサヨシが若干複雑な顔をした。

「だが、虎鉄の嫁さんがそのスーツを着るのは、その、クソ野郎とやらの命令の下で動く時だろう? つまりは任務の 真っ最中じゃないか。いくら自分の嫁さんでも、そんな時にそういう目で見るのは」

「じゃあ、マサヨシは自分の嫁が特撮みたいな全身スーツを着て目の前に現れたら、我慢出来るのか」

 真顔で問い質してきた虎鉄に、マサヨシは閉口した。虎鉄の言わんとするところは解らないでもないが、サチコが そんな格好をするはずもない。スペースファイターのパイロットであれば体に貼り付くパイロットスーツを着用する 可能性はあるだろうが、サチコは研究員でありオペレーターだった。せいぜい制服の上に白衣を着るぐらいだ。だが、 化粧気も薄ければ女っ気も薄いサチコのタイトスカートから伸びる、ストッキングに包まれたすらりと長い足を脳裏に 思い浮かべてみると、虎鉄の気持ちが嫌と言うほど理解出来た。むしろ、我慢しろという方が。

「無理だな」

 ものの数秒で前言を撤回したマサヨシに、虎鉄は満足げに頷いた。

「だろ?」

「で、そのエロ可愛い嫁さんの欠点とは、その液状化能力にあるのだな?」

 大皿に残っていた料理を掻き込んでいるパワーイーグルに急かされ、虎鉄は話を続けた。

「ああ、そうなんだ。溶子は俺以上に厄介な能力で、触ったものをなんでも溶かしちまうんだ。今でこそ、訓練に訓練を 重ねたおかげである程度は制御出来るようになったんだが、若い頃はそうじゃなかったんだ。だから、家事をする と大体は失敗してな。洗濯をすりゃ服が溶けて、掃除をすれば道具が溶けて、洗い物をすれば食器が溶けて、当然 料理をすれば食材がドロッドロになっちまったんだ。手袋をしてみても今度はその手袋が溶けて混じったり、包丁が 溶けて料理以前の問題だったりと、まあ、大変だったんだよ。だが、それは俺も似たようなもんで、俺も事ある事に 周りのものをガチガチに固めてばっかりだったから、おあいこっちゃおあいこだったんだよ。けど、一番困ったのが 仕事場で弁当を食う時でな。溶子が何を入れてくれようとも、蓋を開けると中身はゲル状なんだ。しかも、しかもだ、 仕切りが緩いもんだから、白飯とおかずと漬け物と果物とが一緒くたになっちまって」

「要するにゲロだな」

 グレイスが身も蓋もないことを言い放つと、虎鉄はテーブルに崩れ落ちた。

「そうなんだぁ! 味はそれなりなんだが、見た目が悪すぎたんだぁっ! 腹を括って啜った時もあったが、人として 大事な何かを捨てたような気がした! だが、弁当を捨てるともっと大事なものを捨てるような気がしたんだ!」

「これは果たして嫁の自慢なのか?」

 ダニエルが渋面を作ると、マサヨシは答えた。

「自慢だろうさ。それでも嫁さんが好きってことなんだから」

「そうだ、好きだ、大好きだ、俺は溶子を愛している。でもって、二人の娘も愛している。だから俺は戦うんだ」

 一瞬で気力を取り戻した虎鉄は、マサヨシを指した。 

「だったら次はマサヨシだ! 話さなかったらお前の脳を鋼鉄化させて生体電流を読み取るからな! ゾゾが!」

「……しませんよね?」

 マサヨシがゾゾに振り向くと、パワーイーグルが次々に平らげる大皿を重ねながら、ゾゾはにんまりした。

「うふふふふふ」

 単眼の異星人が浮かべた真意の見えない笑みに、一抹の不安が過ぎったマサヨシは、皆から期待が込められた 視線が注がれているということもあって話すことにした。だが、いざ話そうとしても、サチコに関する思い出は複雑な ものばかりだ。サチコの生まれにしても厄介極まる。マサヨシが出会い、結婚したのは新人類の生体改造体である サチコ・パーカーだが、そのサチコの元となったのはマサヨシが事故で死亡した妻のサチコに会いたいがあまりに 作り出したナビゲートコンピューターのサチコであり、どちらが鳥か卵か、未だに決めかねているほどだ。その上、 サチコの意識は地球規模の生体コンピューターであるアニムスと同化していて、多次元宇宙を認識し続けている。 だから、今もどこぞの次元から、サチコはマサヨシを見守っていることだろう。それが嬉しい反面、どこのサチコから 話すべきなのか迷ってしまう。数分間考えた後、マサヨシは口を開いた。

「俺の妻のサチコは、紆余曲折を経て地球と同等の質量を持った惑星型戦艦の生体コンピューターになったんだ。 だから、正直言って俺は虎鉄のような立場が羨ましい。だって、別次元の地球だぞ、地球。俺だって普通にサチコに 対して欲情したい、普通の人間だった頃の思い出で色々と溜まるものをどうにかしたい、だが、地球なんだよ!」

 こんなことを喋るつもりではなかったのだが、思いの外酔っていたらしい。マサヨシは腰を浮かせる。

「俺の生きている時代では、地球は一千年近く前の核戦争で海が蒸発し尽くして焦土に覆われて放射能まみれで 砂嵐が吹き荒れているが、それでも地球は地球なんだよ! 俺だって多少なりとも愛着を感じるし、地球がサチコが 俺達の宇宙に存在している姿だと思うと愛しくもなる! だが、俺の嫁なんだぞ、サチコは! サチコは俺が最初で 最後の相手だったから、サチコの良いところは俺しか知らないんだ! 母親としてのサチコは娘達は知っているが、 女としてのサチコを知っているのはどの宇宙でも俺一人だ! そう思うと、なんかこうやるせなくなるんだよ!」

 力のない拳でテーブルを殴り付け、マサヨシは自分の言葉で煽られるがままに語る。

「俺は地球に欲情したいわけじゃない、サチコに欲情したいんだよ! だが、サチコは今や地球だ! だから、俺は もうどっちに欲情すべきなのか解らなくなってきたんだ! だが愛しているんだ、サチコだから!」

「うむ、それは複雑だな」

 パワーイーグルがもっともらしく頷くが、ギルディオスはごりごりとヘルムを引っ掻いた。

「まるで意味が解らん……」

「ちょっと酒を抜いてくる。俺も自分がおかしいと思ってしまった」

 マサヨシは頭を軽く振ってから、宴席を離れた。その後ろ姿は弱々しく、姿勢も心なしか頼りなかった。ダニエルは マサヨシを支えてやろうかと腰を浮かせかけたが、気持ちを落ち着けるには一人でいた方が良いだろうと思い直し、 腰を下ろした。すると、パワーイーグルがおもむろにダニエルを指した。

「では、次はダニエルに語ってもらおうではないか。話さなければ、俺のパワーナックルをゼロ距離で」

「それだけは止めてくれ、命に関わる」

 ダニエルはパワーイーグルを制したが、そう簡単に話し出せるものでもなかった。妻であるフローレンスを心から 愛して止まないが、愛すれば愛するほどに照れ臭くなってくる。思い返してみれば、フローレンスが生きている間に 何度愛していると言えたことだろう。共和国が崩壊しているので届は出せず、指輪も贈れず、廃墟の教会で契りを 結んだだけの結婚を果たした後と、フローレンスが苦しみ抜いてロイズを産み落とした時と、フローレンスが何者かの 手で命を絶たれ、物言わぬ屍と化した後ぐらいなものだった。それを思い返した途端、ダニエルは無性に自分が 情けなくなってきた。目頭を押さえたダニエルは、ぐっと声を詰まらせた。

「フローレンスは、私の妻となって本当に幸せだったのだろうか。あれほどの器量の女だ、異能力さえ上手く封じて やれれば、いくらでも男から言い寄られたことだろう。機械油にまみれるのではなく、化粧をして香水を吹き付けて 礼儀作法を覚えれば、上流階級の貴婦人にも引けは取らん。だが、フローレンスは私の傍で戦うことを選んだ末に あのような末路を辿ってしまった。挙げ句、忘れ形見のロイズも守り通せぬ始末だ。私は私が腹立たしい」

「そんなに美人なのかね、彼の細君は」

 パワーイーグルがギルディオスに問うと、ギルディオスは笑った。 

「そりゃあな。青い瞳と長い金髪が綺麗でよ、人懐っこい顔で笑う女なんだ」

「でもさー、お前がフローレンスを孕ませたのって戦場でだろ? どうやって?」

 グレイスが不躾な質問を投げ掛けると、悲哀な追憶から一気に引き摺り下ろされたダニエルは身を引いた。

「それについて、お前如きに説明する義理はない!」

「ああ、それは俺もちょっと不思議に思っていた。だって、異能部隊の連中と十年も行動を共にしていたわけだろ?  当然、寝起きする場所も他の男連中と一緒だったわけだし、連合軍に攻め入られて国中がしっちゃかめっちゃか で、魔導師協会の残党だってうろついていたわけだし、子供を仕込む余裕なんてねぇよなーって」

 ギルディオスが珍しくグレイスに同意すると、ダニエルはしばらく口籠もっていたが、言い返した。

「仕方なかったんだ! 私とて人間だ、抑えが効かなくなる時もある! あの日は連合軍から大量の物資を奪取した ばかりか、比較的住居の状態が良好な農村を発見し、私も含めた全員で川の水で体を洗い流した! 家畜小屋で 生き延びていた家畜を処理してまともな肉を食い、少しばかりの酒も飲み、部隊全体の士気も上がった! しかし、 それが油断に繋がりかねないと判断した私は見張りを買って出た、フローレンスも同じ考えだった! ただ単純に 私の傍にいたがっただけなのかもしれないが! だが、その夜に限って連合軍は何の動きも見せなかったんだ!  おまけにフローレンスは、道中の廃墟で拾ってきた口紅なんか薄く差していてだなぁっ!」

「あー……それは我慢しきれんな、ダニーでも」

 息を荒げて表情を崩したダニエルの肩に手を添え、ギルディオスは納得した。

「光源は月明かりだけだった。清い水で体を洗い流していたフローレンスは、今までにないほど濃い女の匂いが していて、だな。すまん、これ以上は無理だ。本当に無理だ。許してくれ」

 ダニエルは色素の濃い顔でも解るほど頬を紅潮させ、目元を覆い隠した。

「で、どこで産ませたわけ?」

 グレイスがしれっと続きを乞うと、パワーイーグルがその後頭部を引っぱたいた。

「正義の制裁っ!」

「いってぇーなぁ、何しやがる!」

 グレイスはむっとしながらパワーイーグルを睨むと、パワーイーグルは大胸筋が張り詰めた胸を反らした。

「俺は鳩子を愛しているっ! 実際っ、鳩子のために地球はもとい宇宙を救ったことも数知れずっ! 鳩子以外の 女に欲情したことは一度もないっ! というか、欲情したら一瞬で蒸発させられるっ! 出会った頃の十七歳の鳩子 はそりゃもうこの世のものとは思えぬほどの美少女だったがっ、今は今で最高の美女だっ! だがっ、あんまり綺麗 すぎたもんで出会ってから三年近く手を出せなかったっ! 結果っ、半泣きで乗っかられたっ! おかげでこの世に 速人が誕生しっ、でもって美花も誕生したっ!」

「こんなに暑苦しいおっさんなのに、意外と奥手なんだなぁ」

 ギルディオスが率直な感想を述べると、パワーイーグルは両手でマスクを覆い、巨躯を縮めた。

「だって本当に綺麗すぎたんだっ! 俺なんかが触ると壊れるんじゃないかと心配になってしまったのだっ!」

「じゃ、次はグレイスな。ロザリアの惚気なんかタカが知れてるけど、一応」

 ギルディオスがいい加減な手付きでグレイスを指すと、グレイスは唇を曲げた。

「ちったぁ期待してくれてもいいじゃんかよぉ、俺とロザリアの血生臭い愛の営みを。ええとな、ロザリアは殺戮と射撃と 俺を愛して止まない元刑事の美女でね、退屈と家事が大嫌いなんだよ。おかげでさー、俺が適当な呪術の仕事で 留守にしている間も外に出ては殺人を繰り返しちゃって、後処理が面倒なんだよね。でも、殺すだけ殺した後はもう とろっとろでさ。態度も下の口もね。それがどうにも病み付きになっちゃって、拳銃もだけど弾丸も山ほど掻き集めて やったのね。そしたらもう、すっごいの。で、ヴィクトリアがね」

「ああ充分だ、どうもありがとよ!」

 ギルディオスはだらしなく笑っているグレイスに、捻りを加えた回し蹴りを盛大に叩き込んだ。直後、グレイスの体は 薙ぎ払われて海に放り込まれ、高々と水柱が上がった。グレイスの姿が見えなくなってから、ギルディオスは足を 下ろして一息吐いた。グレイスを蹴り飛ばした足を拭うように板に擦り付けてから、両手を上向けた。

「やっかましいったらありゃしねぇ。だが、これでちったぁ静かに酒を飲めるだろ」

「この際だから聞いておくが、ギルディオスの嫁さんはどんな人だったんだ?」

 グレイスが落下した海面とギルディオスを見比べながら虎鉄が尋ねると、ギルディオスはマスクを掻いた。

「んー、メアリーか? すんげぇいい女だったぜ。だが、他人の嫁さんと比べるようなもんじゃねぇよ。俺のメアリーは メアリーであって、虎鉄の嫁さんは虎鉄の嫁さんだ。当人同士が幸せなら、弁当がゲロでも、地球になっちまっても、 精神感応能力者でも、一瞬で旦那を蒸発させる力があっても、殺人鬼……なのはさすがにどうかと思うがよ、外野が ごちゃごちゃ言うことでもねぇよ」

「あんた、いい人だなぁ」

 虎鉄が感嘆すると、ギルディオスは照れた。

「止せやい、俺なんか褒めたってなんにも出ねぇぞ」

「では、そろそろデザートをお出ししましょうか。マサヨシさんも戻ってきたようですしね」

 ゾゾは大量の皿を積み重ねた盆を軽々と持ち上げ、足早に桟橋から出ていった。その言葉通り、西日が僅かに 差す波打ち際にはマサヨシの姿があった。サチコに対する複雑な愛情を処理出来たのかどうかは定かではないが、 顔付きからは少々酔いが抜けていた。赤面しすぎて目眩がしてきたらしく、ダニエルはテーブルに突っ伏した。 パワーイーグルはしきりに愛妻の名を叫びながら飛び出すと、意味もなく忌部島の上空をぐるぐると旋回していた。 ギルディオスも久し振りに熱を帯びた愛妻への愛情を感じ、魂を収めた魔導鉱石がじわりと熱くなってきた。だが、 今のところ、それを発散する術はない。見た目以上に酔っていたらしいグレイスは海面に浮かび上がってきたが、 波に揺られるままで動こうともしなかった。バスタードソードを振るって余力を晴らそうにも、パワーイーグルは当分 下りてきそうにないし、ダニエルを動かすのは酷で、マサヨシでは到底無理で、虎鉄も強かに酔っているのでそんな ことはさせられない。かといって、宴会の支度で忙しく働いているゾゾに頼むわけにもいくまい。
 だから、今は大人しくしているしかない。酒は飲めなくとも、皆が酔う様で気分だけは高ぶっていたギルディオスは 魔導鉱石の熱と南国の熱波で程良く火照った全身鎧を冷ますべく、潮風を浴びた。かつて異能部隊の基地が存在 していた海峡から吹き付ける風とは、潮の匂いも湿り気も温度も異なっているが、どことなく懐かしいと思えた。赤い 頭飾りと腰までしかない丈の短いマントを翻しながら、ギルディオスは意味もなく腕を組んだ。
 しばらくして、ゾゾがプリンとアイスクリームの盛り合わせを運んできた。





 



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