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路地裏ガールズトーク



 大いに嘆け、盤上の少女達よ。


 《お茶会のお知らせ》
 つばめの手元には、そう書かれた便箋があった。ほのかなピンク色の洒落たデザインの封筒には、これまた洒落た レースの縁取りの便箋が収められていて、そのお茶会とやらを開く店の地図は、日時と共に手書きで記載されて いた。店の名前は第三帝国喫茶・ラングステとあり、怪しさしか感じられなかった。

「第三帝国……」

 その店では指導者の肖像画にハイルなんたらと挙手しなければならないのか、店員は鍵十字の制服を着ている のか、とつばめの脳裏には嫌な想像が駆け巡った。手紙に入っていたのはこの便箋一枚だけで、お茶会の主催者 が誰かも書いていないし、他のメンバーも解らないのだから、怪しさは更に増す。いっそのこと帰ってしまおうか、と 思ったが、その第三帝国喫茶・ラングステは目の前にある。
 年季の入った木製の看板には、案の定、あの鍵十字が刻まれていた。その下には、恐らくドイツ語であろう文字 もあったが、英語ですらも覚束無いつばめには読み取れなかった。だが、つばめはどこをどう歩いてこの喫茶店に 辿り着いたのか、まるで思い出せなかった。ふと気付くと、この手紙を握り締めて、濃密な霧が立ち込める路地裏に 立ち尽くしていたからだ。赤茶けたレンガ造りの建物が密集していて、湿っぽい空気は灰と鉄の焼ける匂いが僅か に混じっており、足元はアスファルトやコンクリートではなく石畳だった。日本ではないようだが、つばめが今し方まで いたのは日本の片田舎である船島集落であり、生まれてこの方海外旅行などしたことがないので、絵に描いたような 異国を味わうのは初めてだった。だが、好奇心よりも畏怖が先立ち、つばめは辺りを見回した。

「コジロウ、いない、よね?」

 不安に駆られたつばめはあの忠実で堅実な警官ロボットの姿を探すが、どこにも見当たらない。制服のポケット から携帯電話を取り出してみるが、圏外だった。物は試しと手当たり次第に電話を掛けてみるが、誰にも繋がらず、 無機質な電子合成音声だけが返ってきた。バッテリー残量も心許ないので、いざという時に使えなくなったら困ると 判断してつばめは透き通ったガラス板状の携帯電話の電源を切り、ポケットに戻した。
 こうなれば、腹を括って目の前に喫茶店に入ってみるしかない。つばめは一度深呼吸し、クセ毛のせいで毛先が 跳ね放題のツインテールをちょっと撫で付けてから、磨りガラスの填ったドアの真鍮製のハンドルを掴んで引いた。 途端にからんころんと軽やかなベルの音が鳴り、声を掛けられた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 品のある仕草で一礼してきたのは、人型の甲殻類だった。落ち着いたベージュ色の外骨格を備え、頭部は半楕円 を半分に切ったような形状で、口元からはストロー状のものが生えている。フジワラ製薬の怪人だろうか、とつばめ は反射的に身構えたが、それにしては格好が妙だった。ギャルソンのような黒のエプロンを付けていたからだ。

「お席はこちらに御用意しておりますので、どうぞ」

 その怪人がしなやかな手付きで示してきたのは、窓際の丸テーブルだった。つばめは手紙と甲殻類怪人を何度も 見比べていると、彼はきちりと細長い口を動かした。笑ったのかもしれない。

「その御手紙を差し上げたのは私ですよ、御客様」

「え? あ、じゃあ、この店って」

 つばめが面食らうと、甲殻類怪人は厚い胸に手を添えた。

「ええ、そうですとも。私はこの店を経営しております、しがないカブトエビ怪人のレピデュルスと申します。本日は、 本店で心行くまで人生の余暇をお楽しみ下さいませ」

「怪人、ってことはやっぱりあれですか、フジワラ製薬がアソウギで作った」

「いえいえ、そのようなことはございません。私はある日突然この世に産まれ落ちた、正真正銘、天然物の怪人に ございます故、つばめさんが仰ったような道具によって生まれた存在ではございません。ですので、御安心を」

「でも、怪人なんですよね?」

「怪人だからといって、常日頃から人間に危害を加えるわけではありませんよ。確かに私は悪の秘密結社に所属 する怪人ではございますが、私がそのような行動を取るのは主人から命じられた時だけですとも。ですので、どうか お気を楽になさって下さい。他の御客様がいらっしゃるまではまだ御時間がありますから、先に温かいお飲み物を お出しいたしましょう。コーヒーにいたしますか、それとも紅茶がよろしいですか」

「カフェオレって出来ますか」

「ええ、もちろんですとも。お砂糖はどのようにいたしましょうか?」

「ちょっと甘いのがいいです」

「では、そのようにいたしますので、お待ち下さいませ」

 再度一礼した後、レピデュルスはつばめを席に案内してくれた。それから、彼はカウンターの奥の厨房に消えた。 つばめは糊の効いた白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルに座ろうとしたが、席には名札が置かれていた。 佐々木つばめ様、これは自分である。それ以外の名札は、野々宮美花様、兜森繭様、斎子紀乃様、サチコ様、チヨ 様、ヴィクトリア・ルー様、とあった。全員女性である。つまりこれは、世に聞くアレなのだろうか。

「もしかして、女子会ってやつ?」

 つばめは自分の席に着いてから、独り言を零した。それから程なくして、レピデュルスが銀色の盆に湯気の昇る カップを載せてやってきた。大きめのカップにミルクが多めのカフェオレが充ち満ちていて、一口サイズのクッキーの 入った小皿まで付いていた。カフェオレはつばめの注文通りの味で、コーヒーの香りとミルクのまろやかさが程良い 甘さで引き立っていた。豊かなバターの香りがするクッキーも歯応えが軽やかで、食べ終えるのが勿体ない。

「今日のお茶会には他にも御婦人方をお招きいたしたのですが、皆様、御都合が合わないとのことでしたので」

 レピデュルスの言葉に、つばめは聞き返した。

「他にもいるんですか」

「ええ、もちろんですとも。最初にお誘い申し上げました美空由佳様は、ライターの御仕事が忙しいとのことでお断り されました。続いて鈴木礼子様も、とても重要な任務を抜け出せないとのことで。その次に、フィフィーナリリアンヌ・ ロバート・アンジェリーナ・ドラグーン・ストレイン様は、魔導師協会の事後処理が終わらないからまた今度にする、 とのことでした。その次に、フィリオラ・ヴァトラス様は二人目の御子様が生まれたばかりで子育てが忙しいと仰って おりました。その次に、白金百合子様は結婚式の準備で手一杯で時間が取れないからと。その次に、アリシア・スプ リングフィールド様は全く別の次元宇宙に意識をシフトするためには膨大なエネルギーを浪費してしまうので行くに 行けない、とのことでした」

「なんか、最後の人だけ理由が仰々しくないですか」

「それは仕方ありませんよ。アリシア様は、紆余曲折を経て量子コンピューターになられたのですから」

「いいんですか、こんなところでいきなり結末をぶちまけて」

「この手の小話をお読みになるほど物好きな方は、その程度の情報は御存知だと踏んでおりますので」

「初っ端からメタですね」

「メタを楽しむのもまた、この手の小話の醍醐味ではないかと思いましてね」

 と、つばめが怪人の給仕と言葉を交わしていると、からんころんと再びベルが鳴った。すかさず、レピデュルスは 新たな客を出迎えに行った。第三帝国喫茶の名に相応しい鍵十字の旗が下がった壁を背にして立っているのは、 半袖のセーラー服を着た少女だった。黒髪を一括りにして後頭部で結んでいて、袖の下から垣間見えた二の腕の 肌色が少し薄かったので、日焼けしているようだった。レピデュルスがつばめの時と同じ仕草で出迎えると、少女 もまたぎょっとしたらしく、身動いだ。途端に、局地的な突風が吹き抜けた。
 ガラスが一斉に揺れてカーテンが捲れ上がり、食べかけのクッキーやカフェオレも空中に舞い上がった。このまま では半分も飲んでいなかったカフェオレを被ってしまう、とつばめが後退ろうとするが、そのカフェオレは空中で凝固 していた。横倒しになって浮き上がったカップから零れた形を保ち、浮かんでいる。つばめが何事かと絶句していると、 少女は軽く体を浮かばせながら、つばめの元にやってきた。

「あーあ、やっちゃった。最近は大分安定してきたと思ったんだけど、驚くとダメだなぁ」

 そう言いつつ、少女は指を曲げた。すると、カフェオレもクッキーも独りでに器に戻り、映像を逆再生するかのよう に元通りになった。少女は浮かんだまま椅子を引き、自分の席に座った。

「ああ、これ、サイコキネシス」

 斎子紀乃、と書かれた席に座った少女が事も無げに言ったので、つばめは思わず呟いた。

「そのまんますぎ」

「名は体を表す、ってことだよ。解りやすくていいじゃん」

 少女が明るく笑ったので、つばめは少し落ち着きを取り戻した。

「まあ、それはそうかも」

「で、あなたは、ああ、つばめちゃんね。よろしくね。私、斎子紀乃」

 紀乃に微笑みかけられ、つばめも笑い返す。

「こちらこそ。んで、紀乃さん、なんでお茶会に呼ばれたのかは」

「知らない知らない、そんなの。でも、たまにはいいかなーって。色々あって疲れちゃったし」

 紀乃は手を挙げ、レピデュルスにミルクティーを注文した。すかさず、レピデュルスは厨房に向かった。それからも 来客は次々に訪れて、席は埋まっていた。ちょっと気弱そうだが可愛らしい顔立ちのロングヘアの女子高生、これも また気弱そうだが表情がやたらと暗い小柄なボブカットの女子高生、左目を眼帯で覆った擦り切れた着物を着た 少女、目玉に似た金属製の球体、ゴシック調の黒いドレスを身に付けている人形じみた美貌の白人の少女。それ がお茶会のメンバーだった。一通り、自己紹介を終えた後、レピデュルスが注文を取りに来た。

「では、皆様、何をお持ちいたしましょうか」

 レピデュルスがにこやかに尋ねると、ロングヘアの女子高生、野々宮美花が困惑した。

「あの、レピデュルスさん、なんでこんなところでお店をしているんですか? ジャールの御仕事は? てか、そもそも この空間って何なんですか? レピデュルスさんの能力は、そういうのじゃないですよね?」

「良い御質問ですね、美花さん。さすがは我らが宿敵、純情戦士ミラキュルンです」

 レピデュルスはメニューを皆に配ってから、説明した。

「私は見ての通りのカブトエビ怪人であり、石化能力によって五億年もの膨大な年月を長らえております。その間に 私は地球上で起きたありとあらゆる出来事を見聞きし、ありとあらゆる文明と接し、ありとあらゆる世界と交わった 末に悪の秘密結社ジャールに身を落ち着けております。その莫大な経験を経る最中に、黄泉の世界、並列空間、 精神世界、異次元宇宙、と様々な名で呼ばれる世界の狭間に接する術を得たのです。そうですね、世間一般では 魔法と呼ぶべき技術です。特殊な方程式で精神エネルギーを変換して特定の固有振動波を与えて物理的法則に 作用を加え、ミルフィーユの如く重なり合った世界に小さな小さな風穴を開けたのですよ。そこに、この空間と私の 店を構えたというわけです。大神家に仕え、四天王の一員として世界征服に尽力するという日々はとても充実して いるのですが、私も時として一人の時間を楽しみたいと欲してしまうのです。そんな時に、こちらに来るのです」

「その魔法は禁書に記されているのかしら」

 黒衣の少女、ヴィクトリア・ルーが物憂げに伏せていた瞼を上げると、レピデュルスは答えた。

「そうですね……。私がこの技術を得たのは、ヴィクトリアさんが存じている竜族が繁栄していた頃のことですから、 精神エネルギーの製錬技術もまだ荒々しかった時代の産物です。なので、生憎ですが、ヴィクトリアさんの器には 収まりきらない技術だと思われます。魔法を操るために不可欠なのは、小手先の技術だけではありませんから」

「あらそう、不愉快なのだわ」

 ヴィクトリアが細い眉根を顰めて右手を挙げると突如斧が現れたが、レピデュルスはそれを容易く奪った。

「お茶会の席では、刃物は不要でしょうに」

「どうでもいいけど、私をさっさと帰してくれないかしら。ゼレイブみたいな田舎で大人しくしているのは退屈で退屈で たまらないけれど、こんな屑みたいな小娘達と席を共にするよりはマシなのだわ。それ以前に、なぜこのテーブル は円形なのかしら。私達に優劣を付けないためだとしたら、余計に腹立たしいのだわ」

 ヴィクトリアが毒突くと、不意に誰かの胃が収縮する音がした。その音源は、ボブカットの小柄な女子高生、兜森繭 だった。彼女は赤面するとメニューで顔を隠してしまったが、恐る恐る目を出し、レピデュルスを窺った。

「あの、お腹空いたので、注文してもいいですか?」

「ええ、もちろんですとも。何をお持ちいたしましょうか」

 レピデュルスが繭に近付くと、繭はメニューを広げて指し示した。

「えっと、じゃあ、このハンバーグステーキと、オニオンスープと、シュニッツェルと、ヴルストをお願いします」

「ハンバーグステーキにはライスをお付けしましょうか」

「あ、お願いします」

 繭が小さく一礼すると、レピデュルスは胸に手を添えて返礼する。

「では、そのようにいたしましょう。他の御客様の御注文もございますので、時間は掛かりますが」

「繭ちゃん、一度にそんなに食べられるの?」

 私でもちょっと厳しいよ、と美花が心配すると、繭は照れた。

「ええ、まあ。食べないと体が保たないから」

「私は紅茶とザッハトルテとバームクーヘンを頂こうかしら。バームクーヘンは丸のままで下さる?」

 ヴィクトリアの注文にレピデュルスは承諾したが、つばめはげんなりした。確かに洋菓子はおいしいが、そこまで 大量に食べると胃もたれすること間違いない。

「それじゃ、私はアプフェルクーヘンとコーヒーで。レピデュルスさんの御菓子、おいしいんだよなぁ」

 美花が声を弾ませると、紀乃も注文した。

「じゃ、私はこのケーゼトルテっていうか、チーズケーキ。で、紅茶も一緒に」

「んじゃ、私はババロアとコーヒーで」

 つばめも続いて注文すると、レピデュルスは頷いてから、着物姿の少女、チヨを窺った。

「チヨさんはいかがなさいますか?」

「う、うぅ」

 チヨは低く呻き、裸足の両足を擦り合わせながら背を丸め、テーブルに突っ伏した。

「おら、字ぃ読めねぇ……。そっけん、何が何なのかが解らねぇ……」

〈あらまあ、大変。それじゃ、教えてあげるわ〉

 眼球に似た機械、サチコがチヨの背後の滑り込むと、チヨは顔を上げた。

「だども」

〈見当違いのものを頼んで、食べられもしないものが来ちゃうよりは余程良いわ〉

「う、うん、そらそうだ。んで、その、サチコさんは何なんけ? 妖怪にしちゃ、しゃっこい見た目しとるし」

〈その辺を説明すると長くなるから、チヨちゃんの解釈に任せるわ。それで、どんなものが食べたいの?〉

 サチコがチヨの手元に滑り込むと、チヨは右目を不安げに揺らしたが、メニューと睨み合った。

「ここんち、なんか甘い匂いがするから、甘いのんがええかなぁ。だども、豪儀甘いと頭が痛くなっちまういや。砂糖 なんか大御馳走だすけんに」

〈だったら、これはどうかしら。他の御菓子や料理はいかにもドイツ料理って感じのこってりしたものだけど、シフォン ケーキなら、それほどじゃないと思うの。それと、紅茶もコーヒーも飲み慣れていないでしょうから、チヨちゃんの口に 合うものを用意して頂けるかしら?〉

 サチコがレピデュルスに尋ねると、レピデュルスは快諾した。

「ええ、そのように。でしたら、焙じ茶などいかがでしょうか」

「そっげんがん、御武家様の飲むもんだいや! おっかねぇ! 白湯でええよう! 御代も払えんすけん!」

 チヨが慌てふためくが、レピデュルスは小首を傾げる。

「御代は頂きませんよ。皆様をお招きしたのは私ですしね。では、焙じ茶とシフォンケーキをお持ちいたします」

「そうなん? そっか、そんならええいや。そんで、サチコさんは何にするん?」

 ほっとしたからか、チヨは格段に面差しが柔らかくなった。

〈私は見ての通りのコンピューターだから、何も食べないわよ。でも、場の空気はおいしく頂くわ〉

 そう言って、サチコは自分の席に戻った。では、しばらくお待ち下さいませ、とレピデュルスは深々と礼をしてから 厨房に向かっていった。あれだけ大量の注文では、出来上がるまでにしばらく掛かるだろう。特に、繭が注文した 肉料理の数々は手間取りそうだ。つばめは先程の飲み残しの少し冷めたカフェオレを呷ってから、改めてお茶会の メンバーを見回した。彼女達と自分の共通点は何なのだろう、と少し考えてみるが、思い当たらなかった。美花と繭 は高校生だし、ヴィクトリアは十二歳だそうで、つばめと紀乃も中学生だが年齢は離れている。チヨは数え年で十四 だと言ったので、実際には十五歳程度だろう。サチコに至っては年齢不詳である以前に人間ではない。ここしばらく のゴタゴタで人間ではない者と接するのには慣れたので戸惑いはしないが、ますます共通点が見えなくなった。
 ひとまず、甘いものでも食べて落ち着こう。








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Photo by (c)Tomo.Yun




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