女の子は何で出来ているの? お砂糖、スパイス、素敵な何か。 そして、鋼の装甲、無敵の兵器、高性能AI。 そんなこんなで出来ているわ。 ヘビークラッシャーは、浮かれていた。 先日、自分宛に届いた招待状を何度見たことだろう。目の前に掲げたピンク色の封筒を見ていると、頬が緩む。 何十回も開けて中身を呼んだので内容は覚えているが、それでも見たくなって、また封筒を開けて取り出した。 封筒と同じくピンク色のメッセージカードには洒落たバラ模様で縁取りがされていて、まるで少女漫画のようだった。 メッセージカードには、ブラックヘビークラッシャー様、とあり、丁寧で綺麗な文面で招待する旨が記されていた。 内容は、ヘビークラッシャーをお茶会に招待する、というものだ。といっても、マシンソルジャーは飲食出来ない。 だから、今まで、お茶会に誘われたことなどなかった。お茶会、という言葉も、現実のものだとは思わなかった。 少女漫画に出てくる上流階級の令嬢や王族や貴族がするもので、自分には一生縁がないとばかり思っていた。 四人の兄達には無駄な心配をされそうだし、余計なことをするかもしれないので、招待状のことは話していない。 ヘビークラッシャーを心配するあまり、小学校の運動会のようなことになってしまっては、お茶会が台無しになる。 四人の兄、フレイムリボルバー、ソニックインパルサー、フォトンディフェンサー、シャドウイレイザーもまた兵器だ。 ヘビークラッシャーと同じく、戦うためだけに生み出されたマシンソルジャーで、それぞれが強大な力を持っている。 四人とも戦士としては優秀だが、末妹として生み出されたヘビークラッシャーには砂糖菓子よりも甘く心配性だ。 特に、四番目の兄、パープルシャドウイレイザーがひどく、光学迷彩で姿を消して小学校に尾行してくるほどだ。 心配してくれるのはありがたいのだが、ヘビークラッシャーもきちんとした自我を持ち、AIも年頃に成長している。 だから、近頃では鬱陶しいと思う時すらある。今日も途中まで兄達に追尾されてしまったが、なんとか振り切った。 無線も何回も入っているし、場所を特定するためのパルスも何度となく受信しているが、無線は全て封鎖している。 居場所を特定されてしまわないためにエネルギー波も抑え、反重力装置だけを使って移動するようにしていた。 招待状に記された住所に近付いてきたので、ヘビークラッシャーは辺りを見回したが、どう見ても駐屯地だった。 鉄条網の巻かれた何メートルもあるフェンスに、灰色の建物、広大な訓練場、ミリタリーグリーンの軍用車両達。 罠なのかな、と思いつつ、ヘビークラッシャーはスキャナーを作動させて生体反応やエネルギー反応を探った。 すると、前方五十メートルに反応があった。ヘビークラッシャーが僅かに加速して接近すると、相手も気付いた。 同じ招待状を持っている、見知らぬマシンソルジャーが立っていた。女性型で、両腕が砲になっているタイプだ。 右腕のキャノン砲は長さの違う砲身が三本あり、回転する仕組みになっているが、左腕の砲は標準的な大きさだ。 背部には加速用スラスターを一対備えていて、遠距離支援型、とでも言うべきタイプのマシンソルジャーだった。 頭部には髪に似た銀色の装甲があり、眩しく輝いている。顔立ちはかなりの美人で、冷たい雰囲気すらあった。 胸部に填め込まれている五角形の紫色の鉱石からは、ヘビークラッシャーが知らないエネルギー波が出ていた。 「ん」 彼女はヘビークラッシャーに目を留めると、ヘビークラッシャーの招待状と自分の招待状を見比べた。 「お前もか」 「おねーさんも招待されたの?」 ヘビークラッシャーは反重力装置を弱めて高度を下げ、彼女と目線を合わせた。 「よく解らないが、強制的に召喚された、とでも言うべきだろう。偵察を終えてブリガドーンまで帰還する最中に、空間の歪みが発生したと思ったら吸い込まれ、気付けばこの場所に立っていたんだ」 彼女は不可解そうに、美しい顔を曇らせていた。ヘビークラッシャーは、首をかしげる。 「ところで、おねーさんはどの系列のマシンソルジャーなの? それとも、銀河連邦政府軍の新兵器さんとか?」 「は?」 彼女は目を丸めたが、逆に尋ね返してきた。 「お前こそ、何なんだ。見たところは子供のような体格だが、私と同系列の魔導兵器には違いないだろう」 「マドーヘイキじゃないよ、ヒューマニックマシンソルジャーだもん!」 「やはりよく解らないが、私の名はルージュ・ヴァンピロッソという。魔導兵器三人衆の一人だ」 「私、ブラックヘビークラッシャー。じゃ、ルージュおねーさんって呼ぶね」 「お前から姉と呼ばれる筋合いはないと思うが」 「いいじゃん、固いこと言わないでさ。ルージュおねーさんもお茶会に招待されたんだったら、早く一緒に行こうよ!」 「まだ状況が理解出来ていないのに、下手な行動を取るのはまずいと思わないのか?」 ルージュはヘビークラッシャーを見上げ、唇の端を僅かに歪めた。 「ひとまず、ここはどこなんだ? 景色からして、どこかの軍の基地には違いないが、なぜいきなりこんな場所に召喚されたんだ? 連合軍が私を捕獲し、解体するつもりなのかもしれないが、それにしては静かすぎる。襲撃もなければ、捕縛用の魔法陣もなければ、兵士の気配もないのは異様ではないか。そして、この招待状だ。魔導書簡でもなければ、一般の郵便物でもなかった。しかし、こうして私を召喚するほどの力があるのだから、魔法の類には違いない。だとすれば、どこの誰が私を」 「グラント・Gって書いてあるよ」 急に声がしたので、二人は反射的に振り返った。すると、いつのまにか、制服姿の少女が立っていた。 「白金百合子様。突然のお手紙、申し訳ありません。本日は、ガーデンティーパーティのお誘いを申し上げたく、ペンを取りました。紅茶やお菓子を用意してお待ちしております。ご都合などよろしければ、下記の日時と場所へいらして下さい。陸上自衛隊特殊機動部隊所属、グラント・G一等陸士。だってさ」 紺色のブレザーとチェックのスカート姿の少女は、ヘアバンドで前髪を上げて広い額を曝していた。 「んで、お二人もフルサイボーグですか?」 「えー、違うよー。私は生体部品は一個もないから、純粋なマシンソルジャーだよ」 ヘビークラッシャーが手を横に振ると、少女は招待状でルージュを示した。 「じゃ、そちらの美人さんは?」 「そもそもサイボーグとは何なんだ? それが解らなければ、答えようがないんだが」 ルージュが返すと、少女はすぐさま解説した。 「サイボーグってのは、元々は人間だったけど諸々の事情で機械の体になった人間のことを言うんですよ」 「ならば、私もその括りに入るのかもしれない。といっても、生身の部品はどこにも残っていないがな」 ルージュの言葉に、少女は笑顔を浮かべて挨拶した。 「私は白金百合子って言いまして、フルサイボーグ生活が三年目に突入したバリバリの女子高生です!」 「じゃ、百合ちゃんでいいかな」 ヘビークラッシャーが言うと、百合子は返した。 「ゆっこでいいよ。友達からはそう呼ばれてるから。で、あなたはなんて言うの?」 「私、ブラックヘビークラッシャーって言うの」 「じゃ、クラッシャーちゃんね。それで、あなたは」 百合子の目線が向いたので、ルージュは少々やりづらく感じながらも答えた。 「ルージュ・ヴァンピロッソだ」 「じゃ、ルージュさんね。今日一日、よろしくお願いしまーす」 深々と頭を下げた百合子に、ルージュは少し戸惑いつつも返した。 「あ、ああ」 「じゃ、行きましょうか」 いきなり仕切りだした百合子に、ルージュは更に戸惑いが増した。 「待て、ユリコ。お前はこの状況に何も疑問を抱かないのか!」 「そりゃまあ、少しは引っかかりは感じますけど、行ってみないことには何も始まりませんから」 百合子は招待状を見つめ、含み笑った。 「それに、こういうのに招待されるのって初めてだから嬉しいんだもん」 「やっぱり? そうだよね、そうだよねー!」 ヘビークラッシャーは百合子の目の前に降下すると、百合子の手を取り、目を輝かせた。 「私もさっちゃんのお誕生日会に招待されたことはあるけど、お茶会に招待されたことなんて今まで一度もなかったんだもん! 紅茶もお菓子もどんな味かは解らないし食べられないけど、楽しそうだなあって思うし、漫画とかで見てちょっと憧れていたし、招待状って時点で素敵だもんねー!」 「そうか?」 冷めた反応のルージュに、ヘビークラッシャーはちょっとむくれた。 「ルージュおねーさんは乙女回路が足りないなぁ。少しぐらいはときめかないの?」 「いや、全く」 「インパルサー兄さんの乙女回路を分けてやりたいぐらいだなぁ、もう」 ヘビークラッシャーは不満げにしていたが、ころっと態度を変えて百合子の手を引いた。 「行こう、ゆっこちゃん! グラントちゃんを待たせていたら悪いもん!」 「いや、待て。そもそも、グラント・Gという名は女名前ではない。何を根拠にちゃん付けしているんだ、お前は」 ルージュの冷静な意見も、ヘビークラッシャーの聴覚センサーには届かない。 「おっちゃかーいおっちゃかーい、うわーい!」 「やっはー!」 ヘビークラッシャーに釣られて浮かれたのか、百合子も歓声を上げている。 「何がそんなに楽しいんだ、お前達は…」 ルージュは心底呆れたが、仕方なく後に続いた。この状況で一人きりになってしまうのも、なんとなく不安だった。 ヘビークラッシャーと言葉を交わす百合子の横顔は、いやに幼い。外見は十七歳程度だが、表情は子供だった。 百合子の体を凝視してみると、確かに手足の関節にうっすらと溝がある上、首の後ろには蓋のようなものがある。 外見はまるきり人間なのに、生身の人間が発する気配が感じられず、肌の色も瞳の色もどことなく無機質なのだ。 サイボーグ、というものは今一つ理解出来ていなかったが、百合子が機械の体であるというのは本当らしかった。 だが、外見はどう見ても生身の人間だ。しかし、魔法を使った様子もないので、擬態しているわけではなさそうだ。 どうやったらそんなことが出来るんだ、と思い悩みながら、ルージュは浮かれた会話を交わす二人の後を追った。 三人がしばらく歩いていくと、拓けた場所が現れた。そこには、周囲から浮いた異様なものが並べられていた。 取って付けたようなバラのアーチに急拵えらしき噴水、ヨーロッパ風の椅子とテーブル、張りぼての古城の背景。 背景の絵はきちんと描かれているのだが、平べったくて奥行きがない。大衆演劇のようだ、とルージュは思った。 張りぼての前にもバラの生け垣があったが、無理矢理植えただけなのか、根本の土は掘り返されたばかりだ。 そして、最も違和感を放っていたのが、いい加減な庭園の中で三人を待っていたダークレッドの戦闘兵器だった。 左腕にドリルを備え、右手はペンチ状で、下半身は戦車。背からは排気筒が伸び、重機関銃を担いでいる。 分厚い装甲に覆われた胸部には、Glant.Gとある。どうやら、このロボットが三人を招待した張本人のようだった。 「Oh!」 グラント・Gはキャタピラを軋ませながらやってくると、ドリルの左腕を振り上げた。 「ヨウコソ、オレノ Gargen Tea Party ヘ!」 「あなたが…グラントちゃん?」 ヘビークラッシャーはしばらくグラント・Gを凝視していたが、両手で頬を押さえて黄色い声を上げた。 「かぁーわいいー!」 「え、ええ?」 これにはさすがの百合子も戸惑ったのか、目を剥いた。 「ドリルだよ、ドリル! それはむしろ萌えるってよりも燃えるもんじゃないのかな!」 「だってドリルだよ、ドリル! あのくるくるって感じとか円錐の形とかキャタピラとか、ごっつい外装とか背中の機関銃とか、全部可愛いじゃない! 名前も素敵! グラントってのもいいけど、特にGってのが超可愛い!」 きゃーん、と歓声を上げるヘビークラッシャーに、グラント・Gは照れた。 「ソンナニ言ワレルト、be shy…」 「ドリル…ドリルかぁ…」 いやに真剣な百合子に、ルージュは呟いた。 「そんなに悩むことなのか?」 「ていうか、そもそもドリルで紅茶を淹れられるのかな?」 「いや、無理だと思うぞ」 「だよねぇ」 ルージュのまともな意見に、百合子も同意する。 「グラントちゃん、お茶会に招待してくれてありがとう! 私、すっごく嬉しい!」 ヘビークラッシャーはグラント・Gに抱き付き、頬を擦り寄せる。グラント・Gはよろけるも、喜んでいる。 「Hahahahahahahahahaha! オレモダ、Black heavy crusher! Glad you like happy!」 「こんなに素敵な女の子だって知っていたら、兄さん達をもっと早く撒いて来たのにー!」 「Oh!? オレガ Girl ダッテ解ッテクレルノカ! サスガハ Black leader ダゼ!」 「当たり前だよー! こんなに可愛いマシンソルジャーが、男の子なわけないじゃなーい!」 「Yes,yes,yeeeees!」 グラント・Gも感極まったのか、ヘビークラッシャーに縋り付いた。背景が異様だが、この二人も異様だった。 ルージュはちらりと百合子の様子を窺ったが、微笑ましげに笑っていた。やはり、この女もまともではないらしい。 下半身が戦車でドリルを左腕に付けたロボットが、子供のようなロボットと抱き合う姿のどこが微笑ましいのだ。 ルージュは理解に苦しみながら、目線を動かした。すると、張りぼての影から変な格好の者が様子を窺っていた。 顔は銀色で手も銀色で目もゴーグルで明らかにロボットなのだが、いわゆる執事の服を強引に着込んでいる。 それが、二つもいた。片方はダークレッドの逆三角形状のバイザーで、もう一方はブルーの通常のゴーグルだ。 しかも、二体ともミリタリーグリーンのヘルメットを被っており、揃って黒光りする自動小銃を肩に担いでいた。 思わず、ルージュは発砲してしまった。あまりにも異様な状況と異様な物体に、耐えきれなくなったからだった。 ルージュの放った魔力光線が頭上を通り抜けた直後、二体のロボットは素早く回避して自動小銃を向けてきた。 「だーから吸血鬼女はマジやめとけって超言ったんだよ、お兄ちゃんは!」 自動小銃を構えたダークレッドのゴーグルのロボットは、背後のブルーのゴーグルのロボットへ喚いた。 「だがしかしだな南斗、女っ気があればなんだっていいと言ったのもお前なのであるからして!」 「Oh?」 騒ぎに気付いたグラント・Gが二人に向くと、二体のロボットは作り笑いを浮かべて後退った。 「す、すまん、グラント・G! お前のことが心配で心配で心配で、つい、ベルが鳴る前に来てしまったのだ!」 「だってさあ、マジ気になるし!」 ずりずりと後退った二体のロボットは、服装に似合わず俊敏な動きで、どこかに逃げてしまった。 「グラントちゃん、あれって何なの?」 百合子が尋ねると、グラント・Gは少し気恥ずかしげにドリルで顔を押さえた。 「アレハ My Brother、南斗ト北斗ダ。今日ノ Gargen Tea Party ヲ開クッテ言ッタラ、手伝ウッテ言ッテクレタノサ」 「妹思いのお兄ちゃんなんだあ」 心なしか羨ましげな百合子に、ルージュは変な顔をした。 「あんなに異様な存在が兄になるのであれば、私は兄弟などいらない」 「確かにちょっと鬱陶しい時もあるけど、兄さんがいると楽しいよ」 ヘビークラッシャーはグラント・Gの左手を取ると、くるっと一回転した。 「おっちゃかーいおっちゃかーい!」 「ソレジャア、 Gargen Tea Party ヲオッ始メヨウジャネェカ! Hahahahahahahahahahahaha!」 グラント・Gはドリルを振り上げ、ぎゅるぎゅると荒々しく回転させた。お茶会よりも、戦闘が始まりそうだった。 百合子はさっさと状況に順応しているのか、グラント・Gに促されて洒落た椅子に腰掛け、にこにこと笑っていた。 ヘビークラッシャーも椅子に座ったが、ほんの少し浮いていた。どうやら、常に浮いていないといけないらしい。 グラント・Gはかなり丈夫そうなコンクリートブロックの上に乗り上げると、浮かれた様子でドリルを回転させた。 ルージュもグラント・Gに促されて着席したが、渋い顔をしていた。何がどうなっているのか、さっぱり解らない。 そもそも、何をどうしろと言うのだ。こんなことなら、お茶会の作法もフィフィリアンヌから聞いておくべきだった。 そして、グラント・G主催のガーデンティーパーティが始まった。 08 2/15 |