全員が着席してから、グラント・Gはテーブルのベルを鳴らした。 すると、中途半端な庭園に先程の変な執事もどきが戻ってきた。一応、執事のルールは守っているらしい。 二人は英国式の小綺麗な台車に紅茶やケーキなどを載せて押していたが、慣れないのか、時折揺れていた。 というより、そもそもこの庭園がダメだ。自衛隊駐屯地の片隅を強引に改造しただけなので、整備も何もない。 石畳も敷かれていなければ、地均しもされていない。おかげで、紅茶は台車の上にびしゃびしゃと零れていた。 「私が運ぼうか、それ?」 見るに見かねた百合子が二人に声を掛けると、赤いバイザーのロボット、南斗がすかさず言い返した。 「これはオレらの最重要任務なんだ! 任務は最後まで全うするのが自衛官ってもんなんだよ、ゆっこお嬢様!」 「あ、はあ…」 リアクションに困った百合子は、引き下がった。南斗の後ろで、青いゴーグルのロボット、北斗は大きく頷いた。 「そうだとも! この日のために自分達は入念な準備をしたのであるからして、完璧に任務を果たすのだ!」 「そうそうそう! G子のために、礼ちゃんに行きたくもない執事喫茶に行ってもらってリサーチしてもらったりとか、執事やらお嬢様やらがじゃんじゃん出てくる乙女ゲーとかギャルゲーやらを徹底的にやり込んでみたりとか、執事の出てくる漫画を読み潰してみたりとかな! ハヤテのごとくとか! ちなみにオレはヒナギク萌えだ!」 妙に誇らしげな南斗と北斗に、ルージュは内心で眉根をひそめた。 「何を言っているのか今一つ理解に苦しむな」 「つまり、なんていうのかな、それっぽいものを調べてみたってことっすよルージュ姉さん。大いに間違ってますが」 と、百合子に言われ、ルージュはちょっと顔を曇らせた。 「お前もそう言うようになったか。まあ、もう諦めたが。つまり、この二人は実戦経験を得ずに執事というか何というかの行為を行おうとしているのだな? 道理で、違和感を感じるわけだ」 「そもそも、ここって自衛隊の駐屯地なんだよね? 私の内蔵GPSでも、ここは東京都練馬区にある自衛隊駐屯地だって表示されているし。ムラマサ先輩じゃないから自衛隊のことはさっぱり解らないけど、常識で考えても自衛隊の駐屯地でこんなことしちゃ拙いよね? ていうか、犯罪なんじゃない?」 百合子は、次第に顔を引きつらせた。すると、グラント・Gがドリルを振り回した。 「心配無用ダゼ、百合子! オレ達ハ最重要機密ノ軍事兵器、多少ノ我ガ侭ハ許サレルノサ!」 「じゃ、私は別にお咎めなしってこと? 絶チルのザ・チルドレンみたいに?」 「Oh,Yes!」 「だったら、思い切り楽しめるね!」 ころっと開き直った百合子に、ルージュは慌てた。 「おいおいおい! 本当にそれでいいのか、というかどうしてお前はそんなに順応速度が速いんだ!」 「え? だって、深く考えすぎたら何も出来なくなっちゃうし」 ねえ、と百合子がヘビークラッシャーに話を振ると、ヘビークラッシャーも頷いた。 「うん。今が楽しいんだったら、それでいいじゃない。ルージュおねーさんは神経質なんだねー」 「神経質というか…。私は一般常識を説いているだけであって、だな」 ルージュはなんだかやりづらくなり、語尾を弱めた。北斗は高らかに笑う。 「はははははははははは! とにかく、今日は楽しんでくれたまえ! 何せ、我らが愛すべき妹、グラント・Gが主催したのだからな! 特殊機動部隊の中でも抜きん出た破壊力を持つグラント・Gのこと、このお茶会とやらも見事に果たすに違いないのだ!」 「さあ、紅茶なりケーキなりご奉仕なり戦闘なり何なりと申し付けてくれよ、お嬢様方!」 大きく両腕を広げ、南斗は笑った。グラント・Gは、ぐるりと三人を見渡した。 「Oh,Yes!」 「おじょーさま…?」 ヘビークラッシャーは両手を組むと、ショッキングピンクの瞳をきらきらと輝かせた。 「私、お嬢様?」 「そうだとも! メイド喫茶だけでなく執事喫茶でも、女性客はその全てがお嬢様なのであるからして、出迎える際にはいらっしゃいませではなくお帰りなさいませと言うのが正しいのだ! 故に、あなたは、ヘビークラッシャーお嬢様なのだ!」 北斗の力の入りすぎた解説に、ヘビークラッシャーは頬を押さえて身を捩る。 「やあん、ちょっと恥ずかしいー! でもすっごくキュンキュンするうー! おじょーさまって、そんなぁーん!」 「そ、そうか?」 最早状況に付いていくことを諦めたルージュは、椅子を引いて身を下げた。 「ね、ね、もっと言って言って!」 ヘビークラッシャーが迫ると、北斗はぴんと背筋を伸ばして最敬礼した。 「お帰りなさいませ、ヘビークラッシャーお嬢様!」 「いやーん、サイコー!」 「ごきげんよう、ヘビークラッシャーお嬢様!」 「あーん、超素敵ぃー!」 ヘビークラッシャーはだらしなく頬を緩め、首を横に振った。その様子を見ていたグラント・Gは、兄を見やった。 すると、途端に二人はグラント・Gへと駆け寄ってきた。ヘビークラッシャーの時と同じように、力んだ敬礼をする。 「グラント・Gお嬢様!」 「Oh!」 グラント・Gはぶるっと身震いしてから、兄達へドリルを向けた。 「It's a great! 「我らが愛しのお嬢様!」 「Yes,Yes,Yes!」 「お嬢様、お嬢様、お嬢様!」 「Oh.........」 グラント・Gは弛緩したように肩を落とし、ほうっとため息を零した。 「I love you, brother 「なんか…ヤクザみたい」 百合子が苦笑いしながら呟くと、南斗がむくれた。 「G子への愛情はぎっちぎちに籠ってんだぜ、これでもまだマジ足りないくらいだし!」 「執事ならさ、もっとこう、しっとりとやらなきゃ。メイドプレイもそうだけど、執事プレイも大変なんだよお」 百合子は椅子を引き、立ち上がって二人を指した。 「今度は落ち着いた感じにやってみて。そうしたら、もうちょっとはまともかもしれないし」 「落ち着いた感じ、って…。オレ、そういうのマジ苦手っつーか…」 南斗は戸惑ったように、がりがりとヘルメットを引っ掻いた。北斗はしばらく思い悩んでいたが、顔を上げた。 北斗は百合子の前にやってくると、おもむろに片膝を付いた。深々と頭を下げていたが、低い声で呼んだ。 「百合子お嬢様」 「ますます堅気っぽくないねー。私はどこぞの三代目かーって感じ」 百合子が首を横に振ると、北斗は立ち上がって首を捻った。 「うむ、そうか。礼子君であれば割と喜んでくれるのだが、他の女人ではそうもいかないようであるな」 「え、そうなん!?」 ぎょっとした南斗に、北斗は胸を張って勝ち誇った。 「はははははははは! そうか、お前は知らぬのか! まあ、自分とお前は双子ではあるが立場は大いに違うのであるからして、知らぬのも無理はなかろう!」 「ああもうこの野郎! 今すぐメモリーバンクを引きずり出してやるう、でもってオレも全部知るー!」 北斗に掴みかからんとする南斗に、ルージュは心底呆れ果てて顔を背けた。 「お前達、本来の目的を忘れていないか?」 「...Yes」 グラント・Gがこくこくと頷くと、北斗と南斗は急に大人しくなった。百合子も椅子に座り直し、挙手した。 「お嬢様呼ばわりはこの辺で置いといて、そろそろお茶会を始めようよ。私、レモンティーがいいな」 「じゃ、私はエネルゴンキューブ! もちろん地球製のね!」 ヘビークラッシャーの注文に、北斗は少々やりづらそうに返した。 「誠に申し訳ないのだが、ヘビークラッシャーお嬢様。我々にはあのような優れたエネルギーを合成する技術はないのであるからして、用意しようにも出来ないのが現状なのだ。なのであるからして、今日のところは我らが燃料として補給する合成燃料で我慢して頂きたい」 「だったら、今度、サウンドウェーブを連れてきてよね。彼なら合成出来るんでしょ?」 「いやいやいや! それはますます無理だ! というか、あれは我らの宇宙とは別次元の宇宙の話であって!」 「つーか、そもそもあれってアニメじゃね? なんであれをパラレルワールドだと思えるんだよ、お前は」 百合子の注文したレモンティーを準備している南斗に呆れられ、北斗は反論した。 「南斗、お前はあの世界が羨ましいと思わんのか! 超ロボット生命体が全宇宙を支配せんとする話なのだぞ!」 「ちょっとディープ過ぎて付いていけないなぁ…」 百合子の呟きに、ルージュは返した。 「全くだ。最初からそうだが、この連中が何を言っているのかさっぱり解らない」 「そういえば聞いてませんでしたけど、ルージュ姉さんってどこから来たんですか?」 ぎゃんぎゃんと騒いでいる北斗と南斗を横目に、百合子はルージュに尋ねた。ルージュは、百合子を見やる。 「なんと言えばいいのかよく解らないが、私はお前達のような存在に出会うのはこれが初めてなんだ。お前のようなサイボーグとやらだけでなく、マシンソルジャーという存在を知ったのも初めてだ。私の周辺にも機械の体を持つ者達はいないわけではないんだが、どうにも雰囲気が違う。外見だけなら人造魔導兵器に酷似しているが、魂の気配もなければ魔力の反応もない。それなのに、まるで生身の人間のように振る舞い、下らないことを言い合い、どうしようもないことをする。不可解極まりない」 「私も、ここまで性能のいいロボットに会ったのは初めてっすよー」 「つまり、お前にとってもこの四体の魔導兵器は異様な存在なのか?」 ルージュがマシンソルジャー達を示すと、百合子は頷いた。 「私が知っているロボットって、工業用だったり医療用だったりで宇宙開発用だったりで、ここまで自律した人工知能なんて持っていないんですよ。人並みに喋って自己判断を下すタイプは月面基地とか火星基地とかコロニーにいるんですけど、それでも数は限られていて、どんなロボットでも人間の制御を受けて動くのが当たり前なんですよ」 「それが一般的な考え方だ。私の世界でも、機械とは得てして無機質だ」 「だから、面白いなーって思う反面で、ちょっとだけ怖いなーっても思いますけどね」 「正論だな。意志を持つべきでない者が意志を持つのは、恐怖以外の何者でもない」 「でも、怖いよりも先に楽しいんですけどね」 百合子がまた笑顔に戻ったので、ルージュは訝った。 「お前は一体どういう人間なんだ。否定的な意見を述べたと思ったら肯定するとは、大いに矛盾している」 「だって、そうなんだから仕方ないじゃないっすか」 百合子は頬杖を付き、下らないことを言い合っている北斗と南斗を眺めた。 「確かにこの状況は変だし、性能の良すぎるロボットは色んな意味で困り者だけど、騒がしくていいじゃないっすか。何もない場所に一人でいるよりはずうっといいっすよ」 「まあ…そうだな」 百合子の言葉に、ルージュはかすかに笑った。百合子はうんうんと頷いていたが、北斗と南斗に声を掛けた。 「執事さーん、私の紅茶、まだー?」 「私の合成燃料はー? 燃焼効率がいいやつにしてよね、女の子はエンジンもデリケートなんだから」 「オレハ、ハイオク満タンダ!」 百合子に続き、ヘビークラッシャー、グラント・Gが声を上げたので、言い合っていた北斗と南斗は我に返った。 「あ、ああすまん、本当にすまん! だが、全宇宙を支配するのはメガトロン様とデストロン軍に違いないのだ!」 妙な単語を並べながら、北斗は張りぼての裏に走っていった。 「いいや違うぜ! 最後に勝つのは、全宇宙の知的生命体の味方、サイバトロン戦士に決まってんだろーが!」 捨てゼリフのように言い残し、南斗も張りぼての裏に駆け込んだ。どうやら、バックヤードはそこにあるようだ。 途端に、盛大に食器やら何やらをひっくり返す音が聞こえ、陶器が砕ける音が何度となく響き、叫びも上がった。 裏の様子は、見なくても想像が付く。ルージュが呆れ果てていると、ヘビークラッシャーがするりと近付いてきた。 「ね、ルージュおねーさんは何がいい? せっかくだから、何か頼んでおかないと」 「そうだな。出来れば生娘の血がいいんだが、なければその辺の家畜の血でも構わない」 「え? オイルとかガソリンじゃなくて、血液? あの有機物たっぷりの?」 ルージュの言葉に、ヘビークラッシャーが目を丸めた。すると、グラント・Gが大袈裟な動きで身を捩った。 「No,No,No,No,No,Nooooooooo!」 「ルージュおねーさんって、もしかして、変態さんだったりするの?」 興味半分恐怖半分といった様子のヘビークラッシャーの背後で、グラント・Gはがたがたと震えている。 「I do not eat! 「いや…。お前に喰らい付いたら、私の牙が折れてしまうんだが…」 ルージュはグラント・Gへと手を伸ばしたが、またもや No,No,No, と連呼しており、首を激しく横に振っている。 百合子は冗談だと思っているのか、けらけらと笑っている。ヘビークラッシャーは、ルージュをじっと眺めている。 ルージュははぐらかすことも出来ず、曖昧に笑った。生身でなくなってから久しいが、吸血の欲求は残っている。 だから、時折言葉に出てしまう時がある。お互いに機械の体でさえなければ、百合子の血でも頂いたことだろう。 百合子は程良く肉が付いていて血色も良く、性格も快活だ。そういった娘の血は、生臭みも薄くて味も優しいのだ。 なのに、百合子もルージュも機械の体だ。そんなことを心の片隅で思っていたせいか、思わず言ってしまった。 いつのまにか、気が緩んでしまっている。ルージュは軽い自己嫌悪と気恥ずかしさに苛まれて、少し目を伏せた。 なんだかんだで、自分も楽しんでいるようだ。 08 2/16 |