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機甲乙女四重装



 ようやく、お茶会らしいお茶会が始まった。
 それぞれの飲み物や燃料を円形のテーブルに並べた北斗と南斗は、上官らしき自衛官に引っ張られていった。
何をするカンダタっ、そうだぜこれからがマジ本番なんだし、と喚き散らす二体のロボットを強引に連れて行った。
カンダタと呼ばれていた青年自衛官は百合子とルージュに何度も謝ってから、二人を引きずってどこかに消えた。
グラント・Gによれば、彼は、グラント・Gや兄達が所属する特殊機動部隊のオペレーター兼パイロットだそうだ。
ヘビークラッシャーも彼とは知り合いらしく、葵ちゃんも大変だねぇ、と笑っていた。彼の名は神田葵と言うそうだ。
 南斗の淹れた紅茶は、それなりの味だった。茶葉が良いから味は良いのだが、抽出する時間が短かったらしい。
おかげで色は薄く、香りも少ない。だが、文句は言えない、と思い、百合子はいい加減なレモンティーを飲んだ。
ヘビークラッシャーはエンジンオイル用の缶によく似た長方形の缶にストローを差し、合成燃料を啜り上げていた。
グラント・Gはハイオクのガソリンが詰まっている一斗缶を抱え込み、マスクの隙間にパイプを刺して吸っている。
ルージュは、この体では生娘の血を飲むのは無理だと解っていたので、ヘビークラッシャーと同じものを飲んだ。
だが、魔力が少しも混じっていない鉱物系の燃料が吸血鬼にとって旨いわけがなく、付き合っているだけだった。
ヘビークラッシャーは長方形のオイル缶を両手で持ち上げて飲んでいたが、ストローを外し、大きく息を吐いた。

「んー、そこそこかな」

「ヤッパリ、ガソリンハ Saudi Arabia ガ excellent ダゼ!」

 最後の一滴まで飲み終えたのか、ばこっ、とグラント・Gの抱えていた一斗缶が潰れた。

「腹も口もぬるぬるする上に機械油臭くて敵わない…」

 ルージュは顔を歪め、手近にあった紙ナプキンで口元を押さえた。百合子は、ティーカップを揺らす。

「ルージュ姉さんも大変っすねぇ」

「私は結構おいしいと思うな、この合成燃料。そっかあ、ルージュおねーさんにはイマイチだったかぁ」

 ヘビークラッシャーは、空になったオイル缶をテーブルに置いた。ルージュは嘔吐感を堪えつつ、立ち上がった。

「甘かった…。体が機械だから受け付けるかと思っていたが、やはり私は吸血鬼なんだ…。機械油など…」

「えっと、大丈夫?」

「吐いてくる…。もうダメだ…」

 ルージュは心配げな百合子を制止し、よろけながら歩き出した。百合子は、雑草の中に消える背を見送る。

「あんまり無理しちゃダメっすからねー、具合が悪い時はお互い様っすからー」

 すると、ルージュの力無い返事が返ってきた。百合子はルージュを気にしつつ、二人のロボットに目を向けた。
ルージュと似たようなものを飲んだにも関わらず、二人は平然としている。生粋のロボットだから、なのだろう。
血が欲しい、というルージュの言葉は冗談だとばかり思っていたが、彼女は本当に吸血鬼なのかもしれない。
だとすれば、悪いことをした。百合子が申し訳なく思っていると、一斗缶を放り出したグラント・Gが声を掛けた。

「Hey、百合子!」

「なあに、グラントちゃん?」

「百合子ニハ Boyfriend ッテイルノカ?」

「うん、いるよ。幼馴染みの男の子だよ」

 百合子が顔を緩めると、ヘビークラッシャーが身を乗り出してきた。

「いいなー、彼氏! ねえねえ、やっぱりデートとかするの?」

「そりゃするよ。鋼ちゃんと一緒にいるだけでも楽しいけど、一緒に遊ぶともっともっと楽しいんだもん」

 照れくさそうな百合子に、グラント・Gは顔を近寄せた。

「KouChan ッテノガオ前ノ Boyfriend ナノカ?」

「あ、それはあだ名っていうか、私がそう呼んでいるだけ。黒鉄鋼太郎って言うの」

「ねえねえ、それってどんな人なの? ゆっこちゃん、ケータイ写真あるよね?」

 テーブルを乗り越える勢いで迫るヘビークラッシャーに、百合子は制服のポケットから携帯電話を取り出した。

「ちょっと待ってて。今、見せるから」

 百合子はストラップがじゃらじゃら付いているパールピンクの携帯電話を開き、操作して画像を呼び出した。
すると、液晶画面から光が溢れ、立体映像を形作った。それは、百合子にしがみつかれている鋼太郎だった。

「写真もあるけど、ホロビジョンの方が見やすいと思って」

 こっちが鋼ちゃんね、と百合子がブレザーの制服を着ている大柄なフルサイボーグを指した。

「可愛いね、この人!」

 きゃーん、と頬を押さえたヘビークラッシャーに、百合子は苦笑した。

「んー、まあ、性格は可愛いところはあるけど、見た目は結構ごっついよ? さっきの二人みたいに」

「ねえねえ、鋼ちゃんってどんな人なの?」

 興味津々のヘビークラッシャーに、百合子は気恥ずかしげに答えた。

「ぶっきらぼうなんだけど本当はすっごく優しくて、下手くそなんだけど野球が大好きで、後は…メイド、かな」

「メイドって、あのメイド? ひらひらでふりふりでお帰りなさいませ御主人様ーっ、て言う、あれ?」

「うん、まあね。私はあんまり好きじゃないんだけど、鋼ちゃんはどうにもこうにもメイド萌えでさぁ…」

 百合子は嫌なことまでも思い出したのか、口元を歪めた。ヘビークラッシャーは、両手を組む。

「私は可愛いと思うけどな、メイドさん。ゆっこちゃんはどうして好きじゃないの?」

「まあ、色々とね」

 百合子は曖昧な笑顔ではぐらかしたので、ヘビークラッシャーは言及しないことにした。

「そっか」

 百合子も鋼太郎との間に色々あるに違いない。ヘビークラッシャーも、コマンダーの涼平との間には色々ある。
中には他人には話せないことや話したくないこともあるので、百合子が誤魔化してしまう気持ちはよく解った。
だから、あまり問い詰めてしまうべきではない。せっかく仲良くなれたのだから、今日一日は楽しく過ごしたい。

「百合子、コイツハドンナ性能ナンダ?」

 グラント・Gに問われ、百合子は返した。

「鋼ちゃんは戦闘サイボーグじゃないから、武器は装備してないよ」

「ナンダ…」

 あからさまに不満げなグラント・Gに、百合子は少しむっとした。

「鋼ちゃんは強くなくたっていいんだもん! 鋼ちゃんは鋼ちゃんだから素敵なんだもん!」

「せっかくのサイボーグなのに、なんだか勿体なーい」

 と、ヘビークラッシャーも言ったので、百合子は携帯電話を閉じて立体映像を消した。

「そりゃ、フルサイボーグの中には戦うことを選んだ人もいるけど、戦わないことを選ぶ人もいるんだよ」

「ま、そういう人もいるよね、うん」

 宇宙は広いもん、とヘビークラッシャーは納得したようだったが、グラント・Gは大きく肩を落とした。

Numb-nuts腰抜けが......」

「はい?」

 早口の英単語を聞き取れなかった百合子が聞き返すと、グラント・Gは両手を上向けて首を横に振った。

All men are warriors.男は全て戦士なんだよSo, toy man was incompetentだから、戦わない男は無能だ

「ん…?」

 首を捻りつつ、百合子は英単語の意味を読み取った。意味が解ると、段々腹が立ってきた。

「グラントちゃん、鋼ちゃんを馬鹿にしないでよね! それに、武器を取って戦うことだけが強さじゃないんだから!」

「Hahahahahahahahahahahaha!」

 上体を反らして高笑いしたグラント・Gは、ドリルを回転させながら百合子の顔を示した。

The weaker is not worth living.弱虫に生きる価値はねぇAll is strength!強さこそが全てなんだよ Spoiled child civilians!甘ったれの民間人

「こらっ」

 ヘビークラッシャーはグラント・Gの頭部を小さな拳で小突くと、叱り付けた。

「何もかも自分の価値観で決め付けるのはいけません! グラントちゃんはグラントちゃんで、ゆっこちゃんはゆっこちゃんなんだから!」

「oops.....」

 グラント・Gは身を引くと、肩を竦めた。

You have no sense of humor, still冗談が通じないぜ、相変わらず

「一昔前のリボルバー兄さんみたいなことを言ってちゃ、グラントちゃんは彼氏なんて出来ないかもしれないよ?」

 ヘビークラッシャーが強めに言うと、グラント・Gは急に動揺した。

「What!?」

「だってそうじゃーん。強いのは結構だけど、強すぎちゃ誰も寄ってないかもよ?」

 つんと顔を逸らすヘビークラッシャーに、グラント・Gは詰め寄った。

That's bad!そいつぁまずいぜ Very Very Very bad!マジでまずい、まずすぎる

「もしかして、グラントちゃん、好きな人でもいるの?」

 先程の復讐も込めて百合子が意地悪く尋ねると、グラント・Gは固まった。

「ソ、ソンナンジャ、ネェヨ…」

「えー、本当かなぁ」

 百合子はグラント・Gににじり寄ると、そのいかついマスクフェイスを両手で挟み込んだ。

「もしかして、私が彼氏持ちだから面白くなかったー、とか?」

「No,No,Noooooooo!」

 グラント・Gは必死に否定するも、声が上擦っているために説得力は皆無だった。

「あーんもう、グラントちゃんってばますます可愛い!」

 ヘビークラッシャーはグラント・Gに背後からしがみつき、抱き締めた。

「ねえ、グラントちゃんが好きな人ってどんな人? 強い? 硬い? 重い?」

「自衛隊にいるんだから、やっぱり自衛官だったりするの?」

 にやけて問い詰めてくる百合子とヘビークラッシャーに辟易し、グラント・Gはゴーグルの奥で視線を揺らした。
身を捩って逃げようにも、顔は百合子に押さえられ、背後はヘビークラッシャーに取られ、反撃の余地はない。
それ以前に、照れてしまって体に力が入らない。いざ意識してしまうと、体中の関節がぎこちなくなってしまう。
 ねえ、ねえ、としきりに質問の答えを求めてくる百合子とヘビークラッシャーの笑顔は、興味に満ちている。
意識しただけでこれなのだから、口にしたらどうなるか。グラント・Gは、思考回路が焼け付きそうになっていた。
だが、答えなければ、このお茶会を開いた意味はない。グラント・Gは激しい照れを堪えながら、小声で答えた。
 途端に、百合子とヘビークラッシャーは黄色い声を上げた。




 機械油に汚れた口元を拭いながら、ルージュは事の次第を聞いていた。
 目の前に立つ小柄な女は、先程の自衛官と同じ迷彩柄の戦闘服を着ており、同じく迷彩の帽子を被っていた。
体格は百合子よりも貧弱で背も低いが、襟元から覗く首筋は日に焼けて引き締まっており、鍛え上げられている。
顔立ちも東洋人の中でも平均的な部類に入り、目鼻立ちは多少整っているが彫りも浅く、印象の浅い顔だった。
だが、目つきは普通ではなく、戦う者の目だ。彼女は、草むらで機械油を吐いているルージュを助けてくれた。
腹部装甲を開いて余計な機械油を拭き取るのも手伝ってくれたので、そのおかげで大分気分はまともになった。
彼女の名は鈴木礼子と言い、グラント・G、南斗、北斗、と同部隊に所属している三等陸尉だ、と自己紹介した。

「なるほどな」

 ルージュは機械油をたっぷりと吸い込んだ布を、礼子に返した。

「つまり、この妙なお茶会が開かれた理由は、お前のところの兵器娘が恋をしたからなんだな?」

「平たく言えばそういうことになりますね。北斗と南斗もそうだったけど、どうしてマシンソルジャーってのは…」

 礼子はルージュの吐いた機械油を吸った布を袋に入れてから、嘆いた。

「私は反対したんですけどね、最初から最後まで。同じマシンソルジャーであるブラックヘビークラッシャーはともかくとして、自衛隊とも高宮重工とも無関係の民間人である白金百合子さんや、同じく無関係な世界で暮らしていたルージュさんを強制的に招き、グラントに接触させる、というのは。グラントも北斗と南斗と同じで国家機密クラスの戦闘兵器なんですから、みだりに民間人と接触させるわけにはいかないんですよ。それなのに、北斗と南斗はグラントのためだーとかなんとか言って、うちの部隊の予算をじゃんじゃん使って中途半端な庭園もどきを造っちゃうし、高宮重工が開発したばかりのワープゲートを開いて異世界の人を呼んじゃうし、無許可で民間人を駐屯地に連れ込んじゃうし…。頭痛がしすぎて頭が吹っ飛んでしまいそうですよ」

「お前も大変だな」

 礼子の愚痴にルージュが思わず同情すると、礼子は口元を引きつらせた。

「この五六年は、訓練とストレスで全く太れない生活が続いていますよ。そのうち脳の血管が切れそうです」

「まあ、なんだ、頑張れ」

「言われなくても頑張りますよ。それが私の仕事です」

 私よりも頭が痛い人がいますけどね、と礼子が指した方向を見やると、戦闘服姿の中年男性が項垂れていた。
タバコを力一杯噛み締めて、煙混じりのため息を吐いている。鋭い目元を更に険しくさせ、顔をしかめている。

「うちの隊長です」

 礼子は男を手で示し、紹介した。男はタバコを口から外し、ルージュの元へとやってきた。

「朱鷺田修一郎二等陸佐だ。鈴木とあのロボット共の上官をしている」

「ルージュ・ヴァンピロッソだ。それで、お前達は私に何の用だ?」

 ルージュが朱鷺田に問うと、朱鷺田は三人の黄色い声が聞こえる中途半端な庭園に顔を向けた。

「あの連中の中じゃ、あんたが一番まともだと俺は踏んでいる。少なくとも、平和ボケした能天気な女子高生と万年幼女の戦闘兵器よりは常識的な考えを持っているように見える。生前は吸血鬼だったとか魔法で動くロボットだとかいう訳の解らない情報はこの際無視して、あんたの人格と理性を最重要視することにする。そこで、ルージュ。お前はグラントのお茶会に戻って、どんな手段を使っても構わないから、一刻も早く終わらせてくれないか。あれが終わらない限り、次の作戦の訓練が始められないんだよ」

「次の作戦の内容は機密上の理由で言えませんけど、失敗しちゃうと、政府がやばいことになりそうなんですよ」

 なんせ大規模テロの予告があったので、と礼子が苦々しげに呟く。朱鷺田は、ルージュを強く見据えた。

「民間人は絶対に負傷させるな。後が面倒だからな。だが、他の二体は多少撃ったところで壊れるどころか傷付きもしない兵器だ。手加減はしなくていい。むしろ、暴れ回って、グラントの戦闘本能を呼び起こしてやってくれ。北南の馬鹿共だけでも手を焼いているってのに、グラントまで色ボケしちまうと特殊機動部隊がやばいんでな」

「グラントは大事な切り込み役だし、機動力を犠牲にしている分、火力が秀でていますからね。そりゃ、人工知能が成長して女の子らしくなるのは構いませんが、限度ってものがあるんですよ。戦闘部隊としては」

「ああ、そうか…」

 礼子と朱鷺田の冷静な言葉に、ルージュはうんざりした。召喚された理由が解ると、なんだか腹が立ってくる。

「だが、なぜそれを私に頼むんだ? お前達はあれの上官だろう。上官なら、命令を聞くんじゃないのか?」

「自己進化しているんですよ、グラントの人工知能って。だから、最近は私達に逆らうことを覚えちゃって」

「つまり、ただの子供から思春期に成長し、反抗期に突入した、ということか?」

「言ってしまえばそうですね」

 礼子が開き直ったので、ルージュは口元を曲げた。他人の家庭の事情に、そこまで首を突っ込む義理はない。

「すまないが、それはお前達の問題だ。私が関わっていいような問題ではない」

「そんなことを言うと、元の世界に帰れなくなるかもしれませんよ」

 すると、礼子はにやっと唇を広げた。フィフィリアンヌがたまに見せる、狡猾な笑みによく似ていた。

「北斗と南斗があなたを呼び出したワープゲートを使えるのは、私達特殊機動部隊か高宮重工の研究部員だけです。ですが、強引に作動させたおかげでメインコンピューターもバックアップシステムも飛んじゃったので、あなたが元々存在していた空間座標を完全に記憶しているのは北斗と南斗だけなんです。ついでに言えば、ワープゲートを作動させるためのエネルギーを合成してゲートマシンにチャージするプログラムも全部飛んじゃって、そのプログラムを記憶しているのはゲートマシンにAIを直結させて操作していた北斗と南斗だけなんですよ。ですが、北斗と南斗はああいう性格ですし、なんだかあなたのことを気に入っていないみたいなので、このままでは元の世界に帰れなくなるかもしれませんよ。あなたは頭が良い方だとお見受けしますが?」

「…解った、逆らわなければいいんだろう」

 ルージュは礼子の言葉を全て理解したわけではなかったが、端々の言葉と語気で脅されていることは解った。
ルージュの答えに、礼子は満足げに目を細めた。だが、それは親しげな笑顔ではなく、打算的な表情だった。

「あ、でも、破壊はしないで下さいね。グラントは次の作戦で使う機体ですから」

「人の恋路を阻むのは気が進まないが、私にも帰るべき場所はある。お前達に従うのは癪だが、仕方ない」

 ルージュは、したり顔の礼子を見下ろした。

「だが、そこまで言うからには約束しろ。私を元の世界へ、ブリガドーンへ戻すと」

「北斗と南斗のメモリーブロックは優秀ですよ。ワープゲートを開いた際に流入してきた情報量は恐ろしく膨大でしたけど、1バイトだって逃していませんでしたから。事を終えたら、必ず帰して差し上げます」

「必ずだぞ、礼子。私は、私のために戦わなければならないんだ」

 ルージュの厳しい口調に、礼子は敬礼した。

「ご武運を」

「私が負けるとでも思っているのか?」

 ルージュは冷ややかな笑みを浮かべ、礼子と朱鷺田に背を向けた。背筋を伸ばし、女戦士は庭園に戻った。
礼子は手を下げてから、大きく息を吐いた。一応言葉は通じているようだったが、近くにいると背筋が逆立った。
吸血鬼というのも、あながち嘘ではなさそうだ。銀色の唇の端からは牙が垣間見え、気配も普通ではなかった。
見た目は懐古的なデザインで両腕のアンバランスなキャノン砲が印象的なロボットだが、ただのロボットではない。
あんな相手に脅しを掛けた挙げ句に、こんなことを頼んでいいものか。礼子が後悔していると、朱鷺田が言った。

「あの女、惚れた男でもいるのかもな」

「なんですか、いきなり」

 礼子が振り返ると、朱鷺田は新たなタバコを銜えて火を付けた。

「そうでもなければ、俺達の話を信用するわけがない。あれが本当に異世界のものだとしたら、一刻も早く元の世界に帰りたいと思っているはずだ。だが、そのために渡る橋は危険が多すぎる。高宮重工のワープゲートにしたって、あいつを呼び出した時に吹っ飛んで壊れたままだ。だから、グラント・Gの問題が解決したからと言って、あいつが元の世界にすぐ戻れるという保証はない。事実、お前はそう言わなかった。だが、それでもあいつは信用し、引き受けやがった。自分のために戦う、ってのも引っ掛かるしな。どんなに強い女でも、男に惚れたらただのメスに戻っちまうってことか」

 やれやれ、と渋い煙を吐き出しながらぼやいた朱鷺田に、礼子は言い返した。

「それはそれとして、高宮重工から訴えられたら勝ち目はありませんよね。私もですけど、隊長なんて特に」

「事が荒立つ前に、さっさと所長さんにでも謝罪しておくか…」

 ああ頭が痛い、胃も痛い、とかなり苦々しげに漏らしながら、朱鷺田は特殊機動部隊の官舎に戻っていった。
礼子はその背を見送っていたが、庭園に振り返った。ルージュが戻ると、黄色い声は更に勢いを増している。
どんな会話かは聞き取れないが、楽しげな雰囲気は伝わってくる。それが、無性に羨ましいと思ってしまった。
諸事情で高校に進学せずに自衛隊に入隊してしまった礼子は、当然ながら、高校生活など送ったことはない。
高校と大学と同等の教育は受けさせてもらったが、訓練と実戦の傍らだったので、今一つ身が入らなかった。
それに、自衛隊という場所柄、同年代の女性と関わる機会も少ない。だから、あの庭園に行ってみたくなった。
 白金百合子という民間人の少女は十七歳で、フルサイボーグの身ではあるものの、明朗快活で元気な少女だ。
出来ることなら、少しぐらい話してみたいと思った。自衛官として戦いに明け暮れていても、女心は残っている。
だが、ここで自分まで崩れたら終わりだ。礼子は迷彩柄の帽子を深く被り、歩調を速めて庭園から遠ざかった。
 自分にとっては、戦いこそが日常なのだから。





 



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