あのお茶会から、数日後。 ヘビークラッシャーは最大限まで範囲を広げてサーチをしながら、出力を下げた状態で超低空飛行をしていた。 アスファルトに体が擦れそうなほどに高度を下げ、ソナーやスキャナーだけでなく、目でも辺りを確認していく。 曲がりくねった道路の周囲には深く木々が生い茂り、アスファルトも所々がひび割れていてブレーキ痕だらけだ。 古びたガードレールには赤錆が浮いており、ブレーキ痕の主である走り屋が追突したり擦った痕跡が残っていた。 途切れ途切れの白線を見つめながら、慎重に進んでいく。そして最後のカーブを抜けると、トンネルが現れた。 トンネルの前には、黒い大型バイクが留めてあった。その傍らには、ヘルメットを被ったままの男が立っていた。 漆黒のオイルタンクと同じく漆黒のヘルメットには Black heavy crusher との白いステッカーが貼り付けてあった。 男はヘビークラッシャーに気付くと、振り向いた。ヘビークラッシャーは薄暗く湿ったトンネルに入り、止まった。 「りょおー!」 途端にヘビークラッシャーは急浮上して、ライダーの男にしがみついた。 「ばっ、ちょっと待てったら!」 急な衝撃と重みによろけ、彼はたたらを踏んだ。ヘビークラッシャーは、慌てて離れる。 「あ、ごめん。感極まっちゃって」 「極まりすぎだ、相変わらず」 ライダーの男はトンネルの中に入ってからヘルメットを外し、大型バイクのハンドルに引っ掛けた。 「で、見つからなかったか?」 「だいじょーぶ! この辺一帯を舐めるようにサーチしたけど、半径二十キロ以内には、シュヴァルツ関係者も高宮関係者も政府関係者もいないよ! ついでに言えば、監視衛星は食に入っちゃっているからエネルギー不足で地上との連絡は不可能! サブの監視衛星は、陽動役をしてくれているイレイザー兄さんを追いかけているし、今現在地球上で私の姿を確認出来るのは涼だけなのだ!」 誇らしげに、ヘビークラッシャーは起伏の少ない胸を張った。ライダーの男、涼平はその頭を撫でる。 「随分と徹底したな、今回は。しっかし、イレイザーも随分とオレに甘くなったもんだな」 「そうだよねー、昔だったら絶対斬り殺しに来てたのにねー」 「あいつもあいつで、さゆりと上手くいっているからかもな」 「だったら、さっちゃんに感謝だね」 「だな」 涼平の笑みに、ヘビークラッシャーは笑みを返した。出会った頃からは月日が過ぎ、彼も大人になっていた。 昔は生意気な少年だったが、少し目を離している間に背が伸びて声も大分低くなり、顔付きも逞しくなった。 高宮重工で技師として働く傍ら、趣味のバイクを転がしているためか、神田に負けず劣らず日に焼けている。 ヘビークラッシャーに触れてくる手も、昔は頼りないほど小さくて柔らかかったのに、今では厚く硬くなっている。 六年前の高宮重工とシュヴァルツ工業の戦いは尾を引き、マシンソルジャーとコマンダーは別れたままだ。 マシンソルジャーの存在が世間には隠されていることと、これまでの経緯があるため、大っぴらには会えない。 接触する回数も制限されていて、年に数回会えればいい方だ。だが、会えたとしても、監視の目だらけになる。 だから、今日のように密会することもあった。それはヘビークラッシャーだけでなく、他の兄弟も同じだった。 「なんか嬉しそうだな、クー子」 涼平の言葉に、ヘビークラッシャーは頬を緩めた。 「んー、解るうー? この前、お茶会に招待されたんだ!」 「へえ、誰に? まさか、礼子ちゃんってことはないよな?」 「ちょっと惜しいなー。グラントちゃん!」 「マジで!?」 かなり驚いたのか、涼平は声を裏返した。その声が薄暗いトンネルに反響し、遠ざかりながら弱まっていった。 「うん。招待状をもらったから、行ったの。私の他にね、ゆっこちゃんとルージュおねーさんが来たの」 ヘビークラッシャーが招待状を見せると、涼平は訝りながらもそれを受け取り、中身を確かめた。 「あーマジだー…。確かにグラント・Gって書いてある。ていうか、戦闘部隊がこんなことをやらかしていいのか?」 「特殊機動部隊は治外法権なんだって」 「G子も大分北斗と南斗に毒されてきたなぁ…」 なんてこった、と苦笑いする涼平に、ヘビークラッシャーは近寄った。 「えー、私は悪いことだとは思わないけどなー」 「人工知能が成長するのはいいことだけど、あの二人の影響を受けちまうのはまずいと思うなぁ、色々と」 神田さんも大変だな、と涼平は神田に同情した。ヘビークラッシャーは招待状を取り返すと、装甲の下に入れた。 「ね、涼」 「なんだよ」 顔を上げた涼平に、ヘビークラッシャーは少し高度を上げ、真正面から涼平を見下ろした。 「私達って、恋、してる?」 ヘビークラッシャーの熱っぽい言葉に、涼平は面食らった。だが、ヘビークラッシャーの表情は真剣だった。 冗談でも何でもない、至って本気だ。薄暗い中では一際目立つショッキングピンクの瞳が、真っ直ぐに見ている。 グラント・Gが主催するお茶会で何があったのかは解らないが、彼女からこんなことを聞かれるのは初めてだ。 二人の関係は、長らく友人同士だった。出会いから三年後、彼女が惑星ユニオンから帰還してからもそうだった。 他のマシンソルジャーとコマンダー達の関係は、一緒にいる時間が長引くに連れて、友人からその先に変わった。 だが、ヘビークラッシャーと涼平の関係はあまり変わらなかった。涼平が成長すると、精神年齢が離れたからだ。 涼平が思春期を迎えて少年から大人に変化しようとも、ヘビークラッシャーはいつまでも少女のままで幼かった。 知識こそ増えていくが、精神年齢は全く成長しない。体も子供のような体格のままで、大人には永遠になれない。 だから、先に進む気が起きなかった。大人になると、ヘビークラッシャーを異性として見られなくなったからだ。 だが、それでもヘビークラッシャーは涼平の傍にいる。どんなことがあろうとも、決して離れていこうとしなかった。 高校時代に涼平が同級生と淡い恋に落ちても、大学時代に出来た彼女と一線を越えようとも、いつも傍にいた。 少し鬱陶しいと感じた時もあるが、それ以上に大事だった。だからこそ、尚更、異性として見たくなくなっていた。 ずっと友人のままでいられたら、きっと楽だろう。けれど、その関係がいつまでも続かないことは良く知っていた。 異性として見られなくとも、愛することは出来た。種族も立場も関係も越えた愛情を、感じずにはいられなかった。 それを、恋などと呼ぶべきではない。ヘビークラッシャーとの間に芽生えたものは、そんなに薄くも軽くもないのだ。 「恋なんかしてねぇよ」 涼平はヘビークラッシャーの冷ややかな頬に、手を触れた。 「愛し合ってんだろうが」 「…うん」 ヘビークラッシャーは涼平の手に自分の手を重ね、頷いた。恋らしい恋にはならなかったが、心は繋がっている。 それが不満に感じた時もあったが、今ではそれでいいと思う。戦いのように激しい恋など、疲れてしまうだけだ。 戦って、戦って、戦い抜いて、それでもまだ戦って、ようやく行き着いた場所が涼平の傍であり、この地球なのだ。 生まれてからずっと戦い続けたのだから、これ以上戦う必要はない。だから、愛し合うことぐらいは平穏でいい。 そして、二人は、触れるだけのキスをした。 広大な田園に囲まれた通学路を、二人で歩いていた。 スポーツバッグと通学カバンを担いだ鋼太郎の隣を、百合子は歩いていた。歩調は全く合わず、引き離される。 だが、生身だった頃ほどひどくはない。引き離されそうになったら追いかけて、追い付いてしまえるからだった。 百合子が鋼太郎のマスクフェイスの横顔を見上げていると、鋼太郎は訝しげな視線で百合子を見下ろしてきた。 「なんで今日はそんなに静かなんだよ、調子狂うぜ」 「ん、なんでもない」 百合子は鋼太郎の一歩前に出ると、振り返って向き直った。そして姿勢を戻すと、鋼太郎に寄り添って歩いた。 あのお茶会の出来事は、自分でもよく解らない。招待状が送られてきたと思ったら、いきなり連れて行かれた。 しかもその場所が自衛隊の駐屯地で、ロボットが三体もいて、そのうちの一体が異世界の者だというのだから。 こんな話は、鋼太郎も信じないだろう。だから、百合子は、お茶会のことを自分の胸にしまっておくことにした。 後から考えてみると、かなり訳が解らない。正弘の書く少女漫画以上に混沌としていて、夢のような出来事だ。 だが、あのお茶会の招待状は未だに存在しているし、記憶もはっきりしているので、現実にあったことなのだ。 けれど、誰にでも話していいことではない。そう判断した百合子は、このまま誰にも言わないでおくことにした。 鋼太郎はすっきりしていないようだったが、深く言及することもなかった。百合子が、笑っているからだろう。 百合子は開いている左手を伸ばし、鋼太郎の右腕に絡めた。鋼太郎はつんのめったが、転ばずに立ち直った。 「何すんだよ、いきなり」 「んー、なんでもなーい」 百合子は鋼太郎を引き寄せ、紺色のブレザーに包まれた太い腕に体を寄せた。 「あのな、ゆっこ。オレらはこれから高校に行くんだぞ、なのに何をしてやがるんだよ」 気恥ずかしげな鋼太郎に、百合子はにやにやする。 「まんざらでもないくせにぃ」 「時と場所を弁えろってんだよ」 「鋼ちゃんだって所構わず私を撫でてくるじゃなーい」 「あれとこれとじゃ違うだろうが、大違いだ! いい加減に離れろ!」 そうは言いながらも、鋼太郎は振り解こうとしなかった。表情は見えないが、声色は照れと羞恥で上擦っている。 本当にまんざらでもないのだ。百合子は顔が緩むのを押さえきれず、だらしない笑顔のまま鋼太郎と歩いていた。 そのうちに鋼太郎は照れが増してきたのか、自責する言葉を何度となく呟きながら、あらぬ方向を睨み付けた。 「ねえ、鋼ちゃん」 「んだよ」 「もしも、もしもだよ」 百合子は鋼太郎の腕を掴む手に、力を込めた。 「私がただのフルサイボーグじゃなくて、戦闘兵器に改造されちゃってたら、どうする?」 「どうもこうもしねぇよ」 「それだけ?」 「どんな答えを期待してたんだよ、お前は」 鋼太郎はスポーツバッグと通学カバンを担いでいる左腕を伸ばし、百合子の頭をぐいっと押さえた。 「だ、だあってえ」 「まあ、もしも、だ」 鋼太郎は百合子の頭から手を外し、目を合わせた。 「そんなことがあったとしても、ゆっこはゆっこで、オレはオレだ。今まで通り、傍にいてやらぁ」 「だから鋼ちゃんって好きぃー」 百合子は嬉しさのあまりに、顔を緩めて体重を預けた。その拍子に鋼太郎の足元が崩れてしまい、よろけた。 鋼太郎からは文句が聞こえたが、気にならなかった。そう言ってくれるだろうと思っていたから、余計に嬉しい。 あの三人の女の子達は、皆、戦うことを定められていた。ヘビークラッシャーも、グラント・Gも、ルージュも。 あのお茶会のメンバーの中で、戦うことを知らないのは百合子だけだったが、決して他人事とは思えなかった。 百合子は病巣に冒された生身の体をペレネら異星人に引き渡すことで、こうしてフルサイボーグの身を得られた。 だが、今にして思えば、無謀すぎる賭けだった。彼女らが、本当に約束を守ってくれるとは限らないというのに。 彼女らは約束を守り、百合子には高性能なサイボーグボディが与えられたが、もしもそうでなかったとしたら。 もしかしたら、あの三人のように、戦うことになっていたかもしれない。そうならなかったことが、とても嬉しい。 百合子は無性に胸が詰まってしまい、鋼太郎の腕に額を押し当てた。すると、鋼太郎は急に文句を止めた。 その代わり、少々乱暴な手付きで百合子を撫でてきた。百合子は満面の笑みを浮かべると、鋼太郎に言った。 大好き、と。 微睡みは終わり、現実が戻ってくる。 やはり、あれは夢だ。機械の体と無機物の魂を持つ少女、男の心と女の魂を宿した兵器、黄泉から還った娘。 そのどれもが現実味がなく、気持ちも浮ついている。荒事を乗り越えたために、気が緩んでいるのかもしれない。 だから、あんな馬鹿げた夢を見たに違いない。大体、なぜ自分のような者がお茶会に招かれる必要があるのだ。 夢の最後では、レイコという女軍人がナントとホクトという名の人型兵器を使い、空間移動魔法を生成してくれた。 その空間の穴を越える直前に、グラント・Gはお前を労りたがっていたぞ、と本人に代わってレイコに伝えた。 レイコは驚いたような戸惑ったような顔をしたが、返事を聞く前に夢が終わったので、答えは解らず終いだった。 だが、あれは全て夢なのだし、レイコも夢の中の人物なのだから、ルージュが目を覚ました瞬間に消え失せた。 だから、元より気にする必要もない。そう思いながら、ルージュは夜の闇を溶かしたような湖水を見つめていた。 弱々しい月明かりとかすかな星の輝きの下、ルージュは彼を待っていた。密会するのは、これで何度目だろう。 少なくとも、十回は越えている。ルージュは左手で主砲ではなく刃を備えている右腕に触れ、記憶を手繰っていた。 なぜ、夢の記憶を思い出したのかは解らない。暇を持て余しすぎたせいで、追憶に浸ってしまったのだろう。 あの奇妙なお茶会の夢を見たのは、ブリガドーンでの戦いが起こる直前、つまりブラッドに殺される前のことだ。 いつものようにブリガドーン内部の魔導球体で修復と回復を行っている最中に見た、最も鮮明で不思議な夢だ。 ブラックヘビークラッシャー、シロガネ・ユリコ、グラント・G。彼女達の声や顔や姿は、今でもしっかり覚えている。 ヘビークラッシャーに主砲に触れられたこと、ユリコの言葉、グラント・Gの不可思議な言動を忘れたことはない。 しかし、あれを現実と認識することは難しかった。ルージュの理解出来る範疇を越えたものばかりだったからだ。 だから、あまりにも生々しい体験だとしても、夢だと思っておくべきだ。そうでもしておかないと、処理出来ない。 「よう、ルージュ」 その声にルージュが振り返ると、白銀色のコウモリに似た翼を広げた青年、ブラッドが湖畔に舞い降りた。 「どうしたんだよ、ぼんやりして。まさかとは思うが、眠いのか?」 「私に限って、そんなことがあるわけがないだろう」 ルージュは、立ち上がってブラッドに歩み寄った。翼を背に戻したブラッドはルージュを引き寄せ、口付ける。 「じゃ、何か考え事でもしてたってのか?」 「そうだな」 ルージュはブラッドに口付けられたばかりの唇を押さえ、少し照れた。 「随分前のことなんだが、おかしな夢を見たんだ。それを思い出していたんだ」 「へえ、どんな?」 「具体的に何をどう言えばいいのかは解らないんだが、とにかく、変だったんだ」 ブラッドが湖畔に腰を下ろしたので、ルージュも隣に座った。肩に回された彼の手に、己の機械の手を重ねる。 「だが、悪いものではなかった。あんなふうに女同士で騒いだことは、生まれてこの方、なかったからな」 「じゃ、どんな女の子がいたんだよ?」 「なんだ、気になるのか? 意外だな」 ルージュが聞き返すと、ブラッドはルージュの頭部装甲に頬を寄せる。 「気になっちゃ悪いかよ。だって、ルージュの友達みてぇなもんなんだろ?」 「友達、というか、まあ、あの三人の娘達は夢の産物だから、私の妄想と表現した方が正しいかもしれない」 「で、どんな子がいたんだ?」 「その夢の中では、私はお茶会に誘われたんだ。その招待状の主であり主催者でもある娘はグラント・Gという名で、上半身は全体的に角張った形状の分厚い装甲に覆われていて、左腕には大型のドリルを備えていた。背部には重機関銃を背負っていて、下半身は戦車のそれに近かった。本人は兵士だと言っていた」 「それ、マジで女の子?」 きょとんとしたブラッドに、ルージュは頷いた。 「本人がそう言うんだから、間違いないだろう」 「ドリルってあれだろ、あの、鉱石とかを掘削する時に使う作業機械のことだろ。そんなのがなんで腕に?」 「恐らく、それがグラント・Gの武器なんだろう」 「ドリル…ドリル…ドリルねぇ…」 「そう。ドリルなんだ」 「ドリルってさ、マジイカしてね?」 「は?」 ルージュが目を丸めると、ブラッドは少年のような顔になった。 「だってさ、凄いんだぜドリルって! オレ、結構前に魔導師の仕事で鉱山の町に行ったことがあるんだけど、その時に鉄鉱石の採掘現場でドリルを使っているのを見たんだけどさあ、あれってマジ凄ぇんだぜ! 硬い岩盤だろうが馬鹿でかい岩だろうが、どっかんどかん砕いちまうんだよ! そっかあ、やっぱりあれって兵器になるんだな!」 「お前、そんなにドリルが好きなのか?」 「好きも何も、男だったら当然だろ! ドリルとか機関車とか戦艦とか複葉機とか、ああいうのって超燃えねぇ!?」 「いや、特に」 「んだよー、つれねぇなー」 不満げなブラッドに、ルージュは素っ気なく返した。 「だからといって、私の腕をドリルにしようなどとは絶対に考えるな。あんなものを付けるぐらいなら私は自爆する」 「え!? なんで!? すっげぇいいじゃん、ドリル!」 ブラッドはルージュに詰め寄り、力説する。 「だってほら、ドリルって破壊力が凄まじいし、見るからに強そうだし、オレだったら絶対付けるけどな!」 「それはお前の基準だろう。私の基準ではない」 「超格好良いのになぁ、ドリル。なんでそれが解らねぇかなー」 ルージュの冷たい態度に、ブラッドはむくれた。ルージュは、つんと顔を逸らす。 「見かけだけで兵器の善し悪しを決めるのは、幼稚な考えだ」 「最高にイカすんだけどなぁ、ドリル」 本気で残念がっているブラッドは、掘削現場のドリルの回転を模しているのか、右手をぐるぐると回していた。 そんなに好きなのか、とルージュは呆れた。このままでは、ドリルのことだけで会話が終わってしまいそうである。 ユリコとヘビークラッシャーのことを話すべきか、話さないべきかと思ったが、ブラッドはドリルに気が向いている。 余程ドリルが気に入っていたのか、何やら語っている。だが、ルージュには言葉の意味も考え方も理解出来ない。 時たま、ブラッドは訳が解らないことを言う。男の世界だの何だのと言っては、ただの機械や兵器に執心するのだ。 ルージュの武装について語ったこともあれば、ラオフーの金剛鉄槌の魅力を説き、フリューゲルの性能も褒めた。 その時は物好きな男だと思ったのだが、ここまで来るとある種の病気かもしれない、と思うようにすらなっていた。 これで、あのナントとホクトという二体の人型兵器とブラッドを引き合わせてしまったら、どうなってしまうことやら。 きっと幼子のように大喜びして、浮かれるのは間違いない。その様子を想像し、ルージュはなんだかげんなりした。 ブリガドーンでの壮絶な戦いを乗り越え、ルージュは二度目の死を免れた末に、二人は愛し合うようになった。 それは本当に喜ばしいことで、二人の悲願だった。だから、この状況に不満を抱くのは以ての外だと思うのだが。 思うのだが、ブラッドが語り続けている無機物への情熱を聞いていると、この男で良かったのかどうか不安になる。 まさかとは思うが、自分の人格ではなくこの機械仕掛けの体を好いたのでは、とルージュは考え込んでしまった。 時として、男心は、複雑を通り越して不可解だ。 08 2/20 |