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最強主人公決定戦 前編



 第一試合。

「赤コーナーッ!」

 バトルステージ中央に立ったミイムは、赤いスポットライトが落ちた右側を示した。

「地球はドイツ、ツッフェンハウゼン工場生まれの日本育ち! シルバーカラーのポルシェ・911を身に纏った、 車載型人工知能○一二型、通称トゥエルブゥーッ!」

「私の本来の仕事とは懸け離れた事柄だが、致し方ない。これも春花の元に戻るためだ」

 スポットライトの中心では、トゥエルブがエンジンを空吹かししていた。

「青コーナーッ!」

 続いてミイムが左側を示すと、青いスポットライトがカンタロスの頭上に落ちた。

「地球は日本、東京生まれ! 人型昆虫の中の人型昆虫、未来の王者、外骨格の内に無敵の闘志を宿した 見た目通りのパワーファイター! カンタロスゥーッ!」

「クルマなんざ、相手にするだけ時間の無駄だ」

 カンタロスはぐるりと首を回し、長いツノを見せつけた。ミイムはサイコキネシスで退避しつつ、叫んだ。

「レディ、ファイト!」

 スポットライトが切り替わり、目も眩むほどの白い光がバトルステージ全体を光らせた。先に飛び出したのはカンタロスで、 四枚の琥珀色の羽を細かく震わせながら足元を踏み切った。直線上で停車していたトゥエルブは後輪を急激に回転させて 軽くドリフトしながら発進し、カンタロスに迫った。だが、空を飛べるカンタロスにとっては地上を走るだけのスポーツカーなど 取るに足らなかった。トゥエルブの名車に相応しい馬力をものともせずに回避し、それどころかトゥエルブの屋根に飛び降りた。 カンタロスは下両足を窓に引っ掛け、屋根を突き破ろうと爪を振り翳した。

「甘いな」

 攻撃を察したトゥエルブが車体全体を揺さぶると、カンタロスは姿勢を崩した。

「お、おおっ!?」

 予想外の反撃にカンタロスが左側に仰け反ると、トゥエルブは右側の車輪を上げて片輪走行を始めた。

「本来、私は大衆車用の人工知能であるからして、このようなことは出来ないように設定されているのだが」

 長いツノが仇となり、カンタロスはツノの先端を激しく擦りながら引き摺られていく。上体を起こそうとしても、思いの外 トゥエルブの速度がある上に、荒々しいドリフトを繰り返しているので車体を掴もうにも掴めなかった。黒々と熱したタイヤ痕が 連なった間にカンタロスのツノの先端から剥がれた外骨格が散り、ダメージの大きさを物語っていた。

「私は腐ってもスポーツカーでね。このような芸当は得意中の得意だ」

 ぎゅおっ、と一際激しくドリフトしたトゥエルブは、その場で回転して遠心力を加えた。

「ぐっ…!」

 振り落とされれば、加速による強烈な打撃を受けてしまう。カンタロスは事態を打開しようと上両足の爪を上げるが、 遠心力には勝てずにステージに引き摺ってしまった。ドリフト音、ブレーキ音、エンジン音。スポーツカーが持ち得るコーナリング 性能をフルに発揮しているトゥエルブは、ダンスを踊っているかのようでどことなく誇らしげにも見えた。だが、カンタロスには 溜まったものではない。人型昆虫であろうとも、これだけ回されれば目眩もすれば昏迷もする。どうにかしてトゥエルブを 止めなければ、ろくに戦えないまま負けてしまう。それだけは、人型昆虫の王たる虫としてのプライドが許さなかった。普段は 武器にしている車に負けたとあっては、情けなさすぎて繭に合わせる顔がないではないか。
 回転に回転を重ねて加速を付けたトゥエルブは急ブレーキを掛け、慣性の法則に従ってカンタロスを放り出した。 膨大な運動エネルギーが蓄積した状態で放り出されたカンタロスはステージ上で横転したが、下両足の爪を踏ん張って 身を起こした。触角をぴんと立て、黒曜石じみた複眼で銀色のスポーツカーを睨んだ。

「よくも、この俺のツノに傷を付けたな?」

「おや、気が合うね。私も、君の爪に付けられた傷が理性回路が痺れるほど憎らしくてね」

 言葉とは裏腹に平坦に述べたトゥエルブは、ヘッドライトを上げてカンタロスを睨み返した。

「たかが鉄の固まりが、いい気になりやがって」

 カンタロスが踏み出すと、トゥエルブも緩く発進した。

「君の方こそ、フォルクスワーゲンにでも帰りたまえ」

「上等じゃねぇかあああああっ!」

 カンタロスは力一杯足元を蹴り、巨体を踊らせた。トゥエルブはかなり暖気したツインターボのエンジンから注がれた パワーをギアに伝え、余すことなく車輪に流し込んで銀色の車体を滑り出させた。カンタロスとの間合いを詰めるのに 必要な時間はほんの僅かで、接触した瞬間に両者は鬩ぎ合った。カンタロスはトゥエルブのバンパーを掴んでその勢いを 全て受け止め、トゥエルブもまたカンタロスを押し出そうと後輪を激しく回転させて白煙を立ち上らせた。カンタロスの爪が バトルステージの石畳を砕き、割ると、トゥエルブのタイヤ痕に更なるタイヤ痕が重なった。

「クルマなんざなぁっ!」

 ぎゃぎぃっ、と上両足の爪で外装を突き破ると、カンタロスはトゥエルブを抱えて持ち上げた。

「こうやって使うしかぁっ!」

 石油臭い排気を撒き散らす車体後部をツノよりも上に掲げたカンタロスは、腰を捻って投げ飛ばした。

「能がねぇんだよおおおおおおっ!」

 銀色の車体が横に回転し、宙を舞った。カンタロスは勝利を確信し、顎を開いた。エンジン音と風切り音の唸りを 上げながら落下していくポルシェは、ヘッド部分から真っ直ぐステージ上に突っ込むかと思われたが、接した後輪を回転させて 姿勢を取り戻し、着地すると、サスペンションの柔らかさを見せつけるようにしなやかに上下した。

「…あ?」

 またも予想外の展開にカンタロスが驚くと、トゥエルブは短くクラクションを鳴らした。

「言ったはずだ。私はこういった芸当が得意だと」

「で、でも、お前はクルマだろうが! 何をどうやりゃあ、正面衝突の姿勢から後輪で着地出来るんだよ!」

 カンタロスが動揺して身構えるが、トゥエルブはしれっと言い返し、急発進した。

「科学の勝利だ」

「そんなん」

 理由になってねぇええええっ、と言い残しながら、カンタロスはトゥエルブに真正面から突っ込まれた。繭が不在なので 全力を出せないにも関わらず、1.5トン超の車体を投げ飛ばしたことで体力が削れていたカンタロスは、今度はさすがに 受け止められず、抗いはしたがステージから外に吹っ飛ばされてしまった。繭がいたら説明を付けてくれたんだろうか、 と思いながら、カンタロスはステージ周辺の剥き出しの土に転がった。背後ではトゥエルブが誇らしげにエンジンを噴かしていて、 駆け寄ってきたミイムがトゥエルブのサイドミラーを握って勝利宣言を行っていた。カンタロスはとてつもない苛立ちを感じたが、 相手が人型昆虫でも人間でもないので、本能が騒がないせいで今一つ力が出なかった。これで、トゥエルブがそのどちらかで あれば、今すぐに起き上がって八つ裂きにしていただろう。しかし、相手がただのスポーツカーでは張り合いが出ないどころか、 食欲と同等の戦闘衝動も湧いてこなかった。
 第一試合。カンタロスの場外負けにより、トゥエルブの勝利。



 続いて、第二試合。

「赤コーナーッ!」

 ミイムがバトルステージの右側を示すと、赤いスポットライトが青いロボットの頭上に落ちた。

「惑星ユニオン生まれのサイボーグ、マスターコマンダーの手によって作られたロボット五兄妹の真面目でヘタレな 次男坊! 趣味はお料理とロボットアニメ鑑賞! ブルーソニックインパルサーッ!」

「よろしくお願いします」

 インパルサーは、いやに礼儀正しく頭を下げてきた。

「青コーナーッ!」

 ミイムがバトルステージの左側を示すと、マサヨシの頭上に青いスポットライトが落ちた。

「太陽系の木星コロニー生まれ、元統一政府軍のエースパイロットであり、押しも押されもしないやり手の傭兵!  ボクらの頼れるパパさん、宇宙一の子煩悩! マサヨシ・ムラターッ!」

「…やりにくいな」

 マサヨシはミイムの説明に恥じ入り、目線を逸らした。

「レディ、ファイト!」

 ミイムはやはりサイコキネシスで退避し、バトルステージ上から脱した。マサヨシと向かい合ったインパルサーは、 正直困っていた。相手が生身の人間では、人工知能にプログラムされている非殺傷設定によって傷付けることすら 出来ない。大した理由もなしに戦うのはインパルサーの心情に反しているので、それはそれでいいのだが、マサヨシの 出方によっては戦わざるを得ないだろう。そのマサヨシもまた、どうするべきか考えているようだった。

「サチコ」

 マサヨシは情報端末を取り出し、この付近の宙域で待機しているであろう愛機に通信を入れた。

〈マサヨシなのね! ああ良かった、一体どこに行っちゃったのかと思ったわ! あなたの生体反応はレーダーじゃ 捉えられないし、情報端末と識別信号発信器の電波も途切れちゃってるしで、本気で困っちゃったわよ! で、今、どの 辺りにいるの? すぐに迎えに行ってあげるんだから!〉

「通信が繋がったってことは、俺の位置を把握出来たな? すぐに来てくれ、やってもらいたいことがある」

〈解ったわ! マサヨシのお願いとあれば、たとえ宇宙の果てだって飛んでいくんだから!〉

「俺の位置を特定したら、その前方四百五十メートル地点に向けて主砲を発射しろ」

〈ちょっと近すぎない?〉

「大丈夫だ。たぶん、死なない」

〈何よそれ?〉

「とにかく、命令は命令だ。解ったな」

〈了解! HAL号の移動をしつつ主砲の充填を開始するから、到着時刻は三十秒後よ!〉

 サチコの張り切った応答が切れると、マサヨシはインパルサーを制した。

「と、いうわけだから、三十秒間動かないでくれ」

「はあ…」

 事の次第は読めたがプログラムのせいで動くに動けないインパルサーは、気を付けの姿勢で直立していた。 それからきっかり三十秒後、惑星の衛星軌道上でありマサヨシの後方に出現したスペースファイターの主砲が インパルサーに据えられ、充填を終えた砲口から迸った閃光が襲い掛かってきた。

「うひゃあっ!」

 インパルサーは主砲の直撃をまともに受け、あっさりと吹っ飛ばされた。だが、場外には至らなかった。青い外装が 赤く熱するほどの高出力の砲撃を浴びた余韻が抜けないインパルサーは、関節から蒸気を噴いて廃熱を行いながら、 マサヨシを見据えた。マサヨシは熱線銃を構え、インパルサーに向けていた。

「どうした、反撃しないのか?」

「したいのは山々なんですけど、僕は生身の人間に攻撃出来ないように設定されているので…」

 今度は急速に廃熱しているために動くに動けないインパルサーが素直に答えると、マサヨシはにやりとした。

「ほう」

「えっ、あっ、まさか!」

 インパルサーが慌てると、マサヨシは情報端末越しに鋭く命じた。

「サチコ! 今の着弾点に向かって集中砲火! 撃って撃って撃ちまくれ!」

〈了解よ、マサヨシ!〉

 サチコという名のナビゲートコンピューターの明るい声の直後、またもや主砲が襲い掛かった。それも、速連射だった。 兄弟機のレッドフレイムリボルバーであれば、この程度の過熱など気にせずに戦闘に移れたのだろうが、インパルサーは 電流に対しての耐久性は高いが、今回のレーザー砲のような急激な過熱に対する耐久性はそれほど高くなく、せいぜい 回路が焼き切れない程度だった。だから、浴びすぎてはただでは済まない。インパルサーは逃げ出そうとしたが、足元が おぼつかないせいで顔から転んでしまった。

「あっ!」

 その拍子に地球に墜落して以来締まりが悪い首のジョイントが外れ、頭部が転がっていった。

「わあ待って、待ってったらぁ、僕の生首!」

 だが、追い掛けた傍からまたもや転んだ。先程のトゥエルブの激しいカーアクションのせいで、バトルステージに へこみが出来ていたからだ。俯せに転倒したインパルサーの手前を、ごろごろと生首が逃げていく。踏んだり蹴ったりで 泣きそうになったインパルサーが起き上がり、頭部を拾ってそのマスクフェイスを上向けた瞬間、追撃が訪れた。

「…あ」

 視認して間もなく、着弾した。一発、二発、三発、四発、五発、とその全てをきっちり浴びたインパルサーは、 自分の頭部を抱えたまま、ぺたんと座り込んだ。マサヨシはひどく過熱しているインパルサーに歩み寄ると、熱線銃を 一発撃ってインパルサーの頭部を弾き飛ばした。その頭部をまた追い掛けたインパルサーは、三度転び、めげずに 頭部を拾おうとするが手が届かず、とうとう泣き出してしまった。

「僕が何をしたって言うんですかぁ!?」

 脇に抱えた頭部のゴーグルからぼろぼろと冷却水の涙を落としながら、インパルサーはマサヨシに詰め寄った。

「お前こそ、戦闘ロボットのくせして撃たれたぐらいで泣くんじゃない。情けなくならないのか」

「こんなことされたら、誰だって泣きたくなりますよー!」

 と、マサヨシに背を向けて走り出したところでまた蹴躓き、インパルサーは場外に転げ落ちた。

「勝者、パパさーんっ!」

 すかさず飛んできたミイムがマサヨシの手を持ち上げて勝利宣言をしたが、すぐにその手を下げた。

「にしたって、パパさんってば大人げないですぅ」

「なんでもありだと言ったのはお前だろうが」

 マサヨシはミイムの手を解き、サチコに命じてHAL号を引き上げさせてから、バトルステージから降りた。が、すぐに 足を止めた。バトルステージの脇で俯せに倒れ伏しているインパルサーは、頭部を拾うことすら出来ずに弱々しく泣いていた。 そのインパルサーを、先程彼に慰められていたミラキュルンが助け起こそうとしていたが、かなり過熱していたらしく、彼の 外装に触れた途端に手を引っ込めてしまった。

「大人げねぇ…」

 鋼太郎が漏らすと、北斗が頷いた。

「全くであるな」

「歩兵を相手に空爆を行うようなもんじゃねぇか」

 戦士の風上にも置けねぇ、と、ヘルマグナムは毒突いた。

「ちょいとやりすぎだぜ、おい」

 ギルディオスが肩を竦めると、ゲオルグまでもが言った。

「戦闘とは己の身体能力だけで遂行すべきだ」

「じゃあ、聞くが、俺が生身で戦って勝てる相手だと思うのか?」

 マサヨシが真顔で言い返すと、五人揃って否定を返してきた。マサヨシも多少は卑怯だと思わないでもなかったのだが、 サイボーグでもない人間が戦闘ロボットを倒せるわけがない。手持ちの武器は熱線銃とナイフぐらいなもので、あの外装に 通じる武器は持ち合わせていなかった。だから、マサヨシの最大の武器であり商売道具であるHAL号を使ったまでなのだが、 それを大人げないと言われても困ってしまう。そもそも、命懸けの戦闘に大人げもクソもないと思うのだが。とも考えたが、 あまり喋りすぎると言い訳がましいので、マサヨシはバトルステージから離れた。一応、後でインパルサーには謝ろう。でないと、 さすがに良心が痛むからだ。
 第二試合。インパルサーの場外負けにより、マサヨシの勝利。





 



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