第三試合。 「赤コーナーッ!」 HAL号の砲撃で一部が焼けたバトルステージに立ったミイムは、右側を示した。 「惑星レギアはアイデクセ帝国出身、平民育ちの成り上がり軍人! 機械の瞳に機械の腕、そして機械にも勝るとも 劣らぬクールでハードな精神力! 三本足は進化の証し、ゲオルグ・ラ・ケル・タァーッ!」 赤いスポットライトが落ちると、ゲオルグはプラズマライフルを右手に携えた。 「青コーナーッ!」 続いて、ミイムは左側を示した。 「地球は日本、新潟県の鮎野町出身! 不慮の事故でサイボーグ化した、野球と幼馴染みラブでムッツリスケベな メイド萌えの十四歳! 名前だけは滅茶苦茶強そうだけどただの中坊、黒鉄鋼太郎ーっ!」 青いスポットライトが落ちると、辛うじて武器になりそうな自前の金属バットを握った鋼太郎はがっくりした。 「もうちょっとマシな紹介してくれよ…」 「事実は事実ですぅ! そんじゃあとっとと、レディ、ファイト!」 ミイムは意味もなくウィンクしてから、バトルステージから飛び去った。そして、ゲオルグと対峙した鋼太郎は、金属 バットを握り締めたが構えられなかった。それはもちろん、ゲオルグが怖いからだ。相手も同じサイボーグなのだが、表情の 読めない単眼の顔に赤いレンズを填めた義眼が威圧的だった。鋼太郎は後退りかけたが、ここで戦わなきゃ男じゃねぇ、とも 思い直した。考えてみれば、これまで読み漁ってきた少年漫画にはこの手の展開が腐るほどあり、圧倒的不利だと思われた 状況でも主人公ならなんとかしていた。そして、この戦いの名目は最強主人公決定戦である。何を理由に主人公だと断定 されたのかは不明だったが、本当に自分が主人公なら勝ち目があるのでは。大抵の漫画やアニメでは、主人公にはある程度の 補正が掛かっているものだ。となれば、自分にも。と、鋼太郎は都合の良いことを考えたが、プラズマライフルのスコープ越しに 鋼太郎を捉えているゲオルグと向かい合ってしまうと、そんな甘ったるい考えなど霧散した。 「やっぱ無理すっげぇ無理やっべぇ無理無理無理!」 金属バットを放り投げそうな勢いで鋼太郎が駆け出すと、バトルステージの脇から声援が上がった。 「大丈夫ですって、なんとかなります! 鋼太郎君なら、きっと勝てます!」 声の主は、純情戦士ミラキュルンだった。鋼太郎はゲオルグとの距離を測りながら、彼女に近付いた。 「…なんでそう思うんすか?」 「あのライフル、超電導式のプラズマ弾ですよね? それぐらいのエネルギー凝縮体なんて片手で弾けます!」 「それ、どこの世界の物理法則っすか?」 「出来ないんですか? だって、鋼太郎君って、見るからにパワードスーツ系のヒーローなんですけど」 「いや、違うっす。俺、ただのサイボーグで」 「じゃ、バトルサイボーグ型のヒーローですね?」 「だから、ただのサイボーグっす。だから、あんなバリバリの軍人と戦ったって、勝ち目なんてあるわけが…」 この人は何を言っているのだ、と思いつつ鋼太郎がゲオルグを見やると、ゲオルグは静かに銃口を向けていた。 「勝ち目がなくても勝機を作るのがヒーローの仕事です!」 なぜか得意げなミラキュルンがぐっと拳を固めると、鋼太郎は説明する気も失せた。 「だから、そのヒーローって何なんすか。ていうか、まず、あなたのその格好は何なんすか?」 「ヒーローはヒーローです。でもって、これはバトルスーツです。ちょっと恥ずかしいですけど」 ミラキュルンが照れ笑いを零したが、やはり意味が解らなかった。鋼太郎は他の面々を窺ってみたが、カンタロスは 照明の当たらない位置で傷付いたツノを撫でていて、トゥエルブは傷だらけの外装を嘆いていて、マサヨシは頭部が外れた インパルサーを修理してやりながらしきりに謝っていて、ギルディオスは自前の剣で黙々と素振りをしていて、北斗は地球と 思しき方向に向かって何度となく礼子君と叫んでいた。興味を持たれないのは楽ではあるが、ここまで堂々と無視されると、 なんだか腹が立ってくる。鋼太郎はようやく腹を据えると、わざとらしく金属バットの先端をバトルステージに引き摺って金属音を 鳴らしてから、担ぎ上げた。 「農家の長男、舐めんじゃねぇぞ!」 自分でもイマイチだと思ったが、何か言わなければ締まらないからだ。鋼太郎は心の底から、どうにでもなれ、と思い ながらゲオルグに向かって駆け出した。ゲオルグは鋼太郎に狙いを定めて数発撃ってきたが、威嚇射撃だったらしく、その どれもが命中しなかった。ゲオルグは無防備に突っ込んできた鋼太郎と真正面から向かい合うと、熱を帯びたプラズマライフルを 下ろしてナイフを抜き、鋼太郎との擦れ違いざまに斬り付けた。 「致命傷だ」 ゲオルグが振り上げたセラミックナイフの先端には、学ランの詰め襟の切れ端が付着していた。 「…うぉ」 鋼太郎は斜めに切り裂かれた詰め襟と、その下の装甲に付いた深い傷に気付き、硬直した。 「以上だ」 ゲオルグはセラミックナイフを腰の鞘に戻してプラズマライフルを担ぐと、ゲオルグは鋼太郎に背を向けてバトルステージ から降りたところで、ミイムが叫んだ。 「場外負けですぅ!」 「…あ?」 先程とは正反対の意味で鋼太郎が声を漏らすと、ゲオルグが三本目の足を踏み外して転び掛けた。 「だが、俺は」 「だってぇ、鋼ちゃんはKOされてないですぅ。首根っこを切られたけどぉ、ちゃあんと立ってますぅ。てぇことだからぁ、第三試合は 鋼ちゃんの勝ちでゲオルグさんの負けですぅ!」 ミイムは胸を張り、もっともらしく言い切ってしまった。 「理解しかねる」 ゲオルグはしきりに首を捻りながら、バトルステージを後にした。彼以上に困惑している鋼太郎に、ミラキュルンが拍手を 交えて賞賛の言葉を掛けてきた。だが、解せない。それに、鋼太郎はゲオルグに勝とうと思っていたわけではなく、せめて 一撃でも加えられれば上出来だと思って突っ込んだのだ。それなのに、うっかり勝ってしまった。司会でありレフェリーであり ルールブックであるミイムの横暴さに混乱しているのは鋼太郎だけではないようで、他の面々も不可解さを露わにしていた。 鋼太郎は一切使うことのなかった金属バットを片手に、訳の解らない気恥ずかしさに駆られながらバトルステージを降りた。 ファウルだとばかり思って見逃した打球がセーフになり、相手バッターが塁に出てしまったような気持ちだった。だが、鋼太郎は 打球を見逃して走塁させた側ではなく、塁に出たバッターなのだ。だから、尚のこと解せない。物凄く理不尽な負け方をした 対戦相手のゲオルグに、ちょっと同情してしまった。 第三試合。ゲオルグの場外負けにより、鋼太郎の勝利。 第四試合。 「赤コーナーッ!」 またステージ中央に戻ってきたミイムは右側を示し、威勢良く声を張り上げた。 「地球は日本、高宮重工人型兵器研究所生まれの陸上自衛隊育ち! 任務のためなら手段を問わず、お国のためにエンヤコラ! 精密、緻密、でもって国家機密な人型自律実戦兵器六式七号機、識別名称北斗ぉーっ!」 赤いスポットライトが落ちると、北斗は素晴らしく形の良い敬礼をした。 「青コーナーッ!」 ミイムは左側を示し、腹の底から叫んだ。 「地球型惑星だけと地球じゃない惑星は王国、首都生まれの戦場育ち! 一度死んだけど蘇り、その背に背負うは家族と同胞! 頭も体も空っぽだけど、その魂は燃えて滾ってフルバースト! ギルディオス・ヴァトラスゥーッ!」 青いスポットライトが落ちると、ギルディオスはバスタードソードの切っ先を北斗に向けた。 「回りくどい真似は止そうぜ、機械人形」 「旧き時代の遺物が、科学技術の集大成である自分に敵うはずもなかろう!」 北斗はジャングルブーツで踏み締めた床を蹴り、駆け出した。 「そいつぁどうかな!」 ギルディオスもまた駆け出すが、電動エンジンの高出力を受けたモーターを駆使する北斗に負けるどころか、それ以上の 身軽さで直進した。 「おいこら」 二人の間に立っていたミイムは両手を振り翳し、二人にサイコキネシスを放って押し止めた。 「ぐっ…がっ!?」 駆け出した姿勢で硬直した北斗が呻くと、ギルディオスは重圧に逆らって腕を挙げようとするが、出来なかった。 「こいつぁ…ダニーと同じ力かっ…」 「うっだらぁあああっ!」 ミイムはサイコキネシスを強めて二人をバトルステージに叩き付けると、ハイヒールを高く鳴らして歩いた。 「あのなぁ戦闘野郎共、物事には手順ってのがあるんだよ、手順がよ!」 ミイムは北斗の襟首を掴んで持ち上げると、一息に捲し立てた。 「このボクがせっかく紹介してやってるってぇのに、可愛くてか弱くて美の固まりのボクが退避する前におっ始めるんじゃ ねぇよタクランケが! ちったぁ状況を見定めてから行動しろ、三下ロボット!」 「じっ、自分が何をしたというのだ! やるべきことを始めようとしただけではないか!」 指向性重力波にも似た重圧に潰されながらも北斗は反論するが、ミイムの凶相が増して重圧も増した。 「じゃかあしいっ!」 ミイムの罵声と同時に、北斗を中心にして円形の抉れが出来上がった。顔どころか体の前半分を埋めた北斗は呻きも 漏らさず、いや、漏らせずにいた。ミイムは少し気が晴れたのか、ひん曲げていた口元をやや緩めた。 「あー、悪い…。暇すぎたから、つい…」 ギルディオスがばつが悪そうに謝ると、ミイムはころりと態度を変えて微笑んだ。 「みゅんみゅうんっ、悪いって思っているんなら、それでいいんですぅ。ギルさんは素直ですぅ」 途端に、ギルディオスに襲い掛かっていた凄まじい重圧が掻き消された。目には見えない力の固まりを浴び続けたことで 関節が軋みを立て、心なしか魂を収めた魔導鉱石も活性が下がっている気がしたが、行動には問題はなさそうだった。北斗も 外装が見るからに強固なので平気だろうが、長時間は良くない。そう判断したギルディオスは、圧殺されかけている北斗に言った。 「てぇわけだ、とっとと謝った方がいいぞ」 「う、うむ…」 北斗は細かな石の破片を落としながら起き上がろうとすると、ミイムはその頭をハイヒールで踏みにじった。 「さあ、とっとと這い蹲ってボクの靴を舐めやがれですぅ。そして、ボクの類い希なる美貌と才覚を日々褒め称えやがれですぅ。 そうしたら、許してあげてもいいかもしれないですぅ」 「誰がするか!」 北斗はミイムの足を払ってフルパワーで上半身を起こし、床に埋まりかけた自動小銃を握った。 「自分が舐めるのは礼子君のジャングルブーツだけであり、自分が褒め称えるのは礼子君の美貌と才覚と知能と毒舌と ちょっと遠回りだけどそれ故に素晴らしい愛情表現の数々だ! 貴様のような男でも女でもない輩に屈するなど、最早国辱と 言っても余りある!」 「…そうか、舐めるのか」 ギルディオスが笑いを堪えるためにマスクを押さえると、北斗はぐっと親指を立てた。 「礼子君が望むのならば!」 誇らしすぎていっそ爽やかな笑顔を浮かべた北斗を、ミイムは綺麗な回し蹴りで薙ぎ払い、拳を掲げた。 「勝者、ボクーっ!」 「なんでそうなるんだぁ!?」 意味が解らずにギルディオスが慌てると、ミイムは一撃で昏倒した北斗の上に直立した。 「てなわけだからぁ、ギルさんの不戦勝ですぅ」 「ちょっと待てよ、お前は司会だろ? なんで司会が選手を倒すんだよ、無茶苦茶にも程があるだろ!」 ギルディオスはミイムに詰め寄るが、ミイムはにこにこするだけだった。 「ボクがルールブックですぅ。異議申し立ては受け付けないですぅ。てなわけだからぁ、次に行くですぅ」 ミイムはふわりと浮かび上がると、北斗も浮かばせてバトルステージの外に軽く投げ飛ばした。ギルディオスは 解せないどころか状況すら把握出来なかったが、下手に逆らってもいいことはないな、と思い直してバトルステージから 降りた。要するに、ミイムはひたすらに我が侭な性格なのだろう。五百年来の腐れ縁の呪術師、グレイス・ルーの一人娘 であるヴィクトリア・ルーも我が侭で自分勝手ではあったが、程度が違う。これなら、ヴィクトリアの方がまだ可愛らしく 思えてきた。ギルディオスは心底げんなりしながら歩き、使う余地すら与えられなかったバスタードソードで地面に転げている 北斗を小突いてみた。 「おい、生きてるか?」 「稼働状態はいずれも正常だ。問題はない」 迷彩柄の戦闘服を土で汚しながら起き上がった北斗は、ギルディオスを見上げた。 「今回こそ貴様とまともに戦えると思っておったのだが、無念だ」 「俺もだよ。で、お前、本気で礼子ちゃんとやらの靴を舐められるのか?」 「無論だ」 北斗は真顔で即答したので、ギルディオスは別の意味でげんなりした。筋金入りの軍人である北斗には、それなりの 敬意に似た感情を抱いていたのだが、それが見事に消え去った。ギルディオスはこれまでにも北斗と関わり、彼が執心する 少女、鈴木礼子に関する情報も得てはいるが本人に会ったことはない。読書好きで大人しいがやや口が悪い、とそれだけ 聞くとフィフィリアンヌに重なるものがあるが、彼女よりは遙かに女の子らしいだろう。だが、北斗がそこまで言うほどの理由が 解らなかった。常日頃から軍人らしさを追求している北斗の人物像からは、懸け離れているどころの問題ではない。礼子が 機械人形をも魅了する程の美少女なのか、それとも北斗を絶対服従させているのか。どちらにせよ、対等な友人関係だとは 思いがたかった。 ギルディオスはバスタードソードを背中の鞘に戻し、嘆息した。ギルディオスも北斗と一戦交えるのが楽しみだったので、 体も魂も暖気を済ませていたから、発散出来なかった熱が溜まって燻っている。それをどうにかするためにも、次の試合の 対戦相手がまともに戦える相手であることを願わずにはいられなかった。 第四試合。北斗の昏倒により、ギルディオスの不戦勝。 10 3/6 |