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最強主人公決定戦 前編



 第五試合。

「赤コーナーッ!」

 己のサイコキネシスで作った抉れの上に立つミイムは、いやに晴れやかな笑顔で右側を示した。

「地球は日本、神奈川県某所生まれの正義の純粋培養! 恋する乙女は史上最強、今日も今日とて世界を守る!  純情ハートは奇跡を呼ぶぜ、世界が待ってた我らのヒーロー! 純情戦士ミラキュルーンッ!」

 赤いスポットライトが落ちると、ミラキュルンは控えめに一礼した。

「どうも、よろしくお願いします」

「青コーナーッ!」

 ミイムは輝かんばかりの笑みを振りまきながら、左側を示した。

「地球はどこか、たぶん防衛軍の科学技術研究所とかその辺の生まれ! タフなボディにメタルのビート、ラフなファイトは 俺のジャスティス! なのに天使に選ばれて、今となっちゃあ全世界の女の子の憧れ! 魔法天使ホーリーヘルマグナームッ!」

 青いスポットライトが落ちると、フリフリでヒラヒラな衣装を纏ったヘルマグナムが吼えた。

「だぁから魔法天使は止めろっつってんだろうがぁ!」

「ガヤは放っておいて、レディ、ファイト!」

 ミイムは試合開始を宣言し、素早くバトルステージから飛び去った。ヘルマグナムはまだ言いたげだったが、ミラキュルンと 対峙した。ミラキュルンは小さな拳を握って身構え、戦闘態勢に入っている。ヘルマグナムは魔法を操るステッキを折ろうとしたが、 やはり折れず、威勢良く煽るつもりが、意図しない言葉が発声機能から出てしまった。

「魔法天使ホーリーヘルマグナム!」

 きらきらと光を振りまくステッキを回転させ、ヘルマグナムは実に可愛らしいポーズを決めた。

「聖なる愛で世界を救う光の天使!」

「え、えっと、それじゃ」

 ミラキュルンはちょっと臆したが、負けじとポーズを付けて名乗った。

「純情戦士ミラキュルン、真心届けにただいま参上!」

 ヘルマグナムはバトンのように指で挟んでいるステッキを持ったまま、片足を高く上げて膝を曲げてウィンクをしている状態 だった。対するミラキュルンは、投げキスのように右手を前に差し出し、女の子らしさを振りまいていた。
 その状態のまま、五分が経過した。機械の体とはいえ、ヘルマグナムも不安定な姿勢を長く保つのは厳しい。ミラキュルンは 両足を付いて立っているが、中途半端に内股なのでかすかに膝が笑っている。両者共、ポーズを解除する機会を失ってしまった。 どちらかが動き出せば良いのだが、ヘルマグナムもミラキュルンも普段は敵に攻撃されてから攻撃することがパターン化しているので、 自分から攻撃に及ぶことは皆無だった。だから、戦闘も受け身が基本になっていた。ヘルマグナムとしてはそんなことはお構いなしに 攻撃を始めたいのだが、魔法天使の衣装にはその辺りのお約束の縛りを与える力が含まれているので、ポーズを付けたままになって しまった。ミラキュルンもミラキュルンで、怪人側から先制攻撃を受けなければ攻撃出来ない、と思い込んでいるので動けなかった。
 それから、更に五分が経過した。ヘルマグナムは片足を曲げてステッキを指に挟んで持った姿勢を保ちながら、首を動かし、 必死にポーズを保っているミラキュルンを窺った。

「なあ、ミラキュルン」

「あ、う、はいっ」

 膝を細かく笑わせながらミラキュルンが答えると、ヘルマグナムは遠い目をした。

「いいよなぁ、お前は。純情だけど戦士で。俺なんてさ、戦士ですらないんだぜ? 天使だよ、天使」

「かっ可愛いじゃないですかぁ」

 姿勢を保つのに気を割きながらミラキュルンが返すと、ヘルマグナムはむっとした。

「俺には可愛気なんて1バイトも必要ねぇんだよ。ケンカ売ってんのか?」

「ああ、いえ、でも、今はそのケンカをするべきなんじゃ…」

「俺だってそうしてぇよ! だけどな、魔法天使にはお約束ってのがあってだな、まずは一発攻撃されなきゃ攻撃も 出来なきゃ行動も出来ねぇんだよ!」

「それを言ったら、ヒーローだってそんな感じですよ。先制攻撃しちゃったら怪人と同じですから」

「だから、お前から攻撃してこい。そしたら、素手で捻り潰してやる」

「えぇー、それは出来ませんよー。そんなことをしたら、ただでさえ乏しい私のヒーローらしさが…」

「ええいもう我慢出来ん!」

 痺れを切らしたヘルマグナムがステッキを振り上げて駆け出したが、ミラキュルンを殴り付ける寸前で止まった。 頭上に突き付けられた大きな拳に、ひゃっ、とミラキュルンは小さく悲鳴を上げて縮こまった。ぎりぎりと関節を鳴らしながら、 ヘルマグナムはミラキュルンを叩き潰そうとするが、やはり動けなかった。ミラキュルンは、これもミイムの仕業では、と バトルステージの外を見やるが、当のミイムは事の次第を面白がっているだけだった。となると、彼の言葉通り、魔法天使の 衣装がヘルマグナムの行動を制限させているのは間違いない。ミラキュルンはちょっと考えてから、外野の面々に声を掛けた。

「あのー、すみませーん。どなたか、手榴弾でもお持ちじゃないでしょうかー?」

「なんで手榴弾なんすか?」

 きょとんとした鋼太郎が聞き返すと、ゲオルグが立ち上がった。

「必要とあらば譲渡するが」

「あ、じゃあ、お一つ頂けないでしょうか?」

 ミラキュルンがゲオルグに歩み寄ると、ゲオルグは腰の物入れから手榴弾を一つ出して渡してきた。

「使用方法は単純だ。安全装置のピンを抜き、投げ付ければ、十五秒後に爆発する」

「ありがとうございます、ゲオルグさん」

 ミラキュルンはぺこりと頭を下げてから、手榴弾をおもむろにステージ中央に放り投げた。

「あぁー、こんなところに危険物がありますよー! ヘルマグナムさーん、出番ですよー!」

「…ああ、解った。正義の出来レースだな?」

 マサヨシが微妙な表情で納得すると、首を填め直したインパルサーが両手を重ねた。

「そうですよね、正義の味方って悪役との戦闘以外にも突発的なトラブルには行動可能ですもんね!」

「書類を通す手間がないだけ、まだ迅速と言うべきだな」

 土埃を払ってから、北斗が起き上がった。退屈凌ぎに戦いを見に来たカンタロスは、ぎりっと顎を鳴らした。

「そんなん、別にどうでもいいじゃねぇか。首でも刎ねて殺しゃいい」

「定められたルールの中で最大限の行動を起こせることは、知性と理性を兼ね備えた者の証しだと思うがね」

 のろのろと前進したトゥエルブは、彼らの背後で停車してバトルステージを見上げた。

「そうかぁっ、爆発物かぁっ! そいつぁまずいぜ!」

 ミラキュルンの言葉を聞き取ったヘルマグナムは、戒めの糸が切れたように自由を取り戻した。ミラキュルンは手榴弾を 拾うと、ヘルマグナムに目掛けて軽く投げ飛ばした。つもりだったのだが、ヒーローのパワーによって本人にも予想外の豪速で ヘルマグナムの顔面に衝突した。破損と同時に信管が炸裂した手榴弾は硫黄混じりの煙を散らし、ゼロ距離で爆発を受けた ヘルマグナムはよろけた。が、その場に踏み止まり、顔に付いた煤を拭ったヘルマグナムは好戦的な笑みを浮かべた。

「…そうだ、これだ。俺が求めていた戦いは!」

 ヘルマグナムは魔法天使の衣装を男らしく引き裂くと、両肩からキャノン砲を出した。

「行くぞミラキュルン、蒸発させてやるぜぇええええっ!」

「え、わっ」

 ミラキュルンが身動いだ瞬間、ヘルマグナムは二門のマグナムキャノンを発射した。その名に違わぬ重厚な巨体を押し戻す ほどの高出力のエネルギーが迸り、小柄な少女の元に向かった。逃げようとして蹴躓いたミラキュルンにまともに着弾し、爆発が 起こった。ヘルマグナムはスカートもカーラーもリボンもフリルも引き千切って投げ捨てると、悪役じみた笑いを放った。

「うっひゃはははははは! これこそ俺の力、恐れ入ったか!」

 皆、黒煙が漂う爆心地を注視していた。重たい足音を鳴らしながらヘルマグナムが歩み寄ると、どこからか流れてきた 風が黒煙を掻き消した。すると、そこには、無傷のミラキュルンが立っていた。

「ちょ、ちょっとびっくりした…」

 ミラキュルンはけほっと小さく咳き込んでから、拳を固めた。

「それじゃあ、今度は私の番ですね!」

 ハイヒールのブーツで硝煙に汚れた床を踏み切ったミラキュルンは、白いマントを広げながら跳躍した。ヘルマグナムが 追撃を加えるべくマグナムキャノンを上げるが、その充填が終わるより早くミラキュルンは距離を詰め、ヘルマグナムの懐に入ると しなやかに細い足を振って蹴りを叩き込んだ。小柄な体格と華奢な骨格を遙かに超えるエネルギー量を宿した重たい打撃が、 分厚く頑強な装甲に覆われたヒューマノイドの足元を僅かに崩した。ミラキュルンはそれを見逃さず、ヘルマグナムの頭部を掴むと、 空中を蹴って大きく振りかぶった。

「どおりゃああああああっ!」

 しなやかな放物線を描いたヘルマグナムの巨体が背中から床に叩き付けられ、太い亀裂が何本も走った。ヘルマグナムを 放った姿勢のまま一回転したミラキュルンは着地し、呼吸を乱すこともなくまた身構えた。ヘルマグナムは全身に訪れた衝撃が 抜けきらなかったが、身を起こしてミラキュルンを睨み付けた。

「…上等じゃねぇか」

「これでも、世界の平和を守っていますから」

「俺だってな、地球を背負って戦うはずだったんだよ!」

 ヘルマグナムはぎぢっと拳を握り締め、ミラキュルンに突き出した。ミラキュルンはその場から引かず、巨大な拳を真っ向から 受け止めた。ずざざざ、とブーツのヒールが石畳を削ったが、その膝は曲がることはなかった。

「それなのに、俺はやりたくもねぇ魔法を使う羽目になり、つまんねぇ使命を背負わされて!」

 羨ましいやら妬ましいやらのヘルマグナムは、ミラキュルンを本気で叩き潰すつもりで拳を放ち続けた。

「世界ってぇのはな、お前みたいな小娘に背負える代物じゃねぇんだよぉおおっ!」

 両の拳を固めたヘルマグナムは上体を反らして振りかぶり、出せる限りの力で振り下ろした。が、またも受け止められ、 ミラキュルンは細腕を突っ張ってヘルマグナムの拳を押し返そうと踏ん張った。

「…解っています、解っていますよ、だからこそ!」

 腰を落としたミラキュルンは、ヘルマグナムの重量と力を受け流してから、自分の体ごと彼の両腕を捻った。

「私は強くならなきゃいけないんです!」

 うおっ、とヘルマグナムの悲鳴が漏れたが、その声すらもねじ曲がった。ピンクでハートのヒーローを軸にして生まれた 回転がヘルマグナムの巨体を呆気なく捻り、空気が唸った。捻った拍子に足下が崩れたヘルマグナムを腕力だけで持ち上げた ミラキュルンは、そのまま高く投げ飛ばし、落下するヘルマグナムを狙って手をハート型にした。

「初恋乙女の胸キュンエナジー!」

 ヘルマグナムを見据え、大神剣司のことを思い出したミラキュルンは、あらん限りの思いを込めて発射した。

「浄めのラブシャワー、ミラキュアラァアアアアアイズゥッ!」

 ハート型にした手から、やはりハート型のピンクのビームが迸った。マサヨシのHAL号の主砲にも匹敵するであろう 出力を持った光線は、迷うことなくヘルマグナムに着弾し、爆発した。案の定ピンクでハートの爆煙を散らしながら、ヘルマグナムが バトルステージに落下すると、ミラキュルンはヘルマグナムに背を向けてポーズを付けた。が、すぐに崩れ、ミラキュルンは バトルマスクを押さえて身悶えた。

「うあーん、ここまで思い出すつもりはなかったのにぃ。やだもう恥ずかしいっ、ああ大神君っ!」

 いきなり恥じらいだしたミラキュルンに、焼け焦げた装甲を擦りながら身を起こしたヘルマグナムは困惑した。

「お前って、何考えながら戦ってんだよ?」

「いっ、言わなきゃ、ダメですか…?」

 ミラキュルンはもじもじし、バトルマスクの口元と思しき部分を押さえた。それだけで大体のことは察しが付いたので、 ヘルマグナムは首を横に振った。こんな相手に負けた自分が、たまらなく情けなくなった。

「いや、別に」

「と、いうわけで、ヘルマグナムのKO負けでミラキュルンちゃんの勝ちですぅ!」

 意気揚々とミイムがミラキュルンに駆け寄ろうとすると、ギルディオスがおもむろに彼の尻尾を掴んだ。

「それなら、ちょいと時間を寄越せや」

「みゅ?」

 ミイムが目を丸めると、北斗も大股に歩み寄ってきた。

「うむ。ならば、自分とギルディオスどのとエキシビションマッチと行こうではないか。先程戦えなかった分の余剰エネルギーが 溜まっておるのでな」

「いやぁんダメですぅっ、いたいけなボクは戦いなんて野蛮なことは出来ないんですぅー! パパさぁんー!」

 ミイムは哀れっぽい声を出してマサヨシに助けを求めるが、マサヨシの反応は冷ややかだった。

「自業自得だ」

「みぃーんっ!」

 ミイムは半泣きになったが、ギルディオスと北斗に両脇を抱えられてバトルステージに引き摺り上げられていった。 二人は揃った動きでミイムをステージ上に放り投げると、同時に攻撃を開始した。ギルディオスが豪快に斬り付ければ、北斗が 的確な射撃を行い、ミイムはサイコキネシスを駆使して回避しているが相当辛そうだった。片方のサイコキネシスで受け止めても、 不完全な防御の隙間を突いた攻撃が片方から加わり、攻守のバランスが取れないまま、二人に翻弄されてしまった。ミイムの サイコキネシスも決して弱いものではなく、パワーが今一つ安定しないという欠点はあるが充分実戦で通用する。だが、圧倒的に 経験が違いすぎた。

「みゅ、みゅーん…」

 バトルステージの端に追い詰められたミイムは、散々逃げたせいで髪がほつれ、ハイヒールも脱げかけていた。

「炎撃三種、劫火!」

 魔導拳銃を抜いたギルディオスがハンマーを起こし、構えると、北斗もリロードしたソーコムを構えた。

「いざ、覚悟!」

 二人が呼吸を揃えて魔法と弾丸を発射すると、み゛ゃーっ、と喚きながらミイムはバトルステージから転げ落ちた。 最後の攻撃は辛うじて回避したものの、精も根も尽き果てたミイムは地面にへたり込んだ。マサヨシが彼の前に立つと、 ミイムは急にしおらしくなってマサヨシの足に縋り付いた。

「ふみゅうん、ボクが悪い子でしたぁ…。だからぁ、もういじめないで下さいぃ…」

「調子に乗りすぎなんだよ」

 マサヨシはミイムを小突き、立たせてやった。ミイムは口調も態度もわざとらしくはあったが、ギルディオスと北斗に 謝り、それから皆にも非礼を詫びた。が、すぐにテンションを取り戻し、お着替えしてきますぅ、と言い残してコロシアムの中に 駆け込んでいった。北斗が過熱したソーコムを下ろして得意げな笑みを浮かべると、ギルディオスは肩を揺すって笑った。 マサヨシは一家の長として彼らに謝ると、ギルディオスは戦えたから満足だと返し、北斗は程良い暖気になったと返してくれた。 休憩に入る雰囲気となったので、皆、戦いに疲れた体を休めることにした。
 第五試合。ヘルマグナムのKO負けにより、ミラキュルンの勝利。


 この雰囲気のまま、後半へ続く!





 



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