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最強主人公決定戦 後編



「前回までのあらすじですぅ!」

 シャワーを浴びて土埃を落として着替えたミイムは、アイドルのステージ衣装顔負けのドレス姿でウィンクした。

「インサイダー全開の株取引とネトゲのリアルマネートレードで家庭を守る美少年は、前振りも伏線もなしに謎の登場人物から 宇宙の行方を託され、ついでにミラクルでリリカルでマジカルなパワーも託されちゃってさあ大変! 超展開だと言えば聞こえは いいけど要するに何も考えていない勢いだけの展開に流されるがまま、ぶっちゃけ宇宙という生命体の寄生虫だったりする 知的生命体を滅ぼしに滅ぼしたはいいけどお腹が空いちゃっておうちに帰ってみれば、御夕飯は片付けられちゃって冷蔵庫も 空っぽでコンビニだって閉店してるぅ! コンビニ受け取りで百合アンソロを注文してたのに! 勢い余って電波ソングの三行半を 突き付けて実家に帰ってみたら、そういえばボクに実家なんてあったっけとか思い出したが最後、回想シーンに突入してそのまま 4クールも回想回想超回想! 前世とかそのまた前世とか異次元の前世とか回想しすぎて宇宙の起源まで辿っちゃったらぁ、 なーんとビッグバンの根源はガチエロBL同人誌の修羅場でハイな身内だけしか笑えねぇ特濃カップリングトークの挙げ句に発生した 天地を揺るがすカップリング抗争だったんですぅー!」

「嘘を吐け」

 マサヨシがミイムの後頭部を引っぱたくと、ミイムは真顔で振り向いた。

「掴みは大事ですぅ」

「誰のためのあらすじと掴みなのかは敢えて言及しませんが、現在の状況を整理しますね」

 と、インパルサーがバトルステージ後方のホログラフィーモニターを示すと、トーナメント表が浮かび上がった。



 そのトーナメント表を見上げる面々は、軽食が並んだテーブルに付いていた。バトルステージから少し離れた場所に 設置されており、物理的な問題で着席出来ないトゥエルブはヘッドライトを消して大人しくしており、投げ飛ばされたダメージが 抜けきっていないヘルマグナムはしきりに関節を動かしていた。騒ぎが一段落したことで、皆、比較的落ち着いてはいたが、 御義理で座っているカンタロスだけは苛立っていた。人間の真似事をするのは、人型昆虫の王たる者に相応しくないからだ。 オートキャンプ場にでもありそうな木製のテーブルの上には、ミイム手製のローストビーフのサンドイッチとアボカドとエビの サンドイッチが詰まったバスケットが広げられ、一番食べていたのは比較的まともな戦闘をしたミラキュルンだった。

「どっちもおいしいですねー。カフェのメニューみたいで」

 ミラキュルンがバトルマスクを解除せずにサンドイッチを頬張ると、鋼太郎が内心で変な顔をした。

「それ、どうやって喰ってるんすか? 俺だってマスクは開いて喰うっすよ?」

「理由はよく解らないんですけど、擦り抜けちゃうんですよ」

 と、言いつつ、ミラキュルンは熱いコーヒーが注がれたカップを傾けた。その言葉通り、カップの端はバトルマスクに 埋まり、ミラキュルンがコーヒーを啜ると量が減っていった。

「世の中には、不思議なことはいくらでもあるもんさ」

 ああ俺もなんか喰いてぇ、と、ギルディオスは羨ましげにミラキュルンを見やった。

「道理だ」

 無言でサンドイッチを摂取していたゲオルグが同意すると、マサヨシは二杯目のコーヒーを飲んだ。

「旨いことには変わりないんだが、ミイム、何か違わないか?」

「みゅみゅう? 何がですぅ?」

 サイコキネシスで浮かばせたコーヒーポットを下ろしたミイムが聞き返すと、マサヨシはサンドイッチを指した。

「お前の料理は全体的に塩加減もスパイスも薄いはずなんだが、今日に限って濃いような」

「ローストビーフなんだから当たり前ですぅ。それにぃ、イベントがイベントなんだからぁ、濃い方がいいんですぅ」

「そういうものなのかな。まあ、それはそれとして、インパルサーは一体どこに行ったんだ。誰に向けたのか解らない 状況説明をした後から、姿を見かけないんだが」

「パルさんならキッチンですぅ」

 付け合わせのフライドポテトをつまみ、ミイムはコロシアムの出入り口を指した。

「戦うためだけの場所にそんなもんが必要なのか?」

 カンタロスはサンドイッチの野菜とパンを剥がしてローストビーフだけを取り出し、顎を開いて放り込んだ。

「こういった大規模な施設には、それ相応の規模の調理施設が併設していると相場は決まっている。建築物の構造を把握 しておくことは、戦闘の優劣にも繋がる重要な事項だ」

 北斗は腹部の外装を開き、どこからか引っ張ってきた延長コードをケーブルを差して充電していた。

「戦闘中に迷子になったら大変ですからね」

 ミラキュルンは若干筋違いの答えを返してから、四つめのサンドイッチに手を伸ばした。

「君はこの後も一戦交えるんだろう。あまり食べ過ぎると戻すぞ」

 マサヨシが忠告すると、ミラキュルンは笑った。

「あ、それは大丈夫です。私、変身していると、パワーが出る分新陳代謝が早いんですよ。だから、消化吸収も早いんです。 心配して下さって、どうもありがとうございます」

「俺とは逆っすね」

 コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れてから、鋼太郎は飲用チューブで啜った。

「俺は見ての通りの体っすけど、脳を生かすのは栄養剤と投薬なんで、モノを喰うのは遊びみたいなもんなんすよ。人工 内臓のキャパも狭いっすから、喰える量すら少ないってーかで。まあ、喰えるだけでもありがたいんすけど」

「しかし、見慣れない規格のボディを使用しているな。何年製だ?」

 マサヨシが鋼太郎に問うと、鋼太郎はマサヨシに向いた。

「あ、中二っすけど」

「その何年生じゃない、製造年数だ」

「すんません」

 鋼太郎は照れ隠しに笑ってから、補助AIを操作してスペックを確認した。

「えーと、二一○三年式っすけど」

「え?」

 ミラキュルンは食べかけのサンドイッチを紙皿に置き、鋼太郎に向いた。

「…え?」

 マサヨシも同じ反応をし、北斗はやや後退った。

「なんという事実だ」

「何がどうした」

 ローストビーフだけを食べ漁っていたカンタロスが触角を曲げて訝ると、ミラキュルンは指を折った。

「に、にせんひゃくさんねんって、ええと、私が生まれたのが平成五年だから…」

「ヘイセイって、それいつの年号だっけ」

 鋼太郎もまた、指を折って数え出した。北斗は腕を組み、不可解さに苦しんだ。

「自分の製造年は二○一○年であり、現用機は一三年式だ。だが、しかし、製造年は嘘は吐かんはずだぞ」

「えらく古い機体なのに稼働しているとは、随分と物持ちがいいんだな」

 マサヨシが驚いていると、北斗がいきなり立ち上がった。

「そのようなことはない! 二一○三年式となれば、自分の何十世代も先の話ではないか!」

「そうですよそうですよ、すっごい未来じゃないですか! 学ランだからちっとも未来っぽくなかったけど!」

 ミラキュルンも立ち上がり、うんうんと頷いた。二人の驚きように、マサヨシはやや身を引いた。

「二一○三年が未来なもんか。俺の時代よりも九世紀は古いぞ?」

「えぇっ?」

 ミラキュルンが声を潰すと、北斗は仰け反った。

「なんと、更なる未来の存在が!」

「話に流れに付き合って言っておくが、私は二○○五年式だ。各人の説明が事実であるとするならば、奇異な状況 であることに間違いはない。だが、私の人工知能には、その状況を的確に判断しうるために必要な演算能力が欠けている。 よって、機能保持のため、この状況の分析を中断する」

 トゥエルブが淡々と述べると、ギルディオスがからからと笑った。

「そうだそうだ、お前らもそうしろや。余計なこと考えたって、何がどうなるわけでもねぇ。大体、時代なんてどうだって いいじゃねぇか。自分がどこにいるかをきっちり見定めときゃあ、どうってこたぁねぇ」

「過去やら未来やら、そんなに重要でもねぇだろ。俺は女王を犯して繁殖する、それだけだ」

 カンタロスはローストビーフだけを抜いて食べ終え、残ったパンと野菜をバスケットに投げ込んだ。

「非常事態につき、食糧の遺棄は認められない」

 ゲオルグはカンタロスが食べなかった部分を取り、作業的に口中に押し込んだ。

「自己が認識している事実と周囲が認識している事実が食い違う場合、自己が認識している事実を信用しなければ ならない。それは確固たる自我を確立させるために不可欠な行為であり、維持すべき観念だ。よって、これ以上の議論は 無益だと判断する。今回の事象もまた、アリスによるものに違いない。よって、過剰な抵抗は無意味だ」

「最後の意味はイマイチ解らねぇけど、俺が言いてぇのもそんな具合だ」

 ありがとよ、とギルディオスはゲオルグの背をばんばんと叩いてから、全員を見渡した。

「経緯はさっぱり解らねぇが、俺達は同じ状況下にある。てぇわけだ、仲良くしといた方がいいと思うぜ?」

「そのギルさんが次の対戦相手なんすけどね…」

 トーナメント表を見上げた鋼太郎が不安げに呟くと、ギルディオスは身を乗り出して鋼太郎の肩を叩いた。

「そうビビんなよ、鋼太郎。死なねぇ程度にしてやるからよ」

「そっちはまだいい。俺の対戦相手は人型ですらないんだぞ」

 マサヨシがトゥエルブに振り返ると、トゥエルブはがっこんがっこんとワイパーを動かした。

「なあに、私にも人身事故を防止する安全装置が組み込まれているのだ。そう恐れられるな、ムラタどの」

「それじゃ、お二人のどっちかが私と戦うんですね。頑張らなくっちゃ」

 ミラキュルンは鋼太郎とギルディオスを見比べ、意気込んだ。

「なあ、ウサギ」

 会話にも混ざらずに座り込んでいたヘルマグナムがミイムに声を掛けると、ミイムはコーヒーを嚥下した。

「うみゅ? なんですかぁ、ヘルさぁん?」

「三位決定戦とか、敗者復活戦とか、そういうのはねぇのか? 一戦しただけじゃ、逆に体が鈍っちまう」

 不満げなヘルマグナムに、ミイムは嫌みったらしく頬を歪めた。

「このトーナメントはぁ、敗者復活戦なんていう生っちょろいシステムは搭載してないですぅ。敗北者は敗北者らしく、 隅っこで膝を抱えて泣いてりゃいいんだよアホンダラですぅ」

「ヤブキと格ゲーで対戦するたびにやり込められてリセットボタンを連打している輩が言うセリフか」

 手酌でコーヒーのお代わりを注いだマサヨシが呆れると、ミイムはしなを作った。

「みゅみゅうん、あれはボクの華麗で完璧なコマンドを受け付けないコントローラーが悪いんですぅ」

「そういえば、お二人って御家族なんですか?」

 パパさんって、とミラキュルンが二人に尋ねると、マサヨシは彼女に返した。

「ああ、まぁな。諸事情で一緒に暮らしているんだが」

「ボクがママさんでぇ、パパさんがパパさんでぇ、ハルちゃんっていうとってもとおっても可愛い女の子がいますぅ。後はぁ、 機械生命体のイグニスさんとぉ、パパさんのスペースファイターのナビゲートコンピューターのサチコさんとぉ、宇宙の汚物確定な 底辺オブ底辺のキモオタサイボーグのヤブキがいますぅ」

 にこにこしながらえげつない紹介をしたミイムに、鋼太郎は顔を背けた。 

「知らない人のことなのに、心が超痛むんすけど…」

「その他には立場は愛玩動物ではあるがれっきとした機械生命体のトニルトスと、経緯はよく解らんがヤブキに嫁入りに来た アウトゥムヌス、だな。こっちは人間だ、恐らくは」

 と、マサヨシが付け加えると、ミラキュルンが大いに戸惑った。

「え、でも、ミイムさんは男の子…ですよね? それなのに、どうやって娘さんが…?」

「本人には言いづらいが、ハルは養子だ。だから、間違ってもミイムが産み落としたわけじゃない。そりゃ、見た目は 産めそうな感じはするが、男は男だ。俺は男に手を出すような歪んだ性癖は持ち合わせていない」

 マサヨシはきっぱりと言い切ると、ミイムが不満げに頬を張った。

「ふみゅうー。ボクみたいな可愛い男の娘に欲情しないなんてぇ、パパさんってば人生の八割を損してますぅ」

「いやいやいやいやいや!」

 急に話に割り込んだ北斗は、腰を浮かせて力説し始めた。

「男の娘など軟弱極まるではないか! 股間に立派な逸物がぶら下がっているにも関わらず、女の真似事をしておる 時点でまずけしからん! だが、逆は素晴らしい! 女だてらに自衛官に志願し、最前線で戦うほどの男らしさを兼ね備えた 女性こそ至高だ! 一人称は私であり、僕や俺は決して認めん! 特に礼子君だ!」

「繁殖衝動と直結しない欲動は無意味だ」

 黙々とカンタロスの食べ残しを消化していたゲオルグが言うと、カンタロスが吐き捨てた。

「強くもねぇオスに価値なんかあるわけねぇだろ。メスに擬態する奴なんざ、反吐が出らぁ」

「俺はゆっこ以外は、うん…」

 皆の話し声に紛れさせるように、鋼太郎は小さく呟いた。ミラキュルンはマスクを押さえ、俯いた。

「私も、大神君じゃなきゃ、ダメっていうか…」

「我がハンドルを握り締めるに相応しい女性は、春花の他にいるものか」

 トゥエルブのクラクションを交えた主張に、ヘルマグナムは首を横に振った。

「馬鹿言え、ナヴィアだっていい女だぜ? 理性回路が外れ気味だが、あれで結構可愛いところがあるんだよ」

「俺はメアリーさえいれば、他にはなーんもいらねぇよ。ああ、会いてぇなぁ、メアリー…」

 ギルディオスはいきなり感傷的になり、宇宙を見上げた。

「皆さーん、デザートが出来ましたよー」

 ようやく戻ってきたインパルサーは盆を抱えていて、その上に人数分のチョコバナナクレープを載せていた。すると、 全員の視線が一斉に集まったので、インパルサーはちょっと戸惑ったが聞き返した。

「あの、なんでしょう?」

「みゅみゅう、今や時代は男の娘ですぅ! こんなに可愛いのにナニが生えてるギャップに萌えやがれですぅ!」

 ミイムがインパルサーに迫ると、北斗がミイムを押し退けた。

「いいやそれは誤りだ! ボーイッシュな美少女こそが至高! それすなわち礼子君だ!」

「えーと…」

 インパルサーは他の面々と二人を見比べてから、溌剌と答えた。

「僕は由佳さんが大好きです!」

 的を射ているわけでもないが焦点が合っていない答えに、誰かが吹き出した。それがあっという間に伝染し、皆、 笑い出してしまった。さすがにカンタロスとゲオルグは笑うことはなかったが、感情回路のツボに入ったらしいヘルマグナムは 荒々しく自分の膝を叩いていた。なぜ笑われたのかをさっぱり理解出来ないインパルサーは、テーブルに戻り、チョコバナナ クレープを配りながらことのあらましの説明を求めた。だが、皆の笑いはそう簡単には収まらなかったので、インパルサーは 不可解に思ったが、悪い気分ではなかった。理由はどうあれ、戦い合った面々が穏やかに笑い合っている。これは、 普通の戦いでは考えられないことだ。非常識な状況ではあるが、少なくとも、これまでに経験してきた憎悪を衝突させあう 戦いとは大違いだ。いつもこうならいいのにな、と思考回路の片隅で思いながら、インパルサーは自分の席に着いた。
 二回戦が始まるのは、もう少し先になりそうだ。





 



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Photo by (c)Tomo.Yun




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