Metallic Guy




第十話 赤い、熱情



目の前でいきり立つリボルバーは、胡座を掻いた上に乗せた拳を、固く固く握っている。
右斜め前に座る涼平が、真剣な表情でリボルバーを見据えていた。いや、睨み付けている。
思わず隣で正座するインパルサーと顔を見合わせ、ひとまずブランデーの香りがする紅茶を半分くらい飲んだ。
紅茶を胃の中に飲み下してから、あたしは言った。

「つまり、その」


「戦うの? あんたら」

すると、リボルバーと涼平は深く頷いた。
インパルサーは、戦闘意欲に充ち満ちているリボルバーを見、あたしへ振り向く。
困ったことだ、とでも言いたげに、じっとレモンイエローが向けられている。
手前に座る、鈴音の細い眉が目元で顰められ、グロスでつやりとした唇がぐいっと曲げられていた。



事の発端は、昨日の夜だ。

昨日の夜、唐突にリボルバーがやってきた。鈴音を連れずに。
ひとまず部屋に入れて、やけに気合いの入っている彼にその理由を聞いてみると、素っ頓狂な答えが返ってきた。
涼平が鈴音に気があるらしい、と鈴音本人から聞いて、居ても立っても居られなくなった、とのこと。
だからって、いきなり夜中にあたしの部屋に来ることもないと思う。短絡的過ぎる。
勝負だと喚くリボルバーをインパルサーと一緒になって一晩中宥めて落ち着けているうちに、朝が来た。
一方的に勝負を挑まれた涼平にやるかどうか聞いてみたところ、やるとの返事。ちょっと意外だ。
朝になったのでご本尊である鈴音も呼んだが、機嫌は良くなかった。そりゃそうだろう。
ただでさえ目立つ外見のリボルバーが、無断外出したのだから。しかも夜中に。
ちなみに現場はあたしの部屋から少しも移動せず、成り行きで五人も入っている。ぶっちゃけ狭い。


鈴音のおみやげであるガトーショコラをフォークで切り分け、食べる。
食べながらあたしは二人を見、その手前に置いてあるゲームボードを見下ろした。

「だーけどオセロねぇ…なんか、気ぃ抜けるー」

マグネット式のオセロボードの脇に、白と黒がくっついた丸いコマがずらっと並んでいる。
随分前に、確か親戚の人から買ってもらったものだ。それがまさか、こう使われるとは思ってもみなかった。
裏は同じようにマグネット式の将棋盤になっているけど、その将棋盤はもっぱら挟み将棋の舞台だった。
インパルサーは物珍しそうに白と黒のコマを取り、じっと眺めた。

「由佳さん、オセロってどういうゲームなんですか?」

「陣取りみたいな感じかな」

改めて聞かれると、説明しづらい。

「白黒どっちかを選んで、選んだ色で相手の色を挟むの。挟んだらそれを裏返して自分の色にして、場所を取る」

「戦略の基本ですね」

「で、最終的に自分の色が多かった方が、当然ながら勝ち」

あたしの説明で概要は掴めたようで、インパルサーは納得したように頷いた。
リボルバーはオセロボードの緑色をじっと睨み、ばしん、と拳を手のひらに当てる。

「おーし、とっととやろうじゃねぇか!」

戦略と聞いて、余計に気合いが入ってしまったようだ。
涼平はオセロボードを持ち、ドアを開ける。そして、リボルバーを手招きした。

「ここじゃ狭いから、オレの部屋で。三回勝負な」

「おう」

リボルバーは頷き、両肩の弾倉を引っかけないようにしながら廊下へ出た。
ぱたん、とドアが閉められ、ちょっとだけあたしの部屋は静かになった。
ガトーショコラの乗っていた小皿の上にフォークを置き、鈴音は深くため息を吐いた。

「ごめんねー、由佳んちでやっちゃって。ホントなら、私のうちがいいんだろうけど」

「気にしないで。どうせ今日は暇だったし」

そうは言いながらも、あたしは正直眠かった。睡眠時間が半端だったからだ。
インパルサーはベッドが置いてある側の壁を見、首をかしげた。

「ですが、なんでこういうことになってしまったんですか?」

「知らないわよ」

鈴音はつんと澄ました顔で、部屋側の壁を睨む。

「ただ、涼君が私を気に入ってるみたいだー、って言っただけ」

リボルバーの話とは、かなり違う。ていうか誇張されている。
あたしはそのことに気付いた途端、げんなりした。そんなことで、睡眠時間を削られたというのか。
どうにも理不尽だ。今更ながら、ボルの助に多少腹が立ってきた。

「拡大解釈もいいとこだよ」

「ボルの助に付き合わされる涼君も、大変よねぇ」

と、鈴音は申し訳なさそうに言い、あたしの淹れた紅茶を飲む。
インパルサーはじっと壁を見ながら、呟いた。

「そろそろかなぁ…」

「あー、そろそろかも」

あたしは、パルの言葉の意味が掴めた。
鈴音は見当が付かないのか、きょとんとしている。
数秒後。



リボルバーの絶叫が聞こえた。



壁越しだったとはいえ、その声量は物凄かった。
あたしは防御しそこね、うっかり聞いてしまった。耳が痛い。
鈴音も防ぎきれなかったのか、こめかみを押さえている。窓ががたがた鳴ったのは、気のせいじゃないだろう。
インパルサーは両耳のアンテナを引っ込め、ぱこんと両手で側頭部の銀色部分を押さえた。そこ、耳だったのか。
あたしも同じようにすると、鈴音も耳を塞いだ。まだ来るだろう。


また、絶叫。今度は声がひっくり返っている。


インパルサーはアンテナを引っ込めたまま、肩を落とした。やれやれ、と首を振っている。
鈴音は訳が解らず、だけど確実に怒っているようで、口元がぎゅっと締められた。
あたしは壁を指し、とりあえず説明した。これで、鈴ちゃんの怒りが収まるとは思えないけど。

「涼平ね、鬼のように強いの」

「オセロが?」

「うん。あたしもパルも、一度だって勝てたことないくらい凄いよ」

それでようやく鈴音は事が理解出来たのか、変な笑いを浮かべた。
アンテナがないせいでどうにも締まりのないインパルサーは、あたしの後に続けた。

「持つかなぁ…フレイムリボルバーのエモーショナルリミッター…」

「…外れるの?」

まさか、と思いながら聞いてみた。
パルは、こっくり深く頷いた。

「はい。以前、僕と彼で似たような戦略シミュレーションをして、二百回中百六十一回を僕が勝ったんですけど…」



「顔面をストレートに殴られました」

「うわ」

なんて大人げない。たかがゲームで負けたぐらいで、弟に顔面ストレートをかます兄がいるとは。
鈴音は怒るのを通り越して呆れてしまったのか、やりかねないわね、と妙に納得していた。
インパルサーはその時のことを思い出したようで、頬を押さえて泣きそうな声を出す。

「痛かったです」

「…あんたも、大変だね」

「はい」

インパルサーは、消え入りそうなくらい小さい返事をした。
彼の肩をぽんぽんと叩く。あたしはつい、彼に同情してしまった。

「いつかいいことあるよ、パル」

「涼君、大丈夫かな」

鈴音が、不安げに呟いた。あたしも、確かにそれは心配だ。
人間相手に手は挙げないだろうけど、エモーショナルリミッターが外れたら事だ。
鈴音は立ち上がるとドアを開け、一度こちらへ振り向いた。

「とりあえず、見てくるわ。私がいれば、ボルの助は極端なことしないだろうし」

「いってらっしゃーい」

うん、それは良い考えだ。
ぱたん、とドアが閉められ、直後に壁の向こうでまた声が上がった。二人して驚いたらしい。
鈴ちゃんがあっちにいれば、事は起きないだろう。
インパルサーは絶叫の心配がなくなったからなのか、しゅっとアンテナを出した。出し入れ出来るのか。
気付いたら、あたしとパルだけ部屋に残されてしまった。一挙に人数が減ると、ちょっと物悲しい。
所在なさげに、正座したままインパルサーはあたしへ顔を向けた。

「僕らも行きますか?」

「別に行かなくて良いでしょ。今回のことは、ボルの助が原因だもん」

「そうですね」


りん、と窓際で風鈴が鳴った。ちりちりん、とガラスの澄んだ音が、続く。
ふわりと広がったレースカーテンの影が、インパルサーのマリンブルーを撫でる。
彼はその向こうに広がる青空を、じっと見つめている。また、飛びたいんだろうか。
正直言えば、あたしもパルとまた空を飛んでみたい。だけど次は、神田に見つかるだけじゃ済まないだろう。
遥か上空をトンビが飛んでいて、くるくると住宅街の上を回っている。いいなぁ、鳥は。


「由佳さん」

インパルサーは、心底残念そうな声を出した。

「やっぱり、まだ外に出ちゃいけないんですか?」

「そう約束したでしょ、前に」

空を飛びたいパルの気持ちはよく解る。あたしも飛びたい。
だけど、いかんせん青いロボットが住宅街を飛び回る姿は、どう考えても目立ちすぎる。

「今度出たら、どうなるか解らないんだから」

「残念です。こんなに良いお天気なのに」

ふう、と彼は息を吐いた。
あたしはその言葉に、深く頷く。

「だよねぇ…」


二人揃って、すかっと爽やかな夏空を見上げた。
じりじり暑い太陽の日差しが、薄い雲を突き抜けて連なる屋根をぎらつかせている。
そういえば、今年はまだ海に行っていない。部活や勉強、それにパルとボルの助のことで忙しかったからだ。
せめてプールには行きたいなぁ。去年の水着は多少流行遅れだけど、着られないこともない。
空を飛びたい願望から切り替わった泳ぎたい願望に支配されつつ、ふと、インパルサーに目を向けた。


パルもこっちを見ていた。


「うあっ!」

不意打ちだ。
変な声を上げて、のけぞってしまった。これじゃ、この間までのパルと一緒だ。
インパルサーは、不思議そうにくいっと首をかしげる。

「どうしました?」

「なんでもない」

そう返すのが、やっとだ。
この間、あんなことをしてしまってから、ずっとこうだ。
やけにじりじりした感覚があるけど、それが一体何なのか解らない。
そうですか、とインパルサーはあまり腑に落ちていないような口調で返し、また空を見つめた。
レモンイエローの奥に、横長五角形の影が薄く見える。目元の表情は、戦いの時みたいに狡猾じゃない。
穏やかで、凄く優しい。

とても、幸せそうだ。


「パル」

なんだか、こっちまで幸せになるくらいに。

「幸せ?」


「よく、解りません」

と、パルは首を横に振る。だけどその口調は満ち足りていて、少し笑っていた。
なんだ。やっぱりあんたは、ここで幸せなんじゃないか。
弱い風を浴びながら、インパルサーは呟いた。

「ですが、由佳さんにそう見えるのなら、僕は幸せなんだと思います」

「そか」

どうやらインパルサーは、まだ自分の幸せがどういうものか、思い当たってはいないらしい。
いい加減に、もう思い当たってもいいと思うんだけどなぁ。前に聞かれてから、結構経っているし。
あれだけ凄まじい人生を送ってきたせいで、パルが日常的な幸せがなんなのか感じるのは、難しいらしい。
思い出したように、隣の部屋から絶叫が聞こえる。リボルバーは、見事なまでに負け続けているようだ。
どれくらい負けているのかちょっと気になってきた。
インパルサーも気になってきたようで、あたしと壁を見比べた。




廊下側に開け放してあるドアを抜け、あたしとパルは雑然とした涼平の部屋に入った。
勉強机のある側に、どっかりとリボルバーが座り、オセロボードを睨んで唸っている。
ベッド側に座る涼平は対照的に涼しい顔をして、ぱたぱたとオセロのコマをひっくり返していた。
あっという間に、白っぽかったオセロボードは真っ黒くなる。リボルバーは頭を抱え、声を上げた。

「嘘だろ、なぁ嘘だろ!?」

「現実に決まってんだろ」

と、涼平がにやりとした。
あたしは、ベッドに座って足を組んでいる鈴音に気付いた。
彼女は鮮やかな涼平の勝ちっぷりに、感心している。

「わお」


「こー、な」

名残惜しげに、リボルバーはオセロボードの上を指す。
指先を斜めにすいっと動かしていたが、苦々しげに洩らした。

「ちきしょー…勝ってたはずなんだがなぁ」

「端っこ残して攻めるから、簡単にやられちゃうんだよ」

姉ちゃんの方がまだ強いや、と涼平は付け加えた。リボルバー、あんたはそんなに弱いのか。

「ほら、ボルの助の番」

「…番っつーてもなぁ」

そう、リボルバーは悔しげに呟いた。
オセロボードの上に残る白いコマは、ほとんどない。それどころか、その直線上のコマは黒い。
仕方なさそうに、ちょっとだけ取れる位置に白いコマを置いて挟み、ひっくり返した。
そのすぐ上には、黒があるというのに。案の定、すぐに涼平はそこを取った。ぱたぱたと軽快な音が続く。
リボルバーはのけぞり、素っ頓狂に叫ぶ。

「うおおぉっ!?」

「取って下さい、て言わんばかりの場所じゃんか。ほい、オレの勝ち」

涼平は呆れながら、目を見開いて硬直するリボルバーを見上げた。
インパルサーは、暗黒に支配されたオセロボードを眺める。

「見事なまでにやられちゃってますね」

「くぁー…」

やりきれない表情で、リボルバーはがしがしと後頭部を掻いた。
鈴音はその姿が可笑しいのか、ちょっと笑った。

「よーくそんなんで、今まで戦ってられたもんよねー」

「そうそう。すっごく簡単な戦略なのにさぁ」

と、あたしは鈴音に同意した。
リボルバーはむくれながら、涼平を睨む。不機嫌だ。

「真正面から突っ込むんなら、オレはどんな輩にでも負けねぇよ。だが、だがな少年。裏ぁ取るたぁ…」

「そういうゲームなのよ、ボルの助」

鈴音はリボルバーを宥めた。
彼はぎちぎちとしばらく歯ぎしりしていたが、なんとか自分を落ち着けているようで、ゆっくり肩を上下させる。
ほとんどのマス目を黒に取られたオセロボードをじっと眺めてから、鈴音を見上げる。
立ち上がって拳を握り、ぐっと突き出した。

「だが、まだこいつでの勝負は一回残っていやがる! 今度こそ、勝ってみせらぁスズ姉さん!」

「勝てるわけねーだろ」

涼平が、挑発するように笑う。小学生だから、余計にそれが嫌みだ。
リボルバーはどっかりと座り込み、がん、と拳を手のひらにぶつけた。
涼平はオセロのコマを回収し、それを丁度二等分して互いの手前に置いた。
なんとなく面白そうなので、あたしはドアを閉め、インパルサーと一緒に座って観戦することにした。
どれだけボルの助が弱いのか、正直見てみたかった。



マス目の中央に交差させて置かれた白と黒のコマの手前に、まずボルの助が白を置いて挟んだ。
ぱたん、と黒が一つ白くなった。うん、これは出だしとしては普通だ。
その白い一列の斜め下に、黒がある。涼平はその黒の真上に起き、一つ黒くさせた。
リボルバーは今さっき置かれた黒の先に白を置き、斜めに挟んでそれをひっくり返す。飛び出した部分が白くなる。
涼平はしばらく唸っていたが、中央で横に二つ並んだ白を挟んだ。二つ黒くなった。

「あ」

インパルサーは、何か言いたげにあたしを見下ろした。
そして手をすいっと動かして、黒い一列をひっくり返したさそうにしている。うん、あたしもあそこを返したい。
四つ並んだ黒の先には、一つ白いコマがあるのだ。あれで挟めば、一列全部が白になる。
リボルバーは、黒の列を睨んでいた。
すると彼は何を思ったのか、飛び出した白から斜め上の位置にコマを置き、白に接した一つだけをひっくり返した。
その様子に、思わず呟いてしまった。

「…なんでボルの助が弱いのか、解った気がした」

セオリー通りに攻めないからだ。直情的なくせに、なんでこんなとこだけ慎重なんだろうか。
鈴音はリボルバーの手元を見下ろし、ため息を吐いた。

「それじゃ負けるに決まってるでしょ」

「んあ?」

不思議そうに、リボルバーは顔を上げた。

「いやー…これで勝てると思うんだがなぁ。隊列崩して、その後に上からどっかーんとだな」

「それは戦場の話でしょ」

「戦いもゲームも似たようなもんだろうが」

「そりゃ基本は似てるかもしれませんが、ゲームはゲームですよ」

インパルサーが言う。うん、その通り。
だけどリボルバーは腑に落ちないようで、腕を組む。長い銃身が、ずりっとカーペットを擦る。

「どう違うのか、よく解らねぇなぁ…」

「それはあんただけだと思う」

涼平はそう冷たく言い放ち、コマを置いた。はみ出ていた白が挟まれ、黒くなる。
リボルバーはまた斜めに黒を挟み、一つだけ白くした。斜めに攻めるのが好きなようだ。

「そうかねぇ」

「そうだよ」

コマを持った涼平の手が、しばらく彷徨った。そして、一列の先に残っていた白を挟み、その列全てを黒くした。
二人の攻防で伸びた列の端は、オセロボードの端に届いていた。これじゃもう、白くさせられない。
そのことに気付いたリボルバーは、目を見開いた。

「…なんでだよ」

「敗因、指摘した方がいいですか?」

インパルサーは、小学生相手に負けっ放しの兄を指した。
あたしは手を横に振り、笑う。

「しない方が本人のためじゃない?」

「そうですね」

インパルサーは同意して、またリボルバーの方へ向いた。
鈴音もそう思ったのか、うんうんと頷いていた。


結局、勝負は当然ながら涼平の全勝に終わった。鮮やかすぎる勝利だ、弟よ。
あの後にリボルバーはなんとか攻めようとしたけど、攻められないままオセロボードの上はコマで埋められた。
今まであたしも結構弱いと思っていたけど、世の中には上がいるものだ。
だけどその上がロボットだったとは、ちょっと不思議な気がする。




二階じゃ何をやるにも狭すぎる、ということで、あたし達はリビングに下りた。
そこで、五人で話し合っていた。次は何で勝負をするか、ということを。
オセロで三回勝負しただけでは飽きたらず、二人はまだやるつもりらしい。あたしには解らない世界だ。
だがそれは、途中から正確には四人になった。リボルバーが落ち込みに落ち込んで、黙ってしまったからだ。
テレビの前で正座するインパルサーはジャスカイザーの再放送が気になるのか、そわそわしている。
彼はソファーに座るあたしを見上げ、テレビを指した。

「あの」

「何度も見たでしょ、その話。確か今日は」

「第三十二話、愛しのエンプレス・前編」

と、すかさず鈴音が答えた。インパルサーはそれを言いたかったのか、ちょっと悔しげに俯いた。
鈴音はすらりとした足を組み、ソファーにもたれかかる。

「エンプレスっていう、SFスポーツカーに変形する女性型ロボットが出てくる話。色々あって、彼女はジャスカイザーの恋人になるんだけど、これがまた悲恋でさぁ」

「エンプレスの愛情をエヴィロンが利用して、エヴィロイドにしちゃう。で、当然ジャスカイザーは戦うんだけど」

涼平が続けた。あんたら、詳しすぎる。

「敵は愛しの彼女。だけどめちゃくちゃ強くて、サンダージャスカイザーになっても傷すら与えられない」

「エヴィロイドと化したエンプレスの意識はまだ残っていて、ジャスカイザーと戦っている自分が解っていました」

今度はインパルサーが続けた。本当に好きなんだなぁ、ジャスカイザー。

「彼を傷付けたくない、だけど傷付けてしまう。その苦しみの中、エンプレスは一度エヴィロイドから元に戻るんです」


「そこで一応、話は終わり?」

あたしが尋ねると、インパルサーは頷く。

「はい、前編ですから。次回まで一週間お待ち下さい」

「なにそれ」

「次回予告でナナエオペレーターが言うんです、これ」

「はぁ…」

正直、あたしは付いていけなかった。なんだ、この空気は。
涼平はリモコンを取り、テレビを付けた。タイミングを計ったかのように、ジャスカイザーが始まった。
三人の解説を聞いてしまったからには、見ないわけにはいかないだろう。成り行きだ。
派手でぎんぎらしたタイトルとロボットが乱れ飛び始め、ひらひらした衣装のオレンジ色の髪をした女の子が笑う。
誰が言い出したわけでもないけど、揃って黙り込んでしまった。
騒がしい主題歌が終わり、提供画面でジャスカイザーが爽やかに笑っていた。



「エンプレス!」

武器を振りかざして飛びかかってきたエンプレスを、ジャスカイザーが抱き留めた。
だがその背中には、ずぶっと武器が突き刺さった。エンプレスが刺したのだ。
確かに言われてみれば、これは凄まじい悲恋だ。ロボット同士だけど。
つい数分前まで、二人はデフォルメされた絵でいちゃついていたのに、いきなりハードな展開だ。
目を光らせて怖い表情のエンプレスは、涙を流している。ジャスカイザーは、辛そうに歯を食いしばっている。
すると、ぱたぱたと軽い音がフローリングにした。


インパルサーが、泣いている。

しゃくり上げながら、だばだばとゴーグルの隙間から溢れさせている。泣きすぎだ。
インパルサーは肩が上下させ、時折小さく唸る。そりゃパルはロボットだから、二人の心境が解るだろう。
だけど、いくらなんでもこれは感情移入し過ぎだと思う。号泣だから。
あたしは思わず、テレビの中で戦い続ける二人から目を離し、インパルサーの号泣姿を眺めてしまった。
ふと、インパルサーはあたしに気付き、すいっとテレビを指した。見ろ、ということか。
仕方なしにテレビへ顔を向け、頬杖を付く。なんでこんなことを強要されなければいけないんだろうか。
ジャスカイザーは、エヴィロンに対して浄化作用のある必殺技が外れたこともあり、焦っていた。

「エンプレス! 私は必ず、君を救ってみせる!」


「ジャスカイザー…私は、私はあなたを愛しています」

エンプレスが、攻撃を止めた。
手を伸ばし、ジャスカイザーに近付いていく。

「だから、逃げて。私はまだ、エヴィロイド…」

じゃきん、とその手に武器が握られた。どこから出したんだ、エンプレス。
ジャスカイザーは拳を突き出し、輝かせる。確かこれは、カイザーナックルとかいう必殺技だったような。
まさか、まさかとは思うけどジャスカイザー。あんた、やるんじゃないだろうな。
ジャスカイザーはおもむろに白く輝く拳を振り上げ、駆け出した。

「クゥワイズァーッ、ヌァーックルァー!」


巻き舌過ぎて、発音がよく解らないことになっている。
拳と同じ光を全身から放ちながら、ジャスカイザーは、真っ直ぐに。


「きゃああ!」


エンプレスを殴った。



哀れなエンプレスはどこからともなく出した武器を消し、上半身を捻りながら、どっぱーんと背後の海に落ちた。
ジャスカイザーは海水を浴びながら、ぎりっと拳を握って震わせた。

「エヴィロンめ…よくも、よくもエンプレスを…」

いや、殴ったのあんたでしょ。バイオレンスなラブだ。
そう全力で突っ込みたかったけど、突っ込むに突っ込めなかった。リビングは、まだそんな空気だ。
海中できらきら光る涙を流して沈んでいくエンプレスの、しんみりしたモノローグで前編は終わった。
インパルサーは号泣してすっきりしたのか、ティッシュを取って濡れた部分を拭いている。切り替えが早い。
鈴音はふう、と息を吐いて苦笑いした。

「殴らなくても良いのにねぇ」

「あ、やっぱりそう思う?」

あたしはちょっと嬉しくなって、鈴音へ振り向いた。
鈴音は細い顎に指を添え、首を捻る。

「悲恋でなかなかステキな話なんだけどね、ここだけがすっごい突っ込みどころなのよ。女性を殴る正義の味方」

ふと、未だにリボルバーが一言も喋らなかったことに気付いた。
あたしは立ち上がって、鈴音の座っているソファーの裏を覗き込んだ。さっき、彼はここに入ったのだ。
体を折り曲げてぐんにゃりとへたり込んだ赤くてでっかいロボットが、薄ら笑いを浮かべて泣いていた。
たかがオセロで、と思うけど、リボルバー的には充分に衝撃的な出来事だったんだろう。
鈴音はソファーにもたれながら彼を見下ろし、呆れたように呟いた。


「落ち込みすぎ」



ボルの助。あんたも、結構情けない。







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