神田を連れてきたのは、正解だった。 目の前で満面の笑みを浮かべる天使の周囲には、ごっそりと紙袋がある。どれも、今日買った服だ。 何かのクレジットカードで買ったようだけど、それにしたってかなり多い。きっと、相当溜まってたに違いない。 その一つをちらりと覗き見てから、ほう、と満足そうにため息をついた。 「いいですわねぇ、この星」 「買いに買った、って感じよね」 と、鈴音が多少呆れながら笑った。あたしも同じ心境だ。 ハンバーガーショップの狭い席に収まるマリーは、心底嬉しそうな笑顔になる。 「ありがとうございます、由佳さん、鈴音さん。とても楽しいですわ」 「そこまで感謝されるほどのことですか?」 あたしが苦笑すると、マリーはうんうん、と頷く。 「ええ。おかげで大体の地理も掴めましたし、物品の売買方法や基本的な一般常識や、あなた方のスラングも理解出来ましたわ」 「スラングですかい」 そんな御大層なものかなぁ、と思ってしまった。 ただ、適当に古くない程度の若者言葉を見聞きしたり、その内容をマリーに伝えただけだ。 鈴音はジンジャーエールを飲んでいたが、お、と手を挙げた。 「葵ちゃーん」 その方向を見ると、トレイを二つ持った神田が階段から上ってきたところだった。彼は、一瞬立ち止まった。 葵ちゃん呼ばわりにむくれながら、ハンバーガーセットの乗った二つを、あたし達のテーブルの上に置く。 あたしは先に買ってきていたチーズバーガーを開けつつ、マリーの隣に座った神田を見上げる。 「何買ってきたの?」 「マリーさんのは普通のだよ。ハンバーガーとコーラと」 神田はMサイズのドリンクにストローを差し、ずずっと飲んだ。その隣には、ガムシロップとミルクが残っている。 あたしはそれを指し、聞いてみた。神田は、またアイスコーヒーをブラックのままで飲んでいるようだ。 「神田君ていっつもガムシロップ入れてないけど、苦くない?」 「入れるとすっげぇ甘くてさぁ…オレ、甘いのダメなんだよ」 「そりゃガムシロップだから甘くなって当然だけどさ…ぶっちゃけ胃に悪くない?」 「そうか?」 大したことないと思うんだけどなぁ、と神田は首をかしげた。あたしには、やっぱり解らない。 恐る恐るコーラを手にし、マリーはストローを差した。思い切ったらしい動きでそれを銜え、ゆっくり飲み上げた。 ごくんと飲み干してから、ぱあっと彼女の表情が明るくなった。 「まあ!」 「そんなにおいしかったんですか?」 「ええ、とても。これ、コーラと言いますのね?」 あたしが尋ねると、マリーは少し詰め寄ってきた。とりあえず、頷く。 マリーは両手を頬に当て、可愛らしく首を振る。その度に、金髪がふわふわ広がる。 「こんなにおいしいもの、初めてですわ! 知りませんでしたわ、こんな飲み物があるなんて!」 ちょっと感激しすぎだ。世間知らずのお嬢様が俗世を知ったみたいに、マリーは感激し続けていた。 白い頬を包む細い手首に、男物みたいに大きな腕時計のようなものがある。それが、動くたびにちゃりっと鳴る。 デジタル表記の時計みたいだけど、文字盤の文字が読めない。これが、惑星ユニオンの言葉なんだろうか。 するとその文字盤が、ぺかりと光った。マリーは動きを止め、腕時計のようなものを覗き込む。 「あら」 「どうかしたんすか?」 一通り食べ終えた神田が、マリーに尋ねる。 マリーは多少文字盤の下辺りをいじりつつ、返す。 「カラーリングリーダー三体を乗せたスペースシップが、ワープウェーブの使用可能範囲内に入りましたわ」 「パルの弟達か」 あたしは指折りつつ、彼らの名前を思い出した。 「えーと確か…ディフェンサーに、イレイザーに、クラッシャーだっけ」 「よくご存知ですわね、由佳さん。彼らは明日の朝にも、私のライフスペースに到着いたしますわ」 「そういえば、マリーさんの家ってどこです?」 鈴音は食べていた手を止め、不思議そうな顔をした。あたしも、それは結構気になっていた。 マリーは文字盤を軽く捻って外し、裏返した。するとそこから、手のひら程の立体的な地図が現れた。 ホログラフィーの中に点滅する赤い点を差し、マリーは答えた。 「ここですわ。私のスペースシップは、その地下に置いてありますの」 見慣れた地形が、ぼんやり光りながらハンバーガーの載ったトレイの上に広がっている。 駅があって、線路があり、その手前には順序よく並んだ住宅地が続いている。あたしのうちもある。 あたしのうちの裏手で、少し起伏の上がった位置に、赤い点滅があった。ここは確か、あそこだ。 「住宅造成地か。とすると、あたしんちから近所ですね」 「でも、家なんて建ってたっけ?」 鈴音が訝しむと、マリーは微笑んだ。 「それくらい、すぐに出来ますわ。明日にでも、いらっしゃって下さいまし。プラチナもおりますわ」 「はぁ」 なんとなく、頷いた。まぁ、何が何でもマリーの家には行くことになるだろう。 パルもボルの助も兄弟に会いたいはずだから、あたしも鈴ちゃんも付き合わされるに違いない。 「アドバンサーがあるのかぁ…」 神田は、ぼんやりと遠くを見るような目をしている。大方、マリーさんのアドバンサーを想像しているんだろう。 それに気付き、マリーは神田に振り向いた。 「葵さん」 「は?」 「アドバンサーにご興味がありまして?」 「え、あ、まぁ」 「でしたら、動かしてみませんこと? もう一機、積んできましたの」 と、マリーは両手を合わせて顔の脇に添えた。 神田はすぐには信じられないらしく、目を見開いてあたし達とマリーを交互に見、ぽかんと口を開いている。 マリーは彼を横目に、裏返した文字盤をまたいじり、地図ではないホログラフィーを表示させた。 「これですわ」 黒くて尖った装甲をごってり付けた、ロボットの映像がくるくると回る。悪っぽい。 頭部からは二本のツノを伸ばしていて、肩と背中にはパルみたいな翼がある。何枚か重なっている翼だけど。 だけどその腕はどちらかと言えばリボルバーみたいに太く、足もそんな感じだ。二人の要素を合わせたみたいだ。 赤くて鋭い目が、無表情なマスクフェイスから覗いている。その肩には、見たこともない文字が並んでいる。 「いかが?」 神田は呆然としていたが、ようやく事を理解したらしい。 大きく頷き、身を乗り出した。 「やります、いや、やらせて下さいマリーさん!」 「だけどさぁー葵ちゃん」 鈴音が笑う。 「ああいうのって、乗るとめちゃめちゃ酔うと思うなー。パトレイバーみたいに。大丈夫?」 「オレはイングラムが好きだ」 「私はグリフォンかな」 と、二人はあたしをそっちのけの会話をした。解らない単語だらけだ。 神田は中腰に立ち上がり、嬉しそうに何度も頷いている。良かったね、葵ちゃん。 マリーはハンバーガーの包み紙を開きながら、神田に言う。 「アドバンサーは、搭乗しなくても操縦出来ますわ。それなら酔いませんけど、私は搭乗している方が好きですわ」 「乗ります」 「あら、物好きなのは私だけはありませんでしたのね」 「いやぁ」 にやりと口元を曲げ、神田はやけにカッコ付けながら首を振る。 「ああいうのは、乗って操縦してこそっすよ」 「わっかんないなー、そういう世界」 あたしは、途端に居場所を失ったような気分になった。ちっとも話に混ざれない。 隣でけらけらと笑う鈴音は、ぽんぽんとあたしの頭を叩いてきた。 「ま、由佳はそういう世界知らない方がいいよー。下手に知ると、後戻り出来ないんだから」 うんうん、と神田は頷いていた。あんたもヲタクだったのか、葵ちゃん。ちょっと意外だ。 マリーは不思議そうに、テーブルの周囲を見回した。鈴音の言っていることの意味が、掴めないようだ。 大丈夫です、マリーさん。あたしもさっぱり解りません。 電車の中は、西日が差し込んでいる。効き過ぎた冷房が、骨身まで染みてくる。 街を出歩いて買い物しまくったせいで疲れたのか、マリーはうつらうつらしていた。 その体を受け止めながら、鈴音は夕焼けに染まりつつある窓の外を眺めていた。黒髪が、朱色に輝いていた。 あたしがその横顔を見つめていると、彼女は振り返らずに、呟いた。 「由佳」 「何?」 「ボルの助って、偉いよねー…」 吊り上がり気味の目元で、マスカラで重たそうな睫毛が伏せられた。 鳶色の瞳を細めながら、鈴音は続ける。 「なんで、あそこまで私に忠誠誓うんだろ」 「恋じゃない?」 と、あたしは間の抜けた答えを返す。さしあたって、それくらいしか理由は思い当たらない。 鈴音は振り返り、長い髪を掻き上げて息を吐いた。タイトスカートから伸びた足を、組む。 「それにしたって、尋常じゃないわよ。そこまでする必要なんて、ないと思うのに」 「鈴ちゃん」 「結構きっつい事言ってみても、やり過ごして耐えてるし。どこが良いのよ、私なんかの」 解りかねる、と言いたげに鈴音は顔を伏せた。鈴ちゃんは鈴ちゃんで、悩んでいたようだ。 あたしにはなんとなく、その理由が解るような気がしていた。 それはきっと、惚れた弱みなんだ。だから、彼は鈴音の全てを許しているんだ。 たぶん、リボルバーは誰かの愛し方なんて知らない。知らないから、言って、許して、忠誠を誓うしかないのかも。 それが間違っているわけじゃないけど、そうだとしたら、またえらく不器用な愛し方だ。何かずれてるし。 戦士って、やっぱり不器用だ。あの戦いの時にも思ったけど。 パルは、どうなんだろう。 器用だとは思えない。だけど、リボルバーほど不器用でもないだろう。 だから、あんなことをしたのか。もしかして。 あのままキスをされていたとしても、それはどっちの顔でやるつもりだったんだろう。 いつものマスクフェイスか、その下の美形っぽいヒューマンフェイスか。 なんにせよ、気障ったらしいことには変わりないけど。ぶっちゃけ、パルっぽくない。 朱色にミラーガラスを光らせる超高層ビル群が、街の中に並んでいる。 あたしはなんとなく、ぼんやりとその光景を眺めていた。今頃、パルとボルの助はどうしているのやら。 兄弟達からの連絡を受けて、喜んでいるのかもしれないし、二人してずっと待っているのかもしれない。 今回は、さすがにパルへのおみやげはない。そうそう毎回あるわけでもないし。 ビルの一つがぎらりと輝き、目に閃光が当たる。ちょっと痛い。 ふと、隣に座る神田へ目を向けた。同じように、外の光景を眺めている。 その表情は楽しげだ。きっと、あの黒いアドバンサーのことでも考えているんだろう。 「平和ですわね」 がたん、と揺れる車内に、マリーの落ち着いた声が広がった。 体を起こし、エメラルド色の瞳を都市部へ向ける。 肩に乗っていた金髪を背中に放ってから、彼女は微笑み、じっとビル群を眺めていた。 その横顔は、少しだけ悲しげで、寂しげに見えたのは気のせいなんだろうか。 昨日とは違い、あたしの部屋にはリボルバーはいなかった。鈴ちゃんを連れて帰ったからだ。 すっかり日は暮れて、窓の外には星空が広がっている。インパルサーは、その下で絵本を開いている。 さっきから何度も何度も読み返しているけど、飽きないんだろうか。 あたしは机の上に広げた宿題の解答用紙を、こん、とシャーペンで小突いた。まるで進まない。 「んー…」 椅子に背をもたせかけ、体を伸ばした。 「終わるかなぁ、これ…」 正直不安になってきた。ちょっと、放置しすぎたかも。 インパルサーは絵本をめくる手を止め、あたしを見上げた。レモンイエローが、つやりと蛍光灯を映す。 彼はそれを閉じてから正座し直し、開け放してレースカーテンだけ引いた窓の外へ顔を向ける。 「由佳さん」 同じように、あたしも窓の外を見上げた。 「ガッコウって、どんなところですか? 僕、それがどういうところか知らないんです」 「あたしの高校はそんなに大きいところじゃないし、進学校ってわけでもないから普通かなぁ」 「コウコウ、というところに僕は行くのですか?」 「そうなるねー。クラスはどうなるか解らないけど、たぶん一緒じゃない?」 椅子を回し、膝を抱えてインパルサーへ向き直った。彼は、クラスという単語に首をかしげている。 その上に顎を乗せ、背もたれに体重を掛けると、ぎしりと軋んだ。 「ねぇ、パル」 「なんでしょう」 「なんでパルは、あたしなんか好きなの?」 自分でも意外なほど、するっと言葉が出た。 ここ最近ずっと考えていた疑問を、とうとうぶつけてみた。 インパルサーはさして戸惑いもせず、んー、と唸りながら顎に手を添えている。 しばらくしてから、彼は顔を上げた。 「そうですね…」 少し間を開けてから、パルは笑った。 「全部です」 月並みな答えだ。だけど、なんかしっくりきた。 あたしは膝を抱えていた手を放し、とん、と足を降ろした。彼は、こちらを見上げている。 ゴーグルの色が薄くなり、奥の目が薄く見えていた。 「具体的に言い表すことは出来ません。いくらまとめても、まとめきれませんから」 「そっか」 「はい」 頷くと、インパルサーはおもむろに頬に指先を当てた。照れているらしい。 固い金属同士がぶつかる軽い音が、音のない部屋ではやけにやかましく聞こえた。 あたしはその姿がいやに可愛く思え、つい笑ってしまった。背中の翼は、微妙に斜めっている。 しばらく頬を掻いていたけど、彼はその手を止めた。 「由佳さん」 顔を上げ、立ち上がる。 マスクを開いて、下の顔を露わにし、サフランイエローの目を向けた。 「僕はいつか、この星を出るでしょう。またいつか戦いが始まる日が来たら、駆り出されることでしょう」 胸に手を当て、にっと笑った。 「ですが何があろうとも、由佳さんのことは忘れません。例え稼働年数を終えたとしても、絶対に削除しません」 少し照れくさそうに、彼はあたしを見つめていた。 なんか、どんどん告白が凄いことになっている。あたし、そんなに愛されているのか。 思わず顔を逸らし、視界からパルを出した。あのままでいたら、苦しくて仕方ない。 こうするべきじゃないとは頭では解っているし、目を逸らしちゃパルに悪いとも解っている。 なのに、なんでこうなっちゃうんだ。 「…ご迷惑でしたか?」 気落ちした声が、聞こえた。あたしは首を振る。 なんとか自分を落ち着けながら、向き直って見上げた。申し訳なさそうに、パルは目を伏せている。 途端に、泣きたくなるくらい胸の中が痛くて苦しくなってきた。 やりづらい。 「そういうんじゃない」 自分でも訳が解らないくらい、あたしは混乱していた。 「そういうんじゃなくて、ただ」 パルは、少し顔を上げた。 優しいサフランイエローの瞳が、こちらを見ている。 どんどん、苦しくなる。 言葉がまとまらない。 「もう、わかんない」 あたしは、どうしたというんだ。 「わかんないよ」 インパルサーは、少し考えるように上を向いた。 すぐに目線を戻して、軽く首をかしげた。 「それって」 「恋じゃないでしょうか」 こんなにストレートに指摘される程、あたしは。 パルを意識していたのか。 あたしはずっと、パルに負けたままだ。 一度でも良いから、彼に勝ちたい。負けていたくない。無性にそう思ってしまう。 あたしって、こんなに負けず嫌いだったっけ。なんでこんなに、むきになってるんだろう。 でも。どうしても。 認めたくない。 「…認めたくない」 つい、口に出てしまった。 「あたしがパルに恋したなんてこと、絶対に!」 「認めたくなんて、ない!」 あたしは、馬鹿だ。 否定にもなってないし。 思いっきり、本人を目の前にして言ってしまった。 とうとう認めてしまった。 あたしは、パルを。ブルーソニックインパルサーを。 パルは驚いたような表情のまま、じっと無言で立っている。 お願い。何か言って。 そうじゃないと、恥ずかしくて悔しくて、情けなくてどうしようもない。 そうか、これが恋なんだ。恋愛小説の描写は嘘じゃなかった。 だけど想像していたよりもずっと苦しくて、切なくて、やりきれない感情が一挙に押し寄せてくる。 パル。 あんたも、こうなのかな。 「それでは」 インパルサーは、嬉しそうだけどどこか悲しそうに、笑っていた。 「待っています」 マリンブルーの大きな手が、あたしに向けられる。 その奥で、彼は頷いた。 「僕は、由佳さんが恋を認めるまで、待っていますから」 あたしは、頷くしか出来なかった。 なんだよもう、結局情けないのはあたしだけじゃないか。 パル、あんたって結構都合が良い。こういう時だけ、乙女チック思考が引っ込んでるし。 ぶっちゃけ、結構男らしいかもしれない。 だけど。あたしは一体、パルのどこが好きなんだろう。 今夜こそ、眠れないかもしれない。 ふわり、とカーテンが広がった。風が通ったのかと思ったけど、違う。 いつか重力を制御したパルがあたしに近付いた時と同じように、妙に体が軽くなる。前髪も広がった。 窓の方を見ると、闇夜から切り取られたような黒いボディを持った小さなロボットが、窓枠に乗っている。 体型からして、少女のようだ。胸元には、005。 「みぃーちゃったぁー」 その少女ロボットはにやにやとした表情を浮かべながら、インパルサーを指す。 「インパルサー兄さんも、隅に置けないマシンソルジャーだなぁー」 「…ヘビークラッシャー」 呆然としたように、インパルサーが呟いた。 あたしは、彼と少女ロボットを交互に見、戸惑う。明日来るんじゃなかったのか。 ロボット兄弟の末っ子らしき少女、ヘビークラッシャーはショッキングピンクの目をくるりとあたしへ向ける。 「おねーさん」 「は?」 「またねー。今は、追いかけっこの途中だったから」 そう軽く手を振りながら、上機嫌にクラッシャーは窓から出て行った。すると、その直後。 うちの真上をぐわっと大きなものが通り、住宅街の方へ滑っていく。今度はなんだ。 慌てて窓の外を見ると、純白の巨大なロボットが黒くて小さなクラッシャーを追っていく。 背中に付けた翼を広げたその巨大ロボから、エコーの掛かったマリーの声が出た。 「お待ちなさい、ヘビークラッシャー! まだ外出許可は下りていませんわよ!」 住宅街が、途端に騒がしくなった。 窓の明かりが消えていた家々も電気を灯し、窓を開けているようだ。 インパルサーはマスクを元に戻してから、凄い速さで住宅街を動き回る巨大ロボを見上げた。 「あれ、プラチナですね」 「あれが…」 あたしはげんなりした。なんでこんな夜中に、マリーさんは追いかけっこしてるんですか。 時折クラッシャーらしき高い声で、いやーん、とか、乱暴しないでぇー、とか聞こえてくる。 その声がやけにおかしくて、余計に疲れてしまった。インパルサーは肩を落とし、額を抑えている。 「なんてことするんですか、あの人は」 「大変だね」 「はい」 インパルサーは頷き、はぁ、と一際大きなため息を吐いた。 「シャドウイレイザーも出てきて下さい。そんなに心配なら追いかけたらどうですか、ヘビークラッシャーを」 カーテンの手前が、少し歪んだ。 と思った直後、派手なラベンダー色の細身のロボットが立っている。これがシャドウイレイザーのようだ。 赤いゴーグルを向け、身を引いた。左肩には、004。つまり、四男か。 イレイザーはいきなりインパルサーの背に回ると、がしりと彼の両肩を掴んで身を隠し、また姿を消した。 怯えたような震えたような声が、聞こえてきた。 「あ、兄者…その」 「由佳さんです。隠れることないじゃないですか」 「しかし、しかしっ…」 がちがちと震えているらしく、インパルサーの肩装甲が上下する。 ひとしきりその状態だったが、唐突にインパルサーは押されてつんのめってしまった。 それとほぼ同タイミングで、窓の外に紫の影が飛び出した。素早いなぁ。 目一杯窓枠を蹴って道路にダイブし、着地と同時に駆け出した。 インパルサーはそれを見送りながら、呟いた。 「人見知り、直ってなかったんですね…」 「あれが弟?」 「はい。パープルシャドウイレイザーです」 まともにガッコウに行けるんでしょうか、と、インパルサーは心配そうだ。 あたしもそれは心配だ。ていうか、兄弟全部とマリーさんがあたしの高校に転校してくるんだろうか。 でもさすがに、末っ子のクラッシャーは違うだろう。見た目も十歳くらいだし。 まだ追いかけっこを続けているらしく、マリー操るアドバンサーは住宅街の上を急旋回したりしている。 明日はきっと、大騒ぎになっちゃうんだろうなぁ。あんたら、一体ここに何しに来たんだよ。 振り向くと、涼平が変な顔をして立っていた。一部始終を見ていたらしい。 「姉ちゃん。あの巨大ロボ、何?」 「明日説明してあげるから」 そう返すと、涼平は腑に落ちない表情のまま、ドアを閉めた。 外は、まだ騒がしい。少女二人の高い声に混じって、イレイザーらしき悲痛な叫びも聞こえる。 あたしはそれを聞き流しつつ、物凄く空しくなっていた。さっきの余韻てものが、まるでなくなってしまったからだ。 パルもそう思っているのか、あまり面白くなさそうに呟いた。 「ヒトのコイジをジャマすると、ウマに蹴られてジゴクに落ちてしまうのに」 なんじゃそりゃ。 あたしが知っているのとは、微妙に違うぞその言い回し。馬に蹴られても、地獄には堕ちないと思う。 そう突っ込みたくなったけど、もうそんな気力はなかった。まだ、胸の奥は痛いし。 騒がしい住宅街を見下ろしている彼の横顔を見上げ、ふと、思った。 もしかして、いや、もしかしなくても。 次からは、学園ラブコメになっちゃったりしちゃうのか。 もう、どうにでもなれ。 04 4/19 |